【インタビュー】上坂 充/原子力委員会委員長
うえさか・みつる 1985年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。2005年同大学院工学系研究科原子力専攻教授。20年12月から現職。
原子力利用について「羅針盤」の役割を果たす「基本的な考え方」の策定を行っている。
エネルギー安定供給、温暖化防止などの観点から原子力発電の重要性を明記する考えだ。
―原子力委員会が5年ごとに行っている「原子力利用に関する基本的考え方」の策定が今年、行われます。現在、各分野の専門家などからヒアリングを行っている。5年前と比べてエネルギーを巡る国内外の情勢は大きく変化しています。どういう点に留意していますか。
上坂 ウクライナ侵攻により世界規模でエネルギー危機が深刻化し、日本でも電力需給のひっ迫、料金値上げなどが起きています。一方、豪雨などの異常気象が頻繁に起こるようになり、地球温暖化問題への対策も急ぐ必要があります。当然、そういった状況を踏まえて、原子力の果たす役割について議論を深めていきます。
エネルギー以外の分野での利用にも留意しています。原子力は医療、工業、農業の分野でも重要な役割を果たしています。福島第一原子力発電所の事故で国民の原子力に対する信頼は大きく損なわれました。そういった非エネルギー分野で果たしている役割を示すことは、国民の信頼回復にもつながると考えています。
―8月24日のGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議において、岸田文雄首相は安全性の確保を大前提に、①原子炉設置変更許可を取得した原発の再稼働、②運転期間の延長など既設原発の最大限の活用、③次世代革新炉の開発・建設―などについて年末に結論が出るよう検討を加速するよう指示しました。
指示を受けて経済産業省の総合資源エネルギー調査会原子力小委員会で具体的な方策について検討が進んでいます。
最大限の活用・運転期間延長は重要 利用と規制それぞれに進言
上坂 8月のGX実行会議での議論については、9月13日の原子力委員会の会合で資源エネルギー庁から報告を受けました。その場で、エネルギーの安定供給、カーボンニュートラルの観点から、既設の原子力発電所の最大限の活用、また運転期間の延長などは重要であると申し上げました。
しかし、安全性の確保が大前提であることから、原子力の利用と安全規制の側がそれぞれの立場で今後の在り方を検討することも重要であると申し上げています。資源エネルギー庁は原子力利用の立場、原子力規制委員会、原子力規制庁は安全規制の立場でそれぞれ検討していただきたい。
資源エネルギー庁には、検討した結果を委員会に報告するよう求めています。また、原子力規制委員会とは意見交換の場を持ちます。原子力政策を進めるのに当たり、原子力発電の効率的な利用と安全性の確保は、両立させる「解」を見出さなければなりません。原子力委員会は俯瞰的、中立的な立場から発言ができますから、解を見出すのに調整の役割が果たせると思っています。
―資源エネルギー庁が検討結果をGX実行会議に報告し了承されるのと、原子力委員会の基本的考え方の委員会決定はどちらが先になりますか。
上坂 資源エネルギー庁の検討結果の報告を受けてGX実行会議では決定などがなされると思いますが、当然、原子力委員会の基本的考え方を策定する中での検討、もしくは委員会での取りまとめの結果も踏まえていただけるものと考えています。
GX実行会議は年内に方向性を決めると聞いています。基本的な考え方もそれに合わせて、年内に取りまとめを行おうと考えています。しかし、どちらが先になるかは決まっていません。
基本法での役割を重く認識 エネ庁の検討結果に意見も
―原子力利用の在り方は、本来は原子力委員会がリードして行うべきものではないですか。
上坂 現行法の中では、エネルギー基本計画の策定など、原子力を含めてエネルギーの利用などは経産省が検討することになっています。そういう役割分担はありますが、原子力基本法で示されている役割も重く認識しています。
ですから、資源エネルギー庁での検討結果をうのみにする気はありません。意見は申し上げます。原子力委員会の重大な使命は原子力の利用について俯瞰的視点から中立的な立場で議論を行い、意見を述べ必要なことを決定することです。資源エネルギー庁がカバーできない点を指摘していくことは、われわれの役割です。
―具体的には。
上坂 東京電力柏崎刈羽発電所で、所員がIDを不正に使用するなどセキュリティーの面で不祥事が起きています。福島第一原子力発電所の事故から11年がたち、安全文化はかなり醸成されたと思っています。しかし、そういった不祥事が起こり、またロシアのウクライナ侵攻を見て分かるように、海外からのサイバー攻撃などの心配も出ています。
原子力委員会には外務省出身の佐野利男委員がいます。原子力セキュリティーには国際的な取り決めがあり、国際原子力機関(IAEA)などの勧告があって、各国が規制を行います。それらについては佐野委員が国内の動向をチェックしています。
非エネルギーの分野で原子力利用は約4・5兆円の規模の産業になっています。その軸になるのは診断・治療薬など薬剤の開発です。これはエネルギー基本計画を超えた分野であり、原子力委員会が中心になり進めるべきことです。
―基本的な考え方で、原子力発電についてはどういう記載になりますか。
上坂 わが国は50年カーボンニュートラルを目指しますし、同時に豊かな生活も守らなければなりません。そのためには、まずエネルギー基本計画にある30年のエネルギーミックスを堅持することが大切であり、50年を考えた場合は、安全の確保は大前提ですが、運転期間延長、革新型炉などの新増設・リプレースの検討が必要なことは明白だと思います。基本的な考え方の中では、今後の原子力発電の在り方について具体的な内容は記載しませんが、エネルギー安定供給の中での重要性は明記する考えです。
聞き手:佐野 鋭