半導体やAIなどデジタル産業が電力需給構造を大きく変えようとしている。
電力ビジネスはどう変わるべきか。岡本浩・小笠原潤一両氏が語り合った。
【出席者】 岡本浩/東京電力パワーグリッド副社長執行役員 小笠原潤一/日本エネルギー経済研究所研究理事
左から、小笠原氏、岡本氏
小笠原 米国でデータセンター(DC)が整備されている上位12州の電力消費量を分析したところ、テキサス、バージニア、フロリダ、アリゾナ州で増加、ニューヨークやカリフォルニアなど北部の州で減少傾向にありました。DCの立地が消費量を押し上げているようですが、景気の低迷が影響して地域差を生じさせているようです。欧州でも同様に、アイルランドは増えていますが、その他の国では減少しています。電力需要増を全体的な傾向なのか局所的な現象に過ぎないのか、見極めるのはなかなか難しいように思います。国内、特に東京電力パワーグリッド管内はどのような状況ですか。
岡本 局所的な需要増が世界的なトレンドになっていて、当社の供給エリアの場合、最初にそれが顕在化したのは千葉県印西市でした。これに対応するため、20数年ぶりに超高圧の変電所を建設し6月5日に運開しました。実は、同じような地点がどんどん増えてきていまして、今では東京都心部を取り巻くように他7地点でもDC建設に伴う接続契約の申込みが急増しています。西日本では関西エリアが既に同様の状況ですし、国がDC立地を推進する北海道と九州もこれに続きそうです。点がいつの間にか面としての広がりを持ち、電力需要全体を押し上げる可能性はありますが、どこまで増えるのかを今の段階で見通すことはなかなか難しいです。
需要を押し上げる脱炭素化 欧米では需要家が大型電源投資に参加
小笠原 電気料金が安いテキサス州は、かなりの数の水素製造装置とマイニングマシンが集積していて、低炭素化の取り組みが電力需要の増加に寄与しています。アメリカと比較すると、日本の情報化投資額は微々たるもので産業のデジタル化が進んでいません。日本のみならず、アジア全体で見ても欧米の1割程度しかDCがありません。デジタル化で省エネを進めることはできますが、そのためには産業界のデジタル化がマストです。双方を車の両輪にように回すことができるかが、鍵なのではないでしょうか。
岡本 デジタル化の進展による電力消費への影響は確かに大きいですね。デジタル化はエネルギーの消費構造をスマート化する一方で、膨大な計算資源を必要としますし、EVの普及や熱分野の電化といった脱炭素化の取り組みも需要増に働きます。さらに水素を国内で製造することになれば、莫大な電力量が必要とされるでしょう。
小笠原 「ENTSO―E(欧州系統運用者ネットワーク)」が出している電力需要の長期見通しには、まだデジタル化や水素の影響が反映されていません。米国でも、ようやく将来に向け電力消費が増える方向へトレンドが切り替わるということに言及され始めたところです。というのも、例えばPJM(米国北東部地域の地域送電機関)の管轄エリアでは、データセンターが集積するバージニア州北部は2033年まで年率5%で需要が増えると予想されているのですが、全体では0・8%の伸びに止まる見通しです。電源投資ではなく変電設備の増強で済みますし、全体として増えるという姿は描けていません。
AI社会におけるDCの役割は大きい
岡本 当社エリアは、24年度の供給計画において初めて需要が増えるという見通しを出しました。従来は、DCに電力供給するに際して全体の供給力が不足することはなく、変電所や送電線の増強で足りていました。今後は、さらに大規模なDCが建設され、電力量そのものが不足する可能性があります。既にシンガポールなどでは、電源に投資しないとDCを建設させないといった措置を取っているようです。
小笠原 アップルやグーグルといった大手テクノロジー企業は、RE(Renewable Energy Certificate/米国・カナダで発行される再生可能エネルギー電力証書)だけではなく、自社でも再エネを調達する方針です。電源選択で再エネのみのニーズが高まるのは、少し歪んだ構図かなと感じてしまいます。
岡本 申し込みのあるDCの大規模化が進んでいて、1カ所当たり100万kW近い例もあります。大規模なDCは稼働率も85%程度と高いので、間欠性の変動電源だけではとても賄えません。産業界の一部からは、原子力が必要だという声が上がっているようですが、GAFAの中にもSMR(小型モジュール炉)と一体でDC建設を検討している企業があると聞きますし、今後具体的な動きが出てくるのではないでしょうか。
小笠原 半導体産業のように不確実性が高く、しかも大きな電力を消費する設備の建設計画が突然出てきても、電力会社として対応しきれないのではないでしょうか。
岡本 容量市場や長期脱炭素電源オークションといった、投資を促進する仕組みがあって良かったと実感しています。おっしゃる通り、個別に想定して供給力を備えるのではリスクが高く誰も電源投資できませんから、全体の需要と供給力がマッチするようにしていく必要があるでしょう。
小笠原 とはいえ、脱炭素オークションは、系統制約を考慮していないことに問題があります。ネットワークの設備形成と需要の立地とのバランスで、どこに発電投資したらよいか、同時に考えなければならない時代になっているわけですから。イギリスでは、電力需要と送電線の立地状況からどの種類の電源をどこに誘導するかという計画を作ろうとしています。系統混雑が多いところに蓄電池を誘導したり、送電設備の建設計画と合わせて電源誘致を進めたりしています。
岡本 以前は、いつどこにどのような電源を作るか計画し、それに合わせてネットワークを計画的に建設していました。現行の制度下でいかにそれに近い仕組みを作るのか。市場メカニズムだけではうまくいかないはずで、脱炭素オークションや容量市場を足掛かりに望ましい方向性を模索するべきです。