「神は細部に宿る」。これをまさに体現する排出量取引制度がまもなく本格始動する。
エネルギー事業にも大きな影響を与えるが、そのルールは多くの矛盾をはらんでいる。
来年度から本格稼働する排出量取引制度(GX―ETS)のルールが、昨年末明らかになった。CO2の直接排出量が年10万t以上の300~400事業者の参加が義務化され、日本全体の温室効果ガス排出量の6割をカバーする壮大な制度がいよいよスタートする。
ETSでは、政府が各社に排出枠を当面無償で割り当てる。排出実績が排出枠の割当量を下回る場合は余剰分を売却でき、実績が割当量を超過した場合は不足分の調達が求められる。
焦点の一つが割当方法だ。エネルギー多消費分野では業種別ベンチマーク(BM)を基準活動量に乗じて割当量を算定。BMの設定が困難な業種はグランドファザリング(GF)方式とし毎年一定比率で割当量を減らしていく。さらに一定水準以上の活動量の増減や、過去の削減努力、カーボンリーケージ(多消費産業の国外移転)リスク、研究開発投資状況なども勘案する。発電事業の場合、最初の3年は100%燃種別BMで、2029年度以降徐々に全火力BMに移行する設計だ。

取引価格の上下限価格も注目を集める。価格を安定化させ、予見性を高める措置で、26年度の上限はCO21t当たり4300円、下限は1700円。上限は標準的な燃料転換コストとして直近10年の中央値から算出し、下限は足元の省エネ対策費用として省エネJクレジット価格を参考にした。実質価格上昇率を3%として徐々に引き上げ、さらに毎年度の物価上昇率も加味して価格を定める。
このように「カーボンニュートラルと経済成長の両立」が成立するよう、さまざま熟議を重ねたわけだが、産業構造審議会の小委員会委員を務めた上野貴弘・電力中央研究所上席研究員は「先例を見てもETSの制度設計は難しいと覚悟していたが想定以上。ちょっとした要素で価格や取引量、需給まで変わり得る。実際どうなるか、正直始まってみないと分からない」と率直に語る。
火力の収支に影響 コージェネは適切に評価
エネルギー事業者の受け止めはどうか。まず発電BMについては、発電所の新規建設や脱炭素燃料の導入に向けた助走期間への配慮が見える。ただ、「技術面や事業環境整備の進展と整合した時間軸であるべきで、それが3年で足りるのか。29年度以降、石炭火力が多い事業者とLNG火力が多い事業者の負担の差がどうなるのか注視が必要だ」(発電事業関係者)。各発電所を運転継続するかどうか、ETSが意思決定の判断基準の一つになるという。
電気料金への転嫁の在り方も重要だ。日本ではまだ電力取引市場に入札する際にETSのコストを織り込んでよいか、といった明確なガイドラインがない。「価格変動リスクをどう織り込むのか、その仕方が難しい。本来は次年度の契約から転嫁したいが、各社ペンディング状態だろう」(同)
都市ガス事業者はというと、当面、電力ほど深刻な影響は想定していない。ガス事業の直接排出で10万tを超える事業者は存在せず、LNG火力を運用する大手ガス会社は発電BMでカバーされることになる。
ただ、顧客への影響の行方として、特にコージェネの活用の評価に注目していた。業種別BMを直接排出だけで策定すると自家発保有者が不利になる恐れがあったが、この点は「公平性を確保すべく間接排出量も踏まえることとなり、自家発保有者も適切に評価されるようになった」(大手ガス会社関係者)。ETSで燃転の必要性を感じてもらい、顧客ごとにどうアプローチしていくかが今後の課題だという。
随所に制度の歪み 供給力不足に拍車か
他方、ある多消費産業関係者は「全体的には現実を反映した形となり、30年度までは政権交代さえなければまず心配はない。だが、積み残した課題は矛盾をはらみかねず、特に発電で噴出してきそうだ」とみる。
最も懸念されるのが供給力不足で、発電BMに全火力の要素が入り始める29年度以降は要注意だ。一方で政府は火力の過度な退出を留保する制度を次々整備し、さらに通常国会に提出予定の改正電気事業法では、大規模電源の休廃止は一般送配電事業者と事前の協議を定める方針だ。こうした動きに上野氏は「需給ひっ迫が懸念される間だけ政策的に廃止を引き延ばす発電所に対し、ETSのコストを課す必要はあるのか。供給力確保の対応策に応じて、ETS側での調整があって然るべきだ」と指摘する。
懸念は他にも。活動量の変動に対する調整は、事業所別に過去2年平均で7・5%以上増減した場合に行う。活動量が閾値以上に減った場合、新たな基準と過去の基準の差を翌年度の割当量から差し引くといった具合だ。例えば発電事業で割当量の最大化を重視するならば、7・5%以内に収まるよう複数の発電所で少しずつ発電量を下げた方が「お得」になる可能性がある。「こうした事業者の判断は防ぎようがないが、頻発すれば排出総量を狙い通り規制できなくなる。モニタリングが必須だ」(上野氏)
この他、バンキング(排出枠の翌年度への繰り越し)のルールも注視される。過度なバンキングは上限価格に張り付くリスクとなり、政府は抑制策を次年度検討するが、ルール次第では下限に張り付くリスクもある。
いずれにせよ、新たなコストアップ要因となるETSの副作用には目配りが欠かせない。「今すべきはエネコストを下げることだが、コストを上げる政策が随所に残る。脱炭素政策の大掃除が必要で、やれるのは政治家しかいない」(前出の多消費産業関係者)との本音も上がる。どの政党も物価高対策を重視するならば、衆院選でETSを巡る論戦も見たいところだが……。











