【特集2】電気料金負担が重荷の中小企業 「S+3E」前提の脱炭素に期待


【インタビュー:大下英和/日本商工会議所産業政策第二部部長】

脱炭素時代に向けて、中小企業は今何を思っているのか。日本商工会議所に、需要家の立場から話を聞いた。

―現状のエネルギー情勢をどのように受け止めていますか。

大下  日本商工会議所は全国515の商工会議所の連合体で、会員事業者数は122万件に上り、その9割以上が中小企業です。東日本大震災以降の原発停止やFIT賦課金で電力価格が高い水準です。コロナ禍で中小企業の事業環境が厳しくなる中、電力コストが重荷になっている状況です。

―業界はカーボンニュートラルへ(CN)の取り組みに軸足を移し始めています。

大下  エネルギー政策の基本であるS(安全)プラス3E(安定供給、経済、環境)の四つの要素を前提に取り組む必要があります。環境の追求は大切ですがエネルギーのコストアップは中小企業にとって死活問題です。

 今夏、会員企業に実施したアンケート調査では、上昇傾向にある電力料金について「経営にマイナスの影響」との回答が85%に達しました。毎年、調査を実施していますが、ここまで高い数値が出たのは初めてのことです。

―国は再生可能エネルギーの主力電源化を進めています。

大下  再エネだけに頼ることに懸念を抱いています。脱炭素への取り組みは進めるべきですが、再エネ主力化に向けては、安定供給を支える蓄電設備や電力系統網の増強が必要です。現実的な時間軸やコスト負担の見通しを国民や中小企業に示したうえで議論を進めていくべきです。

 また、3Eの一つである安定供給は、経済活動や国民生活に不可欠です。北海道停電、千葉県を中心とした台風被害による大規模停電は、企業の事業継続にも大きな影響を及ぼしました。災害の多い日本で、再エネを主力化しかつ安定供給を維持し続けることの大切さや難しさを痛感しています。

安定供給の難しさ痛感 LNG火力の役割高い

―天然ガスやLNG利用、あるいはその他の電源について何か意見はありますか。

大下  自然環境により発電量が変動する再エネ電源を拡大していくうえでは、バックアップとしての火力発電の助けが必要です。その際、LNG火力の役割は大きいと考えています。また産業分野では、電化による対応が難しい高温域も存在しており、天然ガスの活用が期待されます。同時に官民が連携し、LNGを安定的に調達できるように産ガス国との良好な関係を維持し、海外権益の獲得など上流開発への取り組みを強化してもらいたいと思います。

 加えて、電力の安定供給と経済効率性の観点から、原発の活用が極めて重要だと考えています。大前提となる安全性が確認された原発については再稼働するとともに、原発を電源構成の中にしっかり位置付け、リプレースや新増設も選択肢として除外せずに議論してもらいたいと考えます。

―ガス会社への要望は。

大下  「脱炭素=電化」というイメージですが、電気のみに頼ると、逆にリスクとなります。多様なエネルギーをバランスよく組み合わせることがレジリエンスを高める上で重要です。既存のパイプラインを通じたCN都市ガスの供給、水素サプライチェーンの構築などで、脱炭素への取り組みを支えていただくことを期待しています。

―今後、日本商工会議所として取り組むことは。

大下  日本商工会議所では、現在、全国の商工会議所による環境アクションプランの策定を進めています。各地の商工会議所が、中小企業の脱炭素への取り組みを支援するとともに自治体と連携し、地元のガス会社や電力会社の協力もいただきながら、地域の取り組みを進めていければと思います。

【特集2】動き出した関東エリアの事業者 大手に続く地方ガス「脱炭素」への挑戦


家庭用や大口需要家からの脱炭素ニーズが生まれている。CN都市ガスを扱い始めた桐生ガスや厚木ガスの取り組みを追った。

脱炭素社会を支えていくのは再生可能エネルギーなどの「CO2フリー電気」だけではない。カーボンニュートラル(CN)都市ガスも、選択肢として保有しておきたいエネルギーの一つである。そんな新しい商材であるガスを巡って、大手事業者が先行していた取り組みが、地方ガス事業者にも広がってきている。

家庭用初の桐生ガス 1㎥単価7・7円増の負担

1925年に創業し、100年近くの歴史を持つ老舗の都市ガス事業者、桐生ガス。群馬県桐生市や太田市を供給エリアに抱え、約2万3000件の需要家を持っている。都市ガスの卸元はINPEXで、エリア内の需要構造は主に家庭用が中心だ。

そんな同社がこの度、INPEXとCN都市ガスの売買契約を結んだことで、日本の地方ガス事業者の中で一般家庭向けとしては初めてCN都市ガスの小売りを開始することになった。

「当社の自社消費分をCN都市ガスへと切り替えるほか、小口向けにオプションメニューとして販売を始めました」。そのように説明するのは桐生ガス営業部の村上恵理次長だ。

INPEXからの具体的な調達量や調達金額は公表していないが、ユーザーはオプションとして1㎥当たり7・7円を付加金として負担するスキームである。7・7円はINPEXからの卸値に加えて事務手数料などを加えた価格としている。

8月から販売を始めて以降、環境意識の高い家庭用需要家からすでに数件の申込みがあったという。また9月末には地元の金融機関である群馬銀行桐生支店向けに、桐生ガスの法人需要家としては初めて、供給を始めるなど、少しずつ販売数量を伸ばしている。

「他のエリアの地方都市ガス会社に加えて、当社供給エリア内の飲料、繊維、自動車部品の大口ユーザーからも問い合わせをもらっています」と村上さんは今後の展開に期待を寄せている。

「公益事業の精神を体し、良質低廉なる気体燃料を豊富円滑に供給する」を社是として、これまで地元に貢献しながら地元とともに持続可能な事業を営んできた桐生ガス。今後は、脱炭素を支える新たな商材を加えて、地元地域へ貢献していく。

「INPEXと売買契約を結びました」(村上さん:右)

大口需要家持つ厚木ガス 世界的企業のニーズを探る

脱炭素の波は神奈川県の県央エリアにも訪れている。1959年に創業して以来、約60年にわたって神奈川県厚木市や伊勢原市を中心に供給し続けている厚木ガス。創業当初700件程度だった供給軒数は、現在5万5000件程にまで伸びている。LPガス事業や簡易ガス事業などガス体エネルギー事業に加え、高圧向けの電力事業を始めるなど総合エネルギー事業者として歩み始めている。そんな同社も今、脱炭素戦略に奔走している。

ソニー、NTT、日産自動車、リコー―。厚木ガスの供給エリア内には、世界に名だたる企業の研究所が立地している。特に厚木ガス本社の両脇にはソニー厚木テクノロジーセンターが隣接するなど、グローバル企業からの「エネルギーへのニーズ」には敏感にならざるを得ない。

「世の中が脱炭素社会へと歩み出す中、従来から行ってきた重油から都市ガスへの燃料転換、あるいは高効率なコージェネ設備を導入して低炭素化を進めていくだけでは、解決しません。われわれとしては、これまで安定供給を支えるために整備してきた既存のガスインフラを座礁資産としないためにも脱炭素時代にふさわしいメニューを用意しておくことが極めて重要だと考えています」。厚木ガス営業本部長の鈴木正樹取締役はそう話す。

「脱炭素=電化」―。鈴木取締役がエネルギーのニーズについて、需要家からヒアリングする中、多くのユーザーはそんなイメージを持っていたそうだ。つまり、CN都市ガスの存在そのものがほとんど認知されていない状況だったというのだ。

そこで、厚木ガスでは、都市ガスの卸元でもある東京ガスと協議。その結果、CN都市ガスの卸売りを快諾してもらい、まずはその認知度向上に努め始めており、現在、大口需要家向けに具体的な小売り営業を展開中だ。例えば、某機械メーカーでは、エネルギー設備のリプレースのタイミングで、CN都市ガスの導入を検討してもらっているそうだ。

厚木ガスのガスホルダー

環境価値の国内法展開 大手会社との連携が必要

厚木ガスではCN都市ガスの認知度向上に向けて奔走しているが、事業規模が小さい地方都市ガス事業者による1社の自助努力では限界がある。旗振り役を担うべき大手都市ガス事業者に加えて、政策的な広報活動も必要になってくるだろう。一方で、認知度を高めていくだけでは本格的な普及には到底至らない。そこで、二つほど課題があるだろう。

一つは政策面だ。厚木ガスが指摘するのは、「CN都市ガスによるCO2削減分の価値を、国内法である省エネ法や温対法(地球温暖化対策推進法)へ適用できるかどうか」だ。現状では、そのあたりの法律的な交通整理が未整備である。ユーザーにしてみれば、コストを掛けてCO2削減に貢献したのに、その評価を得られないのでは、意味がない。これからの政策課題となるだろう。

もうひとつは、エネルギー設備のエンジニアリングに関する課題で、特に大口ユーザーに当てはまることがある。需要家には、CN都市ガスの導入を選択するのか、電化にするのか、あるいはBCP(事業継続計画)の観点から電気とガスのハイブリッドエネルギー方式を望むのか、などさまざまなユーザーが存在している。その選択を決断するタイミングは、需要側の設備更新の時期と重なるケースが多いだろう。その際、それなりの設備のエンジニアリング力が求められていくはずだ。かなりの技術力を要する。「エンジニアリング力があって、エネルギーサービスを手掛ける大手事業者と連携することが不可欠になると考えています」(鈴木取締役)。

本格的な普及に向けて、まだまだ課題を残しているCN都市ガスではあるが、その取り組みはまさに今、地方を含めた業界大で始まったばかりである。

【特集2】CO2回収設備のニーズ急増 自治体連携で脱炭素時の地産地消を支える


【三菱化工機】

業界からCO2回収設備の問い合わせが増加中の三菱化工機。自治体の下水処理場ではメタンを製造して地産地消を支える。

都市ガス向けのガス製造プラント、LNGプラント、熱量調整設備、石油精製向けの硫黄回収設備など、これまで数多くのエネルギーインフラ設備を納入した実績を持つ三菱化工機。同時に水素製造装置、水素ステーション、CO2回収設備などCN時代を支えるアイテムも手掛けている。そんな同社にとって、いま大きな変化が起きている。

「昨秋の政府によるカーボンニュートラル宣言以降、全国の製造業のお客さまからCO2回収設備に対する問い合わせは多いですね」。三菱化工機の水素・エネルギー営業部の石川尚宏部長は話す。その声は化学プラント系を中心とした製造業に加えて、資源系エネルギー企業にも納入実績を持つことから、エネルギー会社からの問い合わせも多いそうだ。

CO2回収設備に対しては、要素技術としてPSA(圧力変動吸着)装置、分離膜、アミンを吸収液とした回収設備に取り組んできた実績がある。そうした中、顧客ニーズ、条件に合わせ最適な提案が出来るよう各技術のブラッシュアップを進めている状況である。

CO2の回収か再利用か 業界連携支える政策議論を

一方、吸着後のCO2処理が、業界の悩みの種だ。CN宣言が出された以上、そのCO2を野ざらしにはできない。

貯留か利用・販売か―。CCSのように地中に貯留するのか。あるいはCN時代の取り組みとして相応しい、CO2を原料とした「ケミカルリサイクリング」といったCO2純度を高めた炭酸ガス販売、あるいはLCO2(液体CO2)として販売するなどの手法が考えられる。CCSに加えてリサイクルについても、国による各種実証が始まっている。

「一民間企業だけで取り組めるものではありません。各企業が連携して取り組めるように、今後は国のエネルギー・産業政策としてリサイクルをどのように位置付けるのか、しっかりと議論してもらいたいですね」(石川さん)。

自治体連携深める 下水施設で地産地消

そんな同社では、いま自治体との連携にも取り組んでいる。ターゲットとしているのが下水処理施設における「未利用エネルギー」利用への挑戦だ。例えば福岡市では、下水処理施設で生じた消化ガスから水素を製造し、水素ステーション向けの水素利用に貢献する循環型のエンジニアリングを手掛けている。

また、石川県金沢市では、下水消化ガスからメタンを製造。同社納入の液ガス熱調設備で熱量調整を行った上で既存のパイプラインにガス注入する実証を展開。そのエンジニアリングを、設備納入という形で支えた実績を持っている。いずれの事例も自治体におけるエネルギーの地産地消を支えるシステムである。

昨今、多くの自治体がSDGs宣言を出す中、自治体の設備である下水処理施設を利用した取り組みは、注目に値する。同時に、既存のパイプラインインフラを活用する事例は、今後、都市ガス業界がCNへの取り組みを深めていくためにも、参考にすべき内容だ。

CN時代を支える水素ステーション

【特集2】LPガス業界が着手する脱炭素 持続可能性を追求し決断


【インタビュー:八木勉/アストモスエネルギー副社長】

日本初となる「カーボンニュートラルLPガス」調達が始まった。脱炭素に対する業界不安を一蹴すべく先陣を切ったアストモスの矢木副社長に話を聞いた。

―LNGに続きLPガスでもカーボンニュートラル(CN)商材が登場しました。日本での初輸入となったCNLPガスの概要について教えてください。

矢木 今回調達したCNLPガスは、オランダ石油大手のロイヤル・ダッチ・シェルの子会社である「シェル・インターナショナル・イースタン・トレーディング社」(シェル)のカーボンクレジットを活用し、LPガスのライフサイクルで発生するCO2をオフセットしたものです。

 クレジットは、シェルが行った植林など海外での環境保全活動に由来するCO2削減量を、国際的な第三者認証機関が確認し、発行した信頼性のあるものです。

 クレジット価格は当社が負担し、シェルは、回収コストを原資にさらなる保全活動に取り組むことになり、温暖化防止サイクルの形成につながっていきます。

業界はCN化の実現性に不安 現実解を示すために調達

―当然クレジットの分、コストは割高になります。大きな経営判断ですね。

矢木 これまで、低炭素で社会に貢献できるエネルギーとして位置付けられてきたLPガスでしたが、昨秋の2050年CN宣言、今春の30年温暖化ガス46%削減目標発表で、一気に削減対象のエネルギーとされ、需要家、特約店をはじめ取引先の皆さまはLPガスの将来に大きな不安を感じているものと思います。

 一方、政府の「グリーン成長戦略」にもうたわれている通り、CN化が図れれば、50年においても相当規模のLPガス需要が残るとされており、現時点でもリアリティーのあるCN化の手段があることを業界内外に示すことでいい刺激をもたらすと考え、今回の調達を決定しました。

 また、CNLPガスの現物を用意し、具体的なマーケティングを開始することで、環境意識の高い潜在需要の発掘、顕在化が図れることも期待しています。

―CNLPガスはどのように活用されていきますか。

矢木 8月中旬に千葉基地に荷揚げし、本格的にマーケティングを開始しましたが、既に、多数の需要家や取引先の皆さまから問い合わせをいただいています。LPガスは品質が均一であり、元来、差別化が難しい商品ですが、CNLPガスには環境価値が付加されており、差別化商材としての販売が期待できます。また、特約店によっては、自社の優良顧客層の囲い込み策として、戦略的なサービス商材としてご活用いただく形もあると考えています。

―ほかのグリーン化の取り組みについての考えは?

矢木 CNLPガスはクレジットで相殺する名目的なものですが、国際的に認められたカーボンオフセット手段の一つです。ただ、LPガスそのもののグリーン化として、バイオLPガスや合成LPガス(プロパネーションなど)の技術開発、商用化の道筋も付けなければなりません。日本LPガス協会を中心に業界全体での取り組みが検討されていますが、当社としても産学、異業種連携、スタートアップ企業の発掘など、多面的な取り組みを展開したいと考えています。

―それぞれどのような課題認識でしょうか。

矢木 バイオLPガスは欧米で商用化されている前例もありますが、SAFやバイオディーゼルの副産品として生産量は数十万tレベルにとどまっており、LPガスを目的生産物としたプロセスの研究、実用化が必要です。国内のバイオ原料は、古紙や家畜ふん尿、下水汚泥、間伐材など、地方の実情に応じた廃棄資源が利用できる半面、原料調達面の制約から「地産地消」とならざるを得ず、地方に強い、LPガスの既存流通ネットワークの活用が可能です。

 LPガスは元来、分散型で需給調整機能に秀でたミドルエネルギーとしての特長があり、今後、普及が進む不安定な太陽光、風力などの再エネのバックアップ電源や熱源としてバイオLPガスを組み込むことで、地方のCN化との親和性をさらに高めることができると考えています。

―プロパネーションについては。

矢木 CO2とH2(水素)から炭化水素を作り出す技術で、石油産業で確立されているガスtoリキッドの技術が応用できると考えられます。ただ、ガス化技術はまだ基礎研究レベルで、ガス製造に至るための技術開発は、これからの段階です。

 50年以降もLPガスが顧客のエネルギー選択肢の中で存在感を発揮できるよう、LPガスの低炭素化、脱炭素化に向け、業界を挙げて早急に取り組むことが、われわれの使命だと思っています。

―輸送船のCO2削減にも取り組んでいます。

矢木 LPガスと重油の両方が使えるエンジンを搭載したデュアルフューエル(DF)船、「クリスタル・アステリア」号(川崎重工業製)が本年9月に就航しました。これも日本初の取り組みです。LPガス燃料は重油と比べCO2を約20%、SOXを約95%削減でき、航行中のGHG排出抑制につながります。また、産ガス国で積んだLPガスの一部を燃料に使うのでバンカーバージ船(燃料補給船)の手配が不要となり、機動的な運航が可能となります。

 IMO(国際海事機関)の環境規制も年々厳格化されてきており、今後ともDF船は世界的に増加していくと見られますが、当社としても高齢船のリプレースに合わせ、DF船など、技術革新に応じた環境対応船の投入を図っていき、輸送部門での低炭素化を実現していく方針です。

―政策要望はありますか。

矢木 今回調達したCNLPガスのクレジットは海外由来ということもあり、国内での省エネ法や、地球温暖化対策推進法、RE100企業でのCO2削減カウント(オフセット)には適用されず、需要家サイドでの数値的な評価に結び付き難い側面があります。CNは全世界的な取り組みであり、海外由来のクレジットの適用についても検討をお願いしたいです。

【特集2】業界展望編再確認したいLPガスの魅力 優位性を発揮して令和生き抜く


多様なセグメントで成立しているLPガスサプライチェーンには、さまざまな点で優位性がある。各分野で明るい業界展望に向けて、優位性を生かした現実解を示す動きが始まっている。

「災害に強い」「対面営業を主体とした地域密着型の事業」「環境に優れたエネルギー」とあまたの特長があるLPガスが、いま国のカーボンニュートラル(CN)戦略に揺れている。

業界戦略が不透明な中、人口減少に伴う需要減少やエネルギー間競争のあおりを受け続けるこの分散型エネルギーは、そのまま存在感を失うことになるのか―。

調達面の地殻変動 脱炭素LPガスの現実解

LPガスの調達面で、大きな動きがあった。元売り大手のアストモスエネルギーでは、脱炭素時代におけるLPガスの存在感を示そうと、「カーボンニュートラルLPガス」の調達に乗り出した。「大型運搬船1隻分のLPガス全てをシェル社のクレジットでオフセットした。約17万tのCO2削減効果に相当する」(アストモス)。

同社ではこれまでLPガスの海外貿易に取り組んでおり、その取扱量は世界最大規模を誇る。そんな取り組みが、今回のシェルとのスキームを実現させた格好である。

CNの取り組みは、他社へも広がっている。INPEXは9月、同じくアストモスとCN供給の売買契約を結んだと発表した。INPEXが、自ら操業する豪州イクシスLNGプロジェクトで産出されるLPガス(プロパンガス)のCO2を相殺するもの。INPEXが試掘から液化、販売、輸送、国内ユーザーの燃焼に至る全ての工程で発生するCO2を相殺する。

LPガスでも脱炭素を実現できる―。そんな現実解を示すことで、LPガス業界の存在感を高めていく。

究極のレジリエンス 再エネ共存果たす

サプライチェーンの下流面では、LPガスならではの特長を生かした、ユニークな事例が生まれようとしている。場所は太平洋に面した外房の地、千葉県いすみ市。市ではレジリエンス力を高めようと、LPガス発電設備による「マイクログリッド」の構築に向けて動き出している。有事の際に市庁舎周辺の小規模な電力ネットワークをオフグリッド化する。その際、エリア内のエネルギー自給率を完全担保するシステムだ。

そして、今回のエネルギー設備の核となるのがLPガス発電機なのだ。分散型としてのLPガスが、エリア内の電力供給を支える新しいシステムへと昇華されることになる。

さらに特筆すべきは、このオフグリッド内には発電設備として太陽光発電や蓄電池も導入されることだ。再エネの出力変動分を、LPガス発電や蓄電池によって需給調整する。突然曇り出して太陽光発電の出力が低下したら、瞬時に蓄電池やLPガス発電機が動き出して停電を回避する。 システムを構築する関電工によると、「再エネの導入量の拡大とともに、需給調整力の重要性がますます高まっていきます」としており、まさに再エネとの共存を図っていく取り組みだ。レジリエンス機能を高めるだけでなく、新しい「LPガスの在り方」を模索する事例となるだろう。

【特集2】バックキャストで考える LPガス事業の近未来像


【寄稿:角田憲司/エネルギー事業コンサルタント】

年を経るごとに事業環境の課題が顕在化するLPガス業界。コンサルタントの角田氏にLPガス事業の近未来像を考察してもらった。

「2050年、LPガスはどのようになっているだろうか」。今こう問うと、誰もが「カーボンニュートラル対応」を思い浮かべるだろうが、一年前は違う論点が想起されていたはずである。

それはLPガスの主たる供給地域である地方圏が人口減少・少子高齢化の進展に伴って縮退(シュリンク)し、それがLPガス需要の減少を加速させ、SS(ガソリンスタンド)や上下水道、公共交通機関などと同様に、地域インフラ事業として事業継続が難しくなっていることである。

一方でそうした地域ではLPガスは生活に必要不可欠なエネルギーであるから、ニーズがある限り供給を継続しなくてはならない。LPガスは災害対応の観点から「最後の砦となるエネルギー」と言われるが、地域の生活者の「最後の砦となるエネルギー」という自覚も重要である。

都市ガスと異なる業界特性 「地域供給」の健全な姿

この課題認識はLPガス業界関係者には共有されているものの、都市ガス業界が「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」を官民連携で開催したような「業界を挙げての対策検討」を行うことは、必ずしも容易ではない。なぜなら、同じようなガス体エネルギーを扱っていながら業界特性がかなり異なるからである。

例えば都市ガスの「在り方研」では、経営悪化による事業者の廃業問題を想定せず「全事業者が頑張りきる」ことを暗黙の前提としていたが、LPガスでは廃業などによる販売事業者の減少は「日常的な出来事」になっている。またLPガス販売事業者も、同業他社からの顧客獲得やM&A(合併・買収)などを通じて広域的な事業拡大をする大手事業者から、特定地域において需要減少に苦しみながら事業継続努力を続ける小規模・零細事業者まで多様であり、「LPガス事業の将来の在り方」に関する「業界大でのワンボイス化」はなかなか難しい。

とはいえ、「50年においても地域の生活者を支えるエネルギーであるために」という事業本来の目的を全うするために、考えるべきことは考え、やるべきことはやる必要があるのだが、現在から将来を見据える「フォアキャスティング」的な検討では、現実的な課題や課題解決に伴う利害関係調整の困難さに圧倒されてうまくいかない可能性が高い。

ゆえに「50年においてもLPガスが地域の生活者に健全な形で供給されている姿をクリアにし、その実現に向けて必要な対策を考え実行する」という「バックキャスティング」的検討が必要になる。またその際の「最優先の視点」は、「LPガス販売事業者の企業としての生き残り」ではなく、「地域におけるLPガス供給の健全な姿」である。これを業界で行ってもよいが、前述のとおり難しければ、地域の事業者が核となった地域単位での検討で構わない。

【特集2】究極のレジリエンスに挑戦 LPガスマイクログリッドを構築へ


LPガスの最大にして最高の特長は「分散型」だ。レジリエンスの特長を遺憾なく発揮するシステムを紹介する。

災害の度に、その復旧の速さから注目されているLPガス。この分散型エネルギーを活用して、さらにレジリエンシーを高めようとする動きが出ている。

千葉県・いすみ市で準備 有事にも電力供給を継続

2019年9月。台風15号によって千葉県は大停電に見舞われた。外房に位置する人口約3万7

000人の町、いすみ市(太田洋市長)も例外ではなかった。当時の記憶を今でも鮮明に覚えているという、いすみ市の市原正一・危機管理課長は「なぎ倒された木々が、電線や電柱を巻き込み、停電に見舞われました。幸い市庁舎は短時間の停電のみで、ロビーでは住民へスマホの充電などをサポートしました。もう二度とあのような経験はしたくないですね」と振り返る。10日間ほど停電を余儀なくされた地域もあったという。

太平洋に面しているいすみ市は津波被害のリスクがあるほか、山間部も多く、大雨災害時には土砂災害の対応も念頭に置く必要がある。今夏、関東を襲った豪雨では床上浸水の被害にも見舞われた住宅もあり、日々の暮らしの中に災害リスクが潜んでいるエリアだ。

そんないすみ市では、レジリエンス機能を高めようと、現在、東京電力パワーグリッドや関電工の協力を得ながら、新しいエネルギーシステムの構築に取り組む。東京大学の加藤孝明教授を委員長とし、三菱総合研究所の小宮山宏・理事長ら複数の有識者との議論を重ね、その結果生まれたキーワードが「マイクログリッド」だった。

マイクログリッド―。LPガス業界では馴染みのない言葉かもしれないが、端的に説明すると、限られたエリアにおけるエネルギー(電気)の自給自足を担保する仕組みのこと。有事の際には大規模な電力ネットワークから一時的に配電網を切り離し、そのエリア内の自立した発電設備などによってエネルギーを賄う。

11年の3月の東日本大震災では、大規模な電力ネットワークにつながっていたが故に計画停電を余儀なくされた地域もあったが、マイクログリッド下では、無縁だ。そして、今回のシステムの核となるエネルギーの一つが、LPガス発電設備なのだ。

「周辺は都市ガス導管が未整備で、普段からLPガスを使っています。LPガスは災害に強いエネルギーだと認識しています。スペースに余裕のある箇所にLPガスの電源などを設置して、避難所内のみならず周辺に面的に電力供給するマイクログリッドは有用です」(同)と、市原さんは期待する。

関電工がシステム構築 分散型の本領を発揮

エリア内のグリッドは、市庁舎や学校など30件ほどの施設(一部、一般民家も含まれる)で構成される。そして、一連のシステムは関電工が構築する(22年2月運開予定)。LPガス発電に加えて、市庁舎の屋上には太陽光発電を設置。さらに蓄電池も併設するトリプル発電方式だ。

太陽光発電を最大限に生かし、常に変動する再エネの発電量を、LPガスや蓄電によってグリッド内の電力需給を調整する―。まさに分散型としてのLPガスの特長を最大限に発揮する、究極のエネルギーシステムといえる。

【特集2】研修プログラムで特約店の人材育成支える 個の力を高めてチーム力向上につなげる


【ENEOSグローブ】

独自の人材育成プログラムを実施するENEOSグローブ。国家資格の取得支援では合格率100%の実績を持つ。

「LPガス需要の減少や環境対応など、業界は大きな課題を抱えていますが、未来を担う人材の育成は大きな課題だと考えています。当社としては、特約店の人材育成をサポートすることで、少しでも業界の課題解決につなげられればと考えています」。そう話すのは、元売り大手・ENEOSグローブ販売総括部の兼健太郎・販売総括グループマネージャーだ。

ENEOSグローブでは、特約店に対して、人材育成を目的とした研修プログラム「ENEOSグローブカレッジ」を毎年開講しており、今年度は70を超える特約店の従業員が受講している。

このカレッジは「一人ひとりの成長をチームの力に結集すること」をテーマに、組織の持続的成長のため、組織の要であるマネージャーと自律的行動と協働で成果を上げるメンバー各々の個の能力向上に必要なプログラムを提供。今年度は受講者の役割や役職に応じて階層を細分化した講座を設けた。区分けされた階層は経営層に近い部長や部門長クラス、組織の運営を担う課長、現場に近いリーダーや営業担当、そして新入社員―といったように細かく分けた。

細分化した背景を、佐々木洋江・アシスタントマネージャーはこう説明する。

「取り組む内容や日々考えていることなど、おのずと階層ごとに異なります。各階層に求められるスタンスやスキルに応じた研修内容を構築しました」

各階層が、人としての信頼に影響を与える「人間力(ヒューマンスキル)」から学習し、実践的な「仕事力(業務遂行スキル)」や「専門性(LPガス関連スキル)」を関連して学ぶことで、個々の能力を高め自律的に行動する人材として成長するための体系を構築している。その内容は「事業推進マネジメント」「人と組織のマネジメント」「営業プランニング力強化」「営業マインド養成」など多岐にわたる。

ほとんどのコースが参加型で、グループディスカッションやペアワークの場を設けるなど、プレゼン能力やコミュニケーション能力の向上も支えていく仕組みだ。

ドラッガー氏の教え 国家資格「完全合格」を支援

カレッジでは複数の外部講師を招聘しているが、中には「現代経営学」や「組織マネジメント」の考え方を生み出したP・F・ドラッガー氏から実際に薫陶を受けた講師も名を連ねているなど、豪華な構成となっている。

従前は集合形式で開催していたが、新型コロナ禍で、今年度のカレッジは昨年度から引き続きオンライン形式で開催している。移動が不要で時間が効率的に使えると受講者からも好評だという。また、懸念していた受講者間の交流にも問題はなく、オンラインでできない研修は無いということを実感しているそうだ。「特にグループワークでは、他社の事例を吸収しようと、皆さん活発にディスカッションしていますね」(佐々木さん)。

加えて、研修後に実務に戻って一定の期間を経た後、再び講師との1対1面談などの機会を設定。研修内容と実務とのギャップを埋めるためのフォローを、研修の一環として行うなど、手厚い人材育成となっている。これも、オンラインだからこそ可能な施策だ。

さて、ENEOSグローブカレッジには階層別研修とは別に「LPガス専門分野」というもう一つの柱がある。なかでも国家資格となる液化石油ガス設備士の資格取得サポートは、同社の取り組みの中でも特筆すべきものだ。この資格はLPガスの供給・販売現場では重要な資格の一つで、特約店にとっては欠かすことのできないものだ。そんな資格取得を、ENEOSグローブでは「合格率100%」の実績を持っている。

「試験日程1週間以上にわたって座学から実技まで、試験に必要な内容を研修センターで箱詰めになって学びます。13年から毎年実施していますが、おかげさまでこれまで受講者全員が合格しています。コロナ禍で、実施回数や人数が制限されていますが、全員に必ず合格してもらいたいとの思いで行っています」(兼さん)

多くの特約店や資格取得の支援など、さまざまな側面から人材育成に取り組んでいるENEOSグローブ。こうした姿勢は結果的に、消費者に向けて「安全で安心なLPガス」や「LPガスそのものの魅力」を伝えることにもつながっていく。

【特集2】狙うはエネルギー界のBtoB版アマゾン 機器受発注業務をアプリで一括管理


【日本瓦斯】

ニチガスは受発注管理をペーパーレス化するアプリを開発した。事業者・メーカー業務の高効率化で、業界のDX化を図っていく。

ニチガスは、LPガス事業者およびガス機器メーカー向けの製品受発注システム「タノミマスター」をリリースしている。このアプリは、ガス機器を導入する際に発生する受発注など、これまでメールやFAX、電話で行われていた一連の業務を一元管理しペーパーレス化する。今後は決済、請求書送付機能の実装を予定しており、事業者・メーカー双方で発生する、無駄な販売管理コストを削減する。

アイデアを考えたのは、同社の和田眞治社長。営業時代に自身が体感した、非効率な業務を改善できないかということが発想の原点にあった。和田社長は「BtoB向けのアマゾンを目指しています」と説明する。

タノミマスターの画面例

事業者間のやり取りを削減 ペーパーレスで業務効率化

ガス事業者がガス機器を受注する際、事業者とメーカーの間には大まかに、①メーカーの営業担当に発注、仕切価格を電話で交渉、②発注書類を作成しFAXやメールで送信、③納品日時の連絡、④請求書を作成しFAXやメールで送信―という工程が生じる。

事業者とメーカーが直接取引をする場合は工程数が少なくなるものの、その中間に卸業者がいる場合、メーカー、事業者双方の間のやり取りが増えるため余計に時間がかかり、さらに中間マージンが生じてしまう。

ガス機器メーカーも、在庫管理や総務などバックオフィス部門で受発注管理の作業が常に行われるなど、ガス事業者・卸業者・メーカー間で行われる業務は何かと煩雑だ。和田社長は「どの企業も手作業で行われる非効率な業務が多い。これが会社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を図る上での阻害要因になっている」と指摘する。

アプリにはリンナイ、ノーリツ、パロマ、パーパスなどの大手メーカーが参加しており、各社の製品をアプリ上で注文できる。

さらに、発注に加え納期の連絡、請求書の受け渡しを行えるほか、価格もガス事業者と機器メーカーで取り決めた、仕切価格に沿って設定させることも可能。今後は決済機能も実装していく。口頭やFAXで行われていた従来の業務を、完全にペーパーレス化することで受発注業務を効率化する。

ガス事業者だけではなく、機器メーカーにもメリットがある。紙ベースだった発注書類がペーパーレス化、電話やFAXのやり取りが減り、バックオフィス業務も少人数で済む。またアプリに参加することで、自社製品をウェブで受注するための社内システムを一から構築する必要もないなど、販売管理コスト低減にもつながる。

ラインアップ拡充も検討 修理・工事向けアプリも

データは、ニチガスが構築するブロックチェーンとX―Roadと呼ばれるエストニアの技術で安全に管理されるため、個社間で取り決めた仕切り価格などの情報が、ニチガスをはじめとする第三者に漏れる心配はない。

現在、アプリには前述の主要ガス機器メーカーに加え、ガスメーターメーカー、バルブメーカーが参加しており、今後は容器、工事機器などガス関連資機材に加え、キッチン回りの商材やエアコンなど、LPガス以外の商材も扱っていく考えだ。

さらに、同社はガス事業者と機器メーカーの受発注だけでなく、同アプリをベースにしたガス機器の工事依頼向けに「工事タノミマスター」、修理依頼向けに「修理タノミマスター」、機器の見積もりを行う「ミツモリマスター」などの関連アプリもリリースしている。業務全体のペーパーレス化に資するシステム開発を鋭意進めている。

「エネルギー業界の在り方が激変する中で、電力・ガスなど業界の境界がなくなりつつある。今後は事業者同士が共創することが大事で、タノミマスターをはじめとする当社の事業を、エネルギー業界のシェアリングエコノミーのツールとして、多くの事業者に活用してもらいたい」。和田社長はこう期待する。

DXプラットフォームの共創の輪を広げ、LPガス業界の業務改革を進めていく構えだ。

【特集2】地元静岡で築いた事業ノウハウ 他エリアへ進出し新規開拓に応用


【インタビュー:植松章司/東海ガス社長】

顧客に寄り添ったガス体エネルギーならではの「地域密着」事業ノウハウ。TOKAIグループの東海ガスでは、構築してきた手法を元に事業拡大を図る。

―貴社は静岡県志太エリア(焼津市、藤枝市、島田市)で事業展開しています。顧客や地理的な特徴についてお聞かせください。

植松 志太エリアは、志太平野に大井川が流れ、水資源が豊富な土地です。このため、昔から産業が集まりやすい土地であり、食品・飲料分野を中心に多くの工場が点在し、当社のガス販売量の8〜9割を工業用の大口需要家が占めます。残りの約1割強が家庭用です。

燃料転換を推進 事務手続きをサポート

―工業用の大口需要家にはどのような営業活動を行っていますか。

植松 現状ではやり尽くした感がありますが、新規の工場建設などはもちろんウオッチしています。さらに、大口需要家向けには石油やLPガスを利用している顧客に燃料転換を促す営業を行っています。燃料転換では設備購入費用が経済産業省の補助金の対象となります。ただ、そうした書類の申請手続きが煩雑なため、当社がお客さまをサポートしています。




ガス燃料転換の際に導入する蒸気ボイラー

―昨年10月の菅義偉首相の2050年カーボンニュートラル宣言以降、大手ガス会社はカーボンニュートラルLNGを調達し始めました。大口需要家が多い貴社に対しても、そうした問い合わせは増えていますか。

植松 上場企業の工場を中心に、CO2削減への取り組みを加速させなくてはならないとの声は聞きます。カーボンニュートラルLNGの導入についても、多くの問い合わせがあり、とても注目度が高いように感じます。しかし、各社が実際に導入するのは、まだ先になると見ています。

 当社では今年8月、森林吸収由来クレジットなど複数の事業者から創出されたJ―クレジットを買い受け、これを都市ガスに付加した「カーボンニュートラルガス」として、自治体・公共施設向けに販売を開始しました。ただ、このスキームで大口需要家への供給量を賄うことはできません。導入について話が進むようであれば別の方法を検討します。

―家庭用はいかがでしょうか。

植松 検針や機器の修理でお客さまを訪問するのはLPガスと同じですが、都市ガスはLPガス以上に顧客との密接なつながりがあります。都市ガスは供給できるエリアが決まっているため、お客さまの密度が高いです。

具体的な活動としては、定期的に東海ガスの機関誌「エプロン」を配布したり、LINEを使って地域の住民の方々に役立つ情報を発信したりしています。会社の機関誌ではありますが、商売のことよりも地域に密着した情報。例えば、最近オープンしたお店の情報などを掲載することで、お客さまに喜んで読んでいただいています。紹介されたお店も当社のお客さまの場合があり、掲載すると喜んでもらえます。

また、リフォーム事業にも注力しています。自治体が実施する補助金の情報をうまくキャッチアップして、テレワーク向けのリフォームを、コストを抑えながらできることを顧客に伝えて受注を獲得するなど、燃料転換と同じような手法も使っています。コロナ禍になる前は、当社の体験型ショールーム「くりっぴープラザ」において、リフォームやガス機器の販売イベントも月1回程度開催していました。

―ガス管の延伸は進んでいるのでしょうか。

植松 40年前は導管の総延長が約600㎞程度でしたが、1200㎞程度まで伸びています。現在も採算の合う新規のお客さまについては、工業用・業務用・家庭用問わず導管を延伸していく方針です。 ただ、志太エリアの顧客シェアを見ると、当社の都市ガスとLPガスのお客さまは合計で6割、販売店などを含むグループ全体では7割に達します。残りの3割のうち1割はオール電化のお客さまで、残りの営業先は2割です。その獲得に注力するより、他エリアに進出して顧客を獲得する方が成長できると判断し、事業拡大を図っています。

公営ガスを譲受 生活提案の営業

―18年に群馬県下仁田町、19年に秋田県にかほ市の公営ガス事業を譲り受けています。

植松 公営ガス事業は、その事業特性から、ガス管の延長や事業拡大に対しては、どちらかといえば、受け身の姿勢で事業運営が行われています。当社の場合は、お客さまの豊かな生活提案のため、しっかりと営業を推進しますのでビジネスチャンスはあるだろうと考え、譲り受けました。

―具体的な成功案件があったら教えてください。

植松 下仁田町では、工業用・業務用のお客さまが都市ガスに燃料転換していただけることになりました。これにより、これまでの年間販売量は80万㎥程度でしたが、22年初頭には3倍強の250万㎥になる見通しです。

にかほ市では、市が誘致した企業のコールセンターの空調をEHPからGHPに設計変更していただき、当社が22年3月からガス供給を行う予定です。

家庭用のお客さまには、志太エリアと同様、「TLC(トータルライフコンシェルジュ)」構想の下、電気やアクア(水宅配)、モバイルやインターネットなどのサービスを展開しています。TOKAIグループの中でも都市ガスのお客さまは、1軒で当社グループのサービスを複数契約していただいている複数取引率が59・7%と高いです。下仁田町は電気の契約を多く取り付けています。志太エリアと同じように新たな契約に結び付けていき、「第二の東海ガス」へと成長させたいと考えています。

―今後も他エリアに進出する可能性はありますか。

植松 TOKAIグループの方針として、M&Aを推進していますので、引き続き情報収集を行い、検討していくことになります。事業拡大に寄与するような案件があれば積極的に行っていきます。

―今後取り組んでいきたいことや目標は何かありますか。

植松 第一に都市ガスやLPガスの販売があります。さらに、TLCの新たな展開、多角化という命題が常にあり、新たな商材はないか探しています。例えば、防災器具のリース販売などを計画しています。TLCの役割は会員サービスによってポイント還元などで他社よりお得を提供、また、お客さまの暮らしを豊かにするサービスを提供し、複数取引率を高めることによって、お客さまから選択される会社となることです。




うえまつ・しょうじ  1978年4月東海ガス入社。2004年5月TOKAI東京本社高圧ガス事業部長、同社取締役、執行役員、常務執行役員、東海造船運輸社長などを経て、19年4月から現職、同年6月からTOKAIホールディングス取締役、21年6月からは同社専務執行役員を兼任

【特集2】ヒートポンプ「高温化」への期待 世界に誇る日本の技術力


ヒートポンプの課題とされていた「高温化技術」の実用化が迫っている。ヒートポンプを巡る期待と展望を、2人の識者が語り合った。

【左】齋藤 潔・早稲田大学理工学術院基幹理工学部教授(さいとう・きよし) 1992年早稲田大学理工学部卒、94年同大学院理工学研究科修士課程修了。イリノイ大客員研究員を経て2008年早大教授。NEDO技術委員、日本機械学会環境工学部門部門長、日本冷凍空調学会理事などを務める。
【右】杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(すぎやま・たいし)1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶応大学大学院特任教授も務める。

―いま、ヒートポンプ(HP)がなぜこれほど世界中から注目されているかというと「燃焼技術からの転換」という流れが挙げられると思います。従来は、燃焼によってしか高温の温度を作れなかったわけですが、技術の進化がそれを一変させようとしています。日本のヒートポンプ業界の現在地をどのように捉えていますか。

齋藤 ヒートポンプといえば、最も利用されている分野は空調です。この分野では放っておいても今後、世界中に広まるでしょう。国際エネルギー機関(IEA)によると2050年までに、現状の10倍にまで広がると試算していますし、恐らくそうなるでしょう。

 一方、課題は産業分野です。ヒートポンプが作り出せる温度は、現状だと120℃くらいです。それが限界の温度です。しかし、産業分野で必要な温度となると、180℃は欲しい。ですので、その温度までヒートポンプで作り出せなければ、広まっていくことは厳しい。

 そうした中、私も関わっていますが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「高温ヒートポンプ開発」のプロジェクトが進んでおり、あと数年で、そうした温度帯を作り出せるヒートポンプの実用化が見えてきています。そうなると、ヒートポンプは冷凍用となるマイナス50~60℃から、上の温度では200℃弱までのラインアップがそろい、ヒートポンプが一層普及する土壌が整うと思います。

杉山 ヒートポンプ技術の最もシンプルな利用先がエアコンに代表される空調分野です。冷房用途ではヒートポンプがかなり活用されていますが、問題は家庭用の暖房分野です。せっかく設置されていても、エアコンによる暖房利用がされていないことも多く、ガスや灯油によるストーブで暖を取るケースが多い。しかし、エアコンの成績係数は高いのでエアコンによる暖房の方が経済的メリットもありCO2削減にもなる場合が多いのです。

 消費者は「エアコンは高価な家電製品」「暖房はガスや灯油ストーブだ」と思い込んでいる節がありますが、これは一昔前までのことです。費用対効果を考えても、最も効果的にCO2を削減できるのが家庭用エアコンによる暖房です。まずはヒートポンプ技術についての啓発を兼ねて、最も身近で簡単な一歩としてエアコンで暖房をするという意識改革から始めることが大切だと思います。

小型モーターに続く革命 HPの分散設置で省エネへ

杉山 ヒートポンプ技術の進展で思い起こされるのは、モーターができた時のこと。産業革命前夜、イギリスでは大型水車で工場内の機械を回していましたが、産業革命後、その水車は大型モーターに置き換えられました。

 当初、生産性は上がらなかったのですが、モーターの真価が発揮されたのは小型のモーターが工場内の生産プロセスの至るところで導入されてからです。必要な場所に必要な分の小型モーターを設置することで、設備による工場のレイアウトに縛りがなくなり、無駄のない生産体制が確立されたわけです。

 これは素晴らしい革命でした。時間はかかりましたが、今では当たり前のこととなっています。本来であれば、小型モーター同様、ヒートポンプもそうした使われ方をされるべきです。そうなると、温度制約から解放されます。

―あえて小型ヒートポンプを、生産プロセスの中に分散配置させて、ニーズに応じて昇温させていくというイメージですね。

杉山 熱が下がり終わるまで使い切るのではなく、下がり切る手前の温度をあえて利用する。この熱を回収して小型ヒートポンプで昇温すれば、プロセス全体でエネルギー利用の成績係数を高めることができます。そんな工夫も可能かなと思っています。蒸気発生設備を担う大型ボイラーを大型ヒートポンプ設備へ代替させることだけが解決策ではなく、小型ヒートポンプを分散設置させることで、省エネルギーが一気に進む可能性があります。実際、エレクトロヒートセンターがまとめているように、国内事例でも、そんな動きが始まっています。

―高温度帯の技術開発とともに、そうした工夫によるヒートポンプ活用もあるわけですね。さて、一連の技術は日本が主導していると思います。齋藤先生、日本の技術をどう受け止めていますか。

齋藤 例えばエアコンに目を向けると、単純な性能比較では中国の進歩が著しいですが、耐久性や、10年後にきちんと性能が出ているかどうか。あるいは日本のエアコンにはごみを取り除く機能まで付いています。トータルでみた場合、圧倒的に日本は強いです。

 加えて、私たちがよく言うところのアナログ的な技術というのがあります。熱技術や流体技術から成るヒートポンプはそうした技術の結晶でして、長年のノウハウの蓄積が必要な技術です。ここは、日本が非常に強い分野でして、だからこそヒートポンプの技術をもって、日本が世界と戦っていくべき技術だと考えています。

DACって何だ⁉ 新発想のHP利用の期待

杉山 話が少しそれますが、DACというユニークな技術があります。Direct Air Capture(直接空気回収)といって、直接空気回収によって大気からCO2を取り出して地中に埋める技術です。

―CCS(CO2回収・貯留)とは違うのですか。

杉山 CCSは火力発電所からCO2を取り、地中に埋めます。そうではなく、大気中から取るのです。大気中にはCO2が0・04%しかないので、それを集めて90%くらいまで濃縮します。普通のCCSでは、CO2濃度を桁一つ濃くすればよいのですが、大気中からとなると桁三つにまで濃縮しなければなりません。

―動力コストがかかります。

杉山 利点もあります。というのは、日本ではCO2を国内に埋める適地がなく、結局、船に積んで海外で埋める必要があります。

 一方、直接空気回収は、場所の制約がほとんどありません。埋めやすい場所、つまり地層の中に隙間の多い砂岩などが埋まっていて、電気も安く手に入る所に設備を造れば、そこでCO2を固定できます。この技術が確立されると、ほかの技術的に難しく高コストのCO2削減法が不要になります。その意味では非常に面白い技術です。

―CO2濃縮時にヒートポンプ技術を活用するのですか。

杉山 CO2が酸性なので、アルカリ溶液に吸わせます。吸ったままでは意味がないので、今度はそれをヒートポンプで温めてアルカリからCO2を放出して濃度を高めます。そのサイクルをヒートポンプが担うわけです。これが実用化されれば、ヒートポンプのマーケットはすごいことになります。

齋藤 世の中の一般的なヒートポンプ技術だけではなく、吸着剤を使ったヒートポンプ技術があります。例えば、除湿器などに吸着材のシリカゲルを使ったヒートポンプ。これは水分を吸い取って、再び吐き出して湿度調整する空調システムですが、これはまさに杉山さんがおっしゃったような技術です。CO2を吸い取れる物質に切り替えればよいので、確かに面白いアイデアですね。

―エネルギー基本計画が改定中ですが、計画通り進めていく中で、需要側の取り組みによる省エネが大切です。その際、ヒートポンプはどのような役割を果たすべきでしょうか。

エコキュートの新たな役割 再エネ主力化支える運転へ

杉山 技術サイドに目を向けると、ヒートポンプによる高温化の技術開発など、基本的な取り組みはもちろん進めるべきです。一方、ユーザー側へ目を向けると、設備導入を阻害するようなことはあってはなりませんが、そうは言っても、多くの補助金によって導入を進めるようなやり方はやめたほうがよいと思います。確かに産業用では、ヒートポンプ導入は難しい側面があることは理解しています。ですので、ファースト事例についてはそれなりにサポートが必要かもしれませんが、補助金に頼りすぎた強引な手法による導入だと、その後の国民のコスト負担も大変ですし、導入した側も上手く使いこなせないと思います。

 例えば、家庭用エアコンはヒートポンプ技術導入の優良事例です。ユーザーが、エアコンのイニシャルコストやランニングコストを受け入れているわけです。まだまだ導入ポテンシャルは大きいわけですが、このような形で普及することが理想的です。

齋藤 メーカーの方と話をしていますと、機器単体で性能を上げることは非常に厳しい状況になっていることは確かです。ですので、使い方を工夫することが重要だと感じています。特にヒートポンプ給湯機のエコキュートは大変に普及しましたが、もともと原子力発電による割安な夜間電力を使うことで普及してきました。しかし、原子力の運転が見通しにくくなっている今、今後は、こうした従来の使い方を変えてみる。

 最近よく言われていますが、夜間運用ではなく、昼間運用に移行させる。つまり昼間に発電している再生可能エネルギーの電気を利用しながらヒートポンプによって熱を蓄え、そして夜間の給湯需要を支える。そんな新しい使い方を進めた方がよいでしょう。国策である再エネ主力電源化にも資する取り組みです。

火力燃料調達で指針 課題はコスト増への対応


資源エネルギー庁は、7月12日の総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)電力・ガス基本政策小委員会の会合で、9月の策定を目指す「燃料ガイドライン」の方向性を示した。2020年度冬の火力発電燃料不足に起因する全国的な電力需給ひっ迫を踏まえ、kW時不足を考慮したLNG確保の在り方が焦点となる。

ガイドラインの対象は、LNG発電を行う事業者のうち、特にその調達行動が安定供給や市場価格に影響を及ぼしやすい旧一般電気事業者系が中心となる見通し。対象事業者には、消費量の変動可能性を踏まえた適正な在庫水準の確保と調達の努力が求められる。

経済合理的な行動を過度に制約するのを避けるため、法的拘束力は伴わないが、「順守することが相場操縦的な行動を取っていないことを推認させる理由となり得る」とし、ガイドラインに沿った行動を促したい考え。

とはいえ、燃料調達は企業の競争力の源泉であり、ガイドラインを守ることによってそれが損なわれる可能性があることも事実。追加で生じるコストをどう扱うかが、今後の課題となりそうだ。

【特集3】災害対策で活用する独自モデル 公共インフラの保守・点検も


【君津市役所】

市による独自のドローン活用を展開しているのが千葉県君津市だ。6月上旬に開催された、全国自治体ドローン首長サミット(主催:経済産業省、NEDO)では、石井宏子・君津市長自らがドローンを活用した橋梁点検「君津モデル」をテーマに講演するなど、ドローンを使った地域の課題解決に向けた取り組みを、ユニークな仕組みで進めている。

君津市とドローン―。きっかけは2017年にさかのぼる。君津市は千葉県内で市域が市原市に次いで2番目となる約318㎢の面積を有する。そして、その3分の2の面積が山間部を含めた森林エリアだ。とりわけこの山間地域では、以前からビル建設や土木工事、コンクリート製品の材料として、良質な砂利が採取されていた。そしてこの山を切り崩した平場に、クラウドサービス事業を手掛けるアイネット社が、「ドローン飛行場『DDFF:DreamDroneFlyingField』」を17年に整備したのだ。東京ドーム3個分の広さを持つ関東最大級のこのフィールドは、ドローン飛行訓練場、ドローン実証実験(PoC)環境を実現する施設である。

「千葉県君津市では、地方創生に向けた先進技術の活用を模索、検討する中、ドローン飛行場が開設されたことを契機に、さまざまな分野でドローンを導入した街づくりを進めています」。市の企画政策部政策推進課の重田友之・係長は説明する。

君津市では、アイネット社のドローンフィールドの開設に伴い、災害対策にドローンを活用できないかと考え、「災害時等における無人航空機による協力に関する協定」を結んだ。災害時にアイネット社からドローンのパイロットを派遣してもらい、ドローンからの空撮によって、被害状況を正確に、そして広範囲に把握できるようにした。

また、地図情報を手掛けるNPO法人クライシスマッパーズ・ジャパン社とは「災害時における無人航空機による調査・協力に関する協定」を締結。災害時にドローンを飛ばし、高度100m以上の上空から市の被災地域を空撮し、撮影画像をフリーマップに投影した地図データを提供してもらうことで、情報収集体制の充実強化を図っている。

ドローン活用 橋梁点検『君津式』

さらに、君津市ではドローンを活用した、安全・安心なインフラを維持していく仕組みの構築に取り組んでいる。橋梁点検だ。橋梁は14年から5年に一度の定期点検が義務付けられており、多額の費用がかかっていた。効率的で効果的な点検が求められている中、その解がドローンというわけだ。そこで、君津市では、前述のアイネット社などと連携して、全国に先駆けたドローン活用による橋梁点検の実証実験を19年から開始し、20年から本格運用している。

従来、橋梁点検業務を外部委託していたが、現在では、ドローンパイロットの民間資格を持った市の職員がドローンを使って撮影し、管理している。ドローンで撮影した映像は何度も確認することが可能であり、今後、AIによるひび割れの検知を組み合わせることで見落としを防ぎ、点検精度の向上を目指している。

市内に開設されたドローン飛行場

【特集3】PVパネルを低コストで自動清掃 海底スキャンで洋上風力調査も


【WSP】

最先端技術を搭載したロボットやドローンの製品開発を担う産業用自動化機器メーカー、ワールドスキャンプロジェクト(WSP)。同社は、「SFの世界を現実のものにする」をミッションに掲げ、これまで先駆的な製品を開発してきた。そんなWSPが次の目標に据えるのは持続可能な社会を構築すること。そのために三つのサービスを展開する。

一つ目は昨年、メディア各社に紹介された「3次元バーチャル修学旅行」を含む、小中高生へのドローン教育だ。コロナ禍で修学旅行に行くことができなかった学生向けに、VRゴーグルを通して360度の視野で、エジプトのピラミッドなど、世界遺産を見ることができるサービスを提供した。

実はこの「3次元バーチャル修学旅行」、同社が実際にエジプトに足を運び、ドローンを飛ばしてピラミッド全体を撮影したものが素材になっている。その画像を3Dスキャン技術で映像化し、VRゴーグルを付ければ、まるで現地にいるかのようにピラミッドを見ることができる。ドローンによるピラミッドの3Dスキャン撮影に成功したのは、同社が世界で初めてだという。

3次元バーチャル修学旅行とともに、ドローンの操縦方法の授業、ドローンで環境問題などの社会課題を解決する方法を学ぶSDGs(持続可能な開発目標)講座も外部講師を呼んで手掛ける。

同社管理部の新井大和氏は、「わが社は『最先端技術を用いて地球をスキャンする』を大目標に掲げています。われわれの技術でデジタル空間上にアーカイブしたピラミッドなどの世界遺産を全国の小・中・高生にお見せすることで、歴史教育にも貢献することができると確信しています」と自信をのぞかせる。

同社がスキャンするのは、地上にあるものだけではない。なんと、海底の地形や沈没船までスキャンしてしまう。WSPが開発した水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」は、世界で初めてミリ精度の3Dモデルの作成を可能にし、水中の詳細な様子を数十㎞にわたる広範囲で可視化する。

天叢雲剣が活躍するのは、主に再生可能エネルギーの分野、特に洋上風力発電設備の施行前だ。天叢雲剣で海底の地形を測り、理想的な洋上風力設置地点を予想し、海底ケーブルを引っ張る経路を提案する。また、環境への配慮から生態系を保存する地帯も3Dモデルを基に決めることもできる。海底ケーブル敷設後は、定期点検も天叢雲剣で行うことができる。

この優れた水中3Dスキャンロボットは、島根県美保関沖で撮影した深海構造物が、1927年に沈没した旧日本海軍の駆逐艦「蕨」だったことも明らかにした。水中スキャン技術は、隠されていた歴史も明らかにした。

水中ドローン「MURAKUMO」から見た海底と、3Dモデル化した海底

太陽光パネルを自動清掃 運営コスト削減にも貢献

最後に、今後も設置の拡大が予想される太陽光パネルの、自動掃除ロボット「ソーラーサンバ」を展開する。

これまで太陽光パネルの清掃はほとんど人力で行われていた。しかし、特に面積の大きい太陽光パネルを清掃する際は、人力ではムラが発生し、時間経過とともに清掃員が疲れ始め、作業効率も低下する。ロボットであるソーラーサンバは疲れ知らずで、1MWのメガソーラーをわずか2、3日で清掃する。

太陽光パネルには鳥のふんや花粉、落ち葉などの汚れがこびり付きやすく、汚れが付いたままだと発電効率が悪化する。こまめに清掃が必要だが、人力ではコストもかさみ、消費水量も多くなってしまう。

ソーラーサンバは、非常に「エコ」な清掃用具だ。やわらかなナイロン製ブラシが付いており、毎秒20回転しながら時速3~5㎞で横移動する。非常にシームレスに動くため、消費水量は人力の約8分の1で済む。

ソーラーサンバを使用することで太陽光パネルが本来持っている機能を維持し、汚れをこまめに落とすことで、発電効率を向上させる。ソーラーサンバは資産としての太陽光パネルを保全するために、「マスト」なアイテムなのだ。

設立以来、最先端技術を用い、あっと驚く製品やサービスを展開してきたワールドスキャンプロジェクト。今後、脱炭素社会の到来に向け、持ち前の技術力で「SFの世界を現実のもの」にする。

太陽光パネルを清掃する「ソーラーサンバ」

【特集2】FIT制度で事業環境が急変 燃料の国内供給を裏で支える


【岩谷産業】

エネルギー業界では、LPガス事業や水素事業で認知されている岩谷産業。実は再生可能エネルギーとも密接に関わっている。国内のバイオマス発電事業者向けに、商社の機能を発揮して燃料調達・供給をしているのだ。

岩谷にはマテリアル本部という組織があり、商品ごとに四つの部門を設けている。機能性フィルムやPET樹脂を扱う機能樹脂部、ステンレス鋼などの金属部、電子セラミックス材料の電子マテリアル部、そしてバイオマス燃料の資源・新素材部だ。

もともと、資源・新素材部では、「バイオマス以前」から、ミネラルサンドやレアアースといった鉱産物資源を数十年にわたって扱ってきた。そうした中、2011年にシンガポールのバイオマス発電事業者との縁がきっかけとなり、バイオマス燃料の取り扱いが始まる。

「当社のシンガポールの現地法人を経由して、珪砂と呼ぶ鉱産物の引き合いをいただきました。交渉を重ねる中で、バイオマス燃料となるヤシ殻を使ったPKSが話題となり、当社でも扱えるのではないかと思ったわけです」。バイオマス課の担当者は経緯を説明する。

その後、事業環境は大きく変わる。もともとシンガポール向けにPKS供給の準備を進めていた中、FIT制度を受けて日本国内で再エネ事業が急増。バイオマス発電の計画も各地で立ち上がった。そこで岩谷では、国内向けの燃料供給を主軸にした取り組みを開始。徐々に取り扱い量が増え、バイオマス課が立ち上がったのが16年のことだ。19年には、「長期契約」も履行し、現在では国内10社以上に供給。日本市場における販売シェアは10%程度だという。

木質ペレット供給を開始 海外供給も視野に

いま、岩谷ではPKS以外に、新たに木質ペレットの取り扱いを始めている。国内事業者がPKSと木質ペレットを混焼するケースが多いためだ。岩谷によると、両燃料の取り扱いは今後も増えていく見通しだという。

調達先は、東南アジアを中心に、それ以外の国にも広げ偏らないように計画している。そして調達の際、最もケアするのがサプライヤーの選定だという。「燃料を安定供給することがわれわれの最大の使命。サプライヤーは厳しく選定しています」

同時に、岩谷ではPKSや木質ペレットの品質管理にも余念がない。兵庫県尼崎市の中央研究所で独自に品質を分析し、成分やカロリー、比重などをチェックしている。これはサプライヤー側と発電事業者であるユーザー側との間で品質管理に齟齬が生じていないか、岩谷が独自に検査しているためだ。バイオマス燃料は国際的な品質規格がない中、「安定品質」に気を配る同社ならではの取り組みである。

現状は国内中心の供給体制だが、今後は「海外供給」も考えていく必要があるそうだ。特に世界の潮流となっている脱炭素が、バイオマスをさらに後押しする可能性がある。「例えば日系企業の現地法人が脱炭素を進める際、バイオマスを使ったコージェネなどのニーズが生まれる可能性があります。そうした際にも、燃料供給をサポートできたらと考えています」

燃料の品質を分析する中央研究所