【論説室の窓】神子田 章博/NHK 解説主幹
三菱商事、三井物産はサハリン2の権益を維持するが、天然ガス供給には不安がつきまとう。
世界的に生産余力が乏しい中、調達先の多様化や節ガス、緊急調達の制度設計が急がれる。
ウクライナ情勢が一段と長期化する様相を帯びて来た。9月末、ロシアのプーチン大統領は、軍事侵攻によって支配下に置いたウクライナ東・南部の4州を一方的に併合すると宣言。住民投票でロシアへの編入について賛成が多数を占めたと主張し、ウクライナ側に都合よく停戦を求めた。これに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は絶対に受け入れられないとして、「全領土から占領者を追い出す」と猛反発。今後は、自国のものだとする領土の〝防衛〟に全力を注ぐロシアと、占領された領土を取り返そうというウクライナとの間で戦闘が長期化するのは避けられない情勢だ。
こうした中で不安視されているのが、ロシアからのエネルギー調達だ。とりわけガスの需要が高まる冬を前に、供給不足やエネルギー価格の高騰が懸念されている。

サハリン2の権益維持 供給停止の可能性は低い
日本は、ロシア極東の天然ガス開発プロジェクト・サハリン2からLNG需要のおよそ9%を輸入している。サハリン2を巡ってロシア政府は、事業を引き継ぐ新たなロシア企業を設立。これに対し旧会社に出資していた三菱商事と三井物産はそれぞれ新会社への出資を表明し、これをロシア政府が承認したことで、権益は維持される方向となった。一安心といったところだが、国際社会からロシアへの批判が高まる中で、ロシアのウクライナ侵攻のための戦費にもつながる巨額の資金を支払って、天然ガスを買い続けてもよいものだろうか。
日本側の理屈はこうだ。日本が苦渋の思いで権益を手放したとしても、契約に規定された代金は支払い続けないといけない。ロシアは日本に天然ガスを売らずに巨額の資金を手にすることができ、さらに日本に売却しないことになった天然ガスをほかの国に売れば、さらに巨額の資金を獲得することになる。いわば敵に塩を送る形となるのだ。
また、権益を第三国の中国が買い取れば、資源獲得の競争相手である中国に漁夫の利を与えることになるともいわれている。実際に各国が対ロシア経済制裁を強める中、中国は漁夫の利を得ている。中国が今年8月、ロシアから輸入した天然ガスは67万tと去年の同じ月に比べて36・7%増加、原油は834万tと27・7%増加した。日本がガソリン価格高騰に苦しむ中、中国では逆に一部の地域でガソリンが値下がりしているところもあるという。
このように、さまざまな情勢を総合的に判断した結果、ロシアからのLNG調達を継続することになった日本だが、それでも今後の日露関係の行方によっては、ロシアが日本向けのガス供給を突如断ち切る可能性も指摘される。
ただ筆者は、その可能性は低いと考えている。ウクライナ侵攻でロシアは、欧米各国から最新兵器の供与を受けるなど全面的な支援を受けるウクライナの反転攻勢にあい、苦戦を続けている。戦況が長引けば戦費も一層かさむ。
その一方で、欧州最大の天然ガス売却の得意先だったドイツとは関係が極度に悪化し、ガスの供給を止めようとしているかのようだ。そうなればドイツにとっても大きな痛手となるが、ロシアにとっても巨額の収入を失うことになる。そのうえ、日本との取引を中止して、財政面で自らクビを絞めることはないのではないか、と考えるからだ。
しかし、天然ガスが世界的にも生産余力に乏しい中で、日本には今後も天然ガスの供給不安がついてまわる。
今年8月には、日本のLNG調達の35・8%と最も多くを依存するオーストラリアを巡ってエネルギー政策担当者が肝を冷やす場面があった。日本の公正取引委員会にあたる「競争・消費者委員会」が、オーストラリア政府に対してLNGの輸出を規制する措置を検討するよう勧告したのだ。LNGの輸出が増加し、来年、国内向けの供給が需要を1割程度下回り、ガス不足に陥る恐れがあることが理由だという。
これを受けて9月2日、西村康稔経済産業大臣は国際会議の機会をとらえてオーストラリアのボーエン気候変動・エネルギー相と会談。日本に対して今後も安定的に供給を続けるよう要請した。結局、オーストラリア政府は、輸出を規制する必要はなくなったとの認識を示すことになったが、この一件は輸出で潤うエネルギー生産国も、いざとなれば自国向けの供給を優先しかねないという現実を突きつけることになった。
こうした中、経産省は9月末、世界有数のLNG生産国で、日本が調達の13・6%を依存するマレーシアの国営企業「ペトロナス」との間で覚書を交わした。この中で、日本がLNGの調達が滞るといった危機的な状況になった場合に、マレーシア側がLNGを融通するなど、日本を最大限支援することで合意したという。
節ガス制度を議論 罰則付き使用制限も
さらに政府は万一、海外から十分なLNGの調達ができなくなり、都市ガスの需給がひっ迫した場合に備えて、ガスの利用者に節約を促す「節ガス」を要請する制度について議論を進めている。まずは無理のない範囲で節約を求め、不十分な場合は数値目標を設定、それでもひっ迫する場合には、企業を対象に罰則付きの使用制限もあり得るという方向で検討が進められている。
また経産省は、調達に必要な制度を整えるために法改正を目指している。価格高騰の中で、都市ガス会社がLNGを調達できなくなった場合に、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が代わりに輸入を行うなど、国が支援できる仕組みづくりを進めようとしている。
ガスは石油と違って長期間の保存が難しい。日本は今後も産ガス国との間で関係を深め、LNGの調達体制を分厚くする。そしていよいよ窮した時のために、節約で急場をしのぐ制度の整備をはかる。ウクライナ戦争がもたらした憂いに対する備えが急がれている。










