【中国電力 中川社長】信頼回復に全力を注ぎ時代に対応する変革へ 自ら先頭に立つ


昨年6月の社長就任から約1年、コンプライアンス強化などを重点的に推進した。

島根原子力発電所2号機の再稼働や激化する事業者間競争への対応など山積する重要課題に立ち向かう。

【インタビュー:中川賢剛/中国電力社長】

なかがわ・けんごう 1985年東京大学工学部卒、中国電力入社。2017年執行役員・経営企画部門部長(設備・技術)兼原子力強化プロジェクト担当部長、21年常務執行役員・需給・トレーディング部門長などを経て23年6月から現職。

志賀 昨年6月に社長に就任され、この約1年間を振り返っていかがでしょうか。

中川 社長就任時、私は足元の課題として、2点を挙げました。一つは一連の不適切事案からの信頼回復、もう一つは2年連続大幅赤字からの収支・財務基盤の立て直しです。この課題克服に重点的に取り組んだ1年間でした。

志賀 具体的な取り組みを教えてください。

中川 信頼回復に向けた取り組みでは、私を含め役員が53の全事業所を訪問し、社員と意見交換を行いました。また研修や職場での話し合いなどでも広く議論を重ねてきました。

志賀 現場の社員の方からはどのような意見が出ましたか。

中川「この度の不適切事案の原因は組織の風通しの悪さにあったのではないか」という意見がありました。組織の枠を超えて良好なコミュニケーションを築くことが、変化の激しいこの時代において力強く成長するために不可欠な、全社的な連携強化の基盤となります。改めて「言いたいことを言い合える風通しの良い職場環境作り」がとても重要と考えています。また、会社の将来に不安を覚える若手社員もいました。社長就任時、社員には「中国電力をいい会社にしたい」と伝えています。「いい会社」とは、社員一人ひとりが前向きにいきいきと働くことができ、事業環境変化にしなやかに対応しながら成長を続ける会社です。社員の「思いを叶えるいい会社」の実現に向けて、まずは私が先頭に立って取り組んでいきたいと考えています。

事業所を訪問し、社員と意見交換を行う中川社長

志賀 新たなブランドメッセージ「一日も。百年も。」を策定されましたが、課題克服に向けた施策の一環ですか。

中川 その通りです。経営理念として「信頼。創造。成長。」を掲げていますが、一連の不適切事案により、当社が大事にしているお客さまからの「信頼」は大きく損なわれていると受け止めています。当社は、地域の皆さまと同じ目線、同じ未来、同じ願いで、地域とともに成長することを目指す会社です。この不変不動の思いを「一日も。百年も。」という言葉に込めました。これからの当社を担う若い社員を中心に考案したものです。「地域の皆さまの変わらない一日をこれから先も支え続けていくため、『中国電力はもっと変わろう』」との思いも込めています。


23年度は減収・増益 厳しい経営環境は続く

志賀 次に2023年度決算についてお聞きします。過去最高益となりましたが、社長就任時に課題の一つとして挙げられた財務基盤の立て直しの進捗はどうですか。

中川 23年度の連結決算は、減収・増益となりました。売上高は、電気料金の見直しをさせていただきましたが、総販売電力量の減少や燃料価格の低下に伴う燃料費調整額の減少などの影響で減収となっています。利益面では、経常利益が1940億円、純利益が1335億円となり、いずれも年度決算では過去最大の黒字です。ただし、これらの主な要因は、燃料費調整制度の期ずれ差益によるものです。22年度までの収支悪化により著しく財務が毀損していることに加え、燃料価格は先行きを見通しにくく、依然として厳しい経営環境は続いています。

配当については、連結自己資本比率が15%に回復するまでは財務基盤の回復・強化を最優先に行い、当年度の利益に対して10%の配当性向で配当を行う方針です。

志賀 今期の業績見通しについてお聞かせください。

中川 今年度は、燃料費調整制度の期ずれ差益の大幅な縮小や総販売電力量の減少、送配電事業の利益の減少を見込んでいますが、島根原子力発電所2号機の再稼働による収支改善もあり、一定の利益水準を確保できる見通しです。ただし、電力小売・卸ともに競争が激化していることに加え、燃料価格や電力取引市場価格の先行きは依然として見通し難く、厳しい事業環境にあります。連結経常利益で650億円、親会社株主に帰属する当期純利益を500億円と見込んでいますが、楽観視できるような状況にはありません。

引き続き、内外無差別を前提とした小売・卸の収益力の強化、安全確保を大前提とした島根原子力発電所の稼働、市場リスク管理の強化、グループ一体となった経営全般にわたる効率化により、利益の最大化、財務基盤の回復に取り組みます。

【コラム/5月31日】福島事故の真相探索 第8話


石川迪夫

第8回(最終回) ジルカロイ燃焼を恐れる必要なし

福島事故報道への疑問

融点の高いUO2炉心が溶融したとして、溶けた炉心が水のように流動するのかという疑問を耳にした。それは原子力とは無関係の、融点の高い物質の材料特性を調べている研究者からの疑問であった。福島事故当時、NHKが毎日のように流した炉心溶融が流れ下る動画映像に疑問を持ってのことらしい。

溶融した炉心が、横流れして垂直に流れ落ち、圧力容器の底を溶かして格納容器に落ちるといった動画だったと記憶しているが、研究者の疑問は、輻射熱が大きい融点の高い原子炉の燃料棒が溶けたとして、果たして流動するであろうかとの疑問である。

話によれば、融点が2000℃以上の高温材料となると、試料を溶融するのも大変らしいが、溶けた試料の特性測定はより難しいと言う。試料はレーザー照射によって加熱するのだが、溶けて液化した途端に地球の引力によって流下し照射範囲外へ出るから、熱源を失った資料は、その途端に輻射(放)熱によって冷えて、急速に固化する。流れ落ちることはないという。沢山の実験経験に基づいた発言で、傾聴するに足る。

余談だが、この実験の名は「Thermo-Physical Property Measurements of Refractor Melts 」と言うらしく、最近は、重力のないスペース・シャトルで実験を行っているという。


溶融炉心は流れ落ちない

TMI事故は、加圧器逃がし弁の吹き止まり失敗によって起きた。安全で言う、小口径破断冷却材喪失事故 (Small break LOCA) だが、事故が炉心溶融にまで進展した理由は、福島事故と同じジルカロイ燃焼だ。詳細は省略するが、崩壊熱で高温となった炉心に、一次冷却材ポンプを動かして大量の冷却水を炉心注入した途端に原子炉の圧力が上昇して、あれよあれよと言う間もなく安全弁が開きっぱなしに開き、炉心が溶融していた。水素爆発も格納容器内で発生した。

溶融した炉心が流動して、圧力容器の底に流れ落ちるという炉心溶融についての一般常識に、僕が疑いを持ったのは、TMI事故の溶融炉心のスケッチ図(図参照)を見直した時だ。溶融炉心を解体したドリルの切削速度などを測定して描いたと言われる、正確なスケッチ図で、固い殻に包まれた溶融炉心は、炉心が元あった場所に固着しており、溶け残った燃料棒の上に乗った状態で描かれている。

表皮とも言える溶融炉心の殻は堅いが、その内部は炉心材料が溶融して化合物――U、Zr、Oの三元素主体の共晶体――と化したらしく、柔らかくてドリルの通りがよいという。図は、この違いを、色分けで示している。

殻の上面には、細かく分断された燃料棒の破片(デブリ)が、積み重なって乗っている。炉心溶融が出来た時間と、デブリが落下した時刻には、時間的に差があるのだ。デブリは相当大量にあるらしく、その重みで殻の上面は平らとなり、内部の合金は圧されて殻の隙間から水中に流れ出たという。流れ出たのは合金だから、水中でジルカロイ・水反応を起こしていない。

日本ではなぜか、福島事故で壊れた物体を全てデブリと呼んでいるが、これは言語の使用上の間違いで、外国の人達には何のことか区別がつかないと思う。

TMIの炉心の殻は、崩壊熱で高温となった燃料棒がジルカロイ燃焼で溶けて、燃料の隙間を流れ出した途端に輻射熱の放散により固化し、隙間を埋めて卵の殻状の外皮をつくったと考えられる。外皮の中に残った燃料や原子炉材料は、卵の殻の中で溶けて均一な共晶体をつくったと考えられる。殻は燃料棒が溶融したもので、合金とは違う。溶融炉心を壊すために穴を開けたドリルの抵抗の違いが、内外の材料の差を分け、TMIの炉心溶融図が出来た。

簡単に言えば、溶融したUO2は融点の高いるつぼとなり、その中でいろいろな材料が溶けて共晶体を作ったのだ。この共晶体の一部が流れ出て炉心底に溜まっている。この流失した共晶体を除いて、溶融燃料のほとんどが殻の中に残っている。

TMI の炉心溶融図

溶融炉心が流動しなかった痕跡の第一が、元の炉心位置で固化していた事実だ。融点が高いUO2は、溶融はしても流れず同じ位置に残った。

TMIの炉心は、溶融の直前まで崩壊熱によって2000℃以上に熱せられていたから、注水によって起きたジルカロイ燃焼熱によって溶けた燃料棒は、燃料棒の間にある狭い隙間を少し流れ下ったであろう。しかし、流れ下ったその途端に、発熱源であるジルカロイから離れて、UO2は輻射熱を放散して冷え固まって、隙間を埋めて殻を作った。

TMIのスケッチ図には、溶融炉心の底の中央には、殻と同じ色の短い突起が一本描かれている。恐らくこの突起は、溶融炉心の底に幾本か出来た突起の代表として描かれたものであろう。突起の寸法は、メノコ測定だが、長さ60cm、幅30cm程で、突起となっているのは、液化したUO2が流れる間もなく固化した実体を示している。3000℃に近い物体が出す輻射熱は大きく、固化が早い。

溶融炉心は流れない。TMIの溶融炉心のスケッチ図はその事実を正確に描いている。

融点の高いUO2炉心は、ジルコニウム・水反応の発熱によって溶融して液体となるが、輻射放熱が大きいため、発熱体から離れると直ちに固化する。液体として存在する時間は短い。従って、溶融炉心は流動しないと言ってよい。以上で、「溶融炉心は流れ落ちない」を終える。

【コラム/5月29日】円安・物価上昇・賃上げを考える~縮小均衡調整と原子力


飯倉 穣/エコノミスト

1、円安懸念

この数年、日本経済は、原油等エネ価格急騰、輸入物価・企業物価・消費者物価上昇、実質賃金減、物価見合い賃上げの話題が続いている。そして円安基調である。物価再燃警戒の米国金利高止まり、日銀の自縄自縛の金融政策に加え、貿易収支不調等日本経済の弱さも語られる。連休には、一時1ドル=160円となり、介入なのか、乱高下し150円台相場で一喜一憂である。

円安について物価と実質賃金の面から、報道がある。「円安企業も逆風懸念 商社「ボデイブローのよう」部材の輸入業績に影 1週間で9円の乱高下」(朝日2024年5月8日)。「実質賃金3月2.5%減 24ヶ月マイナス過去最長」(日経夕同9日)、「実質賃金24ヶ月連続減 過去最長物価高に追いつかず」(朝日同10日)等々。

報道が伝える懸念は、日本経済のどこに問題があるのか、判然としない。縮小均衡調整を念頭に、コロナ後・ウクライナ戦争・エネ価格上昇以降の物価・賃金・為替(円安)の流れを考える。


2、物価の動きは、経済波及原則の通り、実質賃金低下も当然

コロナ感染一段落、ロシアのウクライナ侵攻(22年2月24日)後の物価の動きを見れば、食料・エネ国際価格等高騰、輸入物価上昇、企業物価上昇、消費者物価上昇となった。

輸入物価の推移は、輸入エネ等価格急上昇と若干の戻しがあり、21・22年度各30%以上急騰し、23年度は低下した。これを受け国内企業物価は、21・22年度7~9%上昇し、23年度は2.3%に落ち着きを取り戻した。政府の価格転嫁推奨の後押しなのか、消費者物価は、21年度横ばい、値上げで22年度3.2%、23年度3.0%になった。直近3%弱で下げ止まっている。現状実質GDPの増加を期待できない。

賃金決定は、生産性上昇(=実質成長率)次第である、2023年度までの3年間平均の賃上げは2%強、GDP実質成長率2%程度とほぼ整合的である。この意味では、正常な姿である。故に実質賃金のマイナスは、当然である。海外への所得流出は、好材料がなければ我慢のみである。経済は、短期的には縮小均衡調整となる。

現政権は、賃上げ、物価上昇、経済成長可能論(財政再建狙いも含めて)を強く打ち出している。経済界(経済同友会等)も同調する発言が目立つ。今春闘は、多くの大企業が賃上げ5%強と報告(連合)している。この現象に実務家・経済専門家の一部に後押し派もいるが、眉唾・懐疑派も多い。

実質賃金24か月マイナスは、何かよからぬという報道がある。この表現で、何を期待しているか意味不明である。又円安も、実態把握不足なまま、大々的な扱いである。何か釈然としない。


3、円安の場合、日本経済に与える影響は、貿易収支状態に依存

円安について短期的に物価に与える影響を懸念する声が強い。アベノミクス時代と異なり、マスコミもとんでもないという論調の見出しや書き方である。円換算輸入価格上昇、電力等エネ・食料値上げで、庶民は生活苦と書き出す。

円安の影響は、各業界等で事情が異なる。輸入関連企業は、コスト高を合理化で吸収できなければ、価格転嫁となる。円安による価格上昇は、やむを得ない。他方最近の企業決算(23年度)発表では、円安・輸出増等で増収増益も多い。日本経済全体では、円安のマイナスとプラスが相殺される。貿易収支の状況が重要で、円安は、短期的にみて赤字ならマイナス、黒字なら全体としてプラスである。その対応は企業の創意工夫に依存する。

課題は貿易収支である。現在化石エネ輸入価格上昇とその高止まりで赤字基調である。その原因は、当然輸出力もあるが、過去の経験を探れば、オイルショック後の苦渋を克服した有力手段を手放したことにある。貿易赤字は、民主党政権時代の原子力発電稼働停止・廃止による化石エネ輸入量増加が主因である。円安・コスト高・価格転嫁・生活苦という流れを強調することは賢明でない。まず貿易収支の黒字基調を如何にして回復させるか。輸出力(国際競争力)を強調するだけでなく、経済論的には燃料費・発電原価で安定性のある原子力の有効性に言及すべきであろう。

勿論、急激な為替変動は回避すべき事柄である。日本として留意すべきことは何か。日銀の金融政策もあるが、1970年代以降の為替変動の主因は、常に米国経済の運営にある。本来円ドルレートの安定を図る国際的な枠組み(為替体制)が必要だが、この国では、そのあり方を追求する理論・実践に乏しい。論自体も米国次第という経済学の現状がある。その意味で資本の短期移動の監視・抑制と貿易収支の均衡努力(若干黒字傾向)は重要である。


4、賃金の決定は、経済成長(生産性上昇)次第

物価上昇見合い賃上げは、何をもたらすか。成長経済でなければ、コストプッシュインフレかスタグフレーションである。今春の賃上げが、雇用者報酬と営業余剰(企業利得)の分配変更、つまり投資金融重視に陥った企業経営の改善に伴う投資家への分配縮小なら、一定の評価に値する。雇用者重視の意味である。ただ分配の変更は、一時的である。中長期的には、成長(生産性上昇)がなければ、賃上げと物価との追いかけっこ(1970年代の欧米のインデクセーション)になる。

繰り言になるが、賃金上昇は、独立投資(技術革新の企業化)に依存する。技術革新・企業化を実現する設備投資、雇用拡大、生産拡大・コスト低下、売り上げ増、所得増の流れで、賃上げをもたらす。単なる賃上げ・コスト増、価格上昇は、売れ行き鈍化に帰結する。成長はない。

1969年以降「模倣から創造へ」を謳う科学技術政策・産業政策は、米国を凌駕することは無理として、彼の国に比肩する技術革新を生み出していない。現在は、独立投資不足の成長停滞が継続している。このような状況では、低成長・賃金横ばい・低物価が正常な姿である。構造改革の失敗を反省し、再改革を行うことで技術革新基盤を再構築することが必要であろう。故に技術革新なき「物価上昇見合い賃上げ」という勝手論は止め、引き続き成長の鍵を再考することが必要である。また貿易収支面では、我が国が現実的にとり得る方策(原子力発電の運転再開・新規建設)を推進すべきである。


【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

狙われるエネルギーインフラ 「能動的サイバー防御」で備えよ


【今そこにある危機】佐々木弘志/名古屋工業大学客員准教授

近年、日本政府や社会インフラに対する攻撃が相次いでいる。

防衛力強化の一環で、わが国の「サイバー安全保障」は新局面に入った。

2022年12月、日本政府は、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画を新たな防衛3文書として閣議決定した。中でも注目を浴びたのが、国家安全保障戦略に示された「能動的サイバー防御」の方針である。

これは、①重要インフラ含む民間事業者との情報共有の強化、②悪用サーバなどを検知することを目的とした通信事業者からの情報提供、③安全保障上の懸念がある場合、攻撃者のサーバなどへの侵入や無害化を行う権限の付与―の三つの措置の実現を目指しており、日本政府において、「サイバーセキュリティ」が「サイバー安全保障」の文脈で十分な予算と人が付くことで、国の重要な「経営課題」として位置付けられた。

「能動的サイバー防御」の実現が急務だ


政府機関に相次ぐ攻撃 被害を抑えたデンマーク

わが国のサイバー安全保障リスクの現状はどうか。昨年8月、内閣サイバーセキュリティセンターは、メールシステムがサイバー攻撃を受け、約5000通のメールが漏えいした可能性について発表した。また、今年2月に報じられた過去の外交上の機密に関わる公電システムの情報漏えい事案などからも、政府機関が継続的にサイバー攻撃の標的となっており、実際に被害が出ていることから、安全保障上の懸念があると言える。

社会インフラに対しては、昨年7月に名古屋港のコンテナ運用システムがサイバー攻撃の被害を受け、2日半の間、約2万本のコンテナの搬出入に影響が出た。国内では初のサイバー攻撃による大規模な社会インフラの停止である。この影響で大手自動車会社の海外向け部品の工場4拠点の生産停止や、アパレルメーカへの衣類納入遅れなどサプライチェーン上のビジネス被害が発生した。

このように、政府機関、社会インフラともにサイバー脅威が高まりを見せる中で、政府と民間事業者が協力して、より踏み込んだ対処にあたる「能動的サイバー防御」の実現は急務だ。

能動的サイバー防御は法的な議論もあり、実現には課題が多いが、その必要性を強く示したのが昨年5月にデンマークのエネルギー業界を襲ったサイバー攻撃である。この事案では、台湾製の同じ通信機器を使用する22社の同国内のエネルギー事業者が同時に攻撃を受けた。一連の攻撃により、数社の遠隔監視・制御に用いていた通信装置が無効化され、制御システムの遠隔運転ができなくなり、手動運転に追い込まれた。

このような国家全体のサイバー脅威への対処として、デンマークではインフラセキュリティ対応チームSektorCERTを設置し、国土中に配置した270台のセンサー機器からの情報を基に、エネルギー業界を含む重要インフラ事業者のサイバー脅威の監視・事故対応の支援を行っている。

本事案では、SektorCERTがサイバー攻撃を検知し、攻撃を受けたエネルギー事業者と連携して迅速な対応を行ったことが攻を奏し、攻撃者にインフラを不正に操作されずに済んだ。SektorCERTが能動的サイバー防御の①と②相当の措置を実現することで、被害を最小限に抑えることができたといえる。もし対応が遅れていたら、長期間のサービス停止や設備破壊などの深刻な被害が発生したかもしれない。

SektorCERTの事故レポートによれば、本攻撃にはロシア軍支援のサイバー攻撃者グループ「サンドワーム」の仕業である痕跡があったという。サンドワームは15、16年にウクライナでの大規模停電を引き起こしたグループであり、現在もウクライナはもちろん、敵とみなす国の社会インフラに対するサイバー攻撃を行っている。もし本件がデンマークのウクライナ支援に対するロシア政府の報復ならば、決してわが国も他人事ではない。

「資格者不要」で市場創出 CN時代に向け先手打つ


【技術革新の扉】小型貫流&水素専焼ボイラー/三浦工業

三浦工業の小型貫流ボイラーは資格者を不要とし同市場に旋風を巻き起こした。

現在は水素専焼ボイラーで先行しており、カーボンニュートラル実現に貢献していく。

街角の飲食店から自動車や紙・パルプの大規模工場まで、熱利用は日々の暮らしにおけるあらゆるシーンで欠かせないものだ。この熱をつくり出す蒸気は安全で有効なキャリアである。現状、蒸気の熱エネルギーを代替できる物質は存在しない。


小型貫流ボイラーで革命 最新機器は熱効率98%達成

蒸気をつくり出すボイラーにおいて、革命を起こしたのが三浦工業の貫流ボイラーだ。貫流ボイラーは水管式や炉筒煙管式に比べて、保有水量が少なく、着火から蒸気発生の間での時間が極めて短い。複数台を設置し、きめ細かく台数制御を行うことで、負荷変動に対応できるほか、蒸気圧力や伝熱面積を抑えることで取り扱いにボイラー技士の資格が不要など、導入のハードルを大きく下げた。このほか、安全性が高く、省スペース化、省力化、低公害化、さらにはメンテナンス停止のリスク低減にも寄与する。このことで工場やビルをはじめとした大型建築など、多くの熱を利用する需要家に使われることになる。

小型貫流ボイラーの誕生は1959年にさかのぼる。国によって「ボイラー及び圧力容器安全規則」が制定され、圧力が10‌kgf/㎠以下、伝熱面積が10㎡以下は無免許で使えるようになったのだ。三浦工業では、同基準に当てはまるボイラー製造を目標に定め、給水と燃焼の自動化を目指したという。従来の貫流ボイラーは蒸発部が単管だったのを気泡上昇が容易な多管を採用し、水管をZ形に曲げ、上下のヘッダーを連結した構造で、燃焼ガスがZ形に流れて熱交換を行うようにした。さらに、数本の水管の隙間を封鎖する伝熱フィンで熱効率を上げた。こうして小型貫流ボイラー「ZP型」を開発した。当時のボイラー効率は80%。最新の「SQ―AS」では98%を達成している。国内のボイラー市場で貫流ボイラーは77%を占める。このうち三浦工業は58・7%のトップシェアを獲得している。

日本国内の部門別CO2排出量を見ると、産業部門が34・7%を占める。このうち60%が熱利用によるものだ。さらに、熱利用のうち約9%が三浦工業製のボイラーを使用することにより排出されており、その年間排出量は約2000万tに上る。国内CO2排出量の2%弱を同社のボイラーが占める計算だ。

2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向け、この解決策として同社が現在注力するのが水素専焼ボイラーだ。蒸気1t当たりのCO2排出量を燃料別に見ると、石炭が355kg―CO2/蒸気t、A重油が同243、天然ガス同161。これに対し、水素はゼロになる。このインパクトは非常に大きい。

移行期は水素と都市ガスの混焼を検討する動きもあるが、「水素は体積当たりの発熱量が低いため、都市ガスに水素を混ぜても熱量比率は大きくならない。都市ガスに水素を76%混ぜることでようやく46%のCO2削減を達成できる。CNを目指すなら、水素専焼が最有力の選択肢となる」。ボイラ技術ブロックの山本英貴ブロック長は、こう強調する。

㊤機械遺産に認定された小型貫流ボイラー「ZP型」
㊦水素専焼ボイラー「AN-2000BS」


水素専焼ボイラーで強み 自社開発・製造に力

三浦工業は16年度に貫流型の水素専焼ボイラーを製品化し副生水素活用向けに初号機を受注した。その後、21年度に簡易ボイラーを製品ラインアップに加え、23年には新型ボイラー「AN―2000BS」を発表した。

水素の物性には、分子が小さく燃料リークの可能性がある、透明な火炎のため検知機能が必要、燃焼速度が早く逆火の懸念がある、燃焼温度が高くNOXが発生しやすい―などの課題がある。また、都市ガスと比較して燃料ガス中に水分が多いため、潜熱回収技術の活用が必要となる。低位発熱量(LHV)基準で105%を達成してようやく都市ガス仕様のボイラーと同等レベルの高位発熱量(HHV)基準の燃料利用率となる。

こうした課題を水素向け技術の開発で乗り越えた。高効率化においては、エコノマイザーを開発した。エコノマイザーは排ガスの熱エネルギーを回収するもの。ダウンフロー型を採用することで、伝熱管表面の結露水を速やかに排出するようにした。

安全対策では、速い火炎速度による逆火を防止するため、消炎性能が高い波板構造の逆火防止装置を採用。さらに、ボイラーの停止時に配管中の水素と空気(酸素)が予期せぬ燃焼を起こすことを防ぐため、窒素で燃料配管をパージする機能を搭載するなど、万全を期している。

また、低NOXに対応するバーナーの新規開発に成功した。高温の燃焼場をつくらず、排ガス炉内で循環するバーナー構造にして低NOX化した。これにより、AN―2000BSは、東京都の低NOX・低CO2小規模燃焼機器認定のグレードHH(=NOX排出量40ppm以下)を取得。規制の厳しいエリアでも活用可能となった。

ボイラーには高い安全性と耐久性が求められるため、三浦工業ではキーコンポーネントの自社開発・製造に力を入れている。「必要なものは自らつくる」(山本氏)ことで、他社との差別化を図ってきた。水素専焼ボイラーの出荷台数は既に数十台となったとのことだ。同社はボイラー技術へのこだわりで、CN実現の一翼を担っていく。

【マーケット情報/5月24日】原油下落、需要後退への懸念台頭


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み下落。米国における石油需要減少の見方が弱材料となった。

米連邦準備制度理事会(FRB)が金利の据え置きを決定。インフレ減速が明らかになるまでは利下げに慎重な姿勢を示し、米国の高金利がしばらく継続するとの見方が広がった。これにより、米国の景気が停滞、石油需要が後退することへの懸念が台頭した。

また、米国の週間在庫統計も増加が報告され、国内の石油製品需要の弱まりが顕著となり、下方圧力として働いた。ただ、ガソリン在庫は、消費が過去6か月で最高を記録したこともあり、前週比で減少している。

一方、ヘリコプターの墜落で、イラン大統領が死亡。中東での情勢不安定化、それにともなう供給懸念が強まるも、価格の強材料とはならなかった。


【5月24日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=77.72ドル(前週比2.34ドル安)、ブレント先物(ICE)=82.12ドル(前週比1.86ドル安)、オマーン先物(DME)=82.42ドル(前週比2.11ドル安)、ドバイ現物(Argus)=82.44ドル(前週比1.97ドル安)

【難波喬司 静岡市長】JR東海との意見交換を進める


なんば・たかし 1956年生まれ、岡山県出身。81年名古屋大学大学院工学研究科土木工学専攻修了後、旧運輸省(現国土交通省)に入省。大臣官房技術参事官、技術総括審議官などを歴任。2014年から静岡県副知事を2期8年務めた。23年4月の静岡市長選で初当選。

川勝平太静岡県知事の下で副知事を2期8年務めた後、昨年4月の市長選で初当選した。

リニア中央新幹線の静岡県内着工問題など課題が山積するが、課題解決力には定評がある。

岡山県真庭郡湯原町(現真庭市)生まれ。ダム直下の露天風呂で有名な町の自然あふれる環境で少年時代を送った。幼い頃から数学が好きで、「高校時代には難問を解くことが『遊び』になっていた」。逆に古文や漢文には興味なし。勉強は一つの科目を突き詰めたいタイプだ。

高校卒業後は名古屋大学工学部に進学した。当時の名古屋大学は国公立大学の入試としては珍しく、国語は現代文だけで良かった。大学4年生の頃には電源開発への就職も考えたが、結局は名古屋大学大学院に進んだ。そこで松尾稔先生(後の名大総長)に出会ったことが人生を変えた。

大学卒業後は土木技術者として国の役に立ちたいと考え、運輸省(現国土交通省)に入省。1987~90年のパナマ駐在時には、米国のパナマ侵攻による市街戦を経験した。48歳の時には、土木工学で論文博士号を取得した。

約30年の役人生活で印象的だったのは、羽田空港第四滑走路の建設だ。関東地方整備局港湾空港部長として実務責任者を務め、漁業補償交渉では大方の予想より早く妥結にこぎ着けた。「漁業者の『東京湾の漁業を守りたい』という思いに共感し、相手の信頼を得たことが大きかった」

漁業補償交渉で痛感した共感と信頼の大切さは、政治家としての原点だ。現在の市政の運営方針である「根拠と共感に基づく政策執行」「共創」にもつながっている。

国交省退職後は、旧知の間柄だった川勝平太静岡県知事に声を掛けられ、副知事を2014年から8年間務めた。その後、昨年4月の静岡市長選で初当選を果たす。

市長職については「国や県は法律・制度を作り予算配分するが、実際に執行するのは市町村の場合が多い。政策執行の結果が住民の幸せに直結するのがやりがい」と穏やかな口調で語る。「現場に足を運び、現物を見て、現実を知る。現実の根底を見て解決策を考えることが得意で、それを生かせるのが地方行政、とりわけ市役所の仕事なんです」

【政策・制度のそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2024年5月号)


欧米と比較する日本のガソリン価格/原子力再稼働の料金への影響

Q 国の補助金がない場合、日本のガソリン価格は欧米の主要国と比べて高いのでしょうか?

A わが国の2024年2月最終週のガソリン店頭平均小売価格は174.4円/ℓでしたから、為替レートを149.3円/ドルとすると1.168ドルになります。国際エネルギー機関(IEA)の3月の石油市場報告によれば、ドル換算でフランス1.922ドル、ドイツ1.699ドル、英国1.967ドル、米国は0.848ドルと、日本のガソリン価格は、欧州主要国と米国の中間だといえます。

2月最終週の補助金は21.1円でしたから、仮に補助金がなければ、195.5円になっていたとして、ドル換算で1.309ドル相当と、結論は変わりません。やはり、日本に比べて欧州諸国はガソリン税(環境税を含む)と付加価値税(VAT)がはるかに高いのに対し、米国ではガソリン税がほとんどかからないからでしょう。

また、税抜き・ドル換算で比較すると、日本0.837ドル、フランス0.820ドル、ドイツ0.911ドル、英国0.853ドル、米国0.746ドルと、米国が約10%安くなっていますが、日欧ではほとんど変わりません。税抜きで補助金のない場合は、日本は0.978ドルとなり、欧州諸国よりやや高い水準となります。ガソリンの場合、国際比較をする上では、補助金の要素より、税金の要素がいかに大きいかがわかります。

ただ、考慮しなければならないのは、最近の円安です。ウクライナ侵攻以前は1ドル110円程度でしたが、150円水準まで円安・日本安が進んでしまっていますから、それだけで、ドルベースでの比較では、日本の商品に国際競争力があることになってしまいます。その意味では、現時点で内外価格差を考えることはあまり意味があるとは言えないかもしれません。

回答者:橋爪吉博/日本エネルギー経済研究所石油情報センター事務局長

Q 東日本地域での原子力再稼働は、新電力を含むエリアの電気料金にどう影響しますか?

A 発電原価の観点では、火力発電における燃料費のようなランニングコストがかからない原子力は火力に比べ優位性があるため、再稼働は電気料金を引き下げる要素になります。昨年に規制料金の値上げ申請をした一部の旧一般電気事業者の値上げ申請書においても、原子力の再稼働によるコスト低減効果が反映されています。ただ、原子力の再稼働による発電原価の低減効果は値下げ原資となり得ますが、これだけで大幅に電気料金が下がることはあまり期待できないと考えます。

なぜならば、電源構成割合を考えると、現在想定されるユニットの再稼働によるコスト低減効果が発電原価に及ぼすインパクトは、東日本エリアでは西日本エリアほど大きくないからです。また、市場価格は需要と供給で決まることを踏まえると、電力広域的運営推進機関が公表しているように、人口減や省エネが進展するなどいろいろなシナリオがある中で、今後予想される電力需要はデータセンターや半導体工場の新増設などで産業用の需要がけん引し、全体では伸びることが想定されています。供給サイドでは、原子力の再稼働や再生可能エネルギーの導入拡大による供給力の増加要因がある一方、非効率石炭火力のフェードアウトなど老朽火力の退役による供給力の減少要因もあります。これらの変数で価格の想定が変わるため、予想することは非常に困難です。

将来的に再稼働する原子力が増加し、電源構成に占める割合が増えると電気料金が下がる可能性はありますが、安全対策へのコスト負担が以前より大きくなっていることに加え、今後増大する送電系統整備に関わるコストの上乗せを考慮すると、大幅な値下げはあまり期待できないでしょう。

回答者:齋藤克宏/EY Japan電力・ユーティリティセクターリーダー

プーチン氏再選がかく乱要因に エネルギー情勢への影響を考察


【多事争論】話題:プーチン氏再選の影響

ロシア大統領選で圧勝したプーチン氏はエネ資源を武器に世界を翻弄している。

専門家は再選後の情勢を踏まえ、日本にエネ安保戦略を練る課題を投げかける。

〈 脅威が増すエネルギー供給国 原油とガスで影響力を行使か 〉

視点A:加藤 学/国際協力銀行資源ファイナンス部門エネルギー・ソリューション部長

ロシア大統領選挙で、現職プーチン大統領の圧勝が報じられた。プーチン再選は、自動的にウクライナ侵攻が継続されることを意味し、エネルギーの文脈でいえば、ロシアによるエネルギー供給不安が継続することと同義だ。また、脱炭素の観点からもプーチン体制の継続は、かく乱要因となる。

プーチン体制を下支えている主なファクターは、堅調なロシア経済だ。戦時経済体制に移行したロシア経済は、軍需産業、建築、国内観光といった内需がけん引。プーチン大統領は、2023年にロシアの経済成長率がプラス3・6%となり、購買力平価ベースの国内総生産(GDP)は世界5位で、向こう2~3年以内に日本を抜いて4位に浮上すると豪語した。この強気な発言の背後にあるものは、エネルギー供給国としてロシアは国際社会で何ら孤立していないという自信だろう。

原油については、中国、インド、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)といった対ロ制裁に加わらない国々が、ディスカウントされたロシア産原油を大量に購入し、ロシアの歳入を支えている。中でも、サウジアラビアとの関係はロシアにとって重要である。なぜなら、石油輸出国機構(OPEC)プラスを通じた減産調整により、ロシアは世界の油価に影響力を行使できるからだ。

米国のバイデン大統領は、11月の大統領選挙を控え、ガソリン価格高騰が支持率低下の要因となることを恐れている。サウジ皇太子ムハンマド・ビン・サルマン(MbS)は、ロシアとの関係強化を通じて国内で台頭する足がかりを得たとされ、プーチン大統領との個人的なリレーションを重視する。

その一方、カショギ記者暗殺事件を非難するバイデン大統領との折り合いはそもそも良くない。プーチン大統領は、いざとなれば、MbSと結託した上で、原油供給不安をあおり、油価高騰を誘発させる可能性がある。


ロシアが脱炭素でも台風の目 低濃縮ウランを外交上の武器に

ガスについては侵攻前、欧州はロシアから132・3BCM(10億㎥)もの気体のガスをパイプライン経由で輸入していたが、23年は28・3BCMの規模に縮減した。その傍らで欧州は、ロシア産LNGを購入し続けている。23年、その規模は21・5BCMだ。欧州は依然として、ロシア産ガス輸入を制裁対象としていない。欧州のガス価格(オランダTTF)は、暖冬とガス備蓄により足元では落ち着いているが、プーチン支配下のロシアは、いつ何時、欧州に向かうガスを完全に干上がらせようとするか分からない。

その際に欧州は、侵攻が起きた22年のように、世界中から高値でスポットLNGを買いあさり、ガス価格市況は急騰するだろう。欧州市場を喪失したロシアのガスは行き場をなくすという指摘があるが、ガスプロムは中国や中央アジア向けのガスの輸出拡大に取り組んでいる。そのほか、生産されたガスの約80%が現在、肥料やアンモニア、メタノール増産などの国内需要で吸収されている。

昨年、UAE・ドバイで開催された地球温暖化防止国際会議(COP28)では、COPの合意文書で初めて、原子力利用が気候変動上の解決策として明記された。他方で世界の原子力発電は、ロシアの低濃縮ウランに全体の46%を依存している。米国も22年、低濃縮ウラン全体の24%、ウラン全体の12%をロシアから調達し続けている。

ロシア製の加圧水型軽水炉(VVER)は、中東欧に15基があり、現在も稼働中だ。こうした事情から、ロスアトムに対する欧米諸国の経済制裁は抑制されたものとなっているが、プーチン大統領が石油とガスに続いて、低濃縮ウランを政治・外交上の武器にしてくる可能性は排除できない。

COP28といえば、その合意文書第29条に「トランジショナル・フュエル(移行燃料)」という概念が初めて登場した。これは、ガスは排出量削減を目的とした移行燃料とするロシアの主張を受け入れたものだ。ロシアは、OPEC諸国と水面下で示し合わせていたとされる。いまやCOPは、世界で最も重要な気候変動対応に関する国際会議であるが、ここでロシアはプレゼンスを失っていない。

11月のCOP29は、アゼルバイジャン・バクーで開催されるが、同国アリエフ政権とロシアは独自のチャネルを有する。ロシアが化石燃料活用に向けた主張を展開して、アジェンダを実質的にハイジャックする可能性さえあるだろう。ウクライナ侵攻を止めないプーチン大統領の再選は、エネルギー供給不安への懸念のみならず、脱炭素の分野でも安閑としていられないことを意味している。

かとう・まなぶ 慶応大学法学部卒。1996年日本輸出入銀行(現国際協力銀行、JBIC)入行。延べ8年にわたりJBICモスクワ事務所に勤務。2022年からエネルギー・ソリューション部長。ロシアとエネルギーが専門領域。

【需要家】検針票廃止で価値喪失に 省エネ逆行を懸念


【業界スクランブル/需要家】

東京ガスが今年10月末をもって紙の検針票の投函を終了する。関東エリアは、2020年に東京電力エナジーパートナーが紙の検針票を廃止しているので、これをもってエネルギーの使用量データが郵便受けに届くことは、基本的に終わりとなる。廃止の理由は「環境保全への取り組みの一環」と書かれている(もちろん、人件費の削減も理由の一つであろう)。

確かに、検針票のために使用する大量の紙は、環境負荷削減の上で課題があると言える。しかし検針票の価値については、もう少し多面的な検討が必要ではないか。

一般世帯がエネルギー消費量のことを意識することはほとんどない。年間で数分だという話もあるほどだ。そのごくわずかな機会に貢献していたのが検針票だ。エネルギーに関心が無かろうが、毎月全ての消費者の郵便受けに投函されており、消費量と金額を知らせる。検針票廃止後はWEBサイトにログインして情報を閲覧することになるが、エネルギーに興味の無い人がわざわざそのようなことをするとは考えにくい。今後は能動的にならない限り、自分自身のエネルギーの消費量情報に触れられないことになり、エネルギーの存在はますますイメージの世界に追いやられるのではないか。そして結果的には、省エネに逆行してしまうことにならないだろうか。加えて、自分事としての関心を持たれにくいエネルギー業界において、検針票は全ての消費者に接触できるコミュニケーションツールにもなり得るものだ。その価値を放棄することも非常にもったいない。

検針票廃止の裏にある価値の喪失に、今一度目を向けてもらいたい。(O)

低コストでガスを分離・回収 脱炭素技術で経済を前進させる


【エネルギービジネスのリーダー達】堀 彰宏/SyncMOF副社長兼CTO

ガスを分離・濃縮する吸着剤「MOF」の技術開発と装置の販売を手掛ける。

脱炭素化の鍵を握るソリューションとして、多方面から注目を浴びている。

ほり・あきひろ 岡山大学在学中は超伝導の研究に携わる事、博士号(理学)取得。専門を多孔性材料に変更し、理化学研究所、名古屋大学などで研究に従事。2019年6月にSyncMOFを共同創業。

「ガスをハンドリングすることで、脱炭素社会においても経済を着実に加速させたい」

こう語るのは、ガスを分離・濃縮する吸着剤「MOF(金属有機構造体)」の技術開発と、コンサルティング販売を手掛けるSyncMOF(シンクモフ)の堀彰宏副社長兼CTO(最高技術責任者)だ。2019年6月に名古屋大学発のスタートアップ企業として、外資系コンサルティング会社出身の畠岡潤一社長兼CEO(最高経営責任者)と共に同社を創業した。


異なる学問領域を同期 新しい技術を生み出す

MOFとは、金属と有機物からなる、人工的に生成した結晶。その組み合わせ方によってさまざまな機能を設計することができ、CO2や水素、アンモニアといったガスの種類や濃度に応じた最適な選定が可能だ。しかも、吸着したガスを回収するには60℃程度に加熱するだけとあって、ゼオライトやアミンなどの既存技術と比べ、より効率的で低コストなガスの分離・貯蔵・運搬を実現する。脱炭素社会の切り札となり得る技術と言っても過言ではないだろう。

「状況に合わせたMOFの選定から、大量合成・成形、最終的な装置設計まで一社で引き受けることができる」のが、同社の強み。この強みを武器に、自動車や鉄鋼メーカーといった国内230社以上と取引し、創業から5年余りで年間数十億円を売り上げるまでに会社を成長させた。東京、名古屋のみならず、昨年11月には米シリコンバレーにも拠点を開設し石油メジャーへの装置販売に乗り出すなど、海外ビジネスの拡大も視野に入れている。

MOFの選定から装置の製品化までは、「化学」「材料工学」「機械工学」と、異なる専門分野の領域を同期(シンクロ)させなければならない。スタートアップ企業の同社が一貫したビジネスを展開できるのは、堀さんが理学博士でありながら、化学領域であるMOF研究の専門家でもあるという少し変わった経歴の持ち主だからだ。

高校を卒業し岡山大学理学部物理学科に進学した堀さんは、修士課程を終えるころまでは超伝導の研究に携わっていた。その後、研究対象を化学領域のMOFに変更。物理学科でただ一人、化学領域の研究をしていたわけだが、教授も「物理を理解している化学者はあまりいないから、ひょっとすると第一人者になれるのではないか」と、研究を後押ししてくれたという。

社名のシンクモフには、さまざまな学問領域の「シンクロ」により新しい誰にも負けない技術を生み出すこと、そして、多くの企業と「シンクロ」することによりさまざまな製品にMOFを搭載し、社会実装を目指すという意味を込めた。


ガスは天空の資源 宇宙開発に生きる技術

「産業にブレーキを掛けるCO2も、反対に化石資源に代わる次世代燃料として産業を加速させる水素やアンモニアも、全てガス。ガスをハンドリングすることが資本主義をコントロールするという、非常に面白い時代に突入している」と堀さん。

今は、気候変動の要因として排出削減が求められるばかりのCO2だが、これを回収し濃縮すれば効率的に合成メタンを生成できる。燃えないガスであるCO2を、燃えるガスであるメタンに作り変えることで富を得る―。同社にかかれば、厄介者のCO2も「天空の資源」なのだ。

そして、「この技術は宇宙で活用してこそ意味がある」とも。宇宙にはメタンが存在せず、人類が宇宙に行くには地球から持っていくしかない。だが、MOFで人間が吐いた息からCO2を収集し濃縮すれば、宇宙ステーション内でメタンを生成しエネルギーとして活用できる。

単に企業向けに製品の開発・販売を手掛けるだけではなく、社会の在り方を変えるための取り組みにも注力し始めた。例えば今年3月には、名古屋電機工業と共同で、長野県白馬村の小学校で教室内のCO2を除去し、それを野菜の生育促進に有効活用する実証実験「CO2利活用教育カリキュラム実証実験」を開始した。「子供たちには、気候変動に対する漠然とした不安感がある。CO2をコントロールできることを知ることで、行動変容を促したい」という。

また、5月7日には、美容医療を手掛ける新会社として「Vita Carbo Innovations」を立ち上げる予定。美容皮膚科での炭酸ガスレーザーや炭酸パック、美容室での炭酸シャンプーなど、美容業界ではさまざまな場面でCO2へのニーズがある。そこにMOFを売り込もうというわけだ。

農業や美容といった身近なところから宇宙まで、MOFの可能性は、今後ますます広がっていくことになりそうだ。

前回エネ基で不足 主力電源化の課題深掘りを


【業界スクランブル/再エネ】

日本のエネルギー政策は、再生可能エネルギーへの移行が遅れているという点で批判されることが多いように見受けられる。化石燃料への依存度が高く、特に原子力発電に対する国民の不安が解消されていない中で、主力電源化がうたわれている再エネの普及拡大が将来のエネルギーミックスのキーとなることに異論をはさむ余地はないと思う。一方で、従来型の電源を再エネ由来の発電所に単純に置き換えられるほどには、再エネ発電の信頼性が確立されていないという点は見過ごせない。

2024年度以降、エネルギー基本計画の見直しがスタートする。新たなエネ基には、再エネを真の主力電源にするための方法論について記述してほしい。現在の第6次エネ基では野心的な目標が掲げられたものの、再エネ主力電源化に向けて何が課題なのか、その課題を誰がいかにして解決するのか―。その辺りが十分に論じられていなかったことが、現状の再エネへの移行が爆発的に進んでいかない理由であるように感じる。

気候変動への対応として、世界的には脱炭素社会への急速な移行が求められており、日本のエネルギーセキュリティーの観点からも脱化石燃料は優先度の高い社会的課題である。経済成長と環境保護のバランスを取ることは重要だが、将来世代への責任を考えると、何を優先すべきか、日本の社会全体でもっと真剣に考えて結論を出すべきだ。事業者が利益を追求する手段としてしか考えられていない現在の再エネの事業環境を、社会全体の取り組みに転換しなければ、再エネ発電所が迷惑施設である現状から、いつまでも脱却できない。(K)

【コラム/5月24日】福島事故の真相探索 第7話


石川迪夫

第7話 水素爆発を起こさないために

被覆管に好適なジルカロイ合金

ジルカロイ燃焼のすさまじさは分かった。だが、そんな危ないジルコニウム材料をなぜ原子炉燃料の材料に使っているのか、原子力関係者は安全意識に欠けるとお叱りを被るかもしれない。しかし、事故が起きたことはご容赦をこう以外にないが、ジルカロイほど実績があり、発電用原子炉に適した被覆管を僕は知らない。ロシアや中国でも燃料棒にジルコニウムの合金を使っている。ジルコニウムは中性子の吸収も少なく、好適な被覆管材料なのだ。

ソ連で火災爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子炉は、われわれが使っている軽水炉とは似ても似つかぬ黒鉛ガス炉であるが、燃料棒の被覆管にはジルコニウム・ニオブという名の、ジルカロイに似た合金を使っている。チェルノブイリの爆発も、これまで述べてきたジルカロイ・水反応による水素の発生が原因だ。事故で高温状態になった炉心に冷却水を注入したために、水素ガスが発生した。チェルノブイリでは炉心の中に大量の黒鉛を使っていたので、ジルカロイ燃焼が原因となって黒鉛の火災まで起した。6日間に渡る黒鉛火災がインテルサット衛星で撮影されてわれわれに届いたが、北半球全体が放射能で汚染された*。

ジルカロイ燃料を使う時の問題は、事故が起きることにあるのではなく、ジルカロイ燃焼を防ぐことにある。ジルカロイ・水反応を防ぐ手段はないが、ジルカロイ燃焼による事故は運転員の注意によって未然に防げる。ジルカロイ燃焼は防止出来るのだ。


高温の炉心を急冷してはいけない

ジルカロイ燃焼事故は、高温の燃料棒に冷たい水を浴びせることで起きる。炉心を冷却しようと思って水を入れた途端に、被覆管の酸化膜が破れて、高温のジルコニウムと水との反応が起きて事故が起きる。であれば、炉心に水を入れて急冷するのではなく、炉心温度をゆっくりと冷やして、燃料棒を徐冷すればどうなるか。

参考 ジルコニウムは被覆管材料に相応しい(ウィッキペディアより)

仮に、炉心の温度を600℃以下にまでゆっくりと冷やした後に、冷却水を注入して原子炉を150℃程度の長期冷却状態にすれば、被覆管のひび割れが燃料棒に生じても、中のジルコニウムは温度が低くなっているために、水と出合っても反応しないから、ジルカロイ・水反応は起きない。ジルコニウムが燃焼しなければ、事故は起きない。原子炉をゆっくりと徐冷した後に、燃料棒が冷えていることを確認して冷水を入れて原子炉を冷やす――。これで事故は防げるのだ。

こう書けば、事故状態にある原子炉を徐冷するなどとバカを言うな、そんな悠長な操作は実施できないと、お叱りを受けるかもしれない。だがご心配は無用、その悠長な操作が、何と福島事故の現場で実行されていて、徐冷は成功し、以降の数時間にジルカロイ燃焼は起きていないのだ。操作もまた単純で、後に述べるように簡単なのだ。

この事は、福島事故の事故報告書に書き残されているが、誰も気づいていないだけの話だ。

ジルカロイ・水反応の防止対策は、事故状態下においても実施は容易だ。しかもその方法は一つだけではなく、二つ行われた。いずれも2、3号機で別個に行われたものだが、崩壊熱によって原子炉温度が再上昇するまでの数時間の間、徐冷後の原子炉に何らの異常も発生していない。徐冷は成功していたのだ。

徐冷に成功しながら事故が起きたのは、冷水注入が遅れて炉心温度が再上昇したからだ。先ほど、冷却が確認されたら直ちに水を入れよと書いたのは、崩壊熱による炉心温度の再上昇を防ぐためだ。成功しながら失敗に終わったのは残念だが、その経緯を次に述べる。

【火力】雲行き怪しい「GX」の送電線計画 効果疑問視


【業界スクランブル/火力】

昨年GX基本計画の中に織り込まれた送電線整備計画のマスタープランの雲行きがここにきて怪しくなっている。直近の報告でも、系統増強の費用便益評価の試算値が1を下回る。つまり負担の割には、効果が見込めない恐れがあるとのことだ。

発電所でつくられた電気は、送電線を使うことで需要地まで送ることができる。電源にとっても、送電線の整備はありがたいことに違いない。しかし7兆円にもおよぶ投資の元が取れないとなれば、もろ手を挙げて歓迎というわけにはいかないだろう。では、なぜ期待通りの効果が出ないかもしれないという事態となっているのか。

マスタープランの検討に当たっては、需要や電源の立地最適化を考慮したとされているが、再エネは対象となっているのに火力や原子力について十分に考慮されているとは言えない。それにより試算結果がぼやけたものとなっているのが原因ではないか。

安定供給を維持するためには、再エネの大量導入で拡大する需給ギャップを補うことが必須であるが、連系送電線による地域間融通のみで対応しようというのは相当無理がある。火力や原子力を配置して安定電源を確保する、もしくは供給力の変動に柔軟に対応できる需要を創出するなどして、kWを直に調整しなければ対応は困難だ。中でも供給力と調整力を共に安定供給できる火力の最適配置について、いくつか条件を変えて比較してみなければ最適解にたどり着くことはできない。

何兆円ものコストをかけるのだから、送電網の増強ばかりにこだわるのではなく、他の方策との比較をしっかりと行ってもらいたい。(N)

貴重な国産資源絶やさずに 地域支え続ける「千産千消ガス」


【事業者探訪】大多喜ガス

創業以来、国産天然ガスをベースとした事業で地域の発展を支え続けてきた。

貴重な資源を長期安定供給できるよう、カーボンニュートラル対応にも意欲的に取り組む。

千葉県産天然ガスの供給を軸とする大多喜ガス(千葉県茂原市)は、最近のエネルギー高騰下でもガス料金が値上がりしない会社として注目を集めている。緑川昭夫社長は「地政学リスクのない国産資源を大事にしていきたい」と強調する。

2014年にホールディングス化し「K&Oエナジーグループ」を設立。緑川氏は同社と大多喜ガスの社長を兼務する。K&Oエナジーグループ子会社の「関東天然瓦斯開発」が天然ガス生産、「大多喜ガス」がエネルギー供給事業、「K&Oヨウ素」が天然ガス生産に付随するヨウ素事業を展開する。

緑川昭夫社長

主力の都市ガスの需要家件数は18万件。茂原市、八千代市、市原市、千葉市中央区・緑区などへ供給し、歴史的な背景からエリアが点在している。八千代市は昭和40年代から、ガラス加工用に石炭・石油由来ガスでなくメタンガスが欲しいとのガラス製造会社からの要望に応じたことに始まる。また市原市や千葉市は、集団供給方式による圧縮天然ガスの普及をきっかけに供給を開始した。


家庭・業務用はほぼ県産 数百年は採掘可能

大多喜ガスでは家庭・業務用向けのガスを、ほぼ県産ガスで賄う。千葉県下に広がる南関東ガス田の可採埋蔵量は約800年分とも試算される。県産ガスの生産は主に、井戸に圧縮ガスを送り込み、地層から天然ガスが溶け込んだかん水をくみ上げる方式だ。かん水から分離したガスはメタン純度が非常に高く安定し、都市ガスとして利用する際は熱量調整が不要だ。

分離したかん水にはヨウ素が含まれる。実は日本は世界の3割ほどを占めるヨウ素生産大国で、さらに千葉がその8割ほどを担う。ヨウ素製造・輸出の業績は、今は円安もあり好調だ。

県産ガス主体で供給する家庭・業務用のガスは13Aよりやや熱量が低い12Aだが、多くの需要家が家庭で使用するガス機器は12A・13A共用であり、デメリットは少ない。他方、生産・輸送過程のCO2排出量が輸入LNGより少なく、天然ガスの中でも特に環境に優しいという特徴を併せ持つ。

県産ガスを汲み上げる井戸

家庭・業務用ガス料金は燃料費調整制度の適用をしておらず、総括原価での固定価格だ。CIF価格が安い時期は大手都市ガスより高いこともあったが、最近は県産ガスが安い局面が続く。「生産・輸送時の電気代や人件費高騰などはあるが、当面価格は維持したい」(緑川社長)

県産ガスには実質的な生産上限があり、大多喜ガスが供給する都市ガスの全量はカバーできない。そこで同社は、石油化学企業からのオフガスやBOG(ボイルオフガス)の調達を行うほか、産業用向けに東京ガスや東京電力エナジーパートナーからLNGの卸供給を受ける。

そして2年前には、JERA富津LNG基地から姉崎火力をつなぐ「なのはなパイプライン」(総延長31㎞)が完成した。建設費は大多喜ガスと京葉ガスで出資。大多喜ガスとしては、市原の化学工場などの需要の伸びに対応すべく出資を決断した。緑川社長は「さらなる需要増にも応えられる。コロナ禍で各社控えていた設備投資の活性化に期待したい」と語る。