「非化石価値」を取引する新市場 需要家・小売事業者に与える影響


【羅針盤】木山二郎(弁護士)/日髙稔基(弁護士)

「再エネ価値取引市場」の創設により、電気の「非化石価値」を取引する制度が大きく変わる。

新たな制度がもたらす影響とは―。電力小売り事業者、需要家の視点で解説してもらった。

 非化石価値取引市場は、小売り電気事業者によるエネルギー供給構造高度化法の目標達成の後押しなどを目的に、2018年5月に創設された。しかしこれまで、需要家の直接の市場参加は認められず、制度見直しの声が大きかった。

このような情勢を踏まえて、今般、高度化法の目標達成のための「高度化法義務達成市場」と需要家が参加可能な「再エネ価値取引市場」に区別されることとなった。本稿では、今後の環境価値取引において重要な役割を果たすことが期待される非化石価値に関する新たな市場制度について解説したい。

高度化法義務達成市場は、小売り電気事業者の高度化法の目標達成のための市場である。その制度設計の詳細については、本年8月26日、制度検討作業部会が公表した第5次中間取りまとめにおいて整理され、同月より取引を開始している。

同市場においては、取引対象は非FIT非化石証書に限定されることとなった。その結果、小売り電気事業者は、FIT非化石証書を高度化法の目標達成には使用できなくなった。そこで、30年度の高度化法の目標達成に向けての21年度中間目標値の再検討が行われ、非化石証書の外部調達比率が11%から5%に引き下げられることとなったが、現時点において高度化法の目標自体の見直しは行われていない。

また、同市場の取引価格については、事業者の予見可能性を担保する観点などから最低価格と最高価格が設定されており、最低価格は時限的にkW時当たり0・6円、最高価格は現状の4円から1・3円に引き下げられている。

需要家も取引参加可能に 再エネ価値市場の真価

さらに、非FIT非化石証書の供給源を有するのは基本的に旧一般電気事業者であり、売り手の入札行動が価格形成に強い影響を与える可能性があることから、これらの事業者の取引行動については電力・ガス取引監視等委員会による監視対象とされた。

また、非FIT非化石証書の売却収入の使途については「非化石電源kW/kW時の維持および拡大に資するものかどうか」との基準が設けられ、証書を販売した発電事業者は、その使途について、資源エネルギー庁への報告が求められることとなった。

一方、需要家が環境価値を調達する市場として再エネ価値取引市場が新設される予定であり、本年11月のオークション開始が目指されている。同市場については、FIT非化石証書を対象とし、9月中に中間取りまとめが行われる予定である。

本稿脱稿時点においては、その制度設計の詳細は公表されていないが、現時点の最新の議論によれば、同市場に参加できる需要家については、日本卸電力取引所の取引資格の取得要件を満たすことが最低限の条件として示されている。また、同市場を利用した仲介事業も想定されており、その取引の範囲や取引参加要件などについては今後の検討課題とされている。

また、再エネ価値取引市場で取り扱われるFIT非化石証書については、最低価格をkW時当たり0・3~0・4円とすることが提案されており、大幅な引き下げが想定されていることは、特に注目されよう。

なお、再エネ価値取引市場には小売り電気事業者も買い手として参加できるものの、高度化法の目標達成にFIT非化石証書を用いることはできないことは前記の通りである。

資源エネルギー庁資料より

環境価値へのアクセス容易に 「追加性なし」で懸念も

新市場制度への移行は環境価値の属性に応じた取引の活性化を企図した制度変更である。しかし、小売り電気事業者と需要家においては検討すべき論点も少なくない。

まず、小売り電気事業者においては、前記の通りFIT非化石証書が高度化法の目標達成のために使用できない状況下で、いかにして高度化法の目標を達成するかは今後の検討課題である。

また、需要家が直接参加できる再エネ価値取引市場の最低価格の引き下げが見込まれるところ、小売り電気事業者としては、非FIT非化石証書の調達費用を電気料金に上乗せして回収することが難しくなると予想される。

費用回収の在り方については本部会における今後の検討課題とされているものの、小売り電気事業者としては、電力の小売り営業に関する指針にのっとりつつ、再エネ電源の投資促進効果を示す「追加性」を意識した環境価値の訴求や再エネ価値取引市場に参入できない需要家のニーズに即したメニューを開発するなどの営業努力も必要になると思われる。

次に、需要家にとっては、再エネ価値取引市場の創設により環境価値へのアクセスは容易になる。ただし、その取引対象となるFIT非化石証書は現状、「RE100」の基準を満たすためのトラッキング付きではない証書が大半である。本部会においては、FIT非化石証書につき21年度中の全量のトラッキング実施を目指すとの方向性が示されているが、各需要家は、トラッキング付き非化石証書の拡充状況も踏まえつつ、自身のニーズに沿った環境価値の調達方法を検討する必要がある。

また近年、海外を中心に、環境価値を導入する企業においては、「追加性」を求める動きが高まっていると言われているところ、一部においては、FIT非化石証書が有する環境価値は「追加性」を有しないと指摘されている点にも留意が必要であろう。

本稿においては、新市場制度について解説し、新市場制度における論点を概括したが、今後、新市場制度の導入により、より一層、環境価値取引は活性化することが予想される。環境価値の導入を検討する需要家としても、自身のニーズ・目的に応じて、新市場の利用を検討していく必要がある。各企業の環境問題に対する意識はますます高まることが予想され、今後の環境価値の取引の動向からは目が離せない。

きやま・じろう 2010年森・濱田松本法律事務所に入所、21年パートナーに就任。14年に電力広域的運営推進機関に出向。エネルギーのほか、危機管理・事業再生といった分野で専門的知見を有する。

ひたか・としき 2020年森・濱田松本法律事務所に入所。電力・ガス事業における諸制度に関する各種相談対応、再エネ発電事業向けプロジェクトファイナンスなどの業務に携わる。

【都市ガス】中国が最大輸入国に 薄れる日本の存在感


【業界スクランブル/都市ガス】

今年、日本のLNG50余年の歴史で初めての現象が起きようとしている。LNGの年間輸入量で中国が日本を追い抜き、世界最大のLNG輸入国になる見通しとなったのだ。

1969年のアラスカからの輸入開始以来、日本は一貫してLNG事業発展の牽引車であり続けた。日本のエネルギー企業がLNG生産者側とタッグを組み、20年間前後の長期契約を締結し、輸入を滞りなく進めることで、1兆円以上の巨額な初期投資が必要なLNGプロジェクトの立ち上げを促進してきたのだ。

ところが、最近LNG生産者からは「日本」という国の名前は聞こえてこないという。日本では新規の需要増加が望めないだけでなく、エネルギー基本計画では大幅なLNG輸入量削減が明示されている。それに比べて、アジア地域では中国はLNG需要の伸び率が毎年10%以上と著しく、インドや東南アジア諸国も輸入量を増加させる傾向にある。

当然ながら、今後生産者側にとって最重要顧客は中国・インドへと移っていく。特に、中国では上海地域で石炭から天然ガスへの転換が進み、熱需要中心にLNG輸入量が増加している。したがって、厳冬になると冬場のピーク期にスポットLNGの輸入が急増するため、昨冬は中国のエネルギー企業中心にスポットLNGの買い漁りが発生して、日本でLNG不足を引き起こし、電力市場価格の異常高騰を招く一因となったことは記憶に新しい。今後、ますますこうした現象は起こりやすくなっていこう。

国際的な脱炭素化が進む中で、日本では天然ガスはCO2を排出する化石燃料のレッテルが張られ、削減対象とされているが、世界的には過渡期の主力エネルギーとして需要を拡大していく傾向にある。第6次エネルギー基本計画案で2030年目標のLNG使用量を減少させたように、今後、国家としてLNG調達を軽視する傾向が強まっていくと、今までLNGビジネスを支えてきた日本が困った時に助けを得られない状況に直面することになりかねない。(G)

分析・制御で電力システムを変革 エコシステムの創造に挑戦する


【エネルギービジネスのリーダー達】只野太郎/インフォメティス社長

早くからエネルギーデータに着目し、その分析・制御技術を培ってきたインフォメティス。

エネルギーの領域のみならず、社会全体の価値につながるデータの活用を目指す。

ただの・たろう 1991年東京都立大学卒、ソニー入社。技術者としてディスプレイのシステム設計などを手掛けた後、2010年からR&D部門ホームエネルギーネットワーク事業開発部で事業企画に携わる。13年4月にインフォメティスを設立、社長に就任。

 脱炭素社会の実現に向け、太陽光など自然変動型の再生可能エネルギーが拡大するのに伴い、よりきめ細やかに消費電力情報を制御・管理することの重要性が高まっている。こうした中、高精度の分析・制御技術によりエネルギーデータから生活に係るさまざまな情報を抽出し、それを社会全体の価値として転換させる取り組みを進めているのが、2013年に発足したエネルギーITベンチャーのインフォメティスだ。

只野太郎社長は、「電力の需給バランスを高度化することで、系統の効率化、需要家の経済性の最適化という双方にメリットをもたらすエコシステム創造に挑戦している。電力供給システムに良い変革を起こすことで、持続可能な社会づくりに貢献していきたい」と、同社の目指す姿を語る。

エネルギー情報を高度分析 暮らしの利便を創出

同社のコア技術は、電流波形の時系列データを基に、多面的な情報を引き出す独自の「NILM(ニルム)」だ。通常、家で消費する電力を機器ごとに把握するにはそれぞれに計測器を付ける必要がある。だが「NILM」は、電流の特徴をAIで分析することでどの家電がどれほどの電力を消費しているか判断する。このため、分電盤にセンサーを一つ設置するだけで各家電の使用状況をリアルタイムに把握できる。

そしてそこから読み取れるのは、単に電力の使用状況だけではない。住む人の生活スタイルなどさまざまな情報を抽出し、将来の電力需要や住む人の活動を予測することを可能にする。こうした情報をデータマイニングすることにより、いずれは、健康・医療、物流、マーケティングといったエネルギー以外の領域での価値創造にもつながると考えている。

同社では、エネルギーデータから生活に関するさまざまな情報を得ることを、生物学と情報学を融合した「バイオインフォマティクス」にちなみ、「エナジーインフォマティクス」と名付けた。只野社長は、「まだまだ一般的な言葉ではないが、将来はエナジーインフォマティクスといえばインフォメティスだと言われるようになりたい」と意気込む。

只野社長は大学卒業後、エンジニアとしてソニーに入社し映像関連の技術開発などに携わっていたが、10年に転機が訪れた。環境・エネルギー分野の新規事業創造のために新設された「ホームエネルギーネットワーク事業開発部」の社内公募に手を挙げ、初めてエネルギービジネスに携わることになったのだ。

翌11年には、事業開発の責任者に就いた。当時、日本ではVPP(仮想発電所)やDR(デマンドレスポンス)などはまだまだ実証の域を超えていなかったが、先行する欧米でスマートグリッドの実証に取り組むなど、事業化に向けた準備を着実に進めた。

ところが12年にソニーの業績が悪化。事業環境の変化などから、経営判断により新規事業が継続できなくなってしまう。それでも、培ってきた技術を将来につなげたいとの思いは強く、経営陣と交渉し、NILMの技術移転を受けるとともに、外部からの資本出資を受けることで同社の設立にこぎ着けられた。「エネルギーデータを社会全体に役立てることで、エネルギーインフラを社会インフラに創り変えていく」というソニー時代に掲げたミッションは、今も引き継がれている。

脱炭素が後押し 幅広い領域でビジネス展開

ソニー時代を含め、新たなエネルギービジネスを模索しはじめて10年が経過した。16年の小売り全面自由化後も、期待するほど電力分野の新規ビジネスが活性化することはなかったが、脱炭素の後押しでVPPやDRなどが本格的に動き出し、ようやくビジネスチャンスが到来したと実感している。

18年には、東京電力パワーグリッドと共同で新会社「エナジーゲートウェイ」を立ち上げ、家庭向けにIoTプラットフォームサービスの提供を開始した。日立製作所や関西電力系のK4ベンチャーズなどとも連携し、今後は産業分野も含め幅広い領域でのビジネス展開を視野に入れている。

只野社長は、「系統フレキシビリティ(調整力)の解決策として蓄電池に大きな期待が寄せられており我々もその一翼を担うが、蓄電池自体もゼロカーボンではない。制約のある再エネと共存し続ける上で、人々がエネルギーを全く気にせず、大量の調整機器によって電力システムが自動最適化されている世界が本当に理想なのか」と疑問を投げ掛ける。

「情報技術によって自動最適化も進化し、かつ、情報によって人々がエネルギーの使い方を自然に意識するイデオロギーが浸透し、行動が変容することも合わせて電力需給全体の最適化が図られる―。そのような世界を実現する技術やソリューションの提供を目指していきたい」と語り、理想実現へ着実に歩を進めようとしている。

【新電力】迷走続ける各社 閉塞感の打開策は


【業界スクランブル/新電力】

 新電力各社の戦略が迷走している。契約口数は増加しているものの、販売電力量の増加スピードが鈍っている。また、今年初頭の需給逼迫時に盛んに論じられた撤退事業者も増えておらず、小売り電気事業者の間では閉塞感が漂っている。

原因は販売単価の低迷による採算性の低下である。今後、容量市場受け渡し開始や再エネ賦課金増加などにより、電気料金が上昇すれば、自家消費太陽光や蓄電池、DRなど付加価値となりうる商材の開発につなげることができるが、現在は残念ながらこれら新たなサービスの収益性確保は極めて難しい。当然、差別化も非常に難しい状況となっている。

本稿では言及を避けてきたが、小売り電気事業者の間における閉塞感は、河野太郎規制改革担当相が主導する「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(TF)」によるものも大きい。

容量市場凍結など、これまでの行政プロセスを否定するかのような過激な議論を主導してきたが、容量市場の停止や新電力の救済など、再エネTFの主張をそのまま実行したとしても再エネは増えず、新電力は救われない。前述の通り、新電力苦境の原因は行き過ぎた競争による販売単価の低下、それに伴う採算性の低下であるからである。

容量拠出金の支払い開始により、小売り電気事業者の負担は増えるが、中長期的には事業環境は好転する。また、経営体力のない事業者の市場からの退場が促される。論理的な議論がなされず、耳触りの良い議論ばかり行われている現状は、新電力にとっても大変な不幸である。

残念ながら、同様の中長期的な事業者の環境を顧みない主張は経済産業省の審議会でも一部有識者や事業者の間でも主張されており、大変に憂慮されるところである。制度検討作業部会が開始されて以来、このような短期的な事業インパクトを避ける議論や事業者の戦略により、今日の小売電気事業者の苦境が生まれてしまっているのではないだろうか。(M)

【マーケット情報/10月15日】原油上昇、需給逼迫観さらに強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。需給が一段と引き締まり、米国原油の指標となるWTI先物は、2014年10月末以降初めて80ドル台となった。

天然ガス価格は依然高騰しており、アジアと欧州で、燃料の石油への切り替えがさらに進む見通し。また、アジア太平洋地域では、新型コロナウイルス感染防止対策の規制が一段と緩和。米国も、冬期休暇を前に、ワクチン接種者を対象に入国規制の撤廃を決定。経済と石油需要回復が加速するとの予想が広がった。

需要増加の観測が強まるなか、OPEC+は、増産ペースを引き上げて、原油価格に下方圧力をかける方針を否定。さらに、米国の原油在庫は前週比で増加するも、前年を13%下回った。米エネルギー情報局は、今年の国内産油量予測を下方修正。8月末のハリケーン「アイダ」発生にともなう生産の一時停止が要因となっている。供給不足への懸念が一層強まり、価格を支えた。

【10月15日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=82.28ドル(前週比2.93ドル高)、ブレント先物(ICE)=84.86ドル(前週比2.47ドル)、オマーン先物(DME)=83.10ドル(前週比1.96ドル高)、ドバイ現物(Argus)=82.92ドル(前週比1.88ドル高)

【コラム/10月18日】電気事業とセクターコンバージェンス


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

国内外で、電力市場における競争の激化により、電気事業者の電力販売による利益は減少している。そのような中で、新たな価値創造のために事業分野の拡大とイノベーションの開発が重視されている。イノベーションを促進するためには、他企業との協調、とくに異分野の企業との協調が重要性を増す。異業種との協調は、お互いの強みを持ちより、弱みを補いあうことを目的としているが、そのためは、自己のコアコンピタンスを冷静に見極める必要がある。

最近、セクターコンバージェンスという言葉を耳にするようになったが、これは、異業種との協調と同義で、以前は別々であった産業セクターが一つの価値創造単位に統合されることを意味する。デジタル技術の発展が産業の垣根を取り払い、セクターコンバージェンスの原動力となっている。セクターコンバージェンスは単なる協力からジョイントベンチャーまで様々な形態をとりうる。それでは、電気事業者にとって、セクターコンバージェンスはどの分野が有望で、どのようなパートナーと協調することが大きな利益をもたらすであろうか。これについては、ドイツでは、シュタットヴェルケの新規事業との関連で、盛んに議論されており、本コラムでは、その状況について紹介したい。

セクターコンバージェンスに関する業界団体BDEWの調査によれば、電気事業者は、コアビジネスに近い分野でのコンバージェンスに最大のポテンシャルを見出してしている。同調査では、企業の約7割は、蓄電池を含む分散型電源、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野での他産業との連携が最も強く発展していくと考えている。これらの事業分野では、基本的に技術的なハードルは克服されており、事業リスクの定量化も可能であることも連携を促進させている要因である。また、電気通信分野(5割台半ば)、スマートホーム(5割弱)、スマートシティ(3割台半ば)の分野も電力産業のコアビジネスからは遠いものの、コンバージェンスのポテンシャルが存在している(カッコ内は、調査対象全体占める企業の割合)。

電気事業者がイノベーションを創出していくためには、デジタル技術が欠かせないが、大部分の企業は、デジタルプロダクトの開発にはパートナーとの連携が必要と考えている(ウィンウィン関係の構築)。これは、複雑な革新的プロダクトの開発が求められることや開発のスピードが速くなってきていることによる。パートナーとして、シナジー効果が期待できると企業が回答したのは、住宅産業が7割弱、テクノロジー・IT産業が6割台半ば、電気通信インフラ・サービス・ブロードバンド産業が5割台半ばとなっている。これに対して、自動車産業は5割弱となっている。

地域に根差すユーティリティ企業、とくにシュタットヴェルケは、有望なパートナーを選定する上で有利な立場にある。とくに、住宅産業との連携は、分散型発電、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野で大きなシナジーが見込める。現在のシュタットヴェルケのポジションは、コアの段階的な拡大に重点を置いているが、コア事業から遠い事業分野は、資金調達、シナジー効果、専門知識などの観点でリスクが高いという特徴があるものの、長期的な収益源を生み出す機会を提供している。

また、あるプロダクトの開発のために形成されるパートナーシップは、他の企業グループのパートナーシップと競合する可能性がある。また、自己のパートナーシップ内の企業は、他のプロダクトの開発に際しては他のパートナーシップに属することもあるだろう。この意味で、セクターコンバージェンスにより、電力企業と異業種分野の他企業との協調関係がますます複雑化することを認識しておく必要がある。わが国の電気事業においても、市場競争の激化により、電力分野での利益が長期的に減少する中で、セクターコンバージェンスを新たな価値創造のための重要な経営戦略をして位置づける必要があるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

【電力】パワハラ音声流出 見逃せない矛盾


【業界スクランブル/電力】

 この号が発刊される頃には結果が出ているが、自民党の総裁選において、河野太郎規制改革担当相が有力候補に。その河野大臣と経産官僚とのエネルギー基本計画を巡るやり取りが「パワハラ音声」と題して週刊文春にリークされた。池田信夫氏によると、「問題はパワハラではなく、閣議決定で拒否権を行使するという脅しだ」とのことである。とはいえ、動画が公開されている「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(TF)」でも大臣は同じような調子であるし、閣議決定に反対するという発言もしているので、わざわざリスクを取ってこんな音声をリークする必要はないだろう。

それよりも筆者は、担当省庁の官僚と民間のTF構成員の中に政治家である大臣が一人お山の大将然と陣取り好きなことを言うという、TFの会合のスタイルに以前から違和感があった。あの民主党政権の事業仕分けでさえ、仕分け対象の担当省庁側に副大臣・政務官クラスの政治家が同席していたはずだ。

あえて似たものを探すと、安倍晋三政権の時に盛んに開催されていた(今も開催されているようだが)野党合同ヒアリングだろうか。マスコミ報道を見るに、あれこそ官僚へのパワハラにしか見えない。国会の調査権の一環らしいから断るわけにもいかないようだが(筆者は権利の濫用と思っているが)、付き合わされる官僚の皆さんには同情するしかない。このようなことを続けていれば、野党が再び政権についたとしても官僚の協力は得られないだろうに、野党が近い将来政権を取る気がないことの意思表示だと捉えかねない。

今回は、政権与党の大臣にこれと同じことをやられているのだから、官僚としてはたまったものではないだろう。政治家が持論にこだわるのはよいが、このような折衝は梶山弘志経済産業相をはじめ政治家間でやるべきことだ。これで霞が関に働き方改革を推進する立場にあるというのだから矛盾している。

とは言ったものの、総裁選の結果によっては、ごまめの歯ぎしりにしかならないかもしれない。(T)

石炭火力の“撤退戦”は大丈夫か


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

アフガニスタンの顛末を見るにつけ、撤退戦というのはつくづく難しいものだと思う。新しい戦線への展開には人もカネも投入され、おのずと味方が集まってくる。撤退戦では真逆なことが起こるわけだ。アフガンの混乱ぶりはご承知の通りである。

さて、わが国を含め先進各国は、おしなべて2050年までの炭素中立を宣言した。事実上、化石燃料からの撤退宣言である。政策担当者は、火力発電の縮小を待って供給も緩やかに減少と思っているかもしれないがアフガン同様、容易ではない。

最初に撤退が求められる戦場は石炭である。金融はESG(環境・社会・統治)と称して真っ先に離脱。資源大手もリオティントは既に撤退し、至近ではアングロとBHPがコロンビアの炭鉱の権益をグレンコアに安値で売却。BHPは豪州の炭鉱も売却の方針だ。また、日本の商社も海外の一般炭権益から手を引いた。市民(消費者)の遠くにいるお金持ちはさっさと逃げられる。炭鉱は、投資減少に加え開発許可の取得もますます困難になろう。鉄道や港にもお金が回るだろうか。供給の包囲網は予想以上に早く狭まる気がする。

殿を務めるのは石炭火力部隊だ。この老兵部隊には早期の退役を求める声が強まる一方、再エネに蓄電池などの援軍が十分そろうまでは勝手に戦線を離れることは許されず、先の見えない戦いが続く。変動再エネの増加でより散発的になる戦闘(稼働)に備えて、装備(設備)を整え兵站(燃料確保)を維持するのは相当厳しい任務になろう。

万一この撤退戦が混乱し、電力の供給支障や価格高騰が生じれば困るのは消費者、なかでも弱い人たちだ。参謀本部には、現地事情を正確に把握するインテリジェンスと注意深い作戦計画が求められる。

COP26の見通しに暗雲 1.5℃目標達成断念も


【ワールドワイド/環境】

11月初めのCOP26まで2カ月を切ったが、議長国英国の意気込みとは裏腹に、1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルに向けた強力なメッセージを発出することは難しそうだ。

米国やEUは気候外交において1.5℃目標と50年全球カーボンニュートラルを強力にプッシュしている。6月に英国で開催されたG7サミットではCOP議長国でもある英国の強い意向で1.5℃目標、50年カーボンニュートラル、石炭火力への公的融資の停止などが共同声明に盛り込まれた。

しかし7月のG20気候・エネルギー大臣会合ではそれらのメッセージは盛り込まれなかった。欧米の理念主義的な気候外交に中国、インド、ブラジル、インドネシア、ロシアなどの新興国が「ノー」を突き付けた格好である。

9月初めにジョン・ケリー米国気候問題担当大統領特使が中国を訪問し、COP26を念頭に中国の目標引き上げ(30年ピークアウト目標の前倒し)や海外への石炭火力輸出の差し止めを迫ったが、中国に袖にされたようだ。中国の解振華特使は1.5℃目標を迫る米国や欧州を念頭に「パリ協定を書き換えようとしている国がある。彼らは温度目標を2℃から1.5℃に変更しようとしているが、異なる国々の異なる事情を理解し、コンセンサスに達する必要がある」と述べている。確かにパリ協定の規定上は「産業革命以降の温度上昇を2℃を十分下回る水準に抑制し、可能であれば1.5℃を目指す」であり、そのために「今世紀後半のできるだけ早いタイミングでカーボンニュートラルを達成する」なので、1.5℃、50年カーボンニュートラルは協定の規定を踏み越えている。

中国はウイグルの人権抑圧を理由に米国が中国製パネルの輸入差し止めなどの制裁措置を講じたことに強く反発しており、王毅外相や楊潔篪政治局員は「米中関係が悪化している状況で、気候変動面での協力はスムーズに進まない」と述べ、対中姿勢の変更を求めた。予想されたことだが、中国は気候変動問題をほかの外交案件の交渉材料にしようとしている。

ボリス・ジョンソン英国首相は1.5℃目標をCOP26の成果とすることを断念したとの報道もある。議長国デンマークが世界中から首脳を集め、期待値を高めた上で大失敗した09年のCOP15の再来を避けたいということだろう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

米国企業の再エネ電力調達 増加するPPA契約


【ワールドワイド/経営】

近年、企業活動におけるサステナビリティーの重視やESG投資の考え方が世界的に浸透するにつれ、企業による気候変動対策への社会的要請が急速に高まっている。こうした中、米国において消費電力量に占める再生可能エネルギーの割合は、企業の取り組みを評価する上での重要な指標の一つとなってきている。さらに、大手IT企業を中心に消費電力を再エネ100%で賄うことを目指す動きが加速しており、これらの取り組みは再エネ市場拡大の起爆剤としての役割も果たしている。

 企業による大規模な再エネ電力の調達は主に電力購入契約(PPA)を通して行われており、ブルームバーグによると、2020年に全世界で締結された企業による再エネPPA容量は2370万kWで、そのうち米国内のPPAが1190万kWを占めた。

 PPAは、発電設備の建設・運用に関して需要家と発電事業者との二者間で締結される長期契約を指し、契約形態は物理的PPAと仮想PPA(VPPA)に大別される。物理的PPAにおいては、送配電系統を通して発電設備から需要家へ電力が供給されるが、VPPAでは物理的な電力供給は行われず、金融取引および再エネ証書の受け渡しのみが実施される。

 VPPAは、需要家(買い手)が地元の電力会社との電力契約を維持したまま再エネ発電事業者(売り手)と直接再エネ価値を取引できる仕組みとなっている。具体的には、二者間で電力の取引価格を定めた上で、買い手は再エネ証書を受け取るとともに、売り手は卸電力市場へ電力を売却し、取引価格と卸市場への売却価格との差額を清算する。例えば、kW時当たり10セントでVPPAを契約し、卸市場価格が12セントであった場合、買い手は差額の2セントを得ることができる。一方で、卸市場価格が8セントであった場合は、2セントを売り手に支払うことになる。VPPAは、発電事業者が卸電力市場にアクセスできるという条件さえ整っていれば、所在する系統エリアに関係なく契約が可能という利点がある。このような特徴から、米国ではVPPAが主流となっており、19年に米国で締結された企業による再エネPPAのうち、8割以上がVPPAであったとされている。

 また、これまではIT企業が中心となって再エネPPAをリードしてきたが、最近では、ファストフードチェーンや自動車メーカー、石油・ガス会社など、さまざまな業界分野の企業による再エネPPAの締結が増加している。

(三上朋絵/海外電力調査会企画・広報部)

国際石油会社が相次ぎ撤退 変化するイラクへの視点


【ワールドワイド/資源】

 メジャー企業をはじめとする国際石油会社(IOC)のイラクに対する視点が変わり始めている。

 イラク戦争後、イラク政府は2009年からIOCを招いて公開入札を実施し始めた。イラクは石油埋蔵量が豊富で、油田の多くが平地であるなど開発条件にも恵まれており、開発能力を有する石油会社であれば低コストで経済性の高い開発・生産を行える環境にある。石油会社にとって極めて魅力的な条件であり、それ故に09年や10年の鉱区開放においてわが国企業を含め、多くの石油会社が、決して有利とはいえない契約形態にもかかわらず、こぞって参入しようとしてきた。

 この結果、原油生産量は鉱区開放以前の日量250万バレルから19年には日量480万バレルまで増え、今やイラクは日量500万バレルの石油生産能力を持つ世界第5位の産油国となった。この増加トレンドは、当時の鉱区開放によりIOCが開発を主導することになった南部巨大油田群での増産によって支えられてきた。

 しかし昨今、イラクの石油開発事業から撤退する企業が相次いでいる。18年にシェルは西クルナ1油田およびマジュヌーン油田から撤退し、上流事業からは完全に退いた。21年春、エクソンモービルは西クルナ1油田の権益を中国企業に売却する旨発表した。これまでのところ、イラク政府にこの売却計画を認める気はなく、国営操業会社への承継を求めている。この係争はいまだ決着がついておらず、現在エクソンモービル は国際商工会議所に仲裁を申し立てている。新しい動きでは、BPが操業パートナーであるCNPC(中国石油天然気集団)と共にルメイラ油田の資金調達を目的とした新会社を設立する計画で、イラク政府は8月にこれを承認した。BPはイラク事業のスピンオフにより石油・ガス支出を削減し、再生可能エネルギーへの転換を図る構えとされ、一方でイラク政府は34年までの契約期間中の継続的な資金調達が可能になると期待している。

 今や温暖化ガス削減の観点から10年先、20年先を見据えた企業戦略が変化し、IOC各社もポートフォリオの見直しが求められている。27年までに石油生産量を日量800万バレルに引き上げ、また自国のエネルギートランジションに取り組むには、IOCの参入は不可欠と思われる。石油・ガス開発投資環境が大きく変わりつつある中で、外資企業から投資先として選ばれるためにはイラク自身にも変化が迫られている。

(芦原雪絵/石油天然ガス・金属鉱物資源機構)

朝日新聞の菅政権否定 感情的論評があおる群衆心理


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

 見出しが気になった。日経8月31日「The Economist、加州知事リコール、民主主義の欠陥」である。米カリフォルニア州のニューサム知事が解職の危機にあり、後継者としてトランプ前大統領を信奉し、過激な発言で知られるラジオ番組司会者が有力視されているのだという。住民投票は9月14日なので、本誌発行の頃には結果が出ているだろう。

問題は、「民主主義の欠陥」とは何かだ。

現職知事は、貧困層の税控除拡大など実績を残してきた。最重要の新型コロナウイルス対策は「おおむね好調」で「今の苦境が奇妙に思える」と記事にある。それでもリコールが発議されたのは制度の欠陥が原因だと指摘する。

記事によれば、同州では「有権者の12%にあたる署名」で住民投票が実施される。解職を免れるには50%以上の信任票が要る。下回ると、後任候補の中で得票数最多の人物が知事になる。

民主党支持者が圧倒的に多い同州だが、現職信任の動きは鈍い。後任候補も、支持が「20%に満たない」過激な司会者にかなう人物は出ていないという。

安定性を欠く制度だが、コロナ対応への不満もあるだろう。感染ゼロは不可能で社会生活に制約が伴うのは明らかだが、鬱憤は残る。それが政治を揺るがす。

日本も変わらない。読売9月6日「首相退陣『当然』47%、内閣支持最低31%」が国民心理を物語る。菅義偉首相が退陣を決めたことを受けた世論調査結果だが、意外にも「菅内閣の約1年の実績を『評価する』は、『大いに』9%と『多少は』46%を合わせて55%と半数を超えた」とある。しかし、コロナ対策では「『評価しない』58%」だった。

こうした世論を意識したのだろう。朝日4日社説「菅首相1年で退陣へ、対コロナ、国民の信失った末に」は全否定だ。「国民の命と暮らしを守る役割を途中で投げ出す」「専門家の懸念や閣僚の進言を無視して、東京五輪・パラリンピックを強行」「自らの政治的な利害を優先し、根拠なき楽観論に頼って感染拡大に歯止めをかけられない」とののしる。

さらに「首相を選び、この1年、政権運営を支えてきた自民党自身にも、重い責任がある」と与党をたたくが、政策への言及は薄い。

同日の日経と読売の社説は、コロナ対策を含めて幅広く論じ、「菅政権が取り組んだデジタル化の推進や地球温暖化対策などは、政権が変わっても注力すべき重要テーマ」(日経)、「デジタル庁創設や携帯電話料金の引き下げでは指導力を発揮し、一定の成果を上げた」(読売)と評価する。

読売社説は、朝日が全面否定した東京五輪・パラリンピックについても、「中止論を抑えて開催に導いた。大きな集団感染を発生させることなく、国際社会に対して、開催国としての責任を果たすことができた」と書いている。

いずれも、朝日社説のように感情的ではない。

ツイッターなどを利用したネット世論が政治に影響する時代になり、社会心理学の古典とされるギュスターヴ・ル・ボン著「群集心理」(1895年刊)が改めて注目されている。群衆は扇動され、偏向しやすい。感情に染まり時に暴走する。そう分析した。

現在の衆院議員は10月21日に任期が満了する。自民党総裁選を経た新首相の下、衆院選が行われる。メディアにあおられ、国民が群衆化すれば、将来を誤る。

いかわ・ようじろう(デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員)

脱炭素時代の電力安定供給がテーマ 国際ワークショップをオンライン開催


【公益事業学会】

 学識者で作る公益事業学会政策研究会(電力)は9月13、27日の2日間にわたって、「電力政策・市場の3つの最新トピック」をテーマに国際ワークショップをオンライン形式で開催した。

ワークショップでは、①脱炭素・再エネ拡大下の安定供給システムの強化、②RE証書の在り方とカーボンプライシング、③再エネ増加下のフレキシビリティの活用と政策革新―の三つをテーマに、政策担当者、学識者、電気事業者らが、現状の課題を踏まえ、将来の電力システムの在るべき姿について意見を交わした。

脱炭素と安定供給は両立できるのか

①のセッションでは、1月の需給ひっ迫で顕在化した供給力不足の課題を解決するためには、バランシンググループ(BG)制度による安定供給確保の仕組みの見直しを含め、現状の課題に合わせた大胆な改革が必要だといった意見が事業者や学識者から相次いだ。

これに対し、資源エネルギー庁の筑紫正宏電力供給室長も、「責任感に支えられた制度が持続可能なのかという課題を突き付けられている。真摯に見直していく必要がある」と応じ、不断の改革が必要だとの認識で一致した。

脱炭素化の進展に伴い、いかにコストを抑制しながら安定供給を確保していくかが大きな課題となる。イーレックスの本名均社長は、「自由化と脱炭素化をどう両立させるかは、これからの電気事業制度の命題。事業者にセーフティネットを保証する必要はなく、国民に安定的かつ低廉な電気を供給するという電気事業の基本を全うできる仕組みにしていただきたい」と、先の冬の市場高騰に伴い、一部の事業者を保護するべきだとの議論が浮上したことを念頭に、制度設計への注文を付けた。

また、東京電力ホールディングス経営技術戦略研究所経営戦略調査室の戸田直樹氏は、「限界費用ゼロの再エネが増えれば、発電コストに占める固定費の比率が高まるためエナジーオンリーマーケットの価格シグナルだけで投資を誘導するのは難しい。発電分野は競争領域でよいのかという観点で、議論する必要があるのではないか」との問題意識を提起した。

RE証書の意義とは 「追加性」を問題視

②では、FIT電源の非化石価値を対象とする再エネ価値取引市場に「追加性が期待できない」ことで、その意義を疑問視する意見が大勢を占めた。英国から参加した再エネの電源証明を推進するNGO団体、エナジータグのフィリップ・ムーディ氏は、欧州におけるRE証書の先行的な取り組みを紹介。その上で、「再エネのみならず、全ての電源のトラッキングを検討するべきで、その上で追加性を証明できればプレミアムを上乗せし新規の設備投資に回すという考え方もできる」と述べ、目的の達成に向けた柔軟な制度の見直しの必要性を強調した。

脱炭素社会へのエネルギー政策立案 市民と若者の参画を


【オピニオン】村上千里/日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会 環境委員長

第6次エネルギー基本計画(案)が9月3日パブリックコメントにかけられた。私はパブコメ終了、この計画を審議してきた審議会(総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会)がもう一度開催されることを期待している。2050年カーボンニュートラルを目指し策定されたこの大転換期の計画を、市民はどう捉え、どのような意見を持ったのか。審議会及び経済産業省はその意見を受け止め、対応を検討する必要があると考えるからだ。

今回の基本計画改定は20年10月13日からスタートした。会議当日は経産省前に、気候危機への対策強化を訴える若者組織、FFF(Fridays For Future)がスタンディング・パフォーマンスを行っていた。筆者は19年から当審議会に消費者団体の立場で参加しているが、若者代表の委員が不在の中、彼らの声を届けることも役割のひとつと意識している。

審議会では初回、基本計画を始めNDC改定につながるさまざまな政策検討プロセスを示し、そこに市民、若者との対話や意見聴収の場を組み込むことを求めた。しかし、その後も議論プロセスは示されず、市民の声を聴く場は、需要側のヒアリングに消費者団体が1度招かれるにとどまった。また第5次の議論から導入された「意見箱」に寄せられた意見も議題となることはなかった。ただ、その意見の多くが原子力推進への懸念や反対の声であったことは、「可能な限り原発依存度を低減」という記載の堅持に影響を与えたのではないかと思われる。

第5次の第2章には「対話型の政策立案・実施プロセスを社会に定着させていく取り組みをさまざまな形で進めていくことが望まれる」と記載されているが、今回の改定プロセスではほとんど実現できなかったといわざるを得ない。

ただ、この観点から興味深かったのは6月30日、50年カーボンニュートラルのビジョンを描くべく、複数の研究機関がシナリオ分析を行った結果を持ち寄り、相互に質疑応答が行われたことだ。時間が短く十分な議論とはならなかったが、翌7月13日には各機関の分析の想定(inputなど)と結果が一覧表にまとめられ、今後も継続してこのような場がもたれることの必要性を確認することができた。難しい議論への市民参加を進めるうえで、この場は必要不可欠と考える。

さて、第6次(案)は最終行で「対話型の政策立案・実施プロセスを社会に定着させていく取り組みをさまざまな形で進めていく」と言い切った。そしてその前段には「若年層とのコミュニケーションを深めていく」ことが加筆されている。

脱炭素社会へのトランジションはどのように進めていくのか。それを考える上で最も重要な50年の社会およびエネルギーのビジョンを私たちはまだ議論できていない。今こそその第一歩を、地域で、学校で、企業で、スタートさせるときだ。そして政府のみならず、地方自治体の脱炭素計画を検討していくプロセスにも、必ず市民と若者の参画を位置付けることを提案したい。

むらかみ・ちさと 1992年日本IBMから環境NGOに転職。以来、環境教育・持続可能な開発のための教育に携わる。2019年より現職。総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会委員。

【コラム/10月12日】岸田政権の誕生は、現実的なエネルギー政策への転換につながるのか?


福島 伸享/元衆議院議員

先月、自民党総裁選が盛り上がる中の本コラムで私は、「幸か不幸か、エネルギー政策が政局の争点となった」と題して、「近年の日本の政治にはあまりなかった、エネルギー政策を争点とした選挙が行われることになるだろう」と予測した。菅前政権がカーボンニュートラルを掲げ、小泉環境相や河野規制改革担当相が過激な政策を掲げる中、とりわけ総裁選に出馬した河野氏が核燃料サイクルの中止を掲げたことから、本質的なエネルギー政策の議論がなされることを期待したのだ。

しかし、現実にはそうはならなかった。核燃料サイクルからの撤退を実現するためには、核燃料サイクル関連施設を多く抱える青森県との関係の調整、使用済み燃料を青森県に搬出している原発立地自治体との関係の整理、日米原子力協定の枠組みがどうなるのか、などこれまでの自民党政権の下での原子力政策が内包する解決困難な矛盾がパンドラの箱を開けるように飛び出してくる。自民党の総裁候補が威勢よく唱えた「改革」の言葉は、ブーメランとなって我が身に戻ってきて、大量の出血が起こる可能性もあるのだ。おそらく、そのことに党内の誰かが気付いたのであろう。連日メディアを使って派手に行われた総裁選候補者同士の討論会のテーマから、エネルギー政策は巧みに外されていた。

その結果、バランスの取れた穏健なエネルギー政策を掲げる岸田氏が新総裁・新総理となり、胸をなでおろしたエネルギー関係者も多いことだろう。調整型の萩生田氏を経済産業大臣に、民主党から鞍替えした山口氏を環境大臣に、エネルギー政策に深く関与してきた嶋田前経済産業事務次官を首席秘書官に就けた人事や、規制改革会議の廃止などの機構改革によって、河野氏や小泉氏のようなパフォーマンス先行の先鋭的な政策推進が行われることがないことは、容易に想像がつく。

しかし、私は日本のエネルギー政策にとって、決して安堵できる状況ではないと考える。岸田新総理の所信表明で「エネルギー」という言葉が出てくるのは、「二〇五〇年カーボンニュートラルの実現に向け、温暖化対策を成長につなげる、クリーンエネルギー戦略を策定し、強力に推進いたします」という箇所だけだ。そこには、再生可能エネルギーも原子力も何ら具体的なことが示されていない、当たり障りのないものだ。

この10数年間の日本のエネルギー政策の最大の問題点は、「原子力か再生可能エネルギーか」というスローガン的な二元論の狭間で、今日本のエネルギーが抱える目の前の本質的な問題の解決を政治が逃げ続けていることにある、と私は考える。それは突き詰めて言えば、原発を使うにしても、なくすにしても、今ある原子力をどうするのかという現実の問題に何ら具体的な政策や対策が出されていないということだ。

立憲民主党が掲げる「原発ゼロ法案」は、原子力をなくす方法を法律には具体的に示さず、政府に丸投げしている。それを政府が作れるのであれば、苦もないだろう。一方の自民党も、「原発の再稼働を着実に進める」と言いながら、その環境を整えるための制度作りなどはほとんど行っていない。高速増殖炉もんじゅが廃炉になる中で、明らかにこれまでの核燃料サイクル路線はいったん蒔き直しをする必要があり、「純国産エネルギー」と称していた原子力の位置づけが短期的には変わっているにもかかわらず、何ら原子力政策の枠組みの見直しには取り組もうとしていない。

河野太郎氏が投げかけた核燃料サイクルの中止を題材とする議論の中で、そうした問題への具体的で有益な議論が展開されることを期待していたが、そうはならなかった。岸田政権の誕生は、日本のエネルギーが今抱える本質的な問題に蓋をして、不作為の時間をさらに続ける結果にしかならなかったのではないか。政治が不作為の時間を過ごしている間にも、世界の情勢は変化し、技術は進化し、あるいは退化していく。エネルギー関係者は、岸田政権の心地よいぬるま湯に浸かるのではなく、政治の不作為への警鐘の声を上げるべき時だろう。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。