【 中尾地熱発電(シーエナジーほか)】
再エネ大量導入に伴い地域課題や技術課題が顕著になっている。いかに再エネ普及を支えていくか、企業の姿勢や技術力が試されている。
2022年12月1日、岐阜県奥飛騨にある奥飛騨温泉郷、中尾地熱発電所が運開した。当日、発電プラントの前に立ったシーエナジー再エネ・新規事業部再エネ・新規事業課に所属する西村和哉課長の胸には、「これで温泉文化と地熱発電との共存共栄が実現できる」とそんな思いが込み上げてきた。規模は2000kWながら、運開にこぎ着けるまでには、「再エネと地元とのあり方の理想形」を追い求めきた、西村さんにとって8年近くの苦節があった。
安定電源「地熱」を求めて 中電系サービス企業の挑戦
シーエナジーは、中部電力ミライズの100%子会社で、主にエネルギーサービスや、ローリー輸送のLNG販売を手掛けている。東日本大震災以降は、再エネ事業にも注力し、現在では再エネ事業を含めた三つの事業が柱だ。同社が手掛ける再エネは、太陽光発電(11万kW分)や小水力発電(2000kW分)に加えて、バイオマス発電にも関わっている。そんな同社が、安定した再エネベースロード電源を志向して地熱発電に注目し始めたのは10年代半ばのことだ。エネルギーサービス事業者として地熱に関わろうとする、極めて珍しい企業である。
ちょうどこの頃、西村さんが、それまで勤務していた中部電力の火力発電所からシーエナジーへと出向してきたタイミングと重なる。西村さんが地熱調査を重ねる中、目にとまったのが地元の名湯地、奥飛騨だ。豊富な湯量と良質な泉質から、多くの観光客がにぎわう中部エリアでは屈指の観光エリアだ。
実はこのエリアで、すでに「地熱先行者」がいた。奥飛騨エリアの中尾地区と呼ばれる場所で、東芝や大手リース会社が共同で地熱開発を進めようとしていたのだ。ところが、地元調整を終え、第一生産井を掘り終え蒸気量を確認したところ、発電可能な熱量は600kW程度で、目標の2000kWには遠く及ばなかった。その後、リース会社は撤退。事業そのものがお蔵入りになりかけたところ、そのお鉢がシーエナジーに回ってきた。15年ごろのことだった。「本格的に地熱事業を進めたいと考えていた矢先でした。何としてもここで地熱発電を始めたいと思っていました」と西村さんは当時を振り返る。東芝とともに、スタートを切った瞬間だった。
事業撤退の危機に陥る 地元温泉業界から救いの手
着手したのは、第二生産井の掘削だ。第一生産井では熱量不足だったことから、地元の理解を再び得て、地下1500mにも及ぶ掘削に踏み切った。ところが、湧き上がってきた蒸気の噴気はわずか1週間程で止まってしまった。何度トライしても、結果は同じ。原因を調べるうちに、地下1500m付近は、地熱発電に適さない「低透水性」の地質構造だということが分かった。「事業撤退の危機にさらされ、藁にもすがる思いでした。そんな時に、救いの手を差し伸べてくれたのが、他でもない中尾温泉の地元の方々でした」(同)。
この事情を詳しく説明しよう。実は中尾温泉がくみ上げる井戸と地熱発電用の井戸とでは、深度が異なる。前者は地下400m程度、後者は地下1500m程度。後者の深度400m付近には有望な透水性の地層が確認されていたが、地熱発電用に同じ深度から蒸気をくみ上げると、中尾温泉の井戸に影響を与えてしまう可能性がある。そこであえて「差」を付けていた。
ところが、中尾温泉から、思ってもみなかった提案が飛び込んできた。西村さんが言う。
「『温泉と地熱の共存共栄のスキームを築こうとお互いに一生懸命やってきた。地熱発電事業の成功は、温泉事業にとってもありがたいこと。地下400m程度の有望な地層からくみ上げてもかまわないぞ』。そんな提案を受けたのです。もう涙がこぼれそうになるほどうれしかったですね」
西村さんは、中尾地熱に関わってからは、現地作業の調整・確認、地元の方々とのコミュニケーションなど、毎週のように本社がある名古屋から3時間近くの時間をかけて現場を訪れていた。休む暇はなかった。そんな西村さんの労苦が報われた瞬間だった。
深度を変えることが可能になったことで、工事は急ピッチで進む。第一生産井と第二生産井のそれぞれ熱量が異なる二つの井戸の合算によって、2000kWの電気を生み出す仕組みとした。発電方式はダブルフラッシュ方式。汽水分離器と減圧気化器を通じた、二つの蒸気系統から蒸気タービンを回す。復水器で仕事を終えた温水の一部は、地面に埋設された配管に送り込まれて、冬場の融雪に活用するなど、自然の「熱の力」を無駄にしない工夫を凝らした。
生産井(左)と発電設備が収まる建屋(右)
共存共栄のスキーム 温泉側の井戸管理の手間省く
さて、中尾地区の温泉事業者と発電事業者の両者がお互いに築こうとしていた「共存共栄のスキーム」とは何か―。地熱発電に使う熱量はあくまでも2000kW分。ただ発電分以上の熱量を得られることもある。あるいは、検査などによるプラント停止もある。そんな時でも、井戸を止めたり絞ったりせずに、全ての熱を無償で中尾温泉に「温泉」として供給しているのだ。一方、中尾温泉はもともと、8本の井戸を保有・管理しており、こうしたスキームによって中尾温泉の「井戸管理」の手間が省ける。同時に、井戸の定期的なモニタリング、発電所の見学者対応やトラブル時の初動対応といった業務に対しても中尾温泉と地熱発電事業者が連携するそうだ。
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国策の「再エネ大量導入」。それは、いま各地で問題を引き起こしている「再エネ『乱』開発」をしてまで進める施策ではないはずだ。「お互いがウィンウィンになる。そんな関係を模索してきました」(同)。未来につなげるスキームを目指して両者が築いた中尾の地熱物語は始まったばかりだ。