【巻頭インタビュー】川井吉彦/日本原子力文化財団 理事長
資源小国の日本にとって原子力活用の意義は大きい。
政策の前進のために国や事業者に求められる情報発信とは。

―原子力を取り巻く現状をどう見ていますか。
川井 エネルギーを巡る安全保障環境の激変が最大のポイントです。ロシアのウクライナ侵攻が長期化し、イスラエルとイスラム組織ハマスの紛争の終結も見通せません。象徴的だったのは欧州とロシアの関係です。ウクライナ侵攻前、EU(欧州連合)の天然ガスの対ロシア依存度は約40%、ドイツにいたっては55%でした。こうした中でロシアは欧州向けの天然ガス供給を遮断しました。その結果、エネルギーの安全保障で危機感を覚えた欧州を中心に、原子力発電所の運転延長や新増設の流れが急速に広まっています。
フランスは、2022年に6基の新設を発表し、再処理工場も40年以降の稼働を決定。イギリスは設備容量を50年までに最大2400万kW、電力需要の25%を原子力で賄うことを目指し、北欧のフィンランドは旧ソ連時代に建設したロビーサ1、2号機の70年運転を決めました。東欧のエストニアはSMR(小型モジュール炉)建設を検討しています。最近では、これまで原子力発電所がなかったポーランドが日本と建設に向けた覚書を結びました。
─日本については。
川井 日本のエネルギー供給構造は依然として脆弱です。1次エネルギーの8割が化石燃料で、そのうち原油は9割超を中東に依存している。エネルギー自給率も12%。こうした中、原子力の活用方針を明確に打ち出した岸田前政権については高く評価したいと思います。
政府の「エネルギー白書2024」には、昨今のエネルギー情勢について「日本はオイルショック以来のエネルギー危機が危惧される緊迫した事態に直面している」という記述があります。原子力の価値を明確化し、原子力発電所の運転期間などを見直したGX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法も「オイルショック以来の危機が危惧される」という厳しい認識の下で作られました。石破政権には岸田前政権の路線を継承してもらい、新たに誕生する米国のトランプ政権に対しては、しっかりとした関係構築を期待したいです。
─最大限活用に向けた課題は何でしょうか。
川井 まずは再稼働ですね。福島第一原子力発電所と同じBWR(沸騰水型軽水炉)の女川2号機が12月に、島根2号機が来年1月に再稼働することとなりました。しかし震災後に再稼働を果たした炉は、これらを合わせてもわずか14基にとどまり、審査中が10基もあります。また安全審査が終了した柏崎刈羽6、7号機は、首都圏に電気を供給する東日本の電力需給の要です。東京電力には引き続き地元の理解獲得のため最大限の努力を続けてもらいたい。
また日本の原子燃料サイクル政策の中核を担う青森県六ヶ所村の再処理工場ですが、日本原燃はこの8月に竣工時期を2年半延期し「26年度」としました。新規制基準による原子力規制委員会の審査が長引いている結果ですが、何としても次こそは予定通りの竣工を強く望みます。一方で、むつ市にあるRFS(リサイクル燃料貯蔵)の中間貯蔵施設の操業開始は、原子燃料サイクルの実現に向けた大きな一歩となります。次のステップに進むためにもまずは安全第一に安定した操業を期待したいです。
規制委の組織改革検討を フランスの処分場に注目
─既設炉の再稼働や再処理工場の竣工には、規制委員会の審査が立ちはだかっています。
川井 独立性の高い、いわゆる三条委員会という位置付けは理解できます。しかし、日本が置かれた厳しい現実を踏まえた効率的な審査をお願いしたい。これは決して審査を緩める、手を抜くということではありません。監視機関の設置や外部の有識者を交えた審査の実施など、アメリカの原子力規制委を参考にした組織改革もそろそろ検討すべきと思います。
─他の課題は。
川井 最終処分場については、北海道寿都町と神恵内村に続いて、佐賀県玄海町が文献調査に名乗り出てくれました。実施主体であるNUMO(原子力発電環境整備機構)は、今後ともしっかりと腰を据えて国民の理解度を高めていかなければなりません。また海外を見渡すと、この8月にはフィンランドの最終処分施設「オンカロ」が試験操業を開始しました。ただフィンランドは日本と異なり使用済み燃料を直接処分します。この点、日本と同じくガラス固化体を最終処分するフランスでは、ビュール村で処分場の建設計画が進んでいます。理解活動などいろいろな面で日本の参考になると考えています。
─どうすれば原子力に対する国民の理解を高められますか。
川井 例えば原子燃料サイクルについては、これまで何度となく再処理路線の是非が議論されてきました。六ヶ所再処理工場の竣工が近づけば、再び議論の的となるでしょう。そのためにも、エネルギーにおける日本が置かれた厳しい現実を、広く国民に分かりやすく説明することが重要です。太平洋戦争やオイルショックを経験した日本のエネルギー政策の根底にあるのは、エネルギーの安全保障です。これを確立するために再稼働や再処理といった原子力政策を前に進める必要があり、その一助となれるように職員一丸となって頑張りたいと思います。
当財団は創立55周年を迎えました。これを大きな節目として、先輩の皆さんの志を引き継ぎ、原子力の一層の理解活動に取り組んでまいります。