【記者通信/6月29日】函南メガソーラー計画で静岡県が行政手続き再検証へ


昨年7月3日に発生した静岡県熱海市伊豆山の盛り土崩落による土石流災害から間もなく1年。崩落現場から西に4㎞ほど離れた函南町軽井沢地区で、中部電力系設備工事会社のトーエネックと再生可能エネルギー事業者のブルーキャピタル・マネジメントが手掛ける函南メガソーラー建設計画(出力2万9800㎾)が、地元住民らによる反対運動をきっかけに見直しを余儀なくされようとしている。

静岡県議会は6月28日の産業委員会で、函南メガソーラー計画を巡る行政手続きについて再検証を求める請願を全会一致で可決した。7月1日の最終本会議で正式決定する。

函南メガソーラー計画の再検証に乗り出す静岡県

請願採択に賛成した県議によると、①行政不服申し立てなどの期間がすでに過ぎており、他に有効な救済手段が存在しないこと、②地元住民、地元自治体、地元議会が一貫して反対の意思を表明するとともに、許可手続き上の疑義を訴えており、県に対してあらゆる手段で許可の取り消しを求めてきた経緯があること、③熱海土石流災害を契機に林地開発などに伴う災害防止について、県民の関心が非常に高まっているうえ、函南町の河川の流域で災害が多発していること、④この計画にかかわる事業者が他県での林地開発行為において、所管自治体から防災工事の不備などについて指導を受けている事実があること――などが賛成の理由。「木内満委員長のもと、現地視察や公聴会などを行い、県の行政手続きについて再検証していく」としている。

一方、28日に行われた中部電力の株主総会では、一部株主から函南メガソーラー計画に関してグループ全体の法令順守姿勢を問う意見が出た。これに対し水谷仁副社長は、「事業を進めていく上で、法令の遵守を徹底し、行政や地元の皆さまに丁寧に説明を尽くしていくことが重要であると考えており、引き続きトーエネックの対応状況を確認するとともに、適切に指導していく」と述べた。

【記者通信/6月28日】卸電力価格が東京で200円に 需給ひっ迫時の上限へ到達


季節外れの猛暑が連日続く中、資源エネルギー庁は綱渡りの電力安定供給確保に迫られている東京エリアに対する「電力需給ひっ迫注意報」発令を28日も継続した。29日は首都圏と東北の一部でさらに厳しい暑さとなる見通し。北海道、東北、東京の3エリアで予備率が5%を下回る見込みであることから、一般送配電事業者3社は5月に設けられたばかりの「需給ひっ迫準備情報」を初めて発信し、家庭や企業に無理のない範囲での節電の準備を進めるよう協力を求めている。

こうした厳しい需給を反映し、日本卸電力取引所(JEPX)スポット市場価格の暴騰が止まらない。24時間平均のシステムプライスは週明けから上昇しはじめ、27日に1kW時当たり32.59円(1週間前の20日は19.49円)、28日に41.66円、29日には45.26円に。29日のシステムプライスの最高価格は、需給が最も厳しくなる午後5~7時半の5コマで付けた100円で、予想予備率3%が確保されている場合のインバランス料金の上限(=スポット価格の実質上限となる80円を超えた。エリアプライスの最高は、東京の4~6時の4コマで付けた200円で、需給ひっ迫時のインバランス料金の上限に到達したことになる。このほか、北海道や東北で111.11円、西日本の各エリアでも80~90円と軒並み高い水準だ。

興味深いのは九州エリア。早朝から昼頃までの多くの時間帯で0.01~2円と突出して低い水準だが、夕方には他エリア並みの80~85円に高騰。1日の間で8500倍もの価格変動が生じていることになる。

【記者通信/6月27日】電力予備率5%の攻防 恒例化する「端境期」のひっ迫


日本全国で6月としては異例の暑さが続いている。東京都心では27日、最高気温が35℃に達し3日連続の猛暑日となった。資源エネルギー庁は、東京電力パワーグリッド(PG)エリアの午後3~6時の予備率が5%を下回る見通しとなったことから、前日午後4時過ぎに「電力需給ひっ迫注意報」を発令し、冷房を適切に使用しながら不要な照明を消すなど可能な範囲での節電協力を呼び掛けた。ひっ迫注意法は、安定供給に必要な予備率3%を下回った際に発令する「電力需給ひっ迫警報」の前段階として新たに設けられたもので、発令されるのは今回が初めてだ。

3日連続で猛暑日となった東京都心(写真は中央区銀座)

27日の東電PGエリアの電力需要は朝から前日の想定を上回る水準で推移した。安定供給確保に向け、火力発電の増出力や、連系線を活用した電力の融通などの供給対策が取られたが、気温の上昇による需要増や突発的な電源トラブルなどが生じ予備率が3%を下回れば、「ひっ迫警報」発令されてもおかしくない危機的状況にあった。27日の警報発令は回避されたものの、28日も夕方の時間帯で予備率が5%を下回るなど厳しい状況が続く見通しで、エネ庁は注意報の継続を決め、関係者の間には緊張感が漂ったままだ。

冷たいミストが吹き下ろすベンチで一休み(東京・銀座)

もはや季節外れの暑さ寒さになると恒例イベントのように生じるようになった電力需給のひっ迫危機。東京・東北エリアに警報が発令された3月22日も、夏季や冬季の高需要期ではないいわゆる「端境期」だった。これは、厳気象対応の「電源Ⅰ‘」や供給力の追加公募などの供給力対策は、あくまでも7~9月、12~2月の高需要期向けであるため、そのほかの時期に高需要となると途端に対応しきれなくなるからだ。JERAは、今週いっぱい高需要が続く見通しであることから、長期計画停止中で夏季の追加kW公募で落札した姉崎火力5号機の運転再開を7月1日から6月29日に前倒しすることを決めた。

卸電力価格は軒並み上限80円に 新電力からは悲鳴も

厳しい需給状況を反映し卸市場価格も跳ね上がっている。日本卸電力取引所(JEPX)スポット市場の27日受け渡し分の24時間平均のシステムプライスは、1kW時当たり32.59円。東京、東北、北海道のエリアプライスは、夕方の複数の時間帯で予想予備率3%が確保されている場合のインバランス料金の上限であり、スポット価格の実質上限となる80円を付けた。

JEPXの28日受け渡し分のシステムプライス

28日分はさらに上昇。24時間平均のシステムプライスは41.66円。中でも厳しい需給が予想される午後4~7時に80円を付けている。東京、東北、北海道のエリアプライスは、複数の時間帯で80~80.03円を付け、西日本エリアでも一部の時間帯で80円を付けた。

日本全体で供給力が減少し、発電所を持たず、発電事業者との相対契約による調達もままならない新電力にとってはまさに死活問題。新電力関係者の一部からは「もはや経営の限界だ」と悲鳴も上がっている。非常に厳しい夏が早くも始まった。

【目安箱/6月27日】関電の原発再稼働前倒し 報われない努力に注目と感謝


関西電力の美浜原子力発電所3号機(福井県美浜町)の運転再開が、予定した今年10月から、需給逼迫が懸念される8月12日へと、2か月も前倒しされた。

どんなプロジェクトでも、達成の前倒しは大変だ。そして今の原子力規制の混乱と、規制当局の頑迷とも言える姿勢を知ると、関電の前倒しは大きな成果と評価できる。日本は電力不足が慢性化し、今年の夏は全国で電力需給が逼迫する見込みだ。その危機を回避するために、再稼働を前倒しした同社の現場の人々に、努力と活動に深い感謝の念を申し上げたい。

関電は10年以上前、原子力発電所の立地する福井県高浜町で幹部が金品授与や接待を地元有力者に受け、その状況を放置するという不祥事を起こした。そうした行為は批判されるべきだ。同時に、同社の原子力の事業者としてのプラント管理の優秀さは高く評価をしたい。「無能な幹部とダメなマネジメント。有能な職員と現場」は、日本企業の特徴と言われる。関西電力もダメな上層部がいても、現場は仕事をしっかりこなしているようだ。

◆規制当局の過剰規制を乗り越える

再稼働するのは美浜原発(福井県美浜町)3号機で、出力は82.6万k Wになる。規制で義務付けられた特別重要施設(特重施設)の建設が予定より早まったことから、前倒しが実現した。

この特重施設は、安全装置などを別系統で整備し、制御施設や原子炉から離れた場所に建設するもの。テロ対策のためとされる。工事認可から5年と規制委員会は設定したが、規制の審査の遅れ、工事の難航から各プラントで1度は延長が認められた。原子力規制委員会はこの施設を完成しなければ、原子炉の稼働を認めない。

こうした特重施設を作っても、原発の安全性の向上はわずかとされる。工事内容もテロ対策を名目に公開されていない。規制委員会が過剰に安全性を追求しているのかもしれないが、関電はその要求を達成した。

この関電の再稼働は、電力不足の今の状況で、重要な意味を持つ。かつて予備率(供給に対する需要)が5%を切ると、停電の危険からエネ庁、電力会社ともに警戒体制に入った。ところが、この夏、冬は各社の予備率が3%を切ることが常態化する可能性がある。電力の供給体制は停電が起こりかねない綱渡りの状況になっている。今年3月22日は予備率が東京電力管内では一時ゼロになるなど、日本の電力システムは脆弱になった。過剰規制による原発の長期停止が主な原因だ。

しかし政府・与党は7月の参議院選挙前に、原子力規制の改善に踏み出さない。反原発を唱えたかつての旧民主党やメディアは、自分のかつての主張と矛盾するためか、規制を批判しない。原子力規制委員会は独立行政委員会として独立性の高い行政活動を認められており、また法改正は大変であることも確かだが、あまりにも政治と行政の動きが鈍い。原子力をめぐる当事者が、電力逼迫の現実を直視せず、原子力活用に動かない無責任な態度を示している。頑迷な規制委員会は、安全第一を繰り返し柔軟な姿勢を示さない。そうした中で、関電は発電所の再稼働を前倒しした。

◆美浜原子力発電所3号機の再稼働の重み

関西電力管内で、この夏の予備率が美浜3号機の稼働で0.3%上乗せされるという。同社の今夏の予備率の平均予想は4.4%だ。この需給逼迫の状況では、「わずか0.3%」ではなく「0.3%も」上乗せされると認識すべきであろう。

今夏の電力需給は原発の稼働が近日中に行えそうにない、東京、東北電力管内で厳しい。かつて分断されていた各地域の電力会社の配電網は、接続されるようになっている。この稼働は、状況によっては東日本地域の電力逼迫状況を少し改善する可能性がある。

美浜原子力発電所は1970年の大阪万国博覧会に電力を供給し、日本における原子力の商業発電の先駆となった。同所のホームページには、「パイオニアとしての誇りを胸に、さらなる高みへの挑戦を続けていく」という発電所長高畑勇人氏の言葉が掲げられている。発電所員と関連会社のこの矜持が、この成果をもたらしたのだろう。それに感銘と感謝を述べたい。

2011年に福島の原子力事故が起きて、現在に至るまで原子力の実務でも政策でも迷走が続いている。事故の検証と反省、当事者の批判は当然だが、それが過剰になって、原子力をめぐる混乱が発生した。反原発を政治的に利用する政治家や政党、また路上で反原発デモをする政治活動家が原子力現場の実態を知らずに、無責任な言行で混乱を拡大させた面があると筆者は思う。

声の大きなそうした人たちがいる一方で、原子力の現場では、プラントを適切に管理し、安全性を高めた原子力の運用に努力をする電力会社、関連会社の人々がいる。原子力をめぐる過剰で不当なところもある批判の中で、こうした人々を誰も評価しない。感謝もない。その風潮はおかしいと思う。

何気なく使う電気やエネルギーの背景には、安定供給のために黙々と責任を果たす電力会社、関係会社、協力する発電立地地域の人々がいる。私たちは電力やエネルギーをただ使うだけに陥りがちだが、そうした人々の取り組みを評価し、感謝をするべきではないだろうか。こうした責任を果たす人たちが、日本の経済と社会を動かし、支えている。

そして、そうした努力があっても、脆弱な電力システムの姿を見て、「おかしい」と、批判の声を上げるべきであると思う。

【記者通信/6月27日】「節電ポイント」に批判の嵐 参院選の行方を左右か


節電をした人にポイントを付与する政府の構想が批判一色だ。6月21日に岸田文雄首相が自ら発表したが、その後に全国的に記録的な高温となり、さらに休み明けの27日に政府は新設した「電力需給逼迫注意報」を発令したことによって、その構想が無意味と批判され続けている。参議院選挙が7月10日の投開票で優勢が伝えられる与党自民党だが、エネルギー問題でつまずくことになりかねない。

◆あまりに付け焼き刃の奇妙な政策

政府は21日、物価高への対応策を話し合う「物価・賃金・生活総合対策本部」の初会合を開いた。そこで本部長の岸田文雄首相自ら、節電をした家庭にポイントを付与する制度の導入を発表した。22日の参院選の公示直前に物価高への取り組みを示し、また電力の逼迫が懸念されており、その緩和の意図もあるだろう。

しかし制度の詳細や財源など、26日に至るまであいまいだ。節電によるポイントは、各電力会社が行なっている携帯電話アプリでの節電ポイントに対し、政府が支援を行うというものだが、どのように参加するのか、いつから始まり期限はどうなのか、節電でいくらもらえるのかなどの具体策は打ち出されていない。

同対策本部のやり取りで一世帯あたりが節電で獲得できるポイントは、金額換算で月数十円程度とわずかであるとの見通しが発表された。「無意味だ」「安すぎる」「節電効果はこれでは数ワットだ」と批判がS N Sなどで湧き上がった。その批判を受けたためか、24日に政府は、節電ポイント対策の参加者に一律2000円を与えると発表した。ところが今度は「ばら撒き」「ただのりの懸念」などの批判がSNSで噴出した。批判はいずれも正しく、この制度は迷走している。

おそらく制度のアイデアを作ったのは経産省で、それを採用したのは岸田首相であろう。しかし首相も役人も、これだけ批判を集めることを予想していなかったのだろうか。経産省の政策立案能力の低下が、最近指摘されるが、それを証明してしまった格好だ。

SNSでの節電ポイント制度をめぐるナマの国民の声を拾ってみよう。評価の声は見つからず、批判一色だ。

「政府は節電より電力確保を考えろ!と言いたい。アホとしか評価できない。このままでは日本の産業が壊滅しかねないと思う」、「この政府、ポイントやクーポン好きやな。それでまた中抜きを業者にされるんだろうな」、「国の政策の『節電』は命の危険をもたらしますね。2000円で死んだら、お笑いでしょう。難しいところですが、危ない時は、冷房などをギリギリまで使うことをお勧めします。国の電力・エネルギー政策失敗のために、私たちが死ぬことはない。停電になったら。。。どうしましょう。そっから先は知らん」、「誰が節電するか。この暑さでは冷房で命を守る方が大切だ。政府の失敗を押し付けるな」――。

◆選挙に勝つために争点化避けるのは本末転倒

国民の節電ポイント政策への不満は、正当性のあるものだ。この電力のひっ迫は、これまでのエネルギー政策の失敗がもたらしたと、賢明な日本国民の大半は理解している。過剰な原子力規制による原子力発電所の長期停止。再エネの強制買い取り制度による電力市場の混乱。電力自由化と不採算の火力発電の閉鎖。こうした政策が複合して、電力需給が逼迫している。民主党政権で生まれたその問題を、10年間自民党政権は問題を先送りし、専門家である経産省・資源エネルギー庁も是正に動かなかった。そして今年の夏に電力需給が逼迫することは、昨年末から予想されていた。

参議院選挙前に争点になりかねない原子力問題、また電力問題を、岸田首相と与党首脳部は先送りしたのだろう。ところが、まさに選挙のタイミングで電力需給逼迫が問題になった。そして、この節電ポイント政策が、政治の不作為と無責任を強調する結果になってしまった。

「7月の参議院選挙に勝てば、大きな国政選挙のない『黄金の3年間』。その時に、原子力政策をはじめとしたエネルギーの問題を解決しなければならない」と、自民党衆議院議員が選挙前にある会合で話していた。そういう意見が政府・与党内で広がっていが、民主政治の原則を踏まえれば、選挙で争点にするべきだ。国民の信を問うのが選挙なのだから、当たり前のこと。選挙に勝つために争点化を避けようとしているとすれば、まさに本末転倒である。

節電ポイント政策への「嘲笑」で岸田首相が問題の所在に気づき、本筋である電力政策の立て直し、原子力再稼働に動いてくれれば良いのだが。もしかしたら、この節電ポイントが参議院選挙の争点になってしまうかもしれない。

【記者通信/6月22日】経産・環境省人事に見るエネルギー政策の注目点


政府は6月21日、経済産業省や環境省の幹部人事を発表した。国際的な化石燃料価格高騰や資源調達、今夏・冬に懸念される電力需給ひっ迫問題など、エネルギー問題の重要課題が山積みの中、経産省は多田明弘・事務次官(1986年入省)や保坂伸・資源エネルギー庁長官(87年)を留任させる。一方、環境省では中井徳太郎・事務次官(85年大蔵省入省)が退任し、後任には和田篤也・総合環境政策統括官(88年環境庁入庁)が就任する。7月1日付で発令する。

経産審議官に就任する平井氏(左)と、環境事務次官に就任する和田氏

環境省人事で注目される炭素税議論 財務省シフトの行方は

新たな布陣となる環境省で、今後の注目点の一つは炭素税導入に関する動きだ。

財務省出身の中井氏は、消費増税が一服した後の新税として、炭素税導入とその一般財源化に意欲的と見られてきた。昨年、鑓水洋氏(87年大蔵省入省)が大臣官房長に就任したことで、関係者の中には「環境省の財務省シフトが鮮明化した」(大手エネルギー会社幹部)と見る向きが多い。

ただ、小泉進次郎氏から山口壯氏への大臣交代後、昨年末からの化石燃料価格の急騰で「負のカーボンプライシング」的施策である石油元売り会社への補助金を措置したことで、炭素税議論はトーンダウン。他方、コロナ禍の対応で政府全体の財源不足が一層加速する中、再び炭素税導入を模索する動きも水面下で出始めた。参院選後に大臣交代の可能性もある中、環境省生え抜きの和田氏が炭素税導入にどのような姿勢で臨むのかが重要なポイントとなりそうだ。

同省ではこのほか、小野洋・地球環境局長(87年環境庁)が地球環境審議官、松澤裕・水・大気環境局長(89年厚生省)が地球環境局長、上田康治・内閣官房内閣審議官(89年環境庁)が総合環境政策統括官に就任、といった人事を決定。正田寛・地球環境審議官(86年建設省)は退任する。

保坂―飯田―小澤ラインが復活 CP政策はどう展開

一方、経産省では次官、エネ庁長官は留任となったが、ナンバー2の経産審議官の広瀬直氏(86年)が退任し、後任に平井裕秀・経産政策局長(87年)が就任した。次官待ちポストとされる経産政策局長には飯田祐二氏(88年)が就き、首席エネルギー・環境・イノベーション政策統括調整官を兼務する。大臣官房長には藤木俊光氏(88年)が就任。産業技術環境局長の奈須野太氏(90年)は内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官に転任し、後任には畠山陽二郎・商務・サービス審議官(92年)が就く。製造産業局長に山下隆一・エネ庁次長(89年)が就き、後任は首席エネルギー・地域政策統括調整官を務める小澤典明氏(89年)が兼務する。

エネルギー業界にとっての注目点は、経済産業政策の新機軸の検討を支えてきた飯田氏が再び首席エネルギー・環境・イノベーション政策統括調整官のポストを兼務することだ。2020~21年に第六次エネルギー基本計画の議論を主導した「保坂―飯田―小澤ライン」が立場を変えて復活することになる。「電力需給ひっ迫など、わが国が直面するエネルギー危機への対応を強化すると同時に、喫緊の課題となっている原発再稼働を着実に進めていく狙いが見て取れる」(大手エネルギー会社幹部)。また福島関係では、総括審議官の片岡宏一郎氏(92年)が福島復興推進グループ長に就任。福島原子力事故処理調整総括官の須藤治氏(89年)と共に、福島第一原発の廃炉や処理水の海洋放出などの政策対応にあたる。 もう一つの注目点は、環境省人事とつながるカーボンプライシング(CP)政策だ。奈須野氏が産技局長の在任中に、経産省はGX(グリーン・トランスフォーメーション)リーグを立ち上げ、将来的な義務的排出量取引の導入に向けて道筋を付けた。そのポストが畠山氏に交代する中、年末の税制調査会、さらには岸田文雄首相が先月発表した「GX経済移行債」の償還財源を巡る議論を背景に、炭素税を含めたCP政策がどう形作られるのか。環境省の和田新次官体制との綱引きも含めて、今後の展開から目が離せない。

【目安箱/6月21日】故・葛西J R東海会長が語った原子力再生へのヒント


JR東海の葛西名誉会長が5月に亡くなった。国鉄改革とJ Rの再生に活躍した。最近はリニア、高速鉄道、それに関連して日本のエネルギー問題に関心を寄せていた。ご冥福を祈りたい。

筆者は、電力・電機メーカーの技術者や研究機関、学者などのOBで構成する日本原子力シニアネットワーク連絡会が2014年におこなった会議に参加し、また仕事の関係で、葛西氏と懇談する機会があった。

ある懇談の際に、ドイツの作家シュテファン・ツヴァイクの伝記『ジョセフ・フーシェ』の話を聞いた。葛西氏はその本について書評を書いていた。フーシェはフランス革命の際に、警察部門のトップになり、その権力を使ってナポレオンの帝政時代、体制の変わった王制時代の途中まで地位を維持し続けたが最後に失脚し、現代に至るまで批判される人物で。落ち着いた口調で、「フーシェは、自分のために権力を使いました。力は人によって善にも悪にもなる。私は1民間企業や社会にほんの少し影響力を出せる程度ですが、自分の行為がどのように社会に影響し後世に残るか、その影響が良きものであるか、常に考えています」と話した。葛西氏には剛腕の評価があるが、一見すると物静かで教養あり、人間的に練れた人との印象を受けた。

その2014年8月の講演を思い出して、記してみよう。

◆電力の経営危機は当然の帰結

葛西氏は当時の講演で、まず電力会社の経営を分析した。「企業経営のポイントは財務諸表から見える。今の電力会社は支出の4~5割が燃料費、そして次に設備費だ。燃料費の負担は原発を停止して、火力発電を焚きますために非合理に増えている。原子力規制委員会の対応の遅れ、政治の不作為で行政手続きが曖昧で、再稼動ができない。電力会社は一番のコスト要因が取り除けず、経営で手の打ちようがない」。

さらに経済への影響を述べた。「このまま出血が続き企業体力を消耗するジリ貧では、電力会社の経営が危険になる。電力価格は転嫁されて消費者が苦しみ、日本経済をむしばむ。日本は現在、原発停止の代替燃料として年間4兆円程度、中東からLNG(液化天然ガス)を焚きまし分として多く購入している。原子力の長期停止は国益を損ない、日本経済、そしてアベノミクスを失速させかねない」。

その上で「高品質で安定的かつ低価格でエネルギーを利用できることが、経済活動の土台になる。日本は無資源国という宿命を持つ。経済の悪影響が深刻になるまで、残された時間はあまりない」として、原子力政策、エネルギー政策で、当時の安倍政権が原発再稼動、電力自由化の検証、そして正常化のために早急な決断をすることが必要と強調した。

ただし、さすがの葛西氏でも見通しが外れた。14年末ごろから米国のシェール革命の影響が出て、ガスとオイルが市場に供給されて化石資源価格が下落。14年初頭に当時1バレル100ドル以上だった石油価格が、15年に30ドル台へ急落した。日本の表面上の好景気は維持され、原子力とエネルギーの問題は、自民党政権によって先送りされた。

ところが22年、世界的なエネルギー価格の高騰とインフレで、日本経済の先行きが懸念される。そして原子力発電所の再稼働は進まない。電力会社の経営危機も葛西氏の懸念が、現実になりつつある。

◆民主党のポピュリズムの悪影響

葛西氏は、民主党政権とそのエネルギー政策について批判した。「政治家が自分の意見を持たず、他人の意見ばかり聞き、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥ることが多かった。エネルギー・原発問題で悪しき側面が出た」。

その上で、当時の菅直人政権の政策の失敗を4点あげた。①福島事故に際して、初動時点で適切な広報をせず、放射能への過度な恐怖感を広げてしまった、②原発を無計画に止めた、③東京電力に事故での無限責任を負わせた、④その結果、除染や賠償で東電に負担させればよいという無規律な状況が生まれた――。

その後の安部政権に対し、葛西氏は「民主党の失敗を早急に是正するべきだ」と訴えている。しかし、現実は民主党の政策をほぼ継続し、福島に資金を注ぎ込む政策を継続してしまった。福島の復興は進んだ面があるものの、それが合理的で、適切であったかは、見方によって異なるだろう。

◆信頼回復には何が必要か

葛西氏は、原子力関係者に「福島事故からの信頼回復のためには、関係者は反省を深め、安全確保のための努力を重ねてほしい」と注文をつけた。そして「主張には大義名分、つまり『正当性』が常に必要になる。自らの主張にそれがあるか常に考えてほしい」と自省をうながした。過去の国鉄の大事故では、安全を向上させて適切に列車を動かすことで、失墜した信頼を少しずつ回復できたという。

福島原発事故の後で、関係者の間には、原発への反感からの批判を怖れて原子力問題での意見表明を自粛してしまう雰囲気がある。葛西氏は日本的な『空気』に萎縮してしまうことに理解を示した上で、「一般の人々に対し、原子力を活用しない場合の問題、特に負担増などの問題が起こることを示すことが必要ではないか。それぞれの持ち場で一人ひとりが責任を果たすリーダーシップを取ってほしい。非日常の状況では、リーダーシップがなければ、物事も組織も動かない。使命感を持ってエネルギー・原子力を再生してほしい」と、期待を述べた。

◆葛西氏の残したメッセージを噛み締める

「改革に大義があり、状況が熟せば水か高いところから低いところに流れるように、状況が自然と動くことがある。ただし、おかしな方向に転がることもある。その結末に最新の注意を払ってほしい」と、葛西氏は締めくくった。

原子力への逆風の中であっても、財界、そして企業の要職にありながら、社会への憂いから、おかしいことには「おかしい」と正論を述べる葛西氏の態度は、大変参考になった。

葛西氏の講演から8年。筆者はエネルギー業界の末席につらなるが、エネルギー・原子力を巡る状況は悪化しているように思われる。葛西氏の懸念が現実になりつつある。それに良い影響を与えられない自分の力のなさにも、歯痒さを感じる毎日だ。

電力関係者に、今の苦境を打ち破る、葛西氏のようなリーダーはいるのだろうかと考えてしまう。そして自分も含め、もう一度、葛西氏の考えを思い出し、自分の仕事を見直したい。

【目安箱/6月13日】政府文書から「原子力を低減」が消えたワケ


最近の政府のエネルギー政策を巡る要人発言や公文書を追うと気づくことがある。2011年3月の東京電力福島原発事故直後から昨年第六次エネルギー基本計画まで、政府のエネルギーを巡る公表文書に必ず盛り込まれてきた「原子力発電を可能な限り低減する」、もしくはその趣旨の言葉が消えている。政府は意図的に使っていない。そして政策変更を目指す政治の動きが背景にある。

◆「骨太」、自民公約から消えた「原子力低減」の主張

政府は6月3日、毎年出す経済財政運営と改革の基本方針(通称・骨太の方針)を与党に示した。原発については「厳正かつ効率的な審査を進める」とした上で、「最大限活用する」との文言も明記した。21年の骨太の方針は「安全最優先の原発再稼働を進める」との表現だったがそこから変わり、そこに記載された「(原子力を)可能な限り依存度を低減する」という表現は消える見通しだ。

萩生田光一経済産業相は3日の閣議後の記者会見で、政府としての原発活用の方針を転換したかを問われ「可能な限り依存度を低減する方針とはなんら矛盾しない」と話した。

しかし経産相の建前の発言と実情は違う。経産省筋によると「萩生田大臣、細田健一副大臣、そして自民党の意向で、『骨太』だけではなく、昨年から政府の公表文章から『原子力を低減』の言葉を消している。上からの指示だが、これは経産省内の総意でもある」という。

萩生田大臣、元経産官僚の細田副大臣も原子力活用派だ。そうした彼らでも、公職の地位があると、持論を展開できない。そこでこうした小さな変化を政治主導で行っているようだ。

自民党も言葉遣いを変えた。7月の参院選挙での同党選挙公約では「低減」の言葉は消え、「原子力を最大限活用」という表現になった。これは、これまでにない強い表現だ。「公約作成では、連立与党で原子力発電ゼロを目指す公明党への配慮の声もあったが、党内の大勢の意見を反映した」(自民党関係者)という。

◆世論の変化が、政府・自民党に影響

昨年からのエネルギー情勢の変化で、原子力を巡る風向きは変わった。エネルギー価格の上昇、そしてウクライナ戦争での天然ガス供給危機、さらには今夏、今冬の停電懸念を多くの国民は不安視している。一方で原子力発電の再稼動が遅れ「おかしい」という意見が各所で目立つ。こうした声に敏感な政治家が動き出しつつある。これまでエネルギー問題で積極的に動かなかった岸田文雄首相さえも、ここ1か月、「原子力を活用」と踏み込んだ発言をするようになった。「嶋田さん(隆、首相秘書官、元経産事務次官)が首相のエネルギー政策の考えに影響を与え始めた」(同関係者)。

原子力規制委員会の政策で、規制厳格化による審査の遅れ、それによる原子力発電所の長期停止が問題になっている。同委員会は2012年の設立時に、独立行政機関として権限を与えられて発足し、政治が口を出しづらい形になっている。また同委員会の発足に伴う法改正は、国会の全会一致があった。そのために規制を巡る法改正も野党が抵抗しそうで、なかなか難しい。

それでも自民党内では、議員の会合や勉強会レベルでは、「どうやって原子力発電所を再稼動するか、どうやって法改正をするかが、語られるようになっている」(同関係者)。自民党原子力規制特別委員会(委員長・鈴木淳司衆議院議員)は、5月に政府に提出した規制改革への提言で、「状況によっては法改正も視野」と明確に言及した。経済政策で首相の相談役とされる、甘利明衆議院議員も、原子力の活用を強く申し入れているもようだ。

「7月10日の参議院選挙で原子力の再稼動は争点の中心にできないが、選挙に勝って安定多数を得られたら再稼動、そしてリプレイスの議論がようやく政治の公の場で、可能になる」(同関係者)との期待もある。「原子力を低減」との言葉が消えた裏には、大きな政策変更のうねりが隠されている。

【記者通信/6月7日】7年ぶりの節電要請決定 冬季へ一層踏み込んだ対策も


「室内温度を28℃にしたり、不要な照明は消したりなど、節電・省エネしていただきたい」(萩生田光一経済産業相)


政府は6月7日、「電力需給に関する検討会合」を5年ぶり開き、足下の厳しい電力需給状況を踏まえて今夏(7月1日~9月30日)、企業や家庭に対し節電を要請することを決めた。節電要請は、東日本大震災後、原子力発電所の長期稼働停止で供給力が減少したことに伴い行っていた15年以来、7年ぶりだ。
背景には、原発長期停止中の安定供給を担ってきた火力発電が、老朽化と再生可能エネルギー大量導入による不採算化が相まって大量退出に歯止めがかからないことに加え、ウクライナ情勢の緊迫化で燃料調達リスクが顕在化し、深刻な需給ひっ迫が目前に迫っていることがある。
夏季に向けて供給側では、各エリアの一般送配電事業者が120万kWの追加供給力、10億kW時の追加燃料調達の公募を行い、積み増しを進めているが、悪天候や需要の上振れ、トラブルなどによる計画外停止などが重なれば需給がひっ迫するリスクは依然として高い。

原発再稼働の要望コメント相次ぐ


そこで政府は、熱中症予防に留意した省エネ・節電に資する具体的な行動メニューを作成、周知することに加え、産業界に対しエネルギー消費効率の高い設備や機器への更新を促す。また、産業界や自治体と連携した節電対策体制の構築を進める。
より厳しいのは冬季だ。東京エリアの厳気象「H1需要」(10年に1度の厳気象を想定した最大需要)に対する予備率は、2023年1月がマイナス0.6%、2月がマイナス0.5%。ほか6エリアでも、安定供給に最低限必要な予備率3%を軒並み下回っている。
このため夏季は節電の数値目標は設けないが、冬季は数値目標を伴う節電要請を検討。さらに、電気事業法に基づく電力使用制限令の発動や計画停電の実施、供給側でも電事法に基づく発電事業者への供給命令の発出を視野に入れる。
今夏の節電要請を伝えるニュースには、「原発再稼働を急ぐべきだ」「供給力はあるのにそれを活用せずに節電しろと言われても従えるわけがない」といった、原発再稼働を求めるコメントが多く寄せられていた。岸田首相の「聞く耳」は国民の声を捉えられるか。いずれにしても、電力安定供給は国民生活と経済活動の基盤。節電頼みの対策ではなく、求められるのは抜本的な安定供給体制の再構築だ。

【記者通信/5月24日】トキコ買収に見る岩谷産業の脱炭素戦略


ガス業界を驚かせた岩谷産業による東京ガスエネルギー(TGE)の買収劇。その影に隠れて、もう一つの「買収」が今年の1月に行われていた。トキコシステムソリューションズの買収だ。水素業界やガソリン業界では馴染みのある企業だが、主に計量器や、ガソリン・水素ステーションのディスペンサーを手掛けている。もともと日立系の企業で、紆余曲折を経て投資ファンドが株式を保有していた。岩谷はその投資ファンドから、全株を買い取った。

なぜ、トキコなのか――。

「水素ディスペンサー」に目を向けると、買収のシナジー効果には合点がいく。岩谷は水素販売だけでなく、水素ステーションのエンジニアリング周りの技術力を保有しており、ステーション建設の実績を着実に伸ばしている。そこにトキコ技術を取り入れることで、ステーション関係の技術力を強化する狙いが浮かび上がる。

「マルチステーション」を視野に入れる

そんな中、先日の決算説明会の場で、同社の間島寛社長は「マルチステーション」という興味深いワードを口にした。――。「米国の水素ステーションを視察した時、驚いた。ガソリンスタンドと水素ステーションが一体となっていて、ガソリンディスペンサーのすぐ横に、当たり前のように水素ディスペンサーが併設されていからだ。しかもセルフ式」。もちろん、全てのステーションがそうしたスタイルではないだろうが、安全規制の観点から日本では考えられないような方法を、米国では取り入れているそうだ。

実際、同社は米国でのステーション運用にも乗り出しており、自ら汗をかきながらその辺の運用を見極めようとしている。そんなマルチステーションが日本でも当たり前となれば、「トキコ買収」は岩谷にとって、さらに大きな意味を持つことになる。それに関連してか、今春には、石油元売りのコスモエネルギーと、「水素事業に関わる協業検討に入る」と発表している。そう遠くない将来、これまでの日本のガソリンスタンドの風景がガラッと変わっていくかもしれない。

余談だが、決算説明会の場で、間島社長はもう一つ興味深いことを発言していた。火力発電所向けアンモニア利用についての言及だ。「当社はこれまで(電力会社の火力発電所の脱硝用に)アンモニアを納めてきた。今後、石炭火力の脱炭素化に向けてアンモニア利用が進めば、そのサプライヤーとして少なからず当社でもお手伝いできることがあるのではないか」。水素だけでなく、脱炭素時代のキーテクノロジーの一つである「アンモニア」にも関わろうとしているわけだ。バイオマス火力向けのバイオマス燃料調達や、電気自動車向けのメタル調達などを含め、全方位で岩谷の脱炭素戦略が進んでいきそうだ。

【目安箱/5月23日】原子力復権、岸田政権の姿勢変化は本当か?


政府・与党から、原子力の活用を巡る発言が相次ぐ。しかし、問題の根幹である原子力規制政策の混乱とエネルギー自由化には手をつけず、言葉だけが踊る。

◆岸田首相の意欲は言葉だけ?

ネットがざわついている。「何も決められない」と批判される岸田文雄首相が、このところ原子力を巡って、意欲的な発言を繰り返しているためだ。

「原子力規制委員会の新規制基準に適合し、国民の理解を得ながら再稼働を進めていくという基本的な方針は変わらない。安全は譲れない」(5月19日、グリーンエネルギー戦略に関する有識者会議)という政策はそのままだが、「原子力は日本に必要」(同)と強調した。そして「電力やガス料金の値段の高まりを考えるときに、原子力についてもしっかり考えなければならない。原子力発電所1基を動かすことができれば、世界のLNGの市場で年間100万tを新たに供給する効果がある」(4月26日の経済対策をめぐる記者会見)など、エネルギーや経済を巡る演説で原子力の重要性に言及することが多くなった。

原子力は政治的に難しい問題だけに、岸田首相の以前の沈黙からすると、一歩進んだ発言に見える。一方で「岸田首相は、言葉だけが目立つ『検討使』とあだ名をつけられている。どうせ何もしない」というあきらめもネットでは広がる。

◆規制改革、法改正を視野に入れる自民党

しかし「風向きが変わっている」(自民党衆議院議員)と言うように原子力活用を容認する声が増えているのは確かだ。自由民主党の「原子力規制に関する特別委員会」(委員長=鈴木淳司衆議院議員)は5月12日、原子力安全規制・防災の充実・強化に向けた提言の中間報告をまとめ、岸田首相、山口壮環境大臣らに申入れを行った。

同委員会は自民党内の常設委員会で、2018年に原子力規制の提言を出している。再び積極的な活動を始めたのは、風向きの変化を自民党が捉えようとしたのだろう。提言では、原子力規制が改善していることを評価した。一方で、安全審査長期化による再稼働の遅れで「原子力が持てるポテンシャルを発揮していない」と指摘。さらに「自治体・事業者とのコミュニケーションのあり方や審査の効率的実施など、なお改善の余地が大きい」と、批判をしている。さらに前回報告になかった「法改正も視野」と言及した。

原子力規制制度では、2012年の原子力規制委員会の発足に際して、独立性の強い組織(いわゆる「3条委員会」)とすることが、民主党政権で決められた。その影響で行政や政治家が、その行動を統制できない。そして過剰な規制が、審査の長期化、負担増をもたらしている。

確かに原子力を巡る風向きの変化はある。規制委の更田豊志委員長が今年9月で退任する。規制庁と同庁を管轄する環境省の押した同氏の再任が阻まれたのは、自民党議員が強い反対をしたためとされる。ウクライナ戦争を受けてのエネルギー価格の高騰や、電力会社の経営危機、そして電力供給の不安定化など、エネルギーが企業活動や生活を脅かすようになった。それに伴って、世論でも、原子力発電活用を求める声が拡大。2011年の東京電力の福島事故直後のような感情的な反発が少なくなっている。

具体的な動きはまだ見えない

しかし、「原子力のポテンシャルを活かす」形での原子力規制の正常化は、難しそうだ。

反原発活動で知られる菅直人元首相は、首相退任後に原子力規制委員会ができたときに「すぐに原子力を動かせない仕組みを作った」と、メディアで放言をした。その言葉通り、独立性を与えて法律に基づいて活動をする原子力規制委員会・規制庁という国の組織がある以上、なかなかその行動を是正できない。

また福島事故の後遺症で、規制当局は、過剰な規制を原子力事業者に求めるようになった。それに対応するために、原子力の稼動が遅れることが続いてきた。これを是正するためには、規制のやり方を抜本的に変え、規制当局の担当者を大幅に増やすなどの取り組みが必要になる。

原子力事業者も、規制委員会・規制庁の権限が強すぎるために、抗議や是正要求がなかなかできない。そして、大多数の国民は原子力について、激しい反発は減ったものの、不安感や拒絶反応を今でも持つ。こうした過剰規制を「正しい」、「足りない」とする人もいる。反原発を唱える人は、自民党内部にもいる。国民の意見がバラバラで、「何が正しい原子力規制か」の合意を作りづらい。今の原子力の規制の状況は問題があっても、その問題を作ってしまった諸条件が周囲にあるのだ。それを変えられない

安倍晋三元首相は、原子力問題では先送りを続け、手を付ける兆しのあった菅義偉前首相は早期に退陣した。この問題で政治的な解決が難しいと知っていたのだろう。岸田首相が原子力活用の意欲を示すのはいいことだが、そこから一歩先に踏み出すのだろうか。

ここまでこじれて問題放置された以上、首相がリーダーシップを取り、政権全体、政官民が一体となる法改正や制度再設計がなければ変化は難しい。実際に観察すると、首相も官庁も言葉だけで、原子力規制の法改正などの抜本的な対策に、まだ踏み出していない。規制庁の予算・人員増、提言などの、手が付けられそうな対策にとどまっている。

日本のあらゆる問題では、ダラダラと問題の根本解決が先送りされ、負担が膨らんで、破局がいつの日か訪れる。少子高齢化や財政のような状況に、原子力産業が落ち込んでしまった。復活の日は訪れるのだろうか。

【記者通信/5月21日】50Hz地域の原発再稼働は本当に可能か 停電回避こそ最大の安全・安心対策


来冬の東京電力管内で深刻な電力不足が懸念される中、計画停電などの回避に向け、50Hz地域での原子力発電の再稼働を期待する声が高まっている。「50Hz地域では、原発稼働ゼロの状態が長期化しているが、東北電力女川2号機や東京電力柏崎刈羽6、7号機など、情勢次第で稼働可能な原発はあるのでは。安全・安心が最優先との政府方針に異論はないが、太陽光発電が停止するような真冬の厳寒期・悪天候時に停電を余儀なくされるリスクを考えると、やはり、より優先されるのは電力の安定供給だろう。岸田首相の英断に期待したい」。大手エネルギー会社の幹部はこう話す。

政府がロシア・サハリン産LNGの禁輸に踏み切れば、停止中の原発を動かさざるを得ない状況になる

確かに、50Hz地域では、女川2号機と、柏崎刈羽6、7号機が国の新規制基準に合格し設置変更許可を受けている。うち、女川については、地元了解も得られており、再稼働の実現可能性が高い状況にある一方、2023年11月までは対策工事が続く。「もし冬までに動すのであれば、工事をいったん中断し、再稼働の準備に入らなくてはならない。少なくとも数カ月の期間は必要だが、岸田政権が高度な政治判断をすれば、稼働できないことはない」(東北電力関係者)

一方、柏崎刈羽については、テロ対策の不備が相次いで発覚した問題を受け、原子力規制委員会から核燃料の移動禁止を命じられている。東電が再発防止策を報告してから7カ月がたった4月27日、規制委は追加検査の中間取りまとめを公表した。それによると、テロ対策不備が柏崎刈羽原発の「固有の問題」であり、東電全体の問題ではないとの認識が示されたことで、一部の関係者からは年内の禁止解除に期待する向きも出ている。しかし一方で、地元を中心に、保安規定に盛り込まれた「適格性」を問うべきだとの意見も出ており、再稼働への道筋は以前不透明なままだ。

「ウクライナ危機の深刻化で、G7が今後、ロシア産ガスの禁輸を日本に求めてきたら、おそらく岸田政権は応じる決断を下すだろう。もし、そうなればわが国の電力不足は、より一層大変な状況になるのは間違いない。その時、岸田首相、国会、規制委が一部の野党やメディア、脱原発派の批判を覚悟の上で、電力安定供給を最優先するとの立場から、女川や柏崎刈羽の再稼働を決断できるのだろうか。個人的には、2012年の野田佳彦政権のように、そんな英断ができる政権であってほしいと思う」(エネルギーアナリスト)

原発再稼働で停電を回避することこそが、わが国の経済活動・国民生活にとって最大の「安全・安心」対策ではないかと考えられるが、どうか。

【記者通信/5月21日】政府が20兆円の「GX債」発行へ 今夏の実行会議で行程表


岸田文雄首相は、5月19日に開かれた「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会で、脱炭素化社会に向けた経済産業構造の変換「グリーントランスフォーメーション(GX)」を実現するため、政府として20兆円規模の新たな国債「GX経済移行債(仮称)」の発行を検討すると表明した。この資金を呼び水に、今後10年間で官民合わせて150兆円を超える脱炭素分野の投資に結びつける。また今夏をめどに「GX実行会議」を設置、萩生田経済産業大臣を中心に関係省庁を横断して、GX経済移行債の詳細や10年間のロードマップを作成する方針を打ち出した。

GX推進へ「支援資金を先行調達」脱炭素電源で新たな枠組み

150兆円超の投資額は13日、経産省のクリーンエネルギー(CE)戦略に関する中間整理が必要性を示し、国債発行についても経団連や日商が政府の財源確保を提言。今回の「GX経済移行債」はそれらを受けた形だ。岸田首相は「従来の本予算・補正予算を毎年繰り返すのではなく、脱炭素に向けた民間の長期巨額投資の呼び水とするため、可及的速やかにGX促進のための支援資金を先行して調達し、民間セクターや市場に、政府としてのコミットメントを明確にする」と、GX経済移行債発行の意図を説明した。経産省からは「財政規律の中で(GXを)やっていくのが当然だが、今回の総理発言はかなりの覚悟を持ったもの。相当気を引き締めないと」との声も出ており、GX実行会議で具体的な取り組みを進める。

懇談会では、脱炭素実現へ取り組む企業の資金調達を支える「トランジション・ファイナンス」などの金融手法も提示。エネルギー戦略については「省エネ法などの規制対応、水素・アンモニアなどの新たなエネルギーや脱炭素電源の導入拡大に向け、新たなスキームを具体化させる」(岸田首相)と述べる一方、CE戦略の中間整理で「最大限の活用」と記載され、注目が集まる原子力に関して岸田首相からの言及はなかった。「政府関係者からは『原子力はバックエンドなど内包する問題を解決できなければ進められない』という意見が出ていた」(出席者)と、政府は原子力の扱いに慎重な姿勢を崩していない。

世界では、先行投資者優位で市場ルール作成などの競争がすでに始まっている。「ここで出遅れたらGX分野で負けてしまう。世界は投資で市場をいいようにルールメイクしてくる。じっくり構えてやる余裕は日本にない」(経産省)。岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の柱として、GXで世界に打って出る仕組みをどう作っていくか。20兆円規模の国債をどのような対象に活用していくのか、注目だ。

【目安箱/5月14日】上海電力騒動、本当の問題は橋下徹氏ではなく…


元大阪市長の橋下徹氏を巡る再生可能エネルギーの「疑惑」話が騒ぎになっている。橋下氏が大阪市長時代に、中国企業の上海電力の大阪でのメガソーラー発電所の建設に便宜を図ったという批判だ。ただ、その批判の内容を調べると政治スキャンダルなどに発展する可能性はなさそうで、橋下氏の強い否定と新たな情報がないために収束しつつある。それよりも、これをきっかけに再エネ導入政策をめぐり、議論が深まれば良いと、筆者は期待している。

◆疑惑は法的問題にならなさそう

疑惑とされるものは、中国の上海電力の日本法人が日本企業と共同出資で運営し、2014年に運営を始めた大阪市南港咲洲メガソーラー発電所を、大阪市長時代の橋下氏が支援したというものだ。同社は中国の「一帯一路」政策の成功例とPRしているために、橋下氏が中国に協力したと批判されている。また当初に大阪市から土地を借りた事業者は上海電力ではなかったらしく、事業主体が変わって契約が不透明であり、ここに橋下氏がかかわったとの批判がある。

再エネ問題を知る人は、この程度の情報では、違法性はなさそうだと思うはずだ。12年に始まった再エネの振興策であるFIT(固定価格買取制度)は、再エネ賦課金を電気料金に上乗せし、再エネで発電された電気を買い取る仕組みだ。日本のFITでは、日本と外国の再エネ事業者に差別的な待遇をせず、また買い取り料金が当初は高かったため外資が大量に参入した。正確な統計はないが、業界推定で日本の太陽光発電は15%程度が外国系の企業で運営されている。内外の企業に差別的な対応をしないことを求めるWTO(世界貿易機関)ルールがあり、日本政府はどの制度でもそれを律儀に守っている。FITでも外資参入を阻止しなかった。

またFITの買い取り価格を毎年、経済産業省は引き下げている。そのために買い取り価格の高い条件の良い権利は売買され、事業者は頻繁に変わる。この南港咲洲メガソーラーでも、その状況があったようだが、それを問題にすることは難しい。またFITは事業者が配電設備を持つ地域電力会社と契約を結び、国の運営する制度で、事業者は利益を得ている。大阪市の同発電所への関与は「土地を貸した」という部分に限定される。もしかしたら隠れた情報が今後出てくるかもしれないが、橋下氏が市長の権限を使って、上海電力に優遇して利益を与えた証拠は現時点ではない。

◆発電所は「関電いじめ」の結果だった

保守系メディアが5月9日ごろにこの問題を伝え騒ぎになった。しかし橋下氏が疑惑を強く否定し、続報もないため騒ぎは収束しそうな状況だ。もちろん橋下氏に説明責任はあるだろうが、法的な責任を問えそうにない。

橋下氏は政敵を攻撃的にやり込め、自分への支持を集める。そのために敵も多い。この疑惑騒動も、そうした彼の行為への反感がもたらしたものだろう。また彼が作って今は離れた日本維新の会は最近、国政で議席を増やしている。政治的に同党の勢力をそごうと、騒ぎが広がった面がある。

この咲洲メガソーラー発電所は、エネルギー関係者の間では橋下氏の「関電いじめ」の事例の一つとして、知られている。橋下氏の攻撃の矛先は12年から13年にかけて、電力会社と原子力発電に向いていた。中国のために作ったのではない。しかし多くの人は忘れている。

当時は、11年の福島原発事故の直後で、政治的立場を問わずに反原発、電力会社批判が広がっていた。橋下氏は、原発を抱えて経営に苦しんでいた関西電力を批判し、多くの人の喝采を浴びていた。彼は「原発の代替策の再エネ」「関電以外の電力会社」を訴えていた。そうしたパフォーマンス政策の一環で、大阪南港に大規模な再エネプラントを誘致し、この太陽光発電所ができた。彼の政策が今になって批判されているわけだ。

◆問題は橋下氏ではなく、F I Tの「仕組み」

ただしこの騒動を、無意味なものにする必要はない。せっかく、FITの問題に、多くの人の関心が向いたのだから、それを改善するきっかけになってほしい。

この騒動では、2つの点が問題になった。外国系企業が日本国民や企業の支払う電気料金で利益を得ること。また電力という重要なインフラを担う事業者が、権利を転売するなど、かなりいいかげんな動きをする無責任さだ。これら2つはFIT制度上で規制されなかったもので、当初からおかしいと指摘されてきた問題だ。

この制度を政治主導で導入した菅直人元首相ら民主党の政治家の責任は重い。しかしそれを放置した自民党政権、経産省の当局者も当然、批判されるべきであろう。

最近は電力が頻繁に停電危機に直面するなど質の面も低下して、事業者の供給責任が問われている。こうした状況にも、この騒動で浮き彫りになった問題は関係している。今回の騒動では右派、保守の人からの批判が目立った。自分のお金が中国の利益になっていることに怒っていた。その批判、違和感には正しい面がある。

この騒動を橋下氏批判という属人的な問題に矮小化するのはおかしい。ただし、再エネへの批判に結び付けるのもよくない。問題なのは「仕組み」である。もう少し大きな視点で問題を考え、再エネ振興策の検証と是正に結びつけるようにしたい。

【記者通信/5月12日】ニチガスが経営陣刷新 「成功体験との決別」 の狙いとは


エネルギー大手の日本瓦斯(ニチガス)が現在直面するエネルギー危機を乗り切り、来るべきカーボンニュートラル社会、DX(デジタルトランスフォーメーション)時代への対応を視野に、経営陣の刷新に踏み切った。5月2日付で、和田眞治社長が代表権のない取締役会長執行役員に退き、後任社長には柏谷邦彦・代表取締役専務執行役員コーポレート本部長が就任した。また、元東京電力出身の吉田恵一・専務執行役員エネルギー事業本部長が代表取締役に昇格。これにより、渡辺大乗・代表取締役専務執行役員を加えた3人が代表権を持つことになった。

和田会長と柏谷社長は6日、記者会見を行い、DXを機軸に地域社会のスマートエネルギー供給を担う新たなビジネス展開に向けた意気込みを表明するとともに、新体制下での経営方針に言及した。会見の具体的な内容は次の通り。

会見する柏谷社長(左)と和田会長

柏谷 カーボンニュートラルや災害の激甚化、そしてコロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻等などによって、今までのように上流から下流まで一貫してエネルギーが安定的に流れてくるという前提が、当然のものではなくなった。大きく変化する経営環境の中でこれからの地域社会に最も必要なのは、再生可能エネルギーやEVの利用を前提としながら、災害時でもエネルギーを強靭に、あるいは自立的に供給できるようなレジリエントな分散型エネルギーシステムを構築していくことだと考えている。この課題に対して、当社グループでは従来のガスや電気を仕入れて販売するという事業モデルから脱却し、電気とガスをセットでお客さまに提供することを前提に、太陽光や蓄電池、EV、ハイブリッド給湯器など分散型エネルギーの設備を供給する。各家庭のスマートハウス化、そして大きなスケールではスマートシティー化に向けて、当社自身が地域社会に対し最適なエネルギーを供給できるようなエネルギーソリューション事業へと進化し、新たな挑戦を進めていくステージにある。

今、この局面においては私が適任と判断をされたと理解している。この会社にはいろんな特定の分野において私より優秀な人がたくさんいる。私の経験が不足している、あるいは知見が足りないところは、しっかりした現場のリーダーたちがいるので、その人たちと協力をして、さらに新しい発展、成長のために、前を向いて全力で疾走していく。和田会長は代表権を返上して、次のリーダーシップの体制に全面的にサポートする。取締役会には残るが、新しい代表取締役3人体制で思い切って前に行くようにというメッセージをいただいている。

和田会長「これ以上のタイミングはない決断」

和田 長年、社長職をどう引き継いでいくかということを考えてきた中で、状況、環境、それから人的リソースの体制も含めて、これ以上のタイミングはないということで決断した。柏谷から話がありましたけれども、日本瓦斯67年間の「成功体験との決別」という意味だ。LPガス業界では、プライベートカンパニーの創業家がずっと経営をやってこられるという体制が主流。それに伴ってトップがなかなか辞めないというケースがあって、和田がこのままずっといくんじゃないかと思う関係者が多かったようだが、老害といわれる前に辞めようというのはずっと考えていた。おそらく、このタイミングでは私が率いた時代の成功体験が新しい挑戦の足かせになるんだろうなと。代表権も返上しないと、また院政とかいわれてしまうので、代表権を返上して名実ともに新たな代表取締役3人体制に当社は移るということの表明だ。

5月号のエネルギーフォーラムで、さいたま市がエネルギー事業版のスマートシティーを目指して、第1歩が出ているという記事が出ていたが、私どもまさにそこへ向かって新たなソリューション事業を展開していく。エネルギー事業者がさまざまなシェアリングエコノミーによって地域社会に新たな貢献の形を目指していくところまできた。このタイミングでの引き継ぎのタイミングは、自分なりによかったなと、あとは静かに横からサポートしていこうと思っている。

――LPガスの需要は今後、どうなっていくと考えているか。

柏谷 脱炭素という観点では、化石燃料全体がこれからマーケットとしては縮小、減少するということは、ここは避けられないと考えている。ただ、この2050年にカーボンフリーになっていく社会の中で、LPガスが果たす役割は非常に大きい。地域分散型エネルギーには非常に適した事業形態で、LPガスの容器は標準家庭であれば2カ月ほどのエネルギーのストックになる。ここに、今後、蓄電池やEV、そして太陽光発電などが加わることで、LPガスのインフラとしての役割は重要だ。今後も都市ガスエリアの外部ではLPガスが主力のインフラになると考えている。

和田 結論をいえば、LPガスはなくならない。ただ、これからは地域社会の変化にわれわれ事業者サイドが飲み込まれる時代なので、業態変更しないと生き残れないと思っている。

メタバース、仮想空間で新しい経済圏が動くと言われているのに、今までと同じでいいわけがない。ある意味で言うとチャンス。この3年ぐらいで、業界はかなり動くと思う。そのキーポイントはやはりDXだ。いよいよ勝負どころにきたと思っている。

柏谷社長「東京電力との強固な提携で乗り切る」

ーー足元を見ると、とりわけ電力事業は非常に厳しい局面に立たされている。ここをどう乗り切っていくのか。過去の成功体験との決別といった話があったが、社名変更などを視野に入れているのか。

柏谷 短期的な電力の需給のひっ迫等に関しては、東京電力との強固な提携によって乗り切っていきたい。中長期に関しても、東京電力との提携を継続しながら、急速に普及するであろう蓄電池、最終的にはコミュニティーの中でエネルギーを融通し合えるようなエネルギーシステムの構築、特にデータ面からの構築というものを急いで進めていきたいと考えている。

和田 日本瓦斯の社名がどうなるのかだが、例えば富士フイルムはフイルムが主力事業ではなくなって富士フイルムっていう社名は残っている。ただ、私は日本瓦斯といえども、単独でこの先、生き残れるとは思っていないので、最終的には柏谷が決断することになるだろう。

ーー柏谷社長は自身の強みについて、どう考えているか、また和田会長はどうのような理由から次期社長に柏谷氏を指名したのか。

柏谷 私は日本の大学を卒業して、そのまま日本の会社に入ってサラリーマンをスタートしたわけではなくて、米国に留学して米国で、それこそニューヨークで世界中の人がいるグローバルファーム、コンサルファームで自分のキャリアを積み重ねてきた。振り返ってみると、当社の重要な分野で営業の現場の人たちだったり、あるいは保安の人たち、物流、ITといったそれぞれのチームの人たちと連携したり協力したからできたということがほとんど。自分にそんな大して誇れるほどの知識や強みや秀でたものがあるとは思わないが、一つ言えるのは環境の変化に向けて新しいチームを組成したり、新しい考え方をつなげて物事を実行していくことが、自分なりの役割を果たせる分野と考えています。

和田 日本瓦斯に足りないのはCFOだと。よく考えると日本企業の多くはCFOが足りない。だから、CFO的な仕事のできる人材をということで、当社に柏谷を連れてきた。これが今後10年の資本政策につながっていく。DXによって、やらなくてもいい仕事をやめて、効率化をして、地域社会に還元するということをできない限りは、集約化のされる側に回ると思う。柏谷のような外部の人たちが入って、今までの日本瓦斯の価値、そういうものに対してクエスチョンマークを付けてくれたということがわれわれの改革のスタート地点だった。そういう意味で言うと、私が大きなげきを飛ばさなくても新しいところに挑戦できる体制になった。

新体制に執行権限は全て移行

ーー会長職の復活ということで、二人の責任範囲とか役割分担を改めて教えてほしい。

柏谷 会長職はもともと設けていて、会長が空席だったということなので、ここに関して規定等の変更をしたわけではない。新しい体制での執行の責任、あるいは分担範囲については、基本的には新体制に執行の権限は全て移行する。ただ、新体制ではなかなか判断がつかなかったりすることに関しては、適宜、和田に相談する。和田とは情報の共有はするけれども、新しい体制で責任を持って経営を行っていく。そういう意味では、責任も役割も明確にわれわれの中では認識を共有しております。

和田 私に限らず、ニチガスは全体に情報共有をするという意味ではオープンな会社だ、それゆえにここまで改革が進んできたと思っている。会長職を見ながら仕事をするような引き継ぎだったら、やってない。今の日本企業を見ると、改革を標ぼうしながらアクセルのつもりでブレーキ踏んでるのは、ベテランの知見のある人たち。ブレーキ踏んでるから大きな事故にはならないが、1歩も前に進まないというのが、今の日本の企業社会だ。

ーー新時代への成長戦略におけるスマートシティー構想について、具体的に。

和田 われわれが準備してるのはコミュニティーガス、いわゆる簡易ガス団地の中で、エネルギー版スマートシティーをDXで統治して運用しようということだ。今、某地点では打ち合わせをしながら、もう地域配電の許可も取っている。われわれだけではできないので、連携先、ベンチャー、そういう所との関係も含めて、いろいろ通信も含めて協議を行っているところだ。

【お詫びと訂正】本文冒頭のリード文と2段落目の文の2か所におきまして、柏谷邦彦氏の姓の表記に誤りがありましたため、訂正させていただきました。関係者の皆様にご迷惑をお掛けしましたことを、深くお詫びいたします(編集部)。