【エネルギービジネスのリーダー達】ケビン・ブッシュ/モルテン・インダストリーズCEO
科学者のバックグラウンドを持つ起業家が、重工業分野の脱炭素化に挑んでいる。
水素とグラファイト(炭素)を生産する独自のメタン熱分解技術でその実現を目指す。

メタン熱分解はメタンを水素と固体炭素に分解する技術だ。このプロセスではCO2を排出せずに水素を製造でき、これをターコイズ水素と呼ぶ。米モルテン・インダストリーズは、このプロセスを独自に発展させた技術を有し、2021年の設立以来、実用化に取り組んでいる。創業者でCEO(最高経営責任者)のケビン・ブッシュ氏は「クリーンなグラファイト(炭素)と水素を提供することで、重工業セクターの脱炭素化に貢献する」と語る。
コロナ禍を契機に起業 科学者の無関心に危機感
ブッシュ氏は科学者と起業家両方の顔を併せ持つ。スタンフォード大学で材料科学の博士号を取得。ペロブスカイト太陽電池の研究で数々の成果を挙げ、その後、高性能ペロブスカイト太陽電池の商用化を目指すスタートアップを共同創業した。
モルテン・インダストリーズ設立の契機となったのは、新型コロナウイルスのパンデミックで世界的に経済活動が停滞したにもかかわらず、CO2排出量がほとんど減らなかったという事実に危機感を抱いたことだ。
ブッシュ氏は「多くの科学者がこの問題に挑んでいない状況に危機感を覚え、自ら解決に取り組むべきだと考えた」と振り返る。そして、セメント、鉄鋼、化学製品などの重工業セクターが世界のCO2排出量の約40%を占める点に着目し、脱炭素化の焦点を定めると、同セクターに広く供給される水素に目を付けた。
モルテン独自のメタン熱分解技術の特徴は、グラファイトを生産できる点にある。グラファイトとは、リチウムイオン電池の負極材をはじめ、耐熱性や導電性などを生かした多様な用途に利用される高純度な固体炭素だ。従来のメタン熱分解で得られる固体炭素はアスファルトなどに使われるカーボンブラックが主流だったが、モルテンはグラファイトを生成できる技術を確立した。メタン熱分解技術を開発する他社に比べて一歩抜きん出た成果を挙げている。
さらには、このグラファイトとターコイズ水素をCO2を排出せず、かつ安価に生産できる点も特徴の一つだ。電気加熱式のメタン熱分解リアクターを用いて確立されたこの技術は、クリーン電力を利用することで、プロセス全体でCO2を排出しない。水素は水電解によって得られるグリーン水素と比べて約5分の1のエネルギーで製造可能であり、グラファイトは採掘や長距離輸送が不要であるため、天然鉱石由来の生成プロセスよりも安価に供給できる。
グラファイトの供給は現在、9割以上を中国に依存しており、サプライチェーンの脆弱性が懸念されている。その上、「天然鉱石を精製する中国の生成プロセスはCO2排出量が多い」(ブッシュ氏)のが実態だ。モルテンのメタン熱分解技術を用いることで重工業の脱炭素化を後押しするだけではなく、新たな供給源として、サプライチェーンの多角化に寄与できる。
実際に、水素、グラファイトのいずれもが、付加価値のある技術として国内外の企業から多数の引き合いを受けており、グラファイトについては、バッテリー関連の化学メーカーとの取引が具体化しようとしている。それに併せて現在、同社は試作段階から本格的な生産体制への移行を進めている。
米カリフォルニア州オークランドの約2800㎡の拠点には約20フィートコンテナサイズのモジュラーユニットを設置済みで、今後はこれを20台増設し、年間10GW時相当のグラファイトを供給できる体制を目指す。これが、「主要バッテリー材料メーカーとしての地位を確立するために不可欠な規模」という考えだ。
ターコイズ水素については、24年7月に米エネルギー省(DOE)から約540万ドル(約8億円)の助成を受け、USスチールなどと共同でカーボンニュートラルな鉄鋼生産技術の開発に向けたプロジェクトを開始した。石炭の代わりに水素を使ってCO2排出を減らす「水素還元製鉄」の実用化に向け、メタン熱分解に関する知見と技術を提供している。
創業者2人が役割を補完 実用化へ着実に進む
共同創業者でCTO(最高技術責任者)のキャレブ・ボイド氏も、ブッシュ氏と同じくスタンフォード大学で材料科学の博士号を取得した科学者だ。ただし、事業における役割は異なる。ブッシュ氏がメタン熱分解技術の専門性を生かしてアイデアを生み、ボイド氏がそれを整理して具体化する。両者の補完関係によって、独自の熱分解技術の実用化は着実に進展している。重工業セクターの脱炭素化という困難な課題解決へ、科学者同士の二人三脚の挑戦が突破口を開こうとしている。
















