テーマ:国内外のEV情勢
【出席者】
岡崎五朗(モータージャーナリスト)
轟木 光(KPMGコンサルティングプリンシパル)
大場紀章(ポスト石油戦略研究所代表)

EU(欧州連合)が2035年のガソリン車禁止目標を撤回した。EVシフトの勢いに陰りが見える中、政治の思惑、産業界の反発、そして日本メーカーの立ち位置はどう変わるのか。
─EUではCO2排出量を21年比90%減とすれば35年以降もガソリン車を販売できる。
岡崎 二つの見方がある。一つは「EVはもうダメ、エンジン車万歳」という見方。もう一つは「90%削減目標は残っているのだから、EVシフトに変わりはない」という見方だ。
私はどちらでもない。重要なのは「100%削減」というゴールポストが動いた事実だ。自動車政策に限らず、ゴールポストを動かしてきたのが欧州政治の歴史で、このまま進むと考える方が不自然だろう。
轟木 政府主導のEVシフトが進んだ中で見えたのは「ユーザーが欲していない」という現実で、自動車産業界からは「EVではもうからない」と厳しい声が上がった。環境だけでなく経済も重視する流れが強まり、24年に脱炭素政策が産業コストを押し上げていることを指摘した「ドラギレポート」が発表され、今回の目標撤回につながっている。
岡崎 35年目標には「26年に市場の状況や技術の進展を見て見直しを行う」という条項(レビュー・クローズ)が入っていた。最初から見直しを予定していたのではないか。
大場 合成燃料の活用を検討する条項もあった。ドイツのちゃぶ台返しだと言う人もいるが、こうした条項がなければ、フォルクスワーゲン(VW)以外のドイツ産業界は目標への合意にもっと慎重だったはずだ。
岡崎 日本のメディアは良くないね。35年目標が決まった時、EUはガソリン車もハイブリッド車(HV)も禁止になると断定的に報じたが、メルセデス・ベンツの30年EV目標にしても、「マーケットが許すならば」という留保が付いていた。センセーショナルに報じたいのか分からないが、重要な点を無視している。現在のVWブランドCEO(最高経営責任者)・トーマス・シェーファー氏にインタビューをしたら、「未来はEVだが、いつなのかは分からない」と言っていた。

グリーンスチールで車体価格は上昇 EUの脱炭素政策を絶対視するな
大場 ただ、日本としてはぬか喜びする状況ではない。今回の10%の猶予枠のうち、7%は製造時のグリーンスチール活用、残り3%は合成燃料とバイオ燃料による削減となっている。おそらく、グリーンスチールはEU域内生産限定になるので、日本メーカーにとってはハードルが高い。
そもそも、グリーンスチールによる削減分を走行時の排出量にのせてカウントするなんてめちゃくちゃだ。生涯走行距離を事前に想定し、それで削減分を割って、距離当たりいくら削減できるかを割り出す。この考え方自体が、GHG(温室効果ガス)プロトコルなどの国際基準を無視している。
岡崎 欧州のグリーンスチールは相当高いだろう。となると、自動車価格は下がらないので、やはり猶予枠は拡大されるはずだ。
大場 合成燃料の実用化への期待がしぼみ、グリーンスチールという別の手段をひねり出したのだろう。もともと、欧州の自動車業界の温暖化戦略はディーゼルシフトだったが、15年のVW排ガス不正(ディーゼルゲート)で崩壊してしまった。そこで起死回生を狙ってEVと言い出した。その背後には、EU内の内輪もめもあったと思う。メルケル時代の「ドイツ一強」に対する不満がディーゼルゲートを機に爆発して、ドイツの自動車産業に対する締め付けが強まった。カーボンニュートラルを目指すという物語自体が、ドイツに対するEUの恨みが生んだものではないか。
岡崎 フランスに勝算はあったのか?
大場 ドイツをいじめたかっただけだろう。結果的にウクライナ戦争もあり、フランスも無傷ではない。恨みは晴らしたから、いったん落ち着こうという局面なのかもしれない。
岡崎 マリオカートで言えば、後ろの車(ドイツ)をスピンさせようとバナナの皮を落としたが、1周回って自分がスリップしている状況か(笑)。
轟木 EVの要望に対して真面目に対応しようとしたのが日本だが、彼らの動向は冷静に判断した方がいい。EUはCO2削減やエネルギー安全保障のためにディーゼルを推進していた時代も、軽油の精製がEU域内で足りずアメリカから輸入していた。理路整然としたロジックがあるように見えても、全てがそうなっているとは限らない。
注目しているのが「過剰規制(オーバーレギュレーション)」という言葉だ。EUの目標撤回と同じ日に、規制を簡素化するオムニバス法案が出てきた。規制が強過ぎるとコストがかさみ、自動車の価格が上がる。アメリカも燃費規制を満たさなかった場合の罰則を廃止した。これからは規制と緩和のバランスが重要になってくる。
岡崎 アメリカでは新車の平均価格が5万ドル(約800万円)にまで上がっている。確かに車は安全で、なるべくCO2を出さない方がいい。でも、頑丈にしすぎて車体が巨大化すれば、街を歩く人がアメリカンフットボールの防具とヘルメットを着けて歩くことになるかもしれない。日米首脳会談でトランプ氏が来日した時、「日本で走っているような小さい車を作れ」と言ったが、過剰規制に対するカウンターだろう。
轟木 EUでは車両全長4・2m以下の新規格「M1Eカテゴリー」の導入が提案された。手ごろな価格でEV普及にもつなげる試みだが、何と言っても軽自動車が世界的に認められつつあることの証左だ。これは過剰規制の反対で、日本の軽規格という規制が生み出した商品力だ。



















