【コラム/3月23日】混迷の電力システム改革~情報漏洩問題にみる自由化固執の人々


飯倉 穣/エコノミスト


1,電力改革の行き詰まり
 電力システム改革は、昨今電力販売に熱心な営業マンを生む一方、電力供給不安もばら撒いている。21年1月の電力卸価格の高騰・需給逼迫懸念以来、22年6月電力需給逼迫注意報、そして晩秋、冬季の電力需給逼迫警戒・節電を再度呼びかけた。
 節電に追われる越冬中に、電力事業者の倫理を問う情報漏洩(不正閲覧)問題が発覚した。この事案を受けて電力供給システムを混迷する動きも登場する。報道は伝える。「不正閲覧「大手電力に蔓延」送配電部門「所有権分離を」有識者会議 政府案目指す」(朝日23年3月3日)、「小売・送配電の資本分離案 電力不正閲覧巡り有識者会議 実現にはハードル高く」(日経同)。
提案は、迷走する現電力システムの合理的な見直しでなく、電力自由化の不都合を更に助長すると思われる。情報漏洩と電力システム再改革を考える。


2,不正閲覧は、現行法での対応問題、競争浸透の副産物 
 情報漏洩は、商道徳と公正競争問題である。電力託送業務で知り得た新電力の顧客情報を、閲覧可能な電力側の社員・委託先が閲覧し、営業に活用すれば不正である。
 電力・ガス取引監視等委員会が、報告徴収したところ、大手電力10社中7社で情報閲覧があり、顧客対応や一部営業に使用されたことが判明した。営業用に使用する行為は、電気事業法(23条等)で禁止されている。一般送配電事業者は、顧客情報を託送供給及び電力量調整供給業務(及び再エネ特措法の業務)以外に提供できない。当該規定は送配電事業者の中立性の確保を図る趣旨である。違反があれば、経産大臣が、行為の停止・変更命令、業務改善命令を行う。命令違反となれば罰則・罰金である。
 故に今回の情報漏洩(一部不正閲覧)問題は、現行法で対応可能である。今回違反行為ありの前提で、さらに厳罰を求める声もあるが、現行制度を考慮すれば、制度変更は不要である。また情報漏洩が、競争の視点でもし不公正取引なら、独禁法の適用(2条9項)もある。現実の行為を調査し、違反する行為があれば、現行法で適正に処分すれば十分である。
 皮肉となるが、現状は、電力システム改革(自由化)の狙い通り、販売面で自由化浸透中ということであろう。電気の商品化を前提とする販売競争が認められる(安定供給上問題続出だが)。経験論で言えば、日本における競争市場は、しばしば販売・収益獲得のために様々な局面で適法行為のみならず、脱法行為もあり、また行き過ぎで違法行為も見られる。この意味で電力業界は競争状態になっている。
問題があるとすれば、改革後の法体系・制度が、電力の供給不安を出現させたことである。

3,再エネタスクフォース提案の「罰則強化と所有権分離」は不要
この事案を受けて、再生可能エネルギー等規制等総点検タスクフォースは,公正な競争の確保というお題目で提言を行った(23年3月2日)。
概述すれば、不正閲覧は、発送電分離の基本要件が確保されず、公正な競争を揺るがしかねない。現行法令上の事業許可・登録の取り消しなど厳正な処分を行い、改めて公正な競争環境の整備を目指し、行為規制の強化や所有権分離を含む構造改革を実施すべきである。
具体的には第一に現行法令で、真相の徹底究明、厳正な処分の実施、第二に今後の制度改正で、行為規制の抜本的強化、罰則の強化、行政上の制裁のさらなる強化、電取委の権限強化と組織拡充、更なる送配電事業の中立、所有権分離の実現を求める。
その意図は様々あろうが、提案は、自由化後の電力システムの欠陥を無視した「どさくさ紛れ」か「火事場泥棒」的である。現行規程を徒に搔きまわしても混乱するばかりである。電力供給の安定・低廉の視点か見れば、有識者の提案を離れて基本に戻り、改革後の電力システムの再検討・再考が必要である。


4,不祥事が適切な対応を歪めることに留意
提案の動きを見ると、1990年代の経済金融混乱への対応や思い付きの構造改革が思い出される。現在の雇用不安定・経済の停滞は、90年代の対応不首尾の延長にある。国民感情・マスコミ誘導に煽られた一連の金融問題処理等である。政府(行政)、政治、エコノミスト等は、「バブルの結末でほとんど真実を無視し、崩壊の原因を別の要因に見つける行動に走った」(ガルブレイス「バブルの物語」参照)。
ゼロ成長経済を直視せず、需要崩落・過剰能力の実態を把握できず、また金融問題に抜本的に取り組まず、経済不振打開(バブル崩壊後)を、内外格差・高物価構造・日本型システムに求め、構造改革旗印の市場崇拝の規制緩和・中央省庁嫌気の地方分権を崇めた。構造改革お題目の電力システム改革もその一つである。
そして政治家・官僚・企業・民間金融機関の不祥事が、報道の煽りを招来し、国民感情を突き上げ、金融問題処理の時期・方法を歪め、構造改革信奉となった。いつの世も不祥事は、物事の処理を歪める。
 今回の事案は、情報漏洩という不祥事で、電力自由化論者が、これを奇貨として、電力システム改革の不都合をさらに混迷の方向に誘導している。不祥事を起こしたサイドへの厳正な対応は、対応として行い、有識者の有識程度を勘案して、他の問題に拡散させないことが重要である。


5,議論すべきは、電力自由化による供給不安定
繰り言になるが、電磁気学・経済学の論理から、電力自由化という市場任せは、ここ数年の軌跡から明らかなように非合理的で電力需給を混乱させている。
自由化は、市場競争で効率を上げ、安い電力の安定供給可能を喧伝し進められた。電力供給不足や停電が起きても市場が、価格変動で、供給投資や節電を促し、需給調整する。競争による効率化で電気料金が下がる。卸電気市場等を整備すれば、誰でも供給・販売に参加可能で消費者に利益をもたらすと、論者は強弁した。
結果は、「あなたに合った電気を選べる時代」と同時に「電力供給の不安定、価格のボラテイリテイ、輸入エネルギーへの適応力低下、そして需要家の戸惑い」という事象である。安定供給の要となる投資は生起しなかった。そして自由化された市場は非効率で、国監視・管理の市場・事業となった。電力自由化は、電力システム国有化現象であった。そしてある意味で企業理念の蒙昧、経営不在、従業員のモラル低下を誘発する。
電磁気学等の法則に沿えば、安定性で発送電一貫体制が合理的かつ自然あり、且つ発送電一体の相互連結が、限界費用に基づく発電の効率性を確保するうえで優位である。発送電分離なら、ホールドアップ問題(不確実性)が発生し、リスク回避で過少投資となり、予備力低下を招き、且つ供給義務の所在が不透明なため、安定供給が覚束なくなる。発送電分離は、垂直統合の相互連結と発送電のコンビネーションの合理性を無視している。
 電力の安定供給は、電源確保で適切な予備率、適切な電源投資が依然重要であり、ピーク対応の低稼働電源も必要である。それらの投資を回収するため、また安定的な燃料調達には、コスト(固定費・変動費・燃料費)プラスフィー(報酬)の料金が、依然合理的である。


6,基本に戻ろう
 今回の情報漏洩が販売面で公正な競争を歪めるとしたら、当然市場における不正競争は、本来独禁法の問題である。電力システムの特異性から、電気事業法の各規定があるとすれば、その法律の定めに従い、淡々と処分を行えば足りる。
 今回提案のあった罰則・制裁強化、電取委の権限強化(自由化と矛盾するが)、所有権分離等は、電力の安定供給や効率化・価格低廉と関係希薄で、本質論のすり替えである。ある意味で電力システム改革の失敗を糊塗している。今後は、電力供給の安定性向上を目指す視点で提言すべきであろう。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

生活を直撃するエネルギー危機 省エネ深掘りの好機となるか


【多事争論】話題:エネルギー価格高騰と省エネ

昨年来のエネルギー価格急騰がさまざまなもののコストアップ要因となっている。

この危機をばねに家庭の省エネを一段と進めることは可能か。専門家の提言を紹介する。

〈  健康快適で電気代も安心な暮らし 全員に届ける仕組み作りが急務

視点A:前 真之/東京大学大学院 工学系研究科准教授

2022年の家計調査によると、電気ガスなどの光熱費負担は全国平均で年間22万8000円。昨年の19万円から2割の増加となっている。激変緩和措置で一息ついている感はあるものの、4月から電力会社の値上げが相次ぐ中、電気代の負担はますます大きくなっている。

1970年代の石油危機以降、住宅でもエネルギーコストを下げる工夫はさまざまに試行されてきたが、確実に効果があると実証されているのは「断熱」「設備」「再エネ」の3点セットだ。従来はエアコンなど設備の高効率化が重視されてきたが、近年は伸び悩みが顕著。断熱は室内環境を健康快適に保ち空調負荷を減らすために不可欠だが、普及が著しく停滞している。24年前の99年に定められた断熱等級4を満たす住宅ですら、全体の13%にすぎない。最近になり家の寒さが深刻な健康被害をもたらす「ヒートショック」により、ようやく断熱の重要性が認識されつつある。

恐ろしいことだが、日本の住宅ではいまだに最低限の断熱と設備の省エネ性能が義務化されておらず、無断熱でエネルギーを浪費する新築住宅が堂々と販売されている。本来は20年の義務化が閣議決定されていたが、国土交通省の独断で無期延期になっていた。ようやく22年6月の通常国会において25年からの適合義務化が決定したが、「国交省は国民を寒さと電気代の苦しみに放り出した」とのそしりを免れない。

最後の再エネについては、住宅スケールで現実的なのは屋根載せ太陽光発電一択。エネルギー消費と光熱費の削減効果は、3点セットの中でも一番大きい。しかしその普及は依然停滞しており、18年には全5361万戸に対し太陽光有は219万戸、搭載率はわずか4%。新築でも屋根載せ太陽光のゼロエネルギー住宅(ZEH)の割合は、直近の21年ですら戸建の16%、集合の7%にすぎない。

断熱も屋根載せ太陽光も普及停滞 できない言い訳探しは終わりに

普及停滞を打破すべく、東京都が太陽光の設置義務化を打ち出したところ、すさまじい「太陽光ヘイト」ともいうべき罵詈雑言がネット(および一部エネルギーメディア)を中心に吹き荒れた。その多くは、メガソーラー固有の問題や、FIT(固定価格買い取り制度)の買い取り価格引き下げに伴う誤解を、ことさらに吹聴するものである。最近はネタ切れしたのか、シリコン原料がもっぱら生産されるウイグルのジェノサイド問題が、最後のよりどころとなっている。

繰り返すが、太陽光発電ほど住宅で省エネと電気代削減効果が大きく、成熟してコスト競争力がある対策は存在しない。今、世界で問題になっているのは、太陽光パネルのように極めて重要なパーツを一国の一地域に依存してきたリスクであり、間違っても「太陽光発電はいらない」などという話ではない。人権や環境の価値観を共有する陣営内でのサプライチェーン再構築は不可欠であるが、これは個々の自治体や企業ではなく、国、そして世界が連携して対応すべき問題である。

そもそも国交省・経済産業省・環境省合同の「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」においては、「30年に新築戸建6割に太陽光設置」の目標が明記されている。さらに国交省の役割として、「住宅・建築物分野における省エネルギーの徹底、再生可能エネルギー導入拡大に責任を持って主体的に取り組む」と強調されている。 東京都の苦闘ばかりが注目されるが、本来率先して汗をかくべきなのは国交省なのだ。

「〇〇を義務化すると家が高くなって買えない人が出る」は、国交省の定番の言い訳。しかし、断熱や太陽光はライフサイクルではむしろ大きな利益をもたらす。解決すべきは、「全ての人にその恩恵を届ける仕組み作り」ただ一つである。例えば新築においては、断熱や太陽光による光熱費の低減効果を収入合算し、住宅ローンの総額を増やせばよい。実際に一部の銀行で始まっている。賃貸においても、性能表示や光熱費目安の表示が有効であろう。住宅に関わる全ての関係者が知恵を出し合い、「できる方法」「できる仕組み作り」にだけ注力すべきである。できない言い訳探しはもうたくさんだ。

地域の人たちが安心して電気を使えるよう、尽力されている電力関係者がたくさんいることは筆者もよく知っている。しかし、「エネルギーは国民の生活を支える」ためにあり、その逆はありえない。GX(グリーントランスフォーメーション)が一部の巨大企業や輸入商社の利権維持で終わってよいはずはない。日本に暮らす全ての人がエネルギーの不安がなく暮らせる、真の脱炭素社会の実現を願ってやまない。

まえ・まさゆき 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。建築研究所研究員、東京大学大学院工学系研究科客員助教授を経て2008年4月から現職。博士(工学)。専門分野は建築環境工学。

【火力】更新でLNG費用減 200億円削減の衝撃


【業界スクランブル/火力】

今冬の電力供給も綱渡りの状況だ。世界的な燃料資源獲得競争激化の影響もあるが、老朽化した火力設備の休廃止が拡大する一方で、脱炭素や電力自由化によって火力投資が進まないことが要因となっている。新規電源の建設は、短期的には大きな経済的負担を伴うためショートポジション中心の自由化市場においては敬遠されがちだが、中長期的には、供給力の確保のみならず経済的にもCO2削減の観点からも大きな効果があることをご存じだろうか。

このほど完成した東北電力の上越1号機やJERAの姉崎新1号機は最新鋭のLNG焚きコンバインドサイクル設備で、熱効率は従来型比3割向上となる約63%(低位発熱量基準)を誇っている。この効果を定量的に示すと、年間の燃料使用量で約20万t、CO2排出量で54万t程度の削減となる。(1基65万kW、利用率70%の場合)燃料費削減効果は、直近のLNG価格1t10万円で計算すると年間200億円にもなり、CO2の削減効果は太陽光発電80万kW相当を建設した場合と同等となる。衝撃的な効果だ。

このように火力の熱効率向上は、エネルギー資源を効率良く使うとともにCO2の排出量抑制の効果もあり、需要側の対策である省エネと同等の効果を発揮する。この効果がユニット1基から叩き出されることを考えると、乾いた雑巾を絞るようだといわれる省エネと比較しても実効性の高い施策といえるのではないだろうか。

確かに、火力新設で今すぐ脱炭素が実現するわけではない。しかし老朽火力設備の新陳代謝を促し、将来カーボンフリー火力への改造を念頭に健全な設備を確保しておくのは大きな意味がある。GXを着実に推進するためには、ライフサイクルを見通した取り組みが肝要だ。(F)

【追悼】故千葉昭氏を偲ぶ~競争時代だからこそ「公益の心」を重視 ライフラインを守る使命貫く


努力と抱負な識見で 進むべき道を示した

四国電力社長を務められた千葉昭氏が1月12日、亡くなられた。

的確な判断と行動力は、四国地域を超え大きな存在感を発揮した。

「千葉さんはわが社の『太陽』でした」―。四国電力会長の佐伯勇人氏は、師とも仰ぐ元上司を万感込めそう追悼した(1月17日付電気新聞)。親分肌で気さくな人柄だけではない。同社員約4000人の多くの顔と名前を覚え込むといった人知れぬ努力と豊富な識見は、同社のみならず広く電気事業と地域発展に向け「切れ味の良い判断」となり「進むべき道を的確に示し」(佐伯氏)ていった。

千葉昭氏は、1946年香川県生まれ。実家はお寺で自身僧籍を持っていた。69年に京大経済学部を卒業し四国電力入社。2000年取締役、03年常務、05年副社長を経て09年社長に就任した。15年会長に就き、同年四国経済連合会会長に。19年相談役に退いた。

この間、企画を中心に営業、総務、燃料各部門から原子力本部、情報通信本部まで幅広く経験。周囲は「リーダーシップがあり上位者とも臆することなく渡り合い、対人能力に長けていた。いずれ会社を背負って立つ人」と一目置いていたが、高松支店長時の98年2月、電力マン人生の節目となる出来事に遭遇する。18万7000Ⅴの坂出送電鉄塔倒壊事件(未解決)だ。高さ73mの鉄塔台座部分のボルトが抜かれ停電被害などをもたらした特異な事件は、復旧の現場責任者として「苦い思い出」となった。それでも100日間という短期間での復旧を果たし、やがて社内の語り草となっていく。

ライフラインを守る電気事業の使命を改めて確認した千葉氏は副社長時広報部門も担当、電力自由化時代到来から事業の効率性を追求する一方で、CSR(企業の社会的責任)を重視し企業のマイナス情報を出すことにためらうなと社員に呼び掛けた。競争時代だからこそ事業の公益性にこだわった。

その姿勢は社長就任2年目、11年2月末に発表した長期ビジョン「しあわせのチカラになりたい。」に表れている。ほっこりした平易なビジョン名、またグループ共通の価値観として「公益の心」を盛り込み、低炭素など時代の変化に対応する道筋を示した。

しかし3・11後の困難な情勢はエース電源、伊方発電所を停止に追い込み、需給と収支は一挙に緊迫。再稼働に向け全戸訪問や原子力本部を松山市に移転させるなど、先頭に立って指揮し奔走した。再稼働と料金値上げ問題が差し迫る中、茂木敏充経産相(当時)との差しの場面では、発送電分離の電力システム改革への協力を強く迫られた。

懸案への対処を通じ千葉氏の存在感は高まった。相談役に退いてからも新幹線の実現などに力を注ぎ、「元気を与えてくれる」(佐伯氏)人となりは、危機の時代にこそ必要とされていた。信条とした公益の心、改めてかみしめたい。

文/中井修一 電力ジャーナリスト

ESGで不動産の価値向上を支援 手付かずの市場拡大狙う


【エネルギービジネスのリーダー達】伊藤 幸彦/GOYOH 代表取締役

不動産価値を向上させるサービスを手掛けるGOYOHを2018年に立ち上げた。

オーナーに働きかける独自のビジネスで日本の不動産の持続可能性を追求する。

いとう・ゆきひこ 早稲田大学高等学院を中退。2006年、バックパッカーとして訪れていたニューヨークで民泊事業を立ち上げ、08年に帰国しアスタリスクを設立。国内外の不動産投資ファンド向けのコンサルティングなどを手掛ける。18年にGOYOHを設立し代表取締役に就任。

集合住宅やオフィスビルなど、不動産価値向上のためのサービスを提供するスタートアップ企業GOYOH(ゴヨウ)。2018年に創業、脱炭素化をはじめESG(環境・社会・ガバナンス)に取り組むためのデータを可視化し、施策を提案するサービスツール「EaSyGo」を軸に、機関投資家など不動産オーナーに提案活動を行っている。

オーナー目線でデータを可視化 現場の行動変容を促す

本格的にサービスを開始したのは21年だが、既に外資系投資ファンドが保有・運用するオフィスビルや賃貸住宅、高級リゾート、ショッピングセンターといった50物件ほどで、脱炭素や社会課題解決のためのプログラムを導入するサービスを手掛けてきた。

「欧米市場と同じように、しっかりと省エネに取り組まなければ不動産の価値が棄損されてしまう社会が、もう間もなく日本にも到来する。持続可能な不動産を目指すためにはハードを整備するだけでは不十分で、そこで働く人や住む人に行動変化を促し着実に不動産の脱炭素化・ESGに貢献していきたい」と語るのは、伊藤幸彦代表取締役だ。

同社のように不動産テックと呼ばれる企業は国内にも存在しているが、その多くが管理会社やビルメンテナンス会社を対象にしている。しかし、ESGの目標を立て予算を決めるのはあくまでも不動産運用者や機関投資家などのオーナー。参入障壁の高いこの層に食い込み提案活動ができることは同社の大きな強みとなる。

実のところ、不動産オーナーが把握できるCO2排出量はビル全体の15%程度にすぎず、その多くがテナントや居住者の行動によるものだ。ここで対策を講じなければ抜本的な改善にはつながらない。機関投資家の目線でCO2排出量や電力利用量などを解析し、それに合わせてテナントや居住者に省エネ行動を促したり、省エネのための設備を最適化したりするための仕掛けを提案。一方で、それを現場で実現するためテナントや居住者に対し、利便性や快適性、地域貢献などの「やりがい」を提供し、それによって省エネや節電などの行動変容を促すのが同社の役割だ。

例えば外資系の不動産投資会社が保有・運用する東京・月島の高層マンション群「リバーシティ21 イーストタワーズI」では、EaSyGoと連動した専用ポータルサイトを住民に提供している。

コミュニティーの持続可能性を可視化。健康、省エネ、防災・災害対応、地域交流などをテーマにしたプログラムを、他社の先端テクノロジーやサービスと連携しながら提供している。住民にとってはよりよい生活環境が創出され、投資会社は経年により低下しかねない不動産価値の向上につながる。まさに、オーナーと住民でウィンウィンの関係を創出しようというわけだ。

なぜ、創業したばかりの同社が、こうした不動産オーナーの信頼を得て事業を展開することができているのか―。それは、前身のアスタリスク社でベントール・グリーンオークなど世界のESG不動産をリードする投資ファンドの事業パートナーとして、機関投資家に出資を募るビジネスに携わってきたからにほかならない。

社員数は12人と少数ながら、グローバルな金融、不動産といったさまざまな分野の最前線で経験を積んだ精鋭ばかり。伊藤氏自身も、不動産脱炭素のための枠組みであるCRREM(Carbon Risk Real Estate Monitor)に、グローバル科学委員として参加している。

バックパックで70カ国を旅 富裕層向けビジネス

高校中退後、バックパッカーとして70カ国以上を旅した。23歳の時にニューヨークで民泊ビジネスを立ち上げ、08年のリーマンショックを機に日本でも起業。以来、海外から日本の不動産に投資を呼び込んだり、世界中に生活やビジネス拠点を持つ超富裕層にサービスを提供したりといったビジネスを立ち上げてきた。世界中を旅行し、さまざまな国の文化や人と接しコミュニケーションを取った経験は、相手の懐深く入り込むスキルとして身に付き、仕事に生かされているという。

月島のリバーシティ21のポータルサイトでは、こども食堂に寄付したり、住民同士で不用品を交換し合ったりといったプログラムを提供しており、エネルギーの使用量削減はもとより、このプログラムを通じて何食分の食事をこども食堂に寄付できたかなどを目にすることができる。「社会に貢献していることを実感し、それが何よりも仕事のモチベーションになる」と伊藤氏。

今後は、業界唯一無二の存在感を発揮しながら、「不動産のESGを実現するためにさまざまな分野のテクノロジーやスタートアップ企業と連携を深めていきたい」と言う。それによって手付かずの市場を拡大し、同社の規模拡大を目指す構えだ。

【原子力】待ったなし! 「核のごみ」の処分


【業界スクランブル/原子力】

核燃料サイクルの実現のため、2030年度までに泊原発3号機や浜岡4号機などを含めて12基以上でプルサーマル発電計画が進められている。だが、多くは福島第一原発事故を受けて停止し、再稼働の前提となる審査が難航するなど見通しは立っていない。電源開発も青森県にプルサーマル専用の大間原発を建設中で30年度の稼働を予定しているが、原子力規制委員会の審査が遅れている。

核燃サイクルの中核は再処理工場で、フル稼働すると年約7tのプルトニウムが製造される。プルサーマル発電ができる原発が増えないまま同計画の再処理が進むと、プルトニウムの供給過剰に陥る。

既に日本は海外に委託して再処理した分を含め、すでに約46tのプルトニウムを保持している。このままでは核兵器の原料にもなり得るとみられており、米国は余剰分の削減を求めている。保有量の8割を占める海外保管分の削減に取り組むことにしているが、急がなければならない。

一方、核燃サイクル最大の課題は、使用済み核燃料を再処理して出る「核のごみ」の行き先が未定なことだ。処分地選定の最初のステップである文献調査に応じたのは、北海道寿都町と神恵内村のみ。次の概要調査に進むには両町村長と北海道知事の同意が必要だが、鈴木直道知事は反対の姿勢を崩していない。

核のごみの処分や核燃サイクルを断念することになれば、青森県との約束に沿って高レベル放射性廃棄物などを原発立地地域に持ち帰ることになる。

まずは2町村の概要調査への移行が大切。それには文献調査への応募自治体を増やすことが欠かせない。国は原発立地自治体との「協議の場」をつくるなど、処分地選定に本腰を入れる。もう待ったなしだ。(S)

【検証 原発訴訟】原発訴訟を左右する判断の枠組み 裁判所は行政の審査過程をどう扱う


【最終回 志賀判決】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士

最終回は、福島事故前に民事で唯一原子炉の運転差止めを認めた、志賀原発を巡る判決を取り上げる。

地裁と高裁で判断が割れたが、その理由は、福島事故後の原発訴訟の傾向にも通じるものがある。

これまで伊方最判(最高裁判決)、もんじゅ最判の考察後、福島第一原子力発電所事故後の裁判例を概説してきた。連載最後である今回は、この事故前に民事訴訟で原子炉の運転の差止めを認めた唯一の判決である2006年3月24日の金沢地裁判決(地裁判決)と、この判決を取り消した09年3月18日の名古屋高裁金沢支部判決(高裁判決)を扱いたい。問題となったのは、北陸電力が設置する志賀原子力発電所の2号炉(本件原子炉)である。

地裁が積極的に事実認定 異なる判断枠組みを採用

地裁判決は、立証責任等の判断枠組みについて、「原告ら(住民)において、被告(北陸電力)の安全設計や安全管理の方法に不備があり、本件原子炉の運転により原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることを相当程度立証した場合には、公平の観点から、被告において、原告らが指摘する『許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険』が存在しないことについて、具体的根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して反証を尽くすべき」であり、「これをしない場合には、上記『許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険』の存在を推認すべきである」とした。原子炉の運転差止めでよく用いられる伊方最判の判断枠組みを修正し、行政機関の審査過程も踏まえる判断枠組み(22年2月号参照)とは異なる判断枠組みを採用した。

地裁判決がこの判断枠組みを採用する理由の一つとして、「原子炉周辺住民が規制値を超える放射線被ばくをすれば、少なくともその健康が害される危険があるというべき」と述べた点は、放射線防護の考え方と放射線による健康影響とを混同していると思われる。加えてこの判断枠組みでは、行政機関の審査過程を踏まえないために、裁判所が積極的に事実認定に乗り出す方向になる。現に地裁判決では、「安全審査を経て通商産業大臣による本件原子炉の設置変更許可がなされているからといって当該原子炉施設の安全設計の妥当性に欠ける点がないと即断するべきものではなく、検討を要する問題点ごとに、安全審査においてどこまでの事項が審査されたのかを個別具体的に検討して判断すべきである」と打ち出した。

そして、「現在の地震学の知見に従えば、対応する活断層が確認されていないから起こり得ないとほぼ確実にいえるプレート内地震の規模は、マグニチュード7.2ないし7.3以上というべきである」と積極的に認定して、「設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない」などと耐震設計上の不備を述べた。本件原子炉の運転によって、周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険が存在することを推認すべきと判断して、運転の差止めを命じた。運転の差止めを認めるためには、伊方最判の判断枠組みを踏襲しない必要があったものと思われる。

なお、この判決で問題となった耐震設計審査指針は、06年9月の大幅改訂前の1978年の指針であり、現在の新規制基準とも大きく異なる。新規制基準から見ると、設計に用いる地震の想定が甘かった点は否めないところである。

一方、高裁判決は立証責任等の判断枠組みについて、「本件原子炉の安全性については、控訴人(北陸電力)の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出した上で主張立証する必要」があると指摘。「控訴人がこの主張立証を尽くさない場合には、本件原子炉に安全性に欠ける点があり、その周辺に居住する住民の生命、身体、健康が現に侵害され、又は侵害される具体的危険性があることが事実上推認されるものというべきである」とした。

ただし、本件原子炉施設が安全審査の指針などの定める安全上の基準を満たしていることが確認された場合には、本件原子炉の安全性について主張立証を尽くしたことになり、「本来主張立証責任を負う被控訴人(住民)らにおいて、被控訴人らの生命、身体、健康が現に侵害され、又は侵害される具体的危険があることについて、その主張立証責任に適った主張立証を行わなければならない」とした。結局は、住民側に具体的危険性があることの主張立証責任を負わせたに等しく、行政機関の審査過程を尊重した判断枠組みである。

高裁判決がこのような判断枠組みを採用した背景には、地裁判決後の06年9月、それまでに蓄積された地震学などの知見を反映させて耐震設計審査指針が改訂され、当該指針が審査基準となっていたこと。さらに北陸電力が当該指針に照らした耐震安全性評価(耐震バックチェック)を行っていたことなどを、「時機に後れた攻撃防御方法ということはできない」としていることからも、それらについての考慮があったことがうかがわれる。

福島事故後に目立つ傾向 裁判所独自の厳しい態度

福島第一原子力発電所事故後は、民事訴訟で運転差止めを認めたものは地裁レベルで3件あり、仮処分では、地裁レベルの決定3件と高裁レベルの決定2件がある。事故後の社会の風潮もあると思われるが、裁判所が、行政機関の審査過程の尊重を基礎とした伊方最判の判断枠組みを修正した判断枠組みを用いながらも、実際には行政機関の審査過程を尊重せずに、独自に厳しい態度で臨む場合もある。

裁判所独自の厳しい姿勢が目立つ

その場合に大切なことは、裁判所の独自の考え方が尊重されるほどにきちんと審査を実施したのか、そして信頼される審査実績を積み重ねることであろう。もちろんどのような判断枠組みを用いるかのみで結論が変わるものではないが、それでもどのような判断枠組みを用いるかが結論に大きな影響を与えることも、やはり否定し難い。主張立証責任の判断枠組みでは、誰が何について主張立証責任を負っているか、主張立証に失敗した場合には何が推定されるのかが重要である。今後も原発訴訟の行方を注視していきたい。

最後に、1年間にわたりご愛読いただき、感謝いたします。

・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/

・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/

・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/

・【検証 原発訴訟 Vol.5】https://energy-forum.co.jp/online-content/9792/

・【検証 原発訴訟 Vol.6】https://energy-forum.co.jp/online-content/10115/

・【検証 原発訴訟 Vol.7】https://energy-forum.co.jp/online-content/10381/

・【検証 原発訴訟 Vol.8】https://energy-forum.co.jp/online-content/10786/

・【検証 原発訴訟 Vol.9】https://energy-forum.co.jp/online-content/11164/

・【検証 原発訴訟 Vol.10】https://energy-forum.co.jp/online-content/11397/

・【検証 原発訴訟 Vol.11】https://energy-forum.co.jp/online-content/11790/

もりかわ・ひさのり 2003年検事任官。東京地方検察庁などを経て15年4月TMI総合法律事務所入所。22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。

【石油】原油は下がる ガソリンは下がらず


【業界スクランブル/石油】

原油価格は下がってきたのに、ガソリン価格が下がらないのはなぜか―。

そう尋ねられて、筆者は驚いた。質問の主がエネルギー問題の権威だったからだ。

「経産省が毎週、補助金支給額をガソリン平均価格が基準価格(1ℓ当たり168円)になるように調整しているからです。原油価格が上がれば補助金は増額され、逆に下がれば減額されます」

「補助金の目的は、価格を下げることではなく、発動時点(2022年1月末)の水準に抑制(安定)させることですから、制度設計上、そのようになるのです」

この補助金、3兆円を超える巨額が投じられている割には世の中に知られていない。補助金の対象が、ガソリンだけではなく、灯油や軽油、重油、ジェット燃料にも出ていることすら知られていない。

確かに国会での審議もなく、コロナ対策の予備費から支出されて、反対の声も出ずにいつの間にか始まったものだ。また、計算方法も複雑で説明が難しいという難点もある。

石油元売り会社がポケットに入れていると思い込んでいる人もいる。元売り会社は、原油輸入代金支払いの増加分の補助金で、スタンド向け卸価格を抑制している形だ。補助金のトンネルを請け負っているだけなのである。

既に今年1月から補助金制度自体の縮減は始まっている。ただ、限度額(2月31円)の縮減ということで、支給額が18円40銭(2月第1週)と大きく下回っていることから、当面、実害は出ない。

ただ、この6月以降は、支給額自体が月5円ずつ減額されるもようで、9月末には廃止される予定になっている。この「出口戦略」、大きな宿題になりそうだ。(H)

【マーケット情報/3月17日】原油急落、金融不安が重荷


【アーガスメディア=週刊原油概況】

主要指標、軒並み急落。欧米における金融危機の懸念を受け、経済の冷え込みと石油需要後退の観測が強まった。

米国原油を代表するWTI先物は前週比9.94ドルの大幅下落となり、17日時点で、2021年12月上旬以来の最低を記録。北海原油の指標となるブレント先物も、前週から9.81ドル急落し、2021年12月下旬以来の最低となった。

米国のシリコンバレーバンク、およびシグネチャーバンクが破綻。さらに、米国金融機関の経営不安が欧州に飛び火し、スイスの大手クレディ・スイスの株価が急落。スイス中央銀行が収束に乗り出すこととなり、経済の減速、それにともなう石油需要後退の予測が広がった。

一方、米国では、市場対策として、連邦準備理事会が金利引き上げを停止するとの観測が台頭。また、OPECは、今年の中国の原油需要見通しを上方修正。ジェット燃料等の消費増を見込んだ。加えて、OPECとロシアは、現状の減産計画の年内維持を再確認した。ただ、油価の上昇圧力には至らなかった。

【3月17日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=66.74ドル(前週比ドル9.94安)、ブレント先物(ICE)=72.97ドル(前週比ドル9.81安)、オマーン先物(DME)=74.93ドル(前週ドル5.36安)、ドバイ現物(Argus)=74.92ドル(前週比ドル5.20安)

【ガス】貸付配管の商慣行問題 法改正を視野に検討


【業界スクランブル/ガス】

LPガス業界の懸案事項とされる「貸付配管・無償貸与問題」の解決への動きが新たな局面を迎えている。

資源エネルギー庁石油流通課は昨年12月に開催した全国LPガス協会流通委員会において、制度改正における基本方針を説明した。具体的には、消費設備、配管の費用を明確化し、ガス料金からの徴収を制限する仕組みを構築する考えだ。賃貸集合住宅の無償貸与については、昨年、朝日新聞が問題提起する形で連載し、それらを受け当時の経済産業大臣が会見で「解決すべき課題と認識している」と発言。社会問題化し、解決に向けた議論が再燃していた。

この問題はLPガス販売事業者が賃貸集合住宅などにガスを供給する見返りとして、ガス管や給湯器、さらにエアコンなどの設備を賃貸住宅オーナーなどに代わって負担。その費用を入居者のLPガス料金に上乗せして回収する、業界の商慣行だ。また戸建住宅においては、消費者がガス供給の解約を求める際に、配管などの費用として高額な違約金を請求するなどのトラブルも問題となっている。新制度では、ガス料金について「基本料金」、「従量料金」のみとし、設備費は除外するなど完全に分離。各種設備費については別途、売買契約の締結などを検討し、消費配管などの所有権は建物所有者への移転を検討する。

長年の商慣行、ビジネスモデルの転換にLPガス事業者からは「きちんとした猶予期間を設けてほしい」、「自由市場のLPガスの貸付配管の分離を求めるのは価格介入なのでは」との声も挙がる。いずれにせよ、新制度の実効性についてはLPガス業界のみならず、国土交通省、公正取引委員会や消費者庁などとの連携は必須となる。なお、改正に向けた議論は3月上旬からスタートする。(F)

【新電力】値上げ申請で痛感 おかしな規制料金


【業界スクランブル/新電力】

旧一般電気事業者5社の電力規制料金改定申請審査が、電取委料金審査会合にて昨年12月7日以降、本稿執筆の1月中旬時点までで4回行われた。いくつか雑感を述べたい。

各項目について非常に丁寧な審査、検討が加えられているがゆえに、改定に時間を要する。この間、申請各社だけでなく新電力各社の財務状況は悪化するばかりだ。エネ庁の議論は諸事細部まで丁寧に検討、議論を行うがゆえに情勢の変化への追随力が乏しい。

一定期間をカバーする料金であるのだから、燃料費以外にも調整要素を認め、審査を簡略化するような取り組みを行うべきだった。そもそも料金審査に限らず電力制度設計(例えば脱炭素オークション)にインフレ調整が織り込まれていない点が不思議だ。前年度CPI変動分の原価反映を織り込めば、面倒な手続きがかなり減るだろう。申請を受けてから個別審査では時間がかかるばかりだ。

好例が、全体費用の8%程度の人件費議論だ。今回消費者庁から3%程度の賃金引上げ要請が出ているところ、エスカレーションの織り込みは以前しないと決めたはずとの反論が委員から出て、話題になっていた。そこにこだわってどういう全体メリットがあるのか。

審査から話を移す。

新電力の中には規制料金維持を強く求めるところもあれば、撤廃を希望するところもある。前者は従来型の規制料金(比較的高い固定価格+燃調)が維持されると思い込んでいるのか。

原子力再稼働済みの関西、九州は値上げせず。中部電力も黒字転換の見通しが立ったためか、値上げ申請に踏み切る気配はない。居住地域次第で各家庭の電気料金が大きく違ってくる。規制料金は社会政策を負っているとされるが既におかしい。(K)

「兵站」SMRと戦艦武蔵


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

世界的なエネルギー危機にあって、原子力、なかでもSMR(小型モジュール炉)が注目を集めるが、ここに来て、その燃料供給に黄信号が灯っている。

多くのSMRは、HALEU(高純度低濃縮ウラン)と呼ばれる、濃縮度が20%程度のウランを使用する。通常の3~5%よりも高い濃縮度の燃料の採用により、炉の小型化や、燃料取替周期の長期化が図りやすいためだ。ところが現在、この燃料を供給できるのはテネックスというロシア企業一社であるため、ウクライナでの戦争開始とともに、その供給が怪しくなった。欧米の濃縮会社でも技術的には製造可能だが、許認可を取得して生産開始するまで、最低5年はかかるという。テラパワーおよびX-エナジーは、米国政府の助成を得て、2028年までにそれぞれ試験用原子炉を建設することになっているが、計画通りの運開が危うくなってきた。

この話を聞いて、吉村昭の小説「戦艦武蔵」を思い出した。武蔵は大和とともに海軍の期待を一身に背負った超弩級戦艦だが、南方の任務についた昭和18(1943)年には、重油の調達がままならず、トラック島の環礁に係留されていることが多かったという。自慢の46センチ砲も活躍の場が与えられなかった。戦艦や発電所にかかわらず、高性能の機械が誕生するのは胸躍る出来事だ。これに対し、燃料や消耗部品、糧食の補給などは、ともすると忘れられがちではないか。太平洋戦争で物資輸送に徴用された商船は、十分な護衛もなく、その損失は軍艦をはるかに上回ったという。折しも、世界は未曽有のエネルギー危機に見舞われている。エネルギー業界は、改めて自社の「兵站」を問い直すときではなかろうか。それにしてもSMRには期待どおりの活躍を祈るばかりだ。

保管から廃棄までをワンストップ 九電グループの文書電子化サービス


【九州電力】

九州電力と記録情報マネジメント、Qsolの3社は、紙文書の電子化サービスを開始する。

調査から電子化、廃棄処分までを担い、高いセキュリティー確保とDXにつなげる。

 九州電力とグループ会社の記録情報マネジメント(RIM)、Qsolは3社合同で「九電グループドキュメント電子化サービス」(Zeropaper)を開発した。

RIMのスキャニングサービスやQsolの電子文書保管システムといった、グループ会社の実績と強みを組み合わせ、紙文書の保管から電子化、廃棄処分までをワンストップで手掛ける。世の中のペーパーレス化や働き方改革、コロナ禍でのリモートワークの浸透を追い風に、2020年10月、九電はデジタル化サービス標準化ワーキンググループを設置し検討を始めた。現在、九電グループ内で試行運用を行っており、秋には本格提供を開始する。

RIMは、機密文書処理の専門会社だ。九電の新規事業育成支援制度の第5号として01年に誕生。福岡市近郊に「福岡セキュリティセンター」を構え、紙文書の保管・管理、台帳化、電子化するサービスを提供してきた。情報セキュリティーマネジメントシステムについての国際基準ISO27001を取得しており、山口県から九州エリアまで3000を超える企業・団体との取引実績を誇る。

Qsolは、20年以上前から「電子契約保管システム」を提供するIT企業だ。企業間取引の電子契約書についてe―文書法や電子帳簿保存法に対応したタイムスタンプなどの機能を搭載。電子での保管などもサポートし、管理コストの低減にも貢献している。

九電の宮島真一ICT事業推進担当部長は、「一見対極にあるような事業だが、以前からこの二つを組み合わせられるのではないかと考えていた」と振り返る。

(左から)永野部長、宮島担当部長、原取締役

顧客に合わせサービス提供 高いセキュリティーの確保

所有している膨大な紙文書について、「社内保管を減らし、スペースを有効利用したい」「移転に伴い整理し、賃料のコストダウンにつなげたい」という企業は多い。電子化へのニーズも高まっている。だが、保管・電子化・廃棄処分を社内で仕分けるとなると、なかなか進まなくなるのが現状だ。

Zeropaperでは、顧客は自社のニーズや予算に合わせ、紙文書の①調査、②改善提案、③保管、④台帳化、⑤電子化、⑥廃棄処分―といったサービスフローの中から、項目を自由に選べる。仕分けをせずに預けてしまうこともできるのだ。その後、依頼に応じてRIMが紙文書の調査、台帳化などを進める。

RIMの原淳一郎取締役営業部長は、「仕分けをする時間がない、電子化の予算がかけられないなど、保管や電子化のハードルは高い。まずは預かり、相談しながら対応できることがZeropaperの強み」と強調する。

ワンストップで文書を扱うことは、セキュリティー確保にもつながる。一般的に、紙文書を外部保管する場合は倉庫・物流業者に、データ化する場合はIT企業に、廃棄する場合は廃棄物処理事業者にそれぞれ委託する。複数社が関わると、何らかのアクシデントで文書の散逸や紛失が起こるリスクはゼロではない。

Zeropaperでは、紙文書は全て福岡セキュリティセンターに運ばれ処理される。企業から預かる際はニーズに合わせて、個人情報保護輸送モードや警送輸送などで運搬する。

福岡セキュリティセンターは、(一財)日本品質保証機構が示す「リサイクル処理センター安全対策適合認定」を取得し、検査基準に則った管理体制で運用している。この施設内で①~⑥のサービスフローに対応する。廃棄処分する場合は文章が読めない細かさに裁断。インゴット化しラップフィルムで梱包した後、契約製紙工場に運びリサイクルされる。

サービス概要図。九電はZeropaperの企画・営業支援を行う

DX推進にも貢献 広く外販を目指す

通常、文書を電子化する場合、検索しやすくするため担当者がルールに基づきキーワードを入力して指定のフォルダに保存していく。

Qsolは、DXの推進を視野に技術力を発揮し、この一連の作業を自動化する開発を進めている。将来的には一般文書や契約書、図面にも対応させる計画だ。

Qsolの永野裕和産業営業部長は、「電子文書を各担当部署が管理するのではなく、一つのシステムに一元的に保存すれば、検索性も向上し業務効率も上がる。だが、そのための作業が増えないようにしたい」と話し、自動化を人件費削減にもつなげたいと続ける。

九電グループは、経営目標として30年に連結経常利益の半分である750億円を、国内電気事業以外で達成することを目指している。九電の宮島担当部長は、「グループが協力して目標に挑む中で、ZeropaperはDXに貢献できる事業。広く外販していく。アナログとデジタルを融合させてグループの強みを最大限生かしたい」と抱負を語った。

福岡セキュリティセンター。左の施設(5階建、延床面積3889m2)を増設する

【電力】「二枚舌」は感心せず 原発再稼働の空売り


【業界スクランブル/電力】

電力・ガス取引監視等委員会の料金制度専門会合で、東北・北陸などみなし小売り電気事業者5社による料金改定申請の審査が行われている。

1月27日の会合では、3社が供給計画上は再稼働時期未定となっている原子力発電所について、料金算定期間中に再稼働する前提で、料金の上昇幅をいくばくか抑制していることを明らかにした。

事業者が自主的に行ったことなのか、経済産業省の指導があったのか筆者は知る立場にないが、供給計画との間で二枚舌を使うのは感心しない。今の電気料金も一定の原発再稼働を織り込んでいるが、事業者と経産省だけではどうにもコントロールできないことを安易に織り込んだ結果、フィクションと化してしまったのは周知の通り。泊の再稼働を新料金に織り込まず、再稼働したら値下げすると説明した北海道の方が誠実だ。

空売りを禁止するから安定供給は問題ない……これは、電気事業法に第2条の12の供給能力確保義務を新設する際に、当時の経産大臣が国会審議で使った言い回しだ。面白くも適切でもない喩えに苦笑したことを覚えているが、今回のことの方が空売りと呼ぶのにふさわしい。

そもそもなぜ料金改定が必要になったのか。西側諸国が結束してロシアの暴挙と戦っているからだ。海を隔てているとはいえ、わが国は中露の隣国だ。今は戦時中であり、その行方が安全保障上の自分ごととして返ってくるという緊張感がもっと必要ではないか。

すなわち、わが国は原子力を停止し続けていることで西側の足を引っ張っていることを自覚するべきだ。安易な空売りではなく、稼働できる原発は稼働、新安全基準への対応は稼働と並行して進めるくらいの大胆な行動が必要ではないか。(U)

秘密の温暖化外交にメス ケリー特使の調査開始


【ワールドワイド/環境】

米国では共和党が多数を奪還した下院において、ケリー気候変動特使について調査が行われる予定だ。下院監視・説明責任委員会のコーマー委員長(共和党)は2月2日にケリー氏に対し、バイデン政権における同氏の位置付けとこれまでの中国共産党とのハイレベル気候交渉に関して調査を行うと発表した。コーマー議長は「貴特使は貴オフィスのスタッフ、支出に関する我々からの度重なる情報開示要請を無視し、我々の経済成長を阻害し、議会権限を迂回し、気候変動に名を借りて外交政策に脅かす活動に従事してきた。議会は貴使の透明性をもった文書・情報開示を求める」と述べた。

ケリー氏の「大統領気候特使」というポジションはこれまで存在せず、上院の承認を必要としていない。国務省内に設置された気候特使室は45人のスタッフと年間1390万ドル(18億円)の予算を割り当てられている。バイデン政権の外交政策の重要な柱である温暖化外交のトップにある一方、その活動内容については固く口を閉ざしており、野党共和党からの批判にさらされてきた。

コーマー議長は2月16日までにケリーオフィスの予算、人員リスト、肩書、給与、ケリー氏の気候特使としての国内外出張の明細などを提出するよう求めている。ケリー氏は就任後から世界各地を回り、ハイレベル温暖化会議を含む気候外交に従事している。特に2021年には2度にわたって中国を訪問し、中国の60年カーボンニュートラル目標や30年ピークアウト目標の前倒しを働きかけたが、中国はこれを拒否している。

コーマー委員長はケリー氏が中国との気候交渉を推進する一方で、中国の人権侵害に対して弱腰であることも強く批判している。ケリー氏は21年11月に中国製のソーラーパネル製造における奴隷労働問題について「その点については承知しているが、自分の職務は気候特使であり、気候アジェンダを前に進めることだ」と発言し、共和党から批判を浴びている。

もともとケリー氏には気候変動問題を重視するあまり、米国にとって重要な他の戦略目的を犠牲にするのではないかとの懸念が民主党系のブルッキングス研究所からも出されていた。下院で共和党が多数をとったことにより、バイデン政権のエネルギー温暖化政策に対してブレーキをかける動きが顕在化してくることが予想される。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)