【3分で読める小説】仕事の上流


社会人になってようやく仕事の基本が身についてきた頃、先輩から声をかけられた。

「田崎、来週の前半は出張だ。クライアントさんのところに一緒に行くぞ」

初めての出張だと聞かされて、おれは気持ちが高ぶってくる。

「どのクライアントさんですか?」

すると、先輩はある企業の名前を口にした。そこは老舗の飲料メーカーで、広告制作をメインにしているうちの会社とは少しだけお付き合いがあったな、と思いだす。

「新しい広告の仕事ですか?」

尋ねると、先輩は首を横にふった。

「いや、この機会に上流を攻めに行くことになってな」

「えっ!」

それを聞いて、おれはますますテンションが上がる。

“上流”“下流”というのは、ときどき先輩たちが口にしている用語だった。

“下流”とはあらかじめ決められている要件に応じるような仕事のことで、うちの会社でいえばクライアントの広報部門から商品やサービスの広告制作を依頼されることがそれにあたる。

対して“上流”とは要件が決められる前のもっと大元にある仕事のことで、うちの会社でいえば先方が商品やサービスを企画開発する段階から一緒にやらせてもらったり、さらに手前の経営戦略にかかわらせてもらったりすることがそれにあたる。

二つは、上下関係ではなくてどちらも大切な仕事だけれど、上流からかかわることができれば、うちとしては結果的に扱わせてもらえる仕事が多くなる。業務の幅も広がって、うちの会社も多様化がはかれる。

だから、最近は社を挙げて、積極的に上流を攻めていこうという動きが強まっていた。

……というのは、先輩からの聞きかじりだ。

正直なところ、おれは、具体的な上流の仕事については何もわかっていなかったし、自分みたいな実力不足の新人が携われるのもまだまだ先だろうと思っていた。

それもあって、喜びが落ち着くと緊張感も湧きあがってきた。

どんな感じになるんだろう……。

そんなおれに、先輩は言った。

「なかなかの体力勝負になるからな。覚悟しとけよ」

おれは勝手に想像した。

連日連夜、徹夜で商談したりするのだろうか。はたまた夜通し飲み会か……。

いずれにしても、体力勝負ならドンとこいという思いだった。自分には、学生時代に登山部で培った自慢の体力がある。

おれは気合いを入れて返事をした。

「任せてくださいっ!」

出張当日、おれは先輩と一緒に会社を出ると電車で都内から郊外に向かった。

先輩からは、事前にこの電車での移動経路を聞いていた。

が、先方の会社情報を調べた限りは、本社は関西にあって、新幹線や飛行機じゃなくていいのかと何度も念を押して確認していた。

「まあ、下手な予備知識はなくていいから」

そう言って、先輩はどこで何をするのか詳しく教えてくれなかった。唯一指示されたのは、登山の装備で来るようにということだ。

そのうち降り立った駅からさらに歩いてたどりついたのは、山のふもとだった。

「よし、登るか」

歩き始めた先輩に、おれは尋ねる。

「登るって、この山にですか……?」

うなずく先輩に、不安が膨らんでいく。

「でも、仕事は……」

「これが仕事だ。さあ、行くぞ」

大いに首をひねりながらも、同じく登山の格好をした先輩のあとについていく。

道なき道を行くうちに、やがて視界が開けて河原に出た。

「ちょっと休むか」

先輩と一緒に、手ごろな岩に腰かけた。

青空の下で深呼吸すると、新鮮な空気に生き返るような気持ちになる。

川の水音が心地よかった。ひらひら舞う蝶や、すいすい飛翔するトンボにも癒される。

「じゃあ、行くか」

先輩は時計を見て立ち上がり、また川に沿って登りはじめる。

しばらくすると、前方に数人の人影が現れた。

先輩が声をあげたのは、そのときだった。

「お世話になります。11時からアポを入れさせていただいている、高橋と申します」

先輩は頭を下げながらそちらに近づき、改めて社名と名前を口にした。とりあえず、おれも合わせて頭を下げる。

「お世話になりますっ! 田崎と申しますっ!」

相手は河原でキャンプをしているようだった。

そのうちの一人が、穏やかな笑みを浮かべて言った。

「今日はご足労いただきまして、ありがとうございます」

先輩が全員と名刺交換をしはじめたので、おれもつづいた。もらった相手の名刺には、まさに出張の目的だった飲料メーカーの社名と、「マーケティング部門」という字が書かれていた。

混乱しているうちにもイスをすすめられ、おれは座る。

世間話もそこそこに、先輩はさっそくリュックから自社紹介の資料を取りだして皆さんに説明をしはじめた。おれは隣で背筋を伸ばしてそれを聞く。

先方からの質問などもはさみながら小一時間ほどがたったころ、切りのいいところで相手の一人が口にした。

「お腹が空いてきましたね。そろそろお昼にしましょうか」

それからあれよあれよという間にバーベキューの準備がはじまって、ノンアルで乾杯しつつ、炭火で肉や野菜が焼かれはじめた。流れに任せて手伝っていると、先輩が言った。

「うちの田崎は学生時代に登山部でして、アウトドア全般にも詳しいんですよ」

「それは頼もしいですね」

河原でのバーベキューは言うまでもなく最高だったが、ふとした拍子に疑問はよぎった。

これは何をしてるんだ……?

が、先方の前で先輩に確認するのもはばかられて、とりあえずはこの時間を楽しむことに集中した。

やがて食事を終えて片づけをすると、先輩は立ち上がった。

「それでは、本日はこちらで失礼します」

皆さんに見送ってもらいながら、おれたちは荷物を背負って出発した。

しばらくたって、おれは尋ねた。

「あの、これってどういうことなんですか……? というか、ぼくたちはどこに……」

「言っただろう、上流を攻めるって」

先輩はつづける。

「このへんから、その上流に差しかかってるっていうことだ。まあ、最終的な目的地は、上層部の皆さんがいらっしゃるこの川の最上流だが」

「ええっ?」

おれは混乱してしまう。

「上流って、川のことだったんですか……!?」

「ああ、仕事の上流にかかわる方は、川の上流にいらっしゃるものだからな」

「そうなんですか……!?」

驚きつつも、おれはつぶやく。

「でも、先方の本社は関西にあると……」

「法律上はな。そりゃもちろん、この川沿いにいるみなさんがそっちにいらっしゃるときもある。が、多くの時間を過ごしているのは、この川だ。ほかの部門の方々も、より上流に関係してくる管理職クラスになってくると川と会社を行ったり来たりされてるな。マーケティングの方たちがさっきの場所にいらっしゃったのも、そういうわけだ」

「ははあ……」

うなりつつも、おれは聞く。

「……ですけど、どうしてこの川なんですか? 関西にも川はたくさんあるのに……」

「そのあたりは最上流の方々に直接聞いてみたらいい」

「はあ……」

瞬間、別のことが頭をよぎった。

「あの、もしかして……先輩方が普段から仰っているほかの会社の“上流”というのも、ぜんぶ川のことなんですか……!?」

「そうじゃない場合もあるが、老舗の場合はだいたいそうだな」

全然知らなかったと、目から鱗が落ちるような思いになる。

それならそうと、早く教えてくれたらいいのに……!

そんなことがありながら、おれは先輩と一緒に川沿いを進んだ。

上流を目指すにつれて、川の幅は少しずつ狭くなっていった。

整備された散策路などあるはずもなく、おれたちは河原や川沿いの藪の中を進んでいく。ときには川に入って反対岸に渡ったり、現れた沢をよじ登ったり。

先輩からは、途中でこんなことも教わった。

クライアントさんの“最上流”の場所がわかっているからといって、そこにヘリで直行すればいいというわけでは決してないということを。

「まあ、ヘリだと山の中で降り立ちづらいということもあるが、本質はそこじゃない。最上流に至るまでのプロセスにも大きな意味があるんだよ。さっきのマーケティングの方たちみたいに、一口に上流と言ってもいろんな領域があるからな。おまえもプロセスを軽視するなよ」

「はいっ!」

荷物を背負って道なき道を行くうちに、ほかの部署の方たちとの出会いもあった。

企画開発部門の人たちは、拓いた更地にテントを張って仕事をしていた。

新規事業部門の人たちは、切った木や編んだ葉っぱで雨風をしのげる場所をつくって仕事をしていた。

ライフラインも心もとない環境で働く皆さんを目の当たりにして、尊敬の念がこみあげる。

おれは、そのみなさんと名刺を交換しつつ、束の間のお茶の時間をともに過ごした。

「到着したぞ」

先輩がそう言ったのは、日が傾いてきて野宿も覚悟していた矢先だった。

おれたちは、ついに目的の場所にたどりついた。

「ここが、社長を含めた経営層の方々が滞在されてる最上流だ」

目の前には焚火を囲んだ数名の人がいた。

そのみなさんに、先輩は疲れを感じさせない口調であいさつをした。

「お世話になります。高橋と申します」

先方の全員からは洗練されたオーラが漂っていて、萎縮してしまいそうになった。

けれど、おれは自分を奮い立たせて声をあげた。

「お世話になりますっ! 新人の田崎と申しますっ!」

「ほぅ、新人の方ですか。よろしくお願いしますね」

そう口にしたのは、すぐあとに社長だとわかった人物だった。ほかの皆さんも微笑んでくれ、少なからず安堵する。

全員で焚火を囲んでひと息つくと、先輩はこれまでのように自社資料をもとにしてプレゼンをはじめた。オレンジの炎が照らすみなさんの顔は真剣で、緊張感もおのずと高まる。それに臆することなく、先輩は熱心に話しつづける。

社長さんが口を開いたのは、あたりがすっかり暗闇に包まれたころだった。

「あなたの熱意は伝わりました。今後のことについては、またじっくり検討させていただきましょう。それはさておき、そろそろ夕食といきますか」

その声を合図に、皆さんはテキパキと準備をはじめた。

そんな中、串に刺した肉を社長さんが焚火のそばで焼いてくれた。

「どうぞ、ゲストの方からお先に召し上がってください」

社長さんは、きれいな焦げ目のついた肉を渡してくれた。

「山で獲った猪の肉です」

「恐れ入りますっ!」

おれは先輩と一緒に貪りついた。

「うまいですっ!」

「それはよかった」

そのあとに出してもらった野草のサラダも、飯盒で炊いたお米も絶品だった。

食事のあとは満天の星のもと、パチパチと爆ぜる焚火を見ながらウィスキーの入ったグラスを傾けた。

夜も更けてお開きになり、おれは借りたテントに先輩と一緒に入り込む。

寝転ぶと、登山の疲労感が押し寄せてきた。

一方で、充実感にも包まれていた。

なんとか仕事につながればいいな──。

たくさんある川の中でも、なぜみなさんがこの川にいらっしゃるのか。

その理由が判明したのは、翌日、朝食の準備をしているときだった。

「いやあ、あなたは素晴らしいですね。ノリもいいし、アウトドアにも精通していらっしゃるし」

社長さんから褒められて、おれは悦に入っていた。

そのときだった。

あたりが急に暗くなってきて、ゴロゴロと雷が鳴りはじめた。

「おっと、これはマズイ……」

直後、大粒の雨が降りだして、全員で慌ててタープの中に避難した。

妙なことが起きたのは、そのときだった。

木々や地面を打つ雨音に交じって、こんな声が聞こえてきたのだ。

──あの商品の製造コストは、もっともっと削れるぞっ!

──競合他社の追随を許すなっ!

──お客様への愛も足りてないっ!

おれはポカンとしてしまう。

社長さんは頭をかいた。

「いやはや、お恥ずかしいところをお見せしましたね……」

声が降りそそいでくる中で、社長さんが口にした。

「この場所にだけ、こういった形で声が降ってくるんですよ。何でもこのあたりの上空の居心地がよく、とても気に入ったということで」

「あの、この声は……」

戸惑っていると、社長さんはこう言った。

「上流の、さらに先からのものですね」

苦笑しつつ、社長はつづけた。

「我々がここにいるのも、この声があるからなんですよ。こうしてときどき降ってくる、天に昇った創業者の小言──いえ、恵みの助言を受け止めるために」

(了)

【エネルギーフォーラム賞】第42回受賞作の決定


第42回「エネルギーフォーラム賞」の各賞が2022年2月17日の選考委員会において決定いたしましたので、お知らせいたします。

「エネルギーフォーラム賞」は、株式会社エネルギーフォーラムが1980年5月、エネルギー論壇の向上に資するため創立25周年の記念事業として創設いたしました「エネルギーフォーラム賞」は本年、第42回を迎えました。

同賞は年間に公開された邦人によるエネルギー問題に関する著書を関係各界の有識者によるアンケートによる推薦を参考にして、選考委員会が選定し顕彰するものです。

なお、新型コロナウイルス対策のため、経団連会館で予定されていた今年の贈呈式は中止とさせていただきます。

第42回エネルギーフォーラム賞

・エネルギーフォーラム賞:

「エネルギーをめぐる旅―文明の歴史と私たちの未来」

古舘 恒介 著(英治出版刊)

【選評】人類がエネルギーの大量消費者となるに至った5つのエネルギー革命の歴史、またエネルギーの科学的特性の歴史、さらに宗教や経済、社会を含むヒトの心の側面からエネルギー問題に切り込み、ユニークなエネルギー文明論を展開している。熱力学の第二法則やハーバーボッシュ法を覚えていない方は必読である。海外勤務での豊富な体験や古今東西の明言・格言を随所に引用し、人類が直面する資本主義、食糧、気候変動とエネルギー問題の未来を考える貴重なヒントを提供しており、石油会社の技術管理部長という多忙な職責を果たしながら、著者は、膨大な書物を体系的かつ網羅的に読みこなし、エネルギーを柱とする見事な文明史を活写してみせる。卓抜した文章力、文理両分野にまたがる博覧強記、読者の好奇心を沸き立たせる構成力等々。著者がエネルギー業界で長年実務に携わってきた方と知って驚くほかない。かくも有能な書き手がエネルギー論壇に登場したことを評者は喜びとする。まさしく帯に記されているように「驚嘆必至の教養書」で、8年ぶりの大賞に相応しい力作である。

【受賞の言葉】この度は、拙著『エネルギーをめぐる旅 文明の歴史と私たちの未来』に、伝統と格式の備わったエネルギーフォーラム賞を賜り、大変光栄に存じます。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。昨今、気候変動問題が大きくクローズアップされるようになったことで、エネルギー問題への関心が高まっています。問題の解決を巡っては様々な立場からの意見や数字が出され、議論が活発に行われていますが、そうした中、人類社会が消費するエネルギー量が非常に大きくなっているという根本的な問題が置き去りにされているのではないか。それが拙著執筆の出発点となっています。 エネルギー問題とは、私たち一人ひとりが主体的に取り組まなければいけない問題です。技術革新による解決に過度な期待をかけて思考停止に陥ることなく、人それぞれが自分事として考え、行動変容へとつなげていく。そうした変化のきっかけと未来への希望を、拙著を通じて読者の皆様が何かしらつかんでいただけるようであれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。

・普及啓発賞:

「カーボンニュートラル実行戦略-電化と水素、アンモニア」

戸田 直樹・矢田部 隆志・塩沢 文朗 著(エネルギーフォーラム刊)

【選評】電化や熱利用について、2050年のカーボンニュートラルに向けて先進的な事例が紹介されており、特に、燃料アンモニアについては、アジアの新興国が石炭、ガス火力発電を使いながらアンモニアや水素との混焼で徐々に脱炭素を進めることは極めて合理的な選択だと思う。アンモニアに関する類書も他になくわかりやすく解説されており、さらに執筆当時の最新動向も盛り込まれていることから普及啓発賞に値すると評価した。

【受賞の言葉】この度は、普及啓発賞を受賞し、大変光栄に感じております。また受賞に際し、お力添え頂いた皆様に著者を代表して御礼を申し上げます。折しもロシアによるウクライナ侵攻のさなかの受賞であり、いずれの国の市民や若き兵士が傷つき命を落とすことに深い悲しみの念を禁じ得ません。この戦火は、西欧向けのロシアの天然ガスとウクライナを通過するパイプラインの存在にも少なからず因果関係があるものと思われます。エネルギーは、このロシア産の天然ガスに依存しているのです。日本においても決して対岸の火事ではありません。エネルギー自給率の向上とカーボンニュートラルに向けた歩みは止めてはなりません。再エネ発電と電化は有力な選択肢だと思います。また、再エネ発電による水素・アンモニア製造は世界中どこでもできるため、地政学的リスクを減らす大きな意義があると思います。国内外のエネルギーに係る課題の解決に拙著が少しでもお役に立つのであれば幸甚に存じます。

・普及啓発賞:

「グリッドで理解する電力システム」

岡本 浩 著(日本電気協会新聞部刊)

【選評】電力システムの課題と将来をプールの水とポンプのネットワークと比べながらわかりやすく論じて好感が持てた。交流電力の難しいところをイラストで説明している点を評価した。

【受賞の言葉】この度は、普及啓発賞に拙著『グリッドで理解する電力システム』を選考いただき、大変光栄に存じます。カーボン・ニュートラルという世界的潮流の中で、エネルギーシステムも大変革が求められ、電力システムも他産業との連関をますます強めながら進化していくことが必要です。本書では、一般にはなじみのない電力システムの過去・現在を紹介しつつ、どのようなモデルチェンジが必要となっていくかを展望しました。本書を通じて、少しでも多くの方がエネルギー事業に興味を持っていただくとともに、皆さまの暮らしの中で電気について考えていただくきっかけになれば大変嬉しく思います。本書は、私にとって初めての単著となりましたが、社内外の多くの皆さまに支えられて何とか完成することができました。対談に快く応じていただいた慶応義塾大学教授の安宅和人さんはじめ、お世話になりました出版社・関係者の皆さまに、この場を借りて深く御礼申し上げます。

・特別賞:

「鬼の血脈-『電力人』135年の軌跡」

中井 修一 著(エネルギーフォーラム刊)

【選評】電力制度改革が一段落した直近10年間の出来事を135年の電気事業の歴史の繋がりの中で、経営者、官僚、政治家の考え方や行動を詳細に検証した貴重な記録である。特に、経産省が主導で進めてきた電力システム改革に対して、事業者側からの発信が極めて少ない中、長年にわたる現場や経営者への豊富な取材活動に裏打ちされた著者の「歴史の証人」としての強い使命感が伝わってくる力作で、日本の電力史をルポルタージュ風にまとめ上げた大著である。本格的な電力史は、学術的とならざるを得ず読者を遠ざけがちだが、電力業界に関心ある読者にとって本書は、肩の凝らない「読み物」として、今後とも読み継がれることとなるだろう。特別賞に値すると判断した。

【受賞の言葉】この度は、拙著にエネルギーフォーラム賞の特別賞を賜り、誠に光栄に存じます。本書の執筆に当たっては多くの方々のご協力をいただいており、この場を借りて厚くお礼申し上げます。2022年3月初めロシアがウクライナに侵攻した際、原発侵入を企てるロシア軍に盾となって毅然と向かうウクライナの原発所員の姿が映し出されました。真逆に「原発から逃げ出した」と日本から世界に発信されたことがあります。11年前の3・11、その福島第一原発から9割の所員が所長命令に違反し撤退したという「吉田調書」の記事です(2014年朝日新聞が報道。後に誤報とし謝罪)。私は電気新聞在籍時、東電など原発の当直長を集めた座談会特集を組んだことがあります。彼らの話を聞き、過去の取材経験から当直長らは、原発と地域を結び、守る象徴的存在との感慨を抱きました。一転「吉田調書」が報じられたとき、違和感とともにその前後の電力バッシングとも言える社会動向に電気事業に携わる人たちの真の姿を伝えられないものかと思うようになりました。その原点に民営電気事業の礎、松永安左エ門がいます。彼らと今を繋ぐ「電力人」の活動と歴史的事象を整理すれば何がしか役立つのではと考え、執筆に至った次第です。

<エネルギーフォーラム賞選考委員(50音順、敬称略)>

 佐和 隆光(京都大学名誉教授)

 田中 伸男(笹川平和財団顧問)

 十市 勉(日本エネルギー経済研究所客員研究員)

 山地 憲治(地球環境産業技術研究機構理事長・研究所長)

<過去のエネルギーフォーラム賞受賞作一覧>  

第1回(1981年)

エネルギーフォーラム賞:茅陽一編著「エネルギー・アナリシス」

第2回(1982年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

優秀賞2点:生田豊朗著「茶の間のエネルギー学」、室田泰弘著「日本ソフト・パス」

第3回(1983年)

エネルギーフォーラム賞:小峰隆夫著「石油と日本経済」 

優秀賞:田中靖政著「原子力の社会学」

第4回(1984年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

優秀賞2点:大内幸夫著「石油解説」、田中紀夫著「原油価格」

第5回(1985年)

エネルギーフォーラム賞:佐藤一男著「原子力安全の論理」 

優秀賞:瀬木耿太郎著「中東情勢を見る眼」

第6回(1986年)

エネルギーフォーラム賞:石川欽也著「証言/原子力政策の光と影」 

普及啓発賞(新設):生田豊朗著「エネルギーの指定席」

第7回(1987年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

 優秀賞2点:日本エネルギー経済研究所編「戦後エネルギー産業史」、日本原子力産業会議編「原子力は、いま」 

普及啓発賞:岸本康著「原子力その不安と希望」

第8回(1988年)

エネルギーフォーラム賞:十市勉編著「石油産業」 

普及啓発賞:岸田純之助監修「巨大技術の安全性」

第9回(1989年)

エネルギーフォーラム賞:大橋忠彦著「エネルギーの政治経済学」

優秀賞:深海博明著「資源・エネルギーこれからこうなる」

普及啓発賞:茅陽一・鈴木浩・中上英俊・西広泰輝著「エネルギー新時代」

第10回(1990年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

普及啓発賞:福間知之著「原子力は悪魔の手先か」

普及啓発賞:加納時男著「なぜ『原発』か」

第11回(1991年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

 優秀賞:十市勉著「第三次石油ショックは起きるか」

優秀賞:山地憲治著「原子力は地球環境を救えるか」

第12回(1992年)

エネルギーフォーラム賞:松井賢一著「世界のエネルギー世論を読む」 

普及啓発賞:近藤駿介著「やさしい原子力教室Q&A」

第13回(1993年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

優秀賞:森俊介著「地球環境と資源問題」

優秀賞:近藤駿介著「エネルゲイア」

普及啓発賞:藤家洋一著「21世紀社会と原子力文明」

普及啓発賞:最首公司・村上隆著「ソ連崩壊・どうなるエネルギー戦略」

第14回(1994年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

 優秀賞:西堂紀一郎・JEグレイ著「原子力の奇跡」

優秀賞:川上幸一著「原子力の光と影」(本人辞退) 

普及啓発賞:依田直監修・地球問題研究会編「トリレンマへの挑戦」

第15回(1995年)

エネルギーフォーラム賞:植草益編「講座・公的規制と産業①『電力』」 

優秀賞:末次克彦著「エネルギー改革」

 優秀賞:矢島正之著「電力市場自由化」 

 特別賞(新設):柴崎芳三著「基幹エネルギー産業への軌跡(上・下)」

第16回(1996年)

エネルギーフォーラム賞:山地憲治・藤井康正著「グローバルエネルギー戦略」 

優秀賞:秋元勇巳著「しなやかな世紀」 

普及啓発賞:佐和隆光編「地球文明の条件」

第17回(1997年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし 

優秀賞:昇昭三著「隠れたる成長産業  都市ガス」

  普及啓発賞:上坂冬子著「原発を見に行こう」

第18回(1998年)

エネルギーフォーラム賞:佐和隆光著「地球温暖化を防ぐ」

  特別賞(奨励賞):円浄加奈子著:「英国にみる電力ビッグバン」

第19回(1999年)

エネルギーフォーラム賞:山地憲治編「どうする日本の原子力」

普及啓発賞:小山茂樹著「石油はいつなくなるのか」

特別賞:依田直監修「トリレンマ問題群シリーズ」

第20回(2000年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:鳥井弘之著「原子力の未来」

優秀賞:吉岡 斉著「原子力の社会史」

第21回(2001年)

エネルギーフォーラム賞:西村 陽著「電力改革の構図と戦略」

普及啓発賞:新井光雄著:「エネルギーが危ない」

第22回(2002年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:柏木孝夫・橋本尚人・金谷年展著「マイクロパワー革命」

優秀賞:飯島昭彦著「電力系統崩壊」

普及啓発賞:中村政雄著「エネルギーニュースから経済の流れが一目でわかる」

第23回(2003年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:南部鶴彦・西村陽共著「エナジー・エコノミクス」(日本評論社)

新井光雄著「電気が消える日」(中央公論新社)

普及啓発賞:松田美夜子著「欧州レポート 原子力廃棄物を考える旅」(日本電気協会新聞部)

第24回(2004年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:石井 彰・藤 和彦共著「世界を動かす石油戦略」(筑摩書房)

優秀賞:最首公司著「人と火」(エネルギーフォーラム)

特別賞:藤田正幸著「エンロン崩壊」(日本経済新聞社)

第25回(2005年)

エネルギーフォーラム賞:橘川武郎著「日本電力業発展のダイナミズム」(名古屋大学出版会刊)

普及啓発賞:井上雅晴著「電力自由化2007年の扉」(エネルギーフォーラム刊)

特別賞:中村政雄著「原子力と報道」(中央公論新社刊)

第26回(2006年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:穴山悌三著「電力産業の経済学」(NTT出版)

優秀賞:橋爪紳也・西村 陽編 都市と電化研究会著「にっぽん電化史」(日本電気協会新聞部)

特別賞:藤井秀昭著「東アジアのエネルギーセキュリティ戦略」(NTT出版)

第27回(2007年)

エネルギーフォーラム賞:山家公雄著「エネルギー・オセロゲーム」(エネルギーフォーラム刊)

特別賞:松井賢一著「国際エネルギー・レジーム」(エネルギーフォーラム刊)

第28回(2008年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:杉山大志編「これが正しい温暖化対策」(エネルギーフォーラム刊)

普及啓発賞:十市 勉著「21世紀のエネルギー地政学」(産経新聞出版刊) 

特別賞:庄司太郎著「アラビア太郎と日の丸原油」(エネルギーフォーラム刊)

第29回(2009年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:茅陽一編著 秋元圭吾・永田豊著「低炭素エコノミー」(日本経済新聞出版社刊)

優秀賞:脇祐三著「中東激変」(日本経済新聞出版社刊)

普及啓発賞:山名元著「間違いだらけの原子力・再処理問題」(ワック刊) 

特別賞:田嶋裕起著「誰も知らなかった小さな町の『原子力戦争』」(ワック刊)

第30回(2010年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:山地憲治著「原子力の過去・現在・未来」(コロナ社刊)

普及啓発賞:志村嘉一郎著「闘電―電気に挑んだ男たち」(日本電気協会新聞部刊)

特別賞:山口正康著「炎の産業「都市ガス」」(エネルギーフォーラム刊)

第31回(2011年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:澤昭裕著「エコ亡国論」(新潮社刊)

優秀賞:村上朋子著「激化する国際原子力商戦」(エネルギーフォーラム刊)

普及啓発賞:横山明彦著「スマートグリッド」(日本電気協会新聞部刊)

第32回(2012年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:神田淳著「持続可能文明の創造」(エネルギーフォーラム刊)

普及啓発賞:入江一友著「原子力に未来はあるか」(エネルギーフォーラム刊)

特別賞:開沼博著「「フクシマ」論」(青土社刊)

第33回(2013年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:澤昭裕著「精神論ぬきの電力入門」(新潮社刊)

普及啓発賞:中川恵一著「放射線医が語る被ばくと発がんの真実」(KKベストセラーズ刊)

特別賞:後藤茂著「憂国の原子力誕生秘話」(エネルギーフォーラム刊)

第34回(2014年)

エネルギーフォーラム賞:遠藤典子著「原子力損害賠償制度の研究」(岩波書店刊)

優秀賞:橘川武郎著「エネルギー問題」(NTT出版刊)

普及啓発賞:青柳榮著「活断層と原子力」(エネルギーフォーラム刊)

第35回(2015年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:石川廸夫著「考証福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか」(日本電気協会新聞部刊)

優秀賞:石井彰著「木材・石炭・シェールガス」(PHP新書)

普及啓発賞:竹内純子著「誤解だらけの電力問題」(ウエッジ刊)

特別賞:中西準子著「原発事故と放射線のリスク学」(日本評論社刊)

第36回(2016年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:開沼博著「はじめての福島学」(イーストプレス刊)

優秀賞:有馬純著「地球温暖化交渉の真実」(中央公論新社刊)

普及啓発賞:川口マーン惠美著「ドイツの脱原発がよくわかる本」(草思社刊)

第37回(2017年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:高嶋哲夫著「福島第二原発の奇跡」(PHP研究所刊)

普及啓発賞:開沼博編「福島第一原発廃炉図鑑」(太田出版刊)

普及啓発賞:関電システムソリューションズ㈱ビジネスコンサルティング部編「ウチの会社電気売るんだってよ 電力小売ビジネスを始めるための10のポイント」(日本電気協会新聞部刊)

第38回(2018年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:竹内純子、伊藤剛、岡本浩、戸田直樹編著「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」(日本経済新聞出版社刊)

優秀賞:鈴木達治郎著「核兵器と原発 日本が抱える「核」のジレンマ」(講談社刊)

特別賞:川口マーン惠美著「復興の日本人論 誰も書かなかった福島」(グッドブックス刊)

第39回(2019年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:柏木孝夫著「超スマートエネルギー社会5.0」(エネルギーフォーラム刊)

優秀賞:松尾博文著「『石油』の終わり エネルギー大転換」(日本経済新聞出版社刊)

 普及啓発賞:江田健二著「ブロックチェーン×エネルギービジネス」(エネルギーフォーラム刊)

 普及啓発賞:西村陽・巽直樹編著「まるわかり電力デジタル革命キーワード250」(日本電気協会新聞部刊)

第40回(2020年) 

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:福島伸享著「エネルギー政策は国家なり」(エネルギーフォーラム刊)

普及啓発賞:澤田哲生著「やってはいけない原発ゼロ」(エネルギーフォーラム刊)

普及啓発賞:株式会社日本総合研究所/井熊 均、瀧口 信一郎、木通 秀樹著「エナジー・トリプル・トランスフォーメーション」(エネルギーフォーラム刊)

特別賞:今井伸・橘川武郎著「LNG 50年の軌跡とその未来」(日経BPコンサルティング刊)

第41回(2021年)

エネルギーフォーラム賞:該当作なし

優秀賞:長山浩章著「再生可能エネルギー主力電源化と電力システム改革の政治経済学」(東洋経済新報社刊)

優秀賞:戸谷洋志著「原子力の哲学」(集英社刊)

特別賞:山地憲治著「エネルギー新時代の夜明け」(エネルギーフォーラム刊)

コスト低減と安定供給の両立へ 「スマート保安」を積極展開


【東北電力ネットワーク】

東北電力ネットワークは、AI・IoTなどを活用した設備保守の高度化・効率化を進めている。
激変する事業環境の中、コスト低減と安定供給の両立を実現し、競争力強化を目指す。

東北電力ネットワークの供給エリアである東北6県と新潟県は、国土面積の約2割を占めており、架空送電線路の長さ、送電鉄塔の基数とも、国内の一般送配電事業者の中では最大の設備規模。安定供給を果たしていくためには、この広いエリアに点在する設備について、巡視や点検を通じて劣化状態を把握し、計画的に適切な補修を実施するとともに、必要に応じて設備の更新を進めることが重要となる。


送電鉄塔は、経年による腐食や劣化のレベルに応じて塗装や部材の取り換えを行うなど計画的な補修工事を行う必要があるが、従来、腐食・劣化の度合いの判定については、個人差が生じやすいという課題があった。


また、送電鉄塔の腐食箇所やその程度については、鉄塔1基ごとに管理しており、補修工事の計画策定に多くの時間と労力を要していた。

AIで腐食劣化度診断 経済産業大臣賞受賞

そこで、AIを活用した「腐食劣化度診断システム」を、株式会社SRA東北と共同で開発。2019年11月に電力業界として初めて運用を開始した。


本システムでは、スマートフォンやドローンなどで撮影した画像を基に、AIが送電鉄塔の腐食や劣化の度合いを瞬時に判定。これにより、判定に係る個人差を解消することが可能となった。加えて、画像の撮影時にGPSにより鉄塔の位置情報を自動的に取得し、判定結果とともにデータベースへ送信することで、各鉄塔の腐食・劣化の度合いを一元的に管理することが可能となり、補修工事計画を短時間で策定できるようになった。

撮影した画像を基に、AIが腐食劣化度を瞬時に診断
AIを用いた鉄塔腐食劣化度診断のイメージ

システムの導入から1年。「腐食・劣化状況をスピーディかつ的確に把握できるようになりました」と、同社電力システム部送電グループの冨岡敬史さんは、導入の手応えを語る。本システムは、国土交通省および関係6省庁がインフラのメンテナンスにおける優れた取り組みを表彰する「第4回インフラメンテナンス大賞」の「経済産業大臣賞」を受賞。同社は今後、送電鉄塔と似た構造物を持つほかの産業への展開の可能性も探っていく。

さらなる効率化へ 多様なパートナーと連携

このほかにも、同社電力システム部では、多様なパートナーとタッグを組み、新技術を活用したさまざまな検証を並行して展開している。


例えば、送電鉄塔に設置している航空障害灯の点灯状況に係る目視確認の効率化を目的に、省電力で長距離通信が可能な「LPWA」と呼ばれる通信技術を活用し、山間部の送電鉄塔に取付けた現地センサーの動作情報を収集、遠隔監視するIoTシステムの実証試験を、宮城県内で実施している。実証に当たっては、通信大手など複数の企業と連携し、早期の実現を目指すとともに、さらなる活用拡大も模索する。


さらに、レーザーなどの光を対象物に照射し、対象物の座標や輝度を読み取る技術「LiDAR」を活用して、変電所構内の設備の外観異常を遠隔地にいながら自動的に検知する技術の検証を、日本電気株式会社と共同で実施している。「この技術の特長は、異常値に関するデータの学習や蓄積がなくても検知が可能な点です。変電設備の状態把握の高度化と巡視業務の効率化を同時に達成する技術として、将来、人の目に代わる技術となる可能性があります」と、同社電力システム部変電グループの竜野良亮さんは、その効果に期待を寄せる。

LiDARを活用した異常検知のイメージ

同社はこのように、AI・IoTなどの新技術を積極的に取り入れ、設備保守の高度化・効率化を図る「スマート保安」の展開を通じて、引き続き、お客さまや地域社会に安心・安全・快適な暮らしをおくり届けるという使命を果たしていく考えだ。

電力システム部送電グループの冨岡さん(左)と同部変電グループの竜野さん(右)

でんきの科学館リニューアルオープン 「電気の旅」コーナーを刷新


【中部電力】

中部電力のPR施設「でんきの科学館」(名古屋市中区栄、五ヶ山淳館長)が2020年10月31日、リニューアルオープンした。同館3階の「電気の旅」コーナーを刷新。燃料調達から発電所、送電・配電網を経由して消費者のもとに電気が届くまでの流れや、安定供給を支える電力マンの仕事を「旅」に見立て、楽しく学べるようにしている。


でんきの科学館は16年度から順次リニューアルし、今回で完了した。改装した「電気の旅」コーナーは、①ジオラマ②壁面グラフィック・電力設備の展示③きみも電力マンになろう④地上100メートル電気の旅~鉄塔の上から見てみた!~――の各ゾーンで構成されている。

電気の流れを分かりやすく 電力マンの仕事も紹介

ジオラマゾーンは、燃料の調達から電気が家庭やビル、工場に届くまでの流れを全長約16mのジオラマで表現。ジオラマ前にはAR(拡張現実)モニターが設置され、モニターをのぞくと電気の旅を支える電力設備の役割や仕組み、設備の保守・点検や災害対応など電力マンの仕事について詳しく紹介している。

全長約16mのジオラマで電気が届くまでの道のりをたどれる

壁面グラフィックゾーンは、電力の一連のバリューチェーンを写真や碍子、電線などの実物の電力設備や模型を使って電力マンが解説する。高所作業車のバケットもあり、疑似乗車体験を通じて作業する電力マンの目線で電柱の設備を見ることができ、設備の大きさ、重さ、高さなどのスケール感をよりリアルに体感できる。


きみも電力マンになろうゾーンは、電力設備の保守・点検作業や訓練の様子を紹介。壁面には、作業に使用する道具の展示や電柱に登る訓練の様子のだまし絵を描いた。それを背景にすると柱に昇っているような写真を撮影でき、このトリックアートは来館者から人気を博している。

ほかにも、地上100m程度から撮影した映像を床に投影し、送電鉄塔の上で作業する電力マンの視点を体験できるコーナーがある。


地下鉄東山線、鶴舞線「伏見」駅の4番出口から東へ徒歩2分という交通アクセスも良い好立地にあり、リニューアルオープン以降、多くの家族連れでにぎわっている。

2050年の日本の在り方 生活・地域とエネルギーの関わり


【羅針盤】小川崇臣/三菱総合研究所 環境・エネルギー事業本部脱炭素ソリューショングループ主任研究員

未来の「生活」の変化はエネルギーの需給構造にも影響を与える。また、未来の「地域」が持つ機能ごとに最適なエネルギー供給を実現することが必要である。

第2回目となる今回は、2050年の日本では人々の「生活」や「地域」の在り方がどう変わるのか、その変化がエネルギー需要にどう影響するのかといった、より具体的な内容に焦点を当てて紹介したい。

仕事・クルマ・住宅・防災 将来のエネルギーとの関わり

50年における「生活」として、ここでは①仕事、②クルマ、③住宅、④防災の四つの視点から、その将来像とエネルギーとの関わりについて考えてみたい。

①仕事:50年に生きる人々はどのような仕事に就き、どのような働き方をしているだろうか。少子高齢化はさらに進展し、高齢者の就労機会が拡大しているだろう。また、コロナ禍によるテレワークの急速な普及のように、デジタル技術により多様なワークスタイルが実現していると考えられる。

こうした変化はエネルギー需要にも影響を与える。例えば、分散居住や分散労働が加速することで、通勤やオフィスでのエネルギー消費量は減少するものの、住宅での消費量は増加することが想定され、さらに需要のピークを迎える時間帯(電力負荷カーブ)が変化することが予測される。

②クルマ:気候変動対策としての脱炭素化の社会的な要請を受け、50年のクルマの多くは電気自動車(EV)に置き換わる。一部、長距離・大型の貨物車などは燃料電池自動車(FCV)が普及していると考えられる。また、MaaSと呼ばれるサービスが普及し、カーシェアリングなどの所有形態の変化、移動需要や物流需要に応じたモビリティとのマッチングサービスなどが実現し、運輸部門のエネルギー消費効率の大幅な向上が予想される。

③住宅:50年には多くの住宅がスマート化され、建物の省エネ性能の向上とともに、太陽光発電と蓄電池(EV含む)によるエネルギーの自給自足が実現しているだろう。

また、発電した電力を自ら消費するだけではなく、余った電力を他者に供給するような「プロシューマー」が多く存在していることが予想される現在は、余った電力は小売り電気事業者に売電しているが、将来的にはP2P取引によって、例えば、お隣さんと直接電力を取引するというようなことも可能になると期待される。

④防災:11年の東日本大震災以降、さまざまな分野で「レジリエンス」がキーワードになった。また、近年の大型台風による大規模な停電への対応という点でも、レジリエントなエネルギーシステムを構築することの重要性はますます高まっている。そのため、50年には、分散したエネルギー源やエネルギー貯蔵設備を備え、平常時・非常時ともに系統電力のみに頼ることのない地域が多く形成されていることが予想される。

将来の各地域の特性 エネルギーの利用方法

三菱総研が19年10月に発表した「未来社会構想2050」では、将来の日本の地域は、中核となる中心都市、固有の強みを有する一芸地域、自立したロハス地域に分かれ、圏域ごとにまとまっていく姿が提示されている。ここでは、その考え方にならい、それぞれについて、具体的な将来像とエネルギーとの関係を考えてみたい。

①中心都市:都市部は、多様な嗜好に合わせた財・サービスの生産・消費が行われる場所であり、それだけでは価値の小さいエネルギーを「創る」のではなく「使う」ことで、高付加価値な商品・サービスを生み出す存在であり続けるだろう。このような都市においては、エネルギーの自給自立は困難であり、引き続き都市外部からエネルギー供給を受けることが経済合理性が高いと考える。ただし、50年の都市は外部から供給されたエネルギーを好きな時に好きなだけ消費するということではなく、蓄電池の活用などにより需給をコントロールする機能を備えていくことが求められる。

②一芸地域:固有の強みを持つ一芸地域として、拙著『三菱総研が描く 2050年エネルギービジョン』では農業地域、工業地域、エネルギー供給地域について言及している。ここでは個別の詳細は割愛するが、どの地域でも電化技術やエネルギー利用の高度化技術などを活用し、「一芸」とする強みをより効率的に生み出すとともに、その生産のために消費するエネルギーを脱炭素化していく流れは必至であると考えられる。

それは、農業機械の電化と再生可能エネルギーの活用、工業におけるエネルギー利用の高度化と再エネ由来水素なども含めた脱炭素化などに代表される。さらに、これらの地域に脱炭素なエネルギーを供給する機能を持ち、それによって収益を上げるエネルギー供給地域の誕生が期待される。

③過疎地域:現在の日本のエネルギーインフラは、ユニバーサルサービスとして広く国民全体で費用を負担して維持されている。しかし、実際には稼働率の高低などによって得られる便益に対してかかるコストに大きな違いがある。今後ますます拡大が予想される過疎地域では、その電力インフラを維持するためのいくつかのシナリオが想定される。例えば、電力の託送料金を一律または過疎地域住民向けに引き上げることで、負担・維持するシナリオが挙げられる。このシナリオでは、引き続き送配電事業者がインフラを維持する役割を負うことになるが、別のシナリオとして送配電事業者が過疎地域の送配電網を維持管理の対象外としてしまうことも考えられる。

このシナリオが実現した場合、過疎地域に住む人々は、移住か住民主導での電力供給網維持といった選択を迫られることになる。どのようなシナリオを目指すべきか、今後議論していく必要がある。

三菱総研が描く2050年エネルギービジョン

おがわ・たかおみ 早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了、三菱総合研究所に入社。2009年から現職。19年から政策・経済研究センターを兼務。

第1回】2050年のエネルギーシステム 資源の適切なマネジメントを

2050年のエネルギーシステム 資源の適切なマネジメントを


【羅針盤】井上裕史/三菱総合研究所 環境・エネルギー事業本部 脱炭素ソリューショングループリーダー

需要側から見た理想のエネルギーは、四つのキーワードで表現することができる。分散化されたエネルギー需給の資源を適切にマネジメントすることが重要である。

三菱総研では独自の視点で2050年のエネルギービジョンを検討し、『三菱総研が描く 50年エネルギービジョン』として書籍を刊行した。

今回を含め3回に分けてこの書籍の内容を紹介する。第1回では、日本のエネルギーが今、直面する課題を正しく認識しつつ、三菱総研が考える50年のエネルギーシステムを紹介したい。

日本のエネルギーが直面 多様化・複雑化する課題

日本のエネルギーが今、直面している課題は多様化・複雑化している。ここでは五つの観点で、50年に向けて向き合うべき課題を確認したい。

①脱炭素化=19年6月に閣議決定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」では、最終到達点として「脱炭素社会」を掲げている。脱炭素社会とは、温室効果ガスの排出に関し、排出量から吸収量や貯留量を差し引いた正味では排出がゼロ以下である状態が持続されている社会と考えられる。こうした社会を実現すると、ほとんどの分野で化石燃料の利用はできないと見るべきだろう。

②少子高齢化=わが国は今後、過去に例のない、極めて急激なスピードでの少子高齢化に直面する。特に地方での急激な人口減少は、エネルギー需要構造に大きな変化を与えるだけでなく、エネルギーインフラの維持管理を難しくさせる可能性がある。

③インフラ危機=エネルギーインフラに限らず、多くの社会インフラは高度経済成長期に整備されたものが多く、近年老朽化が懸念されている。さらに、大規模災害に伴うインフラの大きな損傷が問題となっている。気候変動により自然災害の影響は拡大する恐れもあり、50年のエネルギーインフラには、こうした厳しさを増す大規模災害リスクに対するレジリエンスを備えなければならない。

④中東問題=わが国は石油をはじめとする化石燃料の多くを、政情の不安定な中東から輸入している。コロナ禍で原油先物価格がマイナスになるなど、エネルギー資源を巡る状況にも大きな変化が見られたが、エネルギー源を特定地域に依存することがリスクであることは間違いない。

長期的には、再生可能エネルギーを中心とする国産エネルギーを増やすこと、輸入資源の一地域への依存を回避することの必要性は変わらないだろう。

⑤デジタル技術=近年のデジタル技術の進展は著しく、エネルギー業界でもさらなる活用の余地は大きい。50年に向けては、エネルギー供給設備が個別分散化するとともに、エネルギーの供給者と消費者が柔軟に双方向化していくと考えられる。こうした中で、全体として効率的なエネルギー需給の仕組みを確保するためには、デジタルプラットフォームの存在が欠かせないだろう。

ここでは50年やその先に向けて、理想のエネルギーについて考えてみたい。エネルギー政策では、安全性の確保を大前提とし、供給安定性、環境適合性、経済性という3項目を確保することが求められ、これを3E+Sと称して基本的視点とされている。現状、単一のエネルギーで三つのEを同時に確保することは難しく、多様なエネルギー資源をバランスよく利用することが求められている。

こうした3E+Sの考え方は、従来供給側の視点として語られることが多いが、ここではエネルギーを利用する一般の需要家視点から、理想のエネルギーを規定してみたい。具体的には、需要家が理想とするエネルギーについて、四つのキーワードで表現したい。それは「ストレスフリー」「持続可能性」「選択可能」「説明性」である。

①ストレスフリー=通常、エネルギーを利用する需要家がストレスを感じることは多くないと思われるが、例えば、エネルギー価格の上昇、煩雑な利用手続き、利用量制約などはストレスに感じるだろう。需要家から見た理想のエネルギーというのは、このような利用に伴う負担感やストレスから解放されていることが望ましい。

②持続可能性=地球温暖化対策をはじめとする環境問題への対応は社会的な命題であって、需要家としては必須のキーワードであろう。原子力であれば、使用済み燃料の最終処分までクリアになってこそ持続可能であり、再エネでもライフサイクル全体で環境負荷を抑えることが求められる。

③選択可能=電力・ガスの小売り全面自由化によって、需要家には複数の選択肢が示されるになった。現状は選択可能なメニューは限定的であるが、将来は需要家の価値観に応じて多様なメニューが提示されるだろう。電力であれば発電の種類に加え、産地指定という考え方も選択肢に挙がるだろう。

④説明性=今後は、需要家が多様な価値観のもとで自らが消費するエネルギーを選択するようになるだろう。その際、自らが選んだエネルギーがどのような性質のものであるか、一定の根拠をもって説明できることが必要だろう。

エネルギーシステムの要点 供給・需要・運用で変革を

需要家目線を取り入れて検討した理想のエネルギー社会を念頭に、脱炭素化社会の実現や、その他課題に対応するエネルギー需給の姿を考えると、50年のエネルギーシステムの要点は次の3点に集約される。

①供給側では再エネが主力電源となっている。

②需要側では、エネルギーの電化が進展しつつ、多様な選択肢が用意されている。

③分散化されたリソースが適切にマネジメントされ、エネルギーシステムを支えている。

50年の理想のエネルギーシステム構築のためには、供給側と需要側、それをつなぐ運用面それぞれに変革が求められるだろう。

50年エネルギーシステムイメージ

いのうえ・ゆうし 東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了、三菱総合研究所に入社。経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、2005年から現職。