【表層真相/8月31日】三菱商事「洋上風力撤退」の波紋 トップの責任問う声


秋田・千葉両県3海域で計画していた洋上風力発電事業からの撤退を発表した三菱商事。入札した当時とは事業環境が異なり、事業コストや工期、収益性など様々な面で事業継続が困難になったと判断したという。破格の安値での入札で当初から事業性を疑う向きもあったが、図らずもその指摘が的中した格好だ。洋上風力発電の大型プロジェクト第1号案件が頓挫したことで、ほかの大型プロジェクトに参画している事業者にも影響を与えることが必至だ。さらに洋上風力の不透明感が増したことは、「脱炭素」をベースに成り立ってきたエネルギー政策やグリーントランスフォーメーション(GX)戦略などの大幅な練り直しが必要になる可能性が出てきた。同社トップの責任は重大だ。

会見では中西社長の責任や進退を追及する質問がほぼ出なかった(8月27日)

「安値入札」が起因 絶えない疑念

「結果的にプロジェクトを進めることができなかったのは断腸の思いだ」

8月27日に記者会見した三菱商事の中西勝也社長は、事業撤退についての所感をこう述べた。中西氏は事業撤退の理由について「建設費が入札時の見込みから2倍以上に膨らみ、将来さらにコストが膨らむリスクがあった。経済情勢が激変し、投資回収すら難しい状況になった。FIPに転換しても開発継続は困難と判断した」と説明。破格の安値での入札に無理があったのではとの質問には「見通せる事業環境やインフレ、金利なども含めて十分な採算を確保できると判断した」と述べ、あくまで予期できなかった外部要因が事業継続を困難なものにしたという主張を突き通した。

三菱商事は2025年3月期に洋上風力発電で524億円もの損失をすでに出している。さらに今回の撤退でペナルティーとして約200億円を支払うことになる見通しで、損失は現段階でも700億円を超すとみられる。だが「実態は1000億円を超す損失になるのではないだろうか」(エネルギーアナリスト)と推測する。

広報の仕切り通りに⁉ 異例の会見模様

経営の失敗を発表するというテーマの重大さからすると、異例の会見だった。質問は一人一問に限定され、時間も予定通りの1時間で終了した。「広報が会見を取り仕切り、顔見知りの記者を中心にあてていった感じがした。中西社長の責任や進退を問う質問はほとんど出なかった。自分はずっと挙手していたが、完全にスルーされ、真後ろにいて司会からは見えづらいはずの一般紙記者があてられていた。そもそもこの手の会見で、一人一問しか聞けないとか、1時間きっかりで終了することなど、普通はあり得ない」(専門紙記者)。いわば全てが三菱商事の流れで進んだ社長会見だったのだ。自らの責任について中西氏は「データの開示など後続の企業につないでいく取り組みはやらなければいけない。当社としてやれることはあると考えている。引き続き、社長としての責務を全うして当社をけん引していきたい」と続投を表明した。

しかし中西氏ら経営陣の判断がそもそも間違っていたとする指摘は、社内外から上がっている。とりわけ強いのが、入札時の破格な安値が問題だったのではないかという指摘だ。

三菱商事の入札価格は1㎾時あたり、秋田県能代市沖が13.26円、由利本荘沖が11.99円、千葉県銚子市沖でも16.49円だった。上限価格とされた29円を大幅に下回る価格に他の事業者は「20~22円でギリギリ採算が取れる水準。本当かと耳を疑いました」(事業関係者)と振り返る。

三菱商事の関係者は「長期プロジェクトのリスクを見通せなかったというのは経営判断として甘すぎる。社内でもあれほどの安値で採算がとれるというのは無理があると考えていた人はいたはずだ。見通しの甘い事業によく手を突っ込んだものだ」と批判する。

大手エネルギー企業の幹部は「洋上風力発電はとにかく金がかかる。何らかの思惑のために無理やり作り出した数字だったのではないか。むしろインフレが進んで降りやすい理由が見つかったと考えるのが普通だろう」と手厳しい。

【記者通信/8月27日】将来の需給シナリオに経産省OBが異論 「広域機関の検証は不十分」


電力広域的運営推進機関が発表した将来の電力需給シナリオを巡り、関係者からさまざまな意見が出ている。GX・DXの進展に伴い、データセンター(DC)などの需要増が見込まれる中、シナリオは三つの技術検討会社の想定を基に、2040年、50年の需給バランスを複数ケースで提示。50年に最大で8900万kW供給力が不足するとしたが、「本当にそこまで需要が急増するのか」といった受け止めは少なくない。

経済産業省の有力OBは、シナリオ想定に対して懐疑的な見方を示す。

まず、「既にDCに関するイノベーションのペースがある程度見通せる段階になっているが、広域機関のシナリオはその点の検証が不十分。特に一部技術検討会社の想定は論外だ」と評する。

例えば、DCの電力総需要のうち、冷却用は4割以上と大きい。この部分の省エネ化がDC需要全体の動向に直結する。既に液冷や液浸などの技術が存在しており、今後さらなるイノベーションも見込める。

また、データ処理時の消費電力に関してはこれまで、データ処理量が指数関数的に増えていくので電力需要も急増するとの見方があった。しかしサーバーの処理能力が格段に上がっており、実際の需要はそこまで増えていない。光電融合技術などが実装されれば大幅な省エネへとつながる。

さらに、AIの用途・ニーズを踏まえた分析も重要になる。オープンソースでないAIはゼロから学習していく上で電力を爆食いするが、そうした開発を主導するのはむしろ米国や中国。日本は必ずしもそうではなく、ディープシークなどオープンソースのAIがどの程度普及するかも重要なファクターだ。

前出の経産省OBは、そもそもこのシナリオでは本当にカーボンニュートラル(CN)を実現するかどうかが見えてこない点も問題だと指摘。「都市ガスを使わない、工業用需要は電気や水素などで賄う、車は全てEV化――といった前提ではなく、妥協している。CNの地獄を見せていない。政策としてCNを掲げている以上、そこから逆算して『供給力が何万kW足りない、そうなると原発がこれくらい必要』などと示さなければ試算の意味がない。CNは無理だと思うならば正直に示すべきだろう」と提案する。

電力潮流への影響も 引き続き議論欠かせず

一方、新たな需要創出が電力潮流に与える影響についても考える必要がある。これまでは湾岸に大規模需要があるという前提で系統のルートを決めてきたが、今後は千葉県印西市などの地点に大規模需要が存在するようになり、ネットワーク全体の見直しが必要となる可能性もある。

それに付随するコスト負担も今後の論点だ。「特殊なDC用需要に関するコストは、DC事業者が負担すべきだ。再エネで発電側課金があれだけ議論になったのに、DCでは需要家側にコストを寄せるとしたら公平感がない。DC事業者が原子力のオーナーになるような事態を想定した制度の見直しも必要ではないか」(前出の経産省OB)――。

このように、将来の電力需要増に向けて考えるべき観点は数多ある。

シナリオ内でも、「さまざまな主体による検証やさらなる検討の材料として活用されることを期待する」「3~5年ごとに見直すことを基本とし、必要に応じてより早期の見直しを行うこととする」との記述がある。

供給側・需要側双方がリスクをどう分担し、不確実な需要増に備えていくのか、といったさらなる議論が欠かせない。

【目安箱/8月26日】米貿易・関税交渉とエネルギー 夢は大きいが先行き不透明


日米の貿易・関税交渉交渉が続いている。主要国の中で日本は米国との間で合意をいち早く結び、米国による高率の関税を回避した。しかし合意の中身は曖昧さが残る。エネルギーを巡っては、アラスカのLNGの日本の関与、またガソリンの代替となるバイオエタノールの輸入拡大が合意された。しかし漠然とした内容だ。米国に無理な要求をされないように、日本側のエネルギー業界、有識者の方から早めに制度づくりの注文をした方がよさそうだ。

25年2月の日米首脳会談(首相官邸Hウェブサイトより)

◆日米合意で何が決まったか

7月の合意文書はエネルギー関係の箇所を抜粋すると、次のような内容だ(ホワイトハウスの公開した文書より)。日米両国政府は、正式な合意文書を作成しておらず、これは問題だ。(日米関税合意に関するホワイトハウスのファクトシート全文(日本語訳

▶︎5500億ドル(約80兆円)を超える新たな日米投資枠組みで、その利益の90%をアメリカがとる。これは外国投資として史上最大のコミットメントであり、数十万人規模の米国の雇用を創出して国内製造業を拡大し、何世代にもわたる米国の繁栄を確保することになる。

▶︎日本はトウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、持続可能な航空燃料(SAF)を含む米国製品を80億ドル相当購入する。

▶︎日本向けの米国産エネルギー輸出が大幅拡大される。米国と日本はアラスカ産LNGに関する新たなオフテイク(長期供給)契約を模索している。

この80兆円の投資に関する日米間の認識の違いが問題になっている。米国側は投資収益の90%が米国に帰属すると主張する。一方で日本側は出資割合に基づく民間企業間の利益配分としており、財政負担は数百億円程度に抑えられるとしている。この食い違いが、今後、大きな問題にならないかが懸念される。ただし日米両国政府の支援による共同事業や大規模投資が行われる可能性は高い。

◆アラスカ天然ガスで新ルート建設

アラスカは、原油、天然ガスが埋蔵されているが、その採算が取れる採掘場所は限られている。日本もアラスカ南部の天然ガスをかつて輸入したが、その産出量が減ったために今はなくなっている。

トランプ米大統領は、就任直後に出したいくつかの大統領令の中で、アラスカの天然資源の開発を行う意向を示した。アラスカ・ガスライン開発公社は、同州北部で算出する天然ガスを、州を縦断する長さ約1300キロのパイプラインで南部に輸送し、供給基地を作る計画を示している。2030年頃の運転開始を目指している。

米国側は、この供給網を日本の金で整備し、ガスを日本に輸出しようと考えているようだ。日本は世界の2割のLNGを輸入する世界最大の輸入国だ。その輸入先は中東や東南アジアに偏在しているため、友好国の米国から輸入することは好ましいだろう。供給先の多角化によって、有事の際の安全保障リスク軽減するためだ。

日本にとってアラスカは中東より近く、中国の勢力圏である南シナ海を通らない。またLNGを使う、台湾、韓国などの近隣諸国とも、共同して供給網を整備することもできる。

しかし、この事業開発のコストと時間が問題になる。発表によると、その工事金額はおよそ計画で440億ドル(6兆4000億円)だが、上振れの可能性がある。アラスカのガス開発に、日本側がどのように関わるか、まだ明確ではない。そしてトランプ大統領の任期終了である2028年までに結果が出る話でもなさそうだ。

◆バイオエタノールも今すぐ使えない

バイオエタノールも同じことが言える。日本ではバイオエタノールはほとんど使われていない。それは「これからインフラを作る」ということだ。すぐには使えない。

バイオ燃料は燃焼時に二酸化炭素を排出するが、原料となる植物が成長過程でそれを吸収するため、差し引きゼロ、つまりカーボンニュートラルとみなされる。燃料の脱炭素化の手段として注目されているが、日本ではコストの高さから作られてこなかった。一方で、農業大国でもあるアメリカではトウモロコシ由来のバイオエタノールがガソリン、軽油への利用、近年では航空燃料への試験的利用が行われている。米国はそれを売りたがっている。

日本は今年25年2月に第7次エネルギー基本計画を閣議決定した。そこでバイオエタノールの活用を、政府が支援することを宣言した。また今年6月に経産省・資源エネルギー庁は、民間企業などと、利用のためのアクションプランを作った。そこでは2028年からエタノールを10%含むE10燃料の供給を始める目標を掲げた。ここでも即座に使用が広がる状況ではない。

バイオエタノールは、一種のアルコールだ。ガソリンに添加する場合、米国では直接混合してコストを下げている。バイオエタノールを「ETBE」というガソリン添加剤に加工して、ガソリンに混合してきた。米国では直接混合しても、問題はないという。しかし日本ではガソリンスタンドの供給設備、また入れる自動車エンジンの破損や損耗が起きる可能性を懸念する声もあり、その検証、また対応が必要だ。

またバイオエタノールの混入が10%程度の「E10」なら、改造なく自動車エンジンで使っても大丈夫と言われる。しかし米国と気候が違い、産地から搬送したエタノールを使う日本で問題はないか。その検証も必要になる。米国では同量のエネルギー量なら、ガソリンよりバイオエタノールが安い傾向がある。しかし日本ではバイオエタノールの輸送費がかかるため、価格面で優位になるかはまだ不明だ。日本の消費者がそれを使うかはわからない。

トランプ政権は農業の支援を重視しているので、日本のバイオエタノールの大量輸出は、米国内での政治的なアピールにはなるだろう。しかし未定のことだらけなのだ。合意文書で出てきた80億ドルの購入の根拠、時期も公表されていない。

◆日本の産業界から積極的に政府に提案を

日米合意とエネルギーを調べると、中身は何も決まっていなかった。何か大きな取引を成し遂げたような印象を与えるため、トランプ米大統領を喜ばせるため、急いで日米当局が合意を結んだように見える。

ところが結果の出ないことをトランプ大統領がこれら二つの問題で不快に思ったら、交渉がおかしな方向に転がるかもしれない。

LNG、またバイオエタノールに関わるエネルギー産業の人は、早め早めに動いた方がいいだろう。自分のビジネスの向き合い方と、この政治圧力を利用して、どのように利益を上げるかを考えるべきだ。場合によっては日米両政府の政治家や官僚、または気まぐれなトランプ大統領の意向に先んじて、ビジネススキームを作って提案し、逆に彼らを引き回することも考えるべきだ。日米関係は重要だが、だからと言って、政治や役人の思いつきで、個人や個別企業が損を受ける必要はない。

「どうせ考えなるなら大きく考えろ。どうせ生きるなら大きく生きろ」。これは、不動産経営者だった時に、トランプ大統領が語った言葉という。トランプ大統領、日米両政府を引き回すほどのプランを、日本のエネルギー業界人が提案できたら面白い。

【時流潮流/8月25日】月面での原発開発競争 米国は29年度までに建設計画


月を巡る競争が激化している。東西冷戦期は、米ソ両国が月面一番乗りを競ったが、現在進行系の新たな競争は米中露の3カ国がしのぎを削る。米国はアルテミス構想、中露両国はILRS構想を掲げ、2030年前後から月面基地建設を目指している。

生成AIで作成した月面原発のイメージ画像

基地建設で最大の焦点はエネルギー供給源の確保となる。宇宙に浮かぶ国際宇宙ステーション(ISS)や多くの宇宙船のエネルギーは太陽光パネルがその主役を務めるが、月では太陽光発電は十分に機能を果たすことができない。

その訳は、月の1日が地球の約1カ月に相当する事情のためだ。2週間ほど昼が続いた後は、2週間ほど夜が続く。最低気温は氷点下173度という極寒だ。つまり、闇に包まれた時間が地球より長く、太陽光発電には適さない。

1972年に最後に月面に着陸したアポロ17号は、滞在期間が13日間ほどだったため、バッテリーで対応できた。だが、基地を建設し、定住するとなれば安定したエネルギー確保が不可欠となる。

両陣営とも注目しているのが原子力発電所だ。

先陣を切ったのは中露両国。今年5月に、月の南極地点に2035年までに設置を予定する月面基地に原発を作る計画を公表した。ロシアの航空宇宙局(ロスコスモス)と中国の国家宇宙局(CNSA)が共同して開発にあたる。30年までに中国の「嫦娥8号」と、ロシアの「ルナ28号」が建設候補地に着陸し、30年の着工を目指す。35年以後に基地に人が住み始める絵を描く。

27年度に第一陣が月面に降り立つ計画

一方、米国の航空宇宙局(NASA)はこの夏、中露よりも早い29年までに月基地での原発建設を急ぐ考えを表明した。出力は小規模な町の電力をまかなえる最低100kw、重量15㌧以内を目指している。打ち上げは29年10月~12月の予定だ。

NASAは16年に米エネルギー省との協力を開始、月面基地に最適なマイクロ原子炉の開発を続けてきた。数世帯分の電力を供給する10kwのパイロット炉が完成、米国内での実験で好成績を収めたため、現在は33家庭分の40kw炉の実験を続ける。

核燃料にはキッチンペーパーの芯ぐらいの大きさの高濃縮ウランを使う。地上の原発では、発生した熱を蒸気に換えタービンを回して発電するが、宇宙では原子炉で発生した熱をピストン・スターリング・エンジンで熱に変える。余分な熱は大型のラジエーターで大気に放出する形となるという。

8月5日に会見したNASAのショーン・ダフィ長官代行は「宇宙でも、中国を打ち負かしたい」と述べ、中露両国に先手を打つと強い意欲を示した。

宇宙原子炉計画は、月だけでなく将来の火星基地での利用も見据えたものだ。月面基地では、この原子炉から生じるエネルギーを活用して、資源開発や月面の氷を解かし、水素や酸素の製造を目指す。月面を資源基地と「宇宙中継基地」に育てていく意向を持つ。

ただ、計画実現には早くも疑問符が投げかけられている。トランプ米政権はNASAの予算を24%削減する方針を打ち出しており、開発予算を予定通り確保できるかが今後のカギとなりそうだ。

米国はまず26年2~4月に「アルテミス2」を月の周回軌道に投入し、27年度に月面に第一陣が降り立つ計画だ。「アルテミス2」に搭乗する4人のクルーはすでに決まり、訓練を続けている。宇宙開発競争の行方から目が離せない展開が続きそうだ。

【SNS世論/8月18日】参政党躍進の期待と不安 物事の単純化で再エネ敵視も


7月の参議院議員選挙で自公連立政権が敗北し、少数政党が躍進した。その中で14議席を獲得した参政党の伸長が目立った。この結果はエネルギー問題にどのように影響するのか。エネルギー業界の中にいる人間として、期待と不安の双方を持っている。SNSの動きから支持者の考えを見てみよう。

参政党の選挙ポスターと神谷宗幣代表

◆ネット世論と連動する参政党

参政党は3年前の選挙で1議席を獲得しており、今回合わせると15議席になった。これは議会のルールで予算を伴わない法律の提出権を持ったことになり、同党の存在感は増した。躍進した国民民主党、日本保守党も、再エネの無制限な拡大に懐疑的だ。今後、再エネ振興や脱炭素政策の推進には、議会から一定のブレーキがかかるだろう。

ただし参政党はまだ準備不足のようだ。あるジャーナリストが参政党の政治家個人に取材を申し込んだところ、党本部の広報担当から連絡が来て、「全議員が研修中なので秋まで対応ができない」と断ってきた。議員が自らの言葉で語れない。参政党は中身よりも、勢いで勝ってしまった。エネルギー政策でも、これから中身を作っていくことになりそうだ。

同党は九つの柱を掲げ、その中で「地球と調和的に共存する循環型の“環境・エネルギー体系と国土づくり”」(リンク:参政党政策集)https://sanseito.jp/2020/hashira09/を唱える。ただしその公約は政策に詰めきれていないようで、かなり曖昧なものだ。再エネの補助金の縮小と、原子力の促進、太陽光による森林伐採などの抑制、エネルギー産業への外資導入の縮小が方向になるだろう。

国民に政治参加をさせる政党――。参政党はそれを強調する。それではエネルギーではどうなのか。SNS世論から見られる支持者の傾向を見てみよう。日本のSNSは既存メディアの左傾化の反動のためか、他国と違って右、保守派の人の力が強い。その支持者たちは、揃って再エネや脱炭素政策に懐疑的だが、参政党もそれに同調している。

◆SNSで固まり、再エネ敵視へ強まる意見

エネルギー業界の片隅にいる私は、反原発は異様な政策であると思っている。そして自公政権が推進し、既存メディアなどが支援する脱炭素政策はおかしいと思っている。気候変動への対応は大切であるが、無駄な資金が投入されている。従って、それに対する疑問を示した参政党、また国民民主党や日本保守党には期待しているわけだ。

しかしSNSでの参政党の支持者、関係者の言論を見ると、少し心配になる。ネットでは、自由に言論が流れているが特定の意見を持つ人々が集まり、異なる意見を排除して、過激になっていく現象がある。「サイバーカスケード」(カスケード:かたまり)とか「エコーチェンバー」(反響の響く部屋、特定の音が大きく聞こえる)という現象だ。政治に絡むと、そうした動きが先鋭化する。どの政党や政治集団もそうだが、参政党の支援者は特に強い印象だ。

短文投稿のSNSのXでは、その政治議論が可視化される。何人かの参政党の支持者のXをのぞいてみた。「日本の自然を壊してメガソーラーを建てるのはおかしい」「森林伐採を伴う再生可能エネルギー事業の禁止を求める」「太陽光パネルは中国製だ。日本の金で中国に利益を与えている」といった意見が溢れていた。

それらは同意できるのだが、「エネルギー利権で日本が売り渡される」「再エネや脱炭素は米民主党政権の謀略だ」など、そこから陰謀論めいた発言をしている同党の支持者もいた。もちろん、それは一部の人の意見だろうが危うさがある。

◆SNSは「陰謀論」の増幅器か

日本のエネルギー政策は、不幸な動きをした。福島第一原発事故の後で、反原発感情が強まった。原子力の代替策という間違った位置付けをする旧民主党政権、政治勢力で過剰な保護に引っ張られ、一種の再エネバブルが生まれた。それらが落ち着き始めたのは良いが、今度は陰謀論めいた言説が語られる。SNSはその増幅器のようだ。

私たち既存エネルギー業界の人間は、再エネを敵視しているわけでもないし、脱炭素は長期的には必要だと大半の人が考えているだろう。既存水力を含めると総発電量の1割強までに成長した再エネを、既存のエネルギーシステムの中にどのように組み込むこのかが課題だ。再エネは雇用や産業を産んでいる。「原子力、頑張れ!」の声援はありがたいが、逆に原子力だけに突出して成長させるのも無理がある。

物事を単純化する意見にひっぱられがちな参政党と同党支持者の動きに危うさを感じる。要はバランスだ。

参政党は、脱炭素一辺倒の政策に疑問を呈し、国民の生活コスト軽減とエネルギー安全保障を優先する方向だ。これから作る政策を期待したい。

保守政党が欧米で躍進し、揃って脱炭素政策に疑問を示している。米国ではトランプ大統領がその先頭に立っている。また参政党は杉山大志氏など、脱炭素に懐疑的な専門家を招き勉強をしている。そうした専門家の知恵を活かして適切な政策を組み立ててほしい。SNSを観察し、そんな感想、そして期待と不安を参政党に抱いている。

【記者通信/8月12日】国民・玉木代表が原子力政策で見解 与野党連携へ全面協力の姿勢


国民民主党の玉木雄一郎代表は8月7日、エネルギーフォーラムのオンライン番組「そこが知りたい! 石川和男の白熱エネルギートーク」に出演し、エネルギー政策における政党間の連携について「(与野党問わず)エネルギーに関しては全面的に協力する」と述べ、原子力推進の立場を取る自民党や日本維新の会、参政党などとの政策連携に前向きの姿勢を示した。連立入りについては「いつかは政権を担いたいと思って頑張ってきたが、自民党だけでなく立憲民主党や日本維新の会の党内政局をよく見定めたい」と述べるにとどめた。衆参ともに少数与党となり個別政策を巡る与野党の連携が焦点となる中、原子力の活用や電力システム改革の見直しを掲げる国民民主の動向に注目だ。

エネルギーフォーラムのオンライン番組に出演した玉木代表

視聴者からの「政党では自民党、日本維新の会、参政党が原発推進の立場を取っている。エネルギー、とりわけ原子力分野での政策連携はあるか」との質問に対し、玉木氏は「全面的に協力する。これまでもやってきた」と強調。その上で、「エネルギー政策は国家の基本。どちらも連合に応援してもらいながら立憲民主と一緒にできないのは、原発ゼロを綱領に掲げているから」だとの見解を示した。

暫定税率廃止は民意 再エネ賦課金は「やめた方がいい」

8月1日には野党が求めるガソリン税の暫定税率廃止を巡る与野党協議が始まった。野党側は11月1日廃止を訴え、与党側は来年度以降の代替財源の確保が先決と主張する。玉木氏は「恒久財源を見つけないと今年度中の廃止はできないと与党側は言うが、選挙で示された民意をしっかり考えてほしい。日本は物流コストが高いので、廃止は物価高対策としても効く。ぜひ年内に実現したい」と意気込みを見せた。今年度中の財源については「自民党が参院選で公約として掲げた2万円給付をやめれば、お釣りがくる」との見方を示した。

再エネ賦課金については、「やめた方がいい。当初よりも負担が大きくなっている。それが手取りの増えない原因の一つ」と廃止を訴えた。地元同意や原子力規制委員会の審査長期化で再稼働が進まない原子力については「大切な判断を首長や事業者に任せている。国は『前面に出る』と言っているが、出たことがない。国がもっと責任を持つような体制に、法制度も含めて変えていかないといけない」とした。規制行政についても「見直しが必要」との認識を示した。

番組の一部は、エネルギーフォーラムのYouTubeチャンネルで公開している。

【書評/8月6日】80年前のエネルギー危機 技術者はどう立ち向かったか


日本のエネルギー自給率は22年度で12.6%、日本のエネルギーのホルムズ海峡依存度は23年末で、原油で約87%、LNGで約20%だ。無資源国日本は、外国からエネルギーが輸入されないと国が立ち行かなくなる。そしてエネルギー供給ルートを、他国から攻撃され、戦争に巻き込まれることにとても脆弱だ。

これは昔から変わらない。1941年夏の日本は、米国などから、石油などの戦略物資の禁輸措置を受けた。当時の日本は、石炭をある程度採掘ができたが、石油は9割以上が外国からの輸入だった。この「油断」を一因に、日本は無謀な米国などの連合国との戦争に突き進む。必敗の事前予想を多くの識者がした。それなのに無謀な戦いを挑んだのは、石油がなくなって経済と軍備が崩壊する前に、状況を打開しようしたことが一因とされる。今年2025年は日本が太平洋戦争で敗北してから80年だ。

石油技術者の立場から、太平洋戦争を記した名著がある。『石油技術者たちの太平洋戦争』(光人社NF文庫)だ。1991年の刊行だが、戦後80年を前に復刊され、今も読む価値がある。著名作家の司馬遼太郎氏は、「昭和前期の一角に電灯がついた」と、知られざる話を記録にまとめたこの本を評価したという。

◆パレンバン油田占領、事前準備とその後

この本ではインドネシアのスマトラ島のパレンバン油田の占領のあと、その施設を復旧し、そこで石油採掘と精製を続けた技術者たちの経験を紹介している。

パレンバン油田は、当時、連合国側だったオランダの植民地のスマトラ島にある。日本陸軍は、42年2月に空挺部隊による奇襲でこの油田を占領。落下傘を使う攻撃は新聞・ラジオの報道で華やかなものに映り、空挺部隊の広報映画「空の神兵」と共に国内で喧伝された。同名の歌は、国内でヒットし、今でも著名な軍歌として歌われている。

しかし、その攻撃前の準備とその後のことはあまり知られていない。事前に陸軍は民間人を動員し、想定される火災の消化と停止した石油の採掘・精製プラント再開の準備をしていた。民間から集められた技術者たちは大変な努力で破壊されたプラントを修理し、翌43年初頭には占領前の8割の採掘量まで石油の生産を復旧させた。

【記者通信/8月5日】COP30の運営に不満噴出 ホテル不足が交渉に影響も?


11月10日~21日にブラジル北部のベレンで開催される地球温暖化防止国際会議・COP30の運営を巡り、不安の声が噴出している。今回の開催地は「アマゾン川の玄関口」といわれる都市。気候変動対策に積極的なルーラ政権が、COPでアマゾンの熱帯雨林の被害防止を訴えるにふさわしい場所としてベレンでの開催を決めたわけだが、その代償として宿不足問題が浮上。有識者からは、交渉の行方にも影響を与えかねないと危惧する声が出ている。

開催地はアマゾン川流域の温暖化影響を訴えるのにふさわしい場所となるのか

COPには数万人の参加が見込まれるが、サンパウロやリオデジャネイロなどと違い、ベレンにはその規模の宿泊客を受け入れられるほどのキャパシティがない。既に宿不足問題が顕在化し、特に途上国から宿泊費高騰への非難が高まっている。このままでは途上国が参加できなくなる恐れもあり、ロイターはCOP事務局が7月29日、緊急会議を開き対策を話し合ったと報じた。

「会議全体の雰囲気も悪くなる可能性が」

参加者は通常、政府が運営するポータルサイトを通じて宿などを手配するが、8月1日にようやく開設に至った。これまで多数のCOPに参加し、今回も参加予定の有馬純・エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)特命参与(東京大学公共政策大学院客員教授)は「開催の4カ月前にサイトが開いていなかったというのは異例の事態。政府関係者はともかく、産業界やNGO(非政府組織)などの参加枠を絞ることになるかもしれない。これまでの会議を振り返っても、ロジがうまくいかない会議は全体の雰囲気も悪くなる可能性がある」と懸念を述べる。

ブラジル政府は客室の拡大やクルーズ船確保などに取り組んでいるが、開催までにどれだけ受け入れ環境が整うのか、参加予定者は気をもんでいる。

【記者通信/8月4日】暫定税率廃止の財源は? 試される野党の責任感


政権を担えるかどうかの責任感が試されている。野党7党は8月1日に開会した臨時国会に、ガソリン税の暫定税率を11月1日に廃止する法案を提出した。同様の法案は6月に閉会した通常国会の最終盤にも提出され、衆議院で可決。その後、当時は与党が過半数を占めていた参議院で否決された経緯がある。7月の参院選を経て参議院でも少数与党となり、10月開会予定の臨時国会での成立が濃厚だ。与野党は財源確保に向けて実務者協議を開始したが、着地点はあるのだろうか。

今回の廃止法案で対象となっているのは、国税のガソリン税(揮発油税と地方揮発油税)で、その規模は年間約1兆円だ。地方税収の観点から、地方税の軽油引取税(0.5兆円)は対象外となった。

暫定税率は1ℓ当たり25.1円だ。では、廃止によってガソリン価格が25.1円下がるかというと、そうではない。現在はレギュラーガソリン価格を10円値下げするための補助金を投入している。このため、暫定税率が廃止されても、価格に反映されるのは補助金を抜いた15.1円だけだ。立憲民主党の野田佳彦代表は参院選の街頭演説で「ガソリンを40ℓ入れる場合は約1000円安くなる」と語っていたが、実際には600円ほどにとどまる。

暫定税率の廃止は、昨年10月の衆院選で国民民主党が躍進したことで現実味を帯びた。年末には与党と国民民主の幹事長が、「103万円の壁」引き下げと暫定税率の廃止で合意を締結。自公は今年末の税制調査会で議論し来年度の廃止を訴えたが、それまでの間は補助金で価格を抑え続けることになった。

野党の「財政観」にばらつき

野党は足元の物価高対策として一刻も早く廃止するよう求めてきた。来年3月までの財源は、ガソリン補助金のために計上した基金の残高で対応できるという理屈だ。今回、廃止法案の成立が見込まれたことで、与党は年末の税制議論を前倒しする格好で与野党協議の実施を迫られた。

ただ、与野党で結論が出るのかは不透明だ。財源に対する考え方には野党でばらつきがある。例えば立憲民主は、法人税の租税特別措置の見直し、所得1億円以上の方への金融所得課税の強化などで確保を目指す。国民民主は税収増や外為特会の剰余金という「非恒久財源」での対応を求めている。「ガソリン税の本則税率や、自動車関連諸税などほかの税率を上げたら減税の意味がない」(浜口誠政調会長)というのだ。与党側はとてものめないはずだ。その自民党は、与野党協議に宮沢洋一税制調査会長や後藤茂之副会長など重鎮を送り込んだ。恒久財源の確保はもちろん、暫定税率の「廃止」ではなく「引き下げ」に落ち着かせるのではないかという声もある。

揺らぐ永田町の常識

「税は理屈の世界。しっかりとした理屈を伴ったものでなければいけない」(宮沢氏)というのが永田町の常識だったが、近年、その共通認識は揺らぎつつある。「日本の財政は危機的水準ではない。赤字国債を発行して減税すればいい」──。こうした考え方は2010年前後からネットの一部で盛り上がっていたが、いまや立憲民主の一部、国民民主、参政党、れいわ新撰組などに浸透している。その典型が、左右陣営が入れ混じった「財務省解体デモ」だった。

一連の物価高の主要因は、大規模金融政策の長期化で拡大した日米の金利差による過度な円安だ。現在、日銀は植田和男総裁の下で金融政策の正常化にかじを切り、「金利のある世界」が到来した。利払い費が増加する中で財政の裏付けなき減税を行えば、一段と金利は上昇し、財政を圧迫しかねない。日本国債の格付けが低下すれば、企業の資金調達に悪影響を及ぼす。しかし、こうしたオーソドックスな主張をすると「財務省の手下」「国民生活の敵」と罵られてしまうのが昨今の言論空間だ。参院選で躍進した野党は、いつまで財政ポピュリズムに色目を使い続けるのだろうか。

【時流潮流/8月4日】 力量を試されるイランの「内憂外患」


6月にイスラエルと米国との「12日間戦争」を戦ったイランの力量が試されている。ウラン濃縮施設などへの空爆に強く反発、国際原子力機関(IAEA)査察官を国外に退去させ、米国などとの協議には応じない構えを示した。だが7月中旬以後、徐々に落ち着きを取り戻す。IAEA調査団を首都テヘランに迎え入れると表明し、英仏独3カ国との協議も実施した。条件付きながら、米国との間接協議に応じる構えも示す。

イランの最高指導者ハメネイ師=2025年7月、公式ウェブサイトから

英仏独3カ国とは、7月25日にトルコで次官級協議を開いた。EU側は、イランが10年前に結んだ核合意(JCPOA)の規定に従い、ウラン濃縮の濃度や製造量の上限などを順守し、IAEAの査察にも応じるよう求めたと見られる。

イランが8月末までに是正措置を講じない場合は、核合意が定める「スナップバック条項」を用いてイランへの国連安保理制裁を再開する考えも示した。

核合意は、イランがウラン濃縮活動縮小など一定の制約を受け入れることと引き換えに、国連安保理制裁を解除することが柱だった。ただ、イランが協定を順守しなかった場合に備え、制裁を再開する「スナップバック条項」を設けた。発効から10年を迎える今年10月、この条項が期限切れとなる。EU側は「最後の切り札」を使う構えを示した。

イランは強く反発した。EU側は、ミサイル規制など新たな制限をイランに強いる構えも示しており、政府高官は「安全保障を含めた協議に応じる考えはない」と反発した。さらに、核拡散防止条約(NPT)からの脱退をほのめかす声すら飛び出している。

米国が中国向け輸出で制裁強化 イランで高まる警戒感

2018年5月にトランプ米政権が核合意から一方的に離脱して以後、イランには厳しい経済制裁が科されている。日本や欧州諸国も、米国のイラン制裁に同調している。イランから見れば、現在の状況は国連制裁下の時代と何ら変わりがない。

プライドが高いイランには、核合意から一方的に抜けた米国にはお咎がないのに、イランだけが安保理制裁を課されるのは不平等と映る。そんな理不尽がまかり通るなら、こちらもNPT脱退という伝家の宝刀を抜くしかないと脅しにかかる。

ただ今年に入りイラン経済を巡る情勢にも変化が出始めている。日米欧がイラン産原油の「禁輸」を続ける中、これまでは中国がイラン出原油の9割以上を調達してきた。だが、それを容認しない姿勢を鮮明に打ち出すトランプ米政権は、原油を運ぶ中国のタンカー会社などへの制裁強化を始めた。

イランの現状に詳しい関係筋によると、イラン国内では「中国向けの原油輸出はそろそろ潮時」という警戒感が高まっている。中国向けの原油輸出が縮小する事態になれば、イランは主要な収入源を失う。さらに経済が悪化し、市民の反発も予想される。この関係筋は、イラン国内では「欧米諸国との妥協が必要」との雰囲気が醸成されつつあると指摘する。

イスラエルや米国、そしてEUなどの外敵に加え、国際社会との交流促進を目指す穏健派との駆け引きという内憂外患。イラン政権の力量が試されている。

【メディア論評/8月4日】福島除染土を巡る報道 復興再生利用の意義と理解醸成


◆福島県内除去土壌等の中間貯蔵

政府は5月27日、東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う除染作業により福島県内に残る除染土の復興再生利用に関する全閣僚会議を開き、再生利用を加速させる基本方針を決定した。会議は正式には「福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けた再生利用等推進会議」といい、同日、推進会議として「福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けた再生利用等の推進に関する基本方針」(以下、「再生利用基本方針」という)を決定した。福島第一原発事故後、除染作業を行う必要が生じ、政府内では、どの省庁が所管するか協議され、環境省が担当することになった。同省は、政府全額出資の特殊会社「中間貯蔵・環境安全事業株式会社」(JESCO)を活用し、福島県内の除染、仮置き場での保管、中間貯蔵、県外での最終処分というプロセスの進捗に取り組んでいる。ここで言う“中間貯蔵”とは、「福島県内の除染等の措置に伴い生じた除去土壌や廃棄物」(上記「再生利用基本方針」、以下「除去土壌等」という)について、「最終処分が行われるまでの間、福島県内(環境省令で定める区域に限る)において、除去土壌等処理基準に従って行われる保管又は処分」をいう。(中間貯蔵・環境安全事業株式会社法第二条第四項

参考=中間貯蔵・環境安全事業株式会社(JESCO)「中間貯蔵・環境安全事業株式会社法(2003年法律第44号 )」に基づき設立された政府全額出資の特殊会社。国などの委託を受けて行う、福島県内での除染に伴い発生した除去土壌や廃棄物の中間貯蔵事業および旧日本環境安全事業株式会社の実施していたPCB廃棄物処理事業を行う(同社ホームページ)。 歴代事務次官経験者が社長を務め、これらの重要業務を推進している。

そして、同法第三条第二項において、「国は、……中間貯蔵開始後三十年以内に、福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」と「国の責務」が明記されている。「中間貯蔵施設は、福島県内の除染に伴い発生した土壌や廃棄物を最終処分するまでの間、安全に集中的に貯蔵する施設として、東京電力福島第一原子力発電所を取り囲む形で大熊町・双葉町に整備すること」とされた。(環境省「中間貯蔵施設情報サイト」)東京電力福島第一原子力発電所事故の環境汚染により福島の住民が既に過重な負担を負っている中にあって、「福島県内で発生した除去土壌等については、」 (環境省「復興再生利用に係るガイドライン」25年3月)「福島全体の復興のため、地元の苦渋の判断により中間貯蔵施設が受け入れられたという経緯も踏まえ、国として責任を持って(中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外での最終処分完了に)取り組んでいく」(上記「再生利用基本方針」25年5月)ことになる。環境省は大熊町・双葉町で約1600㏊という広大な区域を対象に用地取得に取り組んだ。同区域において、仮置き場などから搬入された土壌や廃棄物の重量や放射線量を測定、分別して、土壌貯蔵、草木などの可燃物の減容化(焼却)、放射性セシウム濃度が1kg当たり10万ベクレルを超える焼却灰などの廃棄物貯蔵などを行っている。

◆除去土壌の復興再生利用

福島県内で生じた除去土壌等の量は膨大であり、県外最終処分の実現に当たっては、最終処分量を低減するため、除去土壌などの減容・復興再生利用を進めることが重要である。」(上記「再生利用基本方針」25年5月)

国内外の知見から、「追加被曝線量が年間1ミリシーベルト以下になると評価された放射能濃度1kg当たり8000ベクレル以下の除去土壌については、適切な管理の下で再生利用を行うことの検討」がされてきた。「放射性セシウムの半減期を考慮すると、25年3月時点で中間貯蔵施設に搬入された除去土壌の約4分の3が同8000ベクレル以下、約4分の1が同8000ベクレル超であると推計」されている。(環境省 25年3月「県外最終処分に向けたこれまでの取組の成果と2025年度以降の進め方(中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略 成果取りまとめ)」、以下「2025年度以降の進め方」という)しかし、最終処分の手前のプロセスである復興再生利用そのものも難題となっているのが現状である。このため、国民の理解の下、“政府一体”となって復興再生利用などを進めるとされている。参考=政府一体となっての再生利用先の創出(24年3月19日閣議決定)〈『第2期復興・創生期間』以降における東日本大震災からの復興の基本方針の変更について〉

1.復興の基本姿勢および各分野における取組

2)原子力災害被災地域

②環境再生に向けた取組

……最終処分量を低減するため、国民の理解の下、政府一体となって除去土壌等の減容・再生利用等を進めることが重要であり、……取り組みの安全性などについて、IAEAによるレビューなどの状況も含め、積極的かつ分かりやすい情報発信を行うなど、全国に向けた理解醸成活動を推進し、国民の理解・信頼の醸成につなげていく。再生利用先の創出などについては、関係省庁などの連携強化などにより、政府一体となった体制整備に向けた取り組みを進め、地元の了解を得ながら具体化を推進する。……

⇔〈これを踏まえ、福島県内の除去土壌の再生利用等による最終処分量の低減方策、風評影響対策などの施策について、政府一体となって推進するため、24年12月20日に(上述の)全閣僚による「福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けた再生利用等推進会議」が設置された。〉(上記「再生利用基本方針」25年5月)

 ~25年度以降の進め方~

〈福島の復興に向けた重要課題の一つである、福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けて、今後20年間の道筋を具体化していくことが必要である。その上で、本基本方針を着実に実行するため、本年夏ごろに、政府一丸となって当面5年程度で主として取り組む、復興再生利用の推進や理解醸成・リスクコミュニケーションを中心としたロードマップを取りまとめる〉とされている(上記「再生利用基本方針」25年5月)環境省は3月、上記「2025年度以降の進め方」において本年度以降に取り組む重要項目として「復興再生利用の推進」、「最終処分の方向性の検討」とともに「全国民的な理解の醸成」を掲げている

【記者通信/8月1日】東電が9549億円の災害特損 自己資本比率改善が課題に


東京電力ホールディングス(HD)は7月31日、2025年度第1四半期決算を発表した。経常利益こそ前年同期比で同水準の1012兆円の黒字となったが、災害特別損失にデブリ取り出しの作業費用など9549億円を計上。純利益は8576億円の赤字となり、自己資本比率は25.1%から19.3%に低下した。一般的に20%を下回ると、金融機関との間で結ばれている財務制限条項(コベナンツ)に抵触する可能性が高まる。記者会見で山口裕之副社長は「自己資本比率を改善していかないといけない」と意気込んだが、頼みの綱である柏崎刈羽原発(KK)の再稼働時期などは未定で具体的な道筋は見えていない。

記者会見する東電HDの山口副社長(左から二人目)

「災害特別損失として燃料デブリ取り出し準備の作業費等を計上したことは、廃炉の進捗を示すものと考えている」(山田氏)

原子力損害賠償・廃炉等支援機構の燃料デブリ取り出し工法評価小委員会は7月23日、デブリ取り出しの準備作業のあり方を提示した。まず、原子炉建屋の上部から圧力容器内の燃料デブリを加工し、格納容器の底部に降ろす。その後、建屋の横から回収する工法をとる。こうした「横/上アクセス連携工法」を実施するために、新たに作業場所の線量低減費用や原子炉内部の調査費用、干渉設備の撤去費用など9030億円が必要になった。

行き詰まる経営

東電は廃炉等積立金として、年間2600億円程度を積み立てている。現在は7000億円程度の残高があるといい、山口氏は「9030億円は廃炉等積立金制度の中で支援できるので、(自由に使える資金を示す)フリーキャッシュフローをさらに悪化させるものではない」との見方を示した。一方で、「自己資本比率が20%を若干切るところまで落ちたのは事実なので、改善していかないといけない」と述べた。ただ、1基当たりの収益改善効果が1000億円と見積もる柏崎刈羽原発がいつ再稼働するかは未定で、昨年度内に予定していた第5次総合特別事業計画の策定は延期している。

山口氏は稼ぐ力の向上に向けて「今後伸びていくデータセンター事業者の需要を取り込むことで収益を伸ばしつつ、またコストも抑えつつ、収支・フリーキャッシュフローを改善していきたい」との展望を語ったが、経営が劇的に好転するかは不透明だ。電力購入量や社員の給料支払いに使われる東電のフリーキャッシュフローは2018年度から赤字が続き、金融機関からの融資に頼っている現状だ。こうした中でも毎年、廃炉等積立金の積み立て2600億円、原子力損害賠償・廃炉等支援機構への特別・一般負担金の納付3000億円を継続しなければならない。今後、積み立て・負担の軽減や小売部門のアライアンス、さらには上場廃止といった再建に向けた大胆な動きはあるのか。何より、KKの再稼働の見通しさえ立てば、手元の資金繰りを巡る金融機関の対応も変わってくるのだが……。

【記者通信/7月31日】年内のKK再稼働に黄信号 出直し知事選の可能性は⁉


東京電力・柏崎刈羽原発(KK)は年内に再稼働できるのか――。7月20日に投開票が行われた参院選・新潟選挙区では、自民党の新人・中村真衣氏が当初の予想以上に善戦したものの、立憲民主党の現職・打越さくら氏に約1万票の僅差で破れた。同県では昨年10月の衆院選で、五つある選挙区全てで立憲の候補者が勝利。今回、KK再稼働問題はほとんど争点にならなかったが、国政選挙での連敗に自民関係者からは「年内の再稼働は難しいかもしれない」との声が漏れる。

地元の逆風にさらされる自民党・新潟県支部連合会

新潟選挙区は2016年に1人区となって以来、与野党が激しいデッドヒートを繰り広げてきた。自民党に対する厳しい逆風が吹き荒れる中、県連は昨年12月、シドニー五輪競泳銀メダリストの中村真衣氏の公認を決定。県民栄誉賞第1号で抜群の知名度が強みだったが、参政党に保守層が流れたこともあり惜敗した。中村氏の地元の長岡市や、柏崎市と刈羽村、農村部では勝利したが、人口が多い新潟市や上越市では劣勢だった。

問われる県議会の「やる気」

KK再稼働を巡り、花角英世知事は18年の知事選で、自らが是非を示した上で「県民の信を問う」との公約を掲げた。その手法としては、①出直し知事選、②県議会の意見集約、③県民投票──という三つの可能性があったが、県民投票については4月中旬、県議会が市民団体による県民投票条例制定を求める直接請求を否決した。今後は9月中旬まで公聴会や首長との意見交換、県民の意識調査が行われる予定で、花角氏はそれ以降に是非を判断するとみられる。

県議会での意見集約となった場合、鍵を握るのは与党の自民党だ。ベテランを中心に再稼働に慎重姿勢を崩していない議員がおり、党内調整は容易ではない。党勢が戻らない中で、再稼働という県民を二分する難題に手を付けることを嫌う向きもある。次回の県議選への悪影響を恐れているからだ。「参院選の敗戦で再稼働に対するやる気は失われた。もう立憲民主にお願いしてよ、という感じ。勢いのある国民民主の連立入りなどがあれば流れが変わるかもしれないが、現状では年内の再稼働は難しいかもしれない」(自民関係者)

知事選を防ぐ「切り札」

柏崎港からKK(写真左側)を望む

新潟県はKK以外にもさまざまな問題を抱えている。とはいえ、仮に出直し知事選になった場合は再稼働が最大の争点となろう。18年に買春疑惑で辞任した米山隆一前知事(現衆議院議員)は出馬を否定しておらず、推進派にとっては手強い相手となる。勝利すれば、少なくとも任期中の4年間は再稼働できないという状況に陥りかねない。官僚出身で物分かりのいい花角氏が、出直し知事選を選択するはずがない──。自民関係者や東電関係者からはこうした楽観的な見通しを耳にするが、本当にそうだろうか。

「信を問う」と言われて、最初に思い浮かべるのは選挙だ。確かに野党議員や電力会社と距離がある人は「結論を出して一旦辞任した方が分かりやすい」(一般紙論説委員)、「冬前に辞めて選挙に打って出るのではないか」(無所属衆議院議員)と見る。「花角氏は知事職に執着していない」という評価もかねてから聞こえていた。自民県議団には頼れないし、もういつでも知事の座を降りていい──そう考える花角氏が突然辞任する可能性は否定できない。それを防ぐべく「首相の来県」という最後のカードは残っているが……。

【時流潮流/7月30日】 動意づく「シベリアの力2」 中露ガスパイプライン交渉の行方


イスラエルとイランの「12日戦争」をきっかけに、地政学リスクに再び注目が集まっている。世界のエネルギー輸送の約2割を占めるホルムズ海峡が封鎖される事態も予想され、リスク回避を探る動きが始まっている。

中でも最も動意づきそうなのが、中東産の石油や天然ガスへの依存度が約5割の中国だ。

中国は、これまでもミャンマーと中国を結ぶ石油パイプラインを建設、ロシアとも天然ガスパイプライン「シベリアの力1」を整備することで、タンカーが中国に近づけない事態に陥っても、エネルギーを安定確保できる態勢づくりを進めてきた。今回の中東有事をきっかけにこれを一歩進め、5年ほど続く「シベリアの力2」の交渉を加速させる可能性がある。

19年に開通した「力1」は、シベリア東部産のガスを、「力2」はシベリア西部産のガスを中国に輸送するパイプラインだ。

2022年2月のウクライナ侵攻の結果、ロシアは主要なガス輸出先であった欧州市場を失った。開店休業状態にある西部のガス田を活用するには、「力2」の早期実現が望ましい。

一方、中国はこれまで「力2」に気乗り薄だった。ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアから原油や液化天然ガス(LNG)などの調達を増やしたことで、エネルギー依存度は20%にまで跳ね上がった。「力2」が実現すれば、依存度は40%になる。この数字は、ウクライナ侵攻前の欧州諸国のロシア依存度と同じで、ある意味、リスクと言える。

価格の問題もある。「力1」の価格交渉は、ロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合し、経済制裁を受ける中で進められた。中国は、破格の安値を勝ち取る。中国は「力2」では、これをさらに下回る価格を求めるが、ロシアがこれに難色を示す構図にある。

ただ、中国にも弱みがある。エネルギー需要の急増が見込まれる中、ロシア産ガスの調達を増やさなければ、米国や豪州などからの調達を増やす必要がある。米国と緊張状態が続く中、中東地域が一気に不安定化すれば、予断を許さない状況にもなりかねない。

トランプ大統領が「2次関税」で揺さぶりも

そうした中、7月に入り中露両国を揺さぶる新たな事案が発生する。トランプ米大統領は14日、対露政策を大転換し、50日以内にウクライナとの停戦に応じなければ新たな制裁を科すと発表した。原油やガスなどのロシア産品を大量に輸入する諸国に100%の「2次関税」を課す考えだ。

ロシア産原油・石油製品の輸出先は、中国、インド、トルコの3カ国だけで9割を占める。「高率関税」を武器に取引を断念させ、ロシアの継戦能力に打撃を与えることを狙う。

トランプ氏が設定した「50日」の猶予期間は9月2日に切れる。その直前の8月末にロシアのプーチン大統領は上海機構の首脳会合出席のため訪中し、中国の習近平国家主席と会談する予定だ。

中露両国の首脳は、米国の圧力をものともせずに「力2」の前進を図るのか。それとも、圧力をいなすのか。中東情勢だけでなく、米中露3カ国の駆け引きからも目が離せない展開が続く。

【論考/7月29日】中東「12日間戦争」が脅かす国際石油供給秩序


本年6月の「12日間戦争」の結果、ペルシャ湾岸の地域秩序は一層不安定化する。国際石油供給の秩序基盤は大きく動揺し、日本も石油供給確保に向けた対応が迫られる。

核による抑止の必要性を上げた戦争

「12日間戦争」によって生じたイスラエルの軍事優位は、まさにそれ故にイランを核武装による抑止力の獲得へと一層傾斜させよう。米国の後ろ盾で現状の優位を固定したいイスラエルと、これを拒否するイランとの間で、間歇的な軍事衝突が続く可能性が大きい。

6月13日以降のイスラエルによるイラン本土大規模空爆の対象は、核兵器開発能力に止まらない。イラン西部の防空能力、及び、対イスラエル反撃能力の無力化が図られた。すなわち、航空・ミサイル戦力全般に於ける対イラン優位の確立が目指されていた。

イラン核開発の中心であるイスファハン、ナタンズ、フォルドゥの3施設を打撃。有力な核技術者らも空爆で殺害。同時に早期警戒レーダー網や空軍基地などを攻撃し、テヘランを含むイラン西部における航空優位を確立。また20に及ぶミサイル基地を叩き、貯蔵ミサイルや発射台を次々に破壊し、ミサイル生産・開発施設も打撃。併せて全軍統合参謀長をはじめ軍・革命防衛隊の首脳を次々に殺害、司令系統の麻痺を図った。

開戦前は直接的関与に消極的と伝えられたトランプ政権は、緒戦におけるイスラエル軍の圧倒的優勢を見て態度を豹変。表向き交渉継続と見せかけながら、6月22日にイラン核施設を地下貫通弾も用いて空爆。この直接攻撃で米国はイスラエルの始めたイラン核施設破壊を仕上げたが、それによって対イラン戦争の当事国となり、その収拾の責任を自ら負うこととなった。

「12日間戦争」後の新たな現状の維持、すなわち、イランに核開発および対イスラエル攻撃能力を持たせず、そのためにイラン西部の航空優位を確保し続けることが、今後イスラエルの目標となろう。しかしこれはイスラエル・米軍の空爆に対するイランの自衛力喪失を意味する。防空・反撃能力が著しく劣勢に陥った現在、イランにとって核兵器保有による抑止力獲得の重要度は、むしろ開戦前に比して格段に上がったと見るべきだろう。また交渉相手としての米国への信頼は、決定的に毀損されたであろう。

7月2日にイランはIAEAへの協力を停止。査察官を国外退去させ、高濃縮ウランの所在や核施設の被害・残存能力を外部からは検証不能にした。ウラン濃縮および武器化の可能性に関して様々な観測が流れる中、あくまで核開発再開を図るイランと、これを独自の情報・観測に基づいて実力で阻止するイスラエル・米国との衝突が、今後間歇的に繰り返されるだろう。

「12日間戦争」はイスラエル・米国の圧勝に終わった。しかし戦闘での勝利は、それを持続性ある秩序の再構築へとつなげなければ、戦略的な失敗となって終わり得る。

中東秩序を撹乱する米国

イスラエルの奇襲成功に乗った米トランプ政権による参戦の決定は、その野放図な関税措置他の外交姿勢と同様、目先の情勢に左右されたもので、指針となるべき戦略を欠く。イスラエルが米国の無条件の支援を前提に打撃に専念し、その後の事態収拾をもっぱら米国に負わせる構えは、根本的に機会主義的であり、不安定である。

イスラエルはイラン核施設のみならず、サウスパースガス田の陸上処理施設およびガス精製所を空爆、またテヘラン近郊の石油貯蔵・精製施設および発電所も限定攻撃と報じられた。特にイラン首都圏におけるエネルギー不足と治安撹乱を狙ったものと考えられるが、これは核兵器開発阻止という主目標から逸脱し、むしろ紛争拡大を誘う挑発行動だった。

昨年4月、10月にイスラエルが対イラン「報復」爆撃を行った際には、当時の米バイデン政権との間で核・エネルギー施設は対象外とする了解があった。「12日間戦争」はこの一線を越えた。

もっともイラン・エネルギー施設への攻撃は国内供給向けに限定され、輸出能力は対象外だった。その点で一定の自制が働いたとはいえ、世界のエネルギー供給に占める中東の重要性に鑑みれば、非常に危険な行動だ。本来歯止めを掛けるべき米国がこれを実質的に支援した事態の重大さは、看過し得ない。

現在われわれが当然視している市場本位の開放的な国際石油供給の在り方は、1985年末にサウジアラビアがスポット市場連動の価格方式に転換して始まり、90~91年の第1次湾岸戦争で米国主導の多国籍軍がイラクのクウェート侵略を退けて以来、体制として定着した。米国による安全保障の傘のもとで、西側消費諸国の緊急時協調対応、およびサウジの原油生産余力確保とその機動的稼働を組み合わせ、不測の供給ひっ迫時にも市場機能の健全性を維持する構えだ。

この体制の主柱は、中東地域秩序を支える米国の外交・安全保障能力だが、その米国がむしろ地域秩序の撹乱者となって現れているところに、今日の石油を取り巻く問題の深刻さがある。