【論説室の窓】黒川茂樹/読売新聞 論説副委員長
野心的な目標を掲げたエネルギー基本計画案に、「数字合わせにすぎない」との批判が相次いでいる。
日本は、世界の複雑な動きを見極めつつ、エネルギー・環境政策を再構築すべきだ。
この秋、気候変動を巡る国際的な議論は激しくなりそうだ。
10月末から英国グラスゴーで、気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれる。同じ時期にイタリアのローマで開催されるG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)でも温暖化対策は主要テーマの一つだ。
米西海岸でこの夏、人の平熱を大きく超える46・7℃を観測し、東部を記録的豪雨が襲った。世界中で洪水や山火事などの異常気象が頻発している。
国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が公表した報告書が、温暖化が加速している現状に強い危機感を示したことも見逃せない。世界中の論文を精査し、最新の科学的知見を集め、信頼性の高い資料とされるものだ。
火力発電に頼る日本への風当たりは強い。COP26の議長国である英国のニック・ブリッジ気候変動特別代表は読売新聞とのインタビューで「日本は早期に石炭火力の全廃時期を示すことを期待する」と述べている。
国内外の政治状況は目まぐるしく変わる。一連の国際会議でも、経済成長を重視したい新興国などの反発が強まることが予想され、合意に至るのは簡単ではない。
本来、世界の温室効果ガス排出量の6割超を占める新興国の抑制策こそが重要であるはずだ。
日本としては、気候変動対策に前向きな姿勢を示しつつ、冷静に状況を分析し、現実的な戦略を練ることが求められよう。
気候変動対策の積極姿勢 「アピール」することは大事
脱炭素を訴えてきた菅義偉首相が9月3日、退陣を表明したが、それでも温室効果ガスの排出量を「2030年度に13年度比46%削減する」との国際公約の重みは変わらないとみられる。
菅首相が4月下旬に「46%削減」の目標を打ち出したのは、米バイデン大統領主催の気候変動サミットに向け、協調姿勢を示す必要があったことが大きい。
米国のジョン・ケリー気候問題担当大統領特使は8月末から9月上旬にかけ、日本と中国をそれぞれ訪問し、気候変動対策の推進を訴えた。ケリー氏の狙いは、世界最大の排出国である中国に圧力をかけることだ。
日本は、誰が首相になっても米国と連携して気候変動に積極的に取り組む姿勢を示し続けることが求められる。とりわけ、水素エネルギーやカーボンリサイクルなどの共同開発に取り組むべきだ。
米バイデン政権は「30年に05年比50~52%減」との目標を掲げたものの、どれだけ実行策が伴うかは未知数だ。来年11月の中間選挙では苦戦も予想され、エネルギーへの課税強化といった急進的政策はますます取りにくくなる可能性がある。
再エネ推進を掲げる欧州 安易に追随していいのか
欧州は、火力発電をなくして再生可能エネルギーへの移行を図っているが、日本が追随するのは得策ではないだろう。
この夏まとまったエネルギー基本計画案で、30年度の電源構成について、再エネ36~38%、原子力20~22%、火力41%、水素・アンモニアを1%――とした。これに対し、識者などからは「46%削減」との整合性を取ろうとして「数字のつじつま合わせに終始した」との批判が噴出している。
再エネを最大限伸ばすのは大切だが、整備に時間がかかる洋上風力は、30年度までの本格稼働は難しい。適地が残り少ない太陽光に頼るしかないという。
太陽光の割合は、19年度の7%から30年度に15%に高めるとした。もともと民主党政権の政権公約で盛り込まれた固定価格買い取り制度が12年に始まり、太陽光が急増した。再エネ推進派はまだまだ伸ばせるというが、国土が狭く、自然条件に恵まれない日本では、今回の目標も現実離れしているとの見方が多い。
河野太郎行政・規制改革相は、著書「日本を前に進める」(PHP新書)で、「(日本の再エネ目標は)わずか36~38%でしかない」と強い不満を示している。「30年に65%」を掲げたドイツなどと比べると、大きく見劣りしているとの主張だ。
太陽光は既に国土面積当たりの設備容量は世界一となり、近年、新規案件は伸び悩んでいる。山林を切り崩して太陽光発電所を造る事例が相次ぎ、住民の反発が強まっている。
太陽光の国土面積当たりの設備容量は既に世界一だ
まず環境省と地方自治体は、新たな適地を見つけるための最大限の努力をしなければならない。環境省は適地を自治体が選び、設備を設置しやすくする「促進区域」を各地で設定する方針だ。公共施設の屋根への導入なども推進するという。再エネの可能性と限界については、十分に検証して、広く認識を共有することが欠かせない。
二酸化炭素を出さない安定電源である原子力の役割は、大きくなるはずだが、位置付けはあいまいなままだ。
東日本大震災後、稼働に向けた申請があった27基のうち、再稼働したのは10基で、19年度の電源構成で6%にとどまる。新増設や建て替えには言及していない。
今回の計画案は、投資を促進する視点が欠けている問題も見過ごせない。総合資源エネルギー調査会の会合では、「これでは投資計画を変える電力会社はなく、意味がない」(橘川武郎・国際大学教授)との厳しい指摘があった。
エネルギー基本計画は、エネルギー政策基本法に基づいて、需給に関連する施策の方向性を定めるものであり、単なる努力目標を示すものではない。
自由化のあおりを受け、大手電力の経営余力は乏しくなっている。発電所の新規工事が急減し、19年の投資額は1兆3000億円と、1993年から3割以上減った。老朽火力の休廃止などで冬の電力需給は厳しくなると予想される。
火力発電への投資がストップし、再エネは思うように伸びず、原発の再稼働が進まない―。そうなれば電力不足が恒常化しかねない。世界へのアピールをしつつも、国内のエネルギー政策はしたたかに再構築しなければならない。