【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト
〝核のごみ〟の処分という難題に世界はどのように向き合っているのか。
現地を訪れた筆者が見た最前線と知られざる苦悩とは─。
世界初の核廃棄物最終処分場として知られるフィンランド西部オルキルオトにある「オンカロ」を訪ねたのは、東日本大震災直後の2011年6月だった。
コペンハーゲン経由でフィンランド南西部にあるハンザ同盟都市トゥルクに飛び、バスで現地に向かった。周囲には「ムーミン谷」があり、空港の手荷物ターンテーブルではムーミンのぬいぐるみが出迎えてくれた。
フィンランドは1983年に最終処分場の検討に着手した。100カ所以上の候補地を徐々に絞り込み、住民との対話を重ねた上で2001年にオルキルオトを選んだ。「オンカロ」は、フィンランド語で「隠し場所」「洞窟」などの意味を持つ。
鉄銅製キャニスター(左)と使用済み核燃料
オンカロにて筆者撮影
現在、処分開始に向けた最終試験を続けている。鉄銅製のキャニスターに詰めた模擬の使用済み核燃料を、エレベーターで地下430mに下ろし、トンネル内を運ぶ。深さ2・8mの縦穴に1本ずつ納めた後、粘土状物質のベントナイトなどで埋め戻す作業を実施している。政府の承認が出次第、処分を始め、2110年代に閉鎖するまで約9000tの使用済み核燃料を処分する予定だ。
フィンランドが最終処分場選定を急いだのは、国境を接する大国ロシアの存在が大きい。第二次世界大戦の開戦から2カ月後の1939年11月、フィンランドはソ連の侵攻を受け「冬戦争」を戦い、領土を失った。
戦後もソ連の影響を強く受ける。天然ガスや電力の供給のほか、東部ロビーサにはロシア製の原発を導入した。ところが、ソ連が崩壊した直後、ロシアに引き取ってもらったロビーサ原発の使用済み核燃料が、あまりにもずさんに扱われていたことが判明する。これが環境問題への関心が高いフィンランド人を刺激した。政府の担当者は、取材に「情報公開により、返還した使用済み核燃料が野ざらしで置かれていたことがわかった」と教えてくれた。これを機に、国内に処分場を建設しようという動きが加速する。
相次ぐ建設地の決定 フランスは粘土層を選択
フィンランドに次いで2009年に世界で2番目に最終処分場を決めたのがスウェーデンだ。1992年に2自治体が手を挙げ調査を始めたものの、翌年の住民投票で否決され、振り出しに戻るなど、失敗を重ねた。
95年に仕切り直し6地点で調査を始めた。丁寧な対話を重ね、ストックホルムから北150㎞にあるフォルスマルク原発に隣接した場所を選んだ。地下500mの岩盤に総延長60㎞のトンネルを掘る。今年1月に着工、2032年に処分を始める予定で、最大1万2000tの使用済み核燃料を処分する。
カナダも昨年12月、14年に及ぶ歳月をかけて、中東部オンタリオ州の北西部に最終処分場の建設を決めた。フィンランドやスウェーデンと同じ深層処分方式を採用し、地下600m以上の地層に幅2㎞、奥行き3㎞の処分場を建設する。着工は33年頃を目指す。操業開始は40~45年の予定だ。
原子力大国フランスでも北東部ビュール村に最終処分場を設置する計画が大詰めを迎えている。政府は1991年以降、ビュール村を含む3カ所を候補地に選定したが、反対運動があり、ビュール村だけが残った。地元には今なお反対の声が根強くあるが、政府は2027年ごろに着工したい意向を示す。地下5
00mに、広さ15平方㎞の処分場を建設し、8万5000㎥の放射性廃棄物処分を想定している。フィンランドは花崗岩など結晶岩質の地層を選んだが、フランスは粘土層を選んだ。厚さが120mあり「放射線を閉じ込めやすい」というのが理由だ。
計画を白紙撤回したドイツ 10万年先の安全をどう確保
一方、最終処分場選定に手間取る国も数多い。その一つがドイツだ。西ドイツ時代の1977年、東ドイツ国境に近い北部ニーダーザクセン州ゴアレーベン村の岩塩鉱山を最終処分場に選定したが、その後の反対運動で計画が宙に浮く。
2011年の晩秋、この施設を訪ねた。入り口のゲートが二重の鉄条網で守られていたのが印象的だ。2億年前までは海だったが、約1000万年前に隆起した岩塩ドームだ。その地下820mに幅6m、高さ4mのかまぼこ状の坑道を掘った。岩塩は真っ白で、坑内は雪の祠のように美しい。
スウェーデン作成の「未来へ人々への伝言」
ところが岩塩層のそばに地下水があることが判明、放射性物質が漏れ出すとの懸念が高まり反対運動が活発化する。11年3月の福島第一原発事故も重なり、脱原発を決めたメルケル政権は13年、処分場計画を白紙に戻した。政府は31年をめどに再選定作業を進める。
最終処分場に埋める使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物は、高度に汚染されているため、保管期間は約10万年という長期に及ぶ。今から10万年前はネアンデルタール人の時代だ。人類が構築した建物で最も古いものは1万年に満たないとされる。そんな長い期間、どうやって安全を確保し続けるのか。オンカロの担当者は「地震や氷河期がきても耐えられる構造になっている」と答えた。キャニスターが腐食し、仮に放射性廃棄物が漏れ出した場合でも、粘土やコンクリートなどが守る多重防護システムを採用していると解説する。
処分場を埋め戻した後、危険物質の存在を後世の人類に伝えるべきかという問題もある。仏原子力安全規制当局は閉鎖後、少なくとも500年間は記憶を伝えるよう求めている。現在、使われている言語が消滅することも想定し、象形文字でのメッセージを構想している。スウェーデンも、非テキスト形式で記憶を伝える方法を模索している。