【ガス】電化一択の危険性 GXには多様な道筋が有効


【業界スクランブル/ガス】

自民党総裁選では、エネルギーは大きなイシューを持つ議論にはならなかったが、中には気になる候補者のコメントもあった。最早で出馬表明した小林鷹之議員だ。「原子力の更新・新増設に取り組み、核燃料サイクル政策は堅持」との方針を掲げつつ、現行エネルギー基本計画について「再エネ最優先の原則は変えるべき」と苦言を呈し、バランスのとれた電源構成が安定供給を実現すると発言。さらに「国民の命をどんな時でも守り抜くためには石炭火力も維持すべき」と踏み込んだ。極めて現実的な考え方であり、経済界や産業界の多数も賛同しただろう。

現在、第7次エネ基の議論が進む。生成AIなどの普及に伴い20年振りの電力需要増が見込まれ、加えて脱炭素社会の実現、産業競争力の強化という難しい課題をバランス良く解決すべく、「GX2040ビジョン」などの議論では、原発の新増設を中心に「電化」が多く語られる。だが、再エネや原子力をフル活用しても電気は足りず、化石燃料を使った火力発電で賄うしかない。脱炭素電源が不足する中、過度な電化推進は危険だと言わざるを得ない。

難題を解決するには、電化一択ではなく「多様な道筋」でのアプローチが必要だ。ガス業界の取り組みとしては、工場などの石炭自家発電機を天然ガスに転換することが有力。天然ガスへの転換でCO2排出量は半分程度に抑えられ、発電コストの上昇も水素やアンモニア混焼などよりは限定的だろう。原発の議論も大切だが、GX実現にはあらゆる手段を総動員しなければならない。こうした現実的ストーリーはビジョンに記載されないものだろうか。(Y)

ドイツは水素貯蔵の適地 商用化に向け地下試験に注目


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツでは、グリーン水素が重要な役割を担うことになる。水素は技術面からの取り扱いの難しさ、生産コスト高などで批判があるが、理想主義国家のドイツは再生可能エネルギーの開発とともに水素を利用し、2045年カーボンニュートラルを目指している。今後、大量に水素が必要となるため、国内生産に限らず、海外からも積極的に輸入する必要がある。このため政府や民間企業は今年7月以降、水素の生産、輸送・輸入戦略、貯蔵に関する計画を相次いで発表している。

ドイツでは岩塩空洞(Kavernenspeicher)と多孔質岩石(Porenspeicher)に天然ガスを地下貯蔵しているが、化学的に活性な水素に関して後者は、化学反応を起こし岩石をボロボロにする可能性がある。このためバイエルン州では貯蔵試験が進行中だ。ケルン・エネルギー研究所(EWI)は多孔質岩石の研究は引き続き必要となる一方、岩塩空洞での水素貯蔵は適していると報告している。

大手エネルギー企業ユニパーは9月末にニーダーザクセン州で水素の地下貯蔵試験を開始する。約2年間実施し、資機材が堅固なものか、水素ガスがどのように折り合っていけるのかを調査し、水素の貯蔵も各種の条件下で試験する。試験後の結果から水素貯蔵が経済的、技術的に評価されると、ユニパーは空洞を商業的に拡大する意向だ。

このプロジェクトは水素貯蔵からのエネルギー転換においても重要なものとなる。というのも、ドゥンケルフラウテ(暗天の凪)の時間帯に水素貯蔵が電力用に利用できるからだ。EWIは水素貯蔵のメリットとして①電力需給の調整、②パイプラインや輸入ターミナルといったエネルギーシステムの効率化、③産業・発電用への水素供給の確保―を挙げている。ただし貯蔵された水素の品質、熱力学と岩石のメカニズムを巡る課題が未解決で、これらは2年間の試験期間に解明されることになる。

水素貯蔵容量がどれほど必要になるのかは明らかではない。ドイツ経済省は、欧州における貯蔵容量は30年に70億~130億kW時、45年には2430億~4120億kW時と発表していて大きく幅がある。北ドイツと中部ドイツには岩塩空洞が存在しており、欧州における潜在的な貯蔵サイトの40%強がドイツに存在するといわれているため貯蔵に適している。しかし、岩塩空洞の開発には塩分処理の問題がある。さらには岩塩空洞内には水が存在するため水素を湿らせる可能性がある。産業利用前にはこれらの問題を解決する必要があるが、ユーリッヒ研究所によると、発電用のみに利用する場合には問題ないとしている。

ドイツにおける水素戦略は電気分解、輸入水素用の揚陸ターミナルの整備、水素用パイプラインの整備などから構成される。経済省は水素貯蔵戦略を作成中で、今年末までに発表するはずだ。執筆時の8月現在、国としての貯蔵戦略がない中、試験運用への貯蔵施設計画が動き出している。これからの水素貯蔵の動向が注目される。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

スリーマイル原発1号機の復活


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

去る9月20日、欧米各紙は、廃止済みであった米国ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所(TMI)1号機の復活計画について一斉に報道した。所有者のコンステレーション・エナジーは、マイクロソフト(MS)に対し、同機で発電される電力を20年間にわたり販売する契約を締結。これに向け、主変圧器、タービン、冷却システムの取替・修復などを16億ドルかけて実施し、原子力規制委員会や州政府の承認を前提に2028年の発電所運転再開を計画とのことだ。19年までは順調稼働していた同機は、シェール革命で安価となった天然ガス火力や再生可能エネルギーの台頭に押され、経済的な理由で廃止されていた。MSやアマゾンは、AI普及でデータセンターの電力需要が急増しており、脱炭素で24時間安定して電力を供給可能な原子力の利用に関心を高めているようだ。

さて、同発電所は、米国史上最悪の事故を起こしたTMI2号機に隣接するだけに、政治・社会的な反響が気になるところである。リベラルで知られるニューヨーク・タイムズ紙は、10名余りの人々が発電所の入口付近で抗議活動を行ったものの、州民の57%は運転再開に賛成しているという世論調査を紹介。また、地元選出のメハフィー下院議員(共和)の賛成の弁も掲載している。ワシントン・ポスト紙は、本件に関連して、やはり廃止済だったミシガン州パリセード原子力発電所の復活計画が、州の気候変動対策を推進したいウィットマー州知事(民主)の働きかけで、ひと足先に動き出していることを報じている。連邦政府もインフレ削減法で原子力発電所の運転延長や復活を支援しており、米国の原子力「推し」は民主・共和、州・連邦を問わず、本気モードのようだ。

(水上裕康/ヒロ・ミズカミ代表)

「止まる」「冷やす」「閉じ込める」 対策工事終えた7号機の最新事情


【東京電力 柏崎刈羽原子力発電所】

2011年3月の東日本大震災以降、長期稼働停止が続く東京電力柏崎刈羽原子力発電所。

このうち7号機について安全対策工事が一通り完了。再稼働へ大きく前進する最新事情を取材した。

柏崎刈羽は七つの原子炉を備え総出力約821万kWを誇る、世界最大級の原子力発電所だ。うち、ABWR(改良型沸騰水型原子炉)を採用する6号機(約135万kW)と7号機(同)が2017年12月に、原子力規制委員会による新規制基準の安全審査に合格。これに基づき、最新の技術・知見を投入した安全対策工事が行われてきた。今回の取材では、立ち入り制限区域、周辺防護区域、防護区域という三重の厳しいセキュリティチェックを経て、7号機の原子炉建屋の内部を取材することができた。

再稼働への準備が着々と進む7号機

詳細に触れる前に、11年3月の福島第一原発事故で何が起きたかを簡単に振り返ってみたい。東日本大震災では地震直後に稼働中の1号機、2号機、3号機の三つの炉が緊急停止した。しかし、その直後の巨大津波で予備の発電機が壊れ、電源が完全に喪失。結果、冷却できなくなった核燃料が過熱、溶融した。1~3号機では原子炉が破損し、放射性物質が漏えい。その過程で水素が発生し、1号機と3号機、また停止中だった4号機でも水素が充満し爆発を引き起こした。これにより建屋が破損。大気中に放射性物質が拡散する事態となったのだ。


随所に福島の教訓 電源喪失でも遠隔手動

この事故の反省を踏まえ、柏崎刈羽7号機の安全対策工事では、さまざまな技術・知見が投入されている。地震・津波などの災害に備えて原子炉を「止める」、次に「冷やす」、そして放射性物質を「閉じ込める」という三つの機能について、その方法の多重化に加え、多様化と位置分散を図っている。さらに国の新規制基準で定められた以上の取り組みも随所に見られる。

まずは「機器の浸水を防止する」対策を見てみよう。施設の水密性を大きく向上させ、津波に襲われても、内部が水没する可能性はほぼなくなった。津波対策については、想定される津波の高さ7~8mを上回る海抜15mの高さの防潮堤を設置することで安全性を高めた。敷地内へ海水が入ってきた場合でも原子炉建屋の中に海水が入らないように、建屋の給気口の前にも防潮壁を設置しているほか、万が一建屋の中に浸水しても、重要エリアへの水密扉設置、配管貫通部の止水工事などの対策を講じている。

蒸気で駆動する高圧代替注水系「HPAC」

「止める」機能で鍵を握るのは、原子炉建屋にある制御棒駆動用の水圧制御ユニット。原子炉が稼働中でも緊急時には数秒で制御棒が燃料の間に差し込まれ原子炉の核分裂反応を止める。07年7月の新潟県中越沖地震や11年3月の東日本大震災では地震の揺れを検知し、柏崎刈羽や福島第一で稼働中だった号機は確実に制御棒が差し込まれ、核分裂反応は止まったのだ。

次は「冷やす」ための仕組みだ。冷却が全くできなければ、停止した原子炉は核燃料の過熱によって溶融し、さらに原子炉格納容器の圧力が高まり危険な状態になる。しかしさまざまな手段で、停止直後から冷却が開始できるようになっている。①原子炉圧力容器内の圧力を上回る高圧ポンプで注水する、②次に安全弁を開き、原子炉圧力容器内の水蒸気を原子炉格納容器下部の圧力制御プールに逃がし減圧する、③次に低圧ポンプで注水し、最終的には熱交換器を介して熱を海に逃がす循環冷却運転を行う―。

電源確保・冷却継続のための対策にもぬかりはない。津波の影響を受けない高台に複数分散して、特殊車両を集めた場所がある。取材班が車両置き場に行くと、何台もの特殊車両が分散し並んでいた。

大容量の送水車。電力を供給できる発電設備を備えた空冷式のガスタービン車。格納容器などを冷却する水を、海水を冷やして送り出す装置を備えた代替熱交換器車などだ。熱交換器車などは点検時対応なども踏まえ5台用意し、常に待機状態にしてある。電源車、多数の消防車も控える。万が一、全電源が停止した事態に備え、原子炉建屋の中には電源を必要としない高圧ポンプも設置されていた。

その他にも福島を教訓にした対策がある。その一つが遠隔手動操作だ。万が一に全電源喪失状態に陥ったとしても、現場で手動操作する必要があるバルブについては、事故によって高線量のためバルブに近づくことができない場合を想定し、安全な場所から手動遠隔操作が行えるよう改造を施した。

常時待機するガスタービン発電機車

【新電力】前提とほど遠い電力市場 ゼロからの議論が妥当


【業界スクランブル/新電力】

容量市場と需給調整全市場が全面開始となった今年度、供給力確保のための制度的手はずは整ったものの、7月には広域予備率低下に伴う供給力準備通知が頻発、8月からは関西エリアへの広域融通、9月には発電所の定検先送り指示発出とインバランスの散発的な高騰などに見舞われ、新電力にとって安穏とは程遠い日々である。

容量拠出金を負担し、同時同量に励んでもいるのに、予備率が下がり、不足インバランスが上限に達するのは不可解だ。今後、次年度のインバランス上限値議論が始まるが、「需給ひっ迫による停電リスク等のコストの反映」「系統利用者のインセンティブになるタイムリーな情報発信」「スポット市場や時間前市場以外の電源の調達手段の活性化=インバランス発生量抑制」という、2019年度の制度設計議論時の前提と実情が大きくかい離している以上、制度が予定する600円への引き上げは理屈に合わない。

その前に、信頼できない予備率発表値、乱発される供給力準備通知など不都合事例の検証が不可欠だ。また、容量市場のペナルティは、実際には8640コマ以上の累積がない限り収入が目減りしない。発電不足インバランス自体は差し替えで防げる一方、需要BGはDRの実効量、時間前市場の流動性不足、安定電源後退の中での相対調達難などにより、ひっ迫時に不足インバランスを回避しにくい非対称構造であることも議論してもらいたい。

一度設定した前提がおきてと化せば、その後議論に制約を与える。ピン止めしないと何も決まらないところはあろうが、今後の議論はゼロから組み直すのが妥当だ。(S)

目標への固執で南北対立激化 紛糾必死のCOP29


【ワールドワイド/環境】

9月半ばに東京大学のシンポジウムで、温暖化問題に対するグローバルサウスの考え方に触れる機会があった。サード・ワールド・ネットワーク(TWN)は、南北対立の色彩が非常に強い地球温暖化交渉においてグローバルサウスの国々の主張のバックボーンとなるような分析、提言を行うシンクタンクだ。

IPCC第6次評価報告書では「オーバーシュートなしに50%以上の確率で1・5℃目標を達成するには世界の温室効果ガス排出量を2019年比で30年までに▲43%、35年までに▲60%削減する必要がある」とのモデル計算を提示しており、先進国はこの数字を根拠に自国の削減目標を設定し、途上国にも同様の目標設定を促している。

TWNはこの計算に真っ向から異を唱えている。その理由はIPCC報告書のモデル計算は与えられた温度目標を世界全体で最小コストで達成するためのエネルギー・排出経路を算出しているため、一人当たりの所得、エネルギー消費などの南北格差が拡大する結果となっているからだ。「先進国は、途上国に脱炭素化の負担を押し付けるために、1・5℃目標を利用しようとしている。衡平性を無視した想定の下では大多数の途上国にとって、貧困撲滅などの多くの重要な開発目標が達成される前に成長を止めねばならなくなる」というTWNの主張には首肯できる。他方、「1・5℃目標を達成するための炭素予算を衡平に分担するため、先進国が50年カーボンニュートラル(CN)を前倒しで達成し、途上国に年間兆ドル単位の資金援助を支払うべきだ」という主張は先進国にとって受け入れ不能なものだ。

1・5℃目標、50年CNへの固執は南北対立を激化させるだけであり、もっと尤度を持った目標にすべきだ。COP28では1・5℃を射程内に収めるため、化石燃料からの移行、再エネ設備容量3倍増などの野心的な行動メニューを盛り込んだグローバルストックテイクを採択したが、同文書に盛り込んだ資金ニーズも野心的である。COP29では現行の年間1000億ドルに代わる新資金援助目標が議論されるが、紛糾必至だ。合意に失敗すれば途上国の巻き込みはさらに難しくなるだろう。温度目標、削減目標、資金目標いずれも野心ばかりを先行させるのでは解がなくなってしまう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【電力】同時市場導入 社会的厚生を高められるか


【業界スクランブル/電力】

先般、「同時市場のあり方等に関する検討会」にて中間とりまとめ案が提示された。需給調整市場における入札不足および価格高騰と、同市場での先取りによって生じたスポットの高騰を抑止する手段として有効とされ、今後導入に向けて検討を進めることとされた。

報告書を読むと、BG制度との整合を踏まえて自己計画は認められているものの、調整力を持つ発電機の所有者に対して、「義務づける」「求める」といった記載が随所に見られる。特に旧一般電気事業者に対しては引き続き限界費用ベースでの入札が求められるなど、量のみならず価格にもかなり制約が課されている。適正取引ガイドラインでは、「プライステイカーであれば限界費用で市場供出するのが合理的」と解説されているが、これは市場が完全競争の条件を満たしていないことを示している。

経済学では、市場支配力を行使できる参加者がいる場合、市場が効率的な結果をもたらさないとされる。いわゆる「市場の失敗」である。その場合、一般的に規制的手法が採られることになる。もちろん、規制的手法を採りつつ「競争原理が有効に働く分野に限定して」競争を導入することもできる。ただし、⊿kWなどは買い手独占なので、競争原理が働きにくい。近年の改革議論では、市場が有効に働かず、総括原価的な思想に基づく制度に上書きするような話が多いと感じる。

今さら総括原価に戻れというのは暴論だが、同時市場導入のような大きな制度改革に当たっては、総括原価と比べて社会的厚生を高められるような詳細設計と導入後の検証・改定を求めたい。(K)

火力発電所の撤退が影響 米PJMの容量価格が大幅高騰


【ワールドワイド/市場】

米国東部の地域送電機関(RTO)であるPJMは今年7月末、25/26年(6月1日~5月31日)受け渡し向け容量市場オークションの結果を公表した。PJM管内の将来的な供給力不足が懸念される中、約定価格は前回から大幅に上昇し、大きな注目を集めた。

本来は毎年、対象年度を迎える3年前に容量市場オークションを実施するが、市場規則の見直しなどで、過去数年間にわたり大幅な遅延が生じた。PJMは、今後2年間で本来のスケジュールを回復する予定だが、今回実施されたオークションでは、対象の供給期間が約1年後に迫る結果となった。

RTO全体の約定価格(送電制約を受けないベース価格)は1MW日あたり269・92ドルと過去最高値を記録するとともに、前回の同28・92ドルから約9倍に高騰した。さらに、メリーランド州のボルチモア・ガス&エレクトリック社とバージニア州およびノースカロライナ州のドミニオン社管内では、送電制約によって同400ドル以上にまで達した。

価格高騰の主な要因としてPJMや市場関係者は、供給容量の減少、電力需要の増加や、市場規則の変更の影響を挙げている。PJMによると、前回参加した供給力のうち約6600MWが、化石燃料火力を中心とした発電所の廃止または廃止予定に伴い、今回から撤退した。一方、

新規に参加した容量はこれを大きく下回り、新規発電容量および容量増強分は864MWにとどまった。またPJMは、25/26年のピーク需要は15万3883MWと予測し、24/25年の15万0640MWから2%以上増加した。増加の要因としては、データセンターの増加や製造業の成長、自動車・建物の電化などが挙げられている。さらに、今回のオークションより、発電設備の入札容量を定めるための評価基準が、発電停止リスクをより慎重に考慮したものとなり、全体的に発電設備ごとの入札容量が減少する結果となった。

PJMは、約定価格の高騰を受け、供給力の不足に懸念を示すとともに、これが新規発電設備の建設や、既存発電設備の運転継続へのインセンティブになることを期待している。一方、電源開発においては系統接続待ち行列、サプライチェーン問題、立地・許認可などの問題が存在する。そのため、新規投資を加速させるために今回のような価格シグナルだけでなく、外部的な要因への対応も求められる。

(三上朋絵/海外電力調査会調査第一部)

アルゼンチンのシェール開発 ビジネス環境改善で加速


【ワールドワイド/資源】

米エネルギー情報局(EIA)によると、アルゼンチンのシェールの技術的回収可能量は、シェールガスが802兆立方フィートで世界第2位、シェールオイルが265億バレルで同第4位である。特に中西部のバカ・ムエルタシェールでは308兆立方フィート、162億バレルと突出している。同シェールは有機物の含有率や層厚など米国のシェール層と遜色ない水準であるが、2010年代初頭から始まったその開発は米国と比べると遅々としたものであった。

こうした中、昨年12月に誕生したハビエル・ミレイ政権は、経済再生のために基盤法を制定し、大型投資奨励制度を導入。石油・天然ガス産業に税制上の優遇策を設け、外貨規制の一部を免除するとした。また、政府が炭化水素の国内価格決定に関与することを禁じ、炭化水素の自由な輸出入を認めた。

これらの政策変更を受け、バカ・ムエルタシェールの開発が急速に進みつつある。国営エネルギー企業YPFやメジャーのシェルなどは、内陸の同シェールで生産される原油を消費地や沿岸部に輸送するパイプラインの敷設や輸送能力拡張が進みつつあることから、まずシェールオイルの開発を優先的に行うとしている。その結果、開発の中心地であるネウケン州の原油生産量は今年8月の日量43万バレルから25年に同67万バレル、27年に同100万バレル、28年には同120万バレルに増加する見通しだ。今年8月は同72万バレルだったアルゼンチンの原油生産量の今後の増加に貢献していくと考えられる。

シェールガスについても、国内利用や周辺国へのパイプラインでの輸出のほか、LNG輸出の計画が浮上してきた。天然ガス生産企業パン・アメリカン・エナジー(PAE)は、ノルウェーのゴラールLNGと液化能力年間245万tのFLNGの20年間の傭船契約を締結。27年よりLNGの輸出を開始する計画を発表した。YPFは、陸上に液化施設を建設し、31年までに年間3000万tのLNGを輸出する計画を有しているが、その前段階としてPAEのFLNGのプロジェクトにも参加することを検討している。

このように石油・ガス産業のビジネス環境が改善し、シェール開発が一気に進展、原油生産やLNGプロジェクトの進展が期待できると見られるが、政府がこれらの政策をどう実現するのかについては不確実な部分が多いと懸念の声もあがっている。

(舩木 弥和子/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2024年11月号)


【トヨタ自動車/持ち運べる水素タンクをモビリティーショーに出展】

トヨタ自動車は、10月に幕張メッセ(千葉市美浜区)で開かれた日本自動車工業会主催の企業向け展示会「ジャパンモビリティショービズウィーク2024」で、水素を持ち運べる「ポータブル水素カートリッジ」を国内で初めて公開した。脱着可能な小型の水素タンクで、人の手で簡単に持ち運べるようにした。トヨタが燃料電池車の開発で培った技術を生かしたもので、発電に利用したり調理で使用したりできる。さらに同展示会では、ガス機器メーカーのリンナイと共同開発した「水素調理器」を披露するなど、カーボンニュートラル社会を見据えた最新技術の可能性も示し、来場者の注目を集めた。


【京セラコミュニケーションシステム/再エネで常時運用のデータセンターが石狩に開所】

京セラコミュニケーションシステムは、北海道石狩市で建設を進めていた「ゼロエミッション・データセンター 石狩」を10月に開所した。近隣に設けた同社所有の太陽光発電に、グリーンパワーインベストメントが運営する石狩湾新港洋上風力発電所の電力を組み合わせ、これらの再エネ電源でデータセンターを常時運用する。再エネ100%での運用は国内では初めて。蓄電池とAI技術で電力需給を制御する仕組みや電力需要のタイムシフトにより、時間単位で再エネ電力をマッチングさせるという。敷地面積は約1万5000㎡で、400ラックを備える。受電容量は2000~3000kW。


【太陽光発電協会/ソーラーウィークでケーブル盗難対策など解説】

太陽光発電協会は11月6日から15日まで、「ソーラーウィーク2024」をリアルとオンラインのハイブリッド形式で開く。太陽光発電が未来に利益をもたらす自立したエネルギーとなることを目指し、関係者が多様な課題や解決策を考える場となる。見どころの一つが、14日に行われる太陽光ケーブルの盗難対策に関するオンラインセミナーで、保険会社や警備会社、金属リサイクル事業者などの立場から対策の最新動向を解説する。さらに期間中には、「2040年主力電源への道筋」をテーマとするシンポジウムや「ソーラーウィーク大賞」の表彰式なども開催する。


【気候変動・省エネルギー行動会議/省エネ行動変容の事例や研究成果を発表】

省エネ行動などを促す事例や研究成果が集まるシンポジウム「気候変動・省エネルギー行動会議」が今夏に都内で開かれた。studio-Lの山崎亮代表が「気候変動×コミュニティデザイン:持続可能なまちづくり」をテーマに講演したほか、芝浦工業大学大学院が集合住宅における電力負荷平準化に関する研究を紹介。日立製作所や東京ガスなども発表した。


【伊藤忠エネクスホームライフ/事業強化に向け伊藤忠系LPガス販社が経営統合】

伊藤忠エネクスは100%子会社でLPガス販売を手掛ける4社を経営統合し、新会社の伊藤忠エネクスホームライフに集約した。これまで北海道、東北、西日本、四国の4地域に販売子会社を設けていたが、今後は各エリアに4つの支社を置く。「人口減少の中、全国の顧客・販売基盤の維持拡大が大きな課題。統合によって事業を強化する」(広報部)という。


【マクニカ/鉛利用蓄電池システムの受注を開始予定】

マクニカはサーキュラー蓄電ソリューションと共同で、鉛を用いた家庭向け蓄電池システム「soldam」を開発し、今秋にも受注を始める。容量は7.2kW時で、ほぼ100%リサイクル可能。一般のリチウムイオン電池と同程度の耐用年数で、価格をリチウム電池の約3分の1に抑えた。電池の消耗が早まらないよう充電や放電の状態を監視できることも特徴だ。

自動運転の将来 二つの落としどころ


【モビリティ社会の未来像】古川 修/電動モビリティシステム専門職大学教授・学長上席補佐

自動運転について、さまざま技術課題、社会課題を述べてきたが、今回は筆者が考える自動運転の将来像について提言したい。まず、これまでの自動運転の開発は「自動運転」というシーズありきの考え方で進められてきたが、これを社会や人々のためにという「ニーズ」ありきの視点に転換することが必要である。その前提に立って、現在の自動運転技術の有効な落としどころを考察すると、次の2点が挙げられる。

①地域の高齢化に伴う移動難民の支援

②自動運転技術によって得られる高度な安全運転支援システムの導入

①は、日本全国の地方での高齢少子化を起点とする、公共交通の衰退、地域のにぎわい衰退、若者流出、産業衰退、地方の魅力の減退という負のスパイラルを救うために、低速で短距離を移動するラストマイル自動走行サービスが期待されていて、全国で実証実験が行われている。しかし、安全の担保とコスト高のために社会実装はほとんど進んでいない。

この状況を解決するためには、簡易なインフラ装置を利用したシステムの低コスト化や、移動だけではなく、他の社会生活サービスとデータ連携を行うことによって、自動走行による移動の価値を高めるなどの総合的な社会交通デザインが必要である。例えば、住民と観光客の移動を組み合わせるなどの施策が考えられるが、それぞれの移動のコースや時間帯が違うなど、解決すべき課題は多い。

②では、1990年代に国内外の自動車メーカーが自動運転システムの研究開発を行ったプロセスの中から、その要素技術としてLKAS(車線維持支援)、ACC(車間維持)、EBS(緊急時自動ブレーキ)などのさまざまな運転支援システムが実用化されている。

しかし、それらは個々の運転支援機能を提供するものであって、各種の走行条件で総合的に安全維持が最適化されたものではない。例えば、EBSでは高速走行時には、衝突回避の機能を持たせることができず、衝突時の被害を最小限に軽減する機能にとどまっている。

その理由は高速ではブレーキによる回避可能な距離よりも、操舵による回避可能距離が短くなるためで、自動ブレーキをかけるタイミングは操舵によって回避できない距離、すなわちブレーキでは衝突を避けられない状況で作動させることになるためである。

自動ブレーキによって、衝突回避がいつでも実施できるようにするには、ドライバーの運転意図を知る必要がある。それ故、自動運転の技術を突き詰めていって、それからドライバーの行動を推定して、最適な運転支援を行うことが、現在の運転支援システムの機能を各段に向上させることにつながるのである。

今後の自動運転技術開発・実用化の方向性は、このように、地域の社会交通の課題解決と、交通事故ゼロ化へ向けた自動運転技術の応用が、とても重要であると考えられる。

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ふるかわ・よしみ 東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ホンダで4輪操舵システムなどの研究開発に従事。芝浦工業大教授を経て現職。

【コラム/11月15日】ドイツにおけるエネルギー自立支援ビジネスの拡大


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

ドイツでは、家庭向け蓄電池の販売が好調だ。エネルギー貯蔵システム協会BVESによると、販売額は、2022年に31%増、2023年に123%増を記録し、2024年は26%増(売上高4.8 Mrd. €)と予測されている。設置台数を見ると、2022年には55万台だったのが2024年には200万台になると予測されている。その背景には、電気料金が上昇傾向にある中で家庭のエネルギー自給自足への関心が高まっていることがある。
このような蓄電池販売の増大は、sonnen、Senec、 E3/DCなどの蓄電池供給事業者に、エネルギー自立を支援するビジネスの拡大のチャンスを付与している。以下では、ドイツ最大手の蓄電池製造・販売事業者であるsonnenの例で、その実態を紹介する。

2010年設立のsonnenは、蓄電池の製造・販売事業者であるが、競争が激化する蓄電池市場で、製造・販売のみに従事することは、リスクが大きいと判断された。このため、同社は、蓄電池技術の一層の革新だけでなく、エネルギーサービスの提供にも注力することになった。同社の検討チームは、調査分析の結果、家庭が蓄電池を購入する理由は、エネルギーの自給自立を高めるとともに、エネルギー転換に積極的に貢献したいと考えていることにあるとの結論に至り、2015年にsonnenCommunityを設立した。

sonnenCommunityは、sonnen社の蓄電池を購入した家庭をコミュニティとしてリンクするコンセプトである。具体的には、コミュニティへの参加を選択したメンバーに対して、SonnenVPP ソフトウェアを用いて、自家消費とVPPによりコーディネートされるコミュニティからの供給を組み合わせて、電力需要を最大 100% まで賄うことを可能にする。コミュニティ内で、需要を賄うことのできない電力は、再生可能エネルギー事業者とのPPAでコミュニティに直接供給される。その大部分は、オーストリアの水力発電(Kainischtraun、Strechenbach、Hallstatt、Sölden、Neubruckなど)である(それでも不足する電力は、卸電力市場から調達される)。
これに関連して、家庭用 PV システムと sonnen蓄電池を備えた家庭向けの月額定額電力契約である sonnenFlat が、2016年に導入されている。定額の電力契約は、メンバー間の公平感とシェアリングエコノミーの感覚を育むのに役立つと考えられる。コミュニティのメンバーは、発足当時、数百人に過ぎなかったが、蓄電池販売の拡大に伴って、今日では約25万人にまで増大している。

sonnenCommunityは、様々な方法で、電力システムの安定化に貢献している。個々のメンバーレベルでは、蓄電池を使用してオンサイト消費を最大化するソフトウェアにより、ネットワークの需要が削減される。また、需要側資源を利用してメンバー間の電力フローを管理し、電力システムにさまざまなアンシラリーサービスを提供することで、混雑コストを削減し、ネットワークの建設を遅らすか回避するとともに、ネットワークのバランシングに寄与することが可能である。さらに、容量市場が設立される場合には、同市場へのデマンドレスポンスの投入を通じて追加的な発電能力を最小限度に抑えることができる。

需給調整市場へアンシラリーサービスを提供する場合には、少額の金銭的報酬がメンバーに支払われる。sonnenは、ヒートポンプメーカーの NIBEとの協調で、昨年コミュニティのメンバーにヒートポンプを積極的に導入する方針を打ち出している。これにより、コミュニティのメンバーは、エネルギーの自給自足をより高め、より多くのアンシラリーサービスを系統運用者に提供することで、エネルギー転換に資するだけでなく、追加的な報酬を獲得できる。

以上、sonnenCommunityについて述べてきたが、そのアイディアは エネルギー転換への参画、個人およびコミュニティによるエネルギーのオートノミー、さらにシェアリングエコノミーの実現としてまとめられる。そして、このようなモデルを支援しているのが、電力システムの安定化に資することで得られる収益である。
将来的に、CN実現をためのコストを反映して、電気料金の上昇傾向が続くこと、大量生産や技術革新で太陽光パネルや蓄電池の価格が持続的に低下していくこと、さらに再生可能エネルギー電源の増大によって、フレキシビリティへのニーズが一層高まっていくことが考えられる。このような状況の中で、蓄電池などの需要側資源が増大するとともに、エネルギー自立を支援するビジネスも一層活性化していくだろう。


【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

安定供給支えた歴代の火力技術 未来はいつだって過去の発見から


【オピニオン】増川浩章/火力原子力発電技術協会専務理事

今日の電力安定供給は、火力発電の技術開発なくしては実現していない、と言い切っても過言ではない。

昭和に遡る。大学生の私に、「増川君、これからは太陽光発電がどんどん入ってきて、昼間に火力がDSS(日間起動停止)するようになるよ」と、電力系統が専門の恩師が言ったことを思い出す。ちょうどコンバインドサイクル発電が営業運転を開始し始めた頃で、俊敏性とその後の熱効率の格段の向上はまさに技術の進歩といえる。昼間のDSSは、kWとΔkWの話だが、熱効率の高さはkW時に効いてくる。

さらに時を巻き戻すと、コンベンショナル機の大容量化による熱効率向上があった。また環境問題(この当時は「公害」)に対しては、電気式集じん機の他、脱硫や脱硝装置の設置、さらには燃料転換(石炭から石油)と、火力機が時代に合わせ柔軟に対応してきた。これも技術開発の裏付けがあって達成できたことだ。オイルショック後、IEA(国際エネルギー機関)の勧告を受け、日本では石油火力の新設をしない方針となったが、既に導入していたLNGが安定供給に貢献した。もちろん、原子力の貢献も大である。

未来に目を向けると、カーボンニュートラル時代までのトランジション期間は、地政学的リスクが高まり、そしてブロック経済化が進む中、資源に乏しい日本が買い負けしないことが肝要である。そのためには、石炭が石油に、そしてLNGへと主役が移り変わったように、アンモニアや水素に燃料転換する技術開発とサプライチェーン構築を進めることが必須である。ただし、1次エネルギーだと勘違いされやすい水素、アンモニアを安価に大量に製造・運搬するには、CCUS(CO2回収・利用・貯留)技術が活躍することになる。トランジション期間において、技術開発とサプライチェーンを構築していくことが、日本経済発展の鍵となる。

とはいえ、昨今、「投資予見性」とか「安定供給の所在があいまい」との声がネットや紙面で散見される。消費者の頭には、安定供給の所在が、かつての発送一体時代のまま、まるで大きな慣性力をもって記憶にとどまっているかのようだが、全てが曖昧なままでは、技術開発の切れ味にも関わってくる。制度面と頭の中の整理が必要である。

最後に、定量的な話をいえば、60万kW級の火力機を、LNG焚きコンベンショナル機から最新鋭のコンバインドサイクル発電にリプレースした場合、利用率を70%とすると、約50万tのCO2排出が削減されることになる。まずは最新鋭機でCO2削減を図り、順次カーボンフリー燃料に転換していくことが、過去の教える未来と考える。寡黙と勘違いされる火力屋だけど、どんどん発言していきたい。

ますかわ・ひろゆき 1987年東京大学工学部卒、東京電力入社。東火力事業所計画部長、広野火力建設所副所長、火力部部長代理などを経て、2022年より現職。

これも「脱炭素時代」の流れ 高炉跡地が〝先進水素拠点〟に


【脱炭素時代の経済評論 Vol.08】関口博之 /経済ジャーナリスト

川崎市臨海部にあるJFEスチール東日本製鉄所京浜地区の高炉が昨年9月休止した。222haの跡地のうち鉄鉱石や石炭の原料ヤードだった場所を今年7月、日本水素エネルギーが賃貸借することになった。この会社は世界初の液化水素運搬船を開発した川崎重工業と岩谷産業が設立した。大型船用バースがある21‌haの用地に今後、5万㎥の水素タンクやローディングアームなどを設置する計画だ。

日本の産業近代化と、京浜工業地帯のシンボルだった高炉の火が消え、そこが水素供給拠点に変わる─何とも脱炭素化時代を象徴する光景がここに出現することになる。国内各地でさまざまな水素プロジェクトが構想されているが、中でも川崎市は先進地と言える。

2015年、国に先駆け「川崎水素戦略」を打ち出し、それを発展させた形で一昨年には「川崎カーボンニュートラルコンビナート(CNK)構想」を策定した。石油・化学・鉄鋼・電力を主要産業とする臨海部に特化し、何より産業競争力の維持・向上を主眼とした水素活用構想なのが特徴だ。コンビナートはCO2の排出源なだけではなく、これからはエネルギー供給を通じ「カーボンニュートラル化の原動力にもなれる」、これがコンセプトだ。

川崎CNK構想のパンフレット

前述の水素供給拠点は国のグリーンイノベーション基金事業である「液化水素サプライチェーンの商用化実証」で水素受け入れ地として選定された。30年にも豪州で作られた水素を液化水素運搬船で運び込むことを想定している。将来はタンクも増設し商用化に移行する考えだ。

川崎市では水素需要の将来推計も行っている。それによると市臨海部と隣接する東京・羽田エリア(空港施設への水素供給も想定)、横浜エリアを含め、日量2300tの需要ポテンシャルがあることが分かった。需要拡大が見込めるものの、それには約67㎞に及ぶパイプラインが必要で総建設コストは1500億円に上ると試算された。

水素を使う側で期待されるのは水素発電。企業も動き出している。化学メーカーのレゾナック(旧昭和電工)は、川崎事業所内の火力発電所1基を改修し、30年に水素混焼発電を始める。出力100MW以上を想定し川崎重工とも協業する。まさに〝ファースト・ペンギン〟を目指す動きといえよう。

今年5月、国の「水素社会推進法」が成立したこともさまざまな動きに弾みを付けている。新法では水素の供給、利用をする事業者が共同計画を策定し認定されれば、15年にわたって化石燃料との価格差を国が補填・支援したり、インフラ整備の助成をしたりする。公募は年内にも始まる見込みだ。川崎市もまずは、この制度に採択される案件を市臨海部から、と意気込む。

水素にまつわるプロジェクト自体、従来は〝こんなことに使える〟的な小規模な案件でも意義があったが、いよいよこれからは商用化を見据える段階だ。

「改めてコストに本気で向き合わざるをえない」(川崎市の担当者)という。ファースト・ペンギンに続く、セカンド・ムーバーもしっかり出てくるのか。事業性の見極めも含めて、本格化する水素戦略の焦点だ。

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.01】ブルーカーボンとバイオ炭 熱海市の生きた教材から学ぶ

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.02】国内初の水素商用供給 「晴海フラッグ」で開始

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.03】エネルギー環境分野の技術革新 早期に成果を刈り取り再投資へ

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.04】欧州で普及するバイオプロパン 「グリーンLPG」の候補か

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.05】小売り全面自由化の必然? 大手電力の「地域主義」回帰

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.06】「電気運搬船」というアイデア 洋上風力拡大の〝解〟となるか

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.07】インフレ円安で厳しい洋上風力 国の支援策はあるか?

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せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

DR資源の可能性を広げる挑戦 「PEMS」の社会実装に向けて


【電力中央研究所】

坂東 茂/電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部ENIC研究部門(兼)社会経済社会研究所 上席研究員

需要側資源の活用をテーマに研究活動を行っているのは電力中央研究所の坂東茂上席研究員。

2010年にこの課題に着手し、海外事例の調査から実証実験まで多様な研究手法を展開してきた。

フレキシビリティ供給源としての需要側資源の活用―。電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部ENIC研究部門の坂東茂氏が取り組むテーマだ。再生可能エネルギーの普及が進む中、ヒートポンプ(HP)給湯機、産業プロセス・機器はDR(デマンドレスポンス)資源として重要視され始めている。坂東氏は、DR資源を束ねて制御するVPP(仮想発電所)事業について、国内で経済的に運用するための技術や設計などの評価を行っている。

電中研に入所した2010年から需要側資源の活用をテーマに据え、多様な研究手法を駆使してきた。VPPの事業性について、先行していた国外の事例を対象に、事業性の確保やリソース拡充に向けた工夫を分析し、国内でビジネス展開する上での課題を探った。国内調査においては15年に、産業用需要家を対象とした予備力型DRへの対応可能性を調査するため、大規模なアンケートを実施。 21年には、資源エネルギー庁のエネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス検討会が実施した調査にも協力した。双方とも結果として、電気炉や電解設備などが有望なDRリソースであることを明らかにした。

宮古島におけるフレキシビリティ供給が可能な植物工場の実証施設
提供:電力中央研究所


DR対応可能な植物工場 離島の経済循環に貢献

NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)からの委託事業で、DR活用が可能な「植物工場用エネルギーマネジメントシステム(PEMS)」を開発した。主な電力消費機器である、発光ダイオード照明機器、エアコン、培養液循環ポンプの3点をDRの対象とした。これらは太陽光発電(PV)をメイン電源とし稼働させる。PV出力の余剰分を蓄電池で貯蔵し、夜間は蓄電池からの供給で、再エネ由来の電気で運用を目指すというものだ。さらには、電力系統側からの要請があればDR対応も可能である。もちろんDR対応で植物の生長に影響が出ないようにする必要がある。実験対象となったレタスは、光の強度や照射時間、室内温度が適切でないと生長障害を引き起こすため、影響が出ない範囲を特定し、DRメニューとして組み込んだ。

実証地には沖縄県宮古島を選んだ。21年から二年間検証した結果、DR信号に反応して、需要の上げ下げが設計通りに行われたことを確認した。

「宮古島は約5万5000人の島人口に対し、毎年100万人ほどの観光客が訪れる。だが顧客に提供する食料やエネルギーは島外に依存しており、地産地消による経済循環が求められていた。このような離島の課題に対して一役買えないかと思い、実証を検討した」

こうした取り組みは国外でも反響を呼んでいる。今年5月にはNEDOからの委託事業でイギリスを訪れ、現地の政府関係者や農業関係者、学識者と意見を交わした。特に冬期の日照時間が短いイギリスでは、風力発電の余剰電力を植物工場で活用したいという要望が強い。


一つのテーマにこだわらず 「ワクワク」が原動力

学生時代には異なる分野の研究に専念していた。

東京大学工学部産業機械工学科では、HP給湯機などのライフサイクル評価を卒業論文のテーマにした。その後、東大大学院新領域創成科学研究科に進学し、修士課程では火力発電所の排ガスからのCO2分離技術の経済性評価に焦点を当て、博士課程ではCCS(CO2回収・貯留)へとテーマを変えた。

博士課程修了後の05年、東大大学院工学系研究科の特任助教として、分散型エネルギーシステムの最適な設備規模・運用などの設計技術について研究した。テーマをコロコロ変える研究者は珍しいというが、「ワクワクするテーマには心が動かされる」と語る。助教時代には電中研の研究者と話す機会が多かった。その際、研究熱心な姿勢や活発な議論が交わされる点に興味を引かれて入所を決意した。

今年6月と9月には電中研の主催で、VPP・DRに関するセミナーが開かれ、坂東氏も登壇した。オンラインと対面のハイブリッド形式で開催し、延べ500人ほどが参加した。

「今回宮古島で実証した植物工場のように、電力需要を制御することにより、需給バランスの調整に協力できるDR資源を探索することは重要だ。こうした役割を果たすVPP事業に関して研究者として最新の動向も踏まえた研究成果や情報の発信を心掛けたい」

11月にも「研究報告会」 が開催される。14年間にわたり需要側資源の活用に関する研究に従事してきた坂東氏の研究報告に注目が集まる。

※1 「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム」
※2 23年度「スマートコミュニティ実証事業に関する技術のシステム化検討と海外展開ポテンシャル調査」

ばんどう・しげる 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士号(環境学)取得。2010年に電力中央研究所入所。研究分野はエネルギーシステム工学、熱流体工学、エネルギー経済。