【3分で読める小説】月光樹脂


満月の夜に、その会は開かれた。


ある町工場が、おもしろいものを開発した。そのお披露目会を近しい人だけで行うことになったから、あなたもお越しにならないか──。


知人にそう誘われて、私は興味本位で足を運んでみることにした。


工場を訪れると、機械に囲まれた空間にはすでに何人かの人がいた。


その中に知人を見つけ、私はそちらに近づいた。


「で、何を見せてもらえるんです?」


尋ねると、知人は少年のような笑みを浮かべた。


「言ったでしょう? それはご覧になってみてからのお楽しみです。ほら、間もなくですよ」


気がつくと、工場内には人がだいぶ増えていた。


ひとりの男性が輪の中心に進み出たのは、そのときだった。


「みなさん、今日はお越しくださってありがとうございます」

あの人がここの社長なのだと、知人がそっと教えてくれる。


「それではさっそくですが、いまから私たちが開発したものをお見せしましょう」


社長はみんなに向かってそう言うと、足元の大きな容器に手をかけた。蓋を開け、中から何かを取りだすような仕草を見せる。


「こちらがその樹脂──月光樹脂です」


社長がつまんでいたのは米粒のようなものだった。


私はすぐにピンときた。それはプラスチック製品をつくるための樹脂の粒──ペレットだと思われた。


が、社長が手にしていたものは、私の知る白や透明のよくあるペレットとは違っていた。みずからが淡く光っているようだったのだ。


「月光樹脂はその名の通り、月の光を精製してつくった樹脂です。石油からつくった樹脂にはないおもしろい特性をいろいろと備えているんですが、その説明をする前に、まずは成型の様子をご覧ください」


社長はその月光樹脂というものを、足元の容器からスコップですくった。そして、そばに置かれた機械のラッパ口のようなところに、それをどんどん入れていく。


私は知人に、あの機械は何なのかと尋ねてみた。


「あれはペレットから製品をつくる、射出成形機というものですよ。ペレットを熱で溶かして、先に取りつけてある金型に流しこんで製品の形にするんです」


社長はペレットを入れ終えて、機械を操作しはじめた。


作動音が耳に届き、しばらくのあいだはみんなで機械の様子をじっと見守る。


「そろそろ冷却が終わるくらいでしょうかね」


しばらくたって、知人がそう口にしたときだった。


機械の動きが止められて、社長はグローブをした手で金型を外して中のものを取りだした。


そのできあがったものを見て、私もみんなも思わず、おおっ、と声をもらした。


社長が手にしていたもの。


それは黄金色に輝く小さな満月だったのだ。


「月光樹脂で作ったグラスです」


社長はその丸いグラスを傾けて、こちらに見せる。上に開いた小さな飲み口が目にとまる。


「月光樹脂は、こんなふうに成形後も輝きつづけます。あくまで樹脂製なのでグラスにしても割れづらいことはもちろんですが、質感もガラスに引けを取りません。強靭性や耐熱性、耐薬品性もとても高く、自然のもの由来なので安全性にも優れています」

それもあって、と社長はつづける。


「この樹脂はグラスのほかに、哺乳瓶などの安全性が強く求められるものにも使っていただけるだろうと考えています」


そのとたん、私の中にある光景が浮かんできた。

深夜に赤ちゃんがミルクを飲んでいる光景だ。


暗い部屋で、優しい光をみずから放っている哺乳瓶。その光に包まれながら、安らかにミルクを口に含んでいる幼い存在。


やがてその子は、口を半開きにしたままでうとうとしだす。


そしていつしか、黄金色の深い眠りの中へといざなわれていく──。


「環境への影響についてはどうなんですか? プラスチックは自然の中に残るものが多いですが」


ひとりが尋ね、社長が答える。


「月光樹脂は微生物が分解してくれる生分解性も備えているので、その点も問題ありません。もっとも、この樹脂の場合は普通のプラスチックのように水と二酸化炭素になって土に還っていくのではなく、月の光に戻って空に還っていくわけですが」


それから、と社長はつづける。


「この素材のおもしろい特性は、もうひとつありまして」


その瞬間のことだった。


私は、えっ、と目を見開いた。


社長が突然、手にしたグラスをぽーんと放り投げたのだ。


いったい何を──。


さらに驚いたのは直後のことだ。


手放されたグラスはスローモーションのようにゆっくり落下し、床に着く前に社長が再び手にしていたのだ。


場が騒然とする中で、社長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「びっくりさせてしまってすみません。じつは月光樹脂でつくったものは、こんなふうに落下速度が遅くなるんです。測るとだいたい地球の六分の一くらい、つまりは月の重力下にあるときの落下速度と同じでして。


なぜこうなるのかはわかっていません。月の光には元々そういう作用があるものなのか、月光を精製する過程で何らかの変化が起こっているのか、素粒子あたりが関係してのことなのか、未知の力が働いているのか……研究はつづけていかねばなりませんが、いずれにしても月光樹脂でつくったものは落ちるのが遅くなるので、グラスをうっかり落としても中身がこぼれる前に拾うことができるんです」


まさかそんなことが、と度肝を抜かれた。が、自分で目撃したばかりなので、疑う余地なんてない。


「さて、デモンストレーションはこのあたりで終わりにして」


呆然とするみんなをよそに、社長はパンッと両手を叩く。


「ここからは、実際にみなさんにも味わっていただく時間にいたしましょう。おーい」

その声で、従業員と思しき人たちがお盆を持って入ってきた。

そこに載っていたのは、社長が見せてくれたものと同じ月光樹脂製のたくさんの丸いグラス、そして瓶ビールだった。

社長は再び笑みを浮かべる。

「味わっていただくのは月光樹脂だけではありません。ぜひ中のものも、ということで」


淡い輝きを放つグラスは、やがて私のところにも回ってきた。


ワクワクしながら、それを手に取る。何も持っていないかのように、まったく重さを感じない。


私は知人のグラスにビールを注いだ。知人もなみなみ、こちらのグラスに注いでくれる。


ビールの色味の影響なのか、グラスはいっそう輝きを増したように見えている。


この感じだと、赤ワインでも入れたらストロベリームーンみたいに、青いカクテルでも入れたらブルームーンみたいになるのかなぁ。


そんなことを考える。


「みなさん、お手元にグラスをお願いします」


社長がそう言ったその直後、工場内の電気が消えた。


停電かと思いかけたが、これも演出のうちなのだとすぐにわかった。


電気が消えても、場は真っ暗にはならなかった。


みんなが手に持つ丸いグラスが、あたりを照らしていたからだ。


「それでは、月光樹脂の門出を祝って……」


その声に、私は胸のあたりにグラスを構える。

声高らかに社長は言う。


「乾杯っ!」

私もみんなも、乾杯、と声をあげる。

この素材の発展を願いつつ──。

私はグラスを宙に掲げる。

そして優しい黄金色に包まれながら、小さな満月をみんなとぶつけた。

(了)

ショートショート作家 田丸雅智氏

田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/

コスト低減と安定供給の両立へ 「スマート保安」を積極展開


【東北電力ネットワーク】

東北電力ネットワークは、AI・IoTなどを活用した設備保守の高度化・効率化を進めている。
激変する事業環境の中、コスト低減と安定供給の両立を実現し、競争力強化を目指す。

東北電力ネットワークの供給エリアである東北6県と新潟県は、国土面積の約2割を占めており、架空送電線路の長さ、送電鉄塔の基数とも、国内の一般送配電事業者の中では最大の設備規模。安定供給を果たしていくためには、この広いエリアに点在する設備について、巡視や点検を通じて劣化状態を把握し、計画的に適切な補修を実施するとともに、必要に応じて設備の更新を進めることが重要となる。


送電鉄塔は、経年による腐食や劣化のレベルに応じて塗装や部材の取り換えを行うなど計画的な補修工事を行う必要があるが、従来、腐食・劣化の度合いの判定については、個人差が生じやすいという課題があった。


また、送電鉄塔の腐食箇所やその程度については、鉄塔1基ごとに管理しており、補修工事の計画策定に多くの時間と労力を要していた。

AIで腐食劣化度診断 経済産業大臣賞受賞

そこで、AIを活用した「腐食劣化度診断システム」を、株式会社SRA東北と共同で開発。2019年11月に電力業界として初めて運用を開始した。


本システムでは、スマートフォンやドローンなどで撮影した画像を基に、AIが送電鉄塔の腐食や劣化の度合いを瞬時に判定。これにより、判定に係る個人差を解消することが可能となった。加えて、画像の撮影時にGPSにより鉄塔の位置情報を自動的に取得し、判定結果とともにデータベースへ送信することで、各鉄塔の腐食・劣化の度合いを一元的に管理することが可能となり、補修工事計画を短時間で策定できるようになった。

撮影した画像を基に、AIが腐食劣化度を瞬時に診断
AIを用いた鉄塔腐食劣化度診断のイメージ

システムの導入から1年。「腐食・劣化状況をスピーディかつ的確に把握できるようになりました」と、同社電力システム部送電グループの冨岡敬史さんは、導入の手応えを語る。本システムは、国土交通省および関係6省庁がインフラのメンテナンスにおける優れた取り組みを表彰する「第4回インフラメンテナンス大賞」の「経済産業大臣賞」を受賞。同社は今後、送電鉄塔と似た構造物を持つほかの産業への展開の可能性も探っていく。

さらなる効率化へ 多様なパートナーと連携

このほかにも、同社電力システム部では、多様なパートナーとタッグを組み、新技術を活用したさまざまな検証を並行して展開している。


例えば、送電鉄塔に設置している航空障害灯の点灯状況に係る目視確認の効率化を目的に、省電力で長距離通信が可能な「LPWA」と呼ばれる通信技術を活用し、山間部の送電鉄塔に取付けた現地センサーの動作情報を収集、遠隔監視するIoTシステムの実証試験を、宮城県内で実施している。実証に当たっては、通信大手など複数の企業と連携し、早期の実現を目指すとともに、さらなる活用拡大も模索する。


さらに、レーザーなどの光を対象物に照射し、対象物の座標や輝度を読み取る技術「LiDAR」を活用して、変電所構内の設備の外観異常を遠隔地にいながら自動的に検知する技術の検証を、日本電気株式会社と共同で実施している。「この技術の特長は、異常値に関するデータの学習や蓄積がなくても検知が可能な点です。変電設備の状態把握の高度化と巡視業務の効率化を同時に達成する技術として、将来、人の目に代わる技術となる可能性があります」と、同社電力システム部変電グループの竜野良亮さんは、その効果に期待を寄せる。

LiDARを活用した異常検知のイメージ

同社はこのように、AI・IoTなどの新技術を積極的に取り入れ、設備保守の高度化・効率化を図る「スマート保安」の展開を通じて、引き続き、お客さまや地域社会に安心・安全・快適な暮らしをおくり届けるという使命を果たしていく考えだ。

電力システム部送電グループの冨岡さん(左)と同部変電グループの竜野さん(右)

でんきの科学館リニューアルオープン 「電気の旅」コーナーを刷新


【中部電力】

中部電力のPR施設「でんきの科学館」(名古屋市中区栄、五ヶ山淳館長)が2020年10月31日、リニューアルオープンした。同館3階の「電気の旅」コーナーを刷新。燃料調達から発電所、送電・配電網を経由して消費者のもとに電気が届くまでの流れや、安定供給を支える電力マンの仕事を「旅」に見立て、楽しく学べるようにしている。


でんきの科学館は16年度から順次リニューアルし、今回で完了した。改装した「電気の旅」コーナーは、①ジオラマ②壁面グラフィック・電力設備の展示③きみも電力マンになろう④地上100メートル電気の旅~鉄塔の上から見てみた!~――の各ゾーンで構成されている。

電気の流れを分かりやすく 電力マンの仕事も紹介

ジオラマゾーンは、燃料の調達から電気が家庭やビル、工場に届くまでの流れを全長約16mのジオラマで表現。ジオラマ前にはAR(拡張現実)モニターが設置され、モニターをのぞくと電気の旅を支える電力設備の役割や仕組み、設備の保守・点検や災害対応など電力マンの仕事について詳しく紹介している。

全長約16mのジオラマで電気が届くまでの道のりをたどれる

壁面グラフィックゾーンは、電力の一連のバリューチェーンを写真や碍子、電線などの実物の電力設備や模型を使って電力マンが解説する。高所作業車のバケットもあり、疑似乗車体験を通じて作業する電力マンの目線で電柱の設備を見ることができ、設備の大きさ、重さ、高さなどのスケール感をよりリアルに体感できる。


きみも電力マンになろうゾーンは、電力設備の保守・点検作業や訓練の様子を紹介。壁面には、作業に使用する道具の展示や電柱に登る訓練の様子のだまし絵を描いた。それを背景にすると柱に昇っているような写真を撮影でき、このトリックアートは来館者から人気を博している。

ほかにも、地上100m程度から撮影した映像を床に投影し、送電鉄塔の上で作業する電力マンの視点を体験できるコーナーがある。


地下鉄東山線、鶴舞線「伏見」駅の4番出口から東へ徒歩2分という交通アクセスも良い好立地にあり、リニューアルオープン以降、多くの家族連れでにぎわっている。

2050年の日本の在り方 生活・地域とエネルギーの関わり


【羅針盤】小川崇臣/三菱総合研究所 環境・エネルギー事業本部脱炭素ソリューショングループ主任研究員

未来の「生活」の変化はエネルギーの需給構造にも影響を与える。また、未来の「地域」が持つ機能ごとに最適なエネルギー供給を実現することが必要である。

第2回目となる今回は、2050年の日本では人々の「生活」や「地域」の在り方がどう変わるのか、その変化がエネルギー需要にどう影響するのかといった、より具体的な内容に焦点を当てて紹介したい。

仕事・クルマ・住宅・防災 将来のエネルギーとの関わり

50年における「生活」として、ここでは①仕事、②クルマ、③住宅、④防災の四つの視点から、その将来像とエネルギーとの関わりについて考えてみたい。

①仕事:50年に生きる人々はどのような仕事に就き、どのような働き方をしているだろうか。少子高齢化はさらに進展し、高齢者の就労機会が拡大しているだろう。また、コロナ禍によるテレワークの急速な普及のように、デジタル技術により多様なワークスタイルが実現していると考えられる。

こうした変化はエネルギー需要にも影響を与える。例えば、分散居住や分散労働が加速することで、通勤やオフィスでのエネルギー消費量は減少するものの、住宅での消費量は増加することが想定され、さらに需要のピークを迎える時間帯(電力負荷カーブ)が変化することが予測される。

②クルマ:気候変動対策としての脱炭素化の社会的な要請を受け、50年のクルマの多くは電気自動車(EV)に置き換わる。一部、長距離・大型の貨物車などは燃料電池自動車(FCV)が普及していると考えられる。また、MaaSと呼ばれるサービスが普及し、カーシェアリングなどの所有形態の変化、移動需要や物流需要に応じたモビリティとのマッチングサービスなどが実現し、運輸部門のエネルギー消費効率の大幅な向上が予想される。

③住宅:50年には多くの住宅がスマート化され、建物の省エネ性能の向上とともに、太陽光発電と蓄電池(EV含む)によるエネルギーの自給自足が実現しているだろう。

また、発電した電力を自ら消費するだけではなく、余った電力を他者に供給するような「プロシューマー」が多く存在していることが予想される現在は、余った電力は小売り電気事業者に売電しているが、将来的にはP2P取引によって、例えば、お隣さんと直接電力を取引するというようなことも可能になると期待される。

④防災:11年の東日本大震災以降、さまざまな分野で「レジリエンス」がキーワードになった。また、近年の大型台風による大規模な停電への対応という点でも、レジリエントなエネルギーシステムを構築することの重要性はますます高まっている。そのため、50年には、分散したエネルギー源やエネルギー貯蔵設備を備え、平常時・非常時ともに系統電力のみに頼ることのない地域が多く形成されていることが予想される。

将来の各地域の特性 エネルギーの利用方法

三菱総研が19年10月に発表した「未来社会構想2050」では、将来の日本の地域は、中核となる中心都市、固有の強みを有する一芸地域、自立したロハス地域に分かれ、圏域ごとにまとまっていく姿が提示されている。ここでは、その考え方にならい、それぞれについて、具体的な将来像とエネルギーとの関係を考えてみたい。

①中心都市:都市部は、多様な嗜好に合わせた財・サービスの生産・消費が行われる場所であり、それだけでは価値の小さいエネルギーを「創る」のではなく「使う」ことで、高付加価値な商品・サービスを生み出す存在であり続けるだろう。このような都市においては、エネルギーの自給自立は困難であり、引き続き都市外部からエネルギー供給を受けることが経済合理性が高いと考える。ただし、50年の都市は外部から供給されたエネルギーを好きな時に好きなだけ消費するということではなく、蓄電池の活用などにより需給をコントロールする機能を備えていくことが求められる。

②一芸地域:固有の強みを持つ一芸地域として、拙著『三菱総研が描く 2050年エネルギービジョン』では農業地域、工業地域、エネルギー供給地域について言及している。ここでは個別の詳細は割愛するが、どの地域でも電化技術やエネルギー利用の高度化技術などを活用し、「一芸」とする強みをより効率的に生み出すとともに、その生産のために消費するエネルギーを脱炭素化していく流れは必至であると考えられる。

それは、農業機械の電化と再生可能エネルギーの活用、工業におけるエネルギー利用の高度化と再エネ由来水素なども含めた脱炭素化などに代表される。さらに、これらの地域に脱炭素なエネルギーを供給する機能を持ち、それによって収益を上げるエネルギー供給地域の誕生が期待される。

③過疎地域:現在の日本のエネルギーインフラは、ユニバーサルサービスとして広く国民全体で費用を負担して維持されている。しかし、実際には稼働率の高低などによって得られる便益に対してかかるコストに大きな違いがある。今後ますます拡大が予想される過疎地域では、その電力インフラを維持するためのいくつかのシナリオが想定される。例えば、電力の託送料金を一律または過疎地域住民向けに引き上げることで、負担・維持するシナリオが挙げられる。このシナリオでは、引き続き送配電事業者がインフラを維持する役割を負うことになるが、別のシナリオとして送配電事業者が過疎地域の送配電網を維持管理の対象外としてしまうことも考えられる。

このシナリオが実現した場合、過疎地域に住む人々は、移住か住民主導での電力供給網維持といった選択を迫られることになる。どのようなシナリオを目指すべきか、今後議論していく必要がある。

三菱総研が描く2050年エネルギービジョン

おがわ・たかおみ 早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了、三菱総合研究所に入社。2009年から現職。19年から政策・経済研究センターを兼務。

第1回】2050年のエネルギーシステム 資源の適切なマネジメントを

2050年のエネルギーシステム 資源の適切なマネジメントを


【羅針盤】井上裕史/三菱総合研究所 環境・エネルギー事業本部 脱炭素ソリューショングループリーダー

需要側から見た理想のエネルギーは、四つのキーワードで表現することができる。分散化されたエネルギー需給の資源を適切にマネジメントすることが重要である。

三菱総研では独自の視点で2050年のエネルギービジョンを検討し、『三菱総研が描く 50年エネルギービジョン』として書籍を刊行した。

今回を含め3回に分けてこの書籍の内容を紹介する。第1回では、日本のエネルギーが今、直面する課題を正しく認識しつつ、三菱総研が考える50年のエネルギーシステムを紹介したい。

日本のエネルギーが直面 多様化・複雑化する課題

日本のエネルギーが今、直面している課題は多様化・複雑化している。ここでは五つの観点で、50年に向けて向き合うべき課題を確認したい。

①脱炭素化=19年6月に閣議決定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」では、最終到達点として「脱炭素社会」を掲げている。脱炭素社会とは、温室効果ガスの排出に関し、排出量から吸収量や貯留量を差し引いた正味では排出がゼロ以下である状態が持続されている社会と考えられる。こうした社会を実現すると、ほとんどの分野で化石燃料の利用はできないと見るべきだろう。

②少子高齢化=わが国は今後、過去に例のない、極めて急激なスピードでの少子高齢化に直面する。特に地方での急激な人口減少は、エネルギー需要構造に大きな変化を与えるだけでなく、エネルギーインフラの維持管理を難しくさせる可能性がある。

③インフラ危機=エネルギーインフラに限らず、多くの社会インフラは高度経済成長期に整備されたものが多く、近年老朽化が懸念されている。さらに、大規模災害に伴うインフラの大きな損傷が問題となっている。気候変動により自然災害の影響は拡大する恐れもあり、50年のエネルギーインフラには、こうした厳しさを増す大規模災害リスクに対するレジリエンスを備えなければならない。

④中東問題=わが国は石油をはじめとする化石燃料の多くを、政情の不安定な中東から輸入している。コロナ禍で原油先物価格がマイナスになるなど、エネルギー資源を巡る状況にも大きな変化が見られたが、エネルギー源を特定地域に依存することがリスクであることは間違いない。

長期的には、再生可能エネルギーを中心とする国産エネルギーを増やすこと、輸入資源の一地域への依存を回避することの必要性は変わらないだろう。

⑤デジタル技術=近年のデジタル技術の進展は著しく、エネルギー業界でもさらなる活用の余地は大きい。50年に向けては、エネルギー供給設備が個別分散化するとともに、エネルギーの供給者と消費者が柔軟に双方向化していくと考えられる。こうした中で、全体として効率的なエネルギー需給の仕組みを確保するためには、デジタルプラットフォームの存在が欠かせないだろう。

ここでは50年やその先に向けて、理想のエネルギーについて考えてみたい。エネルギー政策では、安全性の確保を大前提とし、供給安定性、環境適合性、経済性という3項目を確保することが求められ、これを3E+Sと称して基本的視点とされている。現状、単一のエネルギーで三つのEを同時に確保することは難しく、多様なエネルギー資源をバランスよく利用することが求められている。

こうした3E+Sの考え方は、従来供給側の視点として語られることが多いが、ここではエネルギーを利用する一般の需要家視点から、理想のエネルギーを規定してみたい。具体的には、需要家が理想とするエネルギーについて、四つのキーワードで表現したい。それは「ストレスフリー」「持続可能性」「選択可能」「説明性」である。

①ストレスフリー=通常、エネルギーを利用する需要家がストレスを感じることは多くないと思われるが、例えば、エネルギー価格の上昇、煩雑な利用手続き、利用量制約などはストレスに感じるだろう。需要家から見た理想のエネルギーというのは、このような利用に伴う負担感やストレスから解放されていることが望ましい。

②持続可能性=地球温暖化対策をはじめとする環境問題への対応は社会的な命題であって、需要家としては必須のキーワードであろう。原子力であれば、使用済み燃料の最終処分までクリアになってこそ持続可能であり、再エネでもライフサイクル全体で環境負荷を抑えることが求められる。

③選択可能=電力・ガスの小売り全面自由化によって、需要家には複数の選択肢が示されるになった。現状は選択可能なメニューは限定的であるが、将来は需要家の価値観に応じて多様なメニューが提示されるだろう。電力であれば発電の種類に加え、産地指定という考え方も選択肢に挙がるだろう。

④説明性=今後は、需要家が多様な価値観のもとで自らが消費するエネルギーを選択するようになるだろう。その際、自らが選んだエネルギーがどのような性質のものであるか、一定の根拠をもって説明できることが必要だろう。

エネルギーシステムの要点 供給・需要・運用で変革を

需要家目線を取り入れて検討した理想のエネルギー社会を念頭に、脱炭素化社会の実現や、その他課題に対応するエネルギー需給の姿を考えると、50年のエネルギーシステムの要点は次の3点に集約される。

①供給側では再エネが主力電源となっている。

②需要側では、エネルギーの電化が進展しつつ、多様な選択肢が用意されている。

③分散化されたリソースが適切にマネジメントされ、エネルギーシステムを支えている。

50年の理想のエネルギーシステム構築のためには、供給側と需要側、それをつなぐ運用面それぞれに変革が求められるだろう。

50年エネルギーシステムイメージ

いのうえ・ゆうし 東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了、三菱総合研究所に入社。経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、2005年から現職。