50年ビジョンを策定し具体策明示 顧客目線で都市ガス業界の未来像描く


【日本ガス協会】

2050年の都市ガス業界のビジョン、その実現に向けた30年までのアクションプランを策定した。

S+3Eを重視しつつ、顧客にとって最適なソリューションを提供する姿を明確にした。

日本ガス協会は6月3日、2050年に向けた都市ガス業界の長期ビジョン「ガスビジョン2050」を公表した。サブタイトルに「お客さまにとっての最適なソリューション提供を目指して」を掲げ、顧客目線を重視するとともに、中小を含む全ての都市ガス事業者が主体的に取り組めるよう意識。20年11月策定の長期ビジョン「カーボンニュートラル(CN)チャレンジ2050」がCN化に焦点を当てていたのに対して、今回はS+3E(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性)とのバランスをより考慮している。

ビジョンとアクションプランの概要
出典:日本ガス協会


多様な手段でCN達成 技術進展などに応じ変更も

新たにビジョンを策定した背景には、地政学リスクの顕在化などの環境変化を踏まえて、政府がエネルギー政策の方向性を見直したことがある。2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画では、S+3Eの観点をこれまで以上に重視し、天然ガスをCN実現後も重要なエネルギー源として位置付けた。そして、50年の都市ガスCN化へ、e―メタンやバイオガスの導入など、さまざまな手段を組み合わせて実現を図ることを明記した。こうした政策動向に歩調を合わせた形だ。

ガスビジョンは、①災害に屈しない社会・産業・地域の構築に尽力する、②お客さまに選ばれ続けるソリューションを提供する、③お客さま・地域のCN化実現に貢献する―の三つの

個別ビジョンで構成している。具体的に①では、レジリエンス(強靭性)を確立するために事業者設備の完全耐震化を目指すとともに、次世代スマートメーターなどのセンサーネットワークを活用した予知保全により、事故ゼロを追求。合わせて、設備の経年劣化に備える計画的な設備改修などを継続して推進し、「変わらぬ安心」を提供する。また、エネルギーセキュリティの向上を図るため、エネルギーの安定調達に加え、ガスと電力のベストミックスにより、柔軟かつ強靭なエネルギーインフラの構築を目指す。

②では、コージェネや再生可能エネルギーなど多様なリソースと、AI・DXを活用した高度な制御技術により、エネルギーシステム全体の進化を図る。さらに、e―メタンやバイオガスの供給、地産地消の取り組みなどを通じて地域のCN化を推進するほか、地方創生や地域経済の循環に貢献する仕組みを構築する。また、既存インフラや設備を最大限活用するとともに、CN関連技術のコスト低減を図り、経済的かつ安定的な供給を実現する。

③では、50年のガスのCN化実現とその手段として、e―メタンとバイオガスで90~50%程度と幅を持たせ、残る10~50%程度はCCUS(CO2回収・貯留・利用)やDAC(直接空気回収)、カーボン・オフセットなどを組み合わせた天然ガスで対応。残る数%程度は水素直接供給を想定している。日本ガス協会の内田高史会長は「CN達成に向けて、その時々の最適な手段を組み合わせるのが基本的な考え方だ。各比率は技術開発の進展度合いなどによって変わっていく」と説明した。

イスラエル・イランの12日間戦争 米国の核施設攻撃受け停戦


12日間にわたって続いたイスラエルとイランの軍事衝突が6月24日、米国によるイラン核施設3か所(フォルドー、ナタンツ、イスファハン)への攻撃を契機に終結した。米軍が地下貫通爆弾(バンカーバスター)で攻撃したフォルドーは山をくりぬいた地中奥深くにウラン濃縮施設がある。これまでのイスラエル軍による空爆では破壊できていなかった。米軍はB2ステルス爆撃機を6機出撃、バンカーバスターを14発投下した。他の2施設には、中東海域に展開中の原子力潜水艦が、トマホーク巡航ミサイルをあわせて30発を撃ち込んだ。

イランの攻撃を受けたイスラエル中部ヘルツリーヤ(6月17日)。米国の参戦によるホルムズ封鎖懸念などで一時はエネルギー供給への不安が強まった

「一部報道などによれば、攻撃によって破壊されたウラン濃縮施設については、復旧までに数年はかかるとみられている。トランプ氏は25日、オランダ・ハーグで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議閉幕後の会見で、「核兵器は不要だ」とイランに核開発を断念させる考えを表明し、対イラン制裁を緩和する可能性も示唆した。一方、イラン政府側は、核開発の断念を拒否する構えを見せており、対立の火種は依然くすぶっている。


イラン核武装が間近に? 米国が参戦した背景

国際原子力機関(IAEA)によると、イランは5月17日時点で、408・8㎏の60%濃縮ウランを保有。これを90%にまで濃縮すれば、核爆弾10発分に相当する。爆弾の組み立ても「3週間程度」で十分と見られており、核武装が間近に迫っているというのがイスラエルや米国側の見立てだ。

ただハメネイ師は、核兵器の製造や取得を禁じる宗教令を2003年に発出している。米情報機関もこれを根拠に、現時点では「イランは核兵器を開発していないし、持っていない」と見ており、両国の見解は「前のめり」気味と言える。03年のイラク戦争時は終結後に同国の核保有が確認されなかった。

IAEAのグロッシ事務局長によると、ナタンツはイスラエルの空爆で「深刻な被害」を受けた。一方、2264機の遠心分離機が稼働し、毎月、核爆弾1発分に相当する60%濃縮ウランを製造するフォルドーは破壊に至らず、イスラエル側は米国に参戦を働きかけていた。

トランプ氏は当初、「米兵にミサイルを撃ってほしくない」と述べるなど慎重な姿勢を示していた。だが、イスラエルがイランのミサイル基地をことごとく破壊し制空権を握ったことに加え、急派した2隻目の米空母も中東海域に入り準備が整った。また、ネタニヤフ首相が「歴史に名を残すのは、あなただ」などとトランプ氏の虚栄心をくすぐり続けたことも影響し、参戦に動いたとの見方もある。

こうした情勢下、WTIの原油価格は米国のイラン攻撃後に75ドルを突破。万が一ホルムズ封鎖となれば、100ドルを突破するとの観測もあったが27日現在は65ドル前後で推移している。

電力システム再構築へ議論始動 産業政策との一体的推進が必要に


検証で課題とされた安定供給の確保に向け、具体的な検討項目が示された。

DX・GXで電力需要増加が見込まれる中、システムを立て直すことはできるか。

約1年にわたる検証を経て、資源エネルギー庁は電力システム改革に関する議論を再始動させた。エネ庁は新たに、総合資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)電力・ガス事業分科会の下に、「次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会」を設置(委員長=大橋弘・東京大学副学長)。その下に、制度設計の詳細を検討する「電力システム改革の検証を踏まえた制度設計ワーキンググループ(WG)」を立ち上げ、6月13日に第1回会合を開いた。

改革の目的だった「安定供給の確保」「電気料金の最大限抑制」「需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大」のうち、需要家の選択肢と事業機会の拡大では一定の成果があったものの、国際情勢や社会環境の変化に伴い、市場価格や需給の予見可能性の低下などを巡るさまざまな課題が顕在化した。今後は、AI活用やデジタルトランスフォーメーション(DX)に伴う電力需要の増加などに柔軟に対応できる、次世代のエネルギーシステムの構築が急務だ。

次世代のシステム構築に着手した


電源投資の予見性低下 国の支援策の行方は?

特にこの10年の間、電源投資は停滞の一途をたどってきた。2016年の小売り全面自由化以降、小売り電気事業者には供給力確保義務が課されたものの、実際の調達は限界費用ベースの短期市場(JEPXスポット市場)に偏重。FIT(固定価格買い取り制度)による再生可能エネルギーの拡大もあり、燃料調達の予見性が著しく損なわれたほか、稼働率の低下で既存火力が不採算化。その結果、多くの電源が市場から退出する事態を招いた。

昨年には供給力(kW)を確保する仕組みとして容量市場の実需給期間が始まったが、新規の電源投資はおろか、退出に歯止めをかける効果すら不確かだ。原子力を含め大型電源の建設や運営には、長期的な資金調達が必要であり、その予見可能性がファイナンスに大きな影響を与える。原発を巡る規制リスク、そして脱炭素化社会への移行と経済性の低下という火力を巡る不透明感が増す中で、ファイナンスの観点からも電源投資環境は厳しさを増す。

WGでは、安定供給と脱炭素化の両立を目指し、電源投資環境の整備を検討事項の柱の一つに据えている。具体的には、燃料調達の予見性を高めるため、先物市場や先渡し市場、相対卸取引などによる中長期取引を活性化することや、さらには電力投資に対するファイナンスを円滑化するための支援などが検討されることになる。

これまで市場依存を許容してきた小売り事業者に対しても、より長期の契約期間の取引を求めるなどの規律を強めていく方向だ。だがこの効果の程については、小売り事業者側から懐疑的な声が聞こえてくる。

【東邦ガス 山碕社長】ガス事業を主軸に新事業への投資を加速 将来の成長への礎築く


新たな中期経営計画のスタートと時を同じくして4月1日に東邦ガス社長に就任した。

奇をてらわず、地道に愚直に仕事に向き合う姿勢を貫き、将来にわたって顧客の信頼を獲得し得る企業風土を醸成し成長し続けるための礎を築く。

【インタビュー:山碕聡志/東邦ガス社長】

やまざき・さとし 1986年名古屋大学経済学部卒、東邦ガス入社。2107年執行役員、20年常務執行役員、22年取締役専務執行役員などを経て25年4月から現職。

井関 4月1日付で社長に就任しました。どのような打診があったのでしょうか。

山碕 1月上旬に冨成義郎・前会長(現相談役)と増田信之・前社長(現会長)に呼ばれまして、「そういうことで、よろしく頼む」という話がありました。突然のことでしたし、私としては覚悟を固める時間が必要でしたので「ちょっと考えさせてもらいたい」と返答し、翌日「改めてよろしくお願いします」と承諾の意向を伝えました。

井関 東邦ガスに入社した経緯をお聞かせください。

山碕 経済学部を卒業し、技術的な素養があったわけではないので、最初からガス会社に就職しようと決めていたわけではありませんでした。「BtoB」の企業は何をしているのかあまりイメージできなかったので、金融機関やガス会社など一般消費者向けにサービスを提供している企業を中心に活動していました。最終的な決め手は、地元への愛着とこの地域の発展に貢献したいという気持ちであったと記憶していますが、その思いは今も変わりません。

井関 入社後はどのようなキャリアを歩んできましたか。

山碕 事務系の社員はまず、営業現場に配属されることが多く、私もそうでした。その後は企画、財務、営業と三つの部門に籍を置くことが多かったです。若い頃には、日本エネルギー経済研究所に出向したり、研修として10カ月ほどアメリカに滞在したりといった時期もありました。


実直に取り組む大切さ 最初の配属先で痛感

井関 会社人生で最も印象深かった仕事や出来事はありますか。

山碕 何と言っても入社直後に営業部門に配属され、社員として初めてお客さまと接点を持った時ですね。東邦ガスという会社がどのように見られているのか肌で実感し、まっとうに仕事に取り組んでいかなければならないと決意を新たにする機会となりました。

井関 それは、公益事業者としての責任感が芽生えたということでしょうか。

山碕 それももちろんありますし、決められたことに実直に取り組むということが当社の社風であるということを実感したことが大きいですね。仕事を進める上で問題が起きたとしても、テレビドラマのような奇想天外な解決策などはありません。日々の仕事にしっかりと取り組むこと、そしてお客さまに真摯に向き合うことの重要性など、当たり前のことに地道に愚直に取り組む大切さを感じました。

知多火力の完成予想図。同社初の大型電源となる

井関 カーボンニュートラル(CN)やエネルギーの自由化など、事業環境は目まぐるしく変わってきましたが、安定供給の大切さが改めて認識され、都市ガス会社にとっては天然ガスの普及拡大が、引き続き重要な取り組みとなりそうです。

山碕 その通りですね。当社に与えられている社会課題といいますか、求められている期待はさまざまあります。その時その時で比重の軽重はありますが、これまでも安全・安心、安定供給性、経済性、直近ではCNへの貢献を評価されてきたのですから、今後もどれか一つに偏るのではなく、多角的な視点を持ち、S+3E(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合)のバランスを常に意識しながら取り組んでいかなければならないと思います。

少し前までは、水素や太陽光だけでCNを実現できるという風潮がありましたが、手掛けている側からすればそう簡単なことではありません。CNに向けた世の中の動向が読み切れず、ガスや火力発電への投資を決定しにくい時期もありました。今は国の政策、米国や欧州の情勢を見ても、一時のCN一辺倒から様相は変わってきたという印象です。とはいえ、50年を見据えていろいろ手を打っていかなければならないことに変わりありません。一足飛びにCNを目指そうとすると、S+3Eのバランスを損なうマイナスの事象が起きてしまいますので、その移行期に何にどう取り組むかの議論が引き続き重要だと考えています。

【中国電力 中川社長】脱炭素化をリードし産業立地を促進しつつ 地域活性化に貢献する


需要家の脱炭素化ニーズの高まりや、将来の電力需要見通しが増加に転じるなど、事業を取り巻く環境は大きく変化している。

この変化をチャンスと捉え、エネルギー事業者として地域の活性化に貢献する。

【インタビュー:中川賢剛/中国電力社長】

なかがわ・けんごう 1985年東京大学工学部卒、中国電力入社。2017年執行役員・経営企画部門部長兼原子力強化プロジェクト担当部長、21年常務執行役員・需給・トレーディング部門長などを経て23年6月から現職。

志賀 2024年度の通期連結決算について、どう受け止めていますか。

中川 24年度決算については、売上高は総販売電力量の減少および燃料価格の低下に伴う燃料費調整額の減少などが影響し、前年度に比べ減収、経常利益も燃料費調整制度の期ずれ差益の大幅な縮小などにより減益となりました。一方で、燃料価格の低下、原子力発電所の再稼働、投資の抑制や経営全般にわたる効率化への取り組みにより、当初想定を上回る利益を計上したことで、目標としていた連結自己資本比率15%以上への回復を1年前倒しで達成することができました。しかし、有利子負債は増加しており、著しく毀損した財務基盤の立て直しにさらに一層、取り組む必要があると認識しています。

志賀 高い利益水準の要因には、昨年12月23日に島根原子力発電所2号機が再稼働した影響もありますか。

中川 24年度決算では、島根2号機の再稼働により原料費が減少した半面、減価償却費などが増加しましたが、結果的に利益は90億円増加しました。この島根2号機は、電力の安定的な供給に寄与するとともに、燃料価格変動の影響が緩和できることから業績の安定化・財務基盤の強化につながるほか、カーボンニュートラル(CN)に向けても非常に重要な電源だと認識しています。

志賀 25年度の業績見通しについては。

中川 今年度は、市場価格の低下に伴う卸・小売の競争進展や送配電事業の利益の減少によって、二期連続の減益を見込んでいますが、島根2号機の稼働増加により一定の利益水準を確保できる見通しです。とはいえ、足元の競争に加えて、物価上昇に伴う資機材の調達費用の増加や、米国の関税措置による経済活動への影響の懸念など、先行きに対する不透明感が増しています。引き続き、安定した利益の確保と財務基盤の回復を果たすべく、安全の確保を大前提とした島根2号機の安定稼働をはじめ、電力卸・小売販売事業の収益力強化と市場リスク管理の高度化、およびグループ一体となった経営全般にわたる効率化に取り組んでいきます。


3・11後初の新設基 島根3号機を早期に稼働

志賀 島根3号機の審査状況について教えてください。

中川 今年2月6日の審査会合において、今年度中に原子炉設置変更許可申請に係る一通りの説明を終える予定であること、島根3号機の審査の特徴として、島根2号機を含む先行例を踏襲しているため、現時点では大きな論点はないと考えていることを説明しました。今後、2号機の特重施設(特定重大事故等対処施設)および所内電源(3系統目)の審査に並行して、3号機の審査に対応していきたいと考えています。3号機の運転開始は、脱炭素化の観点でも非常に重要な課題ですし、3・11後、新設では初めて稼働することになりますので、大きなチャレンジだと考えています。

島根原子力発電所の外観

志賀 山口県上関町での中間貯蔵施設に係る立地可能性調査の進ちょくはいかがですか。

中川 島根原子力発電所を運転すれば、自ずと使用済燃料が発生します。同発電所の長期安定運転を維持するためには、再処理施設に搬出するまでの間、使用済燃料を安全に保管することが必要であり、中間貯蔵施設は、使用済燃料貯蔵対策に万全を期すための方策として有効であると考えています。また、中間貯蔵施設の設置検討は、「使用済燃料の貯蔵能力の拡大」というわが国のエネルギー政策にも合致しています。

山口県上関町での調査については、昨年11月に現地でのボーリング作業を終え、現在、ボーリングにより採取した試料を用いて各種分析を行っています。分析結果により調査に要する期間が変わるため、現時点で具体的な終了時期をお示しする状況にはありませんが、慎重に分析を進めていきます。

最新の被害想定を公表 津波で電力・ガスへの影響甚大


【今そこにある危機】林 能成/関西大学社会安全学部教授

いつ起きてもおかしくない南海トラフ地震の対策は進んでいない。

防災強化に向けては、常に「想定外」を考慮し続ける必要がある。

3月31日、政府は南海トラフ地震の新しい被害想定を公表した。最悪の条件では29万8000人が死亡するという大きな被害が示されたが、社会へのインパクトはあまり大きなものとはならなかった。南海トラフ地震という言葉や想定被害の大きさが飽きられてきたと感じる専門家も少なくない。

今回の被害想定は、2011年の東日本大震災の「想定外」を受けて、約10年前の13年5月に試算されたものをアップデートしたという位置付けである。13年に示された被害は死者32万3000人、経済被害214兆円という途方もない大きさであったが、あわせて今後10年で被害を8割減少させるという目標が掲げられた。

しかし今回の推定では死者の減少は1割程度にとどまり、経済被害270兆円へと増加する結果になった。対策が十分には進んでいないことが示されたといえよう。

南海トラフ地震の発生履歴
筆者作成


インフラ復旧長期化か 二次、三次被害への懸念も

南海トラフ地震への社会の関心が高いのは、工場などの集積が進んでいる西日本全域で人的・経済的な被害が大きくなることが懸念されるためである。そして必ず津波をともなう地震となるため、沿岸部に重要施設が立地する電力、ガスのライフラインへの影響も顕著である。これらライフラインが大きく被災して長期間復旧できなければ、被害の連鎖で二次、三次の被害も懸念される。

南海トラフ地震は数百年以内には必ず起こる。これは古文書や地層に残された痕跡から明らかにされた事実である。左頁の表に示すように歴史記録に残る地震で飛鳥時代の西暦684年までさかのぼることができる。南海トラフ地震は紀伊半島沖から駿河湾にかけての領域で起こる「東海地震」と、四国沖の領域で起こる「南海地震」の二つを含む。表に示された南海トラフ地震の発生パターンを見ると、いくつかの特徴的な傾向が見られる。まず、東海地震と南海地震の二つに分かれて起こる例が多い。そして、数年以内に連続して両地震が発生すると、その後は長い間地震が起きないという性質もある。南海トラフ全体で見た地震の発生間隔は短い場合で90年、長い場合では260年以上となっている。

次の地震が前の地震の90年後と仮定すれば、現時点で準備に残された時間は10年しかない。先例よりも短くなる可能性もあると考えれば、「いつ起きてもおかしくない」状態である。 一方、前の地震の260年後であるならば、次の地震は西暦2200年前半となる。これほど先のことであれば、地震対策を最優先と考える人はいない。南海トラフ地震に限らず、地震対策の難しさは、いつ起こるか分からない中で取り組まねばならないことに尽きる。明日起きるかもしれない地震に備える応急対策ではとても防ぎきれない被害でも、数十年先を見据えた施設の移転などの本質的な対策をすれば容易に防げる事例はいくらでもあろう。

磁場予測にAI手法を導入 マイクロ秒への対応も視野に


【技術革新の扉】核融合装置のプラズマ磁場予測/QST/NTT

近年、核融合技術の早期実用化に向けた動きが世界的に加速している。

日本では、研究機関と民間による異色タッグが開発をけん引する。

尽きることのない資源から、安全に巨大エネルギーを創出する技術─。この、夢のような技術は単なる絵空事ではない。海水中に豊富に存在する重水素と三重水素(トリチウム)を原料に、燃料1gで石油8t分に相当するエネルギーを生み出す核融合は、まさに究極の次世代エネルギーだ。1958年にジュネーブ(スイス)で行われた米ソ首脳会談で、それまで軍事機密であった核融合技術が公表されたことをきっかけに、国際的協力体制の下で研究は飛躍的に進展した。

単一・混合モデルでの精度比較

2007年に日米欧やロシア、中国など7つの国・地域が加わる世界最大規模の熱核融合実験炉「ITER(イーター)」がフランスで正式に着工されると、国際的に早期実用化に向けた動きが加速。米国や中国では30年代中の実験炉稼働を表明するなど、核融合技術の覇権争いが激化している。

日本においては、核融合研究の最先端機関である「QST(量子科学技術研究開発機構)」は、欧州との共同開発による超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」(茨城県那珂市)での先進的な実証を重ねており、イーターにも主要な貢献をしてきた実績がある。これらで培った知見は世界最高水準だ。


磁場再構築に時間的課題 複数モデルで可能性拓く

現在核融合炉で主流となりつつある「トカマク方式」では、燃料を加熱して1億℃を超えるプラズマ状態にし、真空容器に直接触れることなく、空中に形成した磁場内に閉じ込める必要がある。QSTはこの磁場を生成するための超電導コイルの設計・製造に加え、コイルによって浮かせたプラズマの制御も担っている。ただ、超高温のプラズマに直接触れて制御することは困難だ。

そこで用いるのが、「プラズマ閉じ込め磁場の再構築」という手法で、真空容器に設置された計測器の信号から位置や形状、プラズマ閉じ込め磁場を高精度で推定する。だが、この手法では、制御に求められる時間と再構築にかかる計算時間の間にギャップが生じる。これまで再構築は物理法則に基づく複雑な方程式を解く解析的手法によって行われていたため、数百ミリ秒の計算時間が必要で、遅くとも数十ミリ秒単位で変化するプラズマ内部の閉じ込め磁場構造の把握には対応できないからだ。

こうした課題に対しQSTは、物理モデルではなくAIによる磁場予測モデルの導入を模索。20年には最先端の光・情報通信技術を持つNTTと連携協定を締結し、プラズマ閉じ込め磁場予測技術と最先端AI技術を融合することで、数ミリ秒単位での磁場予測を可能にする独自AI手法の確立にこぎつけた。

磁場制御と混合専門家モデルの概要


この過程には文化や専門性の違いを乗り越える地道な調整があった。QST那珂フュージョン科学技術研究所先進プラズマ研究部次長の浦野創氏は「国の研究機関と企業法人の共同研究であり、専門分野も異なるため、密な打ち合わせを通じて共通理解を築いていった」と振り返る。

AIモデルの構築にも紆余曲折があった。当初は単一モデルでの磁場予測を目指したが、温度や位置、形状が絶えず変化するプラズマには対応できず、複数モデルによる「MoE(混合専門家モデル)」の導入にかじを切った経緯がある。 こうした試行錯誤が実を結び、現在の計測情報から、これまで把握が困難であったプラズマの「内部」を高精度に捉える技術的見通しが立った。さらに、過去のデータを統合して先の不安定さを予見できるようになったことで、マイクロ秒(1秒の百万分の一)単位で変化する電流や圧力分布の予測も視界に入ってきた。


実証終え次フェーズへ 不安定性制御の高度化に力

今年3月には、「JT-60SA」での実証に成功しており、AIモデルによる数ミリ秒単位のリアルタイム予測に基づき、プラズマの位置・形状を高精度で再現した初の事例となった。核融合の実現に向け、着実に歩みを進めている形だ。   

今後に関しては、「JT-60SAでの加熱実験を継続し、プラズマの電力分布などの予測により、短いタイムスケールで成長するプラズマの不安定性に対応できるよう技術開発を進めていく」(浦野氏)方針。「できるだけ早期に、商用化を見据えた原型炉(DEMO)に必要な予測精度を達成する」と意気込む。究極の次世代エネルギーを巡る国際競争が激化する中で、両機関の異色タッグによる最先端研究の存在感は一層際立っている。

【小林鷹之 自民党 衆議院議員】「電力は最も重要な産業」


こばやし・たかゆき 1974年千葉県生まれ。99年東大法学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。2003年ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。12年の衆院選で千葉2区から初当選。経済安全保障担当相などを歴任。24年の自民党総裁選では9人中5位に。当選5回。

経済安全保障担当相などを務め、当選4回ながら昨年10月の自民党総裁選に出馬した。

日本の経済力を高めるべく、現実を直視した戦略的なエネルギー政策を訴える。

千葉県市川市生まれ。父は商社マン、母は専業主婦というサラリーマン家庭で育った。学校から帰ったらランドセルを放り投げ、日が暮れるまで遊ぶわんぱく少年だった。

開成中学・高校に進学し、バスケ部に所属。中学時代には生徒会長を務めた。運動会の棒倒しでは敗れたクラスの生徒が丸刈りになる伝統があり、初めて坊主になった。社交的なタイプで、開成の男子校らしいバンカラな雰囲気を満喫した。

とはいえ、一つだけ心残りがあった。「進学校なので、高2の秋でバスケ部を引退した。不完全燃焼だったので、スポーツで勝ちたいという気持ちが残った」。そんな中で心をひかれたのが、全国トップクラスの実力を誇る東京大学ボート部だった。1年浪人後の合格発表では各部が胴上げのために寄ってきたが、自らボート部に近づき「合宿所に入れてほしい」と頼み込んだ。日本一にはなれなかったが、4年時にはキャプテンとしてチームをけん引した。

強い達成感を得たものの、本気でボートに打ち込んだ代償があった。就職浪人を避けられなかったのだ。「朝から晩まで練習の毎日。8人乗りのボートに乗っていたが、1人いないとバランスが崩れるので練習にならない。昼間に就活に行くこともできなかった」。4年秋に引退してから、翌年の公務員試験に向けて猛勉強。同級生に1年遅れて財務省に入省し、教育係は高校の後輩だった。

政治家を志すまでには、二つの転機があった。一つはハーバード大学ケネディスクール留学中の経験だ。発展途上国のリーダーが頻繁に演説に訪れたが、ペルーのトレド大統領の演説が印象に残った。「愛する母国を貧困から助け出す、という強烈な使命感に衝撃を受けた」。もう一つは、日本の地位低下だ。小泉純一郎政権以降、毎年首相が変わり、世界での存在感は失われていた。2009年には政権交代となり、日米関係は極度に悪化。強い危機感を覚え、当時の自民党・谷垣禎一総裁に手紙を送り、次期衆院選での立候補を決めた。「結構長い手紙だった。後に谷垣さんからは『巻紙だったよね』と言われた」と笑顔を見せる。

日米関税交渉で再浮上 アラスカLNGは有望か


【多事争論】話題:アラスカLNGプロジェクト

米政府はこれまで、日本にアラスカLNG参画を強く呼びかけてきた。

政情と利害が複雑に絡む中、どのような関わり方が最適解となるのか。

コスト増&政策変動リスク大 現時点での参画判断は困難

視点A:柳沢崇文/日本エネルギー経済研究所研究主幹

米国側の構想は、アラスカ州北部のガス田から南部に縦断する約1300㎞のパイプラインと、同州南部に液化基地を新設するものである。液化能力は年間2000万t、稼働開始は2030年代初頭、事業費は基本設計前の金額として440億ドルを見込む。同金額は、パイプラインの建設費を必要としない米国における他のLNGプロジェクトの2倍超にも及ぶ。アラスカ州では原油用の縦断パイプラインが1970年代から稼働しているが、新たにガス用のパイプラインを建設する計画となっている。また、凍土の溶解防止のための特殊な鋼材や、生態系保護の観点から陸から浮かして敷設することなどが求められ、その分コストも高くなる見込みである。

トランプ大統領は3月の施政方針演説の中で、日本と韓国がアラスカ州のガスパイプライン事業で提携を希望している旨を発言したが、真偽が定かでないことに加え、基本設計が提示されない段階での検討は困難である。なお、北部のガス田付近に液化基地を建設する案ではなく、南部への縦断パイプラインを建設する案を米国が主張する背景には、ガスの一部を州最大の人口を誇るアンカレッジなど南部の都市向けに輸送したい意図がある。

仮にトランプ政権後に民主党政権となり、環境規制を強化した場合、対策コストが増加し、事業停滞リスクがあるほか、巨額の事業費が今後の基本設計次第でさらに膨らむリスクもある。たしかにアラスカLNGに対する輸出許可は、民主党バイデン政権下の2023年に出されたが、作年に同政権が(アラスカLNGを含めた許可済み案件は対象外としつつも)輸出許可の一時停止措置を行ったことを踏まえると、民主党政権になった場合、環境規制の強化が行われてもおかしくはない。


メリットより不透明さが先行 求められる政治的確約

このような不透明性の高い案件に対し、日本企業が事業性に基づく参画判断を行うのは現時点で困難である。また北極圏のガス開発に対しては、日本の一部の銀行を含めて自主制限しているところも多く、ファイナンスのハードルも高い。日本企業としては、既にテキサス州やルイジアナ州において推進しているLNG事業を優先したいと考えるのが自然である。また米国の他のLNG事業者にとっても、トランプ政権が未開発のアラスカLNGを優先的に主張する現状は販売先確保といった点でも必ずしも好ましくはないだろう。

一方で、アラスカLNGにも輸送面でのメリットはある。現在、テキサス州やルイジアナ州からのLNGを日本向けに輸出する場合は、パナマ運河経由では約30日、喜望峰周りでは約40日かかるが、アラスカからは10日弱での輸送が可能と言われている。ただ、日本は既にカナダ西部からアラスカと同程度の輸送日数のLNGを年内に輸入開始予定であり、輸送面のメリットのみで未開発のアラスカLNGへの参画を決断するのは難しい。

このように商業的な観点では、現時点で日本企業がアラスカLNGへの積極的な関与を決断できる状況にない。そのため、米国側から基本設計に基づく事業性に関する精緻なデータやさらなる利点が提示される必要がある。

一方、政治的な観点では、アラスカLNGを促進する政府・企業関係者のトランプ政権に対する影響力は大きいと言われている。実際にトランプ氏は1月の再就任初日にアラスカLNGの開発促進を掲げる大統領令に署名し、2月の日米首脳会談でもアラスカのガス開発に言及している。また、台湾の政府系企業が3月にアラスカLNGに対する投資及びLNG購入に関する意向表明書に署名したが、その背景には、米国からの防衛支援を期待する面もあるのではないかと指摘される。ただし、それでも現段階では拘束力のある署名にはなっていない点に注意する必要がある。

仮に日本も米国との間の「政治案件」としてアラスカLNGを推進するとなった場合は、日本企業のみが巨額の資金及びリスクを負担するのではなく、JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)の開発支援やJBIC(国際協力銀行)によるファイナンス支援といった日本政府の支援も必要になる。

それでもなお、米国の政権交代に伴う環境規制の強化といった政策変更リスクは残る。「アラスカLNGは既存案件として今後の政策変更の対象外とする」といった米国側からの政治的な確約が欲しいところだが、現実的には難しいだろう。

このようにアラスカLNGは不透明性が高く、仮に非関税障壁の見直しへの交渉カードになるとしても、現時点では開発参入の決断は困難であると言わざるを得ない。

やなぎさわ・たかふみ 2009年に三井物産入社、LNG事業等に従事後、21年に日本エネルギー経済研究所入所。22年に日本の資源外交に関する研究にて東京大学より博士号(学術)。著書に『現代日本の資源外交』(芙蓉書房出版)。

【エネルギーのそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2025年6月号)


LPガスの補助金制度/東京都の無電柱化

Q 電気・都市ガスと同様に、LPガス料金への補助金制度はありますか。

A LPガス料金高騰対策支援金事業は、電気や都市ガスの料金支援より遅れて始まりました。電気・都市ガスは、2022年10月に策定された総合経済対策に負担を直接的に軽減する対策が盛り込まれ、23年1月に小売り事業者を通じた料金支援が始まったのに対し、LPガスは配送合理化補助金で販売事業者の業務効率化を図り、間接的に料金値下げを促す形式でした。

理由について当時の西村康稔経済産業相は、LPガスの値上がり幅が電気・都市ガスと比べて低いことや、LPガス販売事業者の大半が中小零細事業者であるため、直接支援の実施には事務負担が大きいことを指摘しています。しかし世論の高まりや政治的な圧力もあって政府は方針を転換。22年11月に地方創生臨時交付金をLPガス料金支援に活用できるようにしました。23年3月には同交付金の増額に伴い、支援対象として明確に位置付けました。その後は電気・都市ガスと同様の支援が定着しています。料金支援は基本的に都道府県の事業として実施され、一部市町村でも事業化しています。

自治体ごとに事業の実施期間、割引額などに違いはありますが、料金の値引きを行うLPガス販売事業者に値引き分の支援金を支給するのが一般的です。例えば神奈川県では、昨年までに5回実施しており、直近の第5期事業は、対象期間を昨年8~10月の3カ月に設定。支援額は、一般消費者1件当たり一律1500円(500円×3か月)でした。また販売事業者に15万円の事務経費を支給しました。物価高に悩む消費者にメリットがある料金支援ですが、自治体ごとに申請書類や手続きが異なるため複数地域で事業を展開する販売業者にとって事務負担となっています。

回答者:志村 強/月刊LPガス編集長


Q 東京都の無電柱化の取り組みの進ちょく状況を教えてください。

A 東京都では、「都市防災機能の強化」「安全で快適な歩行空間の確保」「良好な都市景観の創出」を目的に1986年度から無電柱化に関する計画を策定し事業を進めています。

政治・経済・文化の中心的な役割を担うセンター・コア・エリア内(おおむね首都高速中央環状線の内側エリア)の都道はおおむね整備が完了し、現在、2021年6月に策定した「東京都無電柱化計画(改定)」に基づき、第一次緊急輸送道路や環状七号線の内側エリアなどで重点的に整備を進めています。

整備対象となっている計画幅員で完成した歩道幅員2.5m以上の都道における地中化率は、23年度末に47%となっています。

無電柱化事業は、設計・手続きなどの現況調査、電線共同溝本体の設置工事、ケーブルの入線と引込管工事、電線・電柱の撤去、舗装の復旧工事という順序で進めます。既に水道管、ガス管などが埋設されている道路空間内に電線共同溝を設置するため、さまざまな調整が必要となることから、道路延長400mで一般的に約7年程度を要します。東京都では、昨年度から、地下埋設物の位置や設計の3Dデータ化に取り組んでおり、これらを活用し、設計段階から埋設企業者などとの間で情報を共有することで、施工・調整の効率化を図っています。 また、コスト縮減に向けた技術検討会を設置し、新たな管路材料の採用による材料費の削減・施工性の向上や特殊部の小型化などの検討を進め、低コスト化を図っています。  

引き続き、安全・安心で魅力ある東京の早期実現に向け、都内全域の無電柱化を着実に推進していきます。

回答者:東京都 建設局道路管理部安全施設課

【需要家】米国は電力供給戦略を転換 日本が取るべき策は


【業界スクランブル/需要家】

「安価で安定的な電力を潤沢に供給できることが21世紀の国家繁栄の前提条件」。3月に開かれた世界最大のエネルギーイベントCERAWeekの底流に流れるメッセージだ。

基調パネルで主催者のダニエル・ヤーギンと対談した世界最大の投資ファンド、ブラックロックCEOのラリー・フィンク氏は、急増するDC・AI向けの電力需要を満たす供給拡大について「4年前には再エネ電力が必要と言われたが、2年前には再エネが望ましいとなり、今や何でも良いからもっと多くの電力を……に変わった」と様変わりを指摘。さらにエネルギーは現実的なアプローチで、コスト低減と安定供給の確保が必要だとし、天然ガスは少なくとも向こう50年以上必要で、原発新設を進める中国と対抗する上で米国も確固とした原子力戦略が必要と発言した。

日本でも北海道でDCや半導体工場の建設が相次ぐが、全て稼働すると現状の電力供給能力では足りず、先日安全審査に事実上合格した泊原発3号基が予定通り2027年に稼働して、何とか供給が間に合うという綱渡りの状況である。北海道でDCを建設中のソフトバンク1社だけでも将来的に受電容量を1GWまで増やす構想というが、泊3号基(0・9GW)の総出力を充てても足りない計算となり、さらなる安価・安定電力供給の確保が至上命題になる。

米国が言うように電力の安価・安定供給確保が21世紀の国力の源泉になるとしたら、100GWもの原発新設計画を進める中国との国際競争に負けないために日本が取るべき戦略について、国を挙げて真剣な議論を始める必要があるのではないだろうか。(T)

FIP転と蓄電池併設で業界先駆け 成功例生かした横展開に意欲


【エネルギービジネスのリーダー達】小林直子/CO2OS代表取締役社長

社名の末尾「S」に、荒野のような太陽光O&M業界で強く生き残る覚悟を込めた。

多角的で安定した戦略を描く小林社長が狙うのは、FIP転換と蓄電池併設事業の拡大だ。

こばやし・なおこ 京都府出身。2003年、立命館大学文学部哲学科卒業。外国語教室や広告代理店での営業職を経て、12年に中国系太陽光モジュールメーカー大手・インリー・グリーンエナジー日本法人に入社し、法人営業を担当。15年、CO2Oに入社。23年5月にCO2OSへ転籍、同年10月より現職。

再生可能エネルギー投資を手がける大和証券グループの大和エナジー・インフラがCO2Oの事業を承継し、2023年5月に発足させたCO2OS。北は宮城県から西は宮崎県まで、全国15の市町に電気主任技術者や電気・土木施工管理士などの有資格者を配備した拠点を構え、太陽光発電所の設計施工から運営までを一貫して担う体制を築いている。陣頭指揮を執るのは、営業畑を長く歩んできた小林直子社長だ。「ストック型のO&M(運営・保守)やアセットマネジメントと、スポット型の工事やデューデリジェンス(DD)の両輪で経営していく」と語り、多角的で安定した収益モデルの確立に注力している。


多業種で営業力磨く 再エネの可能性見出す

技術力を売りとするCO2OSの経営陣にあって、小林氏の経歴はやや異色だ。大学では哲学を専攻し、03年の卒業後は外国語教室に就職。滋賀県のスクールで店舗運営を任された後、営業成績が評価され東京都内のエリア責任者に就任したが、会社が倒産。07年には広告代理店に転じ、法人営業を経験した。

エネルギー業界の門を叩いたのは12年。中国系太陽光モジュールメーカー大手インリー・グリーンエナジーの日本法人に入社し、法人向け営業に従事した。「FIT(固定価格買い取り)制度の導入直後で、再エネビジネスの成長性を肌で感じた」と振り返る。大手企業を中心に営業を展開し、製造現場へ足を運ぶ中で、「工場監査では温度管理など細かい質問を受けることも多く、技術的なバックボーンの重要性を痛感した」と語る。

15年には、インリー社と関係の深かったCO2Oに創業メンバーとして参画した。「FIT価格は将来的に下がり、パネル販売量は落ちる。一方、O&Mの需要は高まっていく」。そうした見通しを描いていた創立者が小林氏の営業力に注目し声をかけたという。

しかし、当時の太陽光O&M事業は市場が未成熟で、創業間もない同社の受注は困難だった。そこで、収益の安定化を図るべく、単発対応が可能なDD事業に着目した。DDは、施工前や完工時に、発電所のリスクや技術的要素などを調査し、資産価値を評価する。投資家側からは、プロジェクトファイナンスを組むに当たり、発電所の健全性や事業の継続性について、第三者の立場から評価する需要が高まっていた。「当社は、単にリスクを洗い出して評価を終えるのではなく、その改善策までアドバイスしている。設計施工から運用までを一貫して手がけているからこそ、発電所の課題を抽出し、投資家に対して同じ目線で説明できる」と強みを語る。

草刈り一つとっても、放置すれば発電量の低下につながる重要な作業であり、事業計画上の必要コストに含めるべき項目だ。業界外からは見落とされがちな点を、投資家に丁寧に伝える橋渡し役を担っている。DDによる評価診断の実績は、23年7月時点で累計5・5GWに達した。こうした信頼の積み重ねが、本命と位置づけていたO&Mの受注増加へとつながり、全体の業績を押し上げている。

今後の戦略として小林氏が見据えるのは、FITからFIP(市場連動価格買い取り)制度へ転換し、蓄電池を併設する関連事業の展開だ。CO2OSはこの分野にいち早く着目し、23年には東芝エネルギーシステムズなどと3社共同で、「さつまグリーン電力2号太陽光発電所」(鹿児島県さつま町)のFIP転換と蓄電池併設を実施。案件開発から施工までを手がけた。FIP転換と蓄電池併設の実例がない中、プロジェクトマネージャーとして事業を推進したのが小林氏だった。「収益面でベースシナリオとワーストシナリオを試算した。赤字にはならないと判断し、実験的に始めて成功事例をつくり、横展開していく方針を3社で共有できた」と話す。同発電所の蓄電池のO&Mも担っており、今後は他設備での実績を積むため、O&Mの体制を整備するととともにDD事業にも取り組む。


強く生き残る企業に 自らの思いSに込める

同社の設立に当たり、社名の末尾に付けられた「S」には3つの理念が込められている。①Second Stage(次なる成長ステージ)、②Self Standing(自立した運営)、③Synergy(グループ間シナジー)―だ。社長に抜擢された小林氏は、就任時に自らの想いを込めた言葉として「Survive Strongly」を掲げた。「O&M業界は競争が激しく、荒野のような状況に立たされている。だからこそ強く生き残ろうという意味を込めた」という。

座右の銘は「成功か、大成功しかない」―。柔らかな語り口で親しみやすい人柄と、併せ持った芯の強さで業界をけん引していく。

【再エネ】廃棄パネル大量発生へ 安全対策は万全か


【業界スクランブル/再エネ】

再エネの代名詞ともいえる太陽光発電は、東日本大震災以降、分散型電源のニーズの高まりやFIT創設による価格メリットなどを背景に着実に増加してきた。太陽光パネルの寿命は一般的に20~30年といわれ(税制上の耐用年数は17年)、2030年以降に大量のパネルの廃棄が発生すると見込まれている。

リサイクル方法はメーカーや型式により異なり、近年普及が進む中国製品は特に複雑な処理を要する場合がある。政府はこうした太陽光パネルのさまざまなリサイクル技術の普及に向けてガイドライン作成や補助金交付を行っているものの、依然としてリサイクル事業者数は不足している。加えて、10‌kW以上の使用済太陽光パネルについては処分費用の積み立て制度が設けられた一方で、10‌kW未満の太陽光パネルは設置者に処分が委ねられている状況だ。

パネルが劣化する要因には配線の腐食やパネルの汚れ、周囲の建物の影響による高温化などがあり、最悪の場合は火災に発展する可能性もある。既にメガソーラーでの火災発生時に感電の危険性から消火作業が思うように進まない事例も報告されている。木造で密集する住宅エリアで、その安全対策を各家庭に委ねるだけで大丈夫だろうか。

長く安全に利用するためには、定期的な点検、発電データの記録による異常検知と適切なメンテナンスが欠かせないが、PPAで導入した設備を期間満了後に処分しないケースも多いだろう。空き家は年々増加しており、今後さらに管理者が不在になる住居も増える。今後大量に発生するパネル劣化に備えて、リスクや安全対策の徹底がなされるべきだ。(K)

正念場を迎えた核開発交渉 軍事衝突は回避できるのか!?


【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト

イランの核開発を巡る米国との交渉が正念場を迎えている。

イスラエルによる軍事攻撃の脅威も高まる中、残された時間は少ない。

トランプ米大統領は3月初旬、イランに核開発での交渉を呼びかけた際に、交渉期間を「2カ月間」と区切り、成果が出ない場合は軍事攻撃も辞さない構えを示した。交渉は、米国とイランを仲介した中東の小国・オマーンの首都マスカットで4月12日に実施されたのを皮切りに、ローマで第2回会合、再びマスカット会合と続いた。だが米国は、交渉中もイランに追加経済制裁を科すなど「最大限の圧力」を続けた。それにイランが反発し、4回目の会合が流れるなど迷走気味だ。

米国の狙いは、イランの核兵器取得を防ぐことにある。イランはすでに核爆弾6~7発分に相当する高濃縮ウランを保有。濃縮度は60%にとどめているが、これを兵器級の90%台に引き上げるのは、わずか1週間の作業で足りる。核兵器取得には、この高濃縮ウランを爆弾に加工する作業がさらに必要となる。米国は第二次世界大戦中の1945年、高濃縮ウランを取得してから9日間で核爆弾を組み立てた実績がある。多くの専門家は、イランも1カ月あれば核爆弾の製造が可能と見ている。

イランはこれまで「核兵器開発を目指していない」と重ねて説明してきた。ウソをついているようにも見える。だが、米情報機関トップのギャバード国家情報長官は3月末にあった米議会上院公聴会で「イランは核兵器を開発していない。最高指導者のハメネイ師がそれを認めていない」と述べ、イランの主張に「お墨付き」を与えた。

原子力マークのあるイランのリヤル紙幣


裏付けられた秘密核開発 米国は軍事行動に慎重姿勢

米情報機関がそう考えるのは、ハメネイ師が2003年に核兵器開発を禁じる「ファトワ(宗教令)」を出したからだ。それ以前のイランは、大規模な核兵器開発計画に取り組んでいた。

だが、反体制派が02年に暴露し、「核の番人」と呼ばれる国際原子力機関が03年2月からイランで徹底的な核査察を開始、秘密核開発の存在が裏付けられた。その翌月、ブッシュ(子)米政権はイラクへの軍事攻撃を始め、フセイン政権を倒す。ブッシュ氏は、イランをイラク、北朝鮮とともに「悪の枢軸」と呼び、敵視した人物だ。イラクの次はイランではないか。そんな危機感が高まる中、ファトワが発せられた。ハメネイ師(86)の存命中は効力を持ち続ける。

イランは79年のイスラム革命以後、イスラエルなど周辺諸国からの攻撃を防ぐため「前線防衛」に力を注いできた。レバノンのイスラム組織「ヒズボラ」、パレスチナ自治区ガザのイスラム組織「ハマス」、そしてシリアのアサド政権などだ。だが、頼りとするこれらの勢力は24年、イスラエルからの攻撃などにより大幅に勢力を落としたり、瓦解したりした。

イラン自身も傷ついた。昨年4月と10月に二度にわたり弾道ミサイルやドローンでイスラエルを攻撃したものの、多くは撃墜され、思ったような成果を得られなかった。さらに、イスラエルの報復攻撃により、防衛網がいとも簡単に破られてしまう屈辱を味わった。

イスラエルは、何度となくイランは核兵器取得に向けた「ルビコン川を渡った」と批判し、攻撃する構えを示してきた。1981年にはイラクのオシラク原発、2007年にはシリアの原発を空爆して破壊した実績もあり、次はイランだと見定めた。だが、米国は後述するさまざまな理由から強く反対、見送ってきた。

昨年、二度にわたる報復攻撃でイランに「圧勝」を納めたイスラエルでは、またも軍事攻撃の機運が高まっている。米紙ニューヨーク・タイムズによると、特殊部隊の投入や大規模空爆で、核施設を徹底的に破壊する案を練り、米国に協力を要請した。

だがトランプ政権は、現時点という限定付きながら、軍事行動よりコストの安い交渉を選んだ。一方で軍事攻撃の選択肢も温存、3月末からイランに近いインド洋のディエゴガルシア島に爆撃機6機を配備し、直ちに空爆できる態勢を整えている。


人混みに隠す濃縮施設 現実的な落としどころは?

イランは、アラグチ外相を4月半ば以後、ロシアと中国に派遣し、両国から「軍事行動反対」という言葉を引き出すなど外交努力を続ける。さらに、攻撃を受けても、早期に立ち直れるための手も打つ。ウラン濃縮施設があるイラン中部ナタンツに、新たな地下核施設を整える動きなどがその代表例だ。

濃縮施設は、イスラエルが空爆して破壊したイラクなどの原子炉のような大型施設と違い、町工場並みの小型施設だ。偵察衛星の目を欺くには、監視の厳しいナタンツのような既存の核施設周辺ではなく、首都テヘランなどの「人混みの中に隠す」手もある。

イランと米国の交渉が難航しているのは、交渉を重ねるにつれ、米国側が要求をつり上げていることも一因とされる。米国は当初、レッドラインを「核兵器取得」に置いていた。だが、ルビオ国務長官など政府高官が「ウラン濃縮の全面禁止」「(イスラエルに届く)長距離ミサイルの廃棄」などを求め始めた。

いずれもイランが絶対にのめない要求だ。核開発はイランのプライドそのもので、濃縮はその象徴だ。高額紙幣には原子力のマークが印刷されている(写真参照)。強硬発言は、米国内に多いイラン嫌い勢力向けのポーズである可能性や、ブラフだとの見方もある。バンス副大統領などが、現実的な落としどころを探っているとの分析もある。

米国がイランへの軍事攻撃を避けてきた理由は二つある。一つ目は、イランはすでに多様な核技術を習得済みで、核施設を破壊しても早期に回復できる可能性が高いこと。二つ目は、核武装の正統性をイランに与えてしまう「やぶ蛇」になるとの考えだ。核施設を破壊しても根本的な解決には至らず、かえって事態を悪化させると考えている。

「バザール商法」に例えられるイランの巧みな外交術が勝利を収めるか。それとも、トランプ氏の「最大限の圧力」が功を奏するか。軍事衝突も含め、結果が出るのはもうすぐだ。

【火力】供給力不足への懸念 実態に即した冷静な議論を


【業界スクランブル/火力】

2025年度の供給計画と経産大臣への意見書は、供給力不足への懸念や制度上の課題に言及する内容となっている。しかし、こうした問題は、10年前から発電事業者の間で懸念されていたことを制度設計に反映してこなかった故であり、今さら「新発見」のように語られているようでは、今後の電力システム改革の修正議論にあまり期待を持つことができない。

具体的な話としては、需給バランス全体への責任所在が曖昧なままでは、効果的な対策は講じにくい。例えば近年、端境期に補修調整が集中する傾向が見られるが、大元の原因として自然変動電源の拡大による発電計画の不確実性がある。補修の適切な計画と調整は、発電事業者自身が責任を持って取り組むべき領域だが、根本的な問題解決には、市場全体を見通した制度の修正が不可欠だ。

また、需要家と送配電事業者の連携強化が強調されているが、その前段として、小売事業者が両者の橋渡し役として責任ある対応を果たす必要がある。現行では、広域機関が発電・小売事業者と直接関わろうとせず、一送を介する形となっているため、現場との距離が広がり、当事者意識の希薄さが懸念される。国も制度設計の主導権を握りながら実際の供給責任を民間に委ねる形が続いている。こうした構図の下で、再生可能エネルギーの拡大が供給力の不安定要因になっているにもかかわらず、その是正に踏み込まない姿勢も気にかかる。

今のままでは、再エネ推進と市場化こそ善という固定観念にとらわれ、安定供給という大前提が損なわれかねない。今こそ実態に即した冷静な制度見直しが求められる。(N)