4月から順次、実施されるはずだった大手電力会社の規制料金値上げが先送りされた。
足下の燃料費や為替水準を反映するとの名目だが、政権の都合と見る向きは多い。
世界的な物価高騰に伴い、食品やサービスなどあらゆる分野で値上げが相次いでいる。生活への痛手は大きいが、多くの消費者は「仕方がない」と受け入れざるを得ないのが実情だ。ところが、電気料金に限ってはすんなりと通りそうにない。
昨年末、大手電力7社(北海道、東北、東京、北陸、中国、四国、沖縄)が、4~6月の低圧・規制料金の値上げ改定を目指し経済産業省に申請。査定を経て、先行5社が4月1日にも値上げを実施する予定だった。ところが、2月24日の第7回物価・賃金・生活総合対策本部の会合において、岸田文雄首相が西村康稔経産相に対し、日程ありきではなく、直近の為替や燃料価格の水準も勘案するなど、厳格かつ丁寧な申請を行うよう指示したことを受け、先送りを余儀なくされたのだ。
裏側に政治の思惑? 統一地方選と関連か
「カルテルや情報漏洩など大手電力の不祥事に対する後始末をしないまま値上げだけを認めるわけにはいかない」
値上げ先送りの要因について、日ごろから大手電力会社に厳しい対応を取る大物政治家の周辺からは、〝大手電力の自業自得〟とも取れる声が漏れ聞こえてくる。確かに、カルテルやライバルである新電力の顧客情報を不正に閲覧した問題など、電力事業の公平性・中立性が問われるような不祥事が立て続きに発覚したことについては、大いに責められるべきだろう。
とはいえ、3月14日の記者会見で西村経産相が「電気事業法では、能率的な経営のもとにおける適正な原価に適正な利潤を加えたものであることなどの条件を満たした場合、経産大臣は認可しなければならないとされている」と言及した通り、一連の不適切事案と料金値上げは切り離して考えなければならない。
それにもかかわらず、岸田首相が値上げ実施に待ったをかけたのはなぜか―。その裏は、「値上げを統一地方選がある4月で申請してくるなど、大手電力は本当にセンスがない」という政権関係者の言葉から透けて見えてくる。内閣支持率が低迷する中、電気料金が大幅に値上げされることになれば、国民の不満が募り、自陣営の議席を大きく減らすことにつながりかねない。値上げ先送りは、むしろ政治マターなのだ。
では、現行の為替や燃料費を反映した場合、どれほどの原価圧縮効果を見込めるのだろうか。LNG価格のピークは昨年9月ごろ、為替も10月20日前後に150円台と歴史的な円安水準となっていた。申請時、東北、北陸、中国、四国、沖縄は22年7~9月、東京電力エナジーパートナーは8~10月、北海道は9~11月の貿易統計価格などの価格指標を参照して燃料費を算定し足下は申請時点よりも低い水準にある。
3月15日の電力・ガス取引監視等委員会料金制度専門会合において、全社で直近(22年11月~23年1月)の価格指標を反映する方針が示され、これにより、北海道で225億円、東北で139億円、東京(購入電力料)で2536億円、中国で25億円、四国で32億円、沖縄で27億円と、北陸を除く6社で申請時よりも原価を圧縮される。

だが、電取委も指摘する通り、燃料価格が高騰している時期の価格を基準として原価に織り込んだ場合にも、その後下落すればマイナスの燃料費調整が自動的に行われるため、燃料価格の採録期間をどのように設定するかは基本的には料金に影響を与えることはない。
半面、値上げ延期が大手電力の経営に与える影響は大きい。自由料金部門の値上げや燃調上限の廃止などで収支改善に努めてきたとはいえ、燃調上限が維持されている規制料金部門の赤字供給状態が経営を圧迫し続けていることに変わりはなく、仮に値上げが1カ月先送りされるだけでも、「収支へのマイナスの影響は相当なものになる」(大手電力関係者)。
さらには、基準燃料価格が下がることで、自ずとその上限価格(基準価格の1・5倍)も引き下がる。今は、世界的な暖冬や不景気などの影響で燃料価格が低水準で推移しているものの、次の冬に向けて再上昇する可能性は十分にあり、新たな上限に到達すれば再び赤字供給に迫られる可能性がないとも言い切れない。
「不当廉売」の懸念も 適正なコスト反映を
値上げ先送りに落胆を隠せないのは、大手電力のみならず、卸市場価格の高騰で苦しい経営環境に置かれてきた新電力も同様だ。「政府は一体、電力事業をどうしたいのか。よもやの値上げ先送りにはうんざりしている」と憤るのは、ある新電力関係者。
そもそも、新電力からしてみれば、大手電力が申請した値上げ幅でさえ十分と言えるものではなかった。市場連動に完全移行したり、申請に近い料金水準になることを見越し見切り発車で営業を再開したりといった一部の事業者を除き、「多くが新規顧客獲得に向け着々と準備を進めているところだったが、今回の先送りで一斉にその動きにストップがかかった」(別の新電力関係者)という。
値上げにより、現状のコストを適正に反映した規制料金が設定されることで、新電力も赤字供給を解消しつつ大手電力に対して競争力のある新たな料金メニューを設定し営業を再開させることができるはずだったが、その出鼻がくじかれてしまった形だ。
自由競争の足かせとなっている上に、燃料費を料金に反映できなければ、公正取引委員会が厳しく見ると明言している「不当廉売」状態にもつながる。これにより安定供給体制の維持が困難化するのであれば、供給危機をもたらしかねない。それでも、値上げ認可を渋ることは、需要家のためと言えるのだろうか。
来年7月に容量拠出金の支払いが始まれば、新電力はますます難しい経営のかじ取りを迫られ、より一層選別が進む可能性がある。自由化を維持するのであれば、不適切な行為のみを監視しつつ過度な干渉は慎むべきだ。