【コラム/10月19日】EUの電気料金高騰への対応策


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

ロシアのウクライナ侵攻を契機に、天然ガスをはじめ化石燃料の価格が大きく上昇する中で、EUの電力価格も高騰している。欧州の代表的電力取引所であるEPEXにおける前日市場の取引価格(ドイツ市場)は、今年9月時点で、350€/MWh程度で推移しており、昨年同月の130€/MWh程度と比べて大幅に上昇している。これに伴う電気料金の高騰は、企業や家庭の大きな負担となっており、EUは、9月30日のエネルギー閣僚理事会で採択した規制(「エネルギー価格の高騰に対処するための緊急介入に関する規制」)で、需要削減、電力市場におけるインフラマージンの消費者への再分配など、電気料金高騰への対応策を講じることを加盟国に求めた。以下は、そのポイントである。

まず、需要削減策として、閣僚理事会は、2022年12月1日から2023年3月31日の間に電力需要全体の10%を削減することを自主的な目標とし、価格が最も高い10%の時間帯を特定し、そのピーク時の需要を少なくとも5%削減することを強制的な目標とした。加盟国は、この需要削減を達成するために適切な手段を選択することができる。欧州委員会は、ピーク時の需要を削減することにより、冬季のガス消費量を1.2bcm削減することができるとしている。

つぎに、電力市場におけるインフラマージンの消費者への再分配についてであるが、電力市場では、落札した電源のうち最も高い価格をつけた電源の入札価格で当該時間帯の市場価格が設定される。通常、そのような電源はガス火力発電であり、ガス価格の大幅上昇で、電力価格の高騰がもたらされている。そのため、マージナルな発電プラントの設定する入札価格よりも低いコストで発電し入札する再生可能エネルギー、原子力、褐炭を用いる発電事業者には、巨額なインフラマージンが発生している。今回採択された規制は、そのようなインフラマージンの上限を180€/MWhに設定することを求めている(2022年12月1日から2023年6月30まで適用)。欧州委員会は、この上限の設定で、気候変動対策に関する目標を達成するための投資を損なわず、発電設備の運営コストも賄えるとしている。加盟国の事情により、より高い上限を設定すること、インフラマージンをさらに制限する措置をとること、技術によって上限を変えること、トレーダ―など他の市場関係者の収入にも制限を課すことなど、規制適用にさいしての柔軟性が認めらる。上限を超える収益は加盟国政府が徴収し、エネルギー消費者の支払いの削減のために使用される。

また、EUは、電力以外の石油、ガス、石炭、石油精製部門に対しては、その「過剰収益」の一時的な部分的拠出を求めている。この期限付き拠出金は、2022年1月および(または)2023年1月に始まる会計年度において、利益が2018年1月から始まる4会計年度の平均利益に対して20%を上回る部分に適用される(税率は33%以上)。加盟国は、規制の目的に適合し、少なくとも同等の収益を上げるのであれば、拠出金以外の国内措置をとることができる。加盟国は、その収入をエネルギー消費者、特に支援を必要とする脆弱な家庭、困難な状況にある企業などに使用する。

電力市場へのさらなる介入として、EUは、エネルギーコストの上昇に直面する消費者を支援するための「エネルギー価格ツールボックス」を拡大し、規制された電気料金を家庭のみならず中小企業にも適用する。また、コストを下回る規制された電気料金の設定も、消費者の危機的状況を緩和する措置として、加盟国の判断で認める。

EUは、1997年に発効した第1次電力指令以降、市場メカニズムを最大限活用する政策を採用してきた。その意味で、今回採択された規制は、異例である。しかし、EUでは、「欧州連合の機能に関する条約」で、「閣僚理事会は、委員会の提案に基づき、加盟国間の連帯の精神に基づき、特にエネルギーの分野における特定の製品の供給に深刻な困難が生じた場合には、経済状況に適した措置について決定することができる」と定められており、これに依拠して、今回の措置が決定された。

EUにおける従来の電力自由化政策の延長線で考えれば、電気料金が高騰すれば、デマンドレスポンスは促進されるであろうし、膨大なインフラマージンが発生しているなら、再生可能エネルギー電源の拡大や新規開発は積極化するはずだ。しかし、今回は、料金高騰で厳しい状況にある企業や家庭の支援のために、「過剰な」インフラマージンを再分配する政治的な配慮が優先された。支援策では、家庭や中小企業へコスト割れの規制料金の提供も条件付きだが認められた。EUは、これまで競争価格よりも安い規制料金の提供を真っ向から否定してきたことを考えると異例な決定となった。

エネルギー市場の自由化を積極的に推進してきたEUでも、市場メカニズムは万能ではなく、非常時には、規制的手段が必要と考えている点は注目に値する。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

【新電力】問われるBGの意義 欧州の議論を注視


【業界スクランブル/新電力】

 資源価格の高騰が止まらない。7月の日本の通関統計価格は2016~19年度平均に比べて、原油・天然ガスは2倍、石炭は4倍の水準となっている。同期間のJEPXスポット価格は2・8倍の水準であり、市場は資源価格を反映しているといえる。他方、小売料金の上昇は限定的だ。

電力・ガス取引監視等委員会が公表した電力取引報から集計したところ、特別高圧1・3倍(託送料金を差し引いた場合は1・4倍程度)、高圧1・2倍(同1・3倍程度)で、上昇が抑えられている。既に一部の電力会社では過去最大の赤字幅を記録しており、今後標準メニュー受け付け再開に向けて日本でも電気料金の本格的な値上げは避けられないと考えられる。

さて、気になるのは欧州における電力市場改革に向けた動きである。欧州ではエネルギー料金上昇に伴うインフレが課題となっており、エネルギー料金抑制が政治的な懸案となっている。現在、Pay as clearと呼ばれる現行のシングルプライスオークションの枠組みを変更するよう求める声が高まっており、8月29日に欧州委員会フォン・デア・ライエン委員長は電力市場への緊急介入を行い、中長期的には電力市場改革を行う方針を明らかにしている。

英国は既に電力市場の見直し(REMA)を公表し、Pay as bidかつセントラルディスパッチを前提に、プール制への移行を検討している。同時同量を果たす役割はバランシンググループ(BG)にあるが、分散電源が大量に導入された電力市場において、BGの在り方が問われている。欧州の電力市場の在り方に関する議論は日本への影響も大きい。小売り電気事業者の役割に直結するイシューであり、英国・欧州委員会の議論は見逃せない。(M)

【インフォメーション】エネルギー企業の最新動向(2022年10月号)


 【東京電力パワーグリッド/「でんき予報」と「停電情報」をYahoo! JAPANに掲載】

東京電力パワーグリッド(東電PG)は、ヤフーと連携して二つのコンテンツ配信をスタートする。東電PGエリア内の電力需給状況に関する「でんき予報」と、停電の状況や復旧見通しなどに関する「停電情報」だ。でんき予報は、Yahoo! JAPANの特設ページ「電力需給ひっ迫 使用状況や節電方法」や「Yahoo! ニュース」などを通じて配信。需給ひっ迫注意報などが発令された際に、節電対策などの情報も掲載する。停電情報については今後、災害などでの停電発生時にYahoo! JAPAN上に掲載することで、情報をリアルタイムに発信していく予定だ。両社は密に連携することで、電力に関するタイムリーかつ正確な情報発信に取り組む構えだ。

【東邦ガス/LNGステーション跡地に系統用蓄電池を導入】

東邦ガスは、自社の津LNGステーション跡地(三重県津市)に系統用蓄電池を導入する。東海3県で初の取り組みだ。系統用蓄電池は電力系統に直接接続して充放電を行うもので、電力が余った時には充電し、不足した時には放電する。再エネの出力変動に対する需給を調整して、再エネの普及促進に寄与することが目的だ。太陽光発電などは天候や時間帯などによって発電量が大きく変動し、電力需給に影響を及ぼす可能性があるため、この変動に対応できる調整力として、系統用蓄電池を活用できる。自社の調整力に利用するほか、需給調整市場、日本卸電力取引所、容量市場などでの取り引きを通じ、電力の安定供給に貢献する。8月から工事を開始しており、2025年の運用開始予定だ。

【東芝/マイクログリッド安定稼働に寄与する技術開発】

東芝はこのほど、マイクログリッドの安定稼働を実現するGFMインバーターに関する実機検証を行った。マイクログリッドは、電力の出力や需要が急激に変動すると、普段安定している系統周波数が急激に変動し、保護リレーが動作し電力供給が止まり停電につながることがある。特に再エネの割合が高まると系統周波数の変動は大きくなる。今回、系統周波数が急激に変動した際、インバーターから電力を出力することで擬似的な慣性を供給し、配電系統内の系統周波数を維持するGFMインバーターを試作、模擬的に構築したマイクログリッドで利用する太陽光発電にGFMインバーターを搭載した際に、系統周波数の低下が約3割抑制されることを実証した。

【九州電力/系統用蓄電所を開設 リユース蓄電池活用】

九州電力はNExT-e Solutionsと共同で、8月5日から福岡県大牟田市で電力系統に接続した系統用蓄電池「大牟田蓄電所」の運用を開始した。これにより、一般家庭300世帯の1日分の電力使用量に相当する再エネの有効活用や、電力の安定供給に貢献する。また、この蓄電所の蓄電池はすでにフォークリフトで使用したものを再利用しており、資源の有効活用に貢献する取り組みとなっている。九州電力は積極的に電源の低・脱炭素化と電化の推進に取り組み、九州から日本の脱炭素をリードする方針だ。

【大阪ガス韓国へ技術供与 水素インフラ構築に貢献】

Daigasガスアンドパワーソリューションは、韓国のヒュンダイモーターグループ傘下のヒュンダイ・ロテム(HRC)と水素発生装置の製造・販売に関する業務提携を拡大し、HRCによる韓国国外への販売を可能にした。2019年にHRCに対して韓国国内での製造・販売を許諾し、HRCが国内の水素ステーション普及のニーズに対応してきた。今回、韓国国内での製造と運転実績を受けて、HRCによる水素発生装置の国外への販売を可能にして世界展開を図り、グローバルに水素インフラ構築に貢献する。

【SBパワー/エンコアードジャパン/国・都の節電補助金事業に参画】

SBパワーとエンコアードジャパンはこのほど、国・東京都の節電に関する補助金事業に参画すると発表した。「ソフトバンクでんき」契約者向けに提供する家庭向け節電サービス「エコ電気アプリ」で節電ポイントを付与する。今冬の節電チャレンジに参加すると国は2000円、都は500円相当のポイントを付与。また、両社は小売り電気事業者向けに提供中の家庭向け節電サービスを拡充し、汎用型節電サービス「節電チャレンジパッケージ」を新開発し、提供を始めた。

【川崎汽船/今治造船/シップオブザイヤー2021で部門賞受賞】

今治造船グループの多度津造船が建造し川崎汽船が運航する、LNG燃料自動車運搬専用船「CENTURY HIGHWAY GREEN」(7080台積み)が、「シップオブザイヤー2021」の大型貨物船部門賞を受賞した。重油燃料船に比べCO2排出を25~30%、SOX排出をほぼ100%、NOX排出を80~90%削減する。また、国内造船所建造の自動車運搬船で初めて高圧式LNG焚き機関を搭載。さらに船内通信のインフラを構築し、世界初の遠隔検査適応新造船であることなどが評価された。

【鹿島/コンクリを環境配慮型に J-クレジットを取得】

鹿島はコンクリートの製造・運搬に関わるCO2の排出量を、ブロックチェーン技術を使って見える化するプラットフォームを開発した。社有施設の新築工事で、このプラットフォームを活用。通常のコンクリートよりセメントの使用量が少ない環境配慮型コンクリートを使用するなど、CO2排出量を削減し、J-クレジット(181t-CO2)を取得した。このプラットフォームには、J-クレジット取得に必要な「削除活動実績報告リスト」の自動作成機能があり、クレジットの取得手続きをスムーズに行うことができる。

【伊藤忠エネクス/スマートソーラー/非FITソーラー保有へ】

伊藤忠エネクスとスマートソーラーは、スマートソーラーが今後開発予定の事業用太陽光発電所を伊藤忠エネクスが優先的に保有することで基本合意した。スマートソーラーは非FITの発電所を全国19カ所に開発する計画で、発電容量総計は約40万kWを想定。伊藤忠エネクスは、環境性のある自社電源を増やし一層の安定供給を目指す方針だ。

【丸紅/バイオ炭の農地施用 日本初のクレジット認証】

丸紅は日本クルベジ協会から、バイオ炭の農地施用によるJ-クレジットの独占販売代理権を取得した。バイオ炭を農地に撒いた際のCO2排出削減量でJ-クレジットの認証を受けるのは日本初。バイオマスを加熱(炭化)してつくられたバイオ炭は、大気中へのCO2排出を抑えることが可能。今後、日本クルベジ協会と共同で、クレジットを販売していく。

【古河電工/鹿追町と脱炭素社会実現で連携】

古河電工と北海道鹿追町はこのほど、地域資源を最大限利活用した脱炭素社会・循環型社会の実現を目指し、包括連携協定を結んだ。古河電工は、NEDOグリーンイノベーション基金事業として、家畜のふん尿などから出るバイオガスの二酸化炭素とメタンを、LPガスに変換する触媒技術の開発・実証を進めている。その実証候補地に鹿追町が選ばれ、共創を開始した。鹿追町は、カーボンニュートラル実現に向けた活動に積極的で、国内最大級のバイオガスプラントによる発電事業など、一次産業とエネルギー産業の融合に成功している。両者はそれぞれのノウハウを生かし、持続可能なエネルギーの安定供給への貢献に取り組んでいく構えだ。

反原子力の「聖地」での政策転換


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

9月1日、反原子力運動の「聖地」ともいえる米国カリフォルニア州で、州内最後の原子力、ディアブロキャニオン発電所の運転期間を2030年まで5年間延長するという州知事提案が議会承認された。

この発電所には、着工後、近傍に活断層が発見され、補強工事のうえ運転を始めたという経緯があり、1981年には逮捕者1900人に上る全米史上最大級の反原子力運動が起こった。運開後も反対運動は続き、2016年には所有者のPG&Eが25年での運転終了を表明し、州も承認。ニューサム現知事も脱原子力を支持し、風力・太陽光の積極導入を進めてきたが、20年には熱波による輪番停電が発生するなど、不安定化する電力供給を背景に方針を転換した。

さて、改めて考えると、わが日本も立派な「聖地」である。福島第一の事故以来、世界中で安全基準は強化されたが、審査のために多くの発電所を長期停止している国は他にはない。その日本でも、岸田政権は今冬に9基、来夏以降は7基の発電所の稼働を後押しすると表明した。ただ、これらは既に原子力規制委員会が「合格」を出したユニットだ。再稼働審査を長引かせている規制の在り方を議論しなければ、こちらの聖地は何も変わらない。規制委は内閣から独立した「三条委員会」であり、アンタッチャブルだと思っている人は多いかもしれないが、例えば米国の原子力規制委員会(NRC)は、上下両院の委員会によって定期的に監視を受けている。さらにNRCには、技術、許認可、法律各々の問題について助言を行う組織が存在するのだ。

日本でも、立法府はこうした仕組みを議論すべき責任を負っているはずだ。国会の先生方は宗教法人問題などでお忙しそうだが、エネルギー危機から国民生活を守るための議論は待ったなしだ。

【電力】原子力政策の転換 国内外が歓迎


【業界スクランブル/電力】

 8月24日のGX実行会議で政府は、来年夏以降に原発7基の再稼働を追加で目指す方針を明らかにし、併せて、これまで「想定していない」としてきた原発の新増設についても、次世代原子炉の開発・建設を検討することを表明した。

震災後10年は長かったが、これまで、重要なベース電源と位置付けながら、極力依存度を下げるというどっちつかずの作文を繰り返すばかりだったところから、ようやく脱却できそうになったことは素直に喜びたい。

9月に入ってドイツも、脱原発を党是とする緑の党を含む政権が廃止予定の原発の延命を決めた。気掛かりなのは、ロシア軍がウクライナのザポリージャ原発への攻撃を強めているというニュースだ。日独などの反原発世論を刺激しようとしている節も感じるが、事実ならば許されない蛮行である。

今回の政府の決定は、海外からも歓迎されている。むしろ海外の方が、より評価しているかもしれない。福島第一原発事故以降、世界は脱原発に向かっているという言説は間違いであるが、とはいえ、近年の新増設計画は大半が中国とロシアによるものだ。 

日本は西側諸国の中で原発をほぼ国産化している数少ない国である。西側陣営にとって日本の技術基盤をみすみす失ってしまうことの影響は大きい。

加えて、使用できる電源を使わずに金に飽かせて化石燃料を買い漁ってきたことは、途上国にも少なからぬ迷惑をかけているし、日本の後の世代にもつけの痛みが及ぶだろう。

今回、ロシア軍のウクライナ侵略が原子力政策の正常化を後押ししたわけであるが、世論調査を見ると数年前から若い世代は原子力活用にむしろ前向きだった。やはり、若い世代はもっと投票に行くべきだろう。(U)

主要途上国が先進国に反旗 G20環境相会合で表面化


【ワールドワイド/環境】

8月31日、インドネシア・バリ島で開催されていたG20環境・気候変動大臣会合は共同声明を採択することなく閉幕した。日経新聞などの報道では「ロシアのウクライナ侵攻を巡り、各国の立場の隔たりが大きく共同声明採択を見送った」とされているが、正確ではない。現実には100を超えるパラグラフのうち、各国の意見が収斂したのは半分にも満たず、ウクライナ侵攻以外にも先進国・途上国間で大きな溝があった。

2021年はバイデン政権の誕生から英国主催のCOP26を通じて野心的な取り組みを求める先進国のペースで国際的な議論が進められた。1・5℃目標、50年カーボンニュートラルを目指すことを特筆大書したグラスゴー気候協定の採択はその集大成といえる。本年6月のドイツ主催のG7サミットにおいてはグラスゴー気候協定を踏まえ、電力部門の脱炭素化、国内石炭火力のフェーズアウト、化石燃料部門への公的支援の原則停止、新興国に対する1・5℃目標と整合的な目標改定の要求などの野心的な文言がちりばめられた。

しかしG20では中国、インド、サウジなどの主要途上国が一斉に先進国主導の野心的議論に反旗を翻し、途上国と先進国の共通だが差異のある責任、支援の大幅拡充要求などを主張した。特に注目されるのは主要途上国がグラスゴー気候協定や1・5℃目標への言及にも反対したという点である。

グラスゴー気候協定はCOP26で全会一致で採択されているので、これへの言及に反対することは通常は想定しにくい。しかしグラスゴー気候協定は1・5℃を目指すべく、30年全球45%減、50年全球カーボンニュートラルなど、中国、インドの目標値を考えれば実現可能性が限りなく低い目標数値を掲げていた。おそらく主要途上国はグラスゴーで「譲り過ぎた」という意識を持っているのではないか。

筆者は野心的なグラスゴー気候協定に対する途上国からの押し戻しが起きるという予測を立てたが、それが現実となった形である。さらに現在はウクライナ戦争によって世界的なエネルギー価格、食品価格の高騰が生じており、世界経済の後退が予測されている。こうした中で相変わらず温暖化防止を最優先に掲げる先進国に対して経済成長を優先する新興国が反旗を翻しても驚くにあたらない。11月のCOP27の先行きは厳しいものになることが予想される。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【マーケット情報/10月14日】原油下落、需要後退の懸念強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み下落。特に、米国原油を代表するWTI先物、および北海原油の指標となるブレント先物は、それぞれ前週比7.03ドルと6.29ドルの急落となった。需要後退の見通しが相次いで公表され、売りが優勢となった。

OPECは、今年と来年の石油需要予測を、前月時点から大幅に下方修正。今年の消費は、日量46万バレル下方修正の日量264万バレルと予想した。また、来年の見通しは、日量36万バレル下向きに修正し、日量234万バレルとした。背景には、中国におけるゼロコロナ政策の影響等、経済が冷え込んでいくとの見込みがある。また、国際エネルギー機関はOPECプラスの11月減産計画を受け、今年と来年の石油需要予測に下方修正を加えた。

加えて、米国ではインフレ率が一段と上昇。これにより、米連邦準備理事会がさらなる金利引き上げを図り、それにともない経済の減速と石油消費が減少するとの見方が台頭した。

フランスの製油所でストライキが続いていることや、米国の原油在庫の増加も、需給緩和感を強める要因となった。

【10月14日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=85.61ドル(前週比7.03ドル安)、ブレント先物(ICE)=91.63ドル(前週比6.29ドル安)、オマーン先物(DME)=92.06ドル(前週比2.18ドル安)、ドバイ現物(Argus)=91.76ドル(前週比2.38ドル安)

エネルギー価格高騰が直撃 ASEAN諸国の対応は


【ワールドワイド/経営】

ロシアのウクライナ侵攻を契機として、世界中で物価高騰が加速、その影響は、中・低所得国を抱える東南アジア(ASEAN)を直撃している。

顕著な動向として現れているのがエネルギー価格の高騰である。タイでは5~8月期、9~12月期の電気料金が2014年以来の最高値を2期連続で更新。同国では天然ガスの国内生産量の減少に伴い、海外調達への依存度が高まっており、LNGスポット価格の高騰が電気料金の急騰につながった。ベトナムでは輸入炭価格の高騰が引き金となって深刻な石炭不足が生じ、総発電電力量の半分を占める石炭火力が停電を引き起こすリスクが高まっている。インドネシアやマレーシアでは、価格高騰に対して政府がエネルギー資源への補助金を拡大、カンボジアは電気料金に対する補助金を増額し、国家財政を圧迫し始めている。

これに追い打ちをかけているのが、米国のインフレ抑制策(金利引き上げ)に伴うアジア通貨の下落である。ラオスでは、外資の民間発電所からの電力調達が外貨建てであることから、現地通貨安により電力公社の赤字が拡大し、政府の財政負担が増しており、悪循環に陥る懸念が強まっている。フィリピン・タイ・ベトナムでも現地通貨安が続いており、エネルギー価格の高騰に拍車をかけている。コロナ後の行動制限緩和で消費は堅調なものの、中央銀行の急ピッチの利上げが続いており、今後の景気への影響が懸念されている。

このように影響は国によって違いがあるものの、どの国の対応策も限界に近づいており、インフレと景気停滞が同時に発生するスタグフレーションのリスクも指摘される。ウクライナ危機は食料やエネルギー、金融などあらゆる部門に暗い影を落としており、世界的に経済状況が安定化するには長い時間を要するものと見られる。こうした中にあって、今後ASEANが進む方向は、短期的にはエネルギー資源の確保や資源輸出の規制強化、中長期的には「長期ASEANエネルギー見通し」の目標の通り、エネルギー自給率を高めるための再エネ開発やエネルギー効率化の促進だとされている。現在の状況を鑑みるに、この必要性がますます高まっている。

国際協調路線が大きく揺らいでいる現在、ウクライナ戦争が惹起した未曽有の経済危機を乗り越えるために、世界各国が共通に取り組むべき課題は多い。これらの課題にどのようなフレームワークを活用できるのか、今こそ人智が試されているといえよう。

(柳 京子/海外電力調査会・調査第二部)

スタートアップ企業と業務提携 「医療・ヘルスケア」の取り組み加速


【中部電力】

 中部電力が医療・ヘルスケア分野への取り組みを加速させている。ヘルステック・スタートアップ企業のUbieと協業に向けた業務提携で合意。同社が実施した第三者割当増資の一部を引き受け、株式を取得した。

Ubieは、毎月約700万人が利用する症状検索エンジン「ユビー」を展開。ユーザーは人工知能(AI)から生成される質問に答え、症状をチェックするだけで、関連する病名や近隣の医療機関を検索できる。医療機関向けには、患者の問診回答を事前に確認できるサービス「ユビーリンク」などを提供。全国約1万5000件の医療機関が導入している。

症状検索エンジン「ユビー」

8月には『Forbes』が発表した「Forbes Asia 100 To Wa-tch(アジア太平洋地域で注目すべき中小企業100社)」に選出されるなど、勢いのあるスタートアップ企業だ。

中部電力は医療・ヘルスケア分野において2020年9月、メディカルデータカードを連結子会社化した。同社はオンライン診療ツールの提供や、医療機関と個人の検査結果の共有など医療機関と患者をリアルタイムでつなげるサービス「MeDaCa」を開発・展開。医療機関と患者は、診察券、検査データ、処方箋、レントゲン写真、健康診断書などをウェブでいつでも閲覧できる。

問診から結果共有まで オンライン診療を一貫提供

子会社化以降は、慶応大学病院産科外来の「遠隔妊婦健診」を支援するシステムの運用を始めた。こうした遠隔健診サービスによって得たバイタルデータ(体重、血圧、脈拍などの生体情報)は、中部電力がクラウド上で保管。今年9月には、国内の半数を超える検査機関とシステム連携する予定となっている。

今後、中部電力とUbieはMeDaCaとUbieを連携することにより、医療機関を受診する一連の流れを、垣根なく一体的に提供する仕組みを構築する。症状のチェックから医療機関の検索、問診回答の共有、診察・検査、アプリを通じた検査結果の共有―などだ。

23年度には機能のさらなる向上を図る。中部電力グループが提供する連絡網サービス「きずなネット」や電気料金や使用量などをウェブで確認できる「カテエネ」と連携し、より利便性を高めていく方針だ。

両社は「さまざまなデータを活用し、医療・ヘルスケア分野での取り組みをさらに大きく発展させるとともに、暮らしを便利で豊かにするサービスをご提供することで、お客さまや社会とともに持続的な成長を実現していく」と新分野に意欲を見せている。

イランが国際的孤立打開も ウクライナ侵攻と核合意で


【ワールドワイド/資源】

 ロシアのウクライナ侵攻とイラン核合意交渉という二つの動きは、イラン石油ガス産業の国際的孤立を打開するきっかけとなる可能性がある。2018年5月に米国がイラン核合意から離脱して以降、外国企業はイラン石油ガス産業への参画を断念し、イランの油ガス田は引き続き国内企業によって操業されることとなった。制裁によりイランは石油増進回収(EOR)技術やLNG関連技術など、石油ガスの生産・輸出に必要な技術の恩恵を受けることができない。イラン国内企業はそれらの技術を有さず、外国企業の資金や知見も得られないため、石油の増産やガスの域外輸出に制約が生じている。この状況が、二つの世界的な出来事によって変化するかもしれない。

22年2月のウクライナ侵攻は、エネルギー市場を通じてイランにも影響を及ぼしてきた。欧米諸国によるロシアのエネルギー部門への経済制裁が強化されたことで、ロシアとイランは「原油輸出に関する制裁回避方法」に関する協力を進めているといわれる。また、イランが制裁回避を手伝う一方、22年7月に締結されたロシア国営ガスプロムとイラン国営石油会社のエネルギー協力に関する覚書において、ガスプロムはイランのガス田開発やパイプライン建設に協力することを表明した。今後、ともに被制裁国であるロシアとイランが、石油ガス産業で協力を進める可能性が高まっている。

22年9月初旬現在、EUが提出したイラン核合意「最終草案」に対する検討作業が進んでいる。核合意が成立すれば、イランの石油生産量が数カ月から1年以内に日量380万バレルまで回復し、外国企業が制裁を受けずにイランの石油ガス産業に参入可能となることが見込まれる。前回の核合意では、中国のCNPCやフランスのトタルエナジーズらが関心を示し、探鉱開発契約まで至った例もあった。核合意が成立した際には、イランが検討している中国、ロシア、中央アジア諸国、ペルシャ湾岸諸国などとの共同事業が早期に進展する可能性があるほか、EOR技術やLNG関連技術を持つ欧米企業との協力への道も開かれる。

イランはウクライナ侵攻と核合意交渉の行方次第でさまざまなパートナーを得る可能性がある。核合意が成立したとき、イランはロシアと欧米諸国のどちらとの協力を選択するか、または両方のバランスを取りながら協力していくのか。その選択はイラン石油ガス産業にとって、また世界の原油供給にとって重要な岐路になりうる。

(豊田耕平/JOGMEC調査部調査課)

「水素先端技術センター」を新設 次世代ディスペンサー開発を推進


【トキコシステムソリューションズ】

トキコシステムソリューションズはこのほど、静岡事業所(掛川市)内に「水素先端技術センター」を開設した。世界的なカーボンニュートラルの潮流の中で、水素利用はさまざまな用途で拡大していくと見られる。車両分野では燃料電池自動車(FCV)に加え、商用大型トラックなど市場の拡大が見込まれ、バス向けの車体をより大型化した物流向けFCVへの期待が高まっている。同センターでは、そういった次世代車両向けディスペンサーの開発に乗り出す。

開設した水素先端技術センター

次世代ディスペンサーでは、充填時間を小型FCVは3分程度、大型トラックは10分程度で済ませる充填時間短縮技術や、1台のディスペンサーで異なる車体サイズの車両に同時に水素を供給する充填技術、圧縮機や蓄圧器などのステーション機器の効率的な運転制御技術などが求められてくる。

そこで、同センターには従来比5.5倍の吐出能力の圧縮機、同2.4倍の蓄圧器、同5.5倍の模擬充填タンクなどを揃え、充填試験全体で、最高圧力は87.5MPa、最大流量は同3倍以上の流量試験が可能な設備を実現した。これにより、ディスペンサーの出荷前試験の能力を、従来の月当たり最大6台から同20台まで引き上げた。インフラ事業責任者兼静岡事業所長の髙橋太氏は「まずは大型トラックへの充填を目指します。同センターは、さらに大流量の試験にも対応するなど、将来を見据えた設備を揃えます」とアピールする。

最新の評価設備が並ぶ

岩谷産業グループに加わる 技術によるシナジー創出へ

トキコは全国53カ所の水素ステーションにディスペンサーを納入するほか、水素ステーションのエンジニアリングにも携わる。今年4月に岩谷産業グループに加わった背景にはそうした技術力を持つことも要因にあったとのことだ。

輪島勝紀社長&CEOは「今後、岩谷産業グループで創出できる新分野としては、水素ステーション用配管ユニット、各種プラント制御機器、水素サプライチェーンやアンモニアなどの流量計測や制御製品の拡大などが考えられます。グループ全体で目指すCO2フリー水素サプライチェーンの構築を後押したい」と抱負を語った。新たな価値創出に積極的に取り組んでいく構えだ。

首相発言をあえて曲解 朝日と毎日のクレーマー体質


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

 検討ばかりの「検討使」(遣唐使)。そんな岸田文雄首相がまた検討かぁ、と考えていたら、このメディアの反応である。

8月24日、脱炭素社会を目指す政府のGX実行会議が開かれた。締めくくりで、首相は「原子力についても再稼働、運転期間の延長など既設原発の活用、次世代革新炉の開発・建設など、政治判断を必要とする項目が示された」「再エネや原子力は不可欠な脱炭素エネルギー。これらを将来にわたる選択肢として強化するための制度的な枠組、国民理解を深めるための尽力の在り方など、あらゆる方策について具体的な結論を出せるよう、与党や専門家の意見も踏まえ、検討の加速を」と述べた。

反原発メディアらしい。翌25日朝日は「原発回帰、前のめり」とたたく。「ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギーの安定供給が揺らいでいると政府は説明している。会議資料には『危機』という言葉が並んでいる」「『危機』ばかりを強調し、一気に原発回帰を進めるのであれば国民の理解を得るのは難しい」という。

検討指示なのに、「一気に原発回帰」の非難は理解に苦しむ。

対照的なのは日経だ。25日社説は「原発新増設は安全重視で着実に進めよ」、同日5面で「原発活用、瀬戸際の決断」「次世代炉、技術や人材維持狙う」などと前向きに取り上げた。

これに先立ち日経は、18日社説「原発新増設へ明確な方針打ち出せ」でも踏み込んだ。「英国やフランスは再エネの普及加速と、原発の利用拡大を車の両輪として推進する方針」と英仏の危機対応を例に挙げ、「英国は、50年までに原子炉を最大8基建設し発電量に占める原発比率を足元の15%から25%に増やす」「フランスも、50年までに6基を建設し、8基の追加を検討」と詳述して、「日本も見習うべきだ」と説く。

検討指示の先取りか、「原子炉は傷みやすい機器を交換して慎重に維持管理しており、運転期間を延ばすのに技術的課題は少ない。一方、事故で放射性物質が広がるリスクを減らした最新型を建設する方が、安全性が増すという考え方もある」とも解説する。

産業の存立にエネルギーの安定供給は欠かせない。そうした危機感の現れだろう。

朝日はズレてる。25日読売を見るとそれが際立つ。「読売・早大共同世論調査、原発再稼働、賛成58%」によれば、「規制基準を満たした原子力発電所の運転再開について、同じ質問を始めた2017年以降、計5回の調査で初めて賛否が逆転した」という。世論も危機を感じている。

ズレか、ボケか。心配なのは毎日27日コラム「土記、コロナも原発も」である。

「岸田首相がいきなりかじをきった。新型コロナ対策だけでなく、原発政策までも。そのやり方にがっかりした」で始まる。検討指示を政策決定のように曲解し、「政治は対策や政策のメリットとデメリットをよく知った上で、『なぜその政策を選ぼうとしているのか』を説明しなければならない」と注文を付ける。

その上で、「原発に依存するリスクの大きさを私たちは知っている」「原発依存により、再生可能エネルギーや省エネの促進が抑制されてしまう。それをどうてんびんにかけたのか。分からない」と首相をなじる。

冒頭の議事録くらい確認した方がいい。相手の発言を無視した非難はクレーマーと変わらない。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

エネルギーの二つの顔 「コモディティ」と「ウエポン」


【オピニオン】矢野 伸一郎/日本原子力文化財団 専務理事

 かつてアメリカにエンロンという急成長を遂げた総合エネルギー販売会社があった。のちに当時、アメリカ史上最大級といわれた企業破綻をするのだが、日本において電力自由化がスタートした2000年当時は「エンロン詣で」という言葉が存在したほど日本の企業や官庁の皆さんが注目し、経済誌などでも何度も取り上げられる状況だった。

そんなある日、当時電力会社の広報にいた私は、エンロンのビジネスモデルを絶賛していたある著名経済誌の副編集長から、「今やエネルギーは完全なコモディティ(市場で取引される商品)です。エネルギーセキュリティーなんて言っている人は、この日本で皆さんだけですよ」と、時代遅れの人間でも見るような目で見られた。

あれから20数年、ロシアによるウクライナ侵攻により、エネルギー価格の高騰、需給ひっ迫などが世界的規模で懸念されている。日本のメディアでもエネルギーセキュリティー、電力安定供給確保の文字が飛び交っている。エネルギーは今再び「コモディティ」から「ウエポン(兵器・武器)」の顔を見せている。

日本の一次エネルギー自給率は約1割、OECD(経済協力開発機構)36カ国中35位(2019年)のエネルギー貧困国である。昨年秋に決定された第6次エネルギー基本計画では、30年のCO2削減目標46%達成に向けて野心的なシナリオが示されたが、再生可能エネルギー、水素利用など考え得るあらゆる手段を総動員して達成できたとしても、エネルギー自給率は3割にしかならない。

ウクライナの例を持ち出すまでもなく、エネルギーはこれからもコモディティとウエポンの二つの顔を持ち続け、その時々で表情を変えるだろう。

エネルギー供給のレジリエンスを高めることは日本の経済・社会の安定と発展にかかわる最も重要な課題である。それを実現するためには、原子力発電、原子燃料サイクルが今後も一定の役割を果たすことが不可欠だ。

一方で、原子力は極めて高度な技術集約的なエネルギー源であり、建設・運転・保守などの各面において長い経験と技術、知識の蓄積があって初めて継続が可能となる。そして、それを支えるのは人財に他ならない。

しかしながら、原子力関係学科・専攻の減少や教員数の減少が顕著になっているほか、熟練技術者の高齢化・退職と若手技術者不足が深刻化していると耳にする。また、原子力産業における研究開発費の減少、さらには原子力産業から撤退・離脱する企業も出てきている。

これらは、将来における明確な原子力の位置付け、具体的な原子力ビジョンが描けず、先行き不透明であることの影響が大きい。国、電力会社には、原子力の信頼回復に向けた取り組み、原子力が果たす役割に対する理解活動はもちろんだが、原子力の持続的な活用について将来に向けた明確で確固たるビジョンをぜひ打ち出していただきたい。

やの・しんいちろう 1982年早稲田大学商学部卒、東京電力入社。広報部長、多摩支店長、テプコシステムズ常任監査役などを経て、2022年から現職。

巨大なビジネスチャンスを提示 企業・団体が最先端技術を出展


【スマートエネルギーWeek秋2022】

最先端のエネルギー関連技術に触れようと、全国から多くの来場者が詰めかけた。

電気料金の高騰が、再生可能エネルギーを巡るビジネスへの関心を高めている。

 国内外のエネルギー関連団体や企業が集まる日本最大級の総合展示会「スマートエネルギーWeek秋2022」が、8月31日から9月2日まで千葉県の幕張メッセで開かれた。380の企業や団体が最先端技術を出展し、3日間で約3万人が来場。再エネビジネスの関心の高さを浮き彫りにした。

3日間で約3万人が来場した

会場は七つの展示ゾーンで構成。2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向け、主力電源としての期待される洋上風力発電「WIND EXPO 風力発電展」では、関係者によるセミナーのほか、風力発電所の建設、保守運用などで技術を持つ企業団体が出展した。来場者からは「国の後押しもあり見通しは明るい」(船舶業界関係者)と期待の声が聞こえる一方で、「日本は風車の大型化が進み大量生産には向かない。技術力を示して海外企業にアピールしないと儲けにはつながらない」(塗装メーカー関係者)と冷静な意見も聞こえた。

SEP船で大型風車を設置 洋上風力の競争力高める

「適地が限られる日本で洋上風力を進めるなら、大型化は必須」と話すのは、海洋土木工事を多く手掛ける五洋建設洋上風力事業本部の島田遼太郎氏だ。国内で初めて大型クレーンを搭載した800t吊の自己昇降式作業台船(SEP船)を投入するなど、今後は風車の大型化に対応した1600t吊のSEP船を23年4月稼働に向けて建造中だ。島田氏は「1600t吊のSEP船が完成すれば、1万5000kW級の着床式洋上風力設置工事にも対応できる」と話す。五洋建設は今後3籍のSEP船を保有し、海底ケーブル敷設や1万5000kW級洋上風力建設の競争力を高める構えだ。

大型化する洋上風力事業に企業も対応

そのほか、三菱重工業グループでは、浮体式洋上風力技術の一般化に向け、福島浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業を推進。こちらも1万5000kW級といった風車の大型化に対応する。三菱造船の小松正夫海洋開発担当部長は「3~4年後にも洋上風力は浮体式が世界標準になると予測している」と話す。三菱造船の手掛けるフロート技術は既存造船所の設備を活用でき、港湾の作業が可能なため、日本の海岸での製造に適しているという。将来的には曳航可能な浮体式の利点を生かしてアジア各国で市場拡大を目指す。

国際エネルギー機関(IEA)によると、洋上風力市場は、40年には全世界から120兆円超の投資が見込まれるという。特にアジア市場は欧州とは海の形状や気象条件が異なり、現在の風車設計の中心である欧州とは違う技術コンセプトが求められる。

企業にニーズ高い蓄電池 海外メーカーも市場参入

洋上風力のほかに来場者の関心を集めたのが、二次電池や太陽光発電のゾーンに展示された蓄電システムだ。蓄電システムは蓄電池とパワーコンディショナーが一体となり、電気を蓄え、必要に応じてその電気を利用できる。大型の蓄電システムは、コンビニやホテルなどの施設にソーラーパネルを設置する企業のニーズが高い。企業の蓄電池導入は、国や地方自治体の補助金も手厚い。

日本の蓄電池市場に海外メーカーも注目

現在、蓄電池システムは村田製作所やパナソニック、京セラなど電機メーカー大手が販売しているが、新たに参入するのが中国のファーウェイだ。年末を目途に、スマート産業用蓄電システムの発売を予定している。担当者は「用意したパンフレットがなくなりそう」とうれしい悲鳴を上げる。

家庭用の蓄電システムを展示したのは、台湾のプラスチックジャパンニューエナジーだ。化学分野や半導体分野で世界トップクラスの大型複合企業グループで、日本での家庭用蓄電システムの販売について7月、双日と総代理店契約を締結。秋から販売を開始する。双日の蓄電システム担当者は「昨年夏から、『(再エネ電気は)売っても安いので貯めたい』という声が増えている」と話す。 

ここで重要なのが、蓄電池を導入したとして、採算が取れるのかという問題だ。住宅で蓄電池を導入するには、100万円以上の費用がかかることが多いうえ、蓄電池の寿命は、10~15年ほどとされる。

国内最大級の蓄電池専門ECサービス「丸紅エネブル蓄電池」の試算では、太陽光パネルを設置している一般家庭で蓄電池を導入、自家消費率を30%から70%まで向上させた場合でも、電気料金の年間削減額はわずか3・5数千円程度にとどまる。この状況を見越して補助金が交付されているが、補助金を利用して導入費を抑えたとしても、初期費用を回収できるかどうかは微妙だ。とはいえ、電気料金の高騰トレンドが続くと見て蓄電システムの導入を検討する家庭もあり、22年以降、今回取材した各メーカーには見積もり依頼が急増しているという。災害や停電時の非常電源として利用するメリットも考慮したケースもある。

企業、家庭ともに、蓄電池を求めているのは採算上のメリットだけが理由ではない。企業であれば脱炭素経営に取り組むため、家庭であれば災害への備えや、サステナブルな生き方をするためなど、金銭だけでは計れない価値のために脱炭素を選択する。そして、そこに巨大なビジネスチャンスが生まれようとしている―。今回の総合展では、そのうねりを体感することができた。

中山間地や自然公園に水平展開へ 山岳観光地の脱炭素モデルを構築


【地域エネルギー最前線】 長野県 松本市

乗鞍高原が2030年度までにCO2排出実質ゼロを目指す「脱炭素先行地域」の第一弾に選ばれた。

行政、地域住民、企業、大学が一体となって、山岳観光地のリーディンモデル形成を目指す。

 乗鞍岳山麓の静寂な自然環境に囲まれ、山岳観光地として親しまれてきた長野県・乗鞍高原。だが今、少子高齢化や居住人口減、新型コロナウイルス禍などによる観光客減、温暖化などで豊かな自然環境が失われることへの危機感など、さまざまな課題に直面する。

山岳観光地として持続的に発展し活力を取り戻したい―。そんな地域住民の思いから生まれたプロジェクトが、環境省による脱炭素先行地域の第1回公募で、長野県で唯一採択された。松本市が、乗鞍高原を擁する大野川区、信州大学と共同で提案した「のりくら高原『ゼロカーボンパーク』の具現化」だ。 “世界水準”の「ゼロカーボンパーク」実現に向け、地域を挙げた取り組みが本格化しようとしている。

豊かな自然に恵まれた乗鞍高原

きっかけは地元の将来構想 3つの柱で地域に好循環を

計画の柱は、①地域裨益型小水力発電所を建設し、エネルギーの自治を実現すること、②サステナブルツーリズムモデルを形成し、滞在意欲の高い来訪者を獲得すること、③地域活力の好循環を創出することにより、人口増を実現すること―の3本だ。

①については、乗鞍地域に流れる信濃川水系の小大野川に、674kWの小水力発電所を整備し、地区の住宅や宿泊施設などに設置した太陽光発電由来の電気と合わせて地域内に供給。住宅の断熱改修やLED導入を進め、2030年度の電力の脱炭素化に道筋を付ける。エネルギーの地産地消により生まれる収益の一部を地域の収入源として半永続的に入る仕組みを構築し、地域の課題解決に活用していくことも考えている。

②については、観光客向けに、ゼロカーボン拠点施設(現観光センター)をとする環境配慮型の二次交通を構築する。観光客の移動手段として、低速で走行し環境への負荷が小さいEVバス、E‐バイクなどを導入。地域の自然環境に配慮したサステナブルツーリズムを実現することで、インバウンド需要やワーケーション需要に訴求し、長期滞在型の旅行者やリピーターの獲得を狙う。

③は、地域内ビジネスとして「木の駅事業」を展開する。管理が行き届かず景観の支障となっている木々を伐採し、薪ストーブ・ボイラーの燃料として加工。各家庭や宿泊施設に、新たに薪ストーブやボイラーを導入しその燃料として利用する。

放牧が途絶えて森林化したシラカバなどを伐採し草原の景観を取り戻すと同時に、木質バイオマス熱として利用することで、電力由来以外の温室効果ガス排出削減につなげようというわけだ。脱炭素を起点に新たな地域ビジネスを立ち上げることになるため、新規雇用を創出し、若年人口を増やし地域活力の好循環を創出することも期待できる。

総事業費は26億円と試算。先行地域に採択されたことで、このうち17億円を国の交付金で賄うことができる。松本市環境エネルギー部環境・地域エネルギー課の丸山克彦課長補佐は、「小水力発電の整備や運用をどのように行うのか、まだまだ手探り状態だが、『山型』の脱炭素化のリーディングモデルを確立し、市内のほかの中山間地や自然公園にも水平展開していきたい」と語る。

実は、計画のベースには昨年3月に、乗鞍高原の地元関係者による「のりくら高原ミライズ構想協議会」が、同地域の将来構想として策定した「のりくら高原ミライズ」がある。丸山課長補佐によると、「地域が脱炭素先行地域の共同提案者となっている例はほかになく、住民発信型の取り組みとして唯一の案件ではないか」という。

ミライズでは、観光振興や人口減少に歯止めをかけ安心安全な暮らしを守ることのみならず、ゼロカーボンの実現など循環型社会の実現を目指すことにまで踏み込んでおり、大野川区が市内でも脱炭素化への機運が高い地域であることがうかがえる。

ゼロカーボンシティへ 市、事業者、市民が総力

松本市では、このほかにも、ゼロカーボンシティを実現するためさまざまな取り組みを進めている。建て替え計画がある市立病院が所在するアルピコ交通上高地線の波田駅周辺では、『街型』の脱炭素モデルづくりを進める計画があり、『山型』の乗鞍とともに市内全域に広げていく方針だ。

また、今年2月には、地域の脱炭素化を支援する産学官金連携の共同団体として「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」を設立した。地元の事業者や大学、金融機関、市などが連携し、定例フォーラムや課題別の部会などを通じて、地域の脱炭素事業の具現化や発展を図る。

さらに6月には、化石燃料から再エネへのシフト、省エネの徹底、ごみの減量やリサイクル、環境負荷の少ない交通手段への転換といった、ゼロカーボンの取り組みを「まちづくりの大原則」として位置付ける「松本市ゼロカーボン実現条例」を制定。ここでは、市、市内の事業者、市民が脱炭素化に向け、それぞれの責務を果たしていかなければならないことを明記している。エネルギーの地産地消の役割を担うため、市や地元企業が出資する形で、早ければ来年度にも地域エネルギー会社を設立する方向で検討を進めている。

脱炭素先行地域に選定されたことを受け、臥雲義尚市長が記者会見で語ったのは、「豊かさと幸せを実感できるまちづくりに向けた大きなチャンス。ゼロカーボンの先駆けとなるよう市民の皆さんと共に取り組んでいきたい」と、市民と一丸でゼロカーボンを目指すということ。

とはいえ、現段階では脱炭素の必要性を行政と市民が十分に共有できているわけではない。ゼロカーボンの取り組みは「未来への『投資』である」と、脱炭素の機運を醸成していくことが、これからの市の大きな役割となる。