国際石油貿易ルートに歪み 西側は合理的な石油政策欠く
第3に、国際石油貿易ルートに歪みが生じ、それがアジア新興圏で集中的に現れている。
ロシアのウクライナ侵略が国際エネルギー供給上にもたらした最大の変化は、それまで一体的な地域市場を形成していたロシアと欧州の分離である。21年にはロシア石油輸出の45%がEUに向かっていたのが、今年第2四半期はわずか6%に止まる。日量300万バレル弱の激減だが、その代替として、インドおよび中国向け輸出量がほぼ同量増加し、特にインド向けの伸びが際立つ。インドのロシア原油輸入は2021年に日量10万バレル弱であったのが、今年第2四半期には日量約200万バレルと激増している。
確かに、ロシアから欧州への石油供給が双方から遮断されるのは、両者の深刻な敵対関係からして不可避。その結果として欧州・西側が非ロシア世界からの石油輸入を増し、これによって押し出されたインド、中国他の需要が、供給側で同様に押し出されたロシア石油に向かうことも、当然の帰結。またロシア石油供給には、ウクライナ侵略戦争に伴う広範な不確実性が伴うから、インド、中国ほかの買手が、そのリスクに見合う割引価格を求めるのも、理に叶う。
むしろ問題は、西側が一方的に課す上限価格(原油はバレル当たり60ドル)によって、その割引幅が極端に大きくなり、ロシア産石油を他の追随を許さぬ安値とし得ることだ。ロシア産ウラル原油は、21年には北海ブレント原油価格に対してバレル当たり約2ドルの割引で販売されていた。しかし上限が課せられた後は、ブレント原油が80ドルになれば、この割引幅はその10倍の20ドルに広がる。
実際、今年第2四半期にロシア産はインド原油輸入総量の4割を占め、その単価はサウジ産に比してバレル当たり20ドル弱も安かった。一方、サウジ産の数量は前年並みにとどまり、占有率が昨年4月の19%から今年6月には13%へと低落した。
以上、要約すれば、サウジは自国が国際石油市場に与える影響力に関し、自信を強めている。一方で、西側が合理的な石油政策を欠き、国際石油秩序維持の責任を負うとしない身勝手さに、おそらくは不満を募らせている。さらには、アラビア海を隔てた隣国であり、最重要市場の一つであるインドにロシア産原油が異常な廉価で流入し、サウジ産を締め出す現状は長く座視できない。インド市場ではイラク、アラブ首長国連邦等、他の中東湾岸産油国とも競合関係にある。
サウジが単独追加減産を行いつつ、ロシアに石油輸出抑制を求めるのは、この自信と苛立ちの表明と捉えてよかろう。ロシアとは「連携」しているのでなく、むしろロシアを牽制して、中東産油国の「縄張り」であるインド、中国等アジア成長市場へのこれ以上の浸透を許さぬ構え、と見るべきだろう。そして次回11月のOPECプラス閣僚級会議に向けて、実効的な生産抑制の負担が自国のみに掛からず、特に「グループA」内で均等化するよう、サウジは強い姿勢で臨んでくるだろう。
サウジ「単独主義」の陥穽 供給途絶の危険性高まる
国際原油価格は、サウジアラビアの単独追加原産と期を一にして今年7月以降上昇局面に転じ、9月にはブレント原油もバレル当たり90ドル台に乗った。また、同国の追加減産の年内継続はそれ自体で世界的な石油供給逼迫を招くほどの規模ではない。サウジの単独行動は功を奏したかに見える。
しかしサウジが単独主義への傾斜を強めるほどに、産油国集団としてのOPECプラスは凝集力を弱めるだろう。既に「グループB」各国の生産枠は形骸化し、「グループA」内でもサウジに対する比率としての生産枠の割当基準が不明瞭となる。ロシアに至っては追加削減対象を生産量から輸出量へと変え、かつその基準も対象(原油のみか、石油製品も含むのか)も曖昧である。OPECプラスを忍耐強く束ねる指導力を、サウジは保ち続けるだろうか。
サウジは、通常は市場志向の現実的な姿勢を保つが、これが時に政府首脳部による衝動的・硬直的な方針に置き換わることがある。14年11月のOPEC総会を減産見送りに追い込み、これを引き金とした原油価格の暴落・低迷にかかわらず、以後2年にわたり自国原油生産量を日量1000万バレル超の記録的高水準に据え置いたのは、その一例である。また20年4月、移動制限の広がりで世界石油需要が激減する中で、減産に応じぬロシアを不満として、日量1200万バレルの原油生産能力を全稼働させてしまい、結果として米国WTI原油価格をマイナス38ドルという異常値にまで下落させたのも、類似の事例だ。
ウクライナ危機の続く現在、サウジが市場と対話する本来の姿勢を忘れることがあれば、国際石油秩序は大きな支柱を失う。事実、ロシアは9月21日以降、軽油・ガソリン輸出を一時停止しているが、数量の大きさから見て、これは既定の石油輸出削減の一環ではなく、長引く戦争の影響で、ロシア国内向け供給が制約されている兆候と解すべきだろう。またリビアは国家分裂状態の中で甚大な洪水被害に見舞われ、同国の石油生産・輸出能力に対する懸念も再燃している。
本格的な石油供給途絶の危険性は、高まっている。従って、西側とサウジが、国際石油秩序維持を共通目的として協働する必要性も高まっている。日本を含む西側が石油政策を現実的に立て直しつつ、サウジの生産行動が機動性を保つよう働きかけることが重要である。サウジが過度に単独減産に拘泥し、これがロシアと共謀して石油価格を吊り上げる行為と誤認され、西側諸国とサウジとの協働が困難になるような事態は、避けねばならない。
小山正篤 石油市場アナリスト