参加するだけでお金をもらえる怪しげなセミナーがあるらしい。
そんな話を聞いたのは、WEB雑誌の編集部でのことだった。
奇妙なのは、その点だけではない。セミナーに潜入したはずのライターたちが、ことごとく消息を絶っているのだという。
そのセミナーにもぐりこみ、真相を暴いてきてくれないか。
編集部からのそんな依頼に、正直なところ、おれはほとんど興味を持つことができなかった。が、提示された条件がよかったために、打算的に引き受けることにしたのだった。
情報をたどってたどりついた会場は、都内の大きなビルの中にあった。
その広い会場に足を踏み入れると、すでに大勢の人が着席していた。多くが若者で、なんだか一様にやる気のなさそうな顔をしている。
まあ、金に釣られて来るやつらなんて、こんなもんか……。
そんなことを考えながら、おれは空いているところに着席した。
セミナーは、午前と午後に分かれていた。
しばらくすると司会者が開始を告げて、半日がかりのセミナーがはじまった。
午前の部で壇上に上がった人物は、まだ二十代と思しきラフな格好をした男だった。
男は開口一番、こう言った。
「Change the world.」
それと同時に、スクリーンに文字も投影される。
おれは思わず笑ってしまいそうになった。
いきなり、なんて陳腐な言葉なんだ……。
しかし、男は恥ずかしげもなく、会場全体に問いかけた。
「きみたちは、ルールに支配される側か? それとも、ルールを生みだす側か? どちらを選択するかは、もちろん自由だ。が、おれは誰かに支配されるような生き方だけはしたくない。イノベーションで既存のルールをぶち壊す。そして、新たなルールで世界を変える。それがおれの生き方だ」
なんだか既視感のある言葉だったが、男の口調は熱っぽい。
次にスクリーンに現れたのは、ひとりの人物の写真だった。その下には聞いたことのあるスタートアップ企業の名前と、CEOという肩書が書かれていた。
「彼とは、ふだんからよく飲みながら未来について語り合ったりしていてね。最後はいつも、どっちが先に世界を獲るかって話になる。まあ、お互いが譲らないわけなんだが、高め合える仲間がいる幸せを感じるよ」
男はその後も、煽るような熱い口調で人脈の話や、イメージ先行のふわっとした話を繰り広げた。
なんだかなぁ……。
最初のうちこそ、そう思いながら聞いていた。
しかし、男の熱に当てられるうちに、おれは自分の奥底に熱いものが宿りはじめていることに気がついた。根拠のない自信に満ち、大言壮語を吐きつづける男のことが、なんだかうらやましくなってきたのだ。
自分はいつから、この男のような熱量を失ってしまったのだろうか……。
かつては、周囲に心配されるほどの尖ったスタンスで仕事をしていた。中身が伴っていようがいまいが、突き動かされるままに働いていた。
が、今ではすっかり、打算や諦めが中心だ。
おれは自問自答する。
今の自分をかつての自分が見たら、どう思うだろう。なじられ、罵られ、あるいはぶん殴られるかもしれない。
世界を変える、か。
もしかすると、少しくらいはそんな気持ちを取り戻してもいいのかもしれない。
いや、違うな。
中途半端は一番ダメだ。
おれが、筆の力で世界を変えていかないと!
午前の部が終わって昼休みになると、熱い気持ちに突き動かされて、おれはスタッフの一人に「聞きたいことがある」と言って詰め寄った。
「はい、なんでしょう」
おれはいまや、セミナーの秘密を暴いてやるぞという使命感に駆られていた。
この怪しい仕組みの謎も、ライターたちが消息を絶った理由も、絶対に突き止めてやる!
おれは端的に質問した。
「どうして、このセミナーは参加費を払うどころか、お金をもらえるんですか?」
「なるほど、そのことですか。お教えしましょう」
スタッフは、あっさりと口にした。
「こちらへどうぞ」
促され、おれはスタッフのあとにつづいて廊下に出た。
廊下は熱気であふれていた。
先ほどまではやる気がなさそうだった若者たちは、いまや世界を変えるにはどうしたらいいかと情熱的に議論をしていたり、座り込んで食い入るようにパソコンを見つめ、猛烈にキーボードを叩いたりしていた。
そんな間を通って案内されたのは、会場の隣に位置した一室だった。
中に入って、おれは首を傾げた。
巨大な水車のようなものがあったからだ。
「これを回して、我々は電気を作っているんですよ」
スタッフは言う。
「水力発電と、ほとんど同じ仕組みですね。ただ、使うのは水ではなくて、意識ですが」
「意識……?」
「ええ、この水車ならぬ『意識車』を使えば、意識の流れをとらえて発電することができるんですよ。個人個人の意識というのは、普通はまとまりなくバラバラに外に流れだしているものなんですが、我々はそれらをコントロールしてひとつの場所に貯めて、一気に放出することで大きな流れを得ているんです。その場所というのが隣のセミナー会場で、我々は『意識ダム』と呼んでいます」
おれは尋ねる。
「その、意識を貯めるというのは……」
「集まった方々の意識が、総じて高まっている状態のことです。午前中のセミナーで、あなたも意識が高まったでしょう? あとは午後の部で、みなさんの高まった意識を低きに流して放出すれば、意識車がくるくる回って電気を生みだせるという具合です。だからなんです、セミナー参加者のみなさんに謝礼を出させていただいているのは。我々はそうして発電した電気を売って利益を得ていますので、一部をみなさんに還元しているだけなんです。ちなみに、意識発電は元手がかかりませんし、ここに来るようなたぐいの人たちを感化するのも簡単なので、効率はとてもいいですよ」
途中から、おれは義憤に駆られていた。
人の意識をコントロールする?
なんて傲慢なやつらなんだ!
それに、と、おれは思う。
感化するのが簡単だ? ふざけるな!
しばらくのあいだ、沈黙が流れた。
やがて、おれは口を開いた。
「……仕組みはよくわかりました。午後の部も、ぜひ楽しませていただきますよ」
嫌味をこめてそう言うと、おれはセミナー会場へと踵を返した。
心の中では、こう決意していた。
何が意識発電だ。
この悪行を、最後まで見届けてやる。
そして、必ず記事にして世間にすべてを暴露してやる!
午後のセミナーがはじまった。
登壇したのは、Tシャツに短パン、サンダル姿の男だった。
よし、一言たりとも聞き逃さないぞ──。
そう思っていると、男は開口一番、こんなことを口にした。
「みなさん、なにギラギラしてんっすかぁー」
だるそうな口調で、男はつづけた。
「なんか世界を変えてやるって感じのオーラが出てますけど、そういうの、さぶいっすよ。それに、世界なんてそう簡単に変わるわけないじゃないっすかぁー」
おれは猛烈な反発心を覚えていた。
なんだ、このふざけたやつは。なんでこんなやつが登壇してるんだ?
周囲の人たちも同じ気持ちを抱いたようで、わざとらしいため息や舌打ちが聞こえてくる。
男は構わず口にする。
「仕事の本質は、いかに働かずして金をもらうか。これに尽きますよねー。バレないように、どんだけ手を抜けるかってことっすね。がんばったところで結局は何も変わらないし、どうせ意味なんてないんすから、がんばるだけ損っすよ、損」
男は、なおも語りつづけた。
いわく、今が楽しければそれでいい。明日のことなんてわからない。サボれるうちに、サボれるだけサボっておくべき……。
おれのイライラはますます募り──はしなかった。
男の話を聞くうちに、それも一理あるかもしれないなと思うようになってきたのだ。
男の言う通り、世界なんてたやすく変わるものではないし、そんな大それたことが自分なんかにできるはずがない。
それなのに、世界を変えてやろうだなんて、いったい何を考えていたんだろう……。
一度考えはじめると、おれはいろんなことがどうでもよくなってくる。
この仕組みを暴露する? そんなことに、なぜ熱くなっていたのか。というか、そもそもおれは、この仕事に対して最初から思い入れなどなかったはずだ。
なんだか、全部がめんどくさくなってきた。
っていうか、働きたくねー。
おれはテーブルにひじをつき、ぼんやり思う。
もう、仕事も辞めちゃおっかな。実家に帰って、親のすねをかじって生きてこうかな。
うん、それがいい。
そうしよう──。
おれは思う。
きっと、いなくなったライターたちも同じ真理にたどりついたのだろうなぁ、と。
まあ、そんなどうでもいいことよりも。
いまはただただ、ビールが飲みたい。
そのとき、隣室のほうから、うっすらと重低音が聞こえてきた。 それは何かが勢いよく回っているような音だった。

田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/