
民間企業での勤務や青年会議所での活動を経て、市政に身を投じた。
市内でのメガソーラー計画に直面し、市長としての責務は重大だ。
千葉県鴨川市で生まれ育つ。実家は採石業やガソリンスタンドを営んでいた。優等生ではなく目立ちたがりで、遊ぶことばかりを考えているやんちゃな子どもだった。中学校ではバレーボール部に入部するも幽霊部員、高校は帰宅部だった。その後は帝京大学へ進学し、イベントサークルの部長として合宿や飲み会を企画するなど大学時代を謳歌した。
卒業後はコスモ石油に入社。東京や大阪で5年間、ガソリンスタンドの経営コンサルティングや市場調査に携わった。出世に燃える同期たちを横目に、「家業の継承という明確な目標を意識していたため、自分の役割を確実に果たし、実務能力を養うことに重きを置いていた」と振り返る。
26歳で鴨川に戻った。「家業の拠点は東京にもあったが、家族の都合で鴨川になった。本当は東京で暮らしたかった」と当時は複雑な思いを抱えていた。
政治との接点を持ったのは、地元の若手経営者などが加入する青年会議所(JC)での活動だった。青少年育成や街づくり事業にのめり込むようになり、38歳で理事長に就任した。「JCの活動で行政に働きかけても動きが鈍い。政治の重要性を痛感した」。その後、教育委員長などを歴任し、2014年に鴨川市議会議員に初当選。22年には議長に就任し、ハラスメント条例の制定や議会のオンライン化などを進めた。
昨年3月の鴨川市長選で初当選したが、直前には父が帰らぬ人となった。「出馬表明の直後に倒れて『こんな大事な時期になぜ……』と思うこともあったが、亡くなる直前まで私のことを心配してくれていた」。父に良い報告をしたいという決意で戦い抜き、勝利を収めた。
事業者が開発区域外の森林を伐採 地域と共生する姿勢が見られない
鴨川市が全国的に注目の的になっているのが、東京ドーム30個分、約146haの山林を切り開く国内最大規模のメガソーラー計画だ。14年に固定価格買い取り(FIT)制度の認定を受け、19年に千葉県から林地開発許可が下りた。
森林伐採による環境破壊や土砂災害リスクなどを理由に反対運動が起こったが、市が法的に開発許可を取り消すのは困難だ。そこで同年、事業体構成の明示や撤去費用の積み立て、工事の安全性確保など5項目の順守を求めた協定を事業者と締結した。ところが、事業者は協定について市の求める回答に至っておらず、市民全体を対象とした説明会の実施なども拒み続けている。市として本件に関連する話をしようとしても、「弁護士を通してくれ」と言われてしまう。市は昨年5月、千葉地裁に調停を申し立てた。
「再生可能エネルギーに関わる事業を否定するつもりはないが、今回のメガソーラー事業は環境への影響も大きいことから、安全性の確保を大前提に、地域と共生しながら進めていくことが重要だ」
25年に本格的な工事に着手したが、昨年10月、許可を得た開発区域外の約1・5haにわたり、残すべき森林が伐採されていることが確認された。県は工事の一時中止と森林の復旧措置、防災対策工事を実施するよう指導を行い、11月には熊谷俊人知事と佐々木氏がヘリコプターで現地を視察。最終的に伐採された森林面積は、約2・4haに及ぶと判明した。現在、事業者は防災対策工事に入っている。
「山が切り立った急峻な地形で、事業継続のリスクは大きいのではないか。復旧作業は『木を植えて終わり』では済まされない。採石業の経験から分かるが、植林しても根付かずに枯れてしまう木があるので、有識者会議を含めた県の判断になると思うが、一定期間はかかるだろう」
昨年10月に発足した高市早苗政権は、大型設備のFIT制度除外や環境影響評価(アセスメント)の対象拡大などメガソーラー規制強化を打ち出した。「これまでのメガソーラーは投資目的と思われるプロジェクトが散見された。電力のような公共性が極めて高い事業は国の強い関与が必要だ」とこうした動きを歓迎する。昨年5月には、宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)が施行され、事業計画の変更が見込まれる。
「県による新たな計画の審査と、誤って伐採した区域の回復、市との協定の順守が重要だ。仮に開発を諦めたとしても、すでに区域内で伐採した森林の原状回復を行ってもらう必要がある」
座右の銘は、ドイツの宰相ビスマルクの言葉として知られる「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」。趣味は釣り。朝4時に起き、自宅前の海で釣り上げた魚が朝食だ。厳しい財政状況を転換させるべく、観光資源を生かした「稼ぐ行政」への転換が課題。佐々木市政の挑戦は始まったばかりだ。





