【特集1】「競争メカニズム」機能せず!供給不安を招いた市場依存の危うさ


電力システム改革後、価格高騰など紆余曲折を経ながらも700を超える新電力が参入し活況を呈す小売り市場。
その裏では新規電源投資の停滞が続く。短期の卸電力市場のテコ入れとともに、中長期の市場形成が不可欠だ。

資源エネルギー庁は1月、電力・ガス基本政策小委員会(委員長=山内弘隆・武蔵野大学経営学部特任教授)において、約1年をかけて進めてきた電力システム改革の検証結果と、それを踏まえた「今後の方向性」の案を示した。

その評価は、「広域融通の仕組みの構築や小売全面自由化によるメニューの多様化、事業機会の創出といった点については一定の進捗があり目指していた方向性に沿った成果が確認できるものの、供給力の維持・確保や国際燃料価格の急騰への対応等については課題が残った」というものだ。

成果とともに、顕在化した問題にも触れ是正の必要性に言及している。とはいえ、電力業界の実務者の中には「エネ庁が主導した電力システム改革という壮大な〝社会実験〟は失敗した」―と言ってはばからない人も多く、その間にかなりの温度差があることは否めない。
社会実験とは、大手電力会社中心の地域独占と総括原価方式に基づく安定供給体制にメスを入れ、競争の促進や安定供給の確保、料金の抑制を達成するために市場機能を活用する方向へと大きく舵を切ったことを指す。その結果どうなったか。

原子力発電所の再稼働が想定通りに進まず、供給の主力を担ってきた火力は、再生可能エネルギーの導入拡大による稼働率低下や老朽化に伴い休廃止が加速。これが2020年以降、災害や厳気象による需給ひっ迫が断続的に起きるなど供給の不安定化につながった。さらに、国際情勢や紛争などによって燃料価格が高騰すると、それが電力価格にダイレクトに影響するように。需要家が低廉、かつ安定的に電力の供給を受けられる保証は、もはやなくなったのだ。

自由化と規制のはざまで 短期市場偏重の罠

こうした事態に陥った要因は、電力取引が短期市場である卸電力市場に極度に集中してしまったことにある。大手電力会社による市場支配力の行使を懸念するあまりに、「競争的であるならば限界費用で入れるはずだ」との理屈で限界費用による市場への供出を実質的に強制。FIT(固定価格買い取り)制度に支援された再エネが入ってきたことで価格が一層低迷し、大型電源は市場での固定費回収が困難になった。

自社電源を持たずとも安く電気を調達できる「官製市場」の存在は、「調達先未定」―つまり、本来電源投資を支えるはずの長期の相対契約を結ばずに小売事業を営む新電力を大量に生み出した。短期市場がいくら流動化したところで、電源投資の予見性は下がるのみ。それが、新規投資の停滞と休廃止に拍車をかけた。

学識者の一人は、「市場価格は生き物。価格が上がることが問題なのではなく、その要因が何であるかを知る能力を高めることで、業界内の変調が見えてくる。その機能を失わせてしまった」と、限界費用を強いることの不合理を指摘する。
その上、自由化の名の下に、本来の趣旨とは逆行するようなさまざまな非対称規制が措置された。その最たるものが20年度以降も継続している料金の経過措置規制であり、卸取引の内外無差別の徹底だ。

電源アクセスへの公平性の担保は新電力側からの強い要請であったことは事実。しかし、それにより誰が買っても同じ標準商品化したことは、デマンド・レスポンス(DR)や分散型機器の導入を阻害し、新電力の創意工夫の余地すら奪うことになった。

「マーケットで長期の電源が建つ、という理論がそもそも幻想だった」「重要なのは電源そのものよりも、自由自在に調達できる燃料が手元にあること。それがなければ自由化も価格シグナルもない。そもそも燃料の全てを輸入に依存する日本でうまくいくわけがなかった」エネルギー業界関係者はこう口をそろえるが、覆水盆に返らずだ。

全ては3.11から始まった(被災直後の広野火力)

【特集1】短期市場の限界が露呈 電源投資復活の条件とは


電力システム改革が目指す方向性は示されたが、その実現に向けた制度議論はこれからだ。
今後の「電力市場」はどうあるべきなのか。東京大学の大橋弘副学長に話を聞いた。

インタビュー大橋 弘(東京大学副学長)

―電力システム改革における「市場」の功罪についてどう考えますか。

大橋 卸取引市場での取引割合が需要の3割を超えるまでになり、700社もの小売事業者が参入して需要家の選択肢が拡大した点は一定の評価ができるでしょう。また、市場を通じて全国大で電気を流通させることで、メリットオーダーが達成され、電源の効率的な利用が促されました。他方で、制度が議論されていた当時から懸念されていながら、顕在化することで初めてその深刻さが明らかになった問題もあります。

―具体的には。

大橋 脱炭素化の要請が強まり、火力電源の撤退が想定以上に早く進んでしまったことや、長期の相対契約が減ったことにより供給が不安定化しました。足元では、kWのみならずkW時にも不安が生じ始めています。自ら投資をせずに参入する事業者が多く、異業種から投資を呼び込めなかったばかりか、原子力規制の問題から大手電力会社の投資はkWやkW時に寄与しない安全対策投資が太宗です。つまり当初、自由化に期待されていた競争促進的な投資が起きていないのです。卸電力市場など短期市場の流動化は、発電投資を促進しませんでした。他者から買うと高いから自ら電源に投資するという判断があるので、市場価格が安ければ投資せず、市場で調達するのは当然です。
 

システム改革は、価格シグナルで電源投資を促すことを前提としてきました。ですが結局、電源投資を決めるのは価格というよりは「量」ということではないでしょうか。中長期で売り先がしっかりと決まっていてこそ、発電事業者は燃料を調達し発電することができます。卸電力市場の在り方が当面変わらないのであれば、今後検討していく中長期の市場については、短期市場の影響を受けないよう明確に切り離すべきかもしれません。一方で、政府による電源投資のファイナンス支援が検討されていますが、自由化した以上は、何から何まで支援というわけにはいかないでしょう。

創意工夫を奪う事前規制 問われる自由化の姿

―制度議論に何を求めますか。

大橋 自由化の世界は需要家がけん引するもので、事前規制によってその創意工夫を奪うようなことは望ましくありません。容量市場では、支配的な事業者への懸念から非対称規制を入れた結果、投資につながらない制度になっていないでしょうか。「電力事業における自由化とは何か」という本質的な議論がまだ煮詰まっていないように思います。全ての事業者が安定供給の担い手となるべく一定の規律を設けながら、投資する事業者が一様にはしごを外されることのないような制度を目指すための議論が求められます。

おおはし・ひろし 米国ノースウェスタン大学博士(経済学)。ブリティッシュ・コロンビア大学経営・商学部助教授、東大大学院経済学研究科教授(現職)、同大公共政策大学院院長などを経て2022年4月から現職。

【特集2まとめ】水素利活用の転換点 新技術で国内需要拡大へ


使用時にCO2を排出しない次世代クリーンエネルギーの水素。
多様な資源から製造できる上、用途も産業から船舶燃料までと幅広い。
これらは脱炭素とエネルギー安定供給、経済成長につながる利点だ。
日本はその「一石三鳥」を狙い、水素産業の育成に力を入れてきた。
そこで培った技術を生かせる需要地を開拓し、身近な存在にできるか。
社会実装を促す転換点に直面する官民の最新戦略に迫った。

【アウトライン】クリーンエネ市場の開拓へ先手 広がりを見せる日本勢の挑戦

【東京ガス】東京五輪のレガシーを受け継ぐ 選手村跡地で先駆的なエネ事業

【北九州市】大規模サプライチェーン構築へ 環境と経済の好循環を目指す

【川崎市】地の利を生かして大転換を図る 発電・熱・原料を先駆的に利用

【東京都】将来の水素の可能性と課題を議論 体験型プログラムで理解を深める

【岩谷産業】国内初の旅客輸送する水素船 大阪中心部と万博会場を結ぶ計画

【関西電力】ゼロカーボン電力を万博会場に供給 エネルギーの未来像を映し出す

【東邦ガス】CNニーズに応える事業を拡大 供給基盤構築と需要創出を推進

【大阪ガス】製造装置の信頼性が顧客に好評 e‐メタン利用も武器に市場開拓

【三菱化工機】トータルソリューションに注力 高純度水素製造からCO2回収まで

【三國機械工業】既存技術の利点を集めた製造装置 再エネの出力変動への追従が可能

【タツノ】独自技術による製品を展開 新たな市場対応への動き進展

【三菱重工エンジン&ターボチャージャ】既存エンジンを応用して開発 500kW級専焼エンジンの実証開始

【川重冷熱工業】燃焼と蒸気供給技術を融合 専焼・混焼の両モードを実現

【特集2】独自技術による製品を展開 新たな市場対応への動き進展


【タツノ】

タツノが水素の利用・拡大に向けた動きを加速させている。
独自の製品展開や新たな市場開拓で、多様な利活用に対応する構えだ。

水素ディスペンサーで水素供給インフラ業界をリードしているタツノ。2002年に日本初、燃料電池車向け商用水素ディスペンサーを設置して以来、独自技術による製品展開を進め、水素充填インフラの整備に貢献してきた。

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が福島県浪江町に整備した「福島水素充填技術研究センター」には、22年12月から同社の超高圧ディスペンサー「LUMINOUSH2」が設置されている。同機はMF(ミドルフロー)に対応した2ノズル同時充填ができ、燃料電池を搭載した大型の商用モビリティへ大流量水素充填が可能。同センターに隣接する水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」で製造した水素を主に利用し大流量の水素充填や計量に関する技術開発や検証を実施している。

コンポーネントの拡販にも注力 大型車向け市場への展開を強化

現在、国内では水素ステーションの数が伸び悩んでいる。そうした中、同社はディスペンサー本体だけではなく、その心臓部と言われるコリオリ流量計や、充填ノズル、緊急離脱カップリングといったディスペンサーを構成するコンポーネントの販売にも注力している。水素ステーション以外での利用を増やしていく構えだ。

また、国や自治体は、大型で走行距離が長い商用車両での水素活用こそ、運輸部門の脱炭素化と水素利用拡大のために重要であるという考えから、大型商用車両の支援に舵を切った。今後、トラックやバスなどに対する水素供給インフラの需要が高まることが想定される。同社では大型商用車両向けの高圧充填に対応したMF・HF(ハイフロー)モデルを開発済みで、市場への展開を強化していく。

同社は、脱炭素化を推進する社会の中で、水素を取り巻く環境変化も注視している。「水素の多様な利活用に柔軟に対応していくことが重要だ。他社とも協力し全方位で活躍できる企業を目指している」と、エネルギーソリューション事業部次長・水素グループリーダーの田中智久氏は語る。

脱炭素化社会の実現に欠かせない企業として、今後の新たな取り組みに注目だ。

右手前が超高圧水素ディスペンサー「LuminousH2」

【特集2】大規模サプライチェーン構築へ 環境と経済の好循環を目指す


【北九州市】

産業の集積地であり、水素の持つ可能性に早くから注目してきた北九州市。同市は2050年カーボンニュートラル実現に向けて、「北九州市グリーン成長戦略」を策定。環境と経済の好循環を目指し、産業の創出や企業の競争力強化につながる新たな成長を志向している。

この一環として、八幡東区東田地区の水素実証では、市道に敷設した約1・2kmの水素パイプラインにより、工場から水素実証住宅への安定的な水素供給を実現している。具体的には、日本製鉄(旧新日鉄住金)八幡製鉄所の副生水素を集合住宅や公共施設などに設置した純水素型燃料電池に供給し、得られた電力や熱を利用した。

水素をパイプラインで供給する場合、ガス事業法が適用される。北九州市の取り組みは実証実験のため適用対象外になったが、将来の実用化に備えて、ガス事業法の基準にのっとった形で運用した。実証中に、漏えいなどの事故は全く発生せず、都市ガスに準じた方法で水素のパイプライン供給が安全に行われることが証明された。

臨海部でプロジェクト始動 30年の本格稼働を予定

さらに、響灘臨海部で水素の大規模な供給・利活用拠点を構築するプロジェクトが昨年6月に始動した。この水素サプライチェーンは30年本格稼働を予定し、同年に年間9万tの水素需要が見込まれている。

このプロジェクトを推進するのは、23年5月に設立された福岡県水素拠点化推進協議会で、県や北九州市のほか、水素の利活用を目指す企業で構成されている。全体の取りまとめ役は伊藤忠商事で、供給側として日本コークス工業(アンモニア貯蔵・クラッキングなど)や日鉄エンジニアリング(パイプライン敷設など)、需要家として九州電力(発電所での水素混焼)やジャパンウェイスト(燃料電池フォークリフトでの利用)などが参画する。九州電力は、双日や日本郵船と連携しインドから年間20万tのグリーンアンモニアを調達。日本コークス工業のタンクに貯蔵し、そこからパイプラインで近隣の需要家に供給するほか、クラッキングで水素を製造し供給する予定だ。

北九州市環境局グリーン成長推進部グリーン成長推進課の香月勇磨主任は「価格面、インフラ面での課題が解決すれば、水素は非常に魅力的な資源。水素の持つ力で脱炭素化を進め、北九州市の国際競争力を向上させたい」と意気込む。水素拠点の本格稼働が今から待ち遠しい。

水素サプライチェ―ンのイメージ図

【特集2】将来の水素の可能性と課題を議論 体験型プログラムで理解を深める


【東京都】

空港臨海エリアは、水素の潜在的な需要が高く見込まれている。
東京都はこのほど、羽田エリアで体験・交流イベントを行った。

東京都は、「羽田みんなのみらい 水素エネルギー展」を1月31日~2月2日に開催した。初日には事業者向けの企画を羽田イノベーションシティで行い、29事業者が出展し、来場者数は255人に上った。講演やパネル展示のほか、水素船や水素バスで水素利用の現場を見学するツアーも実施した。

開会式では、東京大学先端科学研究所センターの河野龍興教授が基調講演に登壇。カーボンニュートラルとエネルギーセキュリティについて「世界情勢も見据えて、中長期的にどのように国際連携ができるかを意識している」と述べた。
ステージでは旭化成、川崎重工業、NEDO、東京都の事例の紹介のほか、大田区、川崎市などのブースやパネル出展があった。

別室では水素バイクなどの展示のほか、パネルディスカッションと名刺交換会も実施。各社が水素モビリティ、水素エネルギーの需要拡大や利活用推進に向けた取り組みなどを発表し、活発な意見交換を行った。中でも、H2&DX社会研究所が行う「水素燃料電池コンサート」や「水素コンロ」を導入した箱根の温泉旅館の事例は多くの聴衆の関心を引いた。その後の名刺交換会では、パネリストと参加者たちが交流を深めた。

屋外には、水素発電機、小型トラック、水素を用いたジェットヒーターを展示。水素焙煎コーヒーの試飲や水素コンロによる東京シャモの試食もあり、参加者はひと味違うコーヒーと焼き鳥を楽しんだ。

ペダルを漕いで発電に挑戦 楽しみながら学べる展示が充実

2月1~2日には、一般向けのイベントを羽田イノベーションシティと羽田空港第2ターミナルで開催。24事業者が出展し、3368人が来場した。子どもを対象にしたクイズショーやサイエンスライブ、実験教室、ゲーム大会などが行われた。ゲーム大会は、水素遊具のペダルをこぎ、決められた時間内に指定された量の発電ができればゲームクリアというもの。親子やきょうだいで参加した子どもたちで盛り上がりを見せた。

第2ターミナルのスカイデッキには、水素について学べるパネルも展示されており、来場者は興味深そうに眺めていた。

水素を楽しく学ぶ機会を設けた

【特集1】原子力再稼働は「極めて重要」知見の共有や人材の相互支援を


電力需要増と脱炭素を両立するため、政府は原子力政策を転換した。
政策の遅滞解消への課題や規制委の審査への向き合い方を聞いた。

【インタビュー:村瀬佳史資源エネルギー庁長官

─「原子力の最大限活用」に向けた課題は。

村瀬 第7次エネルギー基本計画で提示した通り、今後はDX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)の進展による電力需要増加が見込まれる中、それに見合った脱炭素電源を十分確保できるかが、わが国の経済成長や産業競争力を左右する状況にあります。特定の電源や燃料源に過度に依存しないようにバランスの取れた電源構成を目指しつつ、必要な脱炭素電源を確保していく必要があります。一方で、福島第一原子力発電所事故を真摯に反省し、同発電所の廃炉や福島県の復興に国が前面に立って全力を尽くします。また核燃料サイクルの確立、使用済み燃料の最終処分実現に向けた理解活動などバックエンドプロセスの加速化、持続的な活用への環境整備、原子力のサプライチェーン・人材の維持・強化などに責任を持って取り組んでいきます。

安全性への妥協許されぬ 事業者との意思疎通を強化

─原子力政策の遅滞が日本経済に与えた影響についてはどう考えていますか。

村瀬 現状、東日本においては、約8割を火力に依存している状況にあります。また電気料金は、原子力発電所の再稼働が進んでいる九州や関西エリアと比べて、北海道や東北などの他地域は2~3割程度高くなっているなど、地域間における電気料金の水準に差が生じています。今後、電力需要の増加が見込まれる中で、こうした東日本における電力供給構造の脆弱性、燃料費の削減などによる電気料金引き下げ効果、脱炭素電源による経済成長機会の確保という観点からも、原子力発電所の再稼働は極めて重要だと考えています。

─原子力発電所の中には審査開始から10年以上経過している発電所や関連施設が存在します。審査の迅速化・効率化について事業者や原子力規制委員会に望むことがあれば教えてください。

村瀬 原子力の利用に当たって、安全の追求に妥協は許されません。規制委は事故の教訓を踏まえた必要な規制要求を定め、科学的・技術的見地から、厳正に基準適合性審査を行うことが重要です。審査に際しては、早期に確認事項や論点を提示する取り組みや、公開の会合で指摘事項を事業者と双方で確認するなど、コミュニケーションの強化が図られてきているものと承知しており、さらなる取り組みの強化が期待されます。経済産業省としては、原子力事業者に対して、引き続き審査知見の共有や人材の相互支援など、事業者間の協力を求めつつ、安全性向上に向けたできる限りの対応を進めていきます。

むらせ・よしふみ 1990年東大経済学部卒業後、通商産業省(当時)入省。98年、米ハーバード大学大学院卒業。内閣府政策統括官などを歴任。2023年7月から現職。

【特集1】「三条委員会」の弊害あらわ 審査効率化は政府の重要課題


政府からの独立を目指して設立された規制委だが、安全審査では「独善」に陥っている感が否めない。
GX脱炭素法の付則では審査の効率化が加えられ、原発の最大限活用に向け運営の在り方の見直しが必要だ。

井伊重之/産経新聞客員論説委員

原子力規制の在り方が問われている。日本国内では中国電力の島根原子力発電所2号機が運転を始め、昨年秋に再稼働した東北電力の女川原発2号機と合わせ、合計14基の原発が商業運転に入った。石破茂政権は第7次エネルギー基本計画で、再生可能エネルギーと並んで原発を最大限活用する方針を掲げたが、国内に残る33基全ての原発再稼働は審査の停滞が響いて先が見通せない。そこでは原子力規制委員会の硬直的な安全審査が大きな障害となっている。

規制委は国家行政組織法第三条が適用される「三条委員会」と呼ばれる組織で、政府から独立した組織運営が認められている。この三条委員会には公正取引委員会や運輸安全委員会などがあるが、特に規制委は東京電力の福島第一原発事故を受け、旧原子力安全・保安院を経済産業省から切り離して発足した経緯がある。それだけに規制委は「政府からの独立」を何より重視しており、ともすれば原発をなるべく再稼働させないような安全審査に取り組んできたとも批判されている。

もちろん原発の安全性を確保するためには、徹底した安全審査が不可欠である。しかし、規制委も日本の行政組織である限り、その安全審査には一定の合理性も確保されていなければならない。それを欠いたままでは、規制委の信用がかえって損なわれるだけでなく、安全審査を受ける事業者が株主をはじめとした自らのステークホルダー(利害関係者)に対し、説明ができないからだ。

【特集1】原子力「最大限活用」に向けて 規制のあるべき姿とは


適切な審査を実現するために、規制委はどう変わるべきなのか。
原子力政策に詳しい浅野哲衆議院議員と森川久範弁護士に聞いた。

【インタビュー:浅野 哲/国民民主党 衆議院議員】

「効率性」を無視した規制 将来的な国益まで喪失

─国民民主党は先の衆院選の公約で、原子力発電所の再稼働に加えて適合性審査の長期化解消を打ち出しました。実現に向けた具体策を教えてください。

浅野 長期化している要因の一つは、地質関係の審査です。まずは予算の拡充を含めて、審査する人員の増員や外部リソースの活用が求められます。また規制側と事業者の密なコミュニケーションも不可欠です。事業者は審査の際に、膨大な書類を準備しなければなりません。日本原子力発電の敦賀発電所2号機の審査では、追加調査のデータを示す時にデータを差し替えるのか、それとも新旧のデータを両方添付するのかという点で事業者と規制委の見解に相違が生まれ、2年10カ月も審査が止まってしまいました。引き続き、審査会合前のヒアリングの充実を図ってもらいたいと思います。
 アメリカの原子力規制委員会(NRC)の基本原則には「効率性」という概念があります。ただ日本の規制委にはありません。2011年の東日本大震災の反省から作られた組織なので、当初その概念が盛り込まれなかったのは仕方ないかもしれません。しかし当時よりも原子力の重要性が高まり、政府が政策の方針を転換した今、規制委の行動原則にも取り入れるべきでしょう。

─審査開始から10年近く経過している発電所や関連施設が存在します。審査の長期化が日本経済に与えた影響をどう考えていますか。

浅野 原子力発電所が運転を停止している間も、国民生活には安定したエネルギーが必要です。現在、発電量の7割を火力が占めており、そのために化石燃料の購入量が増え、貿易収支の大きなマイナス要因になっています。特に21年から23年頃にかけてはロシアによるウクライナ侵攻に端を発して化石燃料価格が高騰し、わずか2年で日本の化石燃料の購入価格は約3倍に膨れ上がり、莫大な国富が海外へ流れました。

納得できぬ敦賀2号機の「不許可」 首長判断を後押しする機関が必要

―原子力産業への影響も大きいのでは。

浅野 日本が享受するはずだった将来的な国益も失われたのではないでしょうか。原子力の将来が見通せない中で、人材が減少し、技術継承の機会損失が生じています。技術革新が生まれにくい環境にもなってしまいました。日本はフランスと並んでサプライチェーンが自国でほぼ完結する数少ない国です。世界を見渡すと、民主主義陣営では韓国が頑張っていますが、ロシアや中国が市場を席巻しています。今後は原子力発電所の建設を外交カードとして利用してくるでしょう。東日本大震災後の14年間が及ぼす影響は非常に大きいです。

─先ほども触れられた敦賀2号機の「不許可」判断についてどう考えますか。

浅野 規制委の審査や調査の経緯には大いに疑問があります。断層の評価は規制庁の内部の人材だけで行われましたが、地質学に詳しい外部の有識者や国内外の研究者など客観的な意見を仰ぐべきではなかったでしょうか。そうすれば、より科学的な検証ができたかもしれません。「活断層である可能性を否定できない」という論法で不許可という判断になったのは理解に苦しみます。
 この問題については出発点から問題がありました。東日本大震災後の12年4月に旧原子力安全・保安院は、2号機の直下を通るD―1破砕帯について、活断層である可能性を指摘しました。その後、規制委の有識者会合が「活断層でないとは言い切れない」と結論づけます。そして当時の田中俊一委員長による「活断層に相当する」という認識につながりました。本来、結論を出すのは規制委で、有識者会合は判断のための論点や判断指標の提示などにとどめるべきだったのです。

─原子力の最大限活用に向けて政治が果たすべき役割は。

浅野 「意思決定」とそのための「仕組み」を作ることです。国民民主党は第7次エネルギー基本計画の策定に当たって、昨年11月に石破茂首相に提言書を提出しました。その内容のいくつかは反映され、意思決定という点では前進できたと考えています。残るは既存原子力発電所の再稼働を加速させる円滑な審査の実現に取り組みます。

─柏崎刈羽原子力発電所など地元合意のプロセスで足踏みしているサイトもあります。

浅野 再稼働の容認や、最終処分に関する調査の受入れなどに関する判断は首長が行いますが、推進派と慎重派の板挟みになり、政治生命を賭けるほどの大きな負担になっています。これも時間がかかっている一つの要因ではないでしょうか。そこで再稼働だけでなく、最終処分に向けた調査の妥当性などを科学的知見から検討し、一定の結論を首長に助言する独立調査委員会の設立を提案しています。福島第一原子力発電所事故の国会事故調査員会の提言の一つで、政府にはこの提言を着実に検討し、実行してもらいたいと思います。

あさの・さとし 1982年生まれ。東京都出身。青山学院大学大学院修了後、日立製作所のに入社。労働組合役員、衆議院議員秘書を経て2017年に初当選。現在3期目。

【特集1】規制が厳しければ安全なのか 米国の検査制度から学ぶこと


米国の検査プロセスはかつて日本と同様の課題を抱え、制度改革が行われた。
リスク情報の活用や事業者との対話重視など日本が学ぶ点は多い。

近藤寛子/マトリクスK代表

「日本の原子力規制は世界で最も厳しい水準」と言われることがある。これは、地震や津波などの自然災害に備えた多層的な対策を求める基準が導入されているためだ。しかし、原子力規制委員会の更田豊志前委員長は「規制をクリアすれば安全というわけではなく、継続的な改善が必要」と指摘している。その通りだ。

実際に過去には「基準を満たせば絶対に安全」と説明されていた時代があり、これが「安全神話」と呼ばれた。安全神話が事故を防げなかったことは、福島第一原子力発電所事故が示している。

だからと言って、基準を厳しくすることだけが安全を確保する方法なのだろうか。本稿では米国の制度を参考にしながら、「良い規制」とは何かを考察してみよう。

検査が細分化しすぎた日本 米国を参考に制度改革

原子力規制には「審査」と「検査」の二つの柱がある。審査は施設の変更や新しい施設の設置において設計の安全性を評価するもので、運転開始前に行われる。一方、検査は設置されている施設を対象にし、設計通りに設置されているか、設備の劣化や異常がないか、事業者の安全管理が適切に行われているか、トラブル発生時の対応が適正かなどを確認する。更田氏が言うように、審査をクリアした施設が自動的に安全であり続けるわけではなく、運転中の施設を継続的に検査し、必要に応じて改善を求める仕組みこそ不可欠なのだ。

日本の検査制度は、福島事故後、米国の原子炉監督プロセス(ROP)を参考に制度設計された。ROPは米国原子力規制委員会(NRC)の使命である「公衆の健康と安全を確保すること」を目的とし、リスク情報を活用しながら発電所の安全性を評価する仕組みである。
ROPが導入される以前の米国の検査制度には、いくつかの課題があった。細かい規則の順守に重点を置きすぎる傾向があり、発電所の実際の安全性よりも、ルールを形の上で満たすことが優先されがちだったのだ。

こうした反省を踏まえ、ROPでは発電所の安全性を実効的に評価・監視するためのプロセスが開発された。リスクに応じた重点検査、パフォーマンス重視の検査、事業者との対話の重視、透明性の確保などが特徴だ。ROPは事業者の自主的な安全確保を促しながら、NRCと協力して安全性を向上させる制度として運用されている。国際原子力機関(IAEA)からも「模範的な検査活動」と評価されている。

日本でも2020年以前から保安検査などを実施している。だが発電所の事故やトラブルが発生する度に見直しが行われ、検査制度が細分化、複雑化していった。16年にはIAEAが「検査制度の簡素化が必要」と勧告しており、これを受けて検査制度改革が進められた。

検査制度導入に当たってはROPを参考にしつつ、日本に適用可能な形を模索した点が特徴である。事業者の間では、制度の導入に期待と不安が交錯していた。制度の趣旨が正しく反映されることを望む一方で、制度の変更が発電所の安全性に与える影響を懸念する声もあった。また制度の運用次第では「規制に従うこと」が目的化し、本来の目的である安全向上の意識が薄れる可能性も指摘されていた。

NRCの本部(メリーランド州)

【特集1】国民との意思疎通が肝要に 規制委の業務改善策を提起


日本が今後も原子力を活用するために規制委の存在は欠かせない。
より良い審査を実現するため、どのような変革が求められるのか。

巽 直樹アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部マネジング・ディレクター

第7次エネルギー基本計画では、「原子力依存度を可能な限り低減する」という従来の文言が外れ、次世代炉建て替えについては「廃炉を決定した事業者の敷地内建設」の道が開けた。インフラ整備には百年の計が必要だ。今世紀後半を見据え、核融合炉開発などへの理解も欠かせない。原子力の最大限活用に向け、国民とのコミュニケーション深化は、今すぐ始めても早過ぎはしない。

この点で原子力規制委員会が果たす役割は重要だ。高度な独立性を持つ三条委員会として再編され、孤高の存在となった感があるが、今後は国民の付託に応える必要性がより高まるのではないか。政府が原子力推進を後押しするにあたり、安全・安心に対する責任の前面に立てるのは、規制委をおいて他にはない。推進・反対の両派と距離を保ちつつ、政治が手を出しにくい領域に切り込める唯一無二の存在だからだ。

率先してデジタル化を 監視機関の設置を視野に

この期待に応えるには、人的・組織的リソースの強化が課題となる。新規制基準への適合性審査で待ち行列ができたことを考えると、申請ピーク時に柔軟な対応ができる体制構築も必要だ。

審査のスピードアップが度々望まれてきたため、処理能力拡大や効率性向上は最優先のテーマだ。産官学挙げて生成AIの活用が加速する中、新技術への取り組みも課題となる。米原子力規制委員会(NRC)は、AI活用について慎重姿勢を崩してはいない。国家機密につながる情報を取り扱うために当然であるが、規制委がモデルとした本家よりも先んじて導入することを制止するいわれはない。また、事業者に新技術活用を促すため、規制委が範を示すことも重要だ。膨大な時間を割く書類仕事などの業務量を減らすためには、官民協働によるデジタル技術導入の推進も一案だ。

行政手続法の標準処理期間(2年)が努力目標に過ぎなければ、安全サイドに立つ判断が審査を長引かせることは必然だ。しかし、この状況における国民への説明責任も問われる。こうした視点からは、NRCのように独立組織を監視する別の独立組織が必要ではないか。NRCには外部専門家の技術集団である原子炉安全諮問委員会や行政審判制度のための原子力安全許認可協議パネルなどがある。

これらの取り組みにより透明性を増すことで、国民とのコミュニケーションの質を高めることにつながると考える。

たつみ・なおき 信託銀行、電力会社、監査法人などを経て、現職。博士(経営学)。国際公共経済学会理事。4月から立命館大学ビジネススクール客員教授も兼務。

【特集1まとめ】原子力規制委の治外法権 国益を無視した独善と不合理


政府は第7次エネルギー基本計画で「原子力の最大限活用」を掲げたが、
東日本大震災後に再稼働を果たした原子力発電所は14基にとどまる。
適合性審査への申請から10年以上が経過したにもかかわらず、
いまだに多くのサイトが原子力規制委員会の審査中だ。
審査の合理性や進め方を巡っては見直しを求める声が根強い一方で、
規制委は「三条委員会」を盾に事実上〝聖域化〟しており、
政府側からは問題に触れにくいという弊害が生じている。
常識から逸脱した超長期審査の解消へ、規制の適正化は避けて通れない。
規制委の「治外法権」を巡る問題点と改善策を探った。

【アウトライン】規制委の“聖域化”はなぜ起きた? 審査体制の見直しが急務

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【特集1】規制委の“聖域化”はなぜ起きた? 審査体制の見直しが急務


発足から12年半が経過した規制委。これまで国益に資する審査が行われてきたのだろうか。
時代が原子力を求めている今こそ、独りよがりで合理性を欠いた審査体制を改める時だ。

「独善」と「不合理」─。原子力規制委員会の歩みを振り返った時、真っ先にこの二つの単語が思い浮かぶ。安定供給性の低下、貿易赤字や環境負荷の増大、世界トップクラスを誇る原子力技術とサプライチェーン(供給網)の喪失、立地地域の経済的損失……。発電所の長期停止によって失われた国益を見向きもせず、「安全最優先」という御旗の下に「正義」を振りかざし続けた12年半だった。

審査中の北海道電力泊1~3号機、東北電力東通1号機、Jパワー大間、中部電力浜岡3、4号機、北陸電力志賀2号機の各発電所は2013~15年に新規制基準の適合性審査を申請した。いずれも10年前後の月日が流れている。泊は昨年末、ようやく個別論点の説明を終え、地震や津波、プラントなどの審査が対象となる「設置変更許可」の取得間近にこぎ着けた。東通は安全対策のベースとなる基準地震動や基準津波が決まり、火山事象の審議中だ。大間は地震動や破砕帯の審査が続き、浜岡は懸案の基準津波こそ決まったが、破砕帯は審査中。志賀は23年に「活断層論争」に終止符が打たれたが、これから地震動や津波の審査で先は長い。

設置変更許可を得られたとしても、事業者は基準津波や基準地震動を基にした設計・工事計画の認可(設工認)を得て、安全対策工事を完了させなければならない。日本原燃の六ヶ所再処理工場と混合酸化化合物(MOX)燃料工場は設工認の取得に苦労し、日本原子力発電東海第二は工事が長期化している。このままのスピードで審査が進めば、申請から再稼働まで15年、いや20年もかかる可能性がある。建設ラッシュ時なら、新たな敷地に発電所が完成するほどのタイムスパンだ。実際に新潟県の柏崎市議会が原子力発電所の誘致を決議してから、柏崎刈羽1号機の運開までに要した年月は16年半だった。

「行政手続法に基づく標準処理期間の2年を大幅に超過しているにもかかわらず、政府部内で審査長期化が問題視されないのは明らかにおかしい。規制委の存在が聖域化している証左だ」(永田町関係者)

【特集1まとめ】新生「第7次エネ基」の是非 亡国から興国への脱皮なるか


第6次エネルギー基本計画策定以降、地政学リスクやグリーン政策の弊害の顕在化、
さらにGX・DXに伴い電力需要は減少から急増傾向へ―と情勢は様変わりしている。
難しい連立方程式をどう解くのか。第7次議論に需要・供給両サイドの注目が集まる中、
政府案が示した答えはこれまでのアプローチの刷新、そして単一シナリオからの脱却だった。
第6次と比べバランスの取れた「現実路線」と、エネルギー業界の評価はおおむね前向きだが、エネルギー転換の難しさに直面する現場からはさまざまな声が挙がる。
果たして今回のエネ基は興国へとつながる道しるべとなるのか―。

【特集1】アプローチ刷新で議論百出 複数シナリオ化をどう読むか

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