飯倉 穣/エコノミスト
1,バブル崩壊後ゼロ成長に近い状況が続く中、成長を求める政・官・学による様々な安易な案が浮かび消えた。企業不祥事や企業活力に絡んで米国流企業統治(コーポレートガバナンス)が喧伝された。投資家重視、取締役会の監督強化、社外取締役の活用や経営陣の第三者的委員会による指名等である。そして会社法改正や証券市場主導のコーポレートガバナンス・コード策定が進む。
それらがなぜ経済成長に結実するか腑に落ちない中、報道があった。「「投資家を社外取に」に提言 経産省、市場との相互理解を促す 金融知識持つ取締役 米英の1/3」(日経22年7月12日)。毎年のように見直しが継続し、企業サイドも疲れ気味である。改めてコーポレートガバナンスとそのコード等を考える。
2, 90年代企業不祥事やリストラに直面し、コーポレートガバナンスの問題が浮上した。業務執行と監督で取締役会の在り方が問われた。メインバンクシステムの過大評価を背景に銀行に代わるチェック機能が必要とされた。民の活動として日本コーポレートガバナンスフォーラム開催(94年)、経済団体等の提言(日経連(現:日本経団連)『日本企業のコーポレート・ガバナンス改革(98年)』)、日本取締役協会設立(02年)もあった。それらの主張も契機に、02年改正商法で社外取締役制度が明記される。
東京証券取引所は「上場会社コーポレートガバナンス原則」(04年)で、企業価値を高める企業活動の枠組み=企業統治(動機付け、監視)を提示する。①株主の権利、②株主の平等性、③コーポレートガバナンスにおけるステークホルダーとの関係、④情報開示と透明性、⑤取締役会・監査役(会)の役割を述べる。これらは各企業の取り組みで十分である。「どうぞご自由に」であろう。
3,それが国家政策の柱に取り上げられ、企業統治の枠組みに政府関与が強まる。端緒は、アベノミクスの成長戦略である。「日本再興戦略」(13年6月14日)は、成長戦略を打ち出し、「成長への道筋」に沿った主要施策例で、民間の力を最大限引き出すとして、コーポレートガバナンスの見直しをあげた。具体的には、会社法を改正し、外部の視点から、社内のしがらみや利害関係に縛られず監督できる社外取締役の導入を促進する。第二に機関投資家が、対話を通じて企業の中長期的な成長を促すなど、受託者責任を果たすための原則(日本版スチュワードシップコード)を取り纏める等である。
金融庁は、スチュワードシップ・コード(14年2月策定、17年5月改訂、20年3月改訂)とコーポレートガバナンスコード(2015年策定、18年6月改訂、21年6月再改訂)を提示した。
そして推進者の経産省は、コーポレート・ガバナンス・システム研究会(CGS研究会)でコーポレートガバナンスコードを補完するコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)を検討し、CGSガイドライン(17年策定、18年改訂)を示す。
コーポレートガバナンスの重要性を強調し、取締役会の経営機能・監督機能の強化、社外取締役の重視、役員人事の客観性とシステム化、CEOのリーダーシップ強化、指名・報酬の在り方を検討する。そして市場からの評価や投資家との対話を通じて経営を改善することを目論む。投資家代表の出現となる。今回実務指針(22年7月)は選出の留意点を示す。
4,コーポレートガバナンスコード(東京証券取引所)を拝見すると、副題に「会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために」とある。基本原則は5つである。①株主の権利・平等性確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話である。
基本原則は、株主重視(受託責任・説明責任・企業価値向上・対話)をうたう。そしてステークホルダーは配慮の対象となる。資本と経営の分離は消え、雇用を第一と考える理念も後退している。且つ安定経営に必要な持ち合い等の縮減を求める。全体的に株主というか投資家重視かつ証券市場の利益維持・拡大目的と見受ける。
5,コーポレートガバナンスの成果の評価項目は、世界競争力ランキング、世界の時価総額上位100社企業の構成、世界の企業の時価総額ランキングである(経産省CGS研究会資料)。いずれも低迷である。そして社外取締役の選任状況、指名委員会・報酬委員会の設置状況、独立社外役員比率、経営者報酬変化、営業利益と設備・研究開発投資比率、実質賃金推移、企業業績(営業利益率)国際比較等々を紹介する。各項目を一覧すると、コーポレートガバナンス・コードの実践・制定で企業成長可能と思えない。経営側の負担増加が目立つ。
6,企業とは何か。通常の理解では、目的は利益追求、手段は経営資源の有効活用、理念は自己否定であろう。加えて民間企業は、社会的存在としての役割がある。雇用の維持・拡大である。そう考えるものには、経済成長や証券市場と関連付けたコーポレートガバナンス・コードに違和感を覚える。企業は、法令・会計規則に違反してはいけないが、それ以外は、社会的存在を意識しつつ、利益追求の自由な活動が当然である。
コーポレートガバナンスは、抑も民間企業が、法令の下で自主的に考えていくべきものである。箸の上げ下げ指導という感覚で、政府が関与するものでない。あくまで民間の自由な発想で考えて実行すべきである。投資家は、それを評価して投資の適否を判断するだけである。投資家への阿りは不要である。ゼロサムゲームの金融という虚業と実業の峻別こそ大事である。且つ民間企業は、国営企業ではない。政府主導のコーポレートガバナンス押付けは、不要である。
7,繰り言になるが、企業統治は、基本的に企業経営問題で、社内外で議論を尽くして、それぞれの会社が最適解を選択していくことで十分である。「頑張ってください」で済む話である。 雇用の視点から見れば、投資家の願望や欲望より、まず働く人を考えた企業経営であるべきである。新しい資本主義が雇用重視なら、官製コード棚上げが妥当である。
【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。