【原子力】英がプルトニウム廃棄決定 日本所有分の行方は


【業界スクランブル/原子力】

英国の民生用プルトニウム保有量は約141tでセラフィールドサイトにある。これには日本に所有権のある21・7tが含まれている。

1月、英国政府は自国に所有権のあるプルトニウムを原子力発電の燃料として使うことなく、再取り出し不可能な処理をして深地層処分すると発表した。これを受けて、日本の保有分をどうするかを考えなければならない。

日本は利用目的(発電用燃料という平和利用)のないプルトニウムは持たない方針で、英国にある日本のプルトニウムも将来使うとしてきた。しかし今回、英国ではMOX燃料工場の新設(再建設)は行われないことが確定した。その結果、英国にある日本のプルトニウムは「利用目的はあるが、利用することができない」状態となってしまった。

だが、英国で加工できないというだけであり、利用目的を失ったわけではない。MOX燃料工場を持つ他の先進国に運んで加工してもらうか、しばらく英国に保管して(処分には10年かかるとのこと)、将来日本に持ち帰り、やがて操業開始する日本原燃のMOX燃料工場で加工することも考えられる。

プルトニウムは資源の乏しい日本にとって貴重なエネルギー資源である。数%の濃度でウランと混ぜて300t程度のMOX燃料にすれば、日本の年間電力需要の約1割、およそ1000億kW時の電気を生み出し、1兆~2兆円の価値がある。これを使わなければ別に燃料を買わねばならないし、英国で廃棄してもらうとなれば、処理費用と処分場建設費を負担させられることになる。安易な「処分」を選ばず、真剣に今後の方策を練るべきである。(H)

【シン・メディア放談】クライアントや株主の理解得られず フジ問題に見るメディアの危機


〈メディア人編〉大手A紙・大手B紙・大手C紙・大手D紙

フジテレビ問題は収束どころかグループ全体に飛び火。

メディア関係者とすれば他人ごとではない。

―今回は番外編。エネルギーは抜きにして、炎上し続けるフジテレビ問題を扱う。

A紙 1月17日のクローズ会見から、27日の10時間超の会見での新要素は、社長・会長の辞任、被害者に対する社長の謝意、加害者への具体的な聞き取り回数くらい。「公開処刑」でも状況は変わらなかった。この一連で印象的なのはフジの危機管理、特に初動の悪さだ。何か隠しているのではないかと疑われ、「社員の関与はない」と説明しても誰も信じない。一方、事実関係が不明な段階にスポンサーが一斉に離れるという判断に至るのもどうかとは思う。

B紙 関西電力が変圧器のPCB(ポリ塩化ビフェニル)基準値越えに関して、2月頭にコンプライアンス委員会の調査結果を公表。原因としてコンプラ意識の弱さ、業績優先の意識、正当化論理の構築―などを挙げたが、まさしくフジにも当てはまる。ただ、エネ会社の不祥事では業界紙やステークホルダーがかばうものだが、フジにはそうした味方はいない。


東電会見を彷彿? グループ傘下にも波及

C紙 フジの現場の人と付き合いがなく、これほど女性の権利が守られない職場なのかと衝撃を受けた。新聞の社風も遅れているが、テレビは輪をかけている。また、会見は1時間を超えたら後は見世物で、記者批判やフジ同情論などエンタメと化した。ところで10時間会見で思い出したのが、原発事故直後の東京電力の会見だ。中身が分かりづらく混乱ぶりも似ていた。

D紙 毎日6時間ほど開いていたね。東電には「ゼロ回答の天才」がいた。その頃からフリー記者が増え、当時の某政権幹部が記者クラブを批判していた。

いずれにせよ今回、記者は新しい情報を引き出せなかった。加害者が何をしたのか、なぜフジがかばい続けたのかを知りたいのに、質問が練れていない記者が多かった。むしろフジは同情論が出てきて助かったと思う。

C紙 引き出すような質問といのは存外難しく、特定の記者を批判する気はない。中には鋭い質問もあり、それに答えなかったフジが評価を上げたとは思えない。日枝久取締役相談役が辞めない限り状況は改善しないとの危機感があるのではないか。

D紙 日枝氏が辞めても重用された人が残る。幹部だけでなく、何人も同氏のコネで入社している。少なくとも第三者委員会の報告書ではプライバシーを隠れみのにせず、踏み込まないと収まらない。日頃、企業の不祥事をたたきまくる自分たちが逆の立場になったわけで、とにかく大手メディア不振が広がっている。スポンサーの反応を含め、嫌な雰囲気が漂い始めている。

C紙 これはフジ特有の問題で他局では起き得ないのか、もしくはテレビ局全体の問題なのか、はっきりさせるべきだ。一部の局は自主的に調査したというが、こうした視点をマスコミが持たないと今後足元をすくわれる。

ところで、フジと他局の文化の違いはあるのかな?

A紙 TBSは他社より上層部に意見を言える風土があり、社長のあいさつに役員がガヤを入れるそうだ。フジや日テレ、ましてやテレ朝ではできない。

B紙 かつてはフジテレビと産経新聞のトップは緊密な関係で、鹿内家を追放できたのもそのおかげだ。だが産経のトップが変わる中、日枝氏だけが残り続け、もうツーカーではない。

とはいえ、今回の件で産経も無傷とはならないだろう。産経の広告営業やイベントの協賛などは巻き込まれていると聞く。

A紙 フジから産経への広告もそれなりにあるようで、これがなくなると痛手となる。

B紙 日枝氏が辞めた後、フジと産経のつながりがどうなるかも注目だ。読売や産経はある程度エネルギーを冷静に報じる媒体。その一角が仮になくなると、エネルギーフォーラムの読者にとってショックかも?


文春にブーメラン 訂正に批判の声

―一方、週刊文春がフジ社員の関与を巡る文章を訂正し、そのやり方が批判されている。

C紙 よく読めば方向を少し変えたと分かるが、週刊誌を丁寧に読み込む人はいないよね。また文春側は、報道の大筋は変わらないので裁判になっても負けないという判断もあったのだろう。ただ、会見でもっと指摘する質問があってもよかった。

B紙 訂正は致命的ではない。従軍慰安婦論争と似ているが、直接的な「狭義の強制性」はなくとも、間接的な「広義の強制性」はあったとの強弁は可能だ。また、続報で上書きしての手打ち経験がある記者は多いはずだ。

A紙 訂正を出すかどうかは、社内でかなりもめたという。文春としては誠意で訂正したつもりが、結局批判されるのなら出さない方が良かったとなる。ただ、そこもメディアが世間ずれしている部分なのかも。

D紙 一般紙も大スクープだと報じ、結局間違っていてもそのまま、ということはある。文春は訂正しただけよくやったが、取材が甘いことがたたかれるのは仕方がない。それだけ世の中に見られる媒体となった。

A紙 最近、文春で特派の記者から本社のデスクになった人がいると話題になった。従来、特派は真偽不明の情報を集め見出しで突っ走る傾向にあり、本社のデスクが冷静に見てバランスを取るものだが、先ほど述べたような体制には危うさを感じる。

―奇しくもフジ特集の誤記で販売を中止したダイヤモンド社には賞賛の声が。文春編集部は何を思うのか。

【石油】ガソリン価格で混乱継続 税制の行方いかに


【業界スクランブル/石油】

高止まりを続けるガソリンの全国平均価格。経済産業省は補助金がなければ2月第1週で205・5円と想定していたが、この価格と新基準価格185円の差額20・5円が同週の補助単価となった。これを石油元売りにスタンド向け卸価格の値下げ原資として支給し、スタンド小売価格を185円に抑制。想定価格は、主にドル建て原油価格と為替相場の前週比変動幅を計算し、毎週改訂される。

補助率圧縮による補助金の2段階縮小を決めた昨秋時点でガソリン価格は約190円と想定し、185円との差額は5円。もし原油価格が1バレル当たり5ドル程度、または1ドル10円程度の円高になれば補助単価がゼロとなり、補助金は自然消滅していた。

ところが、昨年末から1月にかけての想定外の原油高と円安で、補助金が約10円に圧縮されたにもかかわらず、逆に毎週の補助単価は拡大した。補助単価10円で月間の補助金総額は約1000億円に上り、補助開始以来の2年強の総額は8兆円近い。そんな補助金をいつまでも続けるわけにはいかない。

メディア業界には補助金否定論が多く、役所も早く止めたがっているが、地方を支える自動車や灯油暖房などへの影響を考えれば、政治が許すはずがない。特に今年は、参院選と都議選を控えている。

ガソリン税に上乗せされる「いわゆる暫定税率」は、自民、公明、国民民主の3党が廃止で合意した。EV普及でガソリン税収が激減すれば、暫定税率の廃止は可能であろうが、すぐの実施は難しい。

国民民主党提出の暫定税率廃止法案は国会で継続審議案件となった。ガソリン価格を巡る混乱は続きそうだ。(H)

【ガス】米国産LNG輸入 企業はコミットできるか


【業界スクランブル/ガス】

2月上旬、トランプ米大統領と石破茂首相による初の首脳会談が行われた。業界が注目したのが、米国産LNGの輸入拡大とアラスカLNG開発への参画検討だ。

米国産LNGの輸出拡大は、日本のエネルギー安全保障上、化石燃料の調達先をさらに分散化させ、有効であるように見える。しかし実現可能性はどうだろう。日本の各社は大半のLNGを長期契約しており、足元で不足感がある事業者はいないのではないか。確かに2030年前半ごろに満期を迎える既存長契が複数あり、それを米国産に切り替えることは考えられるが、自由化による将来の不透明性や人口減による需要の縮小が見込まれる中、どれだけの量をコミットできるかは不明瞭と言わざるを得ない。日本だけでなく欧州なども米国産LNGの輸入拡大を示唆する中、米国の出荷能力面も危惧してしまう。今から新たな輸出基地の建設を検討しても、トランプの任期中の完成は不可能だろう。最後の懸念点は、契約条件だ。LNGを購入するのは民間企業であり、トランプではないが変な条件では「ディール」できない。いずれにせよこの先、米国産LNGの動向には注視が必要だ。

より不透明なのがアラスカLNG開発である。アラスカのLNGはホルムズ海峡やパナマ運河を通る必要がなく、運搬コストや地政学上のリスクの抑制が可能になるメリットがある。一方で、アラスカを横断する1300㎞ものパイプラインの敷設工事など、膨大な開発コストが必要と言われる。これもトランプの任期中に完成することは不可能であり、どれだけの日本企業がこのプロジェクトにコミット出来るのかも注目だ。(Y)

rDME活用をあきらめない欧州勢


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

昨年秋、欧州のLPGディストリビューターであるSHVエナジーとUGIインターナショナルのrDME(再生可能ジメチルエーテル)合弁会社ディメタ社が破綻し、その事実が10月下旬開催の「5thアジアパシフィックLPGエキスポ・ベトナム2024」で正式に伝えられた。英国北東部ティーズワークスでかねてより計画されていた年間5万t生産のrDME工場が、24年初めの稼働に至らず開設に失敗したとのことだった。

同社のホームページによると、当該プロジェクトは北欧から中古のDME生成プラントを購入し、資源ごみを原料にrDMEを生成。既存のLPGに混入させてrLPGとして販売する計画だった。しかし、生成プラントは木質バイオ系セルロース原料をメインにrDMEを作ることを想定しており、資源ごみからの生成がうまくいかなかった。

加えて、UGI社の経営変調により運転資金が回らない状況に陥り破綻したとのことだった。同社は22~23年に、ネットやLPG関連の国際セミナーでプロジェクトの先進性、複数のごみ廃棄物源を処理できる「原料ニュートラル」技術を使用することで、rDMEを「今すぐ」実現できるとしていたが、二つの要因により計画が頓挫した。

一方、欧州オランダでは大規模なコングロマリットでもあるSHV社が、新たにアイルランドのDCCエナジーとrDMEに関する開発促進に関する覚書を締結したことを11月下旬に南アフリカで開催された「WLGA(世界リキッドガス協会)LPG WEEK2024」の総会で発表した。欧州勢は、LPGにrDMEを混合させ低炭素時代に適合させるエネルギー源として末永く有効活用していく矛先は緩めていないのである。たとえ先駆者の屍を乗り越えても。

(花井和夫/エネルギーコラムニスト)

原発回帰に冷ややかな独電力 コスト・エネ政策が障壁に


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツではシュレーダー政権下の2000年以降、原子力発電は政府補助金で拡大し続けた再生可能エネルギーに押され始め、新規建設はなくなり、既設の運転で何とか持ちこたえた。10年10月の改正原子力法で既設原発の運転継続が規定されたが、翌年3月の福島第一原発事故で状況は一変してしまう。反原発の世論に火が付き、メルケル前政権は、6月に原子力法を改正し、22年末までの段階的な撤退を決めることになった。ところがその年の2月にウクライナ戦争が勃発し、エネルギー不足が生じる中、ショルツ政権はさらに原子力法を改正することで稼働していた最後の3基の閉鎖を22年末から3カ月半延長した。そして23年4月15日以降、稼働した原発はない。

2月23日に投票が行われる議会選挙では、最大野党のCDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)が原発回帰の公約を掲げる。だが、ドイツ最大の発電事業者RWEのクレバーCEO(最高経営責任者)は昨年12月末のマスコミ紙で、同社としての原発への回帰を一蹴し、当時発電量の6%を占めていた3基の時代は終わったと断言した。同氏は「3基を再稼働させるには、長い期間にわたる許認可プロセス、バックフィット投資、専門的な資格を持つ運転員の育成などが必要で、電力会社はこれを行う意思があるのか」と紙上に疑問を投げかけ、新規建設に関しても見込みはないとした。建設には10年以上が必要で、当然コストも膨らむ。政府が新設を望むのであれば、政府自身が経済的なリスクを引き受けなければならないとの見方だ。

ドイツ最大電力EONのビルンバウムCEOも1月21日付のハンデルスブラット紙のインタビューで、「ドイツにおいて資金を新しい原発へ投資する民間の電力会社は存在しないであろう」と述べ、ドイツが原発から撤退したのは大きな誤りであるとした。再稼働には技術・規制の両面で要求が高く、時間もかかる。また、脱原子力の決定を覆すことは不可能であると見ている。同氏は、新たな政府による決定が4年後に再び引き継がれることがあてにできないとし、「過去15年間のエネルギー政策の混乱下では、どの電力会社も原発には投資しないであろう」と答えた。

このように、ドイツでは民間の大手電力会社はエネルギー政策への不安から原発から手を引いている。新しい政権が原発支持を打ち出しても4年後にこれが継続される保証はない。さらにドイツでは、原子力の専門知識がなくなり、建設できるメーカーがない。欧州では少なくとも建設コストが計画通りに維持されたプロジェクトはなく、建設費は、計画よりも2~3倍高くなっている。このため、ドイツでは従来の原発建設方式は受け入れられるものではない。今後、取り組むことが可能な技術はSMR(小型モジュール炉)と核融合となるが、これらはせいぜい中期的に実用可能となる見通しであるか、ようやく開発に着手した段階に過ぎない。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

【新電力】リスク回避策が足かせ? 新局面の新電力経営


【業界スクランブル/新電力】

某大手発電事業者が、相場操縦の疑いで電力・ガス取引監視等委員会から勧告を受けたことが、業界では話題になっている。故意はなかったものと信じているが、卸価格高騰に委員会が目を光らせていることが明確となり、旧一電発電部門は限界費用での玉出しを、これまで以上に順守していくのであろう。実際、昨年度・今年度とも電力卸価格(東京エリア)で50円を超えるコマは発生していない。新電力各社にとり、少なくとも制御不能な価格高騰により経営を脅かされるリスクは著しく低下している。

ただ、これにより新電力は新たな経営課題に取り組む局面を迎えたと筆者は考える。

数年前の電力卸価格高騰を教訓に、火力発電所を建設・買収あるいは、大手発電事業者と割高な長期卸供給契約を締結した新電力も多いと聞く。経営リスク回避の施策が、経営の足かせとなるとは皮肉である。特に火力発電所を保有した新電力は深刻だ。今後、卸市場高騰による利益は見込めず、発電した電力の卸市場販売による逆ザヤ、また逆ザヤ回避のために発電所休止も、それが原料の最低引取料未達ペナルティ発生という「無間地獄」に陥る可能性がある。

また、それ以外の新電力も、今後は大手発電事業者の限界費用での玉出し増加が、新規事業の目玉として推進するFIP転太陽光事業に与える影響を十分検討すべきである。卸市場高騰リスク低下により、新電力は卸市場調達比率を高めるであろう。その結果、火力電源の卸市場供給時間帯・量は増え、0・01円コマ発生の減少に繋がると筆者は見ている。この点、新電力各社は、どう考えるのであろうか?(S)

脱炭素に傾斜し過ぎたIEA トランプ政権で強まる風当たり


【ワールドワイド/環境】

第2次トランプ政権誕生で2050年ネットゼロエミッションシナリオを唱道してきたIEA(国際エネルギー機関)に対する風当たりが強まりそうだ。最近、米シンクタンク National Centre for Energy Anlytics が「エネルギー妄想:ピークオイル予想―IEA World Energy Outlook 2024の石油シナリオの批判」と題するレポートを発表した。

「IEAは長年にわたりエネルギー情報と信頼性の高い分析を出してきたが、加盟国政府がパリ協定に署名したことを受け、そのミッションをエネルギー転換の推進に転換した。この結果、世界エネルギー見通し(WEO)において政策立案者に対して、歪曲された危険なほど間違った見方を提示している。WEO24年の中心シナリオではエネルギー転換の継続的な進展により、今世紀末までに、世界経済は石油、天然ガス、石炭の追加使用なしに成長を続けることができるとされているが、これは実現可能性がない。IEAのアウトルックでは現状維持(BAU)シナリオが排除されており、中心シナリオでは各国のエネルギー転換計画が完全に実施されることを想定しているが、現実にはほとんどの国が予定より大幅に遅れている。真実ではないことを信じ込むことは妄想である。IEAの分析は、何兆ドルもの投資決定だけでなく、広範囲にわたる地政学的な影響を及ぼす政府政策にも影響を与え続けている。誤解を招く見通しを提示することで、世界をリードするエネルギー安全保障の監視機関としての長年の実績を自ら傷つけている」と、厳しく批判している。

筆者のニール・アトキンソンは最近までIEAの石油産業・市場課長であった。現実を踏まえ地道に市場分析してきた彼が「30年に石油需要がピークアウトする」というシナリオがIEAのメッセージとなっていることにフラストレーションを溜めたとしても不思議ではない。

昨年12月には、上院エネルギー商業委員会の重鎮ジョン・バラッソ上院議員も「IEAの設立の理由を忘れてしまった」との報告書を発表し、脱炭素への傾斜を強く批判した。イーロン・マスクは国際機関への拠出金などに大ナタを振るうだろう。IEAへの拠出金の凍結など、ドラスチックな対応もあり得る。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【コラム/3月18日】米国における原子力発電に関する世論動向


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

前々回のコラムで原子力発電を支持する世論が世界的に増大していることを述べたが、本コラムでは、原子力発電に対する好意的な世論が記録的な高さを維持している米国に焦点を当て、その実態を紹介したい。

Bisconti Research(2024年5月)によれば、 米国では原子力発電に関する賛否は、40年前にはほぼ半々だったが、その後、賛成が反対を上回り、その差は拡大してきた。この傾向は2021年以降顕著となっており、2024年の調査では、77%対23%と賛成が反対を圧倒した(「強く」と「やや」を含む)。また、同調査では、原子力発電の運転ライセンス更新と新設に関する支持は、2021年以降過去最高レベルに達していることもわかった。連邦政府の安全基準を満たした原子力発電の運転ライセンス更新に対する支持は、2021年の86%から2024年には88%に上昇している。また、原子力発電所を「確実に」(“definitely”)新設することに対する支持は、2021年の69%から2024年には71%に増大している。

さらに、2024年の調査では、原子力発電に対する支持は、同電源に関する知識が深いほど高まることが示されている。このことは、これまでの調査結果とも合致している。原子力発電に関する知識が乏しい回答者では64%がその利用を支持しているのに対して、知識が豊富な回答者では88%が支持している。また、性別も原子力発電に対する賛否に関連している。男性の86%が原子力発電を支持しているのに対し、女性は70%であった。世代と原子力発電に対する賛否との関連については、ミレニアル世代(1981~1996年生まれ)の75%を除き、その他のすべて世代、すなわちベビーブーマー世代(1946~1964年生まれ)、ジェネレーションZ(1997~2012年生まれ)、ジェネレーションX(1965~1980年生まれ)で支持率は約80%であった。

Bisconti Researchの調査では、学歴との関係についても示されている。大学卒業生の 82% が原子力発電を支持しているのに対し、大学を卒業していない回答者では支持は74%であった。また、支持政党では、共和党支持者と自認する回答者の 85% が原子力発電を支持しているのに対し、民主党支持者と自認する回答者では支持は78%であった。さらに、原子力発電に対する態度が最も肯定的な地域は、北東部と南部で、それぞれの支持率は79% と 78%であった。また、西部では 75%、中西部では 74% の支持率であった。

なお、地域における原子力発電に対する賛否については、ミシガン大学の研究者が2008年から2023年までのソーシャルメディアプラットフォームX(旧Twitter)上の米国の位置情報付き投稿126万件を分析し、2024年8月に発表した論文で、州ごとの結果を示している。それによれば、50州のうちアラスカとデラウェアを除く48州の人々は原子力発電に関して否定的よりも肯定的な態度をとっていることを明らかにしている。

Bisconti Researchの調査では、原子力の利用に関して、77%対23%と賛成が反対を圧倒していることを述べたが、そこには、「強く」と「やや」が含まれている。強く賛成する人は32%、強く反対する人は6%と、前者は後者の約5倍に上るが、やや賛成とやや反対が全体の62%を占めている。これらは、どちらかと言えば中間派とも言えるわけで、ある出来事で意見が容易に変化しうるグループと考えられる。わが国でも、米国における原子力利用に対する支持の高さが紹介されることがあるが、このように移ろいやすい意見が大半であることにも注目する必要がある。

また、同調査では、上述したように原子力発電に対する支持は、同電源に関する知識が深いほど高まることが示された。前々回のコラムでも、原子力発電に対する世界的な世論動向に関するSavantaの調査結果を紹介する中で、調査対象20か国全体で、同様の結果が得られていることを述べた。原子力PAの改善のためには、原子力技術の知識基盤の拡大と国民への教育が、必須条件といえるだろう。


【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

【電力】脱炭素電源投資促進へ 立ちふさがる重い宿題


【業界スクランブル/電力】

本誌が刊行される頃には、第7次エネルギー基本計画が閣議決定されているであろう。今回の計画は、一部政治圧力が押し付けた再エネ最優先のスローガンに合わせるために、2030年に向けて電力需要の減少を想定していた前回から一転、40年に向けて電力需要の増加を想定している。しかし、これはGX・DXがうまく進展していることが前提であり、そうでなければ日本経済とともに、電力需要もシュリンクしてしまう可能性がある。

そうしたことから、エネ基では「脱炭素電源の確保ができなかったために、(略)⽇本経済が成⻑機会を失うことは、決してあってはならない」と、電源確保に向けて力強く宣言している。こうした決意を表すことは間違いなく必要なのだが、問題は実際に誰が脱炭素電源に投資するかだ。

そうしたこともあり、「投資回収の予見性を確保する仕組み」は、近年の制度議論のキーワードになっている。

電力小売自由化が始まった2000年以降、電力需要の伸びは鈍化から減少のトレンドをたどっているが、それ以前は年200億kW時程度の増勢を示していた。その頃は、投資回収の予見性を確保する仕組みとして総括原価方式があり、加えて当時の一般電気事業者が法的独占の担保とセットで供給責任を負っていた。

しかるに、今の電力システムには供給責任を負う事業者が不在である。つまり、投資回収の予見性を確保する制度だけの一本足打法だ。供給責任を誰も負っていないから、必要な投資を促すには、脱炭素電源への投資が他分野の投資よりも魅力的となるような制度設計が必要だ。これは重い宿題である。(V)

世界で急増する「気候訴訟」 海外投資へのリスクにも


【ワールドワイド/市場】

近年、気候変動への関心の高まりとともに「気候訴訟」が国際的に注目を集めている。これは、気候変動に関する法、政策、科学的課題などを扱う訴訟の総称であり、気候目標や政策、企業活動などさまざまな方面への影響力を強めている。

気候訴訟は2000年代後半から増加し、特に15年のパリ協定締結後に急増した。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのグランサム気候変動環境研究所によれば、23年時点で2666件の気候訴訟が係属しており、その約70%が15年以降に提起された。気候訴訟は、住民や環境NGO(非政府組織)が原告となるケースが多い。その代表例が、15年にペルーの農民Saúl Luciano Lliuya氏がドイツのエネルギー大手RWEを相手取った訴訟である。

同氏の居住地近くのパルカコチャ湖では、氷河融解による水位上昇が進み、決壊の危険が高まっている。これを気候変動による影響と主張し、世界的にCO2排出量が多い同社に部分的責任を求めた。米国の環境NGOであるClimate Accountability Instituteによると、RWEの累積排出量は世界全体の0・47%を占めるとされ、この割合に基づき洪水対策費用の0・47%にあたる約1万7千ユーロを請求した。第1審では棄却されたが、控訴裁判所では審理継続が認められ、1月現在は証拠調べの段階。請求額は高額ではないが、気候変動の国境を越えた賠償責任を1企業に負わせる初の判例となる可能性があり、注目されている。

この訴訟はドイツの環境NGOであるGermanWatch が「気候の公平性」を訴えるキャンペーンの一環として原告を支援している。「気候の公平性」とは、気候変動における歴史的責任の不均衡を是正しようとする考えである。CO2排出は主に先進国によるものである一方、その影響は経済、地理的理由から発展途上国や低所得者層に集中しやすい。この不公平を是正しようとする取り組みが、同気候訴訟の背景にはある。

日本における気候訴訟の件数は1月時点で5件と少ない。法制度や司法消極主義などが理由とされるが、国際的に気候訴訟のリスクが増大しているのは事実である。その影響は政府や企業、金融機関や保険会社にも波及し、海外投資へのリスクも増大している。将来は国際的な動向に呼応した新たな判決が下される可能性もあり、国内でも無関係と一概にはいえないだろう。

(藤原 茉里加/海外電力調査会・調査第一部)

アサド政権崩壊で原油不足 米・イランとの関係悪化も懸念


【ワールドワイド/資源】

シリアでは昨年12月、アサド家による53年間の支配に終止符が打たれた。反体制勢力の「シャーム解放機構」が11月末に大規模軍事作戦を始めてから、12月8日までにアレッポやダマスカスなど主要都市が陥落し、アサド政権が崩壊した。

シリアでは2011年の「アラブの春」を機に内戦が始まり、原油生産が日量30~40万バレルから数万バレル程度まで減少した。国際石油市場への影響は見られていないが、アサド政権を支持してきたイランからの原油供給が断たれたことで、政権崩壊直後からシリア国内はエネルギー危機に陥っている。

シリア最大のバニヤス製油所(精製能力日量10万バレル)は原料不足で12月13日に稼働を停止し、電力・ガス不足により同国の1日の電力供給はわずか2時間にとどまる。新政権が国内統治体制の確立と近隣アラブ諸国との関係構築を急ぐ一方で、国民生活を支えるエネルギー供給も重大な課題となっている。

新政権は原油・ガス・電力の確保のために多方面に働きかけている。原油供給では、アサド政権による原油輸入を妨げてきた広範な制裁について、米国政府は1月6日にエネルギー輸入に関する6カ月間の制裁免除を発効した。これを受けて新政権は同月中旬に原油・石油製品の購入に関する入札を開始した。

ただ、シリア政府の安定性や支払い能力が疑問視される中、十分な供給量が確保できるかは不確かだ。またガス・電力の観点では、既存パイプラインを通じたヨルダン経由でのガス輸入や、トルコ・ヨルダンからの電力輸入、トルコ・カタールからそれぞれ40万kWの発電船2隻を調達するなどのアプローチが追求されている。新政権は近隣諸国との良好な関係構築を進めており、関係諸国からの支援が期待される。

シリアでの新政権成立は周辺諸国の動向と相まって、長期的にはイランの米国との関係変化につながる可能性がある。イランは周辺諸国で「抵抗の枢軸」と呼ばれる親イラン民兵組織を支援してきたが、ガザのハマスとレバノンのヒズボラはイスラエルとの紛争で大きな被害を受け、親イランであったシリアのアサド政権も崩壊した。米国内には、イランの「手下」が弱体化していく状況をイランとの核開発交渉を優位に進める好機とする見方もある。トランプ政権もイランとの「取引」を示唆しており、イランの国際社会への関与に変化の兆候が生じている。

(豊田耕平/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2025年3月号)


【エナジー宇宙/ニチガス系が春日部市と「ゼロカーボンシティ」目指す】

ニチガスの100%子会社で、LPガスなどのインフラを担うエナジー宇宙(吉田恵一社長)はこのほど、埼玉県春日部市と「ゼロカーボンシティ」に向けた連携協定を結んだ。同市と連携するエネルギー事業者は東京電力パワーグリッドに次いで2社目。市は「市・事業者・市民で明日を耕せ ゼロカーボンで生まれ変わる田園都市」をスローガンに、2028年までに調達電力の70%以上を再エネとし、市庁舎では100%を目指している。ハイブリッド給湯機器などの家庭用省エネ機器販売で実績があるニチガスの知見を活用するとともに、カーボンオフセットガスなどで最適なエネルギー利用を図る。


【コージェネ財団/大賞表彰式で高砂熱学など3件が理事長賞を受賞】

コージェネレーション・エネルギー高度利用センター(コージェネ財団)は2月6日、「コージェネシンポジウム2025」を開き、優れたコージェネシステムに贈る「コージェネ大賞2024」の表彰式を行った。理事長賞を受賞したのは、民生用部門が「高砂熱学イノベーションセンターへの導入事例」(高砂熱学工業など)、産業用部門が「味の素九州事業所での改善事例」(日鉄エンジニアリングなど)、技術開発部門が「水素30%混焼対応 高効率8MW級ガスエンジンKG-18-T.HMの開発」(川崎重工業)。各部門の講演のほか、新しい街づくりに関する意見交換などを行った。


【国際環境経済研究所/水素・アンモニア社会実現をテーマに最新事情紹介】

国際環境経済研究所は1月31日、「水素・アンモニア社会実現の課題」と題する講演会を開いた。同研究所所長の山本隆三氏が、昨年視察した欧州の水素事情に触れ、「トランプのエネルギー政策と欧米のエネルギー戦略」をテーマに講演した。次に登壇した主席研究員の塩沢文朗氏は、「水素・アンモニア利用の課題」に焦点を当て発表。この中で塩沢氏は、現在の日本の水素・アンモニアの利活用状況について説明し、昨今の人材不足や物価高により水素やアンモニアへの投資リスクの拡大が見込まれると指摘しながらも、製造時にCO2を回収するブルーアンモニアの導入拡大が予想されるとの見方を示した。


【ニチコン/新型蓄電システムで電気代の削減に貢献】

家庭用蓄電池などを手掛けるニチコンは2月13日、太陽光発電、蓄電池、EVのエネルギーを制御するトライブリッド蓄電システムのフラッグシップモデル「ESS-T5/T6シリーズ」を今年秋に発売すると発表した。自宅の太陽光パネルで発電した電力を最大限に活用して蓄電池とEVに同時に充電できることが特徴で、電気代の削減につながるという。


【関電工/創立80周年を記念したセミナー開催】

関電工は2月5日、都内で創立80周年を記念したセミナーを開催した。オンラインによる聴講者を含めて計1500人近くが参加。「次世代道路革命 電気設備と走行中ワイヤレス充電が描く未来」や「生成AIの進展とインフラ建築業界における活用」などをテーマに、社会の変化に直面するインフラ・建設業界の今後の課題について有識者らが講演した。


【茨城大学原子科学研究教育センター、日本原子力発電/漫才コンビとエネルギー問題を楽しく学ぶセミナー】

茨城大学原子科学研究教育センターと日本原子力発電は1月29日、同大水戸キャンパスで「エネルギー問題と政策~エネルギー問題から人材育成まで~」と題するセミナーを開催した。漫才コンビのU字工事や資源エネルギー庁原子力立地政策室長の前田博貴氏によるトークセッションなどを行い、大盛況で閉幕した。電気事業連合会と日本原子力文化財団が協力。

理想のモビリティ社会構築へ 目指すべき方向性とは


【モビリティ社会の未来像】古川 修/電動モビリティシステム専門職大学教授・学長上席補佐

本連載も本稿が最終回となったので、最後のまとめとしてモビリティ社会の目指す方向性を提言する。日本のモビリティ社会において解決すべき重要な社会課題は、①交通事故死をゼロとする安全性の向上、②地方での交通弱者の移動の確保―の二点が挙げられる。

モビリティ社会の目指す方向性は


安全性向上については、全ての自動車を自動運転にすれば、人間が運転する時よりも交通事故は減少するという説がある。グーグル社系列のWaymo社では、完全自動無人タクシーが人間が運転している自動車よりも85%事故率が少ないことを公表している。しかし、それだけでは自動運転車が人間が運転するよりも安全性が高いとは言えない。なぜなら、Waymo社の無人タクシーは限定された地域の道路だけで運用されているからだ。限定地区以外の道路交通事情ではAIが想定していなかった交通状況の変化が起こって、交通事故に至る可能性がある。

また、Waymo社では2530万マイルの無人走行で一度も重大事故を起こしていないことを公表している。しかし、これも世界最大の科学・教育計算機学会である米国計算機学会「ACM」の投稿論文に、この走行マイル数では安全であることを確証するには不十分であり、110億マイルの走行が必要である、と否定されている。

では、交通事故死をゼロとするための自動運転技術の使い方とは何か。それは、完全自動運転ではなく、あくまでドライバーが運転する自動車を高度なAIが支援して運転ミスをカバーする究極のADAS(先進運転支援システム)の開発を目指すことである。

従来のADASの何が問題であるかというと、ドライバーの運転意図が分からないことによる支援機能の限界があることだ。例えば衝突軽減ブレーキでは、衝突回避支援を行うことが難しい。これは、ドライバーがブレーキではなくステアリング操舵で回避する意図を持っている可能性があるからである。この運転意図を、道路交通環境情報やドライバーの操作データ情報を基に、高度なAIが把握できるようになれば、衝突事故をゼロとする可能性が高くなる。

後者の地方の交通弱者の移動の確保では、自動運転をそのまま導入しようとしても、社会実装が難しいことが、日本全国で実施されてきた実証実験で示されている。それは安全の担保と導入・運営コストの低減を両立させることが難しい点である。この課題については、コスト低減には限界があるので、自動運転走行の価値をより高くして、コストに見合うサービスとしてビジネス化することが必要である。

例えば、社会生活に必要なデータ連携をして、自動走行中に移動先での買い物、診療、娯楽、各種手続きなどを先回りして済ませる利便性向上や、住民の観光客の移動を融合させるビジネス化などが考えられる。それには、単なる自動運転の採用ではなく、地域の移動需要や社会生活に基づいて、モビリティ社会を総合的にデザインするアプローチが必要とされる。

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ふるかわ・よしみ 東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ホンダで4輪操舵システムなどの研究開発に従事。芝浦工業大教授を経て現職。

大規模災害に新たな備え 寺社×科学技術で減災へ


【オピニオン】稲場圭信/大阪大学大学院人間科学研究科教授

京都市が環境省の「脱炭素先行地域」に選定され、防災をからめて文化遺産などの関連施設に太陽光パネルと蓄電池を設置し、脱炭素転換を推進している。寺社が連携先に入っていることが先進的である。このような寺社と自治体の連携は、防災の取り組みでは東日本大震災後に全国に広がっている。

東日本大震災の被災地では小学校や公民館などの指定避難所の多くが被災する一方で、高台にあった100以上の寺社が避難所となった。昨年の能登半島地震では、地震直後、津波警報が発令されて高台などの安全なところにある35ほどの寺社に1000人ほどが避難した。地震が年末年始の帰省期間中に発生したことから、住民以外の避難者も多く、避難所不足の問題も指摘された。既存の指定避難所では、広域災害時の避難者を十分に受け入れられない状況が日本各地で散見されている。

避難所不足に対応するため、筆者らは全国1741自治体を対象に宗教施設との災害時協力に関する調査票を昨年8月に送付し、1143自治体から回答を得た。その結果、協力関係にある自治体は5年前の調査時の329から418に増え、27.1%の増加になり、宗教施設数は2065から2999に増え、45.2%増加していることが判明した。この調査は全国基礎自治体全数の約3分の2が回答しているため、全国で災害時に利用される宗教施設数は約4500と推定され、自治体と宗教施設の災害時協力が進展していることが示唆された。

大災害時には、光ファイバーなどの固定通信網や、携帯電話サービスなどの大手キャリアサービスは、輻輳による通信障害やインフラ設備自体の被災が想定される。そこで、大阪大学では企業と共同で、風力発電、太陽光発電、蓄電池、通信、カメラといった機器を備えた独立電源通信装置を開発して、特定小電力無線(Wi-SUN FAN)によるテキスト送受信や画像伝送の実験をし、成功させている。共同研究の成果の仕組みが大阪発であることから、名称を「たすかんねん」とした。今後、「たすかんねん」が避難所、事業所や寺社などに設置されることを期待している。

今、自治体の多くが災害時の情報共有に課題を感じている。筆者らは全国の指定避難所と寺社などの宗教施設を登録した避難所情報システム「災救マップ」(https://map.respect-relief.net/)を開発、運営している。災救マップは自治体にとって費用負担が少なく、簡単に使える避難所情報共有システムである。災害時に迅速に地域住民に避難指示、避難所情報、道路の危険箇所を共有することができる。

完璧な防災システムは無い。是非、上記のような地域資源と科学技術を活用して欲しい。

いなば・けいしん 東京大学文学部卒。ロンドン大学大学院博士課程修了、宗教社会学博士。利他主義、地域資源と科学技術による減災が専門。フランス国立社会科学高等研究院、神戸大学などを経て、2016年から現職。