【多事争論】話題:岸田中東外交の評価
7月の岸田文雄首相による中東3カ国訪問には、好意的な報道が目立った。
迫るエネルギー危機への対応はどうか、専門家の視点でひも解く。
〈 石油政策のない資源外交 日本の構えを立て直せ 〉
視点A:小山正篤/ウッドマッケンジー・ボストン事務所 石油市場アナリスト
中国の仲介によるサウジアラビア・イラン国交正常化という劇的事件の余韻が残る中、岸田文雄首相は中東湾岸3カ国を歴訪した。ロシアのウクライナ侵略に伴う資源供給の動揺を抑え、同時に中東資源国に対し、中国とは一線を画す日本独自の存在感を示すことが、今回の歴訪の中心課題であったろう。
首相は、脱炭素化および産業多角化支援の包括的な経済ミッションを率い、中東湾岸諸国が目指す資源依存脱却に積極関与の姿勢を示しつつ、これら3カ国および湾岸協力会議(GCC)との外交関係強化を図った。実利と理念を組み合わせたアプローチで、一定の成果を上げたように見える。
しかし、未来志向の経済協力・提携に重点が置かれる一方、眼前の資源供給確保に関する議論は脇に置かれた感がある。これはウクライナ危機を巡り資源大国ロシアに厳しく対峙する日本として、あまりに緊張感を欠く迂遠な姿勢ではなかろうか。
石油に絞って数点指摘したい。
市場本位の開かれた国際石油供給体制―これを国際石油秩序と呼ぼう。現在の日本の石油関連政策に根本的に欠落するのは、この国際石油秩序を守る視点である。これは日本のみならず、米国および欧州を含む西側全体の問題でもある。
今年5月のG7(主要7カ国)・広島サミットの首脳コミュニケに「石油」という単語は一度として使われなかった。非ロシア世界が全体としてロシア産石油輸入に致命的に依存する中で、西側は再生可能エネルギーへの転換の加速を唱えるばかりで、ウクライナ危機が直接・間接に起こし得る石油危機の可能性から目をそらしている。
日本および欧米がまず必要とするのは、現下の国際石油秩序維持を図る筋道の通った現実的な基本方針であり、そしてその方針を中東有力産油国と共有することである。このような能動的な、責任ある姿勢をとって初めて「産消対話」も意味を持つだろう。
将来的な脱炭素での協力関係は、それ自体では現時の石油供給確保に直結しない。中東産油国は、両分野それぞれに国益を追求しているにすぎない。前者に傾斜した首相の歴訪は今後、国際石油秩序に向けた日本の構えの立て直しによって補完されねばならない。
その立て直しとは、まず西側が協働して実施する石油政策を、現実に適合させることである。世界はロシア産石油を必要とするという簡明な事実を率直に認識する。そこから、西側自らはロシア産石油への直接的依存を最小限度にとどめるが、西側以外へのロシア産石油輸出はあえて阻害しない、という方針が導き出されよう。ロシア産石油の海上保険に対する制裁措置、および、これにあわせて折衷的に設定されたロシア産石油の輸出上限価格、そのいずれも不要である。
理念なき西側諸国の備蓄放出 まずは産油国との連携回復が優先
潜在的な石油危機の不安にさらされている中で、日本・西側は緊急時の協調対応を、特にサウジアラビアと連携しながら準備しておく必要がある。消費国の保有する国家備蓄を「防火水槽」とすれば、主にサウジアラビアが保持する生産余力は水道管とつながった「消火栓」である。有事の初動対応としての国家備蓄の放出は、中東における生産余力稼働に引き継がれてこそ持続的な効果を持つ。
昨年西側は、実体的な石油供給途絶も起こらぬうちに、米国を筆頭に価格抑制を掲げて一方的に国家備蓄を大量放出した。この失策を克服しつつ、中東湾岸有力産油国との本来あるべき連携の回復を急がねばならない。
併せて、非ロシア世界全体を石油需要抑制と増産に向けて誘導すべきであり、それはロシア産石油を漸次国際市場から排除するための条件でもある。
これに反し、今年9月にようやく終了を迎える予定の日本の石油価格補助金は、実効上、巨費を投じた石油消費振興策だった。原油高価格に正面から取り組む意思を欠く消費国は、産油国から足元を見られるだけである。
中国の「一帯一路」に対し、日本はいわば「多帯多路」の開放体制を存立基盤とする。この意味で、対中東資源外交においても、日本と相手国との2国間関係にこだわる必要はない。広くインド太平洋の成長市場と中東との間の資源貿易・投資を促し、そこに日本勢の活発な関与があれば、それが日本の国益にもつながる。
広い視野から、昨年来の西側の石油諸政策の迷走に終止符を打ち、正しい軌道に戻す努力を、まず日本から始めるべきである。
それが首相歴訪の仕上げとして残された「宿題」ではあるまいか。
こやま・まさあつ 1985年東京大学文学部社会学科卒、日本石油入社。ケンブリッジ・エナジー・リサーチ社、サウジアラムコなどを経て、2017年よりウッドマッケンジー・ボストン事務所所属。石油市場アナリスト。タフツ大学修士(国際関係論)。