エネルギー安全保障は安くない


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

ロシアのウクライナ侵攻で加速したエネルギー危機を背景に「エネルギー安全保障」という言葉が大はやりだ。引き合いに出されるのは、ロシアの天然ガスへの依存を高めてしまったドイツである。

調達の現場にいた自分の感覚で言うと、エネルギー安保とは「ソースの選択肢」、「物流」および「備蓄」の確保ではないかと思う。現下の状況では、ふむふむとうなずいていただけるのだが、平時には「無駄」と言われて評判の悪いものばかりである。「選択肢」の確保とは、最適とは言えないソースも捨てないことだ。また、効率化経営では、余分な備蓄や輸送手段を持たないのが基本だ。安保は決して安くはないことを理解してもらわねばならないのだ。

ドイツの政策は、ある意味、理想的であった。脱原子力を決意した国として、再エネに注力する一方、当面、必要な火力の燃料を低炭素の天然ガスに絞り込む。主要供給元は、世界一の生産を誇り、パイプラインで大量・安定輸送が可能なロシアである。地政学的脅威であるロシアとの相互依存関係を構築するという政治的意義もある。絵にかいたような計画ではないか。ところが「鴨川の水に山法師、賽の目」の如く、世の中、意のままにはならぬこともある。従って、いまドイツはLNGを選択肢に加え、その受入基地という物流を整備し、従来にも増して備蓄を積み上げる努力をしている訳だ。

非常事態になってから繰り出す、こうした泥縄のプランは、「羹に懲りて……」ということになりがちで、高く付くことも多い。資源市場がひっ迫するたびに、割高になった権益を求めに行って失敗するのも、このパターンではないか。平時のうちに、どこまでの無駄を許容するかという議論を重ねて、継続可能な手を打っておくべきものなのだ。

【新電力】足元は安価に推移も 危険な卸市場依存


【業界スクランブル/新電力】

今冬の電力卸市場価格は、懸念された高騰もなく、穏やかに推移した。自社電源を保有しない多くの新電力は存亡の危機を逃れ、安堵していることであろう。

ただ、至近のスポット価格は下落しているとはいえ、3年前と比べLNGは依然として高い。今冬の市場価格をファンダメンタルズだけで分析するには、やや無理があり、大手発電事業者が限界費用での玉出しをせざるを得なかった事情が背景にあるものと推察される。

今後も卸市場は、一部の大手プレーヤーの思惑や動向で左右され続け、市場価格が安定推移している状況に安閑としている限り、新電力はその存続の生殺与奪を握られ、経営の安定化は到底おぼつかないままだろう。

一方で、行政による内外価格差是正の指導徹底により、2023年度の電力相対卸価格は、これまで優遇を受けていた一部の新電力も含め、例外なく、燃料費調達条項を含む限界費用に加え、固定費と一定の利潤を上乗せした価格(個人的には、これが適正価格だと考えているが)で契約したと聞く。これは、足元の電力市場価格を相当上回る水準と推定される。

自社電源を保有しない大多数の新電力は、その比率に差異があるとはいえ、卸市場と相対卸契約双方から電源の調達を行っている。足元は安価であるが一部プレーヤーの動向次第で価格が大きく変動するリスクがある卸市場と、足元は高価であるが卸市場ほど価格変動がなく燃料費調整条項の設計次第では顧客への価格転嫁が可能な相対卸契約、どちらも一長一短がある。

新電力各社は、自社にとり最適な電源調達ポートフォリオを構築するとともに、市場変動・燃料費変動リスクを最小化する独自の小売価格を設定することが経営安定化に不可欠だ。(K)

アジアゼロエミの初会合 G7控えた日本が存在感示す


【ワールドワイド/環境】

3月4日にアジアの脱炭素化で日本と各国が相互協力する枠組み「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」の第1回閣僚会合が開催された。会合には西村康稔経済産業大臣、西村明宏環境大臣に加え、インドネシア、ブルネイ、カンボジア、フィリピン、ラオス、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム、豪州が参加した。アジア地域は高い経済成長を背景に今後の世界のエネルギー需要、CO2排出量の増分の大部分を占め、パリ協定が目指す脱炭素化の帰趨を握る。同時にウクライナ戦争などによるエネルギー価格高騰はアジア諸国に大きな負担をもたらしている。共同声明の中では、アジアの経済成長を実現しつつ脱炭素化を進めることが重要であること、脱炭素化への道筋は各国の実情に応じた多様で現実的なものであるべきこと、再生可能エネルギー、水素、アンモニア、CCUSなど幅広い技術の開発、普及が必要であることなどを内容とする共同声明が採択された。

パリ協定の下で国際社会は脱炭素化に向けた取り組みを行っているが、気候変動枠組み条約締約国会合(COP)においては、1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを絶対視する観点から化石燃料および化石燃料関連技術を全否定する議論が目立つ。21年のCOP26で採択されたグラスゴー気候合意には石炭火力の段階的削減が盛り込まれた。岸田文雄首相は水素、アンモニア、CCUSの重要性を強調したが、環境NGOは「化石燃料の存在を前提とした技術である」と批判し、日本に化石賞を授賞した。22年のCOP27で欧米先進国は段階的削減の対象を化石燃料火力全体に広げる提案をした(途上国の反対により、決定文書には反映されなかった)。こうしたCOPの議論は、エネルギー供給の大部分を化石燃料に依存し、需要が増大傾向のアジア地域のエネルギーの実情と乖離している。事実、AZEC会合では各国が異口同音に天然ガス投資の必要性、化石燃料使用に伴うCO2削減に対する水素、アンモニア、CCUSの重要性を強調した。

日本がAZECを提唱した背景は、各国の国情を踏まえたプラグマティックで多様な道筋と域内協力の重要性についてアジア地域の声を挙げていこうというものだ。アジア唯一のG7国である日本が23年広島サミットの前にアジア地域の声を集めた意義は大きい。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【電力】市場の信頼を棄損 残念な不正閲覧問題


【業界スクランブル/電力】

昨年末以降、一般送配電事業者が保有する新電力の顧客情報が、グループ内の小売り部門により不正に閲覧されていた事案が、多数発覚している。

一般送配電事業者は電気事業法で、託送業務に関して知り得た顧客情報を託送業務以外の目的で利用あるいは提供することを禁止されている。また、その情報を適切に管理する体制を整備するよう求められている。

この対応としてまず必要なのは、他部門に開示してはいけない情報のマスキングであるが、法律の求めるシステム対応ができておらず、しかもこれがグループ内で長年問題視されずにきた意識の欠落は深刻だ。

そして関西電力が行ったアンケートに関する報道によれば、回答した小売り部門社員の4割が電事法上問題になり得ると認識しながら閲覧し、6割は問題になるとの認識がなかったというのも驚きだ。系統運用部門のように、日常的に新電力情報を扱うわけではないゆえかもしれないが。

今の電事法にはこのような情報閲覧自体を違法とする規定がない。インサイダー取引にも似た市場の信頼を棄損する行為といえ、相応の罰則を設けるべきとの意見が出るのは当然だろう。

適切な情報管理は市場の信頼を確保する肝であり、この点では電力広域的運営推進機関においてこの際点検すべきではないか。広域機関には大手・新電力を問わず小売り・発電部門からの出向者がいる一方、各発電・小売り事業者の供給計画や需給計画の情報が集まってくる。これらの情報を持ち出しはしないという誓約書は作っていると聞くが、それだけで十分なのか。この機に適切なガバナンスを模索するべきだろう。(U)

※3月号本欄で「再稼働したら値上げする」とあるのは「再稼働したら値下げする」の誤りでした。訂正します。

【マーケット情報/4月14日】原油続伸、景気と需要回復の見通し


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み続伸。米国経済のインフレ緩和から、景気と需要回復の見通しが広がった。

米国では、3月の消費者物価指数の伸びが前月から鈍化。前年同月比での上げ幅は、2021年5月以来の最小となった。これにより、米連邦準備理事会による金利引き上げのペースが緩み、景気が改善し、原油需要が増加するとの見方が強まった。

また、フランスでは、労働者ストライキのため停止中だった製油所および港湾施設が再稼働。原油消費が戻るとの観測が台頭した。

供給面では、米エネルギー情報局が、OPECプラス8カ国による自主的な追加減産を受け、世界の原油生産量の予想を下方修正。国際エネルギー機関も、供給が需要を一段と下回るとの予測を発表した。

一方、米メキシコ湾では、英石油メジャーBPがオフショア油田で新規生産を開始。ただ、油価への影響は限定的だった。

【4月14日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=82.52ドル(前週比1.82ドル高)、ブレント先物(ICE)=86.31ドル(前週比1.19ドル高)、オマーン先物(DME)=86.02ドル(前週2.12ドル高)、ドバイ現物(Argus)=85.78ドル(前週比1.14ドル高)

※4月7日はロンドンおよびシンガポールが祝日で休場だったため、4月6日との比較。

重要法案成立で再エネ加速へ ドイツの野心的目標と課題


【ワールドワイド/経営】

ドイツでは、今年1月~2月にかけて「改正再エネ法」や「陸上風力法」などの重要法令が施行された。

前者が掲げる「2030年までに電力消費に占める再エネの割合を80%にする」という目標に向けて、風力・太陽光の導入ペースを従来の3倍に加速する方針だ。ショルツ首相は「30年まで、1日に平均4~5基のペースで陸上風力タービンを建設する」と約束しているが、実現可能なのか。

導入拡大の追い風となる動きもある。ロシアのウクライナ侵攻を契機にエネルギー安全保障がクローズアップされ「自立のためのエネルギー」である再エネの重要性が再認識された。一般家庭では、電気料金高騰対策として自家発自家消費への関心が高まり、ルーフトップPVがブームとなっている。需要の急拡大にパネル設置業者の対応が追い付かず、順番待ちリストができているという。

陸上風力に関しては、連邦政府が各州の立地規制への介入を強めている。冒頭で挙げた陸上風力法は、「30年目標達成のため国土の2%に風力タービンを設置する」方針の下、全16州に対して拘束力のある目標を設定している。例えば、風況に恵まれ全国で風力導入量が最多のニーダーザクセン州では、32年までに州面積の2・2%を風力タービンが設置可能な区域に指定する必要がある。目標未達の州に対しては、風力タービンと住宅地の離隔距離を規制する州法令を無効化し、政府目標の達成を優先する。

野心的な目標の前に、課題も山積している。世界的なインフレによる原材料価格の高騰は、再エネ開発事業者の投資意欲に悪影響を及ぼす可能性がある。許認可手続きのさらなる迅速化や、再エネ開発に従事する技術者の育成・確保も大きな課題である。また、30年目標を達成したとしても、天候に左右されない調整電源は引き続き必要になる。このため、連邦政府は天然ガス火力・バイオマスなどの発電設備容量を倍増させる方針である。

脱原子力・脱石炭を選択したドイツにとって、再エネ導入と調整電源の確保は将来の電力安定供給の要である。これらに十分な投資が集まらなければ、ドイツは供給力不足を回避するため他国からの電力輸入への依存を強めざるを得ない。脱石炭のため電力市場から退出させた石炭火力を、予備電源として使い続けることも考えられる。野心的な目標を理想のままで終わらせないために、ショルツ政権の奔走は今後も続く。

(佐藤 愛/海外電力調査会・調査第一部)

ルラ大統領が返り咲き ブラジル油田開発は停滞か


【ワールドワイド/資源】

2023年1月、ルラ氏がブラジル大統領に返り咲いた。

ルラ氏、ルセフ氏が率いた03年から16年の労働者党政権は、石油産業の発展とともに、経済を発展させ、国内産業の振興を図ることを目指した。国営石油会社ペトロブラスは政府の一機関として、石油・ガス関連の全分野で中心的役割を果たすことを求められた。

そして、輸入したガソリンなどをブラジル国内において割引価格で販売して、その逆ザヤを負担し、多額の負債を抱えた。大規模油田が発見されたプレソルト(リオデジャネイロやサンパウロ沖に延長約1000㎞、幅約100㎞にわたる下部白亜系岩塩層直下の炭酸塩岩を貯留岩とする地質構造)エリア内新規鉱区では、ペトロブラスがオペレーターを務めた上に、鉱区入札があまり実施されず、外資の参入機会が制限された。

その後のテメル政権、ボルソナロ政権は、ビジネス志向、市場志向の探鉱・開発政策をとった。ペトロブラスは、政府から独立した石油会社として活動するようになり、収益性の高いプレソルトの油田開発に注力し、製油所や陸上、浅海の成熟油田や小規模油田、ブラジル国外の資産を売却して、負債削減を図った。

ガソリンなどの価格は国際市場価格に連動させることになり、この件でペトロブラスが新たに負債を抱えることはなくなった。ペトロブラス以外の企業もプレソルトエリア内新規鉱区でオペレーターを務めることが可能になり、鉱区入札も頻繁に実施されたことで、メジャーなど外資の参入が進んだ。一方、ペトロブラスが売却した陸上や浅海の油田をブラジルの地場企業が買収し、長年ペトロブラスが放置していたこれらの油田の開発を進めた。

その結果、プレソルトを中心にブラジルの石油生産量は日量300万バレルを超える水準まで増加した。政府系研究機関によると、同国の石油生産量は29年には日量540万バレルまで増加する見通しだという。

しかし、ルラ政権再起により、以前の労働者党政権と同様、政府がペトロブラスへの関与を強めたり、外資参入を制限したりする政策がとられ、同国の探鉱・開発が停滞するのではないかと懸念する声が浮上している。ルラ新政権は早速、ペトロブラスに対し3月1日から90日間、資産売却を停止するように要請した。また、同日より4カ月間、原油輸出税を課すこととした。今後、どのような政策がとられることになるのか、状況を注視していく必要があろう。

(舩木 弥和子/独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

JAXA会見でネットが炎上 電気新聞が共同記者を「退治」


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

失敗から学んだのか。そう嘆息する。毎日2月26日「西山太吉さん死去、元本紙記者、沖縄返還密約追求、91歳」である。

まずは比較的公正な産経同日「西山太吉さん死去」から。「昭和47年(1972年)の沖縄返還を巡る密約を報道し、国家公務員法違反で有罪となった元毎日新聞記者、西山太吉氏が24日、北九州市内で死去」とある。取材で有罪とは穏やかではない。「政治部記者だった46年、外務省の女性事務官から沖縄返還での日米密約に関する機密公電のコピーを入手、報道」し、罪に問われた。

問題の「密約」は、返還に伴う日本の費用負担を取り決めた内容とされる。オモテの返還協定にないウラの費用負担が疑われたが、政府は密約の存在を否定した。

政府のウソに肉薄した点は評価する。が、その後は解せない。

西山氏は「(公電の)コピーを当時の社会党国会議員、横路孝弘氏に提供し、横路氏が47年3月の衆院予算委員会で、佐藤栄作内閣を追及したことで、公電の出所が判明。同年4月に事務官とともに国家公務員法違反容疑で警視庁に逮捕、起訴された」という。

取材源の秘匿は記者の鉄則だ。脇が甘い。当局は、女性事務官と西山氏の不倫関係に焦点を当て、事件をスキャンダルに仕立てた。毎日には非難の電話が殺到し購読者数が急減、経営が傾いた。

その毎日の記事は、西山氏について「密約文書を入手、報道し国家公務員法に問われながらも、情報公開請求訴訟などを通じて密約問題の追及を続けた」とヒーロー扱いする。「さらに横路議員(故人)に懇願され、電信文を提供」と、取材源を守れなかった責任を先方の「懇願」に帰す。メディア不信の現状が見えていない。

東京2月18日「H3ロケット発射できず、異常検知」は「衛星打ち上げは失敗」と書く。前日のH3ロケット打ち上げ試行時のトラブルを報じた記事だが、衛星やロケットが壊れた訳ではない。他紙は「打ち上げ中止」だった。

前日の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の記者会見で、東京に記事を配信する共同通信の記者が「失敗ではないか」と問い詰めた。その挙げ句に「それは一般に失敗と言います。ありがとうございま〜す」と捨て台詞。ネットでは「無教養のバカ」と炎上した。

2月28日電気新聞「『誘導』報道、見抜かれている」はこの記者を扱う。ネット炎上により「懐かしい顔を拝見した」からで「10年ほど前に原子力規制委員会の会見でご一緒した」という。

当時、「規制委が行った(原子力発電所の)敷地内断層の活動性に関する審査でも、当該記者は似た対応」「規制委側が『現状のデータでは活動性がないと言い切れない』との判断を示しても、『それはつまり活断層ですよね』などと会見で誘導」「引きずられる形で地方メディアなども『活断層』と報じていた」と振り返る。

その上で「現在は誰でもネットで記者会見を見られる。記者の知識不足が露呈したり誘導質問をしたりすると、SNS上で厳しい指摘を受ける。結果的にマスメディアの信用が失われる」「脚色した記事を流し続けていると、自らの首を絞めるようなものだ」。

全面的に同意する。

H3は3月7日、再び打ち上げに挑んだ。読売8日「『H3』1号機失敗、2段エンジン着火せず」は「大打撃」と伝える。記者と違い技術者は失敗に学ぶ。成功の母なのだから。次回に期待する。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

【コラム/4月14日】コンプライアンス違反と送配電の一層の分離


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

大手電力会社の送配電子会社が管理する新電力の顧客情報を、同じグループの小売会社に漏洩させていたことが発覚した。送配電子会社には、「行為規制」が導入され、情報交換のみならず、役員人事などの交流も制限されていた。しかし、送配電と小売りの情報遮断ができていなかったことから、法的分離と「行為規制」の限界を指摘し、送配電の中立性を高めるために、送配電の所有権の分離を含むさらなる構造分離を求める声が上がっている。そこで、本コラムでは送配電のさらなる構造分離について考えてみたい。

まず、欧米における送配電の構造分離について見てみたい。指摘しておかなくてならないことは、わが国では、ネットワークは送配電が一括で分離されているが、欧米では、送電と配電それぞれが分離されていることである。配電の分離については、別の機会に論じることとして、ここでは送電の構造分離に焦点を当てることにする。欧州では、送電については、大部分の国が、法的分離か所有権の分離を採用しているが、所有権の分離が主流である。2009年のEU指令で、これらに加え、米国にみられる独立系統運用者も採用可能だが、その例は2か国にとどまる。法的分離については、親会社との人材の異動の制限に加えて、独立の意思決定機関の設置と独立の資金調達・送電計画などが義務づけられており、厳しい規制が課せられている。所有権の分離が多いのは、欧州では電気事業は国営・公営である(であった)国が多いため、送電の分離は、議会の決定のみで可能であったことが大きい。これに対して、民営の電気事業の場合は、所有権の分離の強制は財産権に抵触することになる。

米国では、送電を所有する電気事業の大部分は民営であるため、所有権の分離は憲法上難しいとの判断から、送電資産は電気事業のもとに残し、系統運用のみを独立の機関に委ねる例がほとんどである。同国では、系統運用のみに従事する独立の送電組織は、ISO(independent system operator )またはRTO(regional transmission operator)と呼ばれる。RTOはISOの機能に付加して、複数州での活動、送電拡張の計画策定の責任を要件として加えた形式である。

つぎに、所有権の分離や、独立の系統運用者の設立など一層の構造分離のメリット・デメリットを考えてみたい。法的分離も構造分離の一形態であるが、以下に述べるメリット・デメリットは送電の構造分離が一層進むほど顕著に現れる。メリットは、系統へのアクセス条件を整備することによる競争の活性化である。デメリットには技術的な問題と経済的な問題とがありうる。技術的な問題は、通常は生じないが、事故の復旧の際に情報交流などで生ずる可能性がある。例えば、2003年の北米大停電では、復旧に時間がかかった理由の一つは、送電分離により、発電側と送電側の情報交流がスムーズにいかなかったことが指摘された。経済的な問題としては、まず、範囲の経済性の喪失がある。多くの実証分析が垂直統合の経済性を明らかにしているものの、電力自由化はこのような研究成果を十分考慮していなかったとの指摘がある。

経済的な問題としては、さらに、発電と送電が分離されることによる取引コストの増大が挙げられる。米国の自由化優等生と言われる独立系統運用者pjmの例では、RTOの設立で、発電事業者は、RTOに対して発電電力を入札するが、戦略的な行動を防ぐための膨大なルールが存在し、その監視のためのコストが増えている。従来の電気事業体制では、発電はメリットオーダーに基づき、送電部門によりコマンド・アンド・コントロールでディスパッチされていた。コマンド・アンド・コントロールでは、このような取引コストは発生しない。

一層の構造分離の是非は、このようなメリット・デメリットの比較に基づかなくてはならない。今回の出来事は顧客情報に関するコンプライアスに起因する問題であるが、電気事業は、この機会に、コンプライアンスの総点検をしてみる必要はないか。電気事業としては、これ以上の信用失墜は絶対に避けなくてはならいだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

社会経済が崩壊しては意味なし エネルギー確保を最優先に


【オピニオン】古野 志健男/SOKENエグゼクティブフェロー

ロシアによるウクライナ侵攻から1年。欧州を中心とした世界のエネルギー事情が大きく様変わりした。過去に類を見ないエネルギー危機に直面している。

2022年2月24日の侵攻から約2週間後には欧州委員会(EC)がREPowerEUというアクションプランを発表。30年までの早い段階でロシアの化石燃料依存から自立するというものだ。欧州連合(EU)は、20年時点でロシアから天然ガスと石油はそれぞれ約4割、石炭でさえ約2割を輸入している。

同プランの基本方針は、ロシア以外からの多方面(北海やアフリカ)からパイプラインによる天然ガスの輸入拡大、再生可能エネルギー由来の水素やバイオメタンの拡大であるが、一朝一夕にはいかない。22年度の冬期は、備蓄している天然ガスなどで賄えたようだが、来シーズンにはめどがないという。既にドイツなどでは石炭火力発電が増加している。

22年、ECは課題山積みだった。REPowerEUの推進、21年に提案したCO2を30年には1990年比で55%削減するというFit for 55の欧州議会や理事会などでの決議、延び延びになっていた車の次期排出ガス規制Euro7の提案など。

結果論かもしれないが、結局上記の優先順位で進められ、Euro7提案が約1年も遅れたのだ。もちろん、どれも重要な案件だが、まずエネルギー確保が最優先というのは言うまでもない。大気環境の保全やカーボンニュートラル(CN)だけが先に進んでも、社会経済や国が崩壊しては意味がない。

皮肉にも、プーチンは世界がCNの傘の中に隠していたエネルギー問題をあぶり出したのだ。CNは世界共通言語で、国々のGDPなどに合わせて平等に議論できたのに、エネルギー問題が表に出ると利害関係が平等ではなく、国や地域間の調整がより難しくなる。

今、再エネの豊富さで一番注目されているのがアフリカだ。国際エネルギー機関(IEA)は22年のアフリカエネルギーアウトルックで、現在世界のエネルギー供給量に匹敵するグリーン水素をkg当たり2ドルで生産できるポテンシャルがあると報告する。サハラ砂漠を中心に全土で太陽光・風力・地熱発電、中南部ではバイオマスや水力発電が豊富と、再エネ電力の宝庫である。しかも発電コストが安く、すなわち水電解でのグリーン水素もお手ごろということになる。

ただ現状、再エネ事業は増えているが、アフリカ諸国は足元の電力不足により化石燃料由来の電力政策で手一杯。加えて化石燃料による火力発電への投資が足かせとなっている。ドイツ、中国を中心に世界各国がアフリカの再エネ電力に我先にと投資・参入しているが、さらにアフリカ諸国へ大型投資と強力なプロジェクト体制で支援していくべきだろう。

社会経済がまず安定してこそ、普段の生活ができる、そのためにエネルギーは人類平等に必須である。その基盤の上にCNや大気環境の保全を達成しなければならない。どうする世界?

ふるの・しげお 1982年豊橋技術科学大学電気電子工学専攻修了、現トヨタ自動車入社。2005年エンジン先行開発部長。12年現SOKENに転籍し20年専務。18年から日本自動車部品工業会技術顧問を兼務。

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2023年4月号)


 【中部電力ほか/境港市で木質専焼バイオマス発電所を開発】

中部電力とNew Circle Energy社、稲畑産業、中部プラントサービス、NX境港海陸、三光の6社が出資する境港昭和町バイオマス発電合同会社はこのほど、プロジェクトファイナンスによる融資契約を結んだ。この合同会社は、木質専焼の「鳥取県境港市バイオマス発電所」の発電設備の開発、建設、運転、保守管理業務などを行う。発電出力は2万8110kW。想定する年間発電電力量は、一般家庭の約6万4000世帯分に相当する約2億kW時。燃料は、鳥取県や島根県など中国地方で調達する未利用間伐材や一般木材、建設廃材などからの木質チップと木質ペレットを活用する。今年11月に工事を開始し、2026年5月の運転開始を目指している。

【大阪ガス/カーボンニュートラル目指しガスビルをリノベーション】

大阪ガスは、大阪市中央区にあるガスビルのリノベーションとガスビル西館(複合ビル)の都市開発に着手する。都市再生特別地区制度により、ガスビル敷地と西側の社有地との間にある市道の上空を活用し、両敷地の一体的利用を図る。また、歴史的建築物であるガスビルの保存を中心とした都市再生への寄与による容積率の緩和を受け、敷地全体の高度利用を図る。商業施設を誘致し、周辺地域ににぎわいをもたらすと共に、上層階にはオフィスを整備し、高度な業務機能の集積と調和するビジネスゾーンの形成を進める。また、カーボンニュートラルビルの実現とガスビル・ガスビル西館、周辺地域のレジリエンス向上に取り組み、御堂筋周辺地域の活性化に貢献していく。

【東京ガス/レノバから太陽光発電と非化石価値を買い取り】

東京ガスは、レノバとの再エネ需給調整サービスを活用した電力購入契約に基づき、太陽光発電の電力と非化石価値の買い取りを開始した。買い取るのは三重県の四日市市と名張市にレノバが新設した、4カ所の太陽光発電所の電力約375kW。RE100に加入するなど環境意識の高い需要家に、この電力と環境価値を届ける。2023年度末までに最大1万3000kWの取引を計画しており、順次拡大する。東京ガスの再エネ需給調整サービスは、電力や非化石価値の買い取りのほか、再エネ発電予測・発電計画の作成・提出や、インバランスの費用負担を東京ガスが行う仕組み。再エネ発電所の開発と運営に強みを持つレノバと協業することで、FITに依存しない再エネの普及拡大を目指す。

【NTTスマイルエナジー/PPA導入でCO2削減を支援】

NTTスマイルエナジー(大阪市)はこのほど、浜松白洋舎(浜松市)の浜松白洋舎浜北工場に、法人向け太陽光発電設備PPAサービス「スマイルそらえるでんき」導入の契約を結んだと発表した。導入工事は、東海エリアで電気工事網の実績を持つスマートブルー社が担当する。発電した電力は工場内で自家消費する。年間発電量は約9万8000kW時を想定。これにより、同工場の使用電力のうち48%が太陽光発電由来となり、年間約40tのCO2削減を見込む。

【コスモエネルギーHD/トラックターミナル初 水素ステーション建設】

コスモエネルギーホールディングスのグループ会社、コスモ石油マーケティングは岩谷産業と共同で、水素ステーション事業を担う岩谷コスモ水素ステーション合同会社を設立した。同社が手掛ける最初のステーションは、京浜トラックターミナル内にある「京浜トラックターミナル平和島SS」に、2024年中の併設を予定している。今後の燃料電池(FC)商用車の増加を見据えて、短時間で充填可能な水素ステーションを計画している。脱炭素社会の実現に向けて、水素燃料の社会実装と水素の需要拡大を進めていく。

【スマートエネルギーWeek/新エネルギーの最前線 世界最大級の総合展】

国内外のエネルギー関連団体や企業が集まる世界最大級の総合展示会「スマートエネルギーWeek春2023」が、3月15日から3日間にわたり開かれた。水素・燃料電池、太陽光発電、二次電池、スマートグリッド、風力発電、バイオマス発電、ゼロエミッション火力の七つの展示会で構成し、多くの最新技術が並ぶ。世界各国から専門家も来場し、経済産業省や環境省、大手電力会社役員などによる講演会も開催。2050年カーボンニュートラル実現に向けて、エネルギービジネスを加速する商談の場にもなっている。

【東電設計/送電鉄塔の基礎工事を大幅簡略化】

東電設計は送電線の鉄塔の基礎をつくる際に使われる床板部分のプレキャスト(成形済み)化を実現し、製品の販売を始めた。送電鉄塔の基礎の施工は、鉄塔の組立に支障がないようにするため難易度が高く、専門の作業員が経験と技術を頼りに作業している。現場の条件に合わせたプレキャスト部材を工場で生産、現地では組み立てるだけにし、経験・技術不足の作業員でも基礎を構築できるようにした。既に東京電力が横浜市の現場で採用。他社も採用を検討している。

【三菱電機/系統安定化を支援 大規模停電の防止へ】

三菱電機は、北海道電力ネットワークから統合型系統安定化システム(IRAS)を受注した。IRASは電力系統の事故を瞬時に検知し、必要に応じ高速で制御を実施。大規模停電(ブラックアウト)を防止する。運用開始は2024年3月を予定している。同社は再エネの導入拡大のため、電力系統の安定化を支援し、安心して電気を利用できる社会の実現に貢献していく。

【損保ジャパンほか/財務影響分析サービス 洋上風力向けに開始】

損害保険ジャパンとSOMPOリスクマネジメントは、洋上風力発電事業者向けに、事業運営上の確率的なリスク評価に基づいたプロジェクトサイクルで保険料のシミュレーションを行い、財務への影響を分析するサービスを販売する。自然災害や故障などの発生や保険マーケットのトレンド、物価動向などを加味して保険料を算出できる。

【双日・日本製紙/バイオマス発電が稼働 燃料に未利用材を活用】

双日は日本製紙と共同でバイオマス発電事業会社「勇払ゆうふつエネルギーセンター合同会社」(北海道苫小牧市)を設立し、2020年5月から建設を進めてきた国内最大級のバイオマス専焼設備の営業運転を2月から開始した。発電出力は約7万5千kW。燃料は主に海外から調達する発電用木質チップとPKS(パームヤシ殻)のほか、北海道の未利用材(間伐材や林地残材の未利用資源)を積極的に使用する。未利用材の活用により、地域の森林環境の整備を促し、北海道の林業振興や雇用創出による地域活性化に貢献する。

【ENEOS/豪州でグリーンMCHの大量製造に向けた実証】

ENEOSはこのほど、水素キャリアの一種であるメチルシクロヘキサン(MCH)を製造する実証プラントを豪州に建設した。同社は、独自に開発した低コスト型有機ハイドライド電界合成法(Direct MCH)を活用。再エネ由来のMCH(グリーンMCH)の大量製造に向けて、電解槽の大型化に取り組んでいる。この実証プラントでは、中型電解槽と250kWの太陽光発電設備を組み合わせた製造を行う。今年2月から9月までの実証期間中に、製造効率最大化のため、亜熱帯環境下での電解槽の耐久性の確認や、太陽光の発電量に合わせた運転・制御技術を開発する。こうした知見を生かし、25年度をめどに商用化に使用する5000kW級の大型電解槽の開発を目指す方針だ。

企業が得られる「ごほうび」 削減貢献量のコンセプト


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.13】関口博之 /経済ジャーナリスト

CO2の排出に関する「削減貢献量」という考え方に関心が高まってきている。国内企業からも要望の声が広く上がっている。削減貢献量は、企業の脱炭素技術が社会に与える効果を評価する指標。「環境性能の良いこの製品・サービスがなかったらこうなるが(ベースライン)、この製品・サービスのおかげでこれだけ排出量を減らせる」ことを表すものだ。省エネ技術もこの算定の中に入る。

概念は以前からあり、経済産業省も2018年にこれを定量化するためのガイドラインをつくったが、国際的には広がらなかった。ところが、今度は世界のGX(グリーントランスフォーメーション)をけん引する企業などでつくるWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が、削減貢献量を信頼性の高い指標にすべくガイダンスの策定を進めていて、3月中にも公表するという。さらにWBCSDはこれをたたき台に経産省とも連携し、日本が議長を務める今年のG7(主要7カ国)広島サミットでも削減貢献量の枠組みを提言したいとしている。一気に注目度が高まっているのもこのためだ。

GXリーグシンポジウムでも削減貢献量が議論された

そもそも削減貢献量は、スコープ3に表れる排出量の削減分と違うのか? という疑問もあるかもしれないが、こう考えると分かりやすい。メーカーがCO2排出量を従来品より2割減らした新製品を開発しても、この新製品が人気で、これまで100の売り上げだったものが倍の200売れたとすると、スコープ3での総排出量は増えてしまう。環境性能を高めた企業の努力を正当に評価し、市場にもアピールできるようにする狙いが、削減貢献量の考え方にはある。ただし、従来品や他社競合品の捉え方(ベースラインの置き方)次第では、貢献を大きく見せる水増しも起きかねない。

また“この商品がなかりせば”といった推定の要素も入り込む。環境性能を過大に語る「グリーンウォッシュ」にならないよう注意深い制度設計が必要だ。金融市場での評価にも耐え得るようにするためには、信頼性と一貫性のある基準づくりが欠かせない。WBCSDでは、実際に脱炭素化につながっているという適格性、算定方法、開示の仕方など明確な基準を設けたいとしている。

23年度から始まる「GXリーグ」に向け、2月に開かれたシンポジウムにはWBCSDのドミニク・ウォーレイ副代表がメッセージを寄せた。この中では「削減貢献量が制度化され、高い信頼性が得られるようになれば、企業はより多くのイノベーションを生み出すようになる。削減貢献量という指標は、リスクやコンプライアンスの対象ではなく、企業が得られる“プライズ”=ごほうびなのだから」とウォーレイ氏は述べていた。

確かに多くの企業にとって排出削減目標の達成、とりわけスコープ1の削減は、それが自主目標であれ、守れないと大変なことになるリスクと身構えてしまうものだ。対照的に削減貢献量という概念はイノベーションを促し、市場拡大や成長をイメージさせ、企業をやる気にさせる。その意味でもGXには必要なツールといえそうだ。


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.1】ロシア軍のウクライナ侵攻 呼び覚まされた「エネルギー安保」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.2】首都圏・東北で電力ひっ迫 改めて注目される連系線増強

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.3】日本半導体の「復権」なるか 天野・名大教授の挑戦

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.4】海外からの大量調達に対応 海上輸送にも「水素の時代」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.5】物価高対策の「本筋」 賃上げで人に投資へ

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.6】なじみのない「節ガス」 欠かせない国民へのPR

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.7】外せない原発の選択肢 新増設の「事業主体」は

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.8】豪LNG輸出規制は見送り 「脱炭素」でも関係強化を

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.9】電気・ガス料金への補助 値下げの実感は? 出口戦略は?

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.10】“循環型経済先進国” オランダに教えられること

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.11】高まる賃上げの気運 中小企業はどうするか

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.12】エネルギー危機で再考 省エネの「深掘り」

せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

経産省が牛耳るGX推進法案 国会機能軽視の危険な落とし穴


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

衆議院の本会議で審議入りしたGX推進法。今後10年間で20兆円規模のGX先行投資を支援するため、財源としてGX経済移行債を発行し、炭素に対する賦課金や排出量取引制度における負担金を徴収してその償還に充てるというものだ。脱炭素を巡り世界中が大規模な投資競争を行っている中、総論で反対する声はあまりない。が、こうした時こそ、条文ベースで制度を読み解くことが重要である。

まずGX債だが、法案第7条で2023年度から32年度までの各年度に限って発行することが規定されている。そして第8条で50年度までに償還するとされている。ところが、第11条で化石燃料賦課金は28年度から、第16条で排出量取引制度負担金は32年度から徴収するとされているが、徴収期限に終わりはない。つまりGX債の償還が終わった後も賦課金や負担金の徴収は続き、その使い道もこの法案では何ら定められていないことになっているのだ。

さらに、本来こうした国債の償還は税で行われることが大原則なのに、GX債は賦課金や負担金で行うことがミソである。税であれば憲法第84条に基づく租税法律主義によって税率は法律で定めなければならず、当然国会審議に付されるが、化石燃料賦課金の額は税ではないため政令で国会審議を経ずに決められる。排出量取引制度での負担金については、特定事業者にCO2の排出枠を割り当てその額はオークションで決定される。問題なのは、排出枠の割り当てやオークションの方法が第19条で「別に法律で定める」とされており、この法案では何ら明記されていないことだ。

負担期間など未定だらけ 問われる立法府の役割

事業者の負担額を国会で審議できず、負担額の決定方法も何ら決まっておらず、事業者の負担がいつまで続くのか、GX債償還後にこれらの収入が何に使われるのかも決まっていない法案を堂々と提出した時点で、財政民主主義を無視し国会の機能をなめ切った、極めて危険な法案と言わざるを得ない。

同法案は内閣官房で作られ、GX実行推進担当相たる西村康稔氏の所管。西村大臣の本務は経済産業相であり、同法案で認可などの権限を行使する大臣は経産相だけである。本来、脱炭素は運輸や建設・住宅などさまざまな分野に関わり、総合調整が必要なため内閣官房で行っているはずだ。が、同法案は経産相の所管で完結しているため、例えば特定事業者は法律上電気事業者だけ。つまり、内閣官房の衣を着た経産省が所管行政を遂行するために作られたものになってしまっている。

経産省が今後どのような政策を展開していくか、国会だけでなく資金を負担する業界も厳しい目で見続けていくことが必要だ。そもそも、この法案自身のそうした問題点を国会がどれだけあぶり出し修正できるか、立法府の役割が問われている。

ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。

IPCC最新報告書の波紋 次の目標策定へ影響必至


IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が3月20日、9年ぶりとなる第6次統合報告書を公表した。注目点は、産業革命前からの温度上昇を1.5℃に抑えるための中間地点となる2035年の目標水準を示すかどうか。報告書では初めて「温暖化ガスを35年に19年比で60%減」と明示した。今後のG7(主要7カ国)サミットや、温暖化防止国際会議・COP28への影響は必至だ。

今年のCOP28では、各国の温暖化対策の進捗を点検する「グローバルストックテイク」を初めて実施する。報告書の内容は、参考資料の一つとして活用される見通し。この結果を踏まえ、24~25年に各国に新たなNDC(国別削減目標)の提示を求める。

日本が現在掲げるNDCは30年度に13年比46%減。この過程では米国などからの厳しい突き上げがあり、日本は実効性に乏しいエネルギーミックス策定を余儀なくされた。ただ、重要なのは実現不可能な目標提示よりも、着実な対策の積み上げで世界全体のCO2削減に寄与することだ。ロシア有事が突き付けた現実を、温暖化議論で直視することはできるのか。

【マーケット情報/4月6日】原油続伸、供給のタイト化見通し強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

3月31日から4月6日までの原油価格は、OPECプラスの8カ国による自主的な追加減産の発表を受けて、主要指標が軒並み急伸した。特に米国原油を代表するWTI先物と北海原油の指標となるブレント先物は、それぞれ前週比5.03ドルと5.35ドルの上昇となった。

OPECプラスの8カ国が、5月から年末にかけて合計で日量116万バレルの自主的な追加減産を発表。ロシアも日量50万バレルの減産を年末まで維持すると公表したことを受けて、供給のタイト化が続くとの見通しから、積極的な買いが膨らんだ。

イラクとクルド人自治区の間で原油の出荷再開の合意が結ばれたが、実際の輸出には至っていない。

米国では、OPECプラスの減産計画と経済の先行き見通しに対する懸念の間で揉み合う局面もあった。米エネルギー情報局が発表した最新の統計では、原油在庫およびWTI原油の受け渡し地点となるクッシングの在庫はともに減少に転じたものの、景気の先行き不透明感から需要が抑制された。ただ、全体としては油価の下方圧力に至らなかった。

【4月6日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=80.70ドル(前週比5.03ドル高)、ブレント先物(ICE)=85.12ドル(前週比5.35ドル高)、オマーン先物(DME)=83.90ドル(前週6.11ドル高)、ドバイ現物(Argus)=84.64ドル(前週比6.77ドル高)