脱炭素と安定供給を両立する有力電源「原子力」を再評価する向きが世界的に拡大し始めている。わが国も今こそ原子力政策の「失われた10年」から脱却し、政治主導で世論の壁を打ち破る時が来た。
「議長、日本は、アジアを中心に、再エネを最大限導入しながら、グリーン……、あっ、クリーンエネルギーへの移行を推進し、脱炭素社会を創り上げます」
それは、ほんのささいなハプニングだった。11月2日、英グラスゴーで開かれた温暖化防止国際会議・COP26に出席した岸田文雄首相は、スピーチの際に「クリーン」を「グリーン」と言い間違え、即座に訂正したのだ。
大半の人は気にも留めないような出来事だが、エネルギー業界では意外なほど反響を呼んだ。「グリーンなら主に再生可能エネルギーを指すが、クリーンであれば原子力も含むことになる。たった一文字の違いに過ぎないが、われわれにとってその差は大きい」。大手電力会社の幹部はこう話す。
「クリーンエネルギー(CE)」は岸田首相が総裁選の最中から、たびたび口にしてきたキーワードだ。去る10月8日の国会所信表明演説でも、「CE戦略の策定を強力に推進する」と表明した。

これを受け、経済産業省・資源エネルギー庁では、第六次エネルギー基本計画の仕事が閣議決定でひと段落するのと前後して、CE戦略の議論に向けた準備に取り掛かった。「休む暇もない」と嘆く事務局が当初作成したアジェンダ案を見ると、「供給サイドの取り組み」として「原子力は、既存設備の徹底活用の方策(長期運転問題、再稼働の徹底推進)」の一文が盛り込まれている。
CE戦略にどう反映? 根強い原子力への抵抗感
「まずは既存原発の再稼働と運転期間延長、次にリプレース、そしてSMR(小型モジュール炉)や高温ガス炉など新型炉の開発・導入という順番を基軸に、これからの原子力政策を考えていく。そんな方針が、経産省の周辺から聞こえている。それがCE戦略にどう反映されるのか、大いに注目しているところだ」。10月中旬、大手エネルギー会社の幹部はCE戦略への期待をこう明かした。
本誌11月号特集『岸田新政権の審判』で報じたように、原発再稼働や新型炉によるリプレースの必要性を声高に訴える甘利明・幹事長を筆頭に、高市早苗・政調会長、萩生田光一・経産相、山際大志郎・経済再生相、嶋田隆・首相秘書官ら、原子力に造詣の深い顔ぶれが第一次政権の主要ポストに並び、業界からも政治主導への高い関心が寄せられていた。
ところが、10月30日に投開票が行われた衆院選で、思わぬ事態が起きる。原子力立て直しの旗振り役だった甘利氏が小選挙区で落選、責任を取って幹事長職を辞任したのだ。「司令塔が倒れて大丈夫か」。業界はざわついた。
脱原発派の河野太郎・前規制改革相、小泉進次郎・前環境相が内閣から外れたとはいえ、原子力推進には依然として高い壁が立ちはだかる。最大野党の立憲民主党はもとより、共産党、社民党、そして与党の公明党まで、短期的か、将来的かの違いはあるにせよ目指すは「原発ゼロ社会」の実現だ。また世論を代表する大手マスコミも、朝日、毎日、日経の3紙を中心に「脱原発」の論陣を張る。
自民党、経産省内を見渡すと、原子力推進色を表に出すことへの抵抗感は根強く残る。東京電力柏崎刈羽で発覚した数々の不正問題に加え、最近も東北電力女川での硫化水素漏れ事故や九州電力玄海での火災事故などが発生。世論の風当たりは相変わらず強い。「政府が下手に脱原発路線の転換を口にしようものなら、袋叩きに合うのは確実」(元経産省関係者)。来年夏には参院選も控え、政治的にも微妙な時期といえる。
しかし一方でCOP26での議論や合意文書が象徴するように、脱炭素化への取り組みは待ったなしの状況だ。太陽光や風力などの自然エネルギーは発電量が天候に左右されるため、大量導入によって電力安定供給に深刻な影響を及ぼすデメリットが世界的に顕在化しつつある。片や安定性に秀でる石炭火力は、CO2排出問題から「段階的に縮小」する方向だ。このままだと、主力電源はLNG火力の一本足打法となり、欧州や中国で起きているような需給ひっ迫、価格高騰のリスクが高まることになりかねない。
小手先だから失敗する!? 正面から堂々と戦略議論を
発電段階でCO2を排出せず、供給安定性に優れ、燃料費も安い原子力は、脱炭素社会の実現とライフラインの維持を両立させる上で欠かすことのできない電源なのだ。そうしたメリットがあるからこそ、欧米の主要国では原子力の価値が再評価され、お隣の中国でも数多くの新設計画が進んでいる。「わが国としても正面から堂々と原子力戦略を議論すべき時に来ている。政治や世論に配慮し、こそこそやろうとするから逆にうまくいかないんだよ」(電力関係者)

地ならし的な動きは始まっている。政府の「新しい資本主義実現会議」は、11月8日に発表した緊急提言の中で「CE技術の開発・実装」に原子力を位置づけるとともに、CE戦略策定に当たって「原子力や水素などあらゆる選択肢を追求する」方針を掲げた。
エネ庁は11月下旬からCE戦略の検討に着手、年内に論点を整理する見通しだ。「エネ基で深堀りできなかった、熱エネルギーの脱炭素化やCE投資などが議論の中心となる。原子力については制度面の問題には触れず、新型炉の研究開発や今後のスケジュール感など中期的な課題が書き込まれるかも」(エネ庁幹部)
ただ、わが国政府に求められているのは、そんな小手先の話ではない。「2050年カーボンニュートラル実現」を掲げる日本が、その一翼を担う原子力の国家戦略を提示し、国民的議論を巻き起こすことなのだ。それによって初めて政策は前進する。「世論の壁を打ち破るには、国家感を持った骨太の政策理念と強力な政治主導体制が必要だ」。政界に影響力を持つ経産省OBの言葉が重く響く。















