矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
ロシアのウクライナ侵攻を契機に、天然ガスをはじめ化石燃料の価格が大きく上昇する中で、EUの電力価格も高騰している。欧州の代表的電力取引所であるEPEXにおける前日市場の取引価格(ドイツ市場)は、今年9月時点で、350€/MWh程度で推移しており、昨年同月の130€/MWh程度と比べて大幅に上昇している。これに伴う電気料金の高騰は、企業や家庭の大きな負担となっており、EUは、9月30日のエネルギー閣僚理事会で採択した規制(「エネルギー価格の高騰に対処するための緊急介入に関する規制」)で、需要削減、電力市場におけるインフラマージンの消費者への再分配など、電気料金高騰への対応策を講じることを加盟国に求めた。以下は、そのポイントである。
まず、需要削減策として、閣僚理事会は、2022年12月1日から2023年3月31日の間に電力需要全体の10%を削減することを自主的な目標とし、価格が最も高い10%の時間帯を特定し、そのピーク時の需要を少なくとも5%削減することを強制的な目標とした。加盟国は、この需要削減を達成するために適切な手段を選択することができる。欧州委員会は、ピーク時の需要を削減することにより、冬季のガス消費量を1.2bcm削減することができるとしている。
つぎに、電力市場におけるインフラマージンの消費者への再分配についてであるが、電力市場では、落札した電源のうち最も高い価格をつけた電源の入札価格で当該時間帯の市場価格が設定される。通常、そのような電源はガス火力発電であり、ガス価格の大幅上昇で、電力価格の高騰がもたらされている。そのため、マージナルな発電プラントの設定する入札価格よりも低いコストで発電し入札する再生可能エネルギー、原子力、褐炭を用いる発電事業者には、巨額なインフラマージンが発生している。今回採択された規制は、そのようなインフラマージンの上限を180€/MWhに設定することを求めている(2022年12月1日から2023年6月30まで適用)。欧州委員会は、この上限の設定で、気候変動対策に関する目標を達成するための投資を損なわず、発電設備の運営コストも賄えるとしている。加盟国の事情により、より高い上限を設定すること、インフラマージンをさらに制限する措置をとること、技術によって上限を変えること、トレーダ―など他の市場関係者の収入にも制限を課すことなど、規制適用にさいしての柔軟性が認めらる。上限を超える収益は加盟国政府が徴収し、エネルギー消費者の支払いの削減のために使用される。
また、EUは、電力以外の石油、ガス、石炭、石油精製部門に対しては、その「過剰収益」の一時的な部分的拠出を求めている。この期限付き拠出金は、2022年1月および(または)2023年1月に始まる会計年度において、利益が2018年1月から始まる4会計年度の平均利益に対して20%を上回る部分に適用される(税率は33%以上)。加盟国は、規制の目的に適合し、少なくとも同等の収益を上げるのであれば、拠出金以外の国内措置をとることができる。加盟国は、その収入をエネルギー消費者、特に支援を必要とする脆弱な家庭、困難な状況にある企業などに使用する。
電力市場へのさらなる介入として、EUは、エネルギーコストの上昇に直面する消費者を支援するための「エネルギー価格ツールボックス」を拡大し、規制された電気料金を家庭のみならず中小企業にも適用する。また、コストを下回る規制された電気料金の設定も、消費者の危機的状況を緩和する措置として、加盟国の判断で認める。
EUは、1997年に発効した第1次電力指令以降、市場メカニズムを最大限活用する政策を採用してきた。その意味で、今回採択された規制は、異例である。しかし、EUでは、「欧州連合の機能に関する条約」で、「閣僚理事会は、委員会の提案に基づき、加盟国間の連帯の精神に基づき、特にエネルギーの分野における特定の製品の供給に深刻な困難が生じた場合には、経済状況に適した措置について決定することができる」と定められており、これに依拠して、今回の措置が決定された。
EUにおける従来の電力自由化政策の延長線で考えれば、電気料金が高騰すれば、デマンドレスポンスは促進されるであろうし、膨大なインフラマージンが発生しているなら、再生可能エネルギー電源の拡大や新規開発は積極化するはずだ。しかし、今回は、料金高騰で厳しい状況にある企業や家庭の支援のために、「過剰な」インフラマージンを再分配する政治的な配慮が優先された。支援策では、家庭や中小企業へコスト割れの規制料金の提供も条件付きだが認められた。EUは、これまで競争価格よりも安い規制料金の提供を真っ向から否定してきたことを考えると異例な決定となった。
エネルギー市場の自由化を積極的に推進してきたEUでも、市場メカニズムは万能ではなく、非常時には、規制的手段が必要と考えている点は注目に値する。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。