【岩谷産業】
現在、国内利用の水素量は200万t程度。そのうち99%が石油化学プラントや製鉄所などの自家生産・自家消費だ。産業向けや燃料電池自動車など一部のエネルギー向けとして販売されている流通水素は1%だ。水素社会の実現に向けて期待されているのは、エネルギー利用を増やすこと。そうした中、日本は2030年までに300万t、50年に2000万tの大量利用を目指す水素基本戦略を23年夏に改定した。そして40年に1200万tの目標を追加で設定した。
その戦略の一翼を担おうと岩谷産業が奔走している。「水素利用の大量化には、海外で製造・液化し、日本まで輸送して国内で火力発電所向けの燃料などで大量に利用するスキームを確立することが不可欠」(水素本部の藪ノ成仁・水素バリューチーム部長)。岩谷では、他社と連携しながら水素のグローバルサプライチェーンの構築に向けて動き出している。主導的な立場を担うのが、岩谷や川崎重工業が出資する日本水素エネルギー(JSE)社だ。ほかにINPEXも出資予定だ。
2022年4月には液体水素がやってきた
JSEでは、30年までのステップとして、30年以降の商用化を見据え実証する。採択時の事業規模は3000億円。グリーンイノベーション基金から2200億円の支援を受け、年間数万tの液化水素を海外で製造し、日本に輸送する。製造拠点は豪州南東部のビクトリア州を第一に検討している。豊富な未利用資源の褐炭を改質し水素を製造する計画だ。
具体的には豪州の出荷側で水素製造装置(日量100t)、液化設備(日量60t×2)、出荷用の水素タンク(1万㎥×5)、液化水素運搬船1隻(4万㎥×1タンク)、および日本の川崎臨海部に受け入れ側として水素タンク(5万㎥×1)を整備する。すでに22年春にはHySTRA(技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)の別の実証で「試し運搬」が実現済みで神戸に持ち込まれた実績がある。
このステップでポイントになるのが、火力発電向けの水素利用を想定していること。藪ノ氏の指摘のように水素が発電用途に広がればその利用は万t規模で一気に増える。奇しくもそのスキームは、50年以上前に東京電力・東京ガス連合が世界に先駆けてLNG調達・利用に挑み、今日のLNG産業の礎を築いた歴史的経緯と似通っている。そんな本格利用を見据え、このステップを商用化前の前段実証として位置付けている。
30年以降が大型の火力発電用途を含む大量利用の商用化ステップだ。それまでの実証規模をフルスケールに拡大する。豪州の同じサイトで、設備のスケールを8倍にして、年間の調達量を20万t超へと一気に増大する計画だ。
豪州でグリーン水素を製造 官民連携の壮大な挑戦
ビクトリア州の一連の取り組みは化石資源から水素をつくり出し、CCS(CO2回収・貯留)を行うブルー水素だが、岩谷は再エネ由来のグリーン水素製造についても検討を進める。豪州東部のクイーンズランド州で行う「CQ―H2プロジェクト」だ。日本・豪州・シンガポールの3国計5社が関わり基本設計を進める。岩谷のほか、関西電力や丸紅が日本企業として連携する。まずは28年に年産7万t(日産200t)を目指し、31年以降に年産26万tへと規模を拡大する計画だ。
「水素の製造拠点からパイプラインを整備して港湾の出荷地点へ輸送する。日産800t規模の水素を作るには数ギガワット級の再エネ設備が必要になる。製造拠点では再エネ設備や水電解設備など、各種装置の詳細設計を行っている」(藪ノ氏)
いずれにせよ現状1N㎥当たり100円程度の水素単価を、30年には30円、50年には20円へと大幅に引き下げていくのが日本の目標である。相当にチャレンジングな設定であることは業界の共通認識である。既存燃料との値差を国が支援する施策を含め、需要・供給側の両面から、水素大量利用に向けた官民連携の壮大な挑戦がいま、始まっている。