矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
エネルギーフォーラム誌の記者通信(5月12日)に「顧客情報の不正閲覧など相次ぐ不祥事に揺れる関西電力は5月12日、電力小売事業の競争健全化に向け、発電事業との分離を検討していることを明らかにした。JERAを設立した東京電力、中部電力の両社に続いて、発電、小売り両事業の分社化が実現することになるのか。将来的に他の大手電力会社に波及する可能性も否定できないことから、関係者は関電の動向に大きな関心を寄せている」との記事が掲載された。以前のコラム(4月14日)では、送配電の分離の問題を取り上げたが、今回は、この発販分離の問題を考えてみたい。
最初に指摘しておかなくてはならないことは、送配電の分離と発販分離とは、問題の本質が異なっていることである。基本的に、前者は規制の問題であるのに対して、後者は電気事業の経営問題である。前者に関しては、独占分野である送配電に従事する電気事業が、販売などの自由化市場でも活動する場合に、送配電にアクセスする第三者に対して差別を行う可能性があるため、諸外国でも例外なく、規制により、独占分野である送配電はなんらかの形で分離される。法的分離の先にある送配電のより完全な分離の形態は、以前のコラム(4月14日)で指摘したように、独立の系統運用者の設立か所有権の分離である。
これに対して、発販分離に関しては、発電も販売もともに自由化されており、規制により強制する積極的な理由は存在しない。発販一体化で、発電部門から販売部門への内部相互補助が存在しているとの議論があるが、発電を所有してビジネスを展開することが有利と考えるならば、新規参入者が発電を所有することは妨げられない。欧米では、新規参入者により膨大な数の電源、とりわけ小型火力発電が建設されたが、このような現象はわが国では観察されず、もっぱら一般電気事業者に球出しを要求し、卸電力市場に依存するなど、投資リスクをとりたくない参入者がほとんどであることは残念である。発電こそ競争力の源泉なのに、これでは、自由化によるメリットを消費者は享受することはできないだろう。
確かに、原子力発電のように超長期の建設のリードタイムや回収期間をともなう電源については、新規参入者が建設することは困難であるが、小型の火力発電や再生可能エネルギー発電に関しては比較的短期間に建設することが可能である。わが国では、全面自由化後、すでに7年が経過している(部分自由化後20年以上)。しかも、わが国では、ベースロード市場を整備してきている。第三者への差別の問題は、独禁法に照らして判断されるべきである。自由化市場においては、(独占分野は分離されるものの)企業の構造は、規制により強制されるのではなく、市場によって決められると考えるべきだ。
発販分離は、規制の問題というより、経営問題であるとしたら、経営的視点でこの問題をどのように考えるべきだろうか。送配電は、すでに別会社化されているから、発電と販売を分離することは、発電、送配電、販売の価値連鎖のすべての段階を子会社に位置づける持株会社の誕生を意味している。親会社のもつ機能は、基本的に、企画、人事、経理などの間接部門のみである。このような持株会社の形態は、欧米の多くの電力会社が自由化以降に採用してきたものである。それでは、欧米では、なぜ多くの電力会社は価値連鎖上の各機能を分社化したのかというと、激化していく競争へ対応した経営組織の構築が迫られたからである。発電や販売における一層の競争激化に直面し、各機能をより専門特化させるように、それらを分社化の形で分離することが望ましいと考えられたのである。
各機能の特徴について述べると、発電は、競争が導入されるものの、伝統的な設備主導のエンジニアの世界といえる。電力自由化により、効率化が求められるが、その性格が大きく変わるわけではない。送配電は、電力自由化後も独占にとどまり、中立的な観点からネットワークへのアクセスを可能にするとともに、安定供給確保のために長期的な観点から設備投資していくことが求められる。この点で、発電同様、送配電も伝統的な設備主導のエンジニアの世界といえるが、自由化後も依然として規制を受ける点が発電と異なる。これらに対して、販売は、自由化以前は、単に負荷を充足させることが課題であったが、自由化後は、需要家の様々なニーズを的確に把握して、求められるエネルギーとサービスを提供していく活動が求められる。そのような活動は主として人的資源に依存しており、販売はソリューションの開発・営業マンの世界であるといえる。
これからわかるように、販売と発電との間には、異なる文化が存在している。同じく競争が導入される発電は、長期の投資や供給の信頼性も重視していかなくてはならないのに対して、販売は、競争環境下で急速に変化する市場の条件に即座に対応できる柔軟性とそのような人材を有していることに事業の成否がかかっている。このため、販売分野では従業員のモチベーションに最大の焦点が当てられる。このような異なる文化を発展させていくためには、一層の分権化や分社化が望ましいとの考えがある。デジタル技術に基づく革新的なプロダクトを創出するためには、そのような技術に精通した新規、中途採用の人材が、電気事業の伝統的な文化になじめるかは十分考えておかなくてはならない。とくに、デジタル企業やスタートアップで経験を積んだ若い従業員は、新たな視点や期待を有していることに留意しなくてはならない。さらに、分社化は、それぞれが直面する異なる市場に専門特化させることで、従業員の意識改革も促進するだろう。
当然、発販分離には課題もある。まず、送配電の分離(4月14日のコラム)でも述べた範囲の経済性の喪失が挙げられる。これについては、発電と送電の分離ほどではないにしてもなんらかのコストが発生する。また、分社化で遠心力が働き、会社の一体感が失われる懸念もあるだろう。とくに地域密着型の電力会社の場合には、企業が一体として地域の需要家にきめ細かいサービスを提供していくために、部門間の情報交流や調整が速やかになされることが重要であり、そのためには、むしろ発販の統合を維持すべきとの伝統的な考えも存在する。発販分離については、最終的には、メリット・デメリットや個々の電力会社の置かれた状況を考慮して経営として判断されることになるだろう。経営組織には、絶対的なものはありえない。経営環境の変化に適応して、経営者は、組織を(多くは試行錯誤を含み)より適切な形態に進化させていくことを常に考えておかなくてはならない。ドイツの事例では、2大電力会社であるE.ONとRWEは、電力自由化以降、組織形態を頻繁に変更してきた。今後のわが国における電力会社の経営判断に注目したい。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。