電力システム改革検証が始動 「失敗」克服し強靭性回復なるか


2015年から3段階で進められてきた電力システム改革の検証作業が始まった。

改革の目的が達成できていない現状を「失敗」ととらえ、打開策を打ち出せるかが鍵だ。

「電力広域的運営推進機関設立による広域系統運用の拡大(2015年)」「小売事業の全面自由化(16年)」「法的分離方式による送配電部門の中立性の一層の確保(20年)」の3段階で進められてきた電力システム改革。経済産業省資源エネルギー庁は、送配電分離から5年目を迎えるのを前に、一連の改革の検証に向けた議論に乗り出した。

そもそも改革の目的は、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故を踏まえ、①安定供給の確保、②電気料金の最大限の抑制、③需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大―の三つを実現することにある。だが、ともすると競争促進ばかりに政策の軸足が置かれ、脱炭素化の加速も相まって供給力低下に歯止めがかからず、将来の安定供給リスクに有効な手立てを打てていないのが実情だ。

料金面では、燃料費の増大や再生可能エネルギー賦課金の導入により、22年度の大手電力会社の料金単価(家庭用・産業用の全体平均)が震災前の10年度比65%上昇。ロシアがウクライナに侵攻した22年2月以降は世界的なエネルギー供給不安に拍車がかかり、日本でも需給ひっ迫や市場価格の高騰を引き起こした。こうした外部環境によって需要家が負担する電気料金が高止まりするリスクが常に付きまとい、料金の低廉化の観点でも改革の目的が達成されているとは言い難い。

エネ庁は、現状の課題や問題点を洗い出した上で必要に応じて新たな仕組みを整備していく考えだが、そのためには、自由化の経緯と、電気事業を取り巻く状況変化、そしてそれによって引き起こされた問題点を正面から見据える必要がある。

失敗を踏まえた議論ができるか

能登の仮設住宅がIH採用 ガス設備費でエネ庁が通達も


災害時の緊急対応エネルギーといえば、可搬性に優れたLPガス―。そんな業界常識はもはや過去のものとなりつつあるかのようだ。能登半島地震を受け、石川県内で建設が進む仮設住宅の調理器を見ると、一般的なガスコンロではなく、電気式のIHクッキングヒーターが標準装備されている。この状況に危機感を抱く業界関係者は少なくない。

入居が始まった仮設住宅にはIH調理器が……(石川県輪島市)

「県の住宅当局からの要請と聞いている。仮設住宅を利用する被災者の多くが高齢者ということもあり、火気厳禁としたい意向があるようだ。室内の暖房も電気式のエアコンとパネルヒーターで、石油機器は使われていない。輪島市の朝市が大規模火災で焼失したことも火気厳禁の一因になっているのかもしれないが、かつてはLPガスの独断場だった非都市ガスエリアの仮設住宅供給でも、電化の波が浸透しているのは間違いない」(LPガス元売りの幹部)

今回、給湯器はLPガス仕様だが、火災防止の観点に加え、脱炭素化の社会的要請が今後一段と強まれば、仮設住宅にも太陽光発電や蓄電池を併設し、IHとエコキュートをベースにしたオール電化が標準仕様となる可能性はなきにしもあらずだ。実際、一部のタイプでは三重の窓ガラスによる断熱仕様が採用され、省エネ化が図られている。しかも内装はパイン材で木のぬくもりを感じられるなど、「壁は薄く、夏は暑く、冬は寒い簡素なプレハブ」といった、これまでの仮設住宅のイメージは塗り替えられつつある。

「入居者の負担軽減を」 業界団体に協力要請

そうした中、仮設住宅へのLPガス供給を巡って、興味深い動きが出ている。資源エネルギー庁が1月15日付でLPガスやプレハブの業界団体に対し、設備工事費をガス料金に上乗せすることがないよう事業者への協力を求める異例の通達を出したのだ。

具体的には、2011年の東日本大震災の際、仮設住宅の建設業者がコスト削減の必要性からLPガス業者に対し設備工事費の圧縮を求めたことから、「当該工事費の一部をガス料金に転嫁することを余儀なくされた」事業者があったと指摘。その上で、石川県エルピーガス協会には「設備工事費の支払いをプレハブ建築業者に求めるなど、仮設住宅入居者の経済的負担が極力軽減されるよう」会員への協力を要請。またプレハブ建築協会などにも、設備工事費の負担に関する協力を求めている。

この背景には、経済産業省の審議会がLPガス料金の透明化・低廉化を目的に、設備の無償貸与禁止を図る制度改正を提起したことがある、と見る向きは多い。

能登半島地震による住宅被害は石川県内で7万棟。県では3月末までに4000戸の仮設着工を目指しているが、7400件以上の入居申し込みが寄せられているという。地盤の隆起などに伴う復旧の困難さや高齢者の多さも相まって、仮設住宅入居の拡大、長期化が予想されている。〝LPガス離れ〟を招かぬよう業界は的確な対応を図れるのか。「災害対応エネルギー」の真価が試されている。

【特集2】水素製造での実績に高い評価 製造・鉄鋼業に設備導入


三菱化工機

三菱化工機の「HyGeia(ハイジェイア)」の企業への納入が進んでいる。

長年にわたる実績に基づいた技術力が高い評価を受けているためだ。

水素製造装置を手掛ける三菱化工機に追い風が吹いている。2023年度は東南アジア・タイで、同国では初めてとなるバイオガス由来の水素製造装置が導入された。導入先はタイのトヨタ自動車の関連会社だ。その設備導入をメーカーとして支えたのが三菱化工機である。

同社の「HyGeia(ハイジェイア)」を使って、鶏糞や廃棄物食料由来のバイオガスから1時間当たり1000ℓの水素を製造する。

水素製造を支えるハイジェイア

運用はトヨタ側が担う。バイオガスや水素の圧縮、貯蔵、輸送に関わるチェーンはトヨタと豊田通商が連携して構築する。水素は配送用の燃料電池トラックの燃料に活用する。

三菱化工機はバイオマスの取り扱いで実績がある。石川県金沢市では下水ガスを改質してメタンを製造し、都市ガス向けに活用したり、福岡市では下水処理施設で生じたガスから、高純度の水素を製造して水素ステーション向けに供給するなど、日本国内で実績を重ねてきた。

「今回の導入では、これまでの実績が評価されたと思う。加えて世界のトヨタさんと一緒に仕事が出来て光栄だった。設置工事から運開に至るまでの工程管理など、スピーディに物事を進めていく(トヨタの)時間軸の感覚は当社として大変に勉強になった。この知見を反映し今後の導入事例に生かしていきたい」。技術開発・生産統括本部の石川尚宏副本部長はこう力を込める。


鉄鋼産業向けの水素製造 都市ガス業界も注目

鉄鋼業は日本全体のCO2排出の14%近くを占める。業界が水素利用によるCO2排出削減に力を入れる中、三菱化工機の水素製造装置が大きな役割を果たそうとしている。

23年2月にJFEスチールの東日本工場(千葉市)向けにハイジェイア7基を受注。グリーンイノベーション(GI)基金を活用する新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業として、製鉄プロセスで水素を活用する取り組みを支える。

東日本工場での事業では、カーボンリサイクル高炉に取り組む。高炉から発生する排ガス内のCO2を有効活用して、メタンを製造。製造したメタンを還元剤として高炉で利用することで、カーボンサイクルを成立させる。

このメタネーション反応に必要な大量の水素製造をハイジェイアが担う。こうした取り組みによって製鉄プロセスからのCO2排出を50%以上削減することを目指していく。

メタネーションは、都市ガス業界が既存のガスインフラを有効に活用できるとして、本腰を入れている技術領域だ。設備を大型化することで、最大の課題となるコストの低減に向けて、大手ガス会社が中心となり技術開発を進めている。ハイジェイアによる鉄鋼業界での水素生産のスキームは、ガス業界も注目しそうだ。

【特集2】エネルギーインフラの先を見越した開発 水素高速充てんに技術力を発揮


【タツノ】

サステナブルな物流の実現に向け、水素燃料の活用は不可欠だ。

タツノは水素ディスペンサーを新開発し、国内外の水素インフラ実現の一翼を担っている。

先進国を中心に水素導入の検討が活発になる中、技術面に関しては日本がいまだ最先端を走っている。中でも高速充てんの分野でのトップランナーがタツノだ。

同社は、電動化が難しい大型商用車分野での燃料電池(FC)トラックやFCバスの普及拡大を想定して、ミドルフロー(MF)に対応したディスペンサー「LUMINOUSH 2」(ルミナスH2)を世界で初めて開発した。

ルミナスH2はMFのノズルを二本搭載し、2ノズルで同時に充てんが可能。これにより、充てん時間を従来の約3分の1となる約10分に短縮でき、水素の高速充てんが実現した。一般的な大型ディーゼルトラックも二つの給油口を持つモデルがあり、2ノズルで給油していることから、そのノウハウを活用した。

乗用車タイプの燃料電池車(FCV)には、1本のノズルで充てんできる。ルミナスH2に装備するMFノズルは、従来品となるノーマルフロー(NF)と互換性があり、現在流通しているFCVの充てんにおいても汎用性が高い。


米国ではHFも検討 適材適所の提案と開発が強み

タツノが技術力を発揮するのはMFのみにとどまらない。米国で長距離を走行する大型車向けにハイフロー(HF)の水素ディスペンサーを開発済みだ。米国カリフォルニア州で水素ステーション(ST)の建設・運営・メンテナンスのトップシェアを持つファーストエレメントフューエル社の水素STでの実用化を目指している。こちらも世界初の技術だ。

大型車向けのハイフロー(HF)の水素ディスペンサー

水素事業部の木村潔部長代理は、「MFもHFも、まだ国際標準化機構(ISO)の基準がない状況なので、商用水素STでの運用はこれからとなる。だが、将来MFとHFのどちらが主流になっても対応できるように準備はできている」と話す。

北米市場はノズルなどを大口径化し、HFで急速充てんする方式の検討が進んでいる。米国のトラックサイズは15~36t、最終的な走行距離は4000~5000kmに届く場合もあり、日本とはけた違いの規模だ。ただ、HFのノズルは口径も大きく重量も増える。取り扱いは容易ではない。また、そのノズルに対応する車両を開発する必要もある。

小嶋務水素事業部長は、「水素の利用は車のようなモビリティーに限らず多様な用途があり、産業分野でも、水素を利用時に測ったり、移動させる必要が出てくる。そこにも、われわれの活躍するチャンスがあるのではないか」と意気込む。

創業以来100年以上にわたり、社会のインフラを支えてきたタツノ。石油に加えて、水素など新エネルギーに対応した製品の研究開発は続いていく。

【特集2】純水素型燃料電池を欧州に展開 グリーン水素の切り札を目指す


【パナソニック】

パナソニックは純水素型燃料電池を欧州にも展開する。

グリーン水素の活用を自治体などと連携して進めていく。

パナソニックは純水素型燃料電池事業の海外展開に本格的に乗り出す方針を打ち出している。同社は2021年10月に5kWの純水素型燃料電池「H2 KIBOU」を発売。同製品は、5kW規模の設備を連携して使用するため建物・敷地の形状に合わせた配置が可能、住宅付近でも設置できる高い静音性、コージェネ利用で95%と高い総合効率、停電発生時にも継続発電ができ製造工程の稼働を担保できる―などの独自性能を有する。

22年4月には、同社滋賀県草津拠点内にある燃料電池工場の製造部門の全使用電力を100%再生可能エネルギーと水素で賄う実証施設「H2 KIBOU FIELD」を稼働。99台の純水素型燃料電池と太陽電池(約570kW)、蓄電池(約1100kW時)の三つの電池を組み合わせ、天候変動や需要変化に追従した効率的なエネルギーの地産地消の実現に向け、独自のエネルギーマネジメントシステム(EMS)を用いた電力需給運用の技術開発・検証を行ってきた。結果、燃料電池工場で使用する電気の約98%を自前で賄えることを実証の中で確認できた。

「国内外から800以上の企業や組織の関係者が同施設を見学し関心を持ってもらえた。英国やドイツは政府の要人が訪れ、積極的な意見が多かった」と、電材&くらしエネルギー事業部エネルギー戦略室の木村俊也主務は話す。ウクライナ危機以降、この2カ国では電力料金が一時約6倍に跳ね上がるなど、価格とエネルギーの安定供給に課題がある。また、現地ではカーボンニュートラル(CN)に向けた地域分散型エネルギーを導入する機運が高まっている。

3電池連携設備を導入する英国工場

そこで同社では、24年末、英国やドイツの自社拠点で概念実証を(PoC)を開始する予定であり、英国工場については、約2千万ポンド(約38億円)を投じ、3電池を連携させた設備の導入が決定した。

特に英国は再エネを活用したグリーン水素利活用に積極的で、導入に向けた英国政府の初期投資やランニング水素価格の補助金も存在する。「RE100を実証するには適地」(木村氏)だ。


英国自治体と連携 CNに向け燃料電池活用

24年1月には英国のグレーターマンチェスター市とCN化に向けて覚書を締結した。同市は38 年までにCN達成を目指しており、グリーン水素サプライチェーンの構築が喫緊の課題となっている。製造設備は年産1500t規模で準備し、今後10倍まで拡大する計画だ。主に産業用途の熱利用や運輸部門での拡大を目指していた。今回の調印により、病院や工場などの施設向けに純水素型燃料電池を活用していく方針で、期待が大きいとのことだ。

パナソニックでは、純水素型燃料電池を中心としたRE100化ソリューションを強みに現地のさまざまな地域パートナーとエネルギーの新しい在り方を模索していく構えだ。

【特集2】日豪連携で水素開発に注力 次世代もエネ輸出大国目指す


オーストラリアは日本に石炭やLNGなどを輸出し、日本の電力消費を支えている。

次世代でもこの貿易を継続するため水素に注力する。水素への期待を首席公使に聞いた。

【インタビュー】ピーター・ロバーツ/オーストラリア大使館 首席公使

―日本とオーストラリア両国は、多方面にわたり深い関係を築いてきました。この中で、エネルギーにおける重要性についてお聞かせください。

ロバーツ オーストラリアは石炭やLNG、ウランなどの多くのエネルギー資源を日本に輸出しています。2023年の日本の電力消費の約3分の1は、オーストラリアからの資源供給が基になりました。このことからも、両国関係は非常に重要であることが分かると思います。将来的にもオーストラリアはこの役割を果たしていきたいと思っています。

今年1月にマデレン・キング資源大臣が来日しました。主にLNGに関するオーストラリアの役割について話したほか、「天然ガスにとどまらず、将来的には水素など次世代エネルギーでも協力したい」と発言しました。次世代においても変わらずパートナーシップを重要視していく方針です。


輸出国トップ3を目指す 各州が水素に取り組む

―19年に「国家水素戦略」を発表しアジア市場向け水素輸出国としてトップ3を目指すという目標を掲げています。エネルギーとしての水素の可能性についてどうお考えですか。

ロバーツ オーストラリアは連邦政府が主に全国の脱炭素目標を掲げ、それを支える送電網の増強策などを設けていますが、国内の各州がそれぞれの経済構造に合わせエネルギー政策を担当しています。

例えば最初からグリーン水素に取り組んだのはさまざまな再生可能エネルギー資源を有する南オーストラリア州やタスマニア州で、褐炭を利用したブルー水素のプロジェクトを開発したのはビクトリア州でしたので、地域によって違いがあります。連邦政府の立場からすると、これまでの石炭やLNGと同様、日本をはじめとするアジア各国にエネルギー資源を輸出していきたい。輸出先の各国がカーボンニュートラル(CN)を目指す上で、水素は鍵を握ります。水素輸出主要国を目指します。

次世代エネルギー貿易の鍵を握る水素運搬船

―オーストラリアは日本と同様、50年CN達成を目指しています。国内の電源構成についてはどのような展望を描いていますか。

ロバーツ 22年時点で、連邦全体で見ると石炭が47%、ガスが19%、風力が13%、太陽光が15%でした。水力とバイオマスを含む再エネは、ほぼ36%達しました。オーストラリアは再エネの適地が多く、発電コストも低くくなります。ポテンシャルが非常に高く、30年に82%まで拡大する計画です。

一方で、昨年12月、クリス・ボーエン気候変動・エネルギー担当大臣は「再エネが普及する中でも、ベースロードを支えるエネルギーとして天然ガスの役割は今後も続く」と天然ガスの大切さをスピーチしました。水素は化石資源を生かしながら、再エネにも対応します。このことから、次世代エネルギーとして水素に注目しているわけです。

ガス田が多い州ではガスがベースロードの役割を果たしていくでしょう。また、その地域のLNG輸出インフラと知見を活用し水素の世界的輸出者を目指しています。州内でもガスパイプラインにグリーン水素を混合することや、輸送燃料として利用することを目指しています。

【特集2】コストとインフラが足かせに 国は普及にリーダーシップを


トラック運送は年間約4200万tと大量のCO2を排出している。

削減に向けて燃料電池トラックへの期待は大きいが「障壁がある」と話す。

【インタビュー】齋藤 晃/全日本トラック協会交通・環境部長

―トラック運送業界のCO2排出量削減対策は?

齋藤 国全体のCO2排出量のうち、約2割が運輸部門からの排出で、トラック運送業界はそのうちの2割程を占めています。年間の排出量は約4200万t(2021年度)です。業界として気候変動問題を重く受け止めており、国の50年カーボンニュートラル(CN)の方針を受けて、21年度に「環境ビジョン2030」として排出削減に向けたアクションプランを策定しています。

―排出削減の目標はどういうものですか。

齋藤 30年にCO2排出原単位を05年度比で31%削減すること目指しています。

―アクションプランの具体的な内容は?

齋藤 三つのサブ目標を設定しました。①最大積載量(GVW)8t以下の車両のうち、電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)、燃料電池車(FCV)などの電動車の保有台数を30年に10%にする、②事業者が自社の車両のCO2排出総量またはCO2排出原単位を把握する、③業界全体で取り組む「行動月間」を設定する――です。

―EV、HV、FCVはどれくらい普及していますか。

齋藤 22年度の時点ですが、約44万台の8t以下のトラックのうち、EVとHVが2.7%ほど普及しています。FCVは市場投入されたばかりです。8t以上の大型車は実証試験レベルの段階で、まだ市販はされていません。


導入にさまざまなハードル 国の意気込みに期待

―EV、FCVが普及するには何が必要ですか。

齋藤 国が普及に力を入れることだと思います。環境意識の高い事業者はCO2を排出しないトラックを導入したいと考えています。しかしEV、FCVの導入には、それぞれにさまざまなハードルがあります。国にはハードルを下げる施策を取っていただきたい。

―具体的には。

齋藤 まずコストです。FCVについて言えば、例えば2tトラックの購入に国が費用の4分の3を補助しても、まだ1000万円程の追加の費用がかかる。これはディーゼルトラックが1台買える金額です。初期投資が高額になってもランニングコストが安くて、いずれ回収できればいいのですが、水素の値段が高い。これでは購入に二の足を踏んでしまいます。

―資本力がある企業はともかく、中小の事業者がFCVなどを導入するのは難しいですか。

齋藤 そう考えています。さらに、使い勝手の問題です。FCVではまだ圧倒的に水素スタンドが足りない。われわれとしては、基本的にディーゼルトラックと同じような使い勝手にしてほしい。国がリーダーシップを発揮して、インフラを整えていただきたい。

―国の手厚い施策がなければFCVの普及は難しそうですね。

齋藤 EVは電池容量の関係で長距離走行が難しく、長い距離を走れるトラックとしてFCVに期待しています。それだけに、国には普及に意気込みを見せてほしいと思っています。

さいとう・あきら1992年大阪府立大学大学院修了。自動車メーカーにてエンジン性能の研究に従事。2012年全日本トラック協会入職。総務部広報室長、適正化事業部長などを経て23年から現職。

【特集2】水素産業を生み出す東京都戦略 大型補助金で需要・供給を支援


水素産業の創出に向け、都は独自政策で水素の需要と供給の両面を支援する。

山梨県との連携や輸送分野への補助、水素取引所の開設などの話を聞いた。

【インタビュー】田中真里/東京都産業労働局産業・エネルギー政策部水素エネルギー事業推進担当課長

―都は2024年度予算案で水素関連の予算を大幅に増やした。

田中 前年度比で倍増の約200億円を計上しており、需要・供給の両面で水素普及を進める。50年のグリーン水素の本格的な活用に向けた土台を作る。

―30年までに都内新車販売の非ガソリン化目標を掲げている。

田中 電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)の導入を促進する。FCVの普及に関して言うと、現状では全国7000台の内、都内では1500台程度。充填環境を整備してトラック、バス、フォークリフト、ごみ収集車など多様な乗り物へ支援していきたい。 

特に今後発売される大型トラックは水素利用量を大きく増やすことから、車両導入費用の補助や水素と軽油との値差を支援して、運用面のコスト差をなくす。水素のみならずEV充電器などを備えたマルチステーションの建設・運営も支援したい。

―産業向けの導入策は。

田中 例えばメーカーから「グリーン水素の製造から利用までの機器構成のモデルプラン」を募り、そのプランを導入する都内の需要家を支援している。金額に上限はあるが補助率100%だ。また、グリーン水素の導入意欲を喚起するために、都が認証制度を設ける。

―他県とも連携している。

田中 山梨県とは県産のグリーン水素活用に向けた基本協定を結んだ。甲府市では固体高分子(PEM)形の水電解装置を活用したグリーン水素をつくっている。これを都が購入し、東京ビッグサイト(江東区)に設置した燃料電池で利用し、施設の電力の一部をまかなっている。今後は臨海副都心の熱供給事業にも水素ボイラーを実装させて、この水素を活用する。山梨県としては本来県内での地産地消が望ましいだろうが、その実現には時間がかかる。普及に向けてエネルギーの一大消費地である都として協力する。


都が実施する地産地消 取引所開設で課題見極める

―都も地産地消を進める。

田中 都内臨海部の2地点で計画を進めている。一つは中央防波堤の埋立地にメガソーラーと水素製造装置を設置する。廃棄物処理法などの関連法を確認しながら、どのような設計施工で進めるべきか準備を進めている。

もう一つは、ものづくりや物流、リサイクル産業などが集積し、将来的に高い需要を見込める大田区の京浜島に水素製造施設を整備する。山梨県と同様の水素製造装置を活用する。臨海部は羽田空港からも近く、東京の玄関口だ。再エネ由来の水素製造の仕組みを国内外へアピールしたい。

―水素取引所の開設に向けた取り組みは?

田中 都が主導して、水素の売り手と買い手を結び付けるプラットフォーム作りに着手する。独・H2グローバル財団とも連携し、こうした市場開設や水素の普及に向けた知見を共有していく。24年度には国産グリーン水素を使ったトライアルの取り引きを実施し課題を見極める。製造者と利用者が入札を行い、それぞれの希望価格との値差を都が補填する。

たなか・しんり 2006年都入庁。利島村副村長、東京しごと財団しごとセンター課長などを経て23年7月から現職。

【特集2】製造業で高まる水素利用のニーズ バーナー製品のラインアップ拡充


東邦ガス

愛知県を中心とした東海地域は製造業が盛んだ。2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向けては、同地域を拠点とする多くの企業がこの取り組みを検討する方針を打ち出している。

地元の都市ガス会社である東邦ガスの元にも、CNに向けての施策について相談が寄せられている。これまで都市ガスを燃料とした工業炉などで水素の活用が求められ始めている。同社では、水素製造・供給設備を同社技術研究所内に設置。都市ガスを改質して精製した水素を試験炉に供給し、工業用バーナーの都市ガス燃焼と水素燃焼の違いなどを評価している。


都市ガスと水素の両方に対応 構造や部品など見直す

水素燃焼は都市ガス燃焼に比べ、火炎温度が高い、火炎の目視が困難などの特徴があり、都市ガス設備を転用するには検証が必要になる。水素利用向けに設備を更新するか、既存設備の改良などを実施することになる。

日本ファーネスと共同開発した工業炉向けのハイスピードバーナー「JSA―20S」は、部品交換なしで都市ガスと水素のどちらの燃焼にも対応可能にした。燃焼排ガスにより工業炉内を撹拌して熱分布を良好にできるバーナーであり、空気と燃料の高速噴出と旋回空気流に特徴がある。この特徴によって空気と水素の初期混合を抑制し、燃えにくくすることで「緩やかな燃焼」を実現、問題となるNOX排出量の抑制やバーナー部品の耐熱温度対策を図っている。

「JSA-20S」の概略図(左)と高速噴出と旋回流のイメージ(右)
出所:日本ファーネス

金属部品製造の熱処理工程向けでナリタテクノと共同開発するシングルエンドラジアントチューブバーナー「SRTNシリーズ」では、既存の「SRTN―100GX」より一回り小さい「SRTN―80GX」を発表しラインアップを拡充。80GXの開発では、100GXで問題にならなかった課題が顕在化した。一つは小型化して火炎位置が近くなり、ノズルの劣化リスクが出てきたこと。もう一つは紫外線量が減少し、安全装置の検知支障リスクが出てきたことだ。

この二つの課題に対し、ノズルを改良することで対応した。新型ノズルは水素の吐出部を直進方向に追加し、さらに羽部分を4枚から3枚に減らし、羽がない面積を拡大した。こうすることで、空気と燃料ガスが混ざる位置がノズルから遠ざかり、ノズル劣化原因となる熱影響を抑制した。火炎の安定は低減したが、許容範囲にとどめることに成功している。また、紫外線の通り道が広がったことで、安全装置が検知可能な紫外線量の確保を実現。これにより、100GXと同等の性能を確保した。

東邦ガスではこうした開発を進めることで、水素対応バーナーラインアップをさらに増やすとともに、他の製品においても水素対応を進めていく。製造業のCN化に寄与していく構えだ。

【特集2】産業分野の脱炭素ニーズに応える 特殊なバーナーを実用化


東京ガスエンジニアリングソリューションズ

大手都市ガス会社を中心に普及に本腰を入れるメタネーション(e―メタン)。ただ、東京ガスではカーボンニュートラル(CN)の実現にe―メタンだけで対応しようとしているわけではない。顧客ニーズや需要地の特性に合わせて工場用などでは水素の直接燃料利用も選択肢の一つと考えている。

東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)では、水素を燃料とする工業炉の開発にも注力している。産業技術部燃焼技術グループの松浪智広副部長はこう話す。「工業炉は熱源によって燃焼炉と電気炉に大別される。東ガスグループとしてガス式燃焼炉の技術開発を重ねてきた知見を生かして、水素式燃焼炉の技術開発に取り組んでいる」

水素は天然ガス燃焼に比べて火炎温度が高いため自ずとNOX排出が増えるため、この低減対策が必要だ。また燃焼速度が速くバーナー本体の局所加熱や燃焼音、振動対策も必要になる。さらに、逆火が起きやすいため一般的な安全対策の向上が求められる。これらの課題に対して、同社はバーナー形状の見直し、ノズルの最適化、空気との混合方法を改善しながら解決し、メーカーとも連携しながら幅広い温度帯に対応するバーナーを開発している。

日本初の廃熱回収装置内蔵水素バーナー

四つのバーナーを実用化 多様な用途に対応

まずはガスタービンコージェネレーション用の追焚き水素バーナーだ。住友電気工業のグループ会社のサンレー冷熱と共同開発したもので、ガスタービン排ガスを水素で追焚きする。これにより廃熱ボイラーによる蒸気発生量を増やしながらコージェネ全体の効率も向上させる。水素ガスタービンと組み合わせれば、コージェネ全体のCO2排出ゼロを実現する。熱需要の多い化学プラントや製紙工場などの分野に効果的だ。

次に、アスファルトメーカーの日工社と共同で開発した、アスファルト製造時の乾燥・加熱工程で使用する水素バーナーだ。水素専焼式は世界で初めてのことで、天然ガスとの混焼も可能だ。国内のアスファルトプラントは年間約130万tのCO2を排出している。そのうち、約8割近くが材料の乾燥や加熱工程に由来しており、同工程のCN化に大きく貢献する。

三つ目がバーナーメーカーの正英製作所と開発した日本初の廃熱回収装置を内蔵した水素バーナーだ。燃焼用の空気を排ガスで予熱することで水素の使用量を3割近く抑える。この3点のバーナーが工場などで一般的な500~1000℃強の温度領域を担う。

四つ目は自動車製造時の塗装乾燥工程用など、温度帯が低い乾燥工程向けだ。桂精機製作所グループのヒートエナジーテック社と手掛けた水素式の熱風発生バーナーである。ダクト内部で燃焼させて熱風を作り出す。「自動車製造工程で排出するCO2の4分の1は乾燥工程。ここでの対策はインパクトが大きい。いくつかの自動車工場で試験導入の話をもらっている。この他、リチウムイオン電池の極材焼成炉など向けのSERTバーナーもすでに実用化している。一方でこうした熱需要以外でも、まだ対応できていない温度領域がある。あらゆる温度帯に対応できるよう技術開発を進めたい」。松浪氏は、こう力を込める。

【特集2】地域原料によるe―メタン製造 経済性と環境価値提供を目指す


西部ガスホールディングス

カーボンニュートラル実現に向けて、都市ガス業界では、水素とCO2からメタネーションの技術により製造する合成メタン(e―メタン)の実用化に注力している。

こうした中、西部ガスが代表事業者を務めるメタネーションのユニークな実証が開始となった。北海道ガス、広島ガス、日本ガス、IHIや九州大学、JCCL、日本ガス協会などと共に、地域原料や未利用再生可能エネルギーを有効活用して、e―メタンを製造する実証をひびきLNG基地(北九州市)内で実施するもので、e―メタンのコスト低減を図る。また、需要家に環境価値を提供するスキームの確立も進める。同実証は「地域原料活用によるコスト低減を目指したメタネーション地産地消モデルの実証」として、環境省の「地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」に採択された。24年度にパイロットラインの建設を開始。25年度に運転を開始し、e―メタンを導管に注入する計画だ。

実証の舞台となるひびきLNG基地

水素とCO2を安価に調達 環境価値の提供も検討

e―メタン実用化への課題はコストだ。この多くを占める水素を安く調達するのは必須条件だ。同実証では、再エネの余剰電力により価格が低下する昼間の電力を活用し、水電解装置で水素を製造する。夕方から深夜は電力価格が高くなる傾向にあるため、近隣の工場から収集した副生水素を利用し製造コストの安定化を図る。

もう一つの原料であるCO2では、近隣の工場などから排出されるCO2をローリー輸送で調達すると運搬コストが課題となる。そこで、ひびきLNG基地での都市ガス製造でボイラーから出る排ガスから分離回収したCO2も利用する。「都市ガス製造で排出するCO2は低濃度・高湿度で分離回収が難しいが、高効率に分離回収する装置を九州大学とJCCLが新規開発する。水素もCO2も地域原料を最適に組み合わせて活用したい」と、カーボンニュートラル推進部推進グループの江藤佳祐課長は説明する。

運用するための「e―メタン製造コスト最適化システム」も西部ガスとIHIが開発する。自動的に最適な原料調達・製造計画を立案するシステムを構築。e―メタンを安定供給しつつ目標の製造コストを達成できるかを検証する。

実証で製造したe―メタンは、需要家への環境価値提供も想定する。日本ガス協会が進めるグリーンガス証書を原産地証明の形式で管理・提供できるプラットフォームを構築し、提供データの制度や運用ルールを評価・検証する。

この他、参画する都市ガス3社は同実証を参考に各地域での地産地消モデルが実現できるか検討する。「3社はいずれもLNG基地を所有しており、各地の都市ガス供給拠点となっている。今回の実証事業が各地での最適なe―メタン製造のきっかけになるよう協力して取り組んでいきたい」と話す。

都市ガス業界では、30年に都市ガス供給の1%をe―メタンにするという目標を掲げている。地域原料活用によるコスト低減を目指すメタネーション地産地消モデルの実証は、目標達成に向けて弾みの付くものになりそうだ。

【特集2】「水素世界チェーン」の構築へ 大量利用に向けて本格準備


岩谷産業

現在、国内利用の水素量は200万t程度。そのうち99%が石油化学プラントや製鉄所などの自家生産・自家消費だ。産業向けや燃料電池自動車など一部のエネルギー向けとして販売されている流通水素は1%だ。水素社会の実現に向けて期待されているのは、エネルギー利用を増やすこと。そうした中、日本は2030年までに300万t、50年に2000万tの大量利用を目指す水素基本戦略を23年夏に改定した。そして40年に1200万tの目標を追加で設定した。

その戦略の一翼を担おうと岩谷産業が奔走している。「水素利用の大量化には、海外で製造・液化し、日本まで輸送して国内で火力発電所向けの燃料などで大量に利用するスキームを確立することが不可欠」(水素本部の藪ノ成仁・水素バリューチーム部長)。岩谷では、他社と連携しながら水素のグローバルサプライチェーンの構築に向けて動き出している。主導的な立場を担うのが、岩谷や川崎重工業が出資する日本水素エネルギー(JSE)社だ。ほかにINPEXも出資予定だ。

2022年4月には液体水素がやってきた

JSEでは、30年までのステップとして、30年以降の商用化を見据え実証する。採択時の事業規模は3000億円。グリーンイノベーション基金から2200億円の支援を受け、年間数万tの液化水素を海外で製造し、日本に輸送する。製造拠点は豪州南東部のビクトリア州を第一に検討している。豊富な未利用資源の褐炭を改質し水素を製造する計画だ。

具体的には豪州の出荷側で水素製造装置(日量100t)、液化設備(日量60t×2)、出荷用の水素タンク(1万㎥×5)、液化水素運搬船1隻(4万㎥×1タンク)、および日本の川崎臨海部に受け入れ側として水素タンク(5万㎥×1)を整備する。すでに22年春にはHySTRA(技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)の別の実証で「試し運搬」が実現済みで神戸に持ち込まれた実績がある。

このステップでポイントになるのが、火力発電向けの水素利用を想定していること。藪ノ氏の指摘のように水素が発電用途に広がればその利用は万t規模で一気に増える。奇しくもそのスキームは、50年以上前に東京電力・東京ガス連合が世界に先駆けてLNG調達・利用に挑み、今日のLNG産業の礎を築いた歴史的経緯と似通っている。そんな本格利用を見据え、このステップを商用化前の前段実証として位置付けている。

30年以降が大型の火力発電用途を含む大量利用の商用化ステップだ。それまでの実証規模をフルスケールに拡大する。豪州の同じサイトで、設備のスケールを8倍にして、年間の調達量を20万t超へと一気に増大する計画だ。


豪州でグリーン水素を製造 官民連携の壮大な挑戦

ビクトリア州の一連の取り組みは化石資源から水素をつくり出し、CCS(CO2回収・貯留)を行うブルー水素だが、岩谷は再エネ由来のグリーン水素製造についても検討を進める。豪州東部のクイーンズランド州で行う「CQ―H2プロジェクト」だ。日本・豪州・シンガポールの3国計5社が関わり基本設計を進める。岩谷のほか、関西電力や丸紅が日本企業として連携する。まずは28年に年産7万t(日産200t)を目指し、31年以降に年産26万tへと規模を拡大する計画だ。

「水素の製造拠点からパイプラインを整備して港湾の出荷地点へ輸送する。日産800t規模の水素を作るには数ギガワット級の再エネ設備が必要になる。製造拠点では再エネ設備や水電解設備など、各種装置の詳細設計を行っている」(藪ノ氏)

いずれにせよ現状1N㎥当たり100円程度の水素単価を、30年には30円、50年には20円へと大幅に引き下げていくのが日本の目標である。相当にチャレンジングな設定であることは業界の共通認識である。既存燃料との値差を国が支援する施策を含め、需要・供給側の両面から、水素大量利用に向けた官民連携の壮大な挑戦がいま、始まっている。

【特集2】豊富な再エネ資源をフル活用 「水素タウン」への変貌進む


【札幌市】

札幌市が「水素タウン」へと変貌しようとしている。2022年11月、環境省は札幌市と市内5企業・団体(北海道電力、北海道ガス、北海道熱供給公社、北海道大学、北海道科学技術総合振興センター)を「脱炭素先行地域」に選定した。今後、積雪寒冷地での冬季の生活利便性の向上、人口減少の解消、災害時のレジリエンス向上などを図りながら、30年までの民生部門の電力消費に伴うCO2排出量ゼロの実現を目指す。

水素を軸に脱炭素化を進めていく

札幌市が取り組む脱炭素政策の中核をなすのが、水素利活用の推進だ。①燃料電池バス・トラックなど大型車両にも対応可能な定置式水素ステーションの整備、②純水素型燃料電池を導入した集客交流施設の建設、③周辺地域で計画・建設が進む洋上風力発電の余剰電力や、市内の電力系統での再生可能エネルギー余剰電力を活用して製造する水素の活用―。脱炭素先行地域の選考では、これらの提案が評価されている。


北海道の地の利を生かして グリーン水素調達が容易に

水素の利活用による脱炭素化は、製造時にCO2排出が少ないグリーン水素の調達に大きく影響を受ける。その点で札幌市にはアドバンテージがある。広大な北海道は日本で最も再エネ資源に恵まれた地であり、周辺に数多くの風力・太陽光発電、バイオマス発電などの立地・計画があるためだ。

今年の元日、グリーンパワーインベストメント(GPI)とJERAは石狩湾新港洋上風力発電所(総出力11万2000kW)の営業運転を始めた。発電された電力はすべて北海道電力ネットワークに売電され、道内の一般家庭や事業所で使われる。石狩湾周辺ではほかにも、コスモエコパワーが風力発電所(同6600kW)を運営し、また北海道ガスにも建設計画がある。札幌市は、これらの風力発電による電気の余剰分の活用し水素を製造、グリーン水素として積極的に利用する方針だ。

石狩湾周辺の風力発電所

水素製造では、北海道電力が寒冷地に適応した道内最大の装置の運用を昨年5月から開始している。苫東厚真発電所(勇払郡厚真町)の隣接地に置かれ、1000kW級の水電解装置と水素出荷設備で構成。北海道電力は今後、再エネの導入拡大を図り、グリーン水素の製造を増やす考えを明らかにしている。

札幌市自らが水素の製造・販売に乗り出す動きもある。一部報道によると、札幌市と北海道電力、北海道ガス、エア・ウォーターの3社は共同で会社を設立し、再エネを活用したグリーン水素を製造し、販売するという。

札幌市は26年冬季五輪・パラリンピックの招致を見送り、今は、30年大会開催に照準を合わせている。「スポーツの祭典」の再誘致に向けて、水素タウンを積極的にアピールしていくもようだ。

【特集2】水素社会実現のフロントランナー 山梨モデルの「現在地」は


【山梨県企業局/山梨大学】

山梨発水素モデルは国内外から幅広く注目されており、その実装拠点である米倉山には、官民のさまざまな施設が集積する。メインの「電力貯蔵技術研究サイト」には、パワーtoガス(P2G)によるグリーン水素の製造、貯蔵、輸送、利用までの一貫システムを備える。計2250kWの電解槽で、水素製造能力は1時間当たり約370N㎥、年間では45万N㎥ほど。このシステムを元に、県内外での社会実装を進めている。

県企業局の宮崎氏。米倉山の施設はますます充実


自治体連携が拡大 大規模システムまもなく稼働

水素製造・供給などは、県や東京電力ホールディングス、東レが設立した「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」が主体となる。国内初のP2G事業会社で、かつ県が実際の事業に携わる例はほかにない。今は県内外5カ所の需要家に有償で供給している。

加えて米倉山には昨年3月、世界最先端の技術者の交流拠点として「次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジ・Nesrad(ネスラド)」が完成し、燃料電池関連の共通基盤に関する技術研究組合「FC‐Cubic」も拠点を移した。研究の加速化やコラボ拡大などの期待が高まる。

そうした中、自治体間連携が広がりを見せている。これまで東京都、福島県、群馬県と、水素に特化した協定を締結した。例えば東京都との間では、昨年5月に東京ビックサイトへ山梨産水素の供給を開始。加えて都内でのP2G装置の設置をはじめ、技術協力を予定する。

企業との連携では、昨年11月、新たにJERAと共同で、グリーン水素を軸としたカーボンフリーな地域社会の構築に乗り出すと発表した。これまでとは一味違う実装の在り方が示されそうだ。

そして2025年度には、同県北杜市にあるサントリーのウイスキー蒸溜所と天然水工場で、いよいよ1・6万kWのP2G装置が稼働する予定。これほどの大規模システムの設置は初となる。県としては米倉山からの供給だけでなく、大規模需要家を核に地点ごとにP2G装置を設置・活用する地産地消型モデルに注力したい考え。サントリーとの取り組みはまさにその第一歩といえる。

県企業局の宮崎和也・新エネルギーシステム推進室長は「県の目的は当初から実証止まりではなく社会実装、そして事業化にある。それが着実に進んできた」と手応えを語る。さらなる前進に向けては製造コストの壁を突破する必要があるが、「政府の値差支援に期待するとともに、再エネが余剰の時間帯のDR(デマンドレスポンス)的な運用で勝負していきたい」と強調する。

【特集2】水素・アンモニア商業化の課題 供給インフラ巨大化に対応を


政府による支援などで、水素・アンモニアビジネスの進展が期待されている。

しかし需要量が不透明なことや、供給インフラが巨大化するなど対応すべき課題も多い。

赤坂祐太/PwCコンサルティングエネルギー&ユーティリティーズディレクター

2024年1月29日に資源エネルギー庁水素・アンモニア小委員会から中間取りまとめが公表され、「値差に着目した支援」や「拠点整備支援」の方向性が明らかになった。これらの支援制度の具体化により、日本企業の水素・アンモニアビジネスも大きく前進していくことが期待される。

他方で、水素・アンモニアビジネスは、輸送キャリアの選択や需要側技術の進展可能性など不確実性も高く、収益性などについては不透明な部分も多い。そこで本稿では、水素・アンモニアサプライチェーンの収益性の見通しと、課題について考えてみたい。

表1は、当社が国内外の水素関連事業者にヒアリングを行い、サプライチェーン各段階において想定される営業利益水準をまとめたものである。

表1 水素サプライチェーンにおける営業利益水準の想定
出典:既存の各種水素プロジェクトにおける営業利益水準、国内外の水素事業者・専門家へのヒアリングを基にコンサルティングPwC作成

水素についてもビジネスの利益構造としてはLNGなどと似た部分が多く、下流に近いほど利益率が高くなる特徴がある。逆に上流は、将来的な稼働率の上昇と機器コストの低下を見据えると、かなりOPEX(事業運営費)に偏重したコスト構造を持つビジネスとなることが想定される。

なお、上流の製造工程におけるブルー水素の利益率が30年から50年にかけて低下しているのは、環境適格性などの観点からブルー水素への投資が停滞し、機器コストなどが高止まりするとみる市場関係者の見立てを反映している。

国内のプレーヤーにおいて、これまで大きな課題となってきたのが、需要量の不透明性であった。供給側としては、需要量が見通せないため投資判断ができず供給単価を示すことができない一方で、需要側としては供給単価が見通せないため需要量を決めることができず、両にらみ状態となっていた。


普及に向け価格差に着目 市場成立の原動力に

現在、資源エネルギー庁で検討が進められている「価格差に着目した支援」(値差補填制度)は、この状態を打破することを狙ったものであると言える。当該制度では、日本側企業が上流権益に入ることを重要視しているため、これを供給国側がどこまで受け入れるかという課題はありつつも、水素・アンモニア市場成立の大きなドライビングフォースとなることが期待される。

他方で、値差補填制度だけでは解決されない課題もある。その中でも、今後の水素・アンモニア市場の成立において特に重要と考えられるのが、供給インフラの巨大化にどう対応するかという課題だ。このような課題に対しては、エネ庁の水素・アンモニア小委員会においても拠点整備支援の検討が進められている。