【論点】ウクライナ・中東の複合危機/小山正篤 石油アナリスト
ウクライナ戦争の続く中、10月に勃発したハマス・イスラエル戦争は中東に巨大な衝撃を与えている。
この混沌とした世界情勢の中で、石油供給の行方の鍵を握るのは、何よりもサウジアラビアだ。
本稿では、OPECプラスをけん引するサウジアラビアの動きと影響力強化の背景を冷静に考えてみたい。
OPECプラスはOPEC・非OPEC側からそれぞれ10カ国、計20カ国が参加する。2020年5月、コロナ禍の下での異常な需要収縮に対応し、基準量対比・日量1000万バレルの大減産を行った。この基準量は18年10月の生産実績に相当する。以降、生産目標総量を漸次引き上げ、昨年8月には当水準まで回復させた。

しかし、この過程で過半の参加国が事実上「脱落」した。原油価格低迷、供給網寸断の下で投資不足となり、ナイジェリアやアンゴラなど、目標量にまで回復できない国が相次いだ。加えて昨年3月以降、有事のロシアでも原油生産が停滞。既に昨年8月、これら諸国の実生産量は目標量を大きく下回っていた。
このように「脱落組」で生産目標が形骸化したので、昨年11月に名目的な生産目標総量が日量200万バレル削減されても、実際の減産量は8月対比・日量40万バレル。ほとんど報道されないが、対前年比では日量100万バレルの増産だった。
これを微温的と見て、今年5月以降サウジを筆頭に、「有志」8カ国(サウジ、UAE、クウェート、イラク、オマーン、アルジェリア、ガボン、カザフスタン)が日量・計120万バレルを自主的に追加減産。この8カ国こそが実質的なOPECプラスであり、その中でサウジは4割の生産量を占める。7月以降、サウジはさらに単独で日量100万バレルの追加的な自主減産に入った。
10月時点の国際エネルギー機関(IEA)見通しをもとに、これら自主減産を加味すると、今年の世界石油需給は日量約20万バレルの需要超過と見込まれる。昨年は政府在庫の取り崩し分も含めて、日量100万バレル以上の供給超過。それを若干打ち消す展開となる(表参照)。サウジの狙いは、あくまで市場の均衡回復にあることが、ここに見て取れる。
ウクライナ危機後の変動 強まるサウジの主導権
日量1000万バレルを超える原油生産能力を有するのは、サウジの他には米国とロシアしかない。10年代「シェール革命」によって米国の生産量は倍増以上となり、一躍世界最大となった。しかし現在その増産ペースは鈍化しており、安定・減退期を迎えつつある。ここにロシアが「脱落組」となりサウジの主導権は強まった。
ウクライナ危機が国際石油供給にもたらした最大の変化は、それまで一体的な地域市場を形成していた欧・露の分離だ。21年通年と今年第2四半期を比べると、ロシアのEU向け石油輸出量は日量約300万バレルの激減。その振り替え先はインドと中国に集中し、特にインド向けは同期間に日量わずか10万バレル弱から200万バレル超へと激増した。
今年第2四半期、ロシア産はインド原油輸入の実に4割を占めた。対照的にサウジ産の比率は、昨年4月の19%から今年6月には12%へと低落した。中東勢は自らがアジア成長市場から切り離される現状を、いつまでも座視できない。サウジがロシアに石油輸出抑制を促すのは、むしろロシアをけん制し、アジア市場という「縄張り」へのこれ以上の浸透を許さぬ構え、と見るべきだろう。