【東北電力】
昨年12月26日、東北電力の女川原子力発電所2号機が14年ぶりとなる営業運転を再開した。
被災プラント、BWRとして初の営業運転再開となり、震災からの復興などにつながる。
東北電力女川原子力発電所2号機は、昨年11月15日に再稼働(発電再開)し、12月26日に営業運転を再開した。同社は、再稼働を「再出発」と位置付けており、発電所をゼロから立ち上げた先人たちの姿に学び、地域との絆を強め、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を反映し、新たに生まれ変わるという決意を込めている。

新規制基準に基づき、安全対策を多重化・多様化するとともに、原子力発電所の「安全対策に終わりはない」という確固たる信念のもと、さらなる安全性の向上に取り組んでいくと気を引き締めているが、同発電所は建設以来、不断の安全対策に取り組み続け、震災時には避難してきた近隣住民を受け入れるなど、地域と共に歩んできた。
自然への畏怖を持ち検討 多様な安全対策を実施
同社の原子力発電所に対する安全思想の根本は、女川1号機の設計時にまでさかのぼる。設計に際して、文献調査や地元の方々への聞き取り調査から、当初は津波の高さを3m程度と想定していた。しかし、その後の専門家を含む社内委員会において「貞観地震(869年)や慶長地震(1611年)による津波を考慮すると、津波は3mより大きくなる可能性がある」などの議論を経て、最終的に敷地の高さを海抜14・8mと決定した。また、原子炉を冷やすための重要設備である海水ポンプは、津波の影響を受けやすい港湾部ではなく、原子炉建屋と同じ敷地高さから掘り下げたところに設置した。さらに、ポンプの取水路を、海側からポンプ側に近づくにつれて深くする設計とし、津波の引き波時でも海水が確保できるような工夫を凝らした。
地震対策としては、震災前の10年6月までに1~3号機で約6600カ所の機器や配管を補強する耐震工事を実施。地震発生時にも安定した体勢で操作・監視ができるよう、中央制御室制御盤へ手すり棒も設置した。これは余震が断続した震災時に活躍した。加えて、緊急時対策室などがある事務棟の耐震工事も実施してきた。
このように女川原子力発電所では、設計当初から、津波や地震など自然への畏怖を持ちながら、常に最新の知見を反映した対策に取り組んできた。同発電所は震災時、最大567・5ガルの大きな揺れと、約13mの津波に襲われたが、原子炉起動中であった2号機と、運転中であった1、3号機の3基とも設計通り自動停止。未曽有の大地震に見舞われながらも、これまでの対策が功を奏し「止める」「冷やす」「閉じ込める」の機能が有効に働き、安全に冷温停止(原子炉温度が100℃未満)することにつながった。
震災翌年の12年7~8月に国際原子力機関(IAEA)が行った現地調査では「あれほどの地震動にもかかわらず、構造物・機器は驚くほど損傷を受けていない」との評価を得た。