【需要家】検針票廃止で価値喪失に 省エネ逆行を懸念


【業界スクランブル/需要家】

東京ガスが今年10月末をもって紙の検針票の投函を終了する。関東エリアは、2020年に東京電力エナジーパートナーが紙の検針票を廃止しているので、これをもってエネルギーの使用量データが郵便受けに届くことは、基本的に終わりとなる。廃止の理由は「環境保全への取り組みの一環」と書かれている(もちろん、人件費の削減も理由の一つであろう)。

確かに、検針票のために使用する大量の紙は、環境負荷削減の上で課題があると言える。しかし検針票の価値については、もう少し多面的な検討が必要ではないか。

一般世帯がエネルギー消費量のことを意識することはほとんどない。年間で数分だという話もあるほどだ。そのごくわずかな機会に貢献していたのが検針票だ。エネルギーに関心が無かろうが、毎月全ての消費者の郵便受けに投函されており、消費量と金額を知らせる。検針票廃止後はWEBサイトにログインして情報を閲覧することになるが、エネルギーに興味の無い人がわざわざそのようなことをするとは考えにくい。今後は能動的にならない限り、自分自身のエネルギーの消費量情報に触れられないことになり、エネルギーの存在はますますイメージの世界に追いやられるのではないか。そして結果的には、省エネに逆行してしまうことにならないだろうか。加えて、自分事としての関心を持たれにくいエネルギー業界において、検針票は全ての消費者に接触できるコミュニケーションツールにもなり得るものだ。その価値を放棄することも非常にもったいない。

検針票廃止の裏にある価値の喪失に、今一度目を向けてもらいたい。(O)

低コストでガスを分離・回収 脱炭素技術で経済を前進させる


【エネルギービジネスのリーダー達】堀 彰宏/SyncMOF副社長兼CTO

ガスを分離・濃縮する吸着剤「MOF」の技術開発と装置の販売を手掛ける。

脱炭素化の鍵を握るソリューションとして、多方面から注目を浴びている。

ほり・あきひろ 岡山大学在学中は超伝導の研究に携わる事、博士号(理学)取得。専門を多孔性材料に変更し、理化学研究所、名古屋大学などで研究に従事。2019年6月にSyncMOFを共同創業。

「ガスをハンドリングすることで、脱炭素社会においても経済を着実に加速させたい」

こう語るのは、ガスを分離・濃縮する吸着剤「MOF(金属有機構造体)」の技術開発と、コンサルティング販売を手掛けるSyncMOF(シンクモフ)の堀彰宏副社長兼CTO(最高技術責任者)だ。2019年6月に名古屋大学発のスタートアップ企業として、外資系コンサルティング会社出身の畠岡潤一社長兼CEO(最高経営責任者)と共に同社を創業した。


異なる学問領域を同期 新しい技術を生み出す

MOFとは、金属と有機物からなる、人工的に生成した結晶。その組み合わせ方によってさまざまな機能を設計することができ、CO2や水素、アンモニアといったガスの種類や濃度に応じた最適な選定が可能だ。しかも、吸着したガスを回収するには60℃程度に加熱するだけとあって、ゼオライトやアミンなどの既存技術と比べ、より効率的で低コストなガスの分離・貯蔵・運搬を実現する。脱炭素社会の切り札となり得る技術と言っても過言ではないだろう。

「状況に合わせたMOFの選定から、大量合成・成形、最終的な装置設計まで一社で引き受けることができる」のが、同社の強み。この強みを武器に、自動車や鉄鋼メーカーといった国内230社以上と取引し、創業から5年余りで年間数十億円を売り上げるまでに会社を成長させた。東京、名古屋のみならず、昨年11月には米シリコンバレーにも拠点を開設し石油メジャーへの装置販売に乗り出すなど、海外ビジネスの拡大も視野に入れている。

MOFの選定から装置の製品化までは、「化学」「材料工学」「機械工学」と、異なる専門分野の領域を同期(シンクロ)させなければならない。スタートアップ企業の同社が一貫したビジネスを展開できるのは、堀さんが理学博士でありながら、化学領域であるMOF研究の専門家でもあるという少し変わった経歴の持ち主だからだ。

高校を卒業し岡山大学理学部物理学科に進学した堀さんは、修士課程を終えるころまでは超伝導の研究に携わっていた。その後、研究対象を化学領域のMOFに変更。物理学科でただ一人、化学領域の研究をしていたわけだが、教授も「物理を理解している化学者はあまりいないから、ひょっとすると第一人者になれるのではないか」と、研究を後押ししてくれたという。

社名のシンクモフには、さまざまな学問領域の「シンクロ」により新しい誰にも負けない技術を生み出すこと、そして、多くの企業と「シンクロ」することによりさまざまな製品にMOFを搭載し、社会実装を目指すという意味を込めた。


ガスは天空の資源 宇宙開発に生きる技術

「産業にブレーキを掛けるCO2も、反対に化石資源に代わる次世代燃料として産業を加速させる水素やアンモニアも、全てガス。ガスをハンドリングすることが資本主義をコントロールするという、非常に面白い時代に突入している」と堀さん。

今は、気候変動の要因として排出削減が求められるばかりのCO2だが、これを回収し濃縮すれば効率的に合成メタンを生成できる。燃えないガスであるCO2を、燃えるガスであるメタンに作り変えることで富を得る―。同社にかかれば、厄介者のCO2も「天空の資源」なのだ。

そして、「この技術は宇宙で活用してこそ意味がある」とも。宇宙にはメタンが存在せず、人類が宇宙に行くには地球から持っていくしかない。だが、MOFで人間が吐いた息からCO2を収集し濃縮すれば、宇宙ステーション内でメタンを生成しエネルギーとして活用できる。

単に企業向けに製品の開発・販売を手掛けるだけではなく、社会の在り方を変えるための取り組みにも注力し始めた。例えば今年3月には、名古屋電機工業と共同で、長野県白馬村の小学校で教室内のCO2を除去し、それを野菜の生育促進に有効活用する実証実験「CO2利活用教育カリキュラム実証実験」を開始した。「子供たちには、気候変動に対する漠然とした不安感がある。CO2をコントロールできることを知ることで、行動変容を促したい」という。

また、5月7日には、美容医療を手掛ける新会社として「Vita Carbo Innovations」を立ち上げる予定。美容皮膚科での炭酸ガスレーザーや炭酸パック、美容室での炭酸シャンプーなど、美容業界ではさまざまな場面でCO2へのニーズがある。そこにMOFを売り込もうというわけだ。

農業や美容といった身近なところから宇宙まで、MOFの可能性は、今後ますます広がっていくことになりそうだ。

前回エネ基で不足 主力電源化の課題深掘りを


【業界スクランブル/再エネ】

日本のエネルギー政策は、再生可能エネルギーへの移行が遅れているという点で批判されることが多いように見受けられる。化石燃料への依存度が高く、特に原子力発電に対する国民の不安が解消されていない中で、主力電源化がうたわれている再エネの普及拡大が将来のエネルギーミックスのキーとなることに異論をはさむ余地はないと思う。一方で、従来型の電源を再エネ由来の発電所に単純に置き換えられるほどには、再エネ発電の信頼性が確立されていないという点は見過ごせない。

2024年度以降、エネルギー基本計画の見直しがスタートする。新たなエネ基には、再エネを真の主力電源にするための方法論について記述してほしい。現在の第6次エネ基では野心的な目標が掲げられたものの、再エネ主力電源化に向けて何が課題なのか、その課題を誰がいかにして解決するのか―。その辺りが十分に論じられていなかったことが、現状の再エネへの移行が爆発的に進んでいかない理由であるように感じる。

気候変動への対応として、世界的には脱炭素社会への急速な移行が求められており、日本のエネルギーセキュリティーの観点からも脱化石燃料は優先度の高い社会的課題である。経済成長と環境保護のバランスを取ることは重要だが、将来世代への責任を考えると、何を優先すべきか、日本の社会全体でもっと真剣に考えて結論を出すべきだ。事業者が利益を追求する手段としてしか考えられていない現在の再エネの事業環境を、社会全体の取り組みに転換しなければ、再エネ発電所が迷惑施設である現状から、いつまでも脱却できない。(K)

【コラム/5月24日】福島事故の真相探索 第7話


石川迪夫

第7話 水素爆発を起こさないために

被覆管に好適なジルカロイ合金

ジルカロイ燃焼のすさまじさは分かった。だが、そんな危ないジルコニウム材料をなぜ原子炉燃料の材料に使っているのか、原子力関係者は安全意識に欠けるとお叱りを被るかもしれない。しかし、事故が起きたことはご容赦をこう以外にないが、ジルカロイほど実績があり、発電用原子炉に適した被覆管を僕は知らない。ロシアや中国でも燃料棒にジルコニウムの合金を使っている。ジルコニウムは中性子の吸収も少なく、好適な被覆管材料なのだ。

ソ連で火災爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子炉は、われわれが使っている軽水炉とは似ても似つかぬ黒鉛ガス炉であるが、燃料棒の被覆管にはジルコニウム・ニオブという名の、ジルカロイに似た合金を使っている。チェルノブイリの爆発も、これまで述べてきたジルカロイ・水反応による水素の発生が原因だ。事故で高温状態になった炉心に冷却水を注入したために、水素ガスが発生した。チェルノブイリでは炉心の中に大量の黒鉛を使っていたので、ジルカロイ燃焼が原因となって黒鉛の火災まで起した。6日間に渡る黒鉛火災がインテルサット衛星で撮影されてわれわれに届いたが、北半球全体が放射能で汚染された*。

ジルカロイ燃料を使う時の問題は、事故が起きることにあるのではなく、ジルカロイ燃焼を防ぐことにある。ジルカロイ・水反応を防ぐ手段はないが、ジルカロイ燃焼による事故は運転員の注意によって未然に防げる。ジルカロイ燃焼は防止出来るのだ。


高温の炉心を急冷してはいけない

ジルカロイ燃焼事故は、高温の燃料棒に冷たい水を浴びせることで起きる。炉心を冷却しようと思って水を入れた途端に、被覆管の酸化膜が破れて、高温のジルコニウムと水との反応が起きて事故が起きる。であれば、炉心に水を入れて急冷するのではなく、炉心温度をゆっくりと冷やして、燃料棒を徐冷すればどうなるか。

参考 ジルコニウムは被覆管材料に相応しい(ウィッキペディアより)

仮に、炉心の温度を600℃以下にまでゆっくりと冷やした後に、冷却水を注入して原子炉を150℃程度の長期冷却状態にすれば、被覆管のひび割れが燃料棒に生じても、中のジルコニウムは温度が低くなっているために、水と出合っても反応しないから、ジルカロイ・水反応は起きない。ジルコニウムが燃焼しなければ、事故は起きない。原子炉をゆっくりと徐冷した後に、燃料棒が冷えていることを確認して冷水を入れて原子炉を冷やす――。これで事故は防げるのだ。

こう書けば、事故状態にある原子炉を徐冷するなどとバカを言うな、そんな悠長な操作は実施できないと、お叱りを受けるかもしれない。だがご心配は無用、その悠長な操作が、何と福島事故の現場で実行されていて、徐冷は成功し、以降の数時間にジルカロイ燃焼は起きていないのだ。操作もまた単純で、後に述べるように簡単なのだ。

この事は、福島事故の事故報告書に書き残されているが、誰も気づいていないだけの話だ。

ジルカロイ・水反応の防止対策は、事故状態下においても実施は容易だ。しかもその方法は一つだけではなく、二つ行われた。いずれも2、3号機で別個に行われたものだが、崩壊熱によって原子炉温度が再上昇するまでの数時間の間、徐冷後の原子炉に何らの異常も発生していない。徐冷は成功していたのだ。

徐冷に成功しながら事故が起きたのは、冷水注入が遅れて炉心温度が再上昇したからだ。先ほど、冷却が確認されたら直ちに水を入れよと書いたのは、崩壊熱による炉心温度の再上昇を防ぐためだ。成功しながら失敗に終わったのは残念だが、その経緯を次に述べる。

【火力】雲行き怪しい「GX」の送電線計画 効果疑問視


【業界スクランブル/火力】

昨年GX基本計画の中に織り込まれた送電線整備計画のマスタープランの雲行きがここにきて怪しくなっている。直近の報告でも、系統増強の費用便益評価の試算値が1を下回る。つまり負担の割には、効果が見込めない恐れがあるとのことだ。

発電所でつくられた電気は、送電線を使うことで需要地まで送ることができる。電源にとっても、送電線の整備はありがたいことに違いない。しかし7兆円にもおよぶ投資の元が取れないとなれば、もろ手を挙げて歓迎というわけにはいかないだろう。では、なぜ期待通りの効果が出ないかもしれないという事態となっているのか。

マスタープランの検討に当たっては、需要や電源の立地最適化を考慮したとされているが、再エネは対象となっているのに火力や原子力について十分に考慮されているとは言えない。それにより試算結果がぼやけたものとなっているのが原因ではないか。

安定供給を維持するためには、再エネの大量導入で拡大する需給ギャップを補うことが必須であるが、連系送電線による地域間融通のみで対応しようというのは相当無理がある。火力や原子力を配置して安定電源を確保する、もしくは供給力の変動に柔軟に対応できる需要を創出するなどして、kWを直に調整しなければ対応は困難だ。中でも供給力と調整力を共に安定供給できる火力の最適配置について、いくつか条件を変えて比較してみなければ最適解にたどり着くことはできない。

何兆円ものコストをかけるのだから、送電網の増強ばかりにこだわるのではなく、他の方策との比較をしっかりと行ってもらいたい。(N)

貴重な国産資源絶やさずに 地域支え続ける「千産千消ガス」


【事業者探訪】大多喜ガス

創業以来、国産天然ガスをベースとした事業で地域の発展を支え続けてきた。

貴重な資源を長期安定供給できるよう、カーボンニュートラル対応にも意欲的に取り組む。

千葉県産天然ガスの供給を軸とする大多喜ガス(千葉県茂原市)は、最近のエネルギー高騰下でもガス料金が値上がりしない会社として注目を集めている。緑川昭夫社長は「地政学リスクのない国産資源を大事にしていきたい」と強調する。

2014年にホールディングス化し「K&Oエナジーグループ」を設立。緑川氏は同社と大多喜ガスの社長を兼務する。K&Oエナジーグループ子会社の「関東天然瓦斯開発」が天然ガス生産、「大多喜ガス」がエネルギー供給事業、「K&Oヨウ素」が天然ガス生産に付随するヨウ素事業を展開する。

緑川昭夫社長

主力の都市ガスの需要家件数は18万件。茂原市、八千代市、市原市、千葉市中央区・緑区などへ供給し、歴史的な背景からエリアが点在している。八千代市は昭和40年代から、ガラス加工用に石炭・石油由来ガスでなくメタンガスが欲しいとのガラス製造会社からの要望に応じたことに始まる。また市原市や千葉市は、集団供給方式による圧縮天然ガスの普及をきっかけに供給を開始した。


家庭・業務用はほぼ県産 数百年は採掘可能

大多喜ガスでは家庭・業務用向けのガスを、ほぼ県産ガスで賄う。千葉県下に広がる南関東ガス田の可採埋蔵量は約800年分とも試算される。県産ガスの生産は主に、井戸に圧縮ガスを送り込み、地層から天然ガスが溶け込んだかん水をくみ上げる方式だ。かん水から分離したガスはメタン純度が非常に高く安定し、都市ガスとして利用する際は熱量調整が不要だ。

分離したかん水にはヨウ素が含まれる。実は日本は世界の3割ほどを占めるヨウ素生産大国で、さらに千葉がその8割ほどを担う。ヨウ素製造・輸出の業績は、今は円安もあり好調だ。

県産ガス主体で供給する家庭・業務用のガスは13Aよりやや熱量が低い12Aだが、多くの需要家が家庭で使用するガス機器は12A・13A共用であり、デメリットは少ない。他方、生産・輸送過程のCO2排出量が輸入LNGより少なく、天然ガスの中でも特に環境に優しいという特徴を併せ持つ。

県産ガスを汲み上げる井戸

家庭・業務用ガス料金は燃料費調整制度の適用をしておらず、総括原価での固定価格だ。CIF価格が安い時期は大手都市ガスより高いこともあったが、最近は県産ガスが安い局面が続く。「生産・輸送時の電気代や人件費高騰などはあるが、当面価格は維持したい」(緑川社長)

県産ガスには実質的な生産上限があり、大多喜ガスが供給する都市ガスの全量はカバーできない。そこで同社は、石油化学企業からのオフガスやBOG(ボイルオフガス)の調達を行うほか、産業用向けに東京ガスや東京電力エナジーパートナーからLNGの卸供給を受ける。

そして2年前には、JERA富津LNG基地から姉崎火力をつなぐ「なのはなパイプライン」(総延長31㎞)が完成した。建設費は大多喜ガスと京葉ガスで出資。大多喜ガスとしては、市原の化学工場などの需要の伸びに対応すべく出資を決断した。緑川社長は「さらなる需要増にも応えられる。コロナ禍で各社控えていた設備投資の活性化に期待したい」と語る。

【原子力】原発事故との複合災害 能登半島地震の真の教訓


【業界スクランブル/原子力】

本年元日に発生した能登半島地震では建物の倒壊、道路の遮断によって地震災害からの救助・応援が難しかったことから、原子炉事故との複合災害となっていたら避難が困難であったとの発想で、原発立地には問題があるとの意見が聞かれる。しかし、冷静に考える必要がある。

志賀町では加速度2829ガルが測定されたが、志賀原発の原子炉建屋では399ガルと報告されている。これは原発が軟弱な表層地盤を取り除いて掘り下げ、強固な岩盤に建設されることの妥当性を実証している。停止中であったとはいえ原子炉の安全確保に必要な設備には問題が発生しておらず、この強い耐震設計から、たとえ運転中であったとしても原子炉事故は発生せず、それによる避難の必要性はなかったことは確実だ。

では、能登半島地震を大幅に上回る超巨大な地震や津波、噴火や巨大な隕石、核爆弾の直撃などによる原子炉事故も含む複合災害を想像してみる。原子炉から放射能が漏れ出す前に既に地域は壊滅的な被害を受けているはずで、国や自治体、個人にあらかじめそのような状態に備える対策を取る余裕があるのだろうか。

新規制基準は、わが国で科学的に想定し得る限りの自然事象への原発の安全性を確保するものである。原子炉事故との複合災害の前に、まずは毎年起こり得るレベルの自然災害からしっかりと国民を守る防災対策を作ることが、原子炉事故との複合災害にも役立つと考えるべきではないだろうか。

つまり各地域の特性に合わせて、いかなる対策に投資を行うべきか、バランスの取れたリスク管理の視点が重要である。(H)

脱炭素には資金調達が重要 「トランジション・ファイナンス」とは


【リレーコラム】石川知弘/三菱UFJ銀行経営企画部 部長

世界的に認知されている日本語といえば「EMOJI」「MANGA」などがあるが、そこにトランジション・ファイナンスも加えてもよいと私は考えている。もちろん、トランジション・ファイナンスは和製英語ではなくレッキとした英語だ。最近は、このコンセプトに疑問を呈する声をほぼ聞かないが、ほんの3年前は全く様相が異なっていた。

3年前と言えば、英国グラスゴーでCOPが開催される半年ほど前。英国政府は、民間資金を気候変動対策に動員できる仕組み作りをCOPの目玉として位置付け、前英国中央銀行総裁のマーク・カーニーをトップに据え、民間金融機関主導で世界をカーボンニュートラル(CN)に導くムーブメントを作った。その目玉こそがGFANZである。

GFANZが設立された当初から私も関与してきたが、当初は「トランジション」という言葉を聞くことはなく、「グリーン」「再エネ」に資金提供することが強調された。私も「グリーンに投資するだけではCNを達成することはできない」と何度も主張したが、欧州勢の「化石燃料を使い続ける言い訳に過ぎない」との反論に接し、議論は並行線をたどった。しかしロシアのウクライナ侵攻などもあり、CNの道筋は平たんなものではなく、「トランジション」の重要性が認識されるようになった。


日本発のファイナンスを拡大

なぜトランジションが大事か? その答えは「社会全体がサステナブルになる必要があるため」ということである。再エネを主要な電源とすべきことに疑いの余地はないが、あらゆる国や地域が再エネだけに依拠することが難しい上、エネルギー・システムを変えるのには10年単位の時間がかかるのも事実だ。気候変動対応が世界各国で必要なことを考えると、いかに社会的なコストを最小化しつつCNを早期に達成するか、そのかじ取りが各国政府には求められる。ただ資金がなければこの取り組みは進まず、民間のトランジション・ファイナンスに注目が集まっている。

GFANZでは昨年からトランジション・ファイナンスに関する作業部会が設立され、50社以上が参加している。これは、日本政府がG7でその重要性を主張し、これを受け民間でも議論を深化させてきた結果といえよう。しかし問題はここからだ。コンセプトは定着しつつあるが、十分な金額がトランジション・ファイナンスとして必要な地域や産業に提供されているわけではない。日本発のコンセプトの次は、日本発のファイナンスの拡大に私も微力ながら貢献したい。

いしかわ・ともひろ 1996年慶応大学卒業。外資系証券会社や金融庁を経て、三菱UFJ銀行に入行。現職と同時に、GFANZやNZBAなどのグローバル・ネットゼロ・イニシャティブでMUFG代表を務める。

※次回は、日建設計ベトナムの井上郁美さんです。

【石油】原油価格上昇の背後に 「脱炭素の影」


【業界スクランブル/石油】

4月に入っても原油価格は上昇傾向にあり、ブレントと中東原油は90ドル前後、WTI先物は80ドル台半ばで堅調に推移している。その要因として底堅い米国景気や中国景気回復への期待のほか、OPECプラス主要6カ国による追加減産の延長、ウクライナとパレスチナの戦況激化による供給不安などが指摘される。日本の場合、金融緩和終了に伴う不思議な円安が円建て輸入価格の上昇に輪をかけている。先行き不透明と言わざるを得ない。

コロナ禍からの経済回復局面以来、消費国の需要増加に産油国の供給が追い付かず、需給はひっ迫気味だ。原因は、拙速な脱炭素政策に伴う石油への投資不足と産油国の生産政策転換で、原油価格上昇への金融機関の責任は重い。

市場に混乱をきたしているのは、国際エネルギー機関(IEA)による長短の石油需要見通しだ。昨秋の長期見通しでは、現行の公表済み政策維持ケースでも途上国の経済成長を無視し、石油需要が2030年以前にピークアウトを迎えると予想。最近の月報でもEV・省エネ化や景気後退を理由に、今年の世界石油需要増加を前年比130万バレル増の低成長を予測する。

これに対してOPECは、長期で40年代にピークアウト、短期で24年に昨年並みの前年比225万増になると予想。昨年の世界石油需要は約1億バレルだから、今年の伸びが1%強か、2%強かは大きな違いである。

IEA需要見通しはこれまで、関係者が最も信頼を寄せるものだった。IEAもそろそろ脱炭素最優先をやめて、先進消費国のエネルギー安全保障の推進機関としての原点に立ち返るべきだ。(H)

【コラム/5月21日】新たな年度を迎えて 電気事業制度・政策動向を検証


加藤 真一/エネルギーアンドシステムプランニング副社長

早いもので2024年もあっという間に4カ月が過ぎ、新年度も2カ月目に突入している。4月のエネルギー・環境関連の審議会は年度明けということもあり、少しおとなしめに始まったが、5月は連休明け以降、活発に審議会予定が組まれており、いよいよ本格的な政策の議論や個別の施策の実行・評価が行われると感じさせるものになっている。今回は、24年度を迎え、今後の制度や政策の流れについて考えていきたい。


依然として同時並行で進む 政策づくりと制度設計

この数年、電気事業制度をはじめ、日本のエネルギー政策は様々な環境変化に伴い、同時並行的に多くの施策が行われている状況である。定期的に審議会や政府の動きを追っていると、どうしても短期的、かつ近視眼的な部分に着目しがちになるが、一方で、先々の方向性を見ることで時代の変化に対応していく準備も重要な視点となる。

事業者であれば事業リスクの回避や事業機会の創出は大切な観点なので足元の変化をチェックして対応していくことはもちろん必要だが、併せて中長期の視点で次の一手をどう打つべきかを考え、成長や発展に繋げていくことも必要となる。

資料1に、24年度以降の主な制度設計の時系列の流れを、縦軸に共通となるエネルギーやGX政策、発電・送配電・小売を、横軸に年度を取り、整理してみた。

この図は定期的に見直し、年度ごとにローリングさせているのだが、その都度、感じるのが、制度設計(新規・見直し・廃止)は止まることなく続くということである。それだけ環境変化が激しいこと、また一度動かした制度はそのままの形で継続するのでなく、フォローアップされ、適宜見直されるという証であろう。

今後、大きな動きでは、GX戦略の実行・更新、次期NDCや第7次エネルギー基本計画の策定、そして電力システム改革検証の整理などが進められる予定であり、その中で必要な施策は、個別具体的に落とし込まれてくることが想像されることから、この図もさらに変化していくであろう。


各分野の動きは活発

2024年度も各分野で新たな施策が実行されている。ここからは各分野の取組状況について、概略を説明していきたい。

1.発電分野

供給力の確保では、実需給25年度向けの容量市場で供給信頼度が低い北海道・東京・九州の3エリアで初の追加オークションの応札が5月に行われる。容量市場については、将来の電力需要を踏まえた必要調達量の在り方や脱炭素化を踏まえた確保の在り方、現在、新設のGTCCを基に算定されている指標価格の在り方などの見直しを検討することとなっている。

1月に初回入札が行われた長期脱炭素電源オークションについては、その結果が4月に公表された。募集量を超える応札があり、必要量は確保できた。電源種としては、脱炭素電源では蓄電池の応札・約定が多く、期間限定かつゼロエミ化の条件が付いているLNG専焼火力は3年間の募集枠をほぼ埋め尽くした形となっている。2回目以降の入札は初回の結果も踏まえて、募集量の設定やエリア偏在発生時の対応、LNG専焼火力の扱い、上限価格の設定、9割還付の考え方等の各種論点の検討を進めていくこととしている。

長期オークションを含む容量市場の実行により、一定程度、供給力の確保に安心感は出てくるが、一方、大規模災害時等で確保した電源が使えなくなるリスクは依然としてある。その対策として火力電源を対象に確保する予備電源制度については、詳細設計が完了し、今夏に初回募集が行われる予定となっている。

【シン・メディア放談】大炎上の再エネタスクフォース 表面的報道ばかりの現状に懸念


<メディア人編> 大手A紙・大手B紙・経済C誌

再エネタスクフォースの中国企業ロゴ問題が炎上。

他方、大半の記事は表面的な内容にとどまる。

―内閣府の再生可能エネルギータスクフォース(TF)問題では、渦中の自然エネルギー財団への誹謗中傷もあるようだ。

A紙 2020年末にTFができた当初、一部の一般紙の地域面で記事が出ていた。TFは容量市場やコネクト&マネージ、市場高騰問題などから入り、システム改革にも独自提言を突き付けたが、後追い記事はほとんどなかった。それが中国国有企業のロゴ一つでここまで盛り上がるとは。他方、大林ミカ氏がTF構成員を辞任した会見の報じ方は地味で、温度差があった。

B紙 東京新聞は掲載せず、毎日や日経はベタ記事だったかな。一方、読売は政治面で取り上げた。彼らは政局として、総選挙後のポスト岸田といった文脈で、河野太郎規制改革相の問題として見ている。

A紙 経済部の掘り下げた記事が欲しいところだが、見当たらない。一部では右の論客が、アジアスーパーグリッド構想が実現したら必然的に中国に依存すると警鐘を鳴らしているが、そんなわけはない。中国嫌い故の乱暴な議論はどうかと思う。


多方面で政策介入 明確な権限はなし

B紙 発足当初の議論は興味深かった。制度をがらっと変えるという河野氏の意思が見え、大林氏も頑張っていた。さらに途中で河野氏の私的勉強会から位置付けが変わり、TFの問題意識に対して他省庁が丁寧な資料を作っていたことが印象的だ。

C誌 私はTFに付き合う必要はないと思った。電力の構造を無視して素人が好き勝手話す会だったので。でもそれを分かる記者は少なかったし、取り上げるべきかどうかの判断自体、今のメディアにはできないのでは。

B紙 他方、私的な勉強会がいつの間にか格上げされていたことは、どうなのかとも思う。

A紙 その点は国民民主党が問題視している。TFは大臣告示で設立したが、河野氏は「私的諮問機関ではなく、規制改革会議の一段下」などとふわっと説明しているようだ。法的根拠がある審議会よりも動きやすいのだろうが、明確な権限がないのに政令や省令を変えさせ、頻繁に各省庁に宿題を出していた。

C誌 卸電力市場がスパイクした時にキャップをはめ、インバランス料金を分割払いできるようにしたことは特に異常だった。自由化でこうした局面はあり得るわけで、そこで大損した人を助けろと自由化推進側が主張するとは、一体何なのかと思った。

A紙 TFを象徴した出来事だったね。自民党の再エネ議連も乗っかった。いかに変なことを言っているのか、本来は経済部が見ておくべきだった。エネ庁電力・ガス事業部長との応酬も見ものだったのにな。

C誌 エネルギー基本計画の議論に首を突っ込むのもおかしい。政府のガバナンスがぐちゃぐちゃなことを示している。改革を推進するメンバーとして適切な人選かも非常に疑問だ。

B紙 冒頭の話題に戻すと、今、メディアはネットの声に乗っかろうという発想が強過ぎる。これは本質的な課題で、表面だけを追い掛け、エネルギー政策の現状に切り込まないことは残念だ。また、再エネの審議会があまりにも多くて、全体像が見えにくい。これを機に、俯瞰した記事が書けるよう各議論がどう関連するのか、整理が必要だ。

C誌 根本的にTFの成り立ちや目的、構成員のバックグラウンドを把握し、全体を俯瞰して相関図を作れるような記者がいない。だが、雑誌やオンラインメディアに比べて新聞の影響力は絶大だ。エネルギーの話題はもう少し深く取材してほしい。


再エネと原子力 対立構造から脱却を

―また、排他的経済水域(EEZ)まで洋上風力の設置を拡大する「再エネ海域利用法改正案」の閣議決定や、陸上風力を規制する「防衛・風力発電調整法案」といった話題もある。

C誌 EEZについては、そもそもそんな遠くに浮体式で設置しようという事業者はまずいない。予見可能性が低すぎるし、沖に出て共同漁業権が設定されていない地点は、着床式以上に同意を得るのが面倒なはずだ。

A紙 防衛省の件は、読売や産経が取り上げているね。防衛省は以前から各地のレーダーが風力で乱反射することを問題視し、防衛白書でも事前協議を求めるとアピールしてきたが、経産省などはあまり向き合わなかった。ただ、今回の法律案も結局調整だけでストップはかけられない。

B紙 いずれにせよ再エネの必要な規制が遅れた面はある。今は各紙能登地震などにリソースを割いているが、落ち着いたら再エネ問題をじっくり報じる局面もあるのではないか。

C誌 せめて日経はちゃんと書いてほしい。

A紙 再エネ開発問題の記事は増えてきたが、FIT切れで供給力が一気に落ちかねないという問題に関する記事はあまり目にしない。今電気が余り、半導体工場を誘致した九州は、原発新増設の必要も出てきそうだ。

―次のエネ基ではそうした現実的課題を取り上げてほしい。

A紙 再エネと原子力ほど互いに補完し合える電源はない。朝日は出力制御で再エネの電気が捨てられているといまだに書くが、原子力を絞るといった方法はある。対立構造ではない。

C誌 その通り。経団連元会長にインタビューした際、原発と再エネの対立はメディアの伝え方にも一因があると言われた。対立構造にないという前提で、記者には報じてほしい。

―再エネは原子力とも地域とも、共存共栄がキーワードだね。

【マーケット情報/5月17日】欧米原油が上昇、需要回復への期待強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油の指標となるWTI先物、および北海原油を代表するブレント先物が上昇。需要回復の見方が強材料となった。

米国の4月消費者物価指数、雇用指数、および給与指数が減速。インフレ圧力の緩和を示唆するデータとなり、米連邦準備理事会による金利の引き下げ、それにともなう景気と石油需要回復への期待感が高まった。加えて、中国の4月工業生産指数が、前年比で上昇。石油消費の増加見通しが広がった。

供給面では、米国の週間原油在庫が、前週および前年同期比で減少。石油製品需要の強まり、製油所の稼働率が1月初旬以来の最高を記録したことが背景にある。

一方、中東原油の指標となるドバイ現物は小幅下落。国際エネルギー機関が、今年の石油需要予測を下方修正したことが重荷となった。ガスオイル需要の後退や、中国需要の減少が要因となっている。


【5月17日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=80.06ドル(前週比1.80ドル高)、ブレント先物(ICE)=83.98ドル(前週比1.19ドル高)、オマーン先物(DME)=84.53ドル(前週比0.25ドル安)、ドバイ現物(Argus)=84.41ドル(前週比0.21ドル安)

世界の分断と統合〈上〉 BRICS拡大と交通回廊の再編


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

2022年2月に起きたロシアのウクライナ侵攻により、世界秩序は根幹から揺さぶられた。世界の混乱は、さまざまな分断をもたらす一方、同時に再統合の契機をもたらす。23年における基本的な枠組みは、欧米諸国を中心とするG7陣営、中露を中心とする旧社会主義陣営、新興国や中立的な立場の国々という、三つのグループへの分化が進む一方、再統合も進行した。本稿では、分断促進の要素として上海協力機構(SCO)の拡大、BRICSの拡大、および交通回廊の再編を取り上げ、次回の国連改革につながる要素を取り上げる。

三地域への分断の萌芽は、22年3月2日開催の国連総会緊急特別総会でみられた。同会合では対露即時無条件撤退要求決議案への投票が行われ、141カ国の賛成多数で採択された。一方、ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリアの5カ国は反対し、中印など35カ国が棄権した。

23年には中露が主導する地域機構やグループが拡大した。SCOは7月4日にイランの加盟を承認し、8月24日にはBRICS5カ国がサウジアラビア、アルゼンチンなど6カ国の加盟を決めた。こうした動向には、地域レベルあるいは各グループの統合と、より高次の世界レベルにおける分断という要素が見られ、背景には米主導の国際秩序への対抗軸を築こうとする中露の思惑が働く。

世界の分断と統合の同時進行の中で、BRICSは拡大・統合の要素を形成した。23年8月22日のヨハネスブルグ首脳会議にはウクライナ侵攻に中立的な立場をとるグローバルサウスを中心とした40カ国以上の首脳が参集した。とはいえ、拡大BRICSグループは米国との過度な対立は避けたいという立場の国が多い。主催国の南アフリカ・ラマポーザ大統領は8月20日、「拡大BRICSはよりバランスの取れた世界秩序を築くという思いを共有する国で構成されるべきだ」との考え方を表明、対米欧の対抗軸となるとの見方に反対した。

23年を通じてBRICSの再統合とは別に、西側陣営からは、中国の巨大経済圏構想である一帯一路戦略の切り崩しが図られた。米政府は9月8日、インドから中東を経由して欧州までを鉄道と海上輸送網で結ぶインフラ計画に関する覚書をインド、サウジアラビア、EUと結んだと発表した。同合意は9日、デリーで開会したG20サミット宣言に合わせて発表された。G7の中で唯一、一帯一路に参加していたイタリアは12月6日、離脱を中国側に正式に伝えた。同構想にはイスラエルの将来的な参加も見込まれていた。バイデン政権は22年、サウジとイスラエルの国交正常化に向けた仲介に乗り出し、インフラ投資を中東戦略に組み込むことで域内での影響力の回復を図ろうとしたが、10月7日のハマスによるイスラエル攻撃で戦闘が激化し、その意図は崩壊した。

ウクライナ戦争を除けば、米大統領選の帰趨とイスラエルとハマスの和平実現が24年の注目点の筆頭であるが、イスラエル情勢・国連関連動向は、次回取り上げる。

(須藤 繁/エネルギー・アナリスト)

中東情勢が袋小路に迷い込んだ不安伝える


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は3月5日、フーシ派の攻撃を受けて紅海・イエメン沖で沈没した貨物船「ルビマー」に関し、克明な記事を載せた。同船はサウジアラビアで積んだ化学肥料をブルガリアに向け輸送中だった。ベリーズ船籍で船員はエジプト、シリア、フィリピン人。イスラエルとは無縁のこの船が、深夜突如にフーシ派の対艦弾道ミサイルを被弾。さらに水中攻撃ドローンが至近をかすめる。船員は救命艇に乗り移り、1時間以上の漂流の後、商船に救出された。

2015年来のイエメン内戦を通じ、フーシ派はイラン革命防衛隊から軍事訓練や兵器製造技術の供与を受けた。各種ミサイル製造能力を身につけ、既に昨年9月の軍事パレードで射程450kmの新型・対艦弾道ミサイルを誇示していた。記事は同船の一等航海士とその家族に焦点を当て、巻き込まれた人々の等身大の姿を描きつつ、紅海における米軍の能力の限界にも言及する。空母打撃群があっても、海難救助用のタグボートがない。一発数百万ドルのトマホークミサイルに対し、フーシ派の水中ドローンは数千ドル。米軍は即時対応の機動性に欠き、フーシ派の許す一部の船舶にのみに開かれた海と化すのでは、と率直に懸念を表明した。フーシ派の海上テロ行為は、イスラエルのガザ侵攻への対抗だが、ガザ地区の死者は既に3万人を超える。さらにイスラエルは交戦中のハマス、ヒズボラおよびフーシ派の背後にいるイランに対し敵意を露わにしつつあり、4月初めには在シリア・イラン公館空爆の挙に及んだ。

今日の中東を見るとき、事態が米国の制御能力を超えて暴走し、そこに米国が否応なく巻き込まれていく、という構図が浮かぶ。出口の見えぬ袋小路に迷い込んだ不安を、この記事は伝えている。

(小山正篤/石油市場アナリスト)

IRAの先行きに不安感 「もしトラ」の影響は


【業界スクランブル/ガス】

米国大統領選に向けた共和党指名争いはトランプ氏の圧勝に終わった。日本では「もしトラ」という言葉が散見されるようになり、現政権の政策転換を予想する経済学者などの分析結果を報道で見る機会も増えてきた。

バイデン政策の気候変動対策についても「パリ協定を離脱することもあり得るのではないか」などの声が聞こえる。もう一つ注目なのがインフレ抑制法(IRA)だ。気候変動対策推進のため、IRAで米国内の企業に巨額の補助金を与え、税優遇を行っている。その結果もあり、再生可能エネルギーの大幅な増加や蓄電池の普及が進んでいる。当然、投資を行う事業者も潤うWIN―WINの関係にあり、IRAはバイデン政権最大の功績とも言われる。しかし、もしトラなら「IRAも撤回に動くだろう」との指摘も多い。

シェールガス(化石燃料)を輸入するガス事業者には「影響はないのでは」との感覚もあるかもしれないが、それは大きな間違いだ。日本の大手都市ガスの中には、米国で再エネ事業や蓄電池事業を展開する企業がある。既に、ある大手ガス会社は某紙の取材に対して、「(IRAの)支援がなければ事業は成り立たない。投資を見送るだろう」と述べている。米国での投資額は150億~300億円を見込んでいるが、現行の手厚い税優遇措置を受ける前提で事業計画を行っており、政権が代われば優遇策が減る可能性があるためだ。

また、大手事業者が2030年に向けて米国で計画するe―メタンの製造・輸入プロジェクトにも影響が出る可能性も否定できないため、米国大統領選を注視するガス事業者も多いはずだ。(Y)