【地域エネルギー最前線】 滋賀県米原市
世界情勢が激変する中、日本のエネルギー、食料自給率の低さという弱点が改めて突き付けられた。
「脱炭素先行地域」に選ばれた米原市は、農村モデルの脱炭素化という時宜にかなった事業に挑む。
かつて日本のTPP(環太平洋連携協定)参加を巡り、国内農業のさらなる衰退を危惧する声に対し、「関税を下げ安い農産品を輸入してくれば問題はない」といった声が一部政治家からも上がった。しかし今はそうした地合いではなくなった。ロシアのウクライナへの軍事侵攻が浮き彫りにした、日本のエネルギーと農業の自給率の低さ、そして安定調達リスクという課題に真剣に向き合うことが求められている。
環境省が4月に発表した「脱炭素先行地域」第一弾では、こうした課題解決の糸口となり得るモデルが選ばれた。農山村の脱炭素と地域活性化を目指す滋賀県米原市の「ECO VILLAGE構想」だ。
先行地域は、2030年度までに民生部門の電力消費のCO2排出実質ゼロに挑む。事業実施期間は5年程度。再生可能エネルギー設備や基盤インフラなどの整備に対し、原則交付率3分の2の助成金で手厚く支援する。
同省はその選定に当たり、脱炭素化だけでなく、地域の課題解決にどう資するかというストーリーを重視した。米原の場合、農山村の人口減・少子高齢化、それに伴う耕作放棄地の拡大、防災対策、系統電力購入に伴う資金の域外流出といった地域課題に対し、農地で太陽光発電しつつパネル下で営農を継続するソーラーシェアリングを柱に脱炭素化を目指す、といった絵姿を描いた。これが他地域のモデルになり得るとして、先行地域に選定された。県とヤンマーホールディングス(HD)と共同で取り組む。
「ECO VILLAGE構想」での取り組みイメージ図
営農型発電を柱に課題解決 再エネで4地点を地産地消
市役所のそばにヤンマー中央研究所が立地することもあり、先行地域に応募する前の21年初頭から両者でカーボンニュートラル(CN)に向けた検討に着手。先行地域の詳細が公表された後は、要件に沿って応募に向け計画を煮詰めた。「市では『気候非常事態宣言』を目指しているが、そのための財源確保が大きな課題だったことから、先行地域を目指した。さらに市では耕作放棄地でのソーラーシェアリングの拡大が課題であり、5年という期間も踏まえて実現可能な計画をヤンマーと組み立てた」(同市自治環境課)。
耕作放棄地での営農型発電については、本来の目的である農業生産を主とした使途ではなく、農業的な優先度は低い。しかし、CNに向け地域外から再エネ電気を調達するより、地域内で農地を再エネ発電に活用することを選択した。
民生部門の脱炭素化については、家庭の需要は含めず、市庁舎1棟、県工業技術センター3棟、ヤンマー中央研究所7棟、民間施設2棟の4地点を対象とする。各地点の駐車場や屋根に、計3000kW程度の太陽光発電を新設。敷地内に自営線を設置して自家消費する。
そして柏原地区の2〜4ha程度の耕作放棄地ではソーラーシェアリングを行う。農地法に基づく一時転用で1600kW程度の太陽光パネルを設置、周辺にはそれに相当する大型蓄電池やパワーコンディショナーを整備する。
ガス空調やガスコージェネレーションなどによるエネルギーサービスを手掛けてきたヤンマーエネルギーシステムが、今回は脱炭素型でのエネルギー管理を担う。同社と各需要家との間でPPA(電力販売契約)を締結し、自家消費に加え、耕作放棄地から系統を通じて4地点に電力を供給する。4地点の電力需要は年間920万kW時程度。積雪地の太陽光の標準稼働率で見て、これらの設備で需要の100%超を賄える計算だ。地域のレジリエンス(強靭性)確保と耕作放棄地の解消という一挙両得を狙う。
最先端ハウスで雇用創出 横展開に向け課題洗い出し
農林水産省がソーラーシェアリングを推進して久しく、導入事例は徐々に増えているものの、全国での19年度までの導入面積は742ha程度。全国の耕地面積(同年度439万7000ha)からすると、まだまだ一般的な取り組みとは言えない。市内でも3件のみで、その背景としては「農地所有者からすれば農地に太陽光を設置する明確な意義が見いだせない。一方、太陽光発電事業者にとっても、農地を一時転用してまで農業を積極的に行う理由が乏しい」(同)。そもそもの担い手が見つかりにくい事情がある。
その点、今回はヤンマーHDのグループ会社がソーラーシェアリングでの農業生産を担う。農業もエネルギー事業も包含するヤンマーHDとの連携で、課題の第一関門をクリアすることができた。
今回、AIやIoTで環境を自動制御する環境配慮型栽培ハウスを導入。農業の低炭素化を進めつつ、地域の女性や若者の雇用を創出し、さらに障がい者らに農業への従事を促す「農福連携」も図っていく。
市は「先行地域に選ばれ、脱炭素化と最先端農業に挑戦する機会を得た。横展開に向けてソーラーシェアリングなどの課題を洗い出していく。農地が農産物だけでなくエネルギーも生産する場を目指し、新しい農村モデルを確立したい」(同)と強調する。ただ、ヤンマーとの連携はスケールメリットを生かして雇用創出を図る大企業モデルだ。「大企業モデルの課題洗い出しも大事だが、市民・小規模農家レベルの課題は違うところにあるだろう。そうしたモデルに今回の成果を落とし込むことも検討していきたい」(同)と続ける。
歯止めがかからない農業離れは長年の深刻な課題で、脱炭素化も一朝一夕には進まない。だが、両者とも日本にとって重要な課題であるだけに、今回の実証が有意義な成果を示すことに期待したい。