テーマ:経産・環境省の幹部人事
エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画が見直しの時期を迎え、わが国のエネルギー環境政策は大きな転機に突入した。7月中旬に発令された経済産業省と環境省の幹部人事を読み解きながら、政策の行方を占う。
〈出席者〉 A元官僚 B有識者 C霞が関関係者 D業界関係者
エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画が見直しの時期を迎え、わが国のエネルギー環境政策は大きな転機に突入した。7月中旬に発令された経済産業省と環境省の幹部人事を読み解きながら、政策の行方を占う。
―まずは、経産省人事の評価から聞いていきたい。
A 梶山弘志大臣が今回の人事を発表するに当たって、「エネルギー政策を思い切った脱炭素に転換していくために、保坂(伸・前貿易経済協力局長、1987年入省)さんを資源エネルギー庁長官に登用する」と言及したのは、極めて異例のことだ。梶山大臣自身はもともと旧動力炉・核燃料開発事業団の出身でエネルギー問題に造詣はあるとはいえ、官僚の人事に口を出すようなタイプの政治家ではない。何か別の力が働いた上で誰かが大臣に振り付けをしたと思っている。
D 経産省は、持続化給付金問題などでみそを付けてしまった。新しく生まれ変わる一つの柱がエネルギー政策になっていくという、省全体の決意の表れではないかな。
B エネルギー政策の実務に詳しい人がトップになってほしいという意味で、髙橋(泰三・前エネ庁長官、85年)さんを事務次官にと思う業界関係者は多かった。しかし経産省としてはさまざまな理由から、今までの延長線上でエネルギー政策見直しのストーリーを描くことが難しくなっている。梶山大臣が会見で政策転換を強調したように、根本的なところから政策の組み換えが起きる可能性が高い。そこをにらんだのが今回の人事だろう。
想定外だった髙橋、西山両氏退任 「脱炭素」の裏で原子力シフト
A 誰がこの人事を行ったのかはだいたい想像がつく。一部の週刊誌には「原案作成=安藤(久佳・事務次官、83年)、監修=今井(尚哉・首相政務秘書官兼補佐官、82年)」と書いてあったが、ここまで経産省の人事が話題になることも異例だろう。
C 週刊誌の報道はおおむね当たっていると思う。次官候補の呼び声もあった85年組の髙橋さんと西山(圭太・前商務情報政策局長)さんの2人が去って、84年組の新原(浩朗・経済産業政策局長)さんと糟谷(敏秀・特許庁長官)さんが残った。省内の若手や中堅からすると、よろしくない人事だよ。
A 同感だな。安藤さんの次は、多田(明弘・官房長、86年)さんが有力視されているが、新原さんの芽も消えたわけじゃない。
C 新原次官だけは勘弁してほしいね。
B それは皆そう思っている。残念なのはやはり髙橋さん、西山さんの退任だ。2人ほど実務を分かっている人はいない。
―電力関係者の間では直前まで、髙橋さんの留任に期待する向きが多かった。
B そう聞いている。2人とも切られることは想定していなかっただろうね。
A ただ『エネルギーフォーラム』が8月号で書いていたように、髙橋さんは面倒な事案で泥をかぶらないタイプ。私から見ると、少しきれい過ぎる。そのような評価は確かにあった。それにしても、西山さんまで切ることはなかった。
―官邸側の狙いは何か。
D 次の政権交代、総選挙を視野に入れながら、国民ウケする「脱炭素」政策を強力に推進していくことだろう。そのために、保坂さんをエネ庁長官にした上で、飯田(祐二・前産業技術環境局長、88年)さんをエネ庁次長兼首席エネルギー・環境・イノベーション政策統括調整官に、小澤(典明・前技術総括保安審議官、89年)さんを政策立案総括審議官兼首席エネルギー・地域政策統括調整官にそれぞれ据え、脇を固める体制を敷いた。
C 脱炭素を経産省的に翻訳すると、原子力シフトになる。今回の梶山大臣の記者会見では、原子力という言葉は1回も出てこなかったが、完全に原子力シフトだよ。
エネ庁に3人の局長級を配置 来年のCOP26がターゲットに
―「思い切った脱炭素転換」の真意が、原子力なのか。
C そう考えて間違いない。
A 脱炭素イコール原子力、とはおおっぴらには言えないからな。
C 石炭火力発電を廃止していくと、ベースロード電源を担うのは原子力発電しかない。関係者なら周知の事実だよ。
B 今回の再生可能エネルギー特別措置法の改正によって、新原さんが主導した、再エネ固定価格買い取り制度(FIT)でねじ曲げられていた再エネ政策はそれなりに正常化される。これからは、まともな再エネしか入らなくなるので、今までのような流れとは違ってくる。つまり原子力を動かさない限り、環境目標の達成は不可能な状況になるわけだ。
A わが国のエネルギー政策を前進させていていくには、いつかは原発問題に手を付けなければいけない。安倍政権の7年間でずっと塩漬けされていたツケを、いつかどこかで払う必要がある。梶山大臣はもともと原子力企業の出身なので、政権は彼にババを引かせようとしているのだと感じたよ。
B もちろん、安倍政権では原子力の話を声高に言えない。矢面に立つのは、経産省であり、資源エネルギー庁だ。ババかどうかはともかく、誰かがやらなければならない。
C いずれにしても今回の人事では、冒頭にもあったように、官邸筋、つまり今井さんの意志が働いている。髙橋さんが長官を務めていながら、原発政策が前進しないのはやはり不満だったんだろう。その打開策として、今井さんと師弟関係にある保坂さんをエネ庁長官に持ってきたのはうなずける。
―エネ庁次長級の人事をどう見ているか。
D 例えば、前事務次官の嶋田(隆・富士フイルムホールディングス社外取締役、82年)さんは今回の人事について、周囲に「2人のエネ庁次長」と言っているし、「3人の局長」という見方も少なくない。要するに、首席は局長扱いということだ。
A つまり降格ではないと。
D そう。で、2人の次長だけど、飯田さんはエネルギー基本計画とエネルギーミックス。小澤さんは地域性で、これは原子力発電。その両輪で政策を動かすことになる。さらに言えば、地球温暖化対策計画の見直しも含め、重要なエネルギー政策議論が相次いでスタートしていく。ターゲットは来年のCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)だ。そこを目掛けてさまざまな物事が動き出す中で、保坂さん、飯田さん、小澤さんの3人がヘッドとなり、エネルギー政策の大転換を図っていくわけだ。