【コラム/6月23日】いい加減にしてくれ、進次郎君!


福島 伸享/元衆議院議員

 小泉進次郎環境相は6月11日の記者会見で、父である小泉元総理が宣伝塔を務めていた太陽光発電会社の詐欺事件への認識を問われて、「再エネ立地交付金」のような制度を作って、財政基盤が脆弱な事業者を支援していきたいとの認識を示した。そして、その制度は「今までだったら電源立地交付金、これからは「再エネ立地交付金」」と、電源三法交付金制度の根本的な見直しに取り組む意欲を示した。

 しかし、これはまったくの筋違いの素っ頓狂な政策と言わざるを得ない。小泉大臣は「これから再エネを最優先の原則で最大限の導入」と言っているが、市場原理を超えて、国費つまり国民の税金を投入してまで再エネを導入することは、果たして国民の理解と合意を得た政策なのであろうか。電源三法交付金は、一般送配電事業者が販売した電気にかけられる電源開発促進税を財源としており、同税は電気代に転嫁されるから、当然電気利用者たる国民の負担となっている。

 この制度ができた当時は、山奥の大規模ダム開発による水力発電所や大規模原子力発電所の建設に伴って必要となるインフラ整備、さらには発電所が立地する地方自治体と大消費地域の経済的格差の是正を目的としていた。私は、四半世紀前にこの交付金のとりまとめを担当し、新規立地候補地を訪ね回ったが、もんじゅの事故やJCO事故などが相次いだこともあって、原発の新規立地はこの交付金をもってしても経済的魅力が乏しく、住民投票による新潟県の巻原発の撤退などに見られるように新規立地は難航した。結果的に固定資産税收が逓減していく既存の原発立地地域に追加的に交付されていくこととなり、原発の新規立地を促すというよりは、原発の既設地域の自治体の緩み切った財政基盤を温存する役目しか果たしていない、と私は考えていた。

 電源三法交付金の実際の役割は、原子力推進を国策とする国が原発立地に直接関与しているという証文に過ぎず、原発新設にも地域振興にもつながっていないというのが私の結論である。立法当時の田中角栄が力をふるった高度経済成長期から時代は変わり、その在り方の抜本的な見直しが必要であると考えていた。民主党政権時に、特別会計の事業仕分けが鳴り物入りで始まり、私がエネルギー特会担当の「仕分け人」になった時、私のこうした考えを知る原発立地地域のある首長が、連日圧力をかけるために上京し、柱の陰から私を睨んでいた。私は、政治的な実力のない民主党政権では電源三法交付金の抜本的見直しはできないと思っていたので、多くは発言しなかった。

 小泉大臣は、こうした電源三法交付金の政策効果や負の側面を勉強したほうがいい。「原子力にお金を出しているんだから、再エネにも」というような、単純な予算の分捕り合戦の問題ではないのだ。そもそも、原発以外の他の民間事業で、事業に必要な施設を作る時に国からお金が出るようなものは、ない。設備投資や事業の遂行に関する資金を、金融マーケットから調達できないような事業は、そもそもビジネスとして成り立ちえない。資金が調達できない事業者は、マーケットから退場することによって、健全な再エネ発電市場は作られるのだ。

 そもそも再エネは、過疎地の大規模電源から大量の電気を遠隔の大消費地に供給する原発などと異なり、分散型電源として発電する地域のエネルギーを賄ったり、売電の利益を地域に還元し、エネルギー供給システムそのものを転換することこそがウリのはずだ。FIT制度やFIP制度は、そうしたエネルギー供給システムの転換を、極力市場メカニズムを歪めないようにして進めていく政策だったはずだ。この間、こうした制度を進めてきて問題となっているのは、小規模事業者への利益の確保ではなく、環境問題など様々な面でトラブルが続出している地域との共生のルールや、地域への利益還元の仕組みを作ることだ。

 「原発に使われているお金を再エネに」というような利権分捕り合戦の政策では、市場メカニズムが機能する健全な再エネ発電マーケットを歪めるだけでなく、最近自民党内でも跳梁跋扈し始めている「再エネ族議員」のメシの種をつくるだけになるだろう。小泉環境相は、最近も「リモートワークができてるおかげで、公務もリモートでできるものができたというのは、リモートワークのおかげです」と謎の言葉を発しているが、国家権力そのものである国民の税金を使う制度を、大した政策理解力もなく、実現する政策目標もあいまいなまま進めることは、亡国の道と言わざるを得ない。結果的に、国際競争力のない、ガラパゴス化した過保護で歪んだ再エネ市場ができ、自民党の新族議員を肥えさせるだけになるだろう。

 小泉環境相には、残り少ない任期を、得体のしれない新しいことに飛びつくのではなく、福島第1原発の処理水について国内外の理解を得て、風評被害を最小にするために汗を流すことに専念してもらいたい。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。

米国で初の炉心溶融事故 原子炉反応度の研究進む


【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.3】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

1961年1月、米海軍の訓練用試験炉SL―1で世界初の炉心溶融事故が起きた。

事故原因の調査・研究が行われた後、解体撤去が行われ、97年に廃炉が完了している。

過去、炉心溶融事故を起こした発電用原子炉は、世界に6基ある。古い順に、米海軍の訓練用試験炉SL―1、スリーマイルアイランド(TMI)、チェルノブイリ、福島第一(3基)である。本稿では、事故炉についての廃炉の現状を、事故の経緯とともに今後述べていく。今回は順序に従ってSL―1の話だ。

SL―1事故を知らない人は多い。だが事故を起こした炉で、廃炉が終了したのはSL―1だけだ。SL―1は、米国アイダホ州の国立原子炉実験場(NRTS)に設置された初期の加圧水型炉(PWR)で、潜水艦の運転訓練に使われていた。カーター元大統領が原子炉を学んだのがここだ。

SL―1事故は単純な反応度事故で、補修員が停止中の原子炉から制御棒を手で引き抜いたことで起きた。理由は失恋による自殺という。巻き添えで、同僚1人が重篤な放射線被ばくで死亡した。

自殺志願者は、制御棒を引き抜いた瞬間、驚いたに違いない。立っている大地(原子炉容器)が、衝撃音と共に突き上がったからだ。原子炉は暴走状態となり、その熱で燃料棒が熔融蒸発して飛び散り、水蒸気爆発が起きて(水素爆発ではない)事故は終了した。

炉心の上部を覆っていた水は、水蒸気爆発によって一塊となって跳ね上がり、原子炉上ぶたを強く叩いた。いわゆるウオーターハンマー(水撃力)の発生である。

水撃力で打たれた原子炉容器は、飛び上がる過程で冷却配管を剪断し、クレーに激突して元の位置に戻った。剥がれた断熱材が、座蒲団のように原子炉の下に敷かれていたという。

冷却配管の剪断によって、粉々になった燃料と冷却水が炉室に噴き出した。幸いにも燃料棒が交換されたばかりだったので、炉心の放射能は暴走による核分裂だけで、外部への放散量も微量であった。

暴走の時間は約100分の1秒、最大出力は約1000万kW、そのエネルギーは13万kW秒(40 kW時)と推定されている。

非現実的な数字を羅列したのは、反応度事故の実体を知ってもらうためだ。核分裂反応がいかに早くて大きいか。原子力は常識を越える存在なのだ。事故の発生は1961年1月、この当時は、反応度事故が原子炉の最悪事故と考えられていた。

余談だがこの頃、日本初の原子力発電所、JPDRの契約が日本原子力研究所と米国GE社の間で結ばれようとしていた。その直前の事故だ。今なら大問題であろうが、当時は小さな記事であった。

困難な事故の原因立証 英国がアメリカに助け舟

短時間に大出力が発生して、原子炉が破壊した。火薬の爆発に似ている。こう考えた米国は、爆薬や火薬を使った再現実験を行った。だが成果は芳しくなかった。圧力容器に残された変形が模擬できず、容器が破裂してしまうのだ。

原子炉で生じる最悪事故の原因が立証できないとなれば、軽水炉の開発は宙に浮く。米国は困ったらしい。この時、イギリスが助け船を出した。電気加熱ヒータで炉心を模擬したモックアップを作り、大電流を流したところヒータが溶けて、水蒸気爆発が発生した。容器の変形も似ている。この実験で、反応度事故の破壊原因は水蒸気爆発と判明した。

ここで一服してクイズを。水蒸気爆発と、福島第一で起きた水素爆発とでは、どちらが怖いか?

答えは、水素爆発。それもけた違いに。水素爆発に較べると、水蒸気爆発など赤ん坊の様に可愛らしい。だから、容器は破壊しないで変形したのだ。これが解答。覚えておいて損はありませんよ。

以降の米国は、暴走の本質を解明するために、「BORAX」「SPERT」の実験を矢継ぎ早に実施する。SL―1の破壊原因は分かったが、水蒸気爆発の発生理由は何か、暴走出力と水蒸気爆発の関係は何か等々、反応度事故の謎を追求し続けた。これがほぼ究明されたのが事故後約10年、1970年ごろのことだ。

SL―1のオフィスを利用 米国が示す解体撤去の本質

僕はSPERT(Special Pow-er Excurtion Test)の暴走実験で留学時代を送った。この縁で、廃炉を担当する以前の30年間は、燃料破壊の実験を本職としていた。

留学時代、偶然に2日ほどをSL―1のオフィスで過ごした。原子炉建屋内側の壁は除染作中で、グラインダーの音が間歇的に響いていたが、きれいに除染された外側はオフィスとして使用していた。

ここに税金の無駄を嫌う米国の国民性が現れている。飛散した燃料の後始末が終われば、原子炉建屋も倉庫として利用する。この発想は、残念ながら日本にはない。

元来、解体撤去の目的は、放射能を取り除いた跡を自由に再利用する所にある。それは、土地だけではない。建物も同じだ。米国が示した解体撤去の本質、読者はしっかりと覚えておいて欲しい。

初の炉心溶融事故を起こしたSL-1

SL―1の廃炉は、主要部分が84年に、最終的なサイトの除染が97年に完了した。廃炉完了まで36年、事故炉としては短い。

理由は、第一に原子炉室の放射線量が低かったこと、第二にBORAX、SPERTの実験により事故を確かめた上で、安心して工事が進められた事が挙げられる。さらに今一つ、事故が単純な暴走事故だけで終わった事実を挙げたい。ほかの事故では、第2、第3のミスが事故を災害にしている。

例えば、TMI事故では、原子炉冷却材ポンプを不用意に回したことで、高温のジルコニウムと水の化学反応が起き、炉心が熔融し、水素爆発が生じた。炉心溶融と爆発は、事故時の対応の不味さが招いた第2の災害といえるのだ。

チェルノブイリも福島第一も、付随災害の発生が事故を災害に仕立てている。事故一つで終れば災害に至らずに済んだ。事故を一つに止め、付随災害を起こさせない、これは国防も安全も同じだ。

原子力安全が援用する米国の国防思想、深層防護哲学(Defense in Depth Philosophy)が教えるところが、これだ。

いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2 https://energy-forum.co.jp/online-content/4999/

賛否両論の処理水海洋放出 求められる地元への配慮


【多事争論】話題:ALPS処理水の海洋放出

政府は、福島第一原子力発電所のALPS(多核種除去設備)処理水の海洋放出を決めた。

決定を巡っては漁業関係者をはじめ、政界からも反対意見が出るなど賛否が分かれている。

〈汚染水増加の阻止が優先 海洋放出の前に止水工事をすべきだ〉

視点A:山本 拓 自民党衆議院議員

菅義偉首相は福島第一原発のALPS処理水の海洋放出を決めた。私たちは風評被害を心配する漁業関係者などと共に一貫して、今海洋放出を決定することに反対してきた。だが、それらを踏まえて判断されたことであり、あえて反対するつもりはない。しかし、長年にわたって原子力行政を推進してきた政治家として、納得はしていない。この政治判断は国益を大きく損なう可能性があり、今後の原子力行政に不信感を与えかねないとも思っている。

首相は理由として、現状のままでは処理水が増え続け、サイト内のタンクの数が限界に達して、原発の廃炉作業に支障が出ることを理由に挙げた。確かに今は、燃料デブリに接触する汚染水の量が増えている。東京電力は建屋の周りに凍土方式の遮水壁を設置して地下水などが建屋内に入ることを防いでいるが、これが十分に機能していない。原子力規制委員会でも、専門家の会合で凍土壁がうまく働いていないことが指摘されている。

これ以上、汚染水を増やさなければタンクも増えないのに、なぜ汚染水が増えるのを放置しているのか。それを聞いたことがある。すると、「建屋の中に汚染水が多くあり、建屋外の水の水位が低いと汚染水が外に出てしまうので、水を増やしてバランスを取っている。それで汚染水は減らせない」と回答してきた。今もそれを理由にしている。

それならば、建屋の中に水が入り込めないように外壁部を止水すればいい。原子力規制委員会の会合で、ある外部専門家は「完全な構造壁を造ることで、流入水は完全に抑制できる。建屋の周りを防水すればいいだけで、難しい技術ではない。日本の建設技術なら簡単に防水はできる」と言っている。また国際原子力機関(IAEA)も勧告の中で、「まず早く止水をすべきだ」と指摘している。

ゼネコンの関係者に聞くと、止水はどの工事現場でも行われていて十分な経験、実績があり、福島第一原発の建屋の止水工事も長い時間をかけることなくできると言う。事故から10年経って建屋の周囲の放射線量が減ってきたこともあり、「工事はできる」と言うゼネコンは多い。汚染水が増えることを止めれば、今の冷却ループだけで原子炉などを冷やし続けることができる。

海洋放出は2年後というが、なぜ、それまでに止水工事を行わないのか。以前から経済産業省、東京電力に止水工事をしない理由について公開文書で尋ねているが、いまだに回答はない。政府は風評被害を心配して、税金を使い大規模な広報活動をするという。それよりも、本当に漁業関係者のことを考えるならば、まず止水工事を行い、汚染水が増えることを止めるべきではないか。

ほかの原発の処理水とは違う 魚介類の生態系への影響も懸念

世界中どこでも同じだが、原発は微量な放射性物質を含む処理水を放出している。しかし、福島第一原発の処理水は、事故で溶け落ちた燃料デブリに触れた放射性物質を含む汚染水を処理して放出することが、ほかの原発の場合と違う。ALPSでほとんどの核種は取り除くが、トリチウムのほかにも、わずかだが海洋放出する核種がある。東電はこれを十分に薄めて、基準以下にして放出するから人体への影響はないとしている。

だが、影響の対象は人体のみで、魚介類の生態系は対象になっていない。そのことを懸念し、米国のウェブ雑誌『サイエンス』に投稿した学識者もいる。そういったことが、風評被害を招くことを心配している。

海洋放出を韓国、中国が激しく批判している。彼らもトリチウムなどを放出しているから理屈としてはおかしいが、この両国が怒るのは無理もないと思う。福島第一原発は普通の原発と違い、炉心溶融を起こした事故炉だ。溶融デブリに触れた汚染水をALPSで処理はするが、感情的な反発は避けられない。もし韓国が同じことをしたら、日本海に面した私の地元の福井県でも同じように強い反発が起きただろう。いま、従軍慰安婦や徴用工問題、日米同盟強化などで日韓、日中関係は良好な状況ではない。その時期になぜ、あえて反感を買うような判断をしたのか。非常に悪いタイミングだったと思う。

漁業関係者などが反対していることから、自民党の中に、海洋放出に難色を示す議員は多い。中でも福島県をはじめ東北の太平洋岸に選挙区がある議員は、地元の支持者から再考を求められて頭を痛めている。昨年、この問題について議員を集めて勉強会を開くと、代理を含めてだが約50人が参加した。これからも海洋放出を懸念する議員が集まって会合を開き、政府に提言などをしていきたい。

やまもと・たく 法政大学卒。福井県議会議員を経て1990年衆院議員当選。農林水産副大臣、拉致問題等に関する特別委員会委員長などを歴任。当選8回。

【原子力】新増設の位置付け 安倍前首相も懸念


【業界スクランブル/原子力】

第6次エネルギー基本計画の今夏の閣議決定が見込まれている。5月の連休明け、基本計画の作成を踏まえ、資源エネルギー庁幹部が自民党の「最新型原子力リプレース推進議員連盟」の会合で、次のような発言をしている。

「4月22日に米国主催で開かれた「気候変動サミット」で、菅義偉首相が2030年排出目標(NDC)などを報告し、13年比46%削減と50%の高みを目指すと発言した。再生可能エネルギー5~6割、水素・アンモニア1割、CCUS(CO2回収・利用・貯留)+化石火力+原子力で3~4割を50年に達成することをベースケースとしてシミュレーションして試算している」

「再エネを主力電源とする方向が示されているが、お天気任せで、自然・社会・経済性の制約がある。原子力は現在9基が再稼働し、地元了解が4基で得られて、計13基の再稼働の準備が整ったところだが、将来の設備容量の見通しは60年運転シナリオでも50年に23基2374万kWにとどまり、40年代以降、設備容量は大幅に減少する」

「それだけに運転期間の在り方を含めた長期運転は重要で、その方策は政治判断だが、検討を求める声などが審議会などで高まっている。また立地地域からは、地域が将来に希望を持てる計画を求める声が寄せられている。基本計画についてまだ案文はなく、これから調整する。原子力については選択肢としての位置付けにとどまる」

結局、議連の会合で基本計画についての具体的な内容は一切示されなかった。リプレース議連の会合は「今回で終了」との声もあり、「エネ基見直しに合わせて新増設・リプレースを明確に推進する方針を打ち出す」という同議連の趣旨は不発に終わりそうだ。

会合に出席した安倍晋三前首相は、「私の地元のジルコニウム部品製造メーカーは、事業をパイプ椅子メーカーに売却した。このままでは部品を作れるのは中国の会社だけになる。原子力産業界が心配だ」と述べていた。前首相の懸念が杞憂に終わればいいが。(S)

【火力】な削減目標 実現の根拠なし


【業界スクランブル/火力】

4月に米国大統領主催で開催された気候変動サミットにおいて、菅義偉首相は「2030年度に温室効果ガスを13年度比で46%の削減を目指す」と表明した。従来目標の26%削減から7割以上の大幅な引き上げとなったが、数字の作り方の過程は全くの別物である点を正しく理解しておく必要がある。

従来の26%削減目標については、実現に向け相応の蓋然性をもって示された見通しであることがエネルギー基本計画の中に明記されている。省エネの目標が厳しすぎるなどの意見もあるが、主要を占める電力部門については、エネルギーミックス(電源構成)と削減目標が整合の取れたものとなるよう電力会社なども巻き込みながら作り込まれている。裏を返せば、S+3Eを念頭に電力価格やエネルギーセキュリティーに配慮しながら実現可能なエネルギーミックスを想定し、それを基に30年のCO2削減目標を導き出していたのである。現状では原子力の再稼働の遅れが懸念材料だが、それ以外は、個別の事情による課題は数多くあるものの、全体として想定の範囲内で推移している。

それに引き換え、今回の46%削減に関しては「政治決断」とか「野心的」と言えば聞こえはよいが、今のところ実現のための根拠が欠けている状況だ。

再エネ比率を3割台に増やし火力を4割程度に抑えるとの話も出ているようだが、そもそも、火力比率の目標を下げれば再エネが拡大するのだろうか。拡大が期待される太陽光や風力などの自然変動電源については、変動性を補完する調整力・予備力がなければ安定供給を維持することができない。つまり、調整電源を担う火力をむやみに削減して再エネを増やすと、たちまち安定供給が崩壊することになってしまう。

このように調整力を維持しつつ火力の比率を下げるという矛盾したことをやらねばならず、それには現場実態を踏まえた検討が必要で、単なる数字合わせでうまくいくはずもない。30年目標はそびえ立つ冬山のようなものだ。地図もコンパスも持たず、軽装備で登ろうとするのは無謀としか言いようがない。(S)

【マーケット情報/6月18日】欧米続伸、需要回復へ期待高まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、北海原油を代表するブレント先物と、米国原油の指標となるWTI先物が続伸。需要回復への期待感が、一段と高まった。

国際エネルギー機関やトレーダーVitolが、石油需要の回復を予測。新型コロナウイルスのワクチン普及や、それにともなう移動の増加、経済活動の回復が背景にある。特に欧米で、感染防止策の規制緩和が続いている。

フランスの4月原油輸入量は、前年および前月から増加。また、製油所の稼働率上昇で、引き続き増える見込みだ。スペインの石油ガス会社Repsolは、燃料の増産を決定した。さらに、米国の週間在庫統計は、輸出増加と製油所の高稼働を受け、4週連続で大幅減少。米国の製油所における原油処理量は、2020年1月以来の最高を記録した。

一方、中東原油を代表するドバイ現物は、需給緩和観により小幅下落。マレーシアでは感染拡大が収まらず、全国的なロックダウンを6月末まで延長。燃料用需要の弱まりが予測される。また、イランでの生産と輸出の増加も重荷となった。

【6月18日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=71.64ドル(前週比0.73ドル高)、ブレント先物(ICE)=73.51ドル(前週比0.82ドル高)、オマーン先物(DME)=70.96ドル(前週比0.41ドル安)、ドバイ現物(Argus)=70.87ドル(前週比0.10ドル安)

【LPガス】30年以降が正念場 グリーン化加速を


【業界スクランブル/LPガス】

今後の資源・燃料政策の基礎となり、次期エネルギー基本計画に反映される報告書案を、資源・燃料分科会がまとめた。2050年カーボンニュートラル宣言や新型コロナ感染拡大に伴い大きく変化するエネルギー需給環境を踏まえたものだ。LPガスに関しては「エネルギー供給の“最後の砦”として、平時のみならず緊急時にも対応できる強靭な供給体制確保の重要性は変わらない」「燃焼時のCO2排出が比較的低いという特性を有しており、低炭素に貢献できるエネルギー」と、国民生活・経済活動に不可欠と位置付けた。具体的対応として、備蓄日数の維持とともに、災害時における避難所などでの自衛的備蓄や中核充てん所の新設・機能拡充への支援を継続していくとした。

カーボンニュートラル推進の観点からはどうだろうか。ボイラーや発電機などで石油燃料の燃料転換による需要増も期待できるとする一方で、産業のグリーン(非化石燃料由来)化を課題として挙げている。グリーン化施策では、バイオLPガスや合成LPガスなどの研究開発や、社会実装を目指す取り組みを後押しすると明記した。

資源・燃料分科会やエネルギー基本計画を検討する基本政策分科会の委員を務める橘川武郎・国際大学副学長は、「ガス体エネルギーは30年までは化石内部の燃転などで順風だろう。問題は30年を過ぎると、供給する燃料自体をカーボンフリーにする必要があり、風向きは逆転する」と警鐘を鳴らす。

脱炭素化の要請が加速する中、日本LPガス協会を事務局とする「グリーンLPガスの生産技術開発に向けた研究会」がまとめた最終報告では「即効性のある形での手段が当面存在しない中で、グリーンDME(ジメチルエーテル)とプロパン混合方式は、社会が求める速やかな社会実装に向けた有効策」としている。だが、都市ガス業界が進めるメタネーション(合成メタン)などよりハードルは高いと言わざるを得ない。国民生活・経済活動に不可欠なLPガス産業の維持へ、さらなる取り組みのスピードアップが必要だ。(F)

需要高度化と電化・水素化の実装 現実的な手段で地球温暖化対策を


【羅針盤】矢田部隆志/東京電力ホールディングス 技術統括室プロデューサー

カーボンニュートラル実行戦略〈第2回〉

産業・運輸を中心に最終エネルギー消費の約75%が化石燃料の直接消費だ。

脱炭素化と産業競争力の両立には燃料直接消費から電化・水素化へのシフトが鍵を握る。

今回は、拙共著カーボンニュートラル実行戦略』(エネルギーフォーラム刊)の第2章について紹介したい。

投資家は企業を財務情報だけでなく、環境、社会、ガバナンスなどの「長期的な企業価値の最大化に寄与しているか」で評価するようになってきた。企業の気候変動リスクを評価するため、気候関連財務ディスクロージャータスクフォース(TCFD)も発足した。環境リスクの投資評価が確立したことにより、企業間取引において CO2フリーを条件として提示する企業も出現している。

これまで企業活動において、温暖化対策は、企業の社会的責任(CSR)活動の一環に位置付けられてきた。環境対策は、利益を生むものではなくコストである、ということが一つの理由である。

しかし、取引条件に CO2フリーが付されるということは、ビジネスとして発注をする製品の仕様に織り込まれることであり、売り上げに直接影響を及ぼすということでもある。これからは、CO2削減に向けた取り組みを各方面のステークホルダーに対して開示していくことが求められる。

供給対策から需要対策へ 非化石エネルギー源の選択

現在検討が進む第6次エネルギー基本計画では、2020年7月に開催された、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(第31回会合)で、今後のエネルギー政策として電化・水素化を掲げた。

CO2排出削減対策は、最終エネルギー消費の約7割を占める化石燃料燃焼をいかに削減するかが鍵である。電化・水素化の推進は最も現実的な手段であり、現時点でほかの選択肢がないことも事実である。

しかし、設備の低コスト化、プロセスやプロダクトの高機能化など、技術面・経済面での課題も多く克服に向けた対策が重要である。

既存の工場には、電気設備やガス設備、蒸気・水配管などさまざまな種別のユーティリティーが存在している。一般的に設備は15年でリプレースを迎えるとされている。パリ協定の50年まであと約30年間の期間があるため、工場や建築物で利用されている多くの設備は少なくとも1回、更新の時期を迎えることになる。したがって、化石燃料を消費する設備更新の機会を生かせば、需要家側での非化石化は実現可能である。

工場構内で最も重要なユーティリティーは蒸気インフラである。化石燃料をたいて水を蒸発させるだけの構造であることから、高度な技術がまだ未成熟であった高度経済成長時代に多くの工場で導入され、今でも蒸気インフラに依存している。

一度導入してしまうと改修後も同じ設備になってしまうことを「ロックイン効果」と呼ぶ。蒸気インフラのような工場のコアをなすインフラの場合、トラブルが発生すると、その影響は甚大であり、これまで導入したことのない設備を導入することは大きなリスクが伴う。このリスク回避もロックインの一つの原因である。

【都市ガス】英NGがガス売却 座礁資産化を懸念


【業界スクランブル/都市ガス】

「46というシルエットが浮かんできた」との小泉進次郎環境相の名セリフはさておき、4月22日開催の気候変動サミットで、菅義偉首相は世界に向かって「温室効果ガス・2013年比46%削減」を表明した。米国を中心に各国首脳が50%以上削減を表明する中、国際的信用を維持するために、日本にとって46%達成は絶対命題になったといえよう。

しかし、早くもこの目標は達成不可能との声が聞こえてくる。今年発表予定のエネルギー基本計画では、30年の原発比率20~22%を維持した上で、再エネ比率を30%台後半まで引き上げるという。それは現在9基が再稼働している原発を、今後10年間で約3倍の25基まで引き上げることを意味する。日本の政治家はCO2削減を理由に原発再稼働を押し進めることができるだろうか。再エネはどうだろうか。全国的に太陽光の設置はほぼ行き渡っている状態だ。今後はフローティング式洋上風力が最大の課題解決策となろうが、技術的・制度的に課題は山積みだ。

そうなると、化石燃料削減に拍車が掛かってくることは想像に難くない。石炭や石油はもちろんのこと、化石燃料の優等生である天然ガスも例外ではない。都市ガス事業者が「30年まで現状の方向性を維持しつつ、その後CO2ネットゼロに向けて戦略を考える」と悠長なことを言っているとしたら、CO2削減の流れから取り残されることになろう。

3月に「英国の大手エネルギー企業ナショナル・グリッド(NG)が、保有するガス事業の株式の過半を21年中に売却し、送配電会社を買収する」との報道があった。英国政府が推進するグリーン産業革命の中で、今後ガス需要は減少する方向だ。NGはガス事業インフラが座礁資産化する前に売却する戦略をいち早く打ち出したわけだ。

今後、世界的にNGに追従する動きがどの程度進むのか、大変注目されるところだ。ただし、その動きが顕著になったときに慌てても、既に「It’s too late」ということなのであろうが。(C)

ポイントが強みの経済圏 デジタル活用の基盤づくりに注力


【エネルギービジネスのリーダー達】中塚裕之/楽天エナジー取締役副社長

Eコマースの巨人である楽天は、その影響力をエネルギー事業にも展開し顧客数を伸ばしている。

通信事業者などのコンサル業務で培った経験を生かし、この勢いをさらに加速させる。

なかつか・ひろゆき 2006年京都大学大学院情報学研究科修士課程修了。アクセンチュア、ボストン・コンサルティング・グループを経て、18年9月楽天入社。21年4月から現職。

「楽天経済圏」――。この文字通り、楽天は手掛ける多数あるサービスを自社プラットフォームで展開し、一つの経済圏を作りつつある。グループの発行ID数は1億を超え、国民一人につき、一つは取得している計算になるほど膨大な数を有する。

このID数を生かし、主力の「楽天市場」のEコマース(EC)をはじめ、旅行、デジタルコンテンツ、通信などのインターネット事業、クレジットカードや銀行、証券、電子マネーなどのフィンテックと呼ばれる金融事業などを手掛ける。その中核には、楽天ポイントがあり、これらのサービスを熱心に利用すればするほどたまりやすくなる仕組みになっている。

楽天が提供するサービスの中で、電気やガスといった、エネルギー分野を受け持つのが楽天エナジーだ。同社は、楽天グループが2012年7月に太陽光発電システムの販売に乗り出したことに始まる。翌年には、他社と協業して電力需要抑制ソリューションや、ボイラー改修などを中心とした熱領域にも参入し、全体的な最適化を目指すエネルギーソリューションビジネスに着手。17年には電力小売り事業者登録の申請を行い、高圧部門の販売事業を開始。18年には低圧部門もスタートした。

変革するエネ業界に興味 コンサル業務の知見が強み

中塚副社長が楽天に入社したのは、低圧小売りの開始直前だ。それ以前は、コンサルティング会社に13年在籍した。主に通信事業者やハイテク系企業を担当。プロジェクトを70近くこなしてきた。上場企業の全社戦略の立案、M&A(合併・買収)、新規事業の立ち上げ、現場でオペレーション改革にも携わってきた。エネルギーについては、「系統の送電ロスをどう最適化するか」「エネルギー消費をどう効率的に行い、電気代を安くするか」など、コンピューターサイエンスを活用できる事柄への関心があった。

エネルギーシステム改革が進み、16年に電力小売り全面自由化が始まった。「異業種のコンサルに関わっていても、エネルギーの自由化にどう関わっていくか、が議題に挙がっていました」。その状況を目の当たりにして、大きな変革期に突入すると直感した。

一方で、自由化が進む中にあっても、エネルギー事業者は「絶対に供給を止めてはいけない」という使命感を持って取り組んでいる。その難しさが、中塚副社長の目には、自身が携わってきた通信業界でいう第2・第3世代(2G・3G)の時代に近いものに映った。

「2000年ごろ、NTTドコモの『iモード』によりパケット通信が普及し、音声用と通信用の周波数帯域をともに保証するハイブリット型の通信形態が出てきました。今後の電力業界でも、ベースロード電源で安定供給を保証しつつ、ベストエフォート型の分散型電源が台頭する点が重なります」

昨年末から今年初めに掛けて、安定供給について見つめ直すきっかけとなる出来事があった。電力の需給ひっ迫だ。日本卸電力取引所の価格が高騰し、電力会社は苦しい経営状況に置かれた。楽天エナジーも例外ではない。1月26日には新規募集を停止する事態となった。これについては誤解もあったという。

「事業継続性に問題があったのではなく、あの期間、急激に申し込み者数が増えて、そうせざるを得なかったのです。既存のお客さまに安定したサービスを提供するための措置として、募集を停止しました。3月から再開し、その後も順調に加入数は増えています」

直近の資源エネルギー庁が発表する低圧部門の小売り販売量では、新電力の中で楽天エナジーは8位につける。事業を開始して2年6カ月でこの数値は驚異的といえるだろう。顧客獲得の要因として挙げるのが、楽天経済圏の存在だ。ポイントを強みに急速に利用者が増えている。高圧についても、楽天市場に出店する法人を中心に増加傾向にあるとのことだ。20年に取り次ぎ販売を開始した都市ガスも同様で、グループが展開するサービスのヘビーユーザーを中心に顧客を獲得している。「外から見て感じた以上に楽天経済圏の影響力は大きいです。コールセンターに届く声も大半が楽天ファンであり、親身なものばかり。皆さまの生活の一部に、楽天があると実感しています」

効率化に不可欠な顧客数 さらなる獲得に挑む

エネルギー業界はデジタル化のフェーズに入ることは間違いない。その中で、同社が注力しているのはさらなる顧客獲得だ。ネットワークを利用するビジネスでは、顧客数が増えた効果は単純な足し算ではなく、その数の2乗で表れるというメトカーフの法則がある。デマンドレスポンス(DR)や、P2Pによる電力取引といった新ビジネスはより多くの顧客を抱えて最適化した方がより効果が大きくなる。楽天経済圏の強みはデジタル化したエネルギービジネスで、より効果を発揮していきそうだ。

【新電力】英国で問題視 再エネメニュー氾濫


【業界スクランブル/新電力】

英国で「グリーンウォッシュ」と呼ばれる、REGO(再エネ証書)を活用しているが再生可能エネルギーの新設投資に結び付かない再エネ料金プランに対する批判が高まっている。特にREGOが安価であることから、再エネメニューが氾濫しており、メニューの30%はグリーンウォッシュであるとの調査結果も出ている。当然、再エネ電源への投資を行っている小売事業者からは批判の声が上がっている。REGOの価格は大変安価であり、また大半は海外産(特にイタリア、デンマーク、スウェーデン)の証書が活用されているため、国内で再エネの増加に寄与していないというのだ。

電力小売りの差別化は非常に難しく、小売り電気事業者の立場からは資金調達や顧客遡及の観点から、設備投資を行うことなく「再エネメニュー」の表記が可能になるグリーンウォッシュを使わない手はない。他方で、富の偏在化を自ら創出してしまうことになる。事業者の視点から考えると、大変なジレンマである。

国民負担により、リスクが僅少で投資されながら極めて高い買い取り価格が設定されたFIT電源ではなく、買い取り価格が安いFIT電源や新設再エネ電源に対して環境価値を帰属させ、再エネメニューで支えるような仕組みが必要ではないだろうか。中小規模の一部新電力は再エネ電源へのアクセスの「公平性」を主張するが、「公平性」は突き詰めると各社同じサービスしか提供できない金太郎飴のような市場環境を招いてしまい、過当競争に陥る。これは電力業界が電力システム改革で学んだ大きな教訓だといえる。

過去、大手電力会社は政界と連携した動きを取ってきたと批判されたが、今や一部新電力が同種の行動を取っている。残念ながら一部新電力の行動は、社会にゆがみを生じさせ、再エネ普及拡大には役立たないものである。設備を持たない新電力は、規制の中でしか生きることができない存在だ。社会的に意義のある役割を見いだし、必要な制度的措置を政策当局に訴えかけていくことが肝要ではないのだろうか。(M)

トップ交代でグレンコアの石炭事業の行方は


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

「中国の石炭需給は大変な状況だ。気をつけろ」と言われたのは2003年11月のこと。グレンコアは後に“資源ブーム”と呼ばれた状況をいち早く把握していた。果たせるかな当時20ドル台だった一般炭価格は、翌春には50ドルを超えた。話を聞いたのはスイスのバールにある本社だ。ハイジが出てきそうな田舎町だったが、ここに世界中から生きた情報を集めていることに驚いたものである。

そのグレンコアのトップに19年間君臨するアイヴァン・グラセンバーグが6月末に退任する。就任以降、トレーディングが中心であった同社を資源生産者としても成長させた功労者だ。7月からは40代のギャリー・ネーグルがCEOを務める。そういえば当時、南アから来たばかりのイケメン青年がいたことを思い出す。同じ南ア人・石炭事業出身で、ミニ・アイヴァンと呼ばれることもあるギャリーだが、資源ブームのなかで事業を拡大した前任者に対し、彼を待ち受けるのは“脱炭素”の大潮流だ。逆風の一般炭事業では、他の資源大手が相次いで撤退する中、同社は今や世界一の輸出事業者である。

既にグレンコアは50年までのネット・ゼロ、35年までの40%のカーボン削減を表明。今後、石炭生産は頭打ちとし、コバルト、ニッケル、銅といった脱炭素時代を支えるメタルの事業に注力するとしている。蓄電池の主材料であるコバルトでは世界最大級の生産者になっている。

今回の一連の人事で、長年石炭の取引を率いてきたトア・ピーターセンも退任するようだ。彼もまた“古き良き”石炭の世界で生きてきた人間だ。後任は全く畑の違うフェロアロイ出身と聞く。石炭への包囲網が日増しに狭まるなか、生産・販売の両面で新経営陣の「次の一手」が注目される。

【電力】ゆがんだ再エネ制度 目標達成への回り道


【業界スクランブル/電力】

「RE100」を目指す企業をはじめ、再生可能エネルギー電気へのニーズが高まっており、非化石価値取引市場の見直しが検討されている。FIT非化石証書を取引する再エネ価値取引市場を新たに分離独立させ、企業が小売り電気事業者を介さずとも購入できるようにするとともに、最低価格を現行のkW時当たり1.3円から欧米並みの10~20銭に引き下げることを視野に入れている。国民が負担しているFIT賦課金は炭素価格に換算するとtCO2当たり数万円。対して1.3円は3000円以下である。志の高い企業が負担できない水準ではないと思っていたが、これでも高いらしい。

RE100の年次報告掲載のアンケートによると、回答者の70%が再エネ100%の電気に切り替えた理由を経済性と答えている(複数回答可)。つまり「再エネが安いから買った」である。うがった見方かもしれないが、安いから再エネが買われるなら、一般国民には高い電気が残る。これでは安い電気を大企業が買いあさる運動になってしまわないか。

ここは再エネ価値の基準が「追加性」を問わないことに原因がありそうだ。安い新設再エネも中にはあるだろうが、北欧やカナダの既設水力の電気を購入しても、再エネ価値を主張できてもそうしていない企業と差別化できるなら、国際競争に直面している本邦企業が、同じく追加性のないFIT証書を安く購入したいと思うのは理解できる。ただ、これでは割高であるが追加性のある再エネ導入の取り組みをスポイルしてしまい、再エネ推進のつもりが逆の結果を招きかねない。インセンティブがゆがんでいるのだ。

ゆがんだインセンティブはほかにもある。RE100は需要場所で使っている化石燃料の再エネ化を求めていない。だから、電気温水器、電気暖房、EVを採用せず、燃焼機器を使い続ける方がRE100を宣言しやすいのもゆがんだインセンティブだ。民間が自主的に取り組む姿勢は一般論としては尊い。しかし、2050年まで残された時間はそれほどない。ゆがんだインセンティブのために回り道することは避けたい。(T)

先進国と途上国の対立バイデン気候サミットで再燃


【ワールドワイド/環境】

4月22~23日、米国のパリ協定体制への復帰のPRと、2050年カーボンニュートラル(CN)に向けて各国に30年目標引き上げを迫ることを目的とした気候サミットが開催された。

 他国に目標引き上げを促すべく、米国は05年比マイナス50~52%という野心的な30年目標を発表したが、その確固たる裏付けはない。4月初めにグリーンインフラを含む8年間2・3兆ドルの経済対策を発表したものの、35年電力部門CNのための国内政策の導入の見通しは立っていない。1月の政権発足後、わずか3カ月での国内政策積み上げは土台無理であったが、他国の行動を促すべくケリー気候特使が発表を強く主張したという。

 バイデン政権としては、主要途上国、特に中国の目標引き上げを取りたかった。サミットの前週にはケリー特使が中国に赴き、米中気候変動協力の方向性は取り付けたものの、引き上げの言質を得ることはできなかった。ウイグル人権問題などで米中関係が緊張する中、習近平国家主席のサミット出席すら確認されていなかった。結局、習主席の参加こそ実現したものの、25~30年に石炭消費を抑制すること以外、60年CN、30年ピークアウトという現行目標の見直しについて何の言及もなかった。インド、ロシア、インドネシア、南ア、ブラジルなどからも目標引き上げの発表はなく、引き上げたのは米国、カナダ、日本、EUなどの先進国のみであった。

 50年CN達成のカギを握っているのは途上国である以上、30年全球マイナス45%は絶望的であると言わざるを得ない。むしろ1.5度目標とそのための50年全球CNに固執するあまり、限られた炭素予算を巡る先進国と途上国の対立を激化させる結果になったともいえる。

 今後、先進国が途上国にCN目標表明や目標の引き上げを迫ったとしても、途上国は「先進国は40年以前のネットゼロエミッション達成と途上国支援の大幅積み増しをコミットすべきだ」と主張するだろう。トップダウンの目標にこだわり、各国の実情を尊重するボトムアップの枠組みでもあったパリ協定を変質させ、先進国、途上国のパイの奪い合いをもたらしたバイデン・ケリー気候変動外交の前途は決して容易ではない。もちろん米国の強い働きかけからマイナス46%目標をプレッジした日本の道のりも極めて厳しい。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院教授)

ASEANのエネルギー転換クリーンコール技術を活用


【ワールドワイド/経営】

東南アジア諸国連合(ASEAN)は、「持続可能な開発に向けたエネルギー転換(トランジション)」を目標に掲げている。ASEANにおけるトランジションの定義は、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換に限られるものではない。経済成長と環境対応を両立させる上で、化石燃料のクリーン利用も重要な柱として強調されている。

 経済成長が著しい今のASEANには、エネルギー安定供給の観点から石炭火力を完全に排除する選択肢はなく、国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)およびASEANの地域目標の達成に向け、二酸化炭素回収・利用・貯蔵(CCUS)を含むクリーンコールテクノロジーに対する期待が非常に高まっている。

 昨年発表されたASEANの長期エネルギー見通しによると、最大限の努力を行う場合でも、石炭火力は40年における発電電力量の3割超を占めており、どのシナリオであっても基幹電源となる。短中期的な石炭比率低減戦略は石炭のバイオマス混焼であり、これを中心に25年の一次エネルギー総供給量に占める再エネの割合を23%に引き上げることを目指している。長期的には超々臨界(USC)などの高効率低排出(HELE)石炭火力技術とCCUSにより低炭素社会とエネルギー転換を実現するとしている。発電分野では石炭火力のクリーン化に向けて、HELE石炭火力技術、バイオマスとの混焼、CCUSといった技術導入の研究・実証が行われている。

 このようにASEANはクリーンな石炭火力を「経済発展と環境対策の両立を可能にする有力な選択肢」と捉えている。その一方で、近年は先進国の金融機関や投資家などが石炭火力を「座礁資産」と位置づけ、投融資を引き揚げるダイベストメントや、企業活動に影響を及ぼすエンゲージメントに取り組んでいる。ASEANの友好協力国であるわが国もまた、新興国への石炭火力の新規開発を原則禁止とし、さらにUSCさえも融資対象から外すよう国際的な強い圧力を受けている。

 新型コロナのまん延により、経済成長の停滞など新たな課題を抱えているASEANでは、石炭を中核に据えたクリーンで安価なエネルギーの安定供給の重要性が再確認されている。石炭に依存せざるを得ないASEANに対するわが国の環境負荷低減への貢献は、CCUS付き高効率火力発電を中心とした技術導入支援によるものだろうが、それも国際的な理解を獲得できるかにかかっている。

(柳 京子/海外電力調査会調査第二部)