【エネルギービジネスのリーダー達】北 祐樹/Gaia Vision代表取締役
気候変動対策のうち被害の拡大に備えた「適応」に本腰を入れる日本企業はまだ少ない。
そうした中、最新の洪水予測技術でリスクを見える化、軽減に向けた事業を展開する。

気候関連の財務情報開示に関する国際枠組み・TCFDの取り組みなどを受け、企業活動として気候変動対策に本腰を入れる動きが定着してきた。ただ、国内では対策としては温暖化ガスを削減する「緩和」に目が向きがちで、社会・経済システムなどの調整で気候変動の悪影響を軽減する「適応」の事例は現状まだ少ない。他方、欧米では適応に関連したスタートアップが台頭している。
そうした中、2021年に設立したのが、適応の分野で企業の気候リスク分析を行うGaia Vision(ガイアビジョン)だ。今年2月には、環境省が主催する2023年度の環境スタートアップ大賞で、最上位の大臣賞を受賞した。
同社の強みは、東京大学が開発したグローバル洪水シミュレーションをコア技術として活用すること。国内外の各地点について高解像度で高精度、迅速にシミュレーションでき、民間で活用するのは同社だけだ。企業活動に伴う長期の気候リスクを見える化し、その低減に向けたサービスなどを展開する。
東大で研究を続けながら同社代表取締役を務め、二足のわらじを履く北祐樹氏は、「大学に籍を置くことで、日々アップデートされる最先端の研究成果を使いこなし、国内外の研究機関とのコネクションも活用できる。最先端サイエンスとテクノロジーを社会に届け、地球と人類社会を調和させる、という当社ビジョンを目指す上でベストなスタイル」と強調する。
気候リスクを分析・評価 リアルタイム洪水予測も
メイン事業は、企業の拠点情報を入力し、将来の気候変動に伴う資産や売り上げ額、業務停止日数などの影響を分析し、洪水浸水リスクマップを提示するサービスだ。日本の場合、気候リスクの財務影響評価は損害保険会社などの限られた場面で行われているが、より多くの企業が活用することを提案する。
製造業やインフラ企業、金融機関などが対象ユーザーとなる。例えばある電機メーカーは、これまでに河川近くの工場などが洪水被害を受けた経験があり、今後の被害予測や、投資家への説明材料として、同社のサービスを利用しているという。
さらに、気象業務法と水防法の改正で、昨秋から民間でも洪水予報を行えるようになったことを受け、自治体や民間向けにリアルタイムでの洪水予測サービスも始めた。こちらでも既存予測と差別化する。
気象庁が公開するのは3時間先の洪水予測だが、同社は細かいメッシュで36時間先の予測を精度保障する。いつ、どこで、どの程度の浸水が発生するのかといった情報まで示し、事前の避難指示や資産保全を判断できるようにした。5年前の大雨被害で北陸新幹線が水没したようなケースでは、事前に詳細予測を把握できれば、被害を軽減できる可能性がある。
このほか、治水対策効果の評価や河川流量シミュレーション、気候変動関連の研究開発や戦略立案の支援なども手掛ける。現在は無償ユーザーが50社、有償ユーザーとして18社が利用している。
九州電力と連携 海外水力開発に有効
こうした情報はエネルギー企業にとっても有用だ。同社は九州電力と共同で、海外での水力開発に際し、河川流量予測の活用可能性を検証している。日本は河川や雨量などのデータが豊富に揃っているが、途上国などでは高精度のデータが不足していることが開発のネックとなりがち。そこで、グローバルなデータやシミュレーション技術があれば、ハードルが下がるのだ。
国内のエネルギー事業での利用実績はまだないが、リアルタイムの洪水予測は、電力やガス会社が災害時の復旧に備える上で参考になる。さらに、渇水予測は発電量予測に活用できる。
当面の課題は人材育成だ。現在の社員は北氏と、同じく東大で気候変動を研究していた出本哲・共同創業者の2人。専門知見を持ち、最新技術を理解した上でビジネスとして取り組める人材が不足しており、育成に力を入れる方針だ。
その上で、さらなるサービス拡充も視野に入れる。「人口衛星データの活用、さらにAIの進化により、従来の気象予測技術をさらに進化させることができる」(北氏)。洪水以外に台風などの異常気象予測を拡充させるとともに、洋上風力や太陽光発電の長期予測の事業化も目指している。
気候変動対策の両輪として、緩和だけでなく、より多くの企業が適応も意識し、既に起きている異常気象への即時対応や長期リスクの低減を図ることが重要だ。そうなれば、企業にとっても社会にとっても、持続可能なシステムの構築にまた一歩近づく。