【コラム/8月9日】コーポレートガバナンス考える~政府関与の意味、依然分からず


飯倉 穣/エコノミスト

1,バブル崩壊後ゼロ成長に近い状況が続く中、成長を求める政・官・学による様々な安易な案が浮かび消えた。企業不祥事や企業活力に絡んで米国流企業統治(コーポレートガバナンス)が喧伝された。投資家重視、取締役会の監督強化、社外取締役の活用や経営陣の第三者的委員会による指名等である。そして会社法改正や証券市場主導のコーポレートガバナンス・コード策定が進む。

それらがなぜ経済成長に結実するか腑に落ちない中、報道があった。「「投資家を社外取に」に提言 経産省、市場との相互理解を促す 金融知識持つ取締役 米英の1/3」(日経22年7月12日)。毎年のように見直しが継続し、企業サイドも疲れ気味である。改めてコーポレートガバナンスとそのコード等を考える。 

2, 90年代企業不祥事やリストラに直面し、コーポレートガバナンスの問題が浮上した。業務執行と監督で取締役会の在り方が問われた。メインバンクシステムの過大評価を背景に銀行に代わるチェック機能が必要とされた。民の活動として日本コーポレートガバナンスフォーラム開催(94年)、経済団体等の提言(日経連(現:日本経団連)『日本企業のコーポレート・ガバナンス改革(98年)』)、日本取締役協会設立(02年)もあった。それらの主張も契機に、02年改正商法で社外取締役制度が明記される。

東京証券取引所は「上場会社コーポレートガバナンス原則」(04年)で、企業価値を高める企業活動の枠組み=企業統治(動機付け、監視)を提示する。①株主の権利、②株主の平等性、③コーポレートガバナンスにおけるステークホルダーとの関係、④情報開示と透明性、⑤取締役会・監査役(会)の役割を述べる。これらは各企業の取り組みで十分である。「どうぞご自由に」であろう。

3,それが国家政策の柱に取り上げられ、企業統治の枠組みに政府関与が強まる。端緒は、アベノミクスの成長戦略である。「日本再興戦略」(13年6月14日)は、成長戦略を打ち出し、「成長への道筋」に沿った主要施策例で、民間の力を最大限引き出すとして、コーポレートガバナンスの見直しをあげた。具体的には、会社法を改正し、外部の視点から、社内のしがらみや利害関係に縛られず監督できる社外取締役の導入を促進する。第二に機関投資家が、対話を通じて企業の中長期的な成長を促すなど、受託者責任を果たすための原則(日本版スチュワードシップコード)を取り纏める等である。

金融庁は、スチュワードシップ・コード(14年2月策定、17年5月改訂、20年3月改訂)とコーポレートガバナンスコード(2015年策定、18年6月改訂、21年6月再改訂)を提示した。

そして推進者の経産省は、コーポレート・ガバナンス・システム研究会(CGS研究会)でコーポレートガバナンスコードを補完するコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)を検討し、CGSガイドライン(17年策定、18年改訂)を示す。

コーポレートガバナンスの重要性を強調し、取締役会の経営機能・監督機能の強化、社外取締役の重視、役員人事の客観性とシステム化、CEOのリーダーシップ強化、指名・報酬の在り方を検討する。そして市場からの評価や投資家との対話を通じて経営を改善することを目論む。投資家代表の出現となる。今回実務指針(22年7月)は選出の留意点を示す。

4,コーポレートガバナンスコード(東京証券取引所)を拝見すると、副題に「会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために」とある。基本原則は5つである。①株主の権利・平等性確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話である。

基本原則は、株主重視(受託責任・説明責任・企業価値向上・対話)をうたう。そしてステークホルダーは配慮の対象となる。資本と経営の分離は消え、雇用を第一と考える理念も後退している。且つ安定経営に必要な持ち合い等の縮減を求める。全体的に株主というか投資家重視かつ証券市場の利益維持・拡大目的と見受ける。

5,コーポレートガバナンスの成果の評価項目は、世界競争力ランキング、世界の時価総額上位100社企業の構成、世界の企業の時価総額ランキングである(経産省CGS研究会資料)。いずれも低迷である。そして社外取締役の選任状況、指名委員会・報酬委員会の設置状況、独立社外役員比率、経営者報酬変化、営業利益と設備・研究開発投資比率、実質賃金推移、企業業績(営業利益率)国際比較等々を紹介する。各項目を一覧すると、コーポレートガバナンス・コードの実践・制定で企業成長可能と思えない。経営側の負担増加が目立つ。

6,企業とは何か。通常の理解では、目的は利益追求、手段は経営資源の有効活用、理念は自己否定であろう。加えて民間企業は、社会的存在としての役割がある。雇用の維持・拡大である。そう考えるものには、経済成長や証券市場と関連付けたコーポレートガバナンス・コードに違和感を覚える。企業は、法令・会計規則に違反してはいけないが、それ以外は、社会的存在を意識しつつ、利益追求の自由な活動が当然である。

コーポレートガバナンスは、抑も民間企業が、法令の下で自主的に考えていくべきものである。箸の上げ下げ指導という感覚で、政府が関与するものでない。あくまで民間の自由な発想で考えて実行すべきである。投資家は、それを評価して投資の適否を判断するだけである。投資家への阿りは不要である。ゼロサムゲームの金融という虚業と実業の峻別こそ大事である。且つ民間企業は、国営企業ではない。政府主導のコーポレートガバナンス押付けは、不要である。

7,繰り言になるが、企業統治は、基本的に企業経営問題で、社内外で議論を尽くして、それぞれの会社が最適解を選択していくことで十分である。「頑張ってください」で済む話である。 雇用の視点から見れば、投資家の願望や欲望より、まず働く人を考えた企業経営であるべきである。新しい資本主義が雇用重視なら、官製コード棚上げが妥当である。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

勝俣氏らに13兆円を命令 福島事故で賠償責任認める


東京地方裁判所が福島第一原発事故で東京電力旧経営陣の責任を認める判決を下した。地裁は7月13日、勝俣恒久元会長らに賠償を求めた株主代表訴訟で、勝俣氏ら4人に13兆3210億円を支払うよう命じた。

福島事故を巡る訴訟では、既に刑事裁判の一審で勝俣氏らに無罪判決が出ている。だが今回、刑事裁判でも焦点になった国の地震予測の「長期評価」と東電子会社による最大15.7mの津波予測について、信頼性があったと判断。主な機器を水密化して浸水対策をすれば事故は防げたと指摘した。

一方、住民らが国と東電を相手に賠償を求めた4件の集団訴訟で、最高裁判所は長期評価や津波予測を基に国が東電に防潮堤を設けるなどの措置を取らせたとしても、事故は防止できなかったとの判断を示している。ある法律家は水密化について、「福島事故の前に、国が事業者に最低限の措置として自主的に講ずべき対策と認めるには過度な要求」と話す。

今回の判決は上訴審で覆される可能性が高い。だが一人当たり3兆円を超す賠償責任は、それまで4人の肩に重くのしかかる。

車部品産業支える中小企業 脱炭素で迫られる意識改革


【業界紙の目】穐田晴久/交通毎日新聞 編集局記者

日本のモノづくりを長らく支えてきた自動車部品産業。脱炭素化という大きな試練に直面している。

中小企業が多いという特徴を踏まえ、業界一丸となり事業再構築を進めるためのカギは何か。

 「2050年カーボンニュートラル(CN)」の実現に向け、全産業がさまざまな取り組みを進めている。とりわけわが国におけるCO2排出量の2割近くを運輸部門が占めていることから、脱炭素化に向けた早急な対応が迫られているのが自動車産業界だ。「CASE」(コネクテッド・自動運転・シェアリング・電動化)と呼ばれる100年に一度の大きな変革の渦中にある自動車産業は、CN化という新たな試練に立ち向かうことになり、CNをキーワードにした動きが活発化してきた。

電動化社会に向け施策展開 経営者の本音と温度差も

日本最大の自動車技術展で知られる「人とくるまのテクノロジー展」。横浜市で5月25~27日に開催された今年の展示会では、CNに関連した新技術や製品などを出展した企業が目立ったほか、主催者の自動車技術会が「新たな脱炭素技術が照らすCNへの道」をテーマにした企画展を開催。世界最高水準の高効率太陽電池パネルを搭載したEⅤの実証車両を展示するなどして話題を集めたのは記憶に新しい。

クルマのCN化を実現する上で最大のテーマとされているのは、電動化社会の構築だ。そのための取り組みとして経済産業省では「電動車の導入加速」「充電・充てんインフラ整備」「蓄電池産業の育成」「サプライヤー等の構造転換支援」を施策の4本柱に掲げている。

その中で特に注目したいのが、自動車部品を中心としたサプライヤーの支援をどう進めるのかという問題だ。

自動車部品産業の最大の特徴は中小企業が多いことと、取り扱う部品の種類が多いことだ。日本自動車部品工業会(部工会)によると、わが国の自動車部品産業では「従業員300人未満」の中小規模の企業が事業所数の9割以上を占め、雇用4割を創出し、製造品出荷額2割以上を占めている。

部品は「エンジン」「駆動・足回り」「車体・外装」「内装」などの部門で多岐にわたっている。このうちエンジン部品やエンジン関係の電装品・電子部品、駆動・伝導・操縦装置部品など内燃機関に関連した部品が、自動車の電動化に移行した場合に影響が大きい領域として指摘されている。CNに向け電動化に対応した事業転換をいかに進められるかが大きな課題と言える。

「テクノロジー展」でのCN対応自動車部品

ある金融機関が今年7月に実施した「中小企業のCNに関する意識調査」によると、CNの流れの中で中小企業の多くは自社の経営に何らかの影響があると感じつつも、具体的な方策については検討が及んでいない状況であることが分かった。

複数の中小部品メーカーの経営者らにCNへの対応を聞いてみると「CNの必要性は理解するが、何から手を付けていいのか分からない」「試作品を作りたいが専門的な技術もないし、投資資金も足りない」などと悩みを打ち明けた。中には「まだまだ先の話だからそんなに慌てることはないよ」と話す経営者もいて、対応の難しさをまざまざと見せつけられた。

経産省ではCNに向けた中小企業支援として、「相談」「設備投資」「事業再構築」「研究開発」など企業のニーズに対応した支援メニューを取りそろえている。その中で22年度の新規事業として「CNに向けた自動車部品サプライヤー事業転換支援事業」(当初予算額4・1億円)を打ち出した。

この事業は、自動車のライフサイクル全体でのCN化や、35年までに乗用車の新車販売で電動車100%を目指すという政府の政策実現のため、大きな影響を受ける中堅・中小企業のサプライヤーの事業再構築を支援するのが目的。

特にバッテリー式電気自動車(BEV)で不要になる部品を製造するサプライヤーの電動車部品製造への挑戦や、軽量化技術をはじめ電動化による車両の変化に伴う技術適応などについて専門家を派遣するといったことで、サプライヤーの事業再構築などを支援するという。事業期間は26年度までの5年間で、初年度は約1000社の支援を目指している。

先駆的取り組みはごく一部 業界一丸での推進のカギは

一方、部工会もCNの推進を22年度の重点施策の一つに掲げている。その実現に向けて「国際競争力の強化」「サプライチェーンのものづくり力維持」「国内の生産・雇用確保」の観点を重視し、会員企業の課題・ニーズの把握や政府への各種要請などの活動を加速させたいとしている。

世界最大手の自動車部品メーカーのボッシュが、日本を含め全世界400超の拠点で自社事業所のCN化を20年春に達成。またデンソーグループでは35年に工場の完全CN化を目指し、取り組みを進めている。自動車部品産業界ではこうした先駆的な取り組み事例はあるものの、中小メーカーによるCN化はまだまだ先の話だ。

岸田文雄首相が6月17日、愛知県豊田市のトヨタ自動車元町工場を視察し、日本自動車工業会会長の豊田章男・同社社長と、部工会会長の有馬浩二・デンソー社長らとCNに向けた取り組みなどについて意見交換した。その席上、有馬会長が「自動車部品産業界は多くの中小企業で構成し、これまで長きにわたって日本のモノづくりを支えてきた。部品業界一丸となってCNに取り組んでいきたい」と抱負を述べた。

部品業界一丸となってのCN化は実現できるのか。そのカギを握っているのは中小企業であり、中小企業がCN対応にいかに取り組むかによってその方向性が見えてくる。

そのためにも、中小企業のCN化に向けてのニーズをしっかり把握し、課題を洗い出し対策を推進することが重要なポイントだ。対策を進める上で政府や業界団体などの多様な支援も欠かせない。しかもその場限りではなく、長期間の継続した支援が求められる。

そして何より大切なのはCN化に向けた中小企業の意識改革。日本のモノづくりを支えてきた中小企業の「やる気」をCN実現に向け発揮できるかどうか注目したい。

〈交通毎日新聞社〉○1924年創刊○発行部数:週2回5万6000部○読者層:自動車・部品・タイヤメーカー、ディーラー、整備事業者など

【マーケット情報/8月5日】原油急落、石油需要の後退観測が台頭


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み急落。世界経済の冷え込みに懸念が強まるなか、石油需要が後退するとの観測が広がった。

米国のWTI先物原油価格は4日、バレル88.54ドルとなり、ロシアがウクライナに侵攻する前の2月2日以来、約半年ぶりの安値をつけた。

米国、欧州、中国で、景気の悪化を示唆する製造業指数が立て続けに発表されたことで、石油の消費は伸びないとの見方が台頭している。そうしたなか、英国のイングランド銀行が、同国のさらなる経済減速を予測。原油価格を一段と下押した。

米国では、ガソリン需要が、小売価格の下落にもかかわらず減少。一方、原油在庫は増加している。このことからも、原油の需給が弱いことが見て取れる。

OPECプラスは、9月の原油増産幅を日量10万バレルに留めることで合意。これによって、品薄感が広がったものの、価格を押し上げる材料にはならなかった。

【8月5日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=89.01ドル(前週比9.61ドル安)、ブレント先物(ICE)=94.92ドル(前週比15.09ドル安)、オマーン先物(DME)=94.37ドル(前週比10.59ドル安)、ドバイ現物(Argus)=93.07ドル(前週比13.17ドル安)

原発再稼働の機運高まる 岸田首相が審査見直し着手へ


【論説室の窓】宮崎 誠/読売新聞 論説委員

参院選を終え、政府・与党は原子力発電所の再稼働に向けた動きを強める見通しだ。

原子力規制委員会による安全審査の長期化が再稼働の障害となっており、是正を急ぐ。

 「原子力規制委員会において、過去の審査における主要論点の公表などによる事業者の予見性の向上、審査官の機動的配置などを着実に実施していく」

先進7カ国首脳会議(G7サミット)の閉幕後、ドイツ南部エルマウで6月28日に開かれた内外記者会見。岸田文雄首相は、原子力発電所の再稼働に向け、規制委の安全審査の迅速化に取り組む方針を示した。

国政選挙の最中に、自民党総裁でもある首相が大型外遊に出るのは異例だ。記者会見は、有権者に「外交の岸田」をアピールする場だったが、首相はあえて規制委の在り方に言及してみせた。

首相が日本を飛び立った6月26日、政府は、東京電力管内で電力需給ひっ迫注意報を初めて発令している。6月としては記録的な暑さに見舞われ、国民の間に電力不足への不満が増幅する中、首相として何を発信するのか。下手なことを言えば参院選の結果にも響きかねない。首相が出した答えは、規制委の在り方に関する具体的な見直し策だった。

規制委は2012年9月、環境省の外局として誕生した。原子力を推進する経済産業省の下に置かれた原子力安全・保安院が、東京電力福島第一原発事故を防げなかった反省を踏まえ、人事や予算を独自の判断で執行できる「3条委員会」として、高い独立性を確保している。

しかも、東日本大震災後、原発アレルギーが強まった国民の間には、規制委を「正義の味方」と見なすムードさえある。規制委に口を出すことは、政治的に大きなリスクを伴う。

それでも、首相が規制委の在り方に一歩踏み込んだ発言をした背景について、政府関係者は「誰が規制委に『鈴』を付けるのか。首相以外にはできない」と解説する。

G7終了後、記者会見に応じる岸田首相
出所:首相官邸ウェブサイトより

原子力規制庁の人員拡大 安全審査の迅速化が必要

規制委による安全審査の長期化が、原発の再稼働が進まない要因となっていることは明らかだ。

電力各社が新規制基準に基づく安全審査を申請した16原発27基のうち、審査に合格して、一度でも再稼働にこぎ着けることができたのは6原発10基。合格してもテロ対策施設の設置や安全対策工事が間に合っていないといった、さまざまな事情で再稼働できていない原発は7基に上る。

残り10基は審査が長引いており、稼働の見通しは立っていない。例えば、北海道電力泊原発の安全審査は9年にも及んでいる。

長年、規制委の強すぎる独立性を危ぶむ声はくすぶり続けていた。問題点は明らかなのに、政治的なリスクを恐れ、歴代内閣は懸案の先送りを重ねてきたと言える。

しかし、潮目は変わってきた。石油、ガスなどのエネルギー価格の高騰や電力需給のひっ迫を受け、停止中の原発の再稼働を急ぐよう求める声が国民の間で強まっており、長年の課題に取り組む「好機」を迎えている。

参院選を終え岸田政権は、規制委の在り方について、見直しを急ぐ構えだ。自民党の「原子力規制に関する特別委員会」は5月16日、規制委に対し、安全審査の効率化を促す提言を首相に手渡しており、党のバックアップも期待できる。

今後の検討では、原子力規制庁の増員が俎上に上がるとみられる。規制庁の発足時の定数は473人。14年に「原子力安全基盤機構」を統合するなどして、現在は約1000人まで増員した。それでも米原子力規制委員会の約4000人に比べると少ない。

審査会合では、規制委が求めた資料とは異なる資料を電力会社が提出して、出し直しとなるケースも多く、改善が急務だ。

規制委の更田豊志委員長は5月18日の記者会見で、「審査の効率化は規制当局にとっても良いことなので、できるだけ努力していきたい」と述べており、政府に協力する姿勢を見せている。

再稼働には信頼回復が不可欠 東電は企業体質の改革を

参院選が終わり、首相が自ら解散・総選挙を断行しなければ、25年の夏の参院選まで選挙がない。安定した政治基盤を得た岸田政権には、この「黄金の3年間」を使い、原発の活用を定着させていくことが求められている。

安定した電力供給は、国の産業競争力に直結する。05~16年の平均年間停電時間は、英国やフランスは70分程度、米国は100分超だったのに対し、日本は、東日本大震災の影響があった11年を除けば20分程度と少なかった。停電を招かないように節電を常に意識しながら、操業しなければならない状況が常態化すれば、日本経済は停滞を余儀なくされる。

ロシアのウクライナ侵攻によって顕在化したエネルギー安全保障上のリスクを軽減するためにも、原発の再稼働は必要だ。欧米では、原発を再評価する動きが加速している。25年の「脱原発」を目指していたベルギーの連立与党は3月、25年までに閉鎖予定だった原発2基について、10年間の稼働延長で合意した。英国は30年までに最大で8基の原発を新設する方針を表明している。

岸田政権が今後、原発の再稼働を目指していく中で、大きなリスクとなるのは、電力会社が不祥事などで世論の信頼を失ってしまうことだ。

東電の柏崎刈羽原発では昨年春、社員が他人のIDカードで中央制御室に入ったことや、侵入を検知する複数の機器の故障が放置されていたことが判明した。東電は、柏崎刈羽原発が21年度以降、順次再稼働すると見込んでいたが、相次ぐ不祥事によって、その時期は全く見通せなくなった。東電は、自らの企業体質に踏み込んで、抜本的な改革に取り組み、信頼回復に努めなければならない。

東電のみならず、ほかの電力会社でも、原発に絡んだ大きな不祥事が再び起きれば、再稼働に向けた政府のシナリオは一気に崩壊する。現在の電力需給のひっ迫により、原発再稼働を容認する声が増えていることは確かだ。しかし、電力各社は原発に厳しい視線を向けている国民が少なくないことを忘れてはならない。

端境期の需給危機が再来 冬の電力不足回避策は


季節外れの猛暑が日本列島を襲った6月下旬、経済産業省は東京エリアに初の「電力需給ひっ迫注意報」を4日間にわたって発令した。供給力の積み増しや需要側の節電協力により大規模停電は免れたものの、3月22日の東日本エリアを対象とするひっ迫警報に続き、こうした端境期に需給危機が生じるケースが増えている。

火力のトラブルが大規模停電の引き金にも

7月に入ってからは比較的過ごしやすい天候が続き、高需要期に向けて補修停止中だった火力発電が稼働したこともあり、安定した需給状況が続いている。それでもこの夏は、10年に1度の猛暑を想定した場合の予備率が安定供給に最低限必要な3%ギリギリの見通し。経産省は7年ぶりに全国的な節電要請を行い、9月末までの間、無理のない範囲での節電協力を呼び掛けている。

より需給が厳しくなるのは冬。岸田文雄首相が言及した原発9基の稼働は、多くは冬の供給力に織り込み済みで予備率改善には寄与しない上に、ロシア・サハリン2からのLNG調達懸念が高まり、老朽火力の追加稼働やLNGの代替調達先の確保は急務だ。需要側では節電や節ガス要請の検討が進むが、生活や経済活動に甚大な影響を与えかねない対策は、あくまでも最終手段でなければならない。

【覆面ホンネ座談会】経産・環境両省の人事を読む 新体制で協調路線へ転換も


テーマ:経産省・環境省の幹部人事

 ロシア・ウクライナ問題、エネルギー価格急騰、電力需給ひっ迫と、今まで以上にエネルギー・環境政策を巡る情勢が危機的な状況だ。経済産業省、環境省は7月からの新たな布陣で、この難局をどう突破しようとするのか。

〈出席者〉A経済産業省OB Bマスコミ Cエネルギー業界関係者 

―今回のテーマは毎年恒例の霞が関人事。まずはトップが交代した環境省人事の感想から。次官が財務省出身の中井徳太郎氏から、環境省プロパーの和田篤也氏に交代した。

A 今回は環境省プロパーと財務省により、水面下で調整が行われたといわれている。防衛省次官の留任を巡り、官邸が任期2年の慣例を理由に交代させたと話題になった。次官を2年務めた中井氏もその余波を受けたという声もあるが、そうではない。組織で仕事をする財務省が、鑓水洋官房長(1987年大蔵省)を確実に次官にするために話をつけた。和田氏も任期は1年と覚悟している。

中井氏留任か交代か 水面下で調整難航

B 中井氏が退任するか否かで最後までもつれていた。1年前から中井氏本人が留任に強くこだわり始め、環境省内やOB、永田町を含め、周辺が翻意させようと強く働きかけてきた。昨年末ごろには、中井氏もいったん納得したかに見えたが、諦めきれずに山口壮環境相に働きかけ、留任工作をしてきた。省内では春ごろに「中井氏続投」とのうわさも立ったくらいだ。中井氏は官邸に直談判までしたが、結局はノーを突き付けられた。

C 中井氏が財務省、山口環境相が外務省役人時代に仕事での関係もあり、そのときからのつながりがあるとのことだ。中井氏はカーボンプライシング(CP)、特に炭素税という「戦勝記念碑」を建てないうちは退任できない、との思いが強かったと聞く。

―では後任に和田氏という人事はすんなり決まったのだろうか。

B それもひと悶着あった。和田氏は技官で88年環境庁入庁。一方、鑓水氏は年次が和田氏より上だが、和田氏の方が年上だ。慣例では年次で考えて鑓水氏となるが、それでは和田氏が次官になる際に定年延長が必要になるし、2年連続次官が財務省出身という点も引っ掛かる。結局は中井氏が和田氏を後任に指名し、決着した。

C 「鑓水氏は財務省から来て今のポストでまだ1年。さすがに次官は早い」との判断もあったようだ。ただ、鑓水氏が控える中、和田氏の任期が1年となってしまうのであれば残念なこと。和田氏が地球環境審議官を経て次官、というルートもあり得たが、Bさんの指摘通り60歳を超えての次官就任が懸念された。実力派で知られた森本英香元環境次官も、再度定年延長しての3年目は選択しなかった。また修士で88年入庁の和田氏は、民間では86年入社扱いだが、霞が関では異なる。修士が多い技官が次官になり得る環境省などでは、今後も年齢問題が出るだろう。

環境省の事務官不足 今後に続く問題に

B ただ、元をただせば中井氏の前任・鎌形浩史氏がわずか1年で退任を申し出たことで歯車が狂った。鎌形氏が2年勤め上げていれば、鑓水氏を財務省から呼び寄せる必要もなく、ここまでこじれはしなかった。本当の問題は和田氏、鑓水氏の後だ。オーソドックスに考えれば今回総合環境政策統括官に就いた上田康治氏(89年環境庁)だが「上に立つタイプではない」といった評判だ。

A 今回の人事は、上田氏を後々次官にするためのメッセージだとも言える。だが、和田氏も上田氏を指名しているものの、やや不安を感じてもいると聞く。

B 対抗馬の松澤裕地球環境局長(89年厚生省)も技官だし、白石隆夫地域脱炭素推進審議官(90年大蔵省)はまだ局長でもない。環境省の適齢期の事務官が相次いで審議官までで辞めてしまい、穴あき状態がしばらく続く。他省庁から呼び寄せても、財務出身者ばかりでは経産省が「環境省は炭素税一般財源派か」と警戒する。

―その点、和田次官体制は経産省にとってはウェルカムだろう。

A 和田氏には環境省プロパーの代表として、後に残るような足跡を築いてほしい。意外としたたかに動くのではないか。他方、中井氏はわが道を行くタイプ。省内であまり頼れる人がいなかったのか、周りが止めたにもかかわらず小泉進次郎前環境相に入れ込み過ぎた。

C 小泉氏とタッグを組んで炭素税で実績を残そうとの思いが、結果的に裏目に出た。

B 和田氏のことは官邸も評価しているようだ。小泉大臣時代、和田氏とともに水面下で事態を収めてきた秦康之氏(90年厚生省)が水・大気環境局長に、西村治彦氏(94年環境庁)が総合政策課長に就いた。今後は経産省との協調路線が強固になったと言える。

C 日下部聡元資源エネルギー庁長官との良好な関係を築いた森本元次官、そして和田氏の意思を継ぐのが、秦、西村両氏。ただ、年次が空いている点がやはり気掛かりだ。

A いずれにせよ、今は環境省が原理主義から融和型に脱皮する過渡期。環境省プロパーを大事にしつつ、3年後には環境省の庁舎が経産省の隣に移転することだし、経産省とはより綿密に調整して現実路線に進んでほしい。経産省が間違えることもあり得るのだから、産業界にとっても環境省が強くなりバランスが取れるようになるのは良いことだ。

B その文脈で言えば、ほかの幹部人事でも、数少ない原理派の局長の芽をつぶしている。あとはレンジャー(自然保護官)を中心に原理主義者が多い自然環境局の改革が必要。ただ、これまでも試みたもののうまくゆかなかった。根気よく取り組むことが必要になる。

経産省は手堅い布陣 問題山積の分野は経験者そろえる

―対して経産省は多田明弘次官(86年)、保坂伸エネ庁長官(87年)が留任。ほかの幹部は局長級の入れ替えであまり動かなかった印象だ。

A 今回の特徴は四つ。第一点は、次官の留任など予想通りの人事だった。二点目は、次官レースの行方だ。87年組ならば保坂氏。88年組なら飯田祐二経済産業政策局長か、藤木俊光官房長。どちらかはまだ分からないが、候補は絞られてきた。

 三点目は、エネルギーと通商政策の担当部署には経験者や技官を多く配置したこと。通常のように、各業界との癒着防止で1~2年で交代させることもなかった。飯田産政局長や小澤典明エネ庁次長、茂木正商務・サービス審議官らがそうだ。そして四点目が、これまでは「陽・動」の人が評価されてきたが、今回は守りの人材をそろえた点。ここ30年くらいでまず見られない布陣だ。

C あるOB評は「オーソドックス」。エネ庁長官を変えなかった。また片岡宏一郎前総括審議官を福島復興推進グループ長にしたあたりは、福島第一原発の処理水問題をどうにか解決したいとの意図も見える。他方、問題解決の途上にある資源・燃料部や電力・ガス事業部は部長以下の主要メンバーは変えていない。

 そのほか経済安全保障通の飯田陽一氏が内閣官房の経済安保担当部署に、前産業技術環境局長の奈須野太氏が内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官に就任し、それぞれ納まるところに納まった感じだ。

経産省はエネルギー問題やGX対応などで手堅い布陣に(7月5日のGX実行対策本部)

「Eメタン」が本格始動 東ガスは実証設備を公開


「2030年に合成メタンを既存の導管に1%、50年に90%注入を目指す。制度設計による合成メタンの環境価値確立に向けて働きかけたい」。7月15日、日本ガス協会の本荘武宏会長は定例記者会見で、大手都市ガス会社が取り組むメタネーション戦略の展開について言及した。業界としては、「e-methane(Eメタン)」の呼称でまずは認知度を高めて、カーボンニュートラルを進める。

東京ガスが運用するメタネーション設備

最大の課題はコストだ。30年時点でさえ、目標とするLNG価格水準とは、2~3倍とも推定されるほどの大きな開きがある。打破するためには、大量の水素とCO2が不可欠で、合成メタンを生産する大型プラントも必須だ。

こうした大量生産化への第一歩となる設備を、東京ガスがマスコミ向けに公開した。生産能力は1時間当たり12・5㎥と小型だが、まずは実証を進めていく。同時に自社開発製セルスタック搭載の水電解装置、メタン生成時の発熱を有効活用する仕組みなどを取り入れてコスト低減する考えだ。

大阪ガスでも自社の研究設備でメタネーションの実証を加速させている。今後、Eメタンのネーミングが広く産業界に浸透していくのか。業界挙げての取り組みに要注目だ。

高精度な落雷分析の新システムを開発 点検の効率化や地域別雷害対策に寄与


【電力中央研究所】

毎回異なる様相を呈する落雷への対策には、落雷データの継続的な蓄積・分析が何より重要だ。

電力中央研究所は、高精度な落雷観測システムの構築を目指す。

 歴史的な早さでの梅雨明けを迎え、今年もまた雷の季節がやってきた。雷はなぜ発生し、どのように落ちるのか、いまだに解明されていないことが多い。その謎を解き明かす端緒をつかむべく、電力中央研究所は、新型落雷位置標定システム「LENTR(Lightning parameters Estimation Network for Total Risk Assessment:レントラー)」の実証を進行中だ。

LENTRAの研究開発がスタートしたのは、2019年度のこと。しかし、その構想が立ち上がったのは14年ごろだという。5年ほどの月日を費やして、シミュレーションを重ね、アルゴリズムを開発し、研究開発を進めてきた。現在は実証機の作製・設置や、実雷とのデータ比較などを行っている段階だ。

工藤氏とアンテナや観測用PCで構成されるLENTRA

精度向上とコスト減を実現 点検効率化に貢献

落雷観測の最大の意義は、長期にわたりデータを収集・蓄積することにある。雷はさまざまな気象条件が重なって発生するため、ひとつとして同じものはない。ゆえに、なるべく多くの事例を分析する必要がある。その分析結果は、主に雷害対策への活用が期待される。例えば地域別の傾向が分かれば、その地域の雷性状を考慮した合理的な設備設計が可能だ。また、新たな電力設備などの設置時に落雷の少ないエリアの選定もできる。

雷観測はこれまで、耳目によるものやカメラでの撮影、機器による電流計測、赤外線での宇宙からの観測などさまざまな方法で行われている。その中で、電力各社は落雷位置標定システムLLS(Lightning Location System)を各供給エリアに設置し、雷観測を行っている。このLLSに用いられているのは、電磁界観測という手法だ。

電磁界観測では、落雷に伴う電磁界を受信し、落雷位置の標定や雷撃電流の波高値の推定などを行う。落雷の電磁波を受信した三つ以上の観測地点の時間差をもとに距離を計算し、落雷地点を標定する。今回、電力中央研究所が開発した新型落雷位置標定システムのLENTRAもLLSの一種だ。

こうした課題の解決を目指したLENTRAは、落雷地点を標定する精度が格段に向上している。設置間隔を縮め、データ処理方法を改良することで、誤差を小さくすることに成功。従来のLLSの標定精度が数百m以上であるのに対し、LENTRAは約50m以下となった。また、従来のLLSでは測定できなかった電荷量の推定なども可能であるため、落雷の規模を推定し、雷の危険度を知ることができる。危険度が分かれば、落雷ごとに電力設備の点検が必要かどうかの判断材料となり、作業の効率化につながる。加えて、従来のLLSは海外生産のため、日本での雷の特性が織り込まれていないことがあるが、LENTRAは日本製かつ日本仕様であるため、日本での雷の特性を考慮した調整が可能だ。

LENTRAで全国規模の観測網を構築するメリット

しかし、従来のLLSは落雷点の標定精度の向上が課題であることに加え、雷のエネルギーである電荷量を計る機能を持たない。そのため、落雷による設備被害の把握や詳細な事後分析が難しい。

観測地点の間隔を縮めて精度が上がる一方、導入コストを抑えることも重要となる。従来のLLSの観測子局は設置間隔が約250kmであるのに対し、LENTRAは50‌km程度。LENTRAの導入には、従来のLLSの4~5倍の観測子局が必要となる。導入数が増えるとトータルコストも上がると考えられるが、一台数千万円ほどの従来のLLSの観測子局に比べ、LENTRAは5分の1程度の費用となる見込みだ。観測精度の向上とコストダウンという、一見相反する要求をクリアしているのがLENTRAの特長だ。

実証を通じて進む改良 全国大の観測網の構築

電力中央研究所は、夏季雷・冬季雷の観測を通して実証を進めている。夏季雷観測の実証は、東京スカイツリーの497m地点にロゴスキーコイルという電流を計測する機器を設置し、落雷の電流を計測、そのデータをLENTRAで推定したデータと照合し、「答え合わせ」を行うというもの。この「答え合わせ」により、落雷のパラメータ推定結果のさらなる精度向上に努めている。

落雷の電荷量推定結果は誤差約±20%と良好

冬季雷観測の実証は、石川県や富山県、新潟県などの雪深いエリアで実施予定だ。冬季雷エリアでの実証に向けて、積雪に耐え得る観測子局の改良や設置作業を容易にするための軽量化など、LENTRAはさらなる進化を遂げている。24年度のシステム完成以降も改良を続け、将来的には電力各社への導入を想定。各地で組み立て運用ができるよう、メンテナンスフリーやコストダウンを目指す。

電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部ファシリティ技術研究部門の工藤亜美氏は「日本各地にLENTRAを展開し、精度の良い落雷観測網を構築することで、全国大での新しい知見が得られると確信している。また、展開後も、電力会社様と協力しながらデータ分析の精度を高め、その活用先・活用方法を広げていく。耐雷設計に必要とされていたものの、従来は入手が難しかった情報を提供可能にすることで、今まで以上に雷との良い関係を作りたい」と意気込みを見せた。

【イニシャルニュース 】 調整能力に難あり? E課長巡る評判とは


 調整能力に難あり? E課長巡る評判とは

「経済産業省のH課といえば、産業の安全・安心の基準を巡って現場の実態を踏まえつつ、さまざまな業界との調整能力が求められる部署。混乱が起きなければいいのだが」

エネルギー業界関係者のX氏が、こう話すのは、7月の人事異動でH課の課長に就任したE氏についてだ。

1995年入省のE氏は、主にエネルギー畑を歩んできた。前職で手掛けた法改正では、長らく膠着状態にあった問題の解決に道筋を付けるなど、いわゆる〝やり手〟官僚の一人だといえる。一方、H課といえば、先の通常国会で可決された束ね法案に関する審議会資料に記載ミスがあったとして、審議が長期間中断。会期ギリギリで成立に至るという失態があった。

こうした経緯から、前任のS氏からE氏への交代は「H課のテコ入れの意味合いが大きい」というのが、表向き言われていることだ。しかし前出のX氏をはじめ、「本当にそうなのか」といぶかしむエネルギー関係者は多い。

というのも、「E氏は自分がやりたい方向へ、業界との調整なく突き進んでしまうタイプ」(大手エネルギー会社Y氏)。前出の法改正を巡っては、煮え湯を飲まされる形となる某業界に歩み寄る姿勢がなかったことなどから、別の官僚の仲立ちで何とか改正に持ち込めた経緯がある。

H課が所管するのは、これまでE氏と付き合いのあった行儀のよい業界ばかりではない。エネルギー関係者の心配が、取り越し苦労で終わるのが一番なのだが。

ロシア産ゼロが強みに 活気づくLPガス業界

ウクライナ戦争によるエネルギー危機を背景に、電力・都市ガス業界が原燃料費の高騰にあえぐ中、LPガス業界がにわかに活気づいている。「幸いなことに、LPガスの調達においてロシアは関係ない。それが、足元では大きな強みになっている」。LPガス元売り業界関係者のA氏は、こう話す。

業界団体の日本LPガス協会が作成した2021年度の国別輸入量推移を見ると、米国が66・7%と最も多く、次いでカナダ12・7%、豪州8・4%、クウェート5・1%、アブダビ2・8%、カタール2・1%、東ティモール1・9%、バーレーン0・5%となっている。

10年前の11年度は、カタール32・9%、アブダビ22・6%、サウジアラビア14・6%、クウェート12・5%といった順で、中東諸国が約87%を占めていたことを踏まえると、様変わりの様相だが、いずれにしてもロシアからは輸入していない。

「発電燃料、都市ガス原料であるLNGは、ロシア・サハリン産が1割弱を占めていることから、需給不安が取り沙汰されているが、LPガスについては問題だった中東依存も解消され、調達面での不安はない。輸入価格も、アジア地域の指標であるサウジアラビアのCPが5月分のトン850ドルをピークに、6月分750ドル、7月分725ドルと下落傾向で、円安の影響を除けば相対的に安定している状況にある。石油に比べてCO2排出量が少ないこともあり、トランジション期のエネルギーとしてはLNGよりも魅力的かもしれない」(前出A氏)

実際、業務用需要を中心に、都市ガスからLPガスに切り替える事例も増えつつあるそうだ。積年の課題である家庭向け末端価格の割高さが解消されれば、移行期の主力エネルギーの座を狙うこともあり得ない話ではないかも。

LPガスが主力エネルギーに?

「熱湯風呂」の経産省 他省庁の出向者は困惑

今年も人事の時期が過ぎ、霞が関の各省庁は新たな布陣でのスタートを切った。省庁間の人事交流も盛んに行われているが、出向者は役所ごとのカラーの違いに戸惑うことも少なくないという。

例えば経産省に出向経験がある某中央官庁の次官経験者S氏の場合。出身省庁からは「S氏は尖った人で、いけいけどんどんの経産省にもなじんでうまくやっていくだろう」とみられていた。

しかし実際に着任してみると「事前に聞いた話と違っておとなしい人という印象」(経産省関係者)。S氏本人も後日、「経産省は聞いていた以上にすごかった……」と周囲にもらしたという。

「経産省はいわば『熱湯風呂』。その弊害として、パワハラ気質の傾向も。経産省内ではごく普通の人だと思われていても、他の省庁に行くと『肉食系』に見られがちだ」(経産省OB)

現幹部の中にもこうした「肉食系」は少なくない。某氏は突破型人材で、政策アイデアは抜群。しかしマネジメント力には欠ける点がたまに傷との評判だ。「言葉遣いも丁寧とは言えず、審議会で委員とケンカすることもある。良くも悪くも昔かたぎの経産省の人だ」(同)

昭和、平成、令和になっても、他省庁との温度差は残り続けている。

経産省は「熱湯風呂」か

薄まる「安倍色」 エネ政策は足踏みか

安倍晋三元首相が7月8日に銃撃され亡くなった。それを背景に、自民党は10日の参議院選挙で大勝した。今後の政界の関心は人事に移るが、そこで岸田文雄首相は、「安倍色」を薄めるとの観測が出ている。その結果、エネルギー政策に影響が出るかもしれない。

岸田政権では発足時に、与党自民党幹事長に安倍氏に近いA議員(途中退任)、政調会長には同じく近いT議員が就任した。いずれも原子力発電の活用と経済安全保障を重視する。

さらに同党の原子力規制特別委員会の委員長にS議員、内閣府特命担当大臣にY議員が就任したが、彼らもA議員に近く、同じ考えを持っている。特にA議員、Y議員は経済政策への影響力が大きく、彼らには安倍氏の後押しがあった。安倍氏は首相退任後、積極的に原子力の活用を唱えていた。

ところが岸田首相は、最近は防衛省事務次官人事などで安倍氏と対立。さらに経済政策でも首相自身、補佐官K議員やS秘書官による「官邸主導」にシフトしたがっているとの観測があった。Y議員は選挙中に「野党の言うことを政府は聞かない」と失言し、「首相の不興を買った」(自民党関係者)という。

そうした中で、安倍氏の不幸が発生した。8月にかけて決まる党と政府の人事で、「露骨に安倍色を薄めることはないだろうが、安倍氏の不在で官邸と首相出身派閥の宏池会の力が強まりそう」(同)との見方がある。現在の布陣と違い、岸田首相の周辺には原子力活用や電力会社支援を唱える人が少ない。

そもそもS氏は経産省幹部として、原子力の規制政策の混乱を事実上放置した経緯もある。「官邸主導になれば、原発再稼働推進などのエネルギー政策は、ひっくり返ることはないが、足踏みするかも」(同)との懸念が出ている。

元首相死去で指導者不在 清和会の行方に暗雲

安倍元首相の突然の訃報で、自民党の最大派閥で同氏が会長を務めていた清和政策研究会(清和会)の行方が注目されている。

同派は当面、会長職を置かず、有力議員7人による集団指導体制を取る方針。その中からいずれリーダーをということだろうが、「大派閥を率いるような人物がいるか疑問」(政界事情通)という。

総裁選出馬の経験があるベテランのS・H氏は過去に言動が問題になったことがある。やはり総裁選に出馬したN・Y氏は「首相の資質があるか疑問がある」(K省関係者)と、かつて属していた古巣の評判も芳しくない。現政権の要職にいるM・H氏は知名度不足が否めない。

「最後は首相経験者のM・Y氏や前会長のH・H氏がH・K氏を軸に新会長を決めるだろう。しかし、誰が会長になっても、衆参合わせて90人以上の議員がいる派閥を仕切ることは難しい。分裂や他派閥からの切り崩しは避けられそうもない」(同)

一方、死去の影響が深刻なのは、ともに女性議員のT・S氏とK・S氏といわれる。「T氏は無派閥ながら安倍氏の支援で党の要職に就いたが、自分一人で物事を決めてしまう性格のため、仲間の議員が少ない。K氏はN派にいたがけんか別れとなり、清和会に入る予定だったが、会の中でK氏を敬遠する人が多く白紙になりそうだ」(同)という。

環境次官に生え抜き和田氏 炭素税議論どう進めるか


今夏の霞が関人事で、主要ポストにほぼ動きがなかった経済産業省に対し、環境省は事務方トップが交代、布陣が一新された。事務次官は、前任の中井徳太郎氏の留任説も長らく取りざたされたが、結局は中井氏が退任し、前総合環境政策統括官の和田篤也氏に交代。このほか、地球環境審議官に小野洋氏、地球環境局長に松澤裕氏、総合環境政策統括官に上田康治氏らが就任した(人事の裏話は本号覆面座談会で詳報)。

GX移行債の議論も進む中、和田氏は経産省との調整をどう進めるのか

財務省出身の中井氏から、環境省プロパーの和田氏にバトンタッチする中、気になるのはやはり炭素税の行方だ。中井氏は炭素税の一般財源化に意欲を示してきたが、和田氏は経産省との融和路線を取ると見られている。「環境省が環境原理主義からの脱却を図れるのか。和田氏の手腕に期待したい」(経産省OB)

当の和田氏は、就任会見で中井氏の路線を継承すると強調。炭素税については、岸田文雄首相がGX(グリーントランスフォーメーション)移行債導入の表明に際し、脱炭素に向け今後10年で150兆円もの資金が必要だと述べたことを踏まえ、「グランドデザインの中でカーボンプライシングがどんな位置付けになるのか考えなければならない」との見解を示した。

他方、ロシア問題でエネルギー価格高騰が深刻化する中、「お金を取ることだけが目的となるのは本意ではない」「全体設計の中で、産業界、暮らし全体で成長に向かう仕組みを作っていけるか。経産省との間でキャッチボールしてやっていきたい」と続けた。

エネルギー業界との人脈もある和田氏が、炭素税議論をどこまで、どのような戦略で進めていくのか。その手腕が注目されている。

需給危機克服の切り札 DR拡大を阻むものは何か


【論点】DRの最大限の活用/西村 陽 大阪大学招聘教授

電力需給安定化策の一つとして、にわかに脚光を浴びる小売り事業者によるデマンドレスポンス(DR)。

最大限に活用するための課題とは何か。西村陽・大阪大学招聘教授が指摘する。

 6月26日、電力需給ひっ迫注意報が発動され、東日本、特に東京電力パワーグリッド管内の発電機の不足が明白になった結果、デマンドレスポンス(DR)が危機克服の切り札的な扱いを受けるようになった。特に、小売り事業者によるDRは、世帯当たり2000円のポイント還元構想もあって、話題の焦点である。資源エネルギー庁は今回、全ての小売り事業者に節電ポイント還元の仕組み構築を要請し、各社の料金メニュー担当やポイント制度担当といった実務方は対応に追われている。

今、電力小売り事業者によるDRが脚光を浴びている背景には、2021年秋以降の電力市場価格高騰によって、小売り事業者によるDRに十分な合理性が出てきたことがある。21年秋までの、一日前電力市場が自主的取り組みという名の可変費誘導によって価格が低迷していた時代には、小売り電気事業者が調達する電気の価格は安く、その量にも十分余裕があったので、DRのメリットは限られていた。

しかしながら、ここにきて日本の電力市場は価格スパイクや上限への張り付きが常態化し、販売量を減らすことは小売り事業者の利益に直結するようになった。実際、6月の需給危機以降、新電力の一部が新規契約受付を停止する一方、余力のある調達済みの電気を市場に売り戻す動きが活発化しているのも、「売り上げを減らす」ことの有効性を象徴している。

季節外れの暑さで電力不足が生じた

顧客システムの弾力化が焦点 埋蔵DRの発掘も不可欠

とはいえ、DRが即座に順調に拡大するとは考えにくい。例えば、電気料金の割引ではなくポイントで還元されるのは、旧一般電気事業者を含む小売り事業者の料金算定/顧客管理システム(いわゆるCIS)に手を入れ、DRのベースライン(例えば前年同月比)との差し引き機能を入れるのに巨額な改修費がかかるためだ。

そのポイントすら、ガス・石油・情報通信など他のサービスとのバンドルを提供している大手新電力以外は未整備の場合が多く、整備されていたとしても、事業者によっては電気料金の削減に使うことができなかったり、顧客が日常ためている他のポイントとの交換ができなかったりする。

こうした硬直的な顧客管理システムは、例えばクラウド型のシステムを使ってユーザーの持つ機器を自動群制御するようなベンチャー企業と連携するときも大きな壁となる。既に一部の旧一電がこの夏、その種の自動DRとも連携しつつあるが、これが広がるためには各小売り事業者のシステム連携の工夫や弾力化が焦点となろう。

加えて、DRをより確実に需給危機克服の手立てとして活用するには、現在調整力Ⅰと呼ばれている一般送配電事業者によるDRの拡大が極めて重要だ。通常、海外の供給力の仕組み(米国PJMをはじめとするパワープールの容量市場など)では、発電機とDRが競争して一種の椅子取りゲームをするが、日本では東京地域をはじめ、目下必要な発電機が底をついてしまっている以上、なんとか埋蔵DRを発掘していく必要がある。ところが、日本のDR発掘は、発電機と同じスペックと事前審査を要求する送配電会社・電力広域的運営推進機関と、アグリゲータ事業の育成を図る当局・アグリゲータの折衝の中で非常にゆっくりとしたスピードで進んでいる。

これは、調整力や容量の不足に直面した系統運用者が自らDRを発掘してきたPJMをはじめとする海外の系統運用者と、供給信頼度重視の中でもともと豊富な発電機を持っており、できれば確実性の低いDRをできるだけ制限的に入れようとしてきた日本の違いである。そのために日本のDRでは、①例えば低圧リソース(家庭用や店舗用の蓄電池や電気自動車)が需給調整市場に参入できない、②それらの機器点計量による参入が認められていない、③高圧以上大型リソースでも冬だけDR可能な電力ユーザーの参入が難しい、④冬の連続DRに対して十分な対価が支払える仕組みがない―など、まだまだ障害があるのが現状だ。

発電機側の絶対的不足に直面し、こうした埋蔵DRについて短期・中期でなんとか発掘しようという研究・政策反映の動きも出てきており、ルールメーカーであるエネ庁と広域機関、そして一般送配電各社とアグリゲータの需給危機克服に向けた努力が試されている。

売り上げ最大化を追求 小売事業の本質的課題

さらに隠れた論点として、電力小売り事業者のDRに対する姿勢や小売事業の本質に対する考え方の問題を挙げたい。送配電会社が対価支払い者となるDRには、実施によって小売り事業者が失う売り上げを補填するための「ネガワット調整金」という制度があるが、必ず価格スパイク時に発動すると考えれば、そこに存在するのは「失われる売り上げ」ではなく、「売り上げ削減による事業者の利益」であることが容易に分かる。

つまり、小売り事業者以外が持ち掛けてくるDRは基本的に利益機会であり、これらをうまく使いながら自社利益を確保していく、あるいはその分多くの顧客と契約できるというのがこれからの小売り事業者の姿。例えばネガワット調整金は、これまで小売りの売り上げ補填と捉えられていたが、アグリゲータと小売り事業者がDRによる卸市場でのメリットを案分するという意義に変わる。

関連して、残念ながら小売り事業者のKPI(重要業績評価指標)は基準小売価格の下での売り上げである場合が多く、DRの活用による利益拡大は入りにくい。売り上げ最大化から利益確保やDR活用によるユーザーメリット重視に転換できていないという行動規範が見て取れ、小売事業の本質的な課題と言うことができよう。

にしむら・きよし 1984年関西電力入社。99年学習院大学経済学部特別客員教授などを経て2013年から現職。資源エネルギー庁ERAB検討会委員、早稲田大学先進グリッド研究所招聘研究員。

G7で石炭全廃を打ち出せず 欧州の政策が徐々に変貌か


ロシア問題の解決の糸口がいまだつかめない中、欧州が脱炭素政策で現実路線への軌道修正を余儀なくされている。

6月下旬のG7サミット(先進7カ国首脳会議)でそれが如実に表れた。エネルギー安全保障リスクが増大する中でも、議長国ドイツは当初、「2030年までの石炭火力全廃」を提案するとみられていた。そして全廃を簡単には飲めない少数派の日本への圧力が強まることが懸念されていた。

G7サミットでは脱石炭のリミットを打ち出せなかった(提供:朝日新聞社)

しかしふたを開ければ、声明はエネルギー安保に軸足を置き、脱炭素では基本的に5月下旬のG7気候・エネルギー・環境大臣会合の合意を踏襲。「排出削減対策が講じられていない石炭火力のフェーズアウトを加速」すると繰り返した。ロシアからの天然ガス途絶が現実味を帯びるドイツでは、廃止予定の石炭火力再稼働ばかりか、年内脱原発の見直し論まで浮上していることを踏まえれば、至極当然の結果と言える。

EU(欧州連合)では、CBAM(炭素国境調整措置)導入やEU―ETS(欧州連合域内排出量取引制度)完全有償化の時期も後退する見通しだ。欧州議会環境委員会がCBAMを25年、ETS完全有償化を30年に前倒しする法案に合意するも、その後の本会議で否決。環境委に差し戻した結果、CBAMは27年、ETS完全有償化は32年となった。今後も欧州理事会などで審議が続く。

「英国誌『エコノミスト』にもESG(環境・社会・統治)投資のキーパーソンを批判する記事が出始めた。徐々に変わりゆく国際動向を注視しておかないと、気付けば日本の政策は周回遅れかも」(経済界関係者)。ロシア問題の余波は実に多方面に及んでいる。

電力危機に「老朽火力」を緊急招集 姉崎5号機の再稼働準備状況


【JERA】

電力需給ひっ迫を受けた再稼働に先立ち、姉崎火力発電所5号機が報道陣に公開された。

施設には経年劣化も目立つ中、現場は電力の安定供給へ着実な作業を進めている。

 火力発電事業者の最大手JERAは6月22日、今夏再稼働を予定する姉崎火力発電所5号機(千葉・市原市、60万kW)を報道陣に公開した。当日は、在京キー局のほか大手紙や専門誌など約30人が参加した。

6月30日から再稼働した5号機

姉崎5号機は1977年の運転開始から45年が経過。2021年4月に長期計画停止していたが、一般送配電事業者による今夏の追加供給力公募に落札。同じく落札された知多火力発電所5号機(愛知・知多市、70万kW)とともに、7月、8月のピーク需要に向けた再稼働の準備を進めていた。

今年1月と2月にも、姉崎5号機は需給ひっ迫に対応するため運転。経年化の影響で、施設内で振動や不具合が発生していた。3月の停止後は、タービン軸受けやバルブなどを修理、点検に取り組み、今冬の電力需給ひっ迫を見据え、6号機も部品交換などの設備点検を実施した。

また、現在建設中の姉崎新1号機(約65万kW)は8月に、新2号機(同)は12月に試験運転開始を目指すなど、電力の安定供給へ作業を進めている。

タービン内部などを公開 建物外部の塗装に劣化も

現場では、JERAの職員が5号機のタービン内部や5・6号機の中央操作室、ボイラー設備などを紹介した。タービンは公開時、既に毎分10回転で試験運転を行っていた。JERAの担当は「運転を止めた状態のままでいると、タービン翼が歪んでしまう。それを防ぐために昨日(21日)から動かし始めた」と話す。

5号機のタービン内部

タービンは毎分最大3000回転で60万kWを出力可能だが「部品が古く調達にも苦労している」(JERA担当)と課題を明かした。火力発電のサプライチェーン衰退は深刻で「今は現存する部品を流用できているが、当然替えが効かないものもある。メーカーが撤退したら、自らで作らなければいけない。その際のコストは計り知れない」(同)と危機感を訴えている。

中央操作室では、操作盤のランプが正常に点灯するかをチェックする「ランプテスト」を公開。職員が合図を出し、問題がないことを確認した。そのほか、ボイラー設備や屋外に設置している脱気器は塗装に劣化が見られた。機能に問題はないというが、ボイラー設備内は移動経路も不安定で、年季を感じる建物となっている。

塗装に劣化が見られるボイラー設備

「無事運転できるように」 姉崎発電所長が意欲

姉崎火力発電所の亀井宏映所長は「1月と2月の運転で修理が必要な場所が明確に分かったので、早急に補修を行った」と状況を説明した。再稼働に向けては「今夏はトラブルがあれば即停電になりかねない。設備の点検には時間とコストがかかるが、電力のひっ迫時に無事運転できるよう頑張りたい」と話し、電力の安定供給に意欲を見せている。亀井所長は6号機に関しても、今冬の再稼働要請が出てもよいように準備を進めると述べている。

7月から全国各地の火力・水力発電所が再稼働することで、8月の全国(北海道・沖縄除く)の予備率は4・4%になった。当面の電力危機は回避したものの、厳しい需給の状況は続いている。万全の準備を整えて7月再稼働を進めた姉崎5号機だったが、6月末の電力需給状況を踏まえ予定を前倒し、6月29日運転再開と変更していた。しかし「起動に向けた補修作業に予定より時間を要すことになった」(JERA)として予定日が1日ずれ込み、30日の運転再開となった。

ある発電事業関係者は「古い機器を無理やり前倒しにしようとすれば、ひずみが生まれるのは当然」と話す。姉崎5号機の現状については「6月末は勿来発電所9号機のトラブルがあり、結果的に姉崎5号機が電力の安定供給に重要な役割を持つことになった。しかし、設備が老朽化して効率が悪くなった火力発電が、その役割を背負うこと自体が問題」と指摘する。

政府による企業や家庭への節電要請は7年ぶりだ。7月から9月末までの節電を呼びかけている。

原子力発電所の再稼働が進まない中、安定供給を一度引退したはずの火力発電が支えている。需給ひっ迫のさらなる長期化も危惧される中で、姉崎火力発電所を訪れ、電力供給の非常に危うい現状と、それを支える現場担当者たちのプロ意識を垣間見ることができた。

「ランプテスト」を行う中央操作室

経産省が主導するGXリーグ 排出量取引は産業統制の布石か


脱炭素に向けた日本のカーボンプライシング政策として、経済産業省主導のGXリーグが先行する。

賛同する440社を交えて詳細検討が進むが、その裏には産業統制の布石という意味合いが潜む。

 「積極的な投資と排出量削減を両立し、国際的に日本企業の果敢な取り組みを発信していきたい」。6月10日、GX(グリーン・トランスフォーメーション)リーグの発足式に集まった国内大手企業の関係者を前に、萩生田光一経済産業相は激励とも言えるビデオメッセージを送った。

GXリーグ参加企業への期待を語る萩生田経産相
提供:GXリーグPR事務局

GXリーグは経産省が国内大手企業を集め、自主的にCO2削減を図る枠組みとして発足させた。製造から金融まで、日本全体のCO2排出量の4割超を占める440社が参加。参加企業は2030年の削減目標を自主的に設定する。国の30年目標(13年比46%減)を超えた目標設定を推奨し、超過達成した分をクレジットとして売却できるインセンティブを付ける。

未達でも罰則は設けないが、個別企業名を公表することも検討しており、機関投資家などのダイベストメント(投資撤退)の対象になる可能性がある。年内いっぱい、参加企業の一部がリーグ内のルール作りをして、来年4月の本格的な運用に備える。

目玉は自主的な枠組みでの排出量取引の実施だ。7月以降にルール作りに着手し、12月までに骨格を固める。排出量取引は炭素税と並ぶカーボンプライシング(CP)の一種で、温室効果ガスの削減に威力を発揮する規制手段だ。

05年に始まった欧州連合(EU)の排出量取引は「キャップ&トレード型」という一般的な手法を採用している。個々の企業などを対象に、排出できるCO2量にキャップ(上限)を設け、その上限内で排出枠を設定して取引する。達成できない場合には罰金などの罰則が科される厳しいものだ。

企業は自主的取り組み歓迎も 政権が狙う経済活動管理

一方のGXリーグの取引制度はあくまで参加企業の「自主的」な取り組みにすぎない。キャップもリーグ内で設定できる立て付けになっている。EUのように半ば強制力を伴う「規制」とは似ても似つかぬ制度だ。

規制的手法のはずの排出量取引を、GXリーグではなぜ業界任せにしたのか。経産省幹部は「排出削減と産業振興を両立させることが目的だからだ。排出量取引に限らず、業界の自主的取り組みを重視するやり方で過去にも成果を上げている」と説明する。

GXリーグに参加するある大手企業の関係者も「排出削減は今や社会的要請だ。どうせやるなら自分たちが作ったルールで取り組んだ方がいい」と歓迎する。国が半ば強制的に企業を動かすEUのやり方は「日本には合わない。実効的な排出削減と、企業に脱炭素投資を促すという両輪だから意味がある」(経産省幹部)と語る。

萩生田経産相がビデオメッセージで強調した「日本の果敢な取り組みを発信したい」というフレーズは、とかく欧州を基準に突き進む脱炭素政策へのアンチテーゼのように聞こえてならない。

だが、経産省の狙いは別のところにある。ある政府関係者はこう述懐する。「いずれ経産省はキャップや排出枠の設定を主導するつもり。GXリーグは産業統制を強める布石にすぎない」

長らく日本は規制を緩和し、政府が産業界に介入することを極力避ける政策を取ってきた。電力自由化などはその典型で、今や毎年のように電力ひっ迫の憂き目に遭っていても、経産省が介入できる範囲は限られている。

産業界に影響力がないという歯がゆい状況が続く中、岸田文雄政権が誕生した。その岸田政権は「新しい資本主義」を旗印にした。「成長と分配の好循環」という聞こえがいいフレーズを掲げているが、実は企業の経済活動を政官がコントロールしていくというものだ。経産省にとって歯がゆい時代に終止符を打てる好機が到来したというわけだ。「最近は経産省内で統制が息を吹き返してきている」(前出の政府関係者)というのもうなずける。

経産省は条件を付けつつも統制していく意向を隠さない。

「自主的取り組みで排出削減が進まない場合は、キャップをはめるなど国が企業の排出削減を管理する方法も排除していない」。企業への締め付けを強める場合の道具として、GXリーグが存在するという見方もできる。

収入の使途は福島関連か 経団連は有償化に反対

CP導入が議論の俎上に上がってきたここ数年、経産省は炭素税ではなく、排出量取引の導入を常に模索していた。税なら財務省が主導するため、経産省が関与する余地が少ないのに対し、排出量取引なら経産省のさじ加減一つでキャップや排出枠が決められる。脱炭素の大義名分の下、堂々と産業統制ができるのだ。

さらにEUの計画のように、有償の排出枠を各産業に買わせることも視野に入れているという声がまことしやかに聞こえてくる。財務省や国会の目を通さず、自由に使える収入が得られる経産省にとっては、有償の排出枠は魅力的だ。

EUのようにグリーンニューディールの財源に充てるならまだ許せる。しかし炭素税構想が出始めたころ水面下で検討されていた、福島原発事故の賠償金の立て替えに流用するというもくろみがあるとすれば、素直に喜べない。

排出枠については、日本経済団体連合会は「無償割当なら問題はない」(経団連関係者)との考えだ。有償の排出枠を設けることになれば、経団連が強く反対する可能性が大きく「やるにしても無償の排出枠割当が現実的だ」(政府筋)との見方もある。

参院選圧勝で「黄金の3年」に突き進む岸田政権は、カーボンニュートラルの実現を重点政策の一つと位置付ける。年末の税制改正要望では炭素税の導入が前進するという見方も強い。30年までの間に、気候変動対策の進捗を確認するパリ協定の「グローバルストックテイク」、35年の国別削減目標の設定など脱炭素を巡るイベントは目白押しだ。

脱炭素への移行圧力が国際的に一層強まるのを追い風に、国内の産業界には国からの統制の嵐が吹き荒れるに違いない。