A ロシア問題や世界的なエネルギー高騰を受け、政治家からは一般論として原子力再稼働を求める発言が相次いでいる。岸田文雄首相は5月上旬の英国金融街・シティーでの講演で、原発1基の再稼働は年100万tのLNGを世界に新規供給するのと同効果、などと強調した。だが、新規制基準適合性審査の効率化などの具体策は述べず、一般論にとどまっている。石炭に続き5月9日にロシア産石油の禁輸を発表したときも、首相からは同様の発言しか出なかった。
B チェルノブイリ原発やザポリージャ原発への攻撃を受けて「核物質飛散のリスクから原子力は危険」との意見が、案の定出ている。だが、原子力の稼働と軍事攻撃は無関係だ。原発のリスクだけを抜き出すのではなく、国防全体としての対応を検討するべきだが、国民やマスコミ、政治家にはそういった認識が希薄だ。
C 一方、福島事故以降は原子力に対して厳しい意見を持つ人が多い中、今回のウクライナ有事を機に原子力の稼働を求める具体的な声が上がっているとも感じている。日本維新の会や国民民主党が再稼働の迅速化を訴えていることも前向きな変化だ。しかし両者の意見がある中で、原子力政策をどうしていくかという方向性がよく見えてこない。
岸田氏は観測気球上げたまま? 3月ひっ迫時の対応検証必須
B 与党が率先しなければ物事は動かない。その意味で安倍・菅政権より踏み込んで岸田首相が観測気球を上げたこと自体は良かった。しかし参院選を控えていることから、観測気球のままで終わりそうだ。さらに、首相発言はコロナ禍やウクライナ有事といった外圧によるものだ。日本は相変わらず、国内事情をくんだ積極的な意思決定ができていない。
A 萩生田氏は安倍晋三元首相の側近としての立ち位置を取っており、ロシア産化石燃料の禁輸には後ろ向きだ。G7(先進7カ国)との協調重視の官邸との間には温度差がある。萩生田氏には政治家として、全体を見渡して国益をどう考えるのか示してほしい。ロシア産資源を調達し続けることは真の国益なのか。省益ではないかと思う点もある。
B 経産省でなく、規制委が原発稼働の権限を持つようになったことで、官僚も首相や官房長官に発言を振り付けるようになっている。
A やはり自民党の路線がはっきりしていないことが問題の根幹だ。昨年の第六次エネルギー基本計画を巡っても、自民党内の反原発派は公明党を巻き込もうと動いた。党内対立が原子力政策を足止めしている。
B 今夏、冬の需給は相当厳しい見通しだ。垂直一貫体制からの転換が全ての原因だと一概には言えないが、構造的問題を含めてこれまでの検証はきちんとすべきだ。
A 3月の需給ひっ迫時も、本来は官邸に本部をつくって対応すべきだった。前日21日夜の経産省担当課長の会見では、記者から「警報発令という理解でいいのか」と問われ、ようやく認める状態。しかも22日当日は、夕方前に萩生田氏が会見して節電を呼びかけたが、実は夜にはパリ出張で日本をたっていた。最も停電の危機が高まった時間帯、国内に責任者が不在だったということだ。危機管理の問題として政府の対応を検証すべきだ。
C 原子炉等規制法において、新規制基準の許可が規定されており、許可が得られていない発電所は再稼働できないルールとなっている。仮に超法規的に再稼働できるようにしたとしても、本来の要求事項を満たさずに再稼働することに対して社会から理解が得られないのではないか。エネルギー問題というよりは、社会的な問題が大きな壁になるのではないかと考えられる。再稼働を達成するためには、やはり政治判断が必要になる。
B ただ、現場の職員に聞くと、規制のプロセス以外の部分については、時間はかかるが技術的に再稼働は可能だと言う。かといって安全をないがしろにしているのではなく、規制とは別に、事業者は稼働前に必ず使用前検査で問題がないか確認している。万が一の際に最も危険な状況になるのは現場の人たちであり、入念な検査は自分の命のためでもある。
A 審査の迅速化については、規制委は三条委員会ではあるが、行政手続法では努力規定として審査期限を明示するよう求めている。そして規制委は審査の標準処理期間を2年としているものの、実態は乖離している。これについて昨年国会で滝波宏文参院議員が更田豊志委員長に見解を求めた際、更田氏からは「2年はあくまで標準的な目安であり、審査では徹底的に安全を確認するよう指示している」といった回答だった。規制委トップが処理期間2年を守ろうとしない以上、首相が具体的に審査の迅速化に動くしかない。
C 審査の短縮化が早期稼働につながることは間違いない。他方、既に設置許可が出ている東海第二、女川2号機、柏崎刈羽6、7号機、島根2号機などは、許認可手続きではなく、安全対策工事に時間がかかっていて稼働できずにいる。こうしたプラントでは、物理的にすぐ稼働することは難しい。安全対策工事では、既設を取り除いて新しい設備を設置する作業が敷地の至るところで進行している。工事途中で稼働できるか否かは、進捗状況と、新設の設置を後回しにしても既設で運転に必要な設備が即動かせる状況かどうか、といったあたりにかかってくる。
B 確かに事業者の中でも、本社の人は「工事が終わっていない段階での稼働は難しい」と言うが、現場の人は「工事を一時中止しての稼働でも問題はない」と答える。地元合意の問題もあるにせよ、まさに緊急時対応なのだから、常時のプロセスにこだわらない対応も排除せず検討すべきではないか。