〝安保ただ乗り〟は許されない NATOに走る亀裂と欧州の憂鬱


【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト

安全保障に関して米国が欧州に対して長年抱く不満が、ついに限界を迎えた。

米欧の不協和音が鳴り響く今、核と同盟の再構築を巡る舞台裏に迫る。

第二次トランプ政権が1月に発足して以後、米欧関係がギクシャクしている。脅威の対象を中国とみる米国と、ロシアとみる欧州の違いに加え、米国への「安保ただ乗り」が、限界を迎えたことも重なった。米国への不信を募らせる欧州は、英仏を中心とする欧州独自の「核の傘」を模索する。核を巡る世界地図が一気に変わり、その影響はアジアにも及ぶのか……。

欧州批判を行うトランプ政権の主要メンバー
出所:ホワイトハウスのX


中国の脅威を優先 本気の欧州嫌い

米欧の不協和音が表面化したのは、トランプ政権発足直後の2月だった。

2月12日にブリュッセルであった北大西洋条約機構(NATO)の国防相会合に出席したヘグセス米国防長官は、国防費を国内総生産(GDP)の5%に増やすよう加盟国に求めた。さらに、「米国は中国の脅威への対処を最優先させる」と述べ、欧州の安全保障は、欧州自身が先頭に立って対処するよう促す。

その2日後、ドイツ南部のミュンヘンであった安全保障会議で、今度はバンス副大統領が型破りな欧州批判を展開する。

バンス氏は、欧州各国の政権が移民政策やLGBT問題などに寛容な姿勢を示し、それに反対の声を上げる反体制派の言論や行動を封圧していると批判した。「私が最も懸念している脅威はロシアでも中国でもない。(欧州)内部からの敵だ」と述べるなど、欧州を敵視するかのような発言を繰り返した。さらに、トランプ政権は欧州諸国とは価値観を「共有していない」とまで言い放った。バンス氏はドイツ滞在中、移民反対など排外主義的な主張を続ける極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のワイデル共同党首との会談に臨んだ。一方で、ショルツ(当時)首相とは会わず、演説内容を行動で示した。

トランプ政権の「欧州嫌い」はポーズではなく、本気だと世界に知らしめる事件が翌月に起きる。

中東イエメンのイスラム武装組織「フーシ派」が、紅海を航行する船舶への攻撃を続けることに業を煮やした米国は、3月15日にフーシ派への空爆に踏み切った。その際の非公開のやりとりが、米誌に暴露された。

「また欧州を救うことになることが気に入らない」。口火を切ったのはバンス氏だ。米国船が紅海を利用するシェアは3%にとどまるが、欧州は4割に達する。米国の税金を使ったフーシ派攻撃が成功を収めれば、最も恩恵を受けるのが欧州になる。それが不満だと訴える。ヘグセス氏は「欧州のただ乗りを嫌悪するあなたの気持ちはよくわかる」と同調、ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当=当時)は、攻撃費用を「欧州に請求する」と息巻いた。

【再エネ】洋上風力「失われた3年」 制度改正の正念場


【業界スクランブル/再エネ】

三菱商事が千葉沖や秋田沖の3海域で洋上風力事業からの撤退を表明した。最大の理由は経済情勢の激変で、世界的なインフレや円安の影響によりコストは当初計画の2倍以上に膨らんだという。国は可能な限り早期に事業者を再公募する見通しだが、そんな状況で手上げができる事業者は果たしてどれだけいるのだろうか。

2021年、三菱商事の入札価格は破格と称された。今や発電事業者が変更となっても三菱商事の見立て以上には経済状況が改善しない恐れが極めて高いと言わざるを得ない。国は今般の3海域同時撤退を非常に遺憾であると述べているが、民間主導の事業である限りこのような判断は当然に起こり得る。欧州など先進国を見ても、労働力不足や化石燃料の高騰、為替などが深刻な影響を与えており、撤退やゼロ入札が発生している状況だ。ただし各国は入札方式や上限価格の引き上げ、契約期間の延長など迅速な対応とともに野心的な目標を掲げ続けている。

洋上風力の特徴は発電規模の大きさだ。だからこそエネルギー基本計画の再エネ目標達成に向けた期待が大きく、関連産業への経済波及効果も大きい。一方、特に浮体式の施工は不確実性が高く、送電網の建設や港湾整備の費用も大きな負担だ。加えて許認可制度は複雑で長期化している。国内事業者の市場参入を促すのであれば、単に補助金ではなく、まずは入札条件や許認可手続きの緩和などの見直しが必須だ。社会的に丁寧な合意形成が求められる中でも、今回の撤退で失われた3年を取り戻すよう、どれだけ迅速に制度改正を進めることができるか正念場だ。(K)

酷暑の甲子園を観て願う 2050年も変わらず熱闘を


【リレーコラム】豊田康平/国際協力銀行資源ファイナンス部門次世代エネルギー戦略室長

8月5日、群馬県伊勢崎市で国内最高気温を更新する41・8度が観測されたその日に、甲子園では史上初の夕方に開会式が行われた。試合を午前と夕方に分けて行う「朝夕2部制」が6日目まで採用されるなどさまざまな暑さ対策が導入され、連日熱闘が繰り広げられた。

筆者が3年前まで駐在していたUAE(アラブ首長国連邦)のドバイでは夏の間、日中は40度を超えて外出もままならず、活動はもっぱら夕方以降となるが、巨大な国際会議場を夏季限定で改装した施設では、日中でもサッカーやバスケ、テニスなどさまざまなスポーツをエアコンの効いた快適な環境で楽しむことができた。高校野球もドーム球場で開催すれば、暑さの問題は解決するだろう。

しかしながら多くの球児が目指す夢の舞台は「甲子園」なのだ。暑さを乗り越えて甲子園を目指す全ての高校球児の努力と情熱こそが、人を成長させ、見る人を感動させる。成長した高校球児の明るい未来を願うとともに、これ以上暑くならないことを祈るばかりだ。


不確実性に立ち向かう胆力問われる

筆者は友人の大学教授の紹介で、国内の大学で理系学生200人近くに向けて、本業である水素を題材に、エネルギーの安定供給と低価格、環境への配慮を同時に達成するのが難しい「エネルギーのトリレンマ」について考えてもらう講義を2年続けて担当した。講義中に学生にアンケートを取ると、ほぼ全員が「気候変動問題に取り組む必要がある」とし、8割近くの学生が「自らも貢献したい」と答えた。

また、多くが「政府資金を投入してでも再生可能エネルギー・原子力発電・次世代エネルギーの導入を進めるべき」と考え、国費の投入に反対する声は1割程度であった。当然のことながら気候変動問題は若者にとっても重要な問題なのだ。同時に「パリ協定の長期目標(2050年1・5℃)を達成できると思う」と答えた学生は1割にも満たなかった。現実もよく分かっている。過度な楽観論は必要ない。困難な目標であってもそれに向かって歩み続けることが求められている。

エネルギーを取り巻く環境は不確実性が一層高まり、目標の達成はさらに困難になりつつある。秋になり少し暑さが緩んでも、エネルギーに携わるわれわれが立ち止まるわけにはいかない。不確実性の中でも事業を進める胆力が求められている。政府による継続的な支援も不可欠だ。国際協力銀行も政策金融機関として、不確実性を乗り越えて前に進む事業をファイナンス面からしっかりと支えたい。

50年においても甲子園の熱闘が続いていますように。

とよだ・こうへい 神戸大学卒業。1997年日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)に入行。電力・水・鉱物分野のプロジェクトファイナンス、ロンドン・ドバイの駐在および経済産業省への出向などを経て2022年7月より現職。

※次回は、JERAの大滝雅人さんです。

【火力】スペイン停電の教訓 無効電力確保の重要性


【業界スクランブル/火力】

スペインで今年4月に発生した大規模停電については、ざっくり言うと系統電圧の上昇と、それによる連鎖的な電源停止が原因であるとされている。この系統の電圧制御が追い付かなかったという話を聞くと、1987年7月に東京電力エリアで発生した大停電が思い出される。

スペインの停電は、再生可能エネルギー比率の増大に伴い、電圧調整に必要な無効電力の供給量が不足したことが一因である。一方、東京エリアの停電は、猛暑により冷房需要が急増する中で、当時急速に普及し始めたインバータエアコンが予想を超えて系統電圧低下に影響したことによる。直接の原因は異なるものの、負荷側・供給側双方の特性変化に系統運用が追いつかなかったという点で共通しており、対策として電圧調整に必要な無効電力を供給する調整力をいかに確保するのかということも同様である。

スペインでの事例を受けて、無効電力の供給源や制御性の向上が検討されることになり、直流電源を系統に接続するためのインバータの制御性向上や同期調相機の導入などが検討されているが、実は東京エリアの事例の知見が大いに参考になるのではないか。

当時東電は、今も話題の同期調相機の導入を試みたが、火力など大型電源の励磁制御強化の方が圧倒的にコスパが良いことを経験したのである。

再エネを調整力として活用するための新式インバータの開発も行われているが、今のところ社会実装レベルには至っていない。「技術的には可能」という表現は、商用利用には乗り越えるべき課題が残っている、という意味と同義であることを理解しておく必要がある。(N)

【シン・メディア放談】総撤退の影響は甚大 三菱商事に問われる責任


〈エネルギー人編〉電力・石油・ガス

洋上風力撤退、メガソーラー批判などで再エネ機運が低下する中、メディアの在るべき姿とは。

―三菱商事が、秋田・千葉両県沖の3海域で進めていた洋上風力事業からの撤退を発表した。

石油 当初からあの入札価格ではもうかるはずがないと言われていた。ここ数年で事業環境が大きく変化したことは事実だが、見通しが甘かったと言わざるを得ない。先日行われた法定協議会で資源エネルギー庁は、制度を見直して速やかに再公募を進めるとしたが、商事が撤退した案件に手を挙げられる事業者はいるだろうか。朝日は社説で、「持続可能な制度の再設計が急がれる」としていたが、これも上っ面の指摘だ。事業撤退が与える影響をきちんと報道しているメディアがないのは残念だ。

ガス ラウンド2、3の事業者を含め国内の洋上風力はどこも厳しい状況で、商事の撤退も取り沙汰されていたが、総撤退は驚きだ。事業性はそれぞれ異なるだろうから、継続できる海域もあったはず。それでも全てから撤退したのは、地元対応を考慮した上での判断だろう。FIP(市場連動買い取り)転が正式に制度化されればもう逃げられず、その意味ではギリギリのタイミングでの意思決定だった。

電力 商事はもちろん、制度設計においても見通しが甘かった。容量市場や長期脱炭素電源オークションにも言えることだが、当時はデフレを前提としており、物価変動分をどう織り込んでいくかという視点が抜け落ちていた。価格に反映できないのであれば、制度でどう手当てするのかを示しておく必要があった。

―洋上風力全体の信頼を損ないかねない。

石油 入札した海域の自治体では一部投資が始まっていたわけで、撤退後にこれらの処遇をどうするのか。一度こうしたことが起こると、地元の協力は得にくくなるし、責任は大きい。商事の中西勝也社長は「地域共生策を継続したい」ときれい事を言っているが、撤退したら資金援助も許されないわけだから。

ガス 洋上事業が総崩れしないか心配だ。コストの問題はあるものの、再生可能エネルギーの容量拡大に最も寄与する洋上風力が立ち行かなくなれば、第7次エネルギー基本計画とも齟齬が生じてくる。国全体でサプライチェーンの構築を進め、事業環境を整備する必要がある。


メガソーラーは世論主導? 一貫性のある報道を

―釧路湿原周辺で進むメガソーラー建設計画に対し、地元団体や著名人を中心に批判の声が広がっている。

電力 感情論で議論が進んでいる印象。湿原一帯がパネルで埋め尽くされている光景はインパクトが大きい上に、最初に宇大々的に取り上げたのはネットメディアだったからそうなるのも仕方がないが。ただ、本来は規制区域の外で許可を得て進めているのであれば問題はないはずで、こうした観点から建設の事業性や妥当性が検証されるべきだった。一連の報道ではマスメディアが否定的な世論を助長しているだけに見えた。

ガス 北海道が森林法違反を理由に工事中止を勧告しており、その点については批判されても仕方ない。もっとも、これには「違反項目を後出ししてきた」との声もある。

石油 新聞はこの件をあまり取り上げていない。日経も、本紙での掲載はなかった。産経こそ大きく取り上げたが、読んでみればSNSの発信を後追いしたに過ぎず、現地取材に基づいて問題提起をするような内容ではなかった。千葉県鴨川市のメガソーラーについても取り上げているが、これもアルピニストの野口健氏の発信ベースだ。

―再エネを取り巻く状況が変わってきた。

ガス 以前はメリットばかりを強調するような報道が見受けられたが、コスト面など現実的な側面が語られるようになってきており、勢いやスピード感は落ち着いてきた。事業者としては、トーンダウンしている今のうちに技術開発や設備投資を進めておくのがベターだ。

電力 再エネ自体に後ろ向きの流れができてきている中で、左派系メディアのスタンスが変わりつつある。朝日も再エネを直接批判こそしないが、制度の問題点や実現性を指摘し出している。否定的な世論に迎合するのではなく、地に足のついた報道をしてほしい。

石油 右派系メディアの論調は一貫している。むしろ、これまで「右寄り」とされてきた主張が、いまでは中間的な立場に近づきつつある。

電力 同時に見直されてきたのが原子力だ。関西電力が美浜4号機の建設に向けて現地調査を再開できたのも、こうした流れがあってのこと。計画自体は以前からあったが、以前はとても実行できる空気ではなかった。今なら、地元でも大きな反対の声は出にくいのではないか。

―中間貯蔵施設では、中国電力が山口県上関町での建設を技術的に「可能」と判断した。

電力 関電は一昨年、「年内に県外で施設を確保する」と福井県と約束していたが、当初搬出先として検討が進んでいた青森県むつ市の中間貯蔵施設の共同利用は、当時の宮下宗一郎市長に反対されたこともあり、うやむやになっていた。ここにきて上関での建設が前進し始めたのは、関電としては大きい。

ガス 山口県としても、使用済み核燃料税などを考えればメリットがあるはずだ。

石油 いずれにせよ長年止まっていた話が動き出したわけだ。県がどう判断するか、注目だね。

―停滞してきた議論が活発になる中、メディアが世論形成に果たす役割もまた、問われようとしている。

【原子力】出費がかさむだけ 廃炉をこれ以上増やすな


【業界スクランブル/原子力】

わが国は福島第一原発事故の後、福島県の強い要請で東京電力が廃止した事故炉以外の6基に加え、他電力が11基を廃止した。その理由は、新規制基準対応の費用が莫大で市場で戦えず、残寿命の間に回収不可能との判断だった。

今日では長期脱炭素電源オークションが整備され、再稼働に必要な安全対策工事費は固定費回収対象として認められた。さらに60年超の運転が可能となり、投資回収が確実となって廃炉の必要はなくなった。停止中の施設管理を適切に実施しつつ、再稼働の準備を行えば良い。

そもそも、新規建設より既設炉の運転延長が安いのは明白だ。米国では廃炉を決めた炉の復活すら準備されている。廃炉は電気を生まず(収入を得られず)、出費がかさむだけだ。廃炉負担金が集められているが収入途絶の影響は大きく、電力会社が実際の廃炉工事の出費を抑えようとするのは当然で、消費者も電気料金の抑制は歓迎である。多数の廃炉は電力自由化の制度整備がずさんなために貴重な発電設備を失った政策上の失敗で、これ以上に廃炉を増やしてはならない。

しかるに、新潟県での柏崎刈羽原発の再稼働容認を巡り、先行炉の廃炉計画の表明を交換条件として厳しい態度を装う某市長の要求は、大きな間違いと言わざるを得ない。固定資産税収はもちろん、法人住民税・法人事業税・核燃料税収もその分減ってしまう。そして地元雇用を大きく損い、地元経済を悪化させる。市長としての見識が疑われるし、原発運転に対する同意権限を利用しており、国家にとって大きな損失で適切な対策が必要である。(T)

【石油】暫定税率廃止の奇策 時限的措置で時間稼ぎ


【業界スクランブル/石油】

9月7日、石破茂首相が辞意を表明した。いわゆるガソリン税の暫定税率について、8月に与野党で廃止に向けた具体的協議が始まったが、どう決着するか全く見えなくなった。任期中の決着を急ぐかもしれないし、新首相が決まってからの仕切り直しになるかもしれない。廃止自体は昨年末に合意されたものの、減税分の代替財源(約1兆円)をどう手当てするか決まっておらず、これが協議の中心的論点だ。決まれば、すぐにでも廃止できる。

野党側は、税収の上振れや特別会計の黒字の活用などを主張するが、与党側は景気や税収に左右されない「恒久財源」が必要と譲らない。物価対策として早急な廃止、国会対策も重要だが、他方、法律上は一般財源化されたものの、老朽化する国家インフラの維持管理財源は必要だし、EVからはガソリン税は取れないので、脱炭素時代にはガソリン税の代わりも必要だ。

こうした中、検討時間を稼ぐための与野党の〝休戦協定〟として、財務省あたりから出てきそうな解決策がある。

「暫定税率の暫定廃止」だ。租税特別措置法で1年か2年の期限を定め、暫定税率を廃止、その間に代替財源をじっくり検討する。当面は円安で企業高収益、株高は続くから税収上振れも続く。円高転換ができないなら、物価対策が必要だ。ただ、道路特定財源も暫定税率も、国土づくりのための田中角栄の知恵だった。その半分を止めるのだから、慎重な検討は必要だろう。

9月上旬のNHK世論調査では、暫定税率については「財源を検討したうえで廃止」が46%で「すぐ廃止」の32%より多かった。意外にも、世論は冷静だ。(H)

トランプ2.0と国際社会〈下〉 停戦交渉はどれも行き詰まり


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

原油価格(WTI)は9月上旬、62~65ドルで推移している。石油供給面では対露経済制裁の一環としてロシア産化石燃料の段階的廃止の可能性が大きく、先行き不安が払拭できない。そうした中で、国際政治にはウクライナ戦争とイスラエル・ハマスの停戦交渉が行き詰まりを見せている。

ウクライナ停戦に関しては、8月15日にアラスカで米露会談が行われたが、停戦に向けた協議は進展しなかった。その後、9月7日にロシアはこれまでで最大規模となるウクライナ各地への攻撃を行った。ロシアは、安価で製造できる無人機を大量に飛ばし、ウクライナの防空網を圧倒するとともに、迎撃ミサイルの備蓄を枯渇させようとしている。無人機の多くは実際にはおとりで、結果、7日にキーウの防空網は初めて破られた。

こうした展開を受けトランプ大統領は8日、対露制裁の第二段階に入ると述べ、経済的圧力を強める構えを示した。第二段階措置に関しEU(欧州連合)は10日、新たな対露制裁の一環として、ロシア産化石燃料の段階的廃止を加速することを検討していると明らかにした。EUは現在策定中の第19弾対露制裁の一環として、ロシアの化石燃料、影の船団、第三国の段階的廃止の迅速化を検討している。本措置に関しては9日未明に発生したロシアのドローン機によるポーランド領空侵犯も影響したとみられる。ロシアはNATO(北大西洋条約機構)の防衛態勢を試そうとしている。

一方、中東情勢においては9日、ガザ地区における戦闘の終結に向けて、トランプ政権が停戦と人質全員の解放を盛り込んだ新たな停戦案を提示した。新提案ではハマスは停戦初日に人質全員を解放し、イスラエル側はガザ市への攻撃を停止し、刑務所に収容しているパレスチナ人を釈放した後、米国の監督の下に戦闘の終結に向けた協議を行うとされた。この提案に対しハマスは受け取ったとの声明を出したが、その矢先、カタールのドーハで9日、イスラエル軍はハマスの指導部を狙った作戦を実行した。イスラエルのネタニヤフ首相はハマスの指導部メンバーが2023年10月にイスラエルを奇襲した作戦に責任があると主張。首相府はハマス指導者らに対する行動はイスラエルによる独立した作戦だったと発表した。

両国の仲介に当たってきたカタール政府は、イスラエルの攻撃は明白な国際法違反であるとの声明を出し、同国を強く非難した。さらに、イスラエルは10日、イエメンの反政府勢力フーシの拠点を標的とした空爆を行った。周辺諸国からはイスラエル非難が相次ぎ、国連の安全保障理事会の全ての理事国は11日、9日のドーハ攻撃を非難し、カタールへの連帯を表明する声明を出した。

こうした展開は、ディールを手法とするトランプ外交の破綻を意味しているように見えるが、停戦を求めていないロシアやイスラエルの対応から考えれば、当然の帰趨であろう。両国を交渉の席に着かせるには、第二段階措置(経済制裁)の効果に期待するほかないのだろうか。

(須藤 繁/エネルギーアナリスト)

制裁強化より、求められる戦略的思考の復活


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

米トランプ政権は8月27日にインドに対して25%の追加関税を課した。既に発動済みの相互関税25%を加え、計50%という異常な高率関税がインドの対米輸出の約3分の2に対して掛かる。米ニューヨークタイムズ誌はこれを「経済的宣戦布告」とまで呼ぶ。

追加関税の理由は、インドのロシア産石油輸入だ。2022年後半以降、インドのロシア産原油輸入は激増し、昨年は日量200万バレル弱。総原油輸入に占める割合は21年の2%から23~24年は約35%に上った。このロシア産原油輸入、およびこれを精製した軽油などの輸出、いずれもロシアのウクライナ侵略への経済的支援に当たるとし、その阻止を企図する。

このような措置は、西側の石油戦略として根本的に誤っている。日量約800万バレルのロシア石油輸出は、ロシア外の世界の生産余力を超える。つまり世界はロシア産石油を必要とする。したがって西側自身の対露石油依存を最小限化する一方、非西側諸国へのロシア石油輸出は阻害すべきでない。不用意な阻害は世界石油供給のひっ迫につながり、非西側諸国の離反を招く。

その離反は、追加関税に激しく反発するインドのモディ首相が7年ぶりに訪中し、上海協力機構首脳会議で対露関係の緊密化、対中関係の改善に動いたことに鮮明に伺える。9月2日付の米ウォールストリートジャーナル紙も、中国の10月渡しウラル原油の大量購入、ロシアの積極的な価格割引とインドの購入意欲の保持を伝えている。

関税を振りかざす米国だけでなく、欧州も不要に「影の船団」への制裁を強め、ロシア産石油への「上限価格」に固執する。世界的な視野で石油を捉える、戦略的思考の復活が必要だ。

(小山正篤/国際石油市場アナリスト)

宿泊問題で揺れるCOP30 ホテル不足に各国が懸念表明


【ワールドワイド/環境】

11月にブラジルのベレンで地球温暖化防止国際会議・COP30が開催予定だが、宿舎問題が深刻なリスクとして浮上している。COP30では5万人近くの参加が見込まれる一方、開催地ベレンのホテルインフラは圧倒的に不足している。

この点について今年初めから各国政府が強い懸念を表明してきた。6月の準備会合ではブラジル政府によるロジの説明会が開催され、「早急に政府によるホテル予約サイトを立ち上げる。現在、ホテルの建設を進めており、クルーズ船を宿泊用に利用することも検討している」とのことであったが、公式ホテル予約サイトの立ち上げは8月までずれ込んだ。さらにベレンのホテルがこれまでのCOPと比較しても法外な価格を請求していることが各国の強い怒りを買っている。通常であれば7泊8日で6万円程度のホテルが期間中は100万円になっているのだ。各国政府はより宿泊施設の充実しているリオデジャネイロなどの大都市に移すことを求めているが、ブラジルは頑として応じていない。世界最大の熱帯雨林を有するアマゾン川の河口であるベレンの開催という象徴的意義にこだわっているのだろう。

8月22日のブラジル政府と気候変動枠組み条約事務局の打ち合わせの際、国連側は発展途上国の代表団に1日当たり100ドル、先進国の代表団に同50ドルの宿泊代補助を求めたが、ブラジル側は「ブラジル政府はすでにCOP30開催のために多大な費用を負担しており、ブラジルよりはるかに豊かな国々を含む他国の代表団を補助する余裕はない」との理由で拒否している。途上国の中には会議への参加を見合わせ、代表団規模の縮小を強いられる国も出てくるだろう。

開催地の宿泊事情、会場との交通、会場の設備などのロジ面で参加者に強い不満を感じさせるCOPが成功したためしはない。その典型的な事例は会場のキャパシティを大幅に超える人数を参加登録し、多くの人を雪のふりしきる戸外で行列させたコペンハーゲンのCOP15であり、会議運営の拙劣さもあり、「デンマークに二度と大きな会議の主催をやらせるな」とさえ言われるようになった。COP30の宿泊を巡るトラブルがこのまま続けば、会議の成否そのものも危うくなるだろう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院客員教授)

【ガス】熱中症&災害対策に 一石二鳥のLPガス


【業界スクランブル/ガス】

この夏、平均気温は3年連続で最も高く、歴代最高気温(8月5日に群馬県伊勢崎市で41.8℃)を観測。猛暑日や40℃以上の地点数の記録を更新した。その中で注目を集めているのが熱中症対策、そして避難所となる公立施設の体育館空調だ。

近年、平均気温の上昇により夏場の熱中症リスクが高まり、また災害発生時には体育館などが地域住民の避難所となるため、冷暖房設備がなければ被災者の健康被害や災害関連死につながる恐れがある。特に、電力や都市ガスなどのライフラインが停止した場合でも稼働できる空調設備が求められている。

内閣官房国土強靱化推進室が4月にまとめた「第一次国土強靭化実施中期計画」では、避難所になり得る公立小中学校の体育館などにおける空調設備の設置完了率を、2024年度の18・9%から35年度に100%とする目標を掲げている。この他、災害対応として燃料タンクを整備した避難所などの社会的重要インフラの割合を30年度に100%にするとしており、LPガスには追い風といえる。

LPガス仕様GHPとEHPとの設置費用比較では、設置費用はEHPが優位だ。しかし、停電など災害時対応のための非常用発電機・災害バルクなどの追加設置費用を含めるとGHPが優位と試算されている。さらに、GHPの学校体育館への導入は、系統電力の負荷軽減とCO2排出量の削減にもつながる。

こうした点をこれまで業界を挙げて自治体などに訴求してきたが、きちんと浸透しているだろうか。熱中症と災害対策に一石二鳥といえるLPガスの果たす役割は大きいと、引き続き強調すべきだ。(F)

【新電力】電源種問わずkW時確保 懸念は先物との不整合


【業界スクランブル/新電力】

電力システム改革の検証を踏まえた制度設計WGにおいて、「小売電気事業者の量的な供給力確保の在り方と中長期取引市場の整備に向けた検討について」が検討の俎上に上がっている。背景には、①市場連動価格で販売する事業者が増えたことによる電気料金の変動リスクの増大、②発電事業者の発電コストの予見性を高めることへのニーズの高まり―がある。

足元では、小規模事業者への確保義務量の緩和案が出るなど着々と実行に向けた議論が進む。監督官庁と意見交換する中で見えてきたのは、冒頭に挙げた二つの背景のうち、どちらかというと①のリスクを抑制することに目的がシフトしていることだ。②は、3~5年程度のコミットメントでは不十分であるからだ。

また、再生可能エネルギーを主力電源として扱っていく第7次エネルギー基本計画との齟齬がないよう、FIT/FIP電源を含め、電源種に差を付けずに確保したkW時をカウントする方針であるもようだ。

確保したkW時は、基本的には供給計画に記載されることになる。そこで気になるのが、供給計画で見ることができない先物調達との関係だ。先物は、料金変動リスクの増大を実効的に抑える役割を果たしているが、供給計画には載らない。このため、先物市場でヘッジをして安定的な電力料金を供給している事業者は、kW時を確保していることにはならない。これでは、制度趣旨と実態に齟齬が生じてしまいかねない。

新制度を巡る議論の取りまとめは来年になるとのこと。現行制度とも整合の取れた、良い形で着地することを祈るばかりだ。(K)

各国で洋上風力の不振が顕在化 収益安定化へ制度変更が急務


【ワールドワイド/市場】

三菱商事を中核とする企業連合は8月、秋田、千葉県沖の3海域で進めていた洋上風力発電事業からの撤退を表明し、電力業界に衝撃を与えた。欧州でも、大手発電事業者が大規模案件の中止や投資計画の縮小を発表するなど、洋上風力の不振が顕在化している。

至近の動きとしては、ドイツの連邦系統規制庁が北海の2海域で2・5GWの洋上風力発電所を建設する事業者を公募したが、応札した企業はなく入札は不成立に終わった。6月に行われた入札でも、応札企業は2社にとどまり、業界団体が事業環境の悪化による導入停滞を懸念していたところであった。

不振の原因は、地政学的緊張とサプライチェーンのひっ迫に伴うプロジェクト費用の上昇や、ネガティブプライスなどに起因する電力市場の予見性低下などが挙げられる。また、制度側の問題も指摘されている。ドイツの入札では、事業者が海域調査を行う方式で応札価格(FIPの基準価格)が1kW当たり0ユーロ・セントだった場合、最も高額な拠出金を提示した事業者が落札される。拠出金は、電気料金抑制のために使われ需要家に還元されるほか、一部は海洋環境の保護や漁業対策のために使われるが、ネガティブ・ビディングは、事業者の収益安定性を著しく悪化させると業界団体は批判している。

また、政府が掲げる野心的な導入目標もプラスに働くとは限らない。ドイツ政府は洋上風力の設備容量を2030年までに30‌GW、45年までに70‌GW以上に引き上げることを目指している。しかし、限られた海域に風車が密集すると、風車が互いに風を遮り合い設備利用率が低下する。ドイツの送電会社もこの問題を指摘しており、「コスト効率的な再生可能エネルギー導入」を訴えている。また、地政学的緊張の高まりも新たなリスクとなっている。ロシアの脅威が増大する中、洋上変電所などがサボタージュの標的となることを事業者は警戒している。

業界団体は制度改善策として、安定収益を担保する差額決済方式(CfD)の導入、電力売買契約(PPA)との両立などを求めている。CfDを導入している英国でも入札の不振により、入札価格上限の引き上げなどが行われているが、ドイツも第一歩として洋上浮力に係る事業者のリスクを軽減するような制度改変がなされなければ、洋上風力導入が頭打ちとなることが危惧される。

(佐藤 愛/海外電力調査会・調査第一部)

【電力】「稼ぐ力」の鍵どこに 迎えた再点検の時


【業界スクランブル/電力】

余計なお世話とは思うが、大手電力会社の営業部門はいつからこんなに組織が増えたのか。社員はさぞかし多いことだろう。こんなに組織を分けて横の連携は大丈夫かなど、いらぬ心配をしてしまう。小売り自由化が進むにつれ、商売に不慣れな経営者から「とにかく売れ」とげきが飛んだのかもしれない。

ところで、小売事業は利益の源泉なのだろうか。内外無差別が徹底された今となっては、電源構成の特徴を生かしたメニューの差別化の余地は小さくなったはずだ。昨今の営業は、ガス、再エネ、蓄電池、DRなどが絡み、仕入れは市場取引を伴うなど、業務は複雑化しているが、新規の分野には外部人材の採用など、質を充実する方法もあるはずだ。十分な付加価値をもたらせなければ、人の数は費用として重荷になるのみだ。

合理化の足かせの一つは、地域のお客さまとの関係かもしれない。これまで電力会社の信用で契約いただけたありがたいお客さまは、人手をかけても大切にしたい。ただし、この強みはいつまで続くのか。電気料金の体系は、複雑怪奇な通信料金に比べ、よほどシンプルだ。今やスマメのデータを基に、最適な契約先をネットで選べる時代だ。ネット世代の若い消費者や経営者の電力会社選びは、古い世代と同じであるはずはない。

小売り全面自由化から10年、垂直統合組織である大手電力の「稼ぐ力」の鍵がどの部門にあるのか、再点検の時ではないか。新電力が大手と同規模になっても、これほどの人を抱えるであろうか。気がつけば、大手電力の営業部門には、莫大な販管費と手間のかかるお客さまだけが残るかもしれない。(H)

対イラン国連制裁再開へ 中国への原油輸出に影響か


【ワールドワイド/資源】

イランを取り巻く地域情勢が激しさを増している。1月には第2次トランプ政権が成立し、翌月にはイランへの「最大限の圧力」政策の復活を宣言した。「棍棒外交」ともいえる核協議が進む中、6月に生じたイスラエルのイラン核施設への攻撃とその後の応酬は、「第5次中東戦争」さながら地域に大きな衝撃を与えた。その余波が収まる間もなく、英仏独は8月28日、2015年に成立したイラン核合意の下で解除された国連制裁の再開、いわゆる「スナップバック」手続きを開始した。

そのような経済的・外交的圧力とは裏腹に、イランの原油輸出は好調を維持している模様である。船舶データ分析会社ケプラーによると、8月までのイランの今年の原油輸出量は日量150万バレル以上と、18年の米国の核合意離脱以降で最高水準を維持している。

原油輸出拡大の背景には、中国との間に構築した制裁回避ネットワークがある。イランは18年に米国制裁が再開されて以来、自動船舶識別装置(AIS)信号の偽装や東南アジア沖を中心とした船舶間の積み替え(STS)を活用し、イラン産と分からない形で中国へ供給してきた。

イランは原油供給ルートを意図的に複雑化させ、柔軟に変更していくことで、米国の制裁を上手く回避しようと試みている。加えて中国側でも、イランから供給された原油の産地を偽ることで制裁回避を試みている。さらに、イラン産原油を受け取るのは「ティーポット」と呼ばれる小型製油所であり、主に地元での取引のみに従事していることから、米ドル取引の停止などの制裁の効果が限られている。このネットワークを通じて、イランは原油輸出を維持することができ、中国は制裁リスクからディスカウントされた安い原油を購入できるのだ。

国連制裁の「スナップバック」は今後イランの輸出に影響を及ぼすのだろうか。既に多くの関係者が米国の「特別指定国民(SDN)」に指定されているイランにとって、国連制裁の実質的な効果は限られている。しかし、イラン産原油の9割近くを受け取る中国にとって、米国制裁はあくまで1国の国内法の域外適用に過ぎないが、国連制裁には国連加盟国として従う義務が発生する。イランの経済的・外交的パートナーである中国が国連制裁に素直に従うとは考え難いが、いずれにせよ制裁回避ネットワーク存続の鍵は依然として中国が握っている。

(豊田耕平/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)