【地域エネルギー最前線】 愛知県 名古屋市
重工業都市の名古屋市では、製造業の脱炭素事業参加や運輸部門のCO2削減が課題だ。
手厚い企業支援策と都市の再開発で、名古屋ならではの脱炭素社会実現を進める。
日本最大の工業地帯である中京工業地帯の中枢を担い、全国的にも大企業の本社や、工場が集まる重工業都市である名古屋市。特にトヨタなど自動車産業・製造業の貢献は大きい。
脱炭素分野においては、工業地帯におけるカーボンニュートラル(CN)の取り組みが急務だ。市の経済局産業労働部の担当者は「産業が集積する名古屋市で、脱炭素戦略の影響は計りしれない」と話す。
2021年には市と名古屋産業振興公社と共同で、県内の製造業者にCNに関するアンケートを実施。その結果、大企業の7割超がCNに向けた取り組みを行う一方、中小企業については8割程度が取り組みの必要性を感じているものの、実施している企業は3割程度にとどまることが分かった。「取り組みに至らない中小企業の中には『何から着手すればよいか分からない』『必要性は感じているが、着手することができない』と回答する企業が多かった」(産業労働部)と現状を分析する。
製造業を支える中小企業を保護し、持続的な発展を図るため、市は22年4月に「名古屋市産業振興ビジョン2028」を策定。その中で「グリーンイノベーションの促進」と題して、①低炭素・脱炭素化に向けた取り組みの支援、②省エネルギー対策への支援、③グリーン化に資する技術支援や情報提供―を掲げ、脱炭素関連事業に取り組む中小企業支援を積極的に進めている。
23年6月には、温暖化対策目標の国際共通基準である「SBT(サイエンス・ベースド・ターゲット)」の認定取得を目指すプログラム「グリーン・イノベーションナゴヤ」を実施。市が中心となって中小企業に対して、情報提供や認定取得支援、脱炭素理念に基づく新商品開発の支援を行う。「この地域は世界有数のものづくり産業が集積する。『名古屋から世界へ』を合言葉に、脱炭素経営に取り組む企業を支援したい」(同)と気合いは十分だ。
市独自の低炭素モデル地区 脱炭素先行地域にも選定
ものづくりを支える中小企業の地道な取り組みを支援する一方で、都市構造の変革にも積極的な姿勢を見せる。市は独自で「低炭素モデル地区」事業を策定しており、「低炭素で快適な都市なごや」を目指す。事業参加以前と比べてCO2排出量を25%以上削減する目標を立てている。
再開発事業に合わせて環境負荷の少ない都市モデルを具現化する計画がスタートしたが、自動車利用率が高い名古屋市では、運輸部門のCO2削減が課題だ。歩いて暮らせる街づくりを目指す観点から、モデル地区は駅から800m圏内が条件となっている。
モデル地区として認定されたのは「みなとアクルス開発事業」と「錦二丁目低炭素地区まちづくりプロジェクト」の2事業。このうち、みなとアクルスの再開発事業は、東邦ガスとの共同提案で行った「再開発地区で実現する脱炭素コンパクトシティモデル」として、環境省による第1回の脱炭素先行地域に選定された。

みなとアクルス事業は、東邦ガスの港明工場跡地の再開発が背景にある。この跡地には、かつて水運物流の軸として名古屋の経済・産業を支えてきた中川運河が隣接しており「自然と共生する都市デザイン」として、中川運河を活用する計画も組み込まれている。この運河を景観や観光のみならず、未利用エネルギーとして活用する計画だ。
運河の熱利用だけでなく、水素とCN都市ガスを燃料としたガスコージェネレーションを地域内で構築。集合住宅に家庭用燃料電池を採用し、発電排熱を地域内の冷暖房に利用する。また、太陽光発電、風力発電の追加導入とともに、市内のごみ焼却工場で生まれた再エネ電源およそ1万6700kWを集約。東邦ガスが再エネグリッドアグリゲーターとして「名古屋DER―AI―Grid(でらい~グリッド)」を構築し、電力を供給する。再エネを設置するスペース確保が困難な都市部では、地区内での水素製造を実装。燃料電池車(FCV)への水素供給も行うとしている。
東邦ガスがアグリゲーターとなることで、新規のガスコージェネ設備や太陽光発電のほか、既存のごみ発電など、多様な電源を導入できる取り組みが高い評価を受けた。名古屋市環境局環境企画部の担当者は「みなとアクルス開発事業は、国の地域脱炭素の考えに基づき、50年CNを待たずに目標達成に向けて動いている。この事業が各地域課題の解決に結び付けばうれしい」と都市構造の変革に自信を見せた。
脱炭素で地域防災にも貢献 CNと再開発組み合わせる
このほか、みなとアクルス施設内のエネルギーセンターが、EMS(エネルギー・マネジメント・システム)による再エネのスマート制御を行うことで、効率的にエネルギーを運用。災害時にはガスコージェネや太陽光発電、大型蓄電池といったインフラ網を使い、地区内に電力と熱を供給、地域防災にも貢献する。
「液状化や津波浸水の可能性も考慮し、南海トラフ地震が発生した場合でも対応できるよう、地域の強靭化を図りたい」(環境局環境企画部)。再開発で防災と脱炭素を兼ね備えた街づくりを行い、大都市の脱炭素ロールモデルとしたい考えだ。
名古屋市の杉野みどり副市長は、22年6月の脱炭素先行地域選定証授与式で「名古屋は車社会。運輸部門のCO2削減に向けてEVカーシェアなどに取り組むことで、脱炭素ドミノの力強いピースとなれるようにしたい」と意気込みを語った。
産業界のCN実現と、再開発による都市構造の変化。二つを組み合わせ、名古屋市ならではの脱炭素政策をこれからも進めていく。