【論説室の窓】宮崎 誠/読売新聞 論説委員
参院選を終え、政府・与党は原子力発電所の再稼働に向けた動きを強める見通しだ。
原子力規制委員会による安全審査の長期化が再稼働の障害となっており、是正を急ぐ。
「原子力規制委員会において、過去の審査における主要論点の公表などによる事業者の予見性の向上、審査官の機動的配置などを着実に実施していく」
先進7カ国首脳会議(G7サミット)の閉幕後、ドイツ南部エルマウで6月28日に開かれた内外記者会見。岸田文雄首相は、原子力発電所の再稼働に向け、規制委の安全審査の迅速化に取り組む方針を示した。
国政選挙の最中に、自民党総裁でもある首相が大型外遊に出るのは異例だ。記者会見は、有権者に「外交の岸田」をアピールする場だったが、首相はあえて規制委の在り方に言及してみせた。
首相が日本を飛び立った6月26日、政府は、東京電力管内で電力需給ひっ迫注意報を初めて発令している。6月としては記録的な暑さに見舞われ、国民の間に電力不足への不満が増幅する中、首相として何を発信するのか。下手なことを言えば参院選の結果にも響きかねない。首相が出した答えは、規制委の在り方に関する具体的な見直し策だった。
規制委は2012年9月、環境省の外局として誕生した。原子力を推進する経済産業省の下に置かれた原子力安全・保安院が、東京電力福島第一原発事故を防げなかった反省を踏まえ、人事や予算を独自の判断で執行できる「3条委員会」として、高い独立性を確保している。
しかも、東日本大震災後、原発アレルギーが強まった国民の間には、規制委を「正義の味方」と見なすムードさえある。規制委に口を出すことは、政治的に大きなリスクを伴う。
それでも、首相が規制委の在り方に一歩踏み込んだ発言をした背景について、政府関係者は「誰が規制委に『鈴』を付けるのか。首相以外にはできない」と解説する。

出所:首相官邸ウェブサイトより
原子力規制庁の人員拡大 安全審査の迅速化が必要
規制委による安全審査の長期化が、原発の再稼働が進まない要因となっていることは明らかだ。
電力各社が新規制基準に基づく安全審査を申請した16原発27基のうち、審査に合格して、一度でも再稼働にこぎ着けることができたのは6原発10基。合格してもテロ対策施設の設置や安全対策工事が間に合っていないといった、さまざまな事情で再稼働できていない原発は7基に上る。
残り10基は審査が長引いており、稼働の見通しは立っていない。例えば、北海道電力泊原発の安全審査は9年にも及んでいる。
長年、規制委の強すぎる独立性を危ぶむ声はくすぶり続けていた。問題点は明らかなのに、政治的なリスクを恐れ、歴代内閣は懸案の先送りを重ねてきたと言える。
しかし、潮目は変わってきた。石油、ガスなどのエネルギー価格の高騰や電力需給のひっ迫を受け、停止中の原発の再稼働を急ぐよう求める声が国民の間で強まっており、長年の課題に取り組む「好機」を迎えている。
参院選を終え岸田政権は、規制委の在り方について、見直しを急ぐ構えだ。自民党の「原子力規制に関する特別委員会」は5月16日、規制委に対し、安全審査の効率化を促す提言を首相に手渡しており、党のバックアップも期待できる。
今後の検討では、原子力規制庁の増員が俎上に上がるとみられる。規制庁の発足時の定数は473人。14年に「原子力安全基盤機構」を統合するなどして、現在は約1000人まで増員した。それでも米原子力規制委員会の約4000人に比べると少ない。
審査会合では、規制委が求めた資料とは異なる資料を電力会社が提出して、出し直しとなるケースも多く、改善が急務だ。
規制委の更田豊志委員長は5月18日の記者会見で、「審査の効率化は規制当局にとっても良いことなので、できるだけ努力していきたい」と述べており、政府に協力する姿勢を見せている。
再稼働には信頼回復が不可欠 東電は企業体質の改革を
参院選が終わり、首相が自ら解散・総選挙を断行しなければ、25年の夏の参院選まで選挙がない。安定した政治基盤を得た岸田政権には、この「黄金の3年間」を使い、原発の活用を定着させていくことが求められている。
安定した電力供給は、国の産業競争力に直結する。05~16年の平均年間停電時間は、英国やフランスは70分程度、米国は100分超だったのに対し、日本は、東日本大震災の影響があった11年を除けば20分程度と少なかった。停電を招かないように節電を常に意識しながら、操業しなければならない状況が常態化すれば、日本経済は停滞を余儀なくされる。
ロシアのウクライナ侵攻によって顕在化したエネルギー安全保障上のリスクを軽減するためにも、原発の再稼働は必要だ。欧米では、原発を再評価する動きが加速している。25年の「脱原発」を目指していたベルギーの連立与党は3月、25年までに閉鎖予定だった原発2基について、10年間の稼働延長で合意した。英国は30年までに最大で8基の原発を新設する方針を表明している。
岸田政権が今後、原発の再稼働を目指していく中で、大きなリスクとなるのは、電力会社が不祥事などで世論の信頼を失ってしまうことだ。
東電の柏崎刈羽原発では昨年春、社員が他人のIDカードで中央制御室に入ったことや、侵入を検知する複数の機器の故障が放置されていたことが判明した。東電は、柏崎刈羽原発が21年度以降、順次再稼働すると見込んでいたが、相次ぐ不祥事によって、その時期は全く見通せなくなった。東電は、自らの企業体質に踏み込んで、抜本的な改革に取り組み、信頼回復に努めなければならない。
東電のみならず、ほかの電力会社でも、原発に絡んだ大きな不祥事が再び起きれば、再稼働に向けた政府のシナリオは一気に崩壊する。現在の電力需給のひっ迫により、原発再稼働を容認する声が増えていることは確かだ。しかし、電力各社は原発に厳しい視線を向けている国民が少なくないことを忘れてはならない。




















