CN実現へ政策提言を公表 補助金投資配分のシフトなど訴え


【新経済連盟】

楽天グループ創業者の三木谷浩史氏が代表理事を務める一般社団法人新経済連盟は、4月にカーボンニュートラル(CN)の実現に向けた国への政策提言「新経済連盟カーボンニュートラルビジョン」を公表し、5月18日にメディア向け説明会を開催した。

このビジョンは、事業の民間委託の重要性やスタートアップ・ベンチャー・デジタルの活用、国際的なルールメイクの先導などを基本方針に掲げた。その上で、市場、金融、仕組みづくりの相互連携の重要性を指摘。①グリーントランスフォーメーション(GX)産業の勃興を後押しするマーケットメカニズムの促進、②150兆円超のGX投資の効果的なファイナンス、③GXを進めるための仕組みづくり―の3点を挙げ、それぞれに具体的な政策を盛り込んだ。

提言を取りまとめたワーキンググループ(WG)座長の吉田浩一郎氏(クラウドワークス社長兼CEO)は、説明会で「EUやアメリカを上回る150兆円規模の予算もできた。いまGXは面白いタイミングだ」と述べ、ベンチャー企業中心の経済団体としてCNに貢献する考えを示した。

WGの副座長を務めた、エネルギーベンチャー企業エネチェンジ代表取締役CEOの城口洋平氏は、「スタートアップの立場で、GXから革新を起こしていく。多くの分野で抜本的改革が必要だ」と、同ビジョンの意義を強調した。

説明を行う城口洋平氏(左)とWGの吉田浩一郎座長


提言は「魂を込めた」 補助金配分見直し訴える

中でも城口氏が「われわれの魂を込めた内容」と話すのは、GXによるエネルギー源・産業構造の変化に伴う、新産業・新技術への投資配分についての要望だ。

城口氏は、高騰するエネルギー価格への手厚い政府補助について「あまりにアンバランスではないか」と主張し、投資配分をシフトすべきだと訴えた。また、150兆円超のGX投資に対しても、自動車産業を重点投資分野と位置付け、メリハリのある投資を呼びかけた。「米インフラ投資法では10年分の予算が決められているが、日本では年度ごとの予算配分のため、中長期の投資判断ができない」(城口氏)。事業の予見性確保のために、効果的な投資計画の策定を求めた。

ビジョンはそのほか、電力システム改革の必要性や人材の確保、GX政策の司令塔として「GX庁(仮称)」の新設といった内容を記載。今後は、新経済連盟として経済産業省などに働きかけを行う。

日本経済再生に向け、スタートアップ企業が中心となることには「(理事就任の)2015年当時からすると隔世の感がある」(吉田座長)という。GX投資というチャンスを生かすことができるかどうかは、スタートアップ企業の成長にかかる。

【コラム/6月16日】電力会社の発販分離を考える


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

エネルギーフォーラム誌の記者通信(5月12日)に「顧客情報の不正閲覧など相次ぐ不祥事に揺れる関西電力は5月12日、電力小売事業の競争健全化に向け、発電事業との分離を検討していることを明らかにした。JERAを設立した東京電力、中部電力の両社に続いて、発電、小売り両事業の分社化が実現することになるのか。将来的に他の大手電力会社に波及する可能性も否定できないことから、関係者は関電の動向に大きな関心を寄せている」との記事が掲載された。以前のコラム(4月14日)では、送配電の分離の問題を取り上げたが、今回は、この発販分離の問題を考えてみたい。

最初に指摘しておかなくてはならないことは、送配電の分離と発販分離とは、問題の本質が異なっていることである。基本的に、前者は規制の問題であるのに対して、後者は電気事業の経営問題である。前者に関しては、独占分野である送配電に従事する電気事業が、販売などの自由化市場でも活動する場合に、送配電にアクセスする第三者に対して差別を行う可能性があるため、諸外国でも例外なく、規制により、独占分野である送配電はなんらかの形で分離される。法的分離の先にある送配電のより完全な分離の形態は、以前のコラム(4月14日)で指摘したように、独立の系統運用者の設立か所有権の分離である。

これに対して、発販分離に関しては、発電も販売もともに自由化されており、規制により強制する積極的な理由は存在しない。発販一体化で、発電部門から販売部門への内部相互補助が存在しているとの議論があるが、発電を所有してビジネスを展開することが有利と考えるならば、新規参入者が発電を所有することは妨げられない。欧米では、新規参入者により膨大な数の電源、とりわけ小型火力発電が建設されたが、このような現象はわが国では観察されず、もっぱら一般電気事業者に球出しを要求し、卸電力市場に依存するなど、投資リスクをとりたくない参入者がほとんどであることは残念である。発電こそ競争力の源泉なのに、これでは、自由化によるメリットを消費者は享受することはできないだろう。

確かに、原子力発電のように超長期の建設のリードタイムや回収期間をともなう電源については、新規参入者が建設することは困難であるが、小型の火力発電や再生可能エネルギー発電に関しては比較的短期間に建設することが可能である。わが国では、全面自由化後、すでに7年が経過している(部分自由化後20年以上)。しかも、わが国では、ベースロード市場を整備してきている。第三者への差別の問題は、独禁法に照らして判断されるべきである。自由化市場においては、(独占分野は分離されるものの)企業の構造は、規制により強制されるのではなく、市場によって決められると考えるべきだ。

発販分離は、規制の問題というより、経営問題であるとしたら、経営的視点でこの問題をどのように考えるべきだろうか。送配電は、すでに別会社化されているから、発電と販売を分離することは、発電、送配電、販売の価値連鎖のすべての段階を子会社に位置づける持株会社の誕生を意味している。親会社のもつ機能は、基本的に、企画、人事、経理などの間接部門のみである。このような持株会社の形態は、欧米の多くの電力会社が自由化以降に採用してきたものである。それでは、欧米では、なぜ多くの電力会社は価値連鎖上の各機能を分社化したのかというと、激化していく競争へ対応した経営組織の構築が迫られたからである。発電や販売における一層の競争激化に直面し、各機能をより専門特化させるように、それらを分社化の形で分離することが望ましいと考えられたのである。

各機能の特徴について述べると、発電は、競争が導入されるものの、伝統的な設備主導のエンジニアの世界といえる。電力自由化により、効率化が求められるが、その性格が大きく変わるわけではない。送配電は、電力自由化後も独占にとどまり、中立的な観点からネットワークへのアクセスを可能にするとともに、安定供給確保のために長期的な観点から設備投資していくことが求められる。この点で、発電同様、送配電も伝統的な設備主導のエンジニアの世界といえるが、自由化後も依然として規制を受ける点が発電と異なる。これらに対して、販売は、自由化以前は、単に負荷を充足させることが課題であったが、自由化後は、需要家の様々なニーズを的確に把握して、求められるエネルギーとサービスを提供していく活動が求められる。そのような活動は主として人的資源に依存しており、販売はソリューションの開発・営業マンの世界であるといえる。

これからわかるように、販売と発電との間には、異なる文化が存在している。同じく競争が導入される発電は、長期の投資や供給の信頼性も重視していかなくてはならないのに対して、販売は、競争環境下で急速に変化する市場の条件に即座に対応できる柔軟性とそのような人材を有していることに事業の成否がかかっている。このため、販売分野では従業員のモチベーションに最大の焦点が当てられる。このような異なる文化を発展させていくためには、一層の分権化や分社化が望ましいとの考えがある。デジタル技術に基づく革新的なプロダクトを創出するためには、そのような技術に精通した新規、中途採用の人材が、電気事業の伝統的な文化になじめるかは十分考えておかなくてはならない。とくに、デジタル企業やスタートアップで経験を積んだ若い従業員は、新たな視点や期待を有していることに留意しなくてはならない。さらに、分社化は、それぞれが直面する異なる市場に専門特化させることで、従業員の意識改革も促進するだろう。

当然、発販分離には課題もある。まず、送配電の分離(4月14日のコラム)でも述べた範囲の経済性の喪失が挙げられる。これについては、発電と送電の分離ほどではないにしてもなんらかのコストが発生する。また、分社化で遠心力が働き、会社の一体感が失われる懸念もあるだろう。とくに地域密着型の電力会社の場合には、企業が一体として地域の需要家にきめ細かいサービスを提供していくために、部門間の情報交流や調整が速やかになされることが重要であり、そのためには、むしろ発販の統合を維持すべきとの伝統的な考えも存在する。発販分離については、最終的には、メリット・デメリットや個々の電力会社の置かれた状況を考慮して経営として判断されることになるだろう。経営組織には、絶対的なものはありえない。経営環境の変化に適応して、経営者は、組織を(多くは試行錯誤を含み)より適切な形態に進化させていくことを常に考えておかなくてはならない。ドイツの事例では、2大電力会社であるE.ONとRWEは、電力自由化以降、組織形態を頻繁に変更してきた。今後のわが国における電力会社の経営判断に注目したい。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

イランとアラブ諸国が雪解け 中東安定で原油価格にも影響


【ワールドワイド/資源】

イランと湾岸アラブ諸国との雪解けが進んでいる。昨年8月にUAEとクウェートがイランとの外交関係を回復。3月10日には、イランとサウジアラビアが中国の仲介の下で関係正常化に合意した。4月12日には両国間で7年ぶりの外相会談が開かれるなど、関係の再構築が着実に進む。イランのライシ大統領は就任以来、地域諸国との関係改善を志向する外交姿勢を取ってきたが、今回サウジがこれに応じた形だ。

この背景には、サウジが近年展開する外交政策がある。2019年9月にサウジのアブカイク石油生産施設に対するドローン攻撃が発生したとき、安全保障を提供してきた米国は消極的だった。この事件を転機に、サウジは米国に依存するだけでなく、多角的にパートナーを模索することで自国の経済や安全保障を確立していくという方向へかじを切った。今回の合意を通じてイランとの関係改善を目指す一方、イランの敵国であるイスラエルとの関係正常化も模索するなど、域内の多様なパートナーとの結びつきを強めている。

今回の合意を中国が仲介したことは、サウジの自主外交が中東域内にとどまらないことを示している。中国はサウジを含む湾岸諸国と経済関係を拡大してきたが、今回の合意によって中東への外交的な関与に向けた大きな一歩を踏み出すこととなった。この合意のあと、中露が主導する上海協力機構(SCO)への参加、アラムコが中国に合計69万BPDの石油精製・石油化学施設の開発を決定するなど、サウジは多方面で中国との関係を強化する構えである。しかし、あくまでサウジの最大の安全保障上のパートナーは米国であるため、中国との関係強化は必ずしも米国との決別を意味しないことには留意すべきである。

今回の合意がエネルギー市場に与える影響は現時点では限定的だ。今後もサウジはOPECプラスの減産合意に従って世界市場に原油を供給し、イランは米国の制裁を回避しながら主に中国へと原油を供給するだろう。米国による対イラン制裁が存在する限り、イランからの原油輸出やイランと近隣諸国との経済関係には大きな進展は生じない。しかし、近年中東での対立の中心となってきた二カ国が関係を改善することで、上述したアブカイク石油生産施設への攻撃のような、石油市場に地政学的な混乱を引き起こす事件の可能性は減少する。今回の合意は石油市場の安定化、価格のボラティリティ低減に地政学的な側面から貢献するものと言うことができる。

(豊田耕平/独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

脱炭素に向けた熱利用の可能性探る 最新知見と技術実装の重要性発信


【日本学術会議公開シンポジウム】

日本学術会議は5月12日、カーボンニュ―トラル(CN)実現に向けた熱エネルギー利用の可能性を探るシンポジウムを都内で開いた。排熱量の低減や未利用熱の活用拡大、再生可能エネルギー拡大に伴う蓄熱システムの必要性が高まる中、シンポでは、関連の要素技術やシステム開発などの最新知見を紹介しながら、技術実装の必要性と対策について議論した。

電力中央研究所の甲斐田武延主任研究員は、「産業分野の脱炭素化に資する高温ヒートポンプ(HP)」と題し、HP活用の方向性について講演した。産業部門全体の熱需要のうち、HPのターゲットである200℃未満は3割弱ある。ただしこれはあくまでユーティリティの供給温度での話。それより実際の熱需要は低く、ギャップが生じている可能性がある。「ただ単に蒸気ボイラーをHPで代替するのではなく、実際のプロセスの熱需要を明確にすることが重要だ」と説明。例えば、従来は蒸気を供給していたプロセスも、実は温水で需要を賄える可能性があり、そうなるとHPのエネルギー消費効率(COP)が高まる。

実例としてノルウェーの新設乳製品工場の取り組みを紹介した。プロセスの熱需要を明確化した結果、100℃以上の熱が必要ないことが判明し、ボイラーなしの工場に。HPでの排熱回収なども徹底し、脱炭素電源によるオール電化を達成した。こうした好例を広げる上で、「機器開発も大事だが、実証・展開する際にエンドユーザーやエネルギーサービス会社などさまざまなプレーヤーを巻き込むことが必要だ」と提言した。

研究者のパネル討論で実装への道筋を議論した

DACでLNG冷熱活用 先行技術よりコスト低減へ

名古屋大学の則永行庸教授は、「冷熱を利用する大気中CO2直接回収(DAC)プロセス」に関する共同研究の動向を発表した。CO2回収技術ではポピュラーな「化学吸収法」をベースに、LNGの気化熱を使った新たなシステム開発を目指している。

LNG冷熱を使うのは「昇華槽」でのプロセスで、CO2を固化してドライアイスを生成。これにより昇華槽と、そこにつながる「再生塔」の圧力が低下し、常温下でも一連の反応が進む。加えて効率的な吸収液も新たに開発。必要な投入熱エネルギーは1t―CO2当たり2・1GJ程度と試算する。「常温を保つには環境熱や低レベル排熱などでよく、燃焼熱はほぼ不要になる。先行するDAC技術より回収コストを削減できる見込みだ」と強調した。

そしてパネル討論では、実装に向けて必要な視座を掘り下げた。日本の研究開発費の少なさといった構造的課題のほか、最適なプロセスを検討するためにエンドユーザーや機器メーカー間での情報共有の重要性などの指摘があった。

学術会議の改革 読売、朝日が共同歩調⁉


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

不平不満を言い募る集団に見える。政府機関としての存続が問われる日本学術会議のことだ。

まずは、読売4月22日社説「学術会議の改革、民間法人化も視野に入ろう」から。「学術会議は、東日本大震災や新型コロナ禍といった国家的な危機時に、十分に対処したとは言えない。有意な政策提言を機動的に行えるようにするための改革は不可欠」とし「(改革のための)穏当な政府案でさえ受け入れられないならば、現行制度の中での改革は望めまい。政府は、民間法人とすることも選択肢とせねばならない」と訴える。

予算約10億円と公務員約50人が組織を支える。役立たずなら血税を投じる意味はない。

気になるのは、この組織を「科学者の代表機関」と書いていることだ。学術会議のホームページにも「我が国の科学者を内外に代表する機関」とあるからだろうが、本当に「科学者」ばかりか。改革論議は2020年、当時の菅義偉首相が学術会議から推薦された会員候補のうち6人を任命拒否したことに発するが、6人は政治、歴史、法学、キリスト教学の学者だ。

朝日23年4月18日「日本学術会議はどういう組織なの」は「会員は210人、人文・社会科学系、生命科学系、理学・工学系の3分野で各70人ずつ。任期6年」と解説する。人文・社会科学系は政治や社会研究の学者が名を連ねる。
研究手法が全く違う分野の学者たちの議論は容易に収束しない。読売社説の指摘通り、震災関連では不可解な発信が相次いだ。

震災直後11年4月5日の緊急提言は増税を求めた。今も続く「復興特別所得税」のきっかけだ。
原子力発電所事故の影響評価でも、発信は混乱したままだ。

17年9月1日の報告「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」は、国連科学委員会の「事故による放射線被ばくに起因し得る有意な変化がみられるとは予測されない、 また先天性異常や遺伝性影響はみられない」との見解を肯定的に紹介し、これを国内外の論文に基づき補強した。

不安の声がある胎児への影響について「(心配する必要がないことは)科学的に決着がついたと認識されている」。甲状腺がんの発見増加も「“スクリーニング効果”と考えられている」とした。

ところが、直後の12日に出た提言「我が国の原子力発電のあり方について」は真逆だ。「(放射線による)健康被害が認められるレベルではないという見解の信頼性を問う専門家もいる」と書く。しかし論拠は匿名著者の一般向け書籍で科学論文ですらない。

前者は医学、理工系の科学者によるもの、後者は人文・社会科学系の学者も含めて作成された。

震災後の学術会議は、高レベル放射性廃棄物の処分問題で現行法を否定したり、防衛省の科学技術研究への非協力を主張したりと社会活動的な発信も目立つ。

学術会議のようなアカデミーは、主要国では科学者の組織だ。政府機関でもない。米国や17世紀から続く英国、フランスのアカデミーは人文・社会科学の学者を除く。日本も分割した方が良い。

朝日23年4月19日社説「学術会議法、改正を強行せず対話を」は、学術会議法改正案の「会員選考に際して外部有識者による委員会を設け、その意見を尊重する規定」に噛み付く。「政府や産業界の意向に従う人を選ばざるを得ない」と主張する。人事権で譲れないなら民間法人化が望ましい。読売社説と同じ結論になろう。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

脱炭素と安定供給の達成 原子力・火力の役割欠かせず


【オピニオン】伊藤 菜々/電気予報士電力系ユーチューバー

2050年脱炭素を目指して、再エネという言葉をよく耳にする。脱炭素は必ずしも再エネとイコールではなく、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。再エネはCO2が出ない発電として世間から応援されがちだが、あまり応援されない原子力発電もCO2は排出せず、燃料も一度輸入してから約10年使える純国産のベース電源として活用できるエネルギーだ。3.11以前は日本のエネルギー自給率を上げるために原子力の比率を高めていたが、その後ベース電源としての役割は火力発電に置き換わった。過去に経験したオイルショックやロシアウクライナ問題での化石燃料価格高騰により、日本の電気代は値上げせざるを得なくなった。輸入燃料に頼らないことで経済性も保つという観点で、原子力の活用は真剣に取り組むべきだろう。

また再エネには課題があり、太陽光や風力は自然の気候に、バイオマスは木材や廃棄物の取集状況に左右されるため、発電が歪であり出力を需要に合わせることができないことがある。そこで重宝されているのが、出力調整が細かにできる火力発電。電気は需要と供給を瞬間で一致させる必要があるため、揚水発電や系統用蓄電池などで対応している部分もあるものの、まだまだ調整できる容量が足りず火力発電のような調整力が必要になる。つまり、同時同量を叶える調整力を確保すること、エネルギー自給率を保てること、温室効果ガスの排出を減らすことという幅広い観点から、エネルギーバランスが重要なことが分かる。

脱炭素といえども、必要な時に電気を使えるという安定供給なくしての達成は元も子もあり得ない。そのためには発電、送電、需要側が協力して安定供給や再エネを最大限活用するための行動が必須だ。再エネ導入をしてもそのエリアで活用しきれず出力抑制が起こる。送電線の増強も必要だが、まず再エネの発電に合わせて需要をタイムシフトしたり、需要を作ることが第一。送電線の増強やインフラの保守面では、電力系の専門職や工事作業の方の人口減少が深刻で、待遇の改善や電力の素晴らしさを広く伝えていくことも必要だろう。

また日本の電気は三相交流といい、これは火力や水力、原子力などが持つ回転系の発電機からつくられるリズムの良い波形で、回転系が多い時代は慣性力に支えられていた。しかし変動性再エネや需要側にもインバーターが増えたことで慣性力が低下し安定供給を脅かしてるため、再エネのインバーターに疑似慣性力を持たせたり、需要側にも高調波対策として直列リアクトルを設置するといった対策が必要になる。電気は目に見えないと言われるが、物理的に電子が波形をつくり時間のタイミングである位相を持って移動する。それをいかに効率良くかつ一般的に使いやすい形にするかが大事であり、多方面から考える必要がある。 脱炭素と安定供給を達成するにはこの広い範囲を協調して乗り越える覚悟が必要だろう。

いとう・なな 上智大学経済学部卒。再エネファンド、新電力を経て2019年に電気予報士として独立し、電力入門ユーチューブチャンネル「電気予報士なな子のおでんき予報」を開設。電力に関する情報を発信中。

次世代見据えた地域熱供給へ 容積率緩和でZEB化を誘導


【地域エネルギー最前線】 北海道 札幌市

札幌市で、ブラックアウトの経験も踏まえて脱炭素化に資する都市への再構築が始まった。

地域熱供給のバージョンアップや、容積率緩和による民生の省エネ深掘りなどを進めていく。

197万人都市である札幌市は長年、エネルギーの面的利用を図り、特に中心部では地域熱供給システムが重要な役割を果たしている。札幌五輪開催に合わせて1971年に熱供給を開始して以降、順次エリアを拡大。コージェネレーションシステムなどを活用したネットワークが132haもの広域をカバーし、熱導管の総延長は約51㎞におよぶ。さらに7カ所のエネルギーセンターが稼働し、市民の生活を支えている。

当初から供給を担う北海道熱供給公社に加え、再開発が進んだ二つのエリアでは、札幌エネルギー供給公社と北海道ガスがそれぞれ事業主体となっている。なお、12年前に供用が開始された札幌駅前通地下歩行空間を整備した際には、後々熱導管を延伸できるよう、あらかじめピットを作っておいた。このように「エネルギー対策とまちづくりを一体的に進めてきたことが札幌の特徴」(市都心まちづくり推進室)といえる。

寒冷地での熱利用に関する省エネ化によるCO2削減に加え、強靱化に資するシステムとして活用されてきたわけだが、3年前に市が宣言した「ゼロカーボン都市」の実現に向け、バージョンアップの必要性が出てきた。また、5年前の夏には未曽有のブラックアウトが発生。以降その教訓として、官民の間で防災面への意識が一層高まっている。

こうした情勢を踏まえ、市は、熱供給システム以外のさまざまな対策も駆使してカーボンニュートラル(CN)化と強靭化に資する都市へのリニューアルを計画。これが環境省の「脱炭素先行地域」に認定され、先述の北海道ガスや北海道熱供給公社のほか、北海道電力などと共同で取り組む。

具体的には、①都心の民間30施設、②水素モデル街区2施設、③北海道大学キャンパス1施設、④公共施設1394施設、⑤招致中の2030年冬季五輪・パラリンピック関連5施設―を対象に、30年度までの電力CN化などのエネルギー転換を進めていく。先行地域の取り組みの中でも、この需要規模は最大級だ。

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2023年6月号)


【コスモ石油マーケティング/茅ヶ崎市で53施設目となる市立病院へ再エネ電力供給】

コスモ石油マーケティングは、茅ヶ崎市立病院に実質再生可能エネルギー由来の電力の供給を開始した。茅ヶ崎市は2050年のカーボンニュートラル実現を目指す「気候非常事態宣言」を表明し、「コスモでんきビジネスグリーン」を公共施設に導入。同電力プランは、コスモエコパワーが発電する風力電源にひもづく非化石証書を組み合わせたものだ。茅ヶ崎市立病院への導入は53施設目となり、53施設の年間電力使用量約1550万kW時が実質再エネ電力に切り替わる。茅ヶ崎市の施設の総電力使用量の約72%に相当し、年間約7380tのCO2を削減可能だ。両者は今後も、より一層の環境負荷軽減を図り、脱炭素社会実現に向けたさまざまな取り組みを協議継続していく。

【大阪ガス/エネルギー業界初の「エコ・ファースト企業」に認定】

大阪ガスは4月、エネルギー業界で初めて「エコ・ファースト企業」に認定された。エコ・ファースト制度は、環境分野で「先進的、独自的でかつ業界をリードする事業活動」を行っている企業であることを環境大臣が認定するもの。エネルギー業界を含めたさまざまな業界で、環境先進企業としての取り組みが進むことを目的としている。同社は、2021年1月にグループ全体で「カーボンニュートラルビジョン」を発表。これまでの天然ガス利用拡大の取り組みに加え、メタネーションなどによる都市ガス原料の脱炭素化、再生可能エネルギー導入を軸とした電源の脱炭素化により、2050年のカーボンニュートラル社会の実現に貢献していく。

【放射性廃棄物管理シンポ/放射性廃棄物の国際会議に2800人参加】

放射性廃棄物管理(WM)について意見交換や教育を行っている米国のNPO法人、「WMシンポジア」は毎年2~3月上旬にアリゾナ州フェニックスで国際会議を開いている。49回目となる今年の会議は2月26日から3月2日にかけて開催された。30か国の政府機関と産業界、学界、地方自治体、国際機関などから約2800人が参加。日本からも42人が出席した。WMシンポジアは、米ハンフォードサイトでの高レベル放射性廃棄物について議論するために、1972年に独立した公開の討論会として発足。以来、原子力バックエンドの問題に焦点を当て議論を続け、2013年からは福島第一原発の廃炉についての特別セッションも設けている。

【三浦工業/タイヤ製造で水素式ボイラ―が稼働】

三浦工業が住友ゴム工業から受注した水素燃料の貫流蒸気ボイラー「SI-2000 20S」が稼働した。場所は白河工場(福島県白河市)。副生以外の水素を燃料とした高圧貫流ボイラーの運開は同社としては初めて。住友ゴム工業は、NEDOの助成事業で「水素エネルギーの地産地消と、工業的熱利用による温室効果ガス総合的削減実証研究」を行っている。タイヤ製造において、高温・高圧の蒸気が必要とされる加硫工程での熱利用機器として、この水素ボイラーが採用された。

【東京ガスほか/炭素マイナスのコンクリ ガス機器排気を吸収】

東京ガスは4月、鹿島建設、日本コンクリート工業、横浜市と共同で、都市ガス機器利用時の排気に含まれる低濃度のCO2を吸収・固定化して製造したカーボンネガティブコンクリート「CO2-SUICOM」を、横浜市立元街小学校に設置したソーラー設備の基礎ブロックの一部として導入したと発表した。この製品は、東京ガス、鹿島、日コンの3社が製造し、実用化は日本初。一般的なコンクリートの基礎ブロックと比べ、CO2排出量を製品1㎥当たり298kg削減。マイナス27kg/㎥のカーボンネガティブを実現した。

【商船三井/認証取得アンモニア サウジから日本に輸送】

商船三井はこのほど、第三者認証機関に認証された低炭素アンモニアを、サウジアラビアから富士石油の袖ケ浦製油所に輸送した。サウジ基礎産業公社アグリ・ニュートリエンツ・カンパニーがアラムコの原料ガスから製造したもので、発電燃料用として混焼される。アンモニアの製造過程で発生するCO2を分離・回収し、後工程で活用する。温室効果ガスを実質的に抑制できるため、低炭素に分類される。商船三井は、安全で高品質な輸送サービスで広範なバリューチェーンに積極的に参画することで、脱炭素社会の実現に貢献する。

【四国電力・奥村組ほか/木質バイオマス発電運開】

四国電力は4月、奥村組・岩堀建設工業と共同設立した平田バイオエナジー合同会社の「福島平田村バイオマスパワー2号」の運転を開始したと発表した。年間発電量は、昨年5月に運開した福島平田村バイオマスパワー1号と合わせて、約2900万kW時を想定する。発電出力は各1990kWだ。燃料の木質チップには、福島県と近隣県の林地で発生する間伐材などを使用する。この事業を通じて、森林整備の促進、林業振興、雇用創出により地域社会の活性化にも貢献していく。

【三菱電機/サイブレーク社を買収 高電圧直流送電を強化】

三菱電機は、再エネ普及に貢献する高電圧直流送電(HVDC)システムにおける直流遮断機(DCCB)の技術開発や事業競争力強化のため、同分野に高い技術力を持つスウェーデンのScibreak(サイブレーク)社の全株式を取得する株式譲渡契約を締結した。サイブレーク社の技術やノウハウを取り入れ、再エネのさらなる普及を通じた脱炭素の実現を目指す方針だ。

【大和ハウス工業/九州・響灘混焼火力 バイオマス専焼へ転換】

大和ハウス工業は、子会社が運用する響灘火力発電所(11万2000kW)の燃料方式を変更する。石炭とバイオマスの混焼だった方式を、2026年4月からバイオマス専焼方式する。同発電所は19年に運転を開始し、石炭70%、バイオマス30%の割合で混焼していた。大和ハウスでは、30年度までに250万kW以上の再エネ電源を自社運営する計画だ。

【IHIほか/建設新材料を開発 CO2排出量を大幅削減】

IHIとIHI建材工業は、横浜国立大学、アドバンエンジ社と共同で、セメントを全く使用せずセメントコンクリートと同等の強度特性が得られるジオポリマーコンクリート「セメノン™」を開発した。セメントコンクリートは、製造時の高温焼成でCO2を排出するが、セメノン™は製造過程でセメントを使用しないため、従来のセメントコンクリートに比べCO2排出量を最大で約80%削減できる。さらに、CO2貯留・固定化技術と組み合わせることで、カーボンニュートラル、カーボンネガティブを実現できる。

【清水建設/河北総合病院の移転建設でZEB Oriented取得】

清水建設は、設計施工を進めている杉並区の河北総合病院の移転建設工事で、日本建築センターから「ZEB Oriented」の認証を受けた。急性期病院の認証は都内初で、全国で3例目。ZEB OrientedはZEBに加わった4番目のカテゴリーで、延べ床面積1万㎡以上の大規模建築が対象。病院建築の場合、一次エネルギー消費量の削減基準は30%以上となっている。同病院は9階建てで、延べ床面積は約3万3000㎡。敷地内の落葉樹の保存林を利用した日射制御や、熱負荷の少ない方角に病室を設置するといった敷地条件を生かす工夫のほか、高効率の設備機器の導入で、一次エネルギー消費量を34%削減した。ランニングコストも毎年約3700万円削減できる見込みだ。

【マーケット情報/6月9日】欧米原油が下落、供給増の見方が台頭


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油を代表するWTI先物、および北海原油の指標となるブレント先物が下落。米国とイランの核合意に進展があるとの見込みから、供給増の観測が強まった。

イランによる核兵器開発の推進を受け、欧米諸国が核合意の協議進展を目指す可能性が台頭。米国とイランの間で合意が締結された場合、米国の対イラン経済制裁が緩和され、イラン産原油の出荷が増加する見通しだ。ただ、米国は合意締結の可能性を否定している。

米エネルギー情報局は、今年と来年の国内生産予測を上方修正。また、今年と来年ともに、産油量が過去最高に達するとの見方を発表した。

需要面では、欧米の一部製油所が、火災や装置不具合などにより停止。原油処理量が減少するとの見込みが、価格の下方圧力となった。

一方、ドバイ現物は、供給減少の予想により、前週から上昇。サウジアラビアは、7月から日量100万バレルの自主的な追加減産を行うと発表。また、ロシアは、日量50万バレルの減産計画を、2024年末まで継続すると公表した。さらに、OPECプラスの5月産油量は、過去19カ月で最低を記録した。


【6月9日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=70.17ドル(前週比1.57ドル安)、ブレント先物(ICE)=74.79ドル(前週比1.34ドル安)、オマーン先物(DME)=75.20ドル(前週比1.47ドル高)、ドバイ現物(Argus)=75.28ドル(前週比3.66ドル高)

*2日がシンガポールで休場だったため、ドバイ現物のみ1日との比較

メタンの排出削減 LNG輸入国としての責務


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.15】関口博之 /経済ジャーナリスト

天然ガスの主成分であるメタン。天然ガスは燃焼時のCO2の排出量が石炭や石油に比べ少ないが、メタン自体はCO2の28倍の温室効果があるとされ、その排出削減が課題になっている。今のところ日本が矢面に立たされている状況にはないが、関心は持っておくべきだ。

国際的な取り組みは広がっている。世界のメタン排出を2030年までに20年比で30%削減するとして米国が提唱した「グローバル・メタン・プレッジ」には150以上の国が参画。日本もいち早く一昨年9月に参加を表明した。また企業側でも、OGMP(石油・ガスメタンパートナーシップ)という自主的な取り組みがある。世界の石油ガス生産の3割を占める企業が加わっている。

さらに規制にまで踏み込んだのが米国だ。昨年できたインフレ抑制法(IRA)では石油・ガス施設からのメタン排出が一定量を超えた場合、過料を課す。24年以降の排出から課金され、額は段階的に上がる。早期の対策を促す形で、米国で初の炭素税としても注目されている。

実は、メタン排出に関しては日本は極めて少なく、年間2740万t(CO2換算)で、人口当たりの排出量では米国の9分の1、欧州連合(EU)の4分の1とされる。その8割以上が稲作や、いわゆる牛のげっぷなど農業分野。次いで廃棄物からの排出で、エネルギー由来の排出(燃料の燃焼や漏出)は7%弱にとどまっている。そもそも油田やガス田に乏しいのだから当然ともいえるが、一方ではLNGの大輸入国としての責務もある。

日本にはLNG輸入国としての責務がある

LNG流通の下流では日本らしく、きめ細かい対策がすでに取られている。東京ガスによれば、例えばLNG基地の配管は漏れのリスクがあるフランジを避け溶接を基本とし、保守点検の際は配管内ガスは可能な限り窒素ガスを使ってタンクに戻し、大気に出さない方法を採ることで、LNG調達量に対するメタン排出量の比率は0.002%にとどめているという。こうした技術やノウハウを今後、新興国などに移転することで削減貢献もできる。「日本はLNGを買ってきているだけ。生産井など上流には責任を持てない」とも言っていられない。バイヤーや輸入国もよりクリーンな、つまりメタン排出削減対策を取っていると確認できた生産者から調達すべき、という圧力が強まる恐れもないとはいえない。

その際に重要になるのが、メタンの排出量をどう正確に、公平に測るかだ。測定・報告・認証(MRV)の国際的なルール作りが欠かせない。科学的に有効で、過大な費用を要しない手法を編み出す必要がある。でないとMRVや削除対策のコストがLNGの買い手に転嫁され、われわれの負担増になってしまう。また調達先が限定されれば、安定供給に支障が出る懸念もある。メタンの排出検知のためのリモートセンシングやドローンの活用など、技術の進展も重要だ。政府、企業、専門機関が協力し、ルール作りと技術の両面で積極的に関与すべきだ。低廉な計測技術を確立し、それをてこにルール作りを進める発想も必要だ。


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.1】ロシア軍のウクライナ侵攻 呼び覚まされた「エネルギー安保」

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せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

原子力開発最前線 東芝エネルギーシステムズ 革新軽水炉「iBR」に見た先進性


【澤田哲生 エネルギーサイエンティスト】

東芝の原子力開発は久しく雌伏していたかに見えたが、ものづくりへの強い意志は変わっていなかった。

革新的な設計の軽水炉「iBR」により、BWR(沸騰水型軽水炉)の新たな地平を開こうとしている。

「iBR」の”i”には三つの意味が込められている。そこに、私には東芝の開発チームの意気込みが透けて見える気がした。Innovative(革新的)、intelligent(知的)、 inexpensive(安価)のトリプル”i”。”BR”はもちろん沸騰水型軽水炉のことである。

東芝が国産技術を駆使して高い安全性と高効率を追い求めたABWR(改良型沸騰水型軽水炉)に、「3.11」のシビアアクシデント(重大事故)から得た教訓を徹底的に反映し、熟考に熟考を重ね合理性を追究した。それがまさにintelligentたるゆえんであると知った。そうして出来上がったiBRの設計は、実にスマートなパッケージに仕上がっている。私がとりわけ刮目したのは、安全設計とテロ対策、いわゆる特定重大事故等対処施設(特重施設)である。

革新的安全性を追求した「iBR」の全体像

ベントの概念をなくす グレースピリオドを7日に

3.11の翌12日、時の菅直人首相が自衛隊のヘリコプターを駆って現地視察に乗り込んだ。そのためベント操作が遅れたことが、事故をより深刻な方向に導いたという説がある。真偽はさておき、人が介在する操作が必要だったためにベントが遅れたのではないかという論争が巻き起こった。

ならばいっそのこと、ベント弁を介した放射性物質の大気放出をなくしてしまえばいい。iBRでは仮に燃料損傷や炉心溶融のようなシビアアクシデントが発生したとしても、電気による動力や人の操作を介在しない静的なシステムによって、崩壊熱により発生した蒸気は格納容器建屋内のプールに導かれて熱交換器を介して冷却され、さらに粒子状の放射性物質は格納容器内に設置された静的なフィルターによって濾し取られ、ガス状の放射性物資は格納容器内に閉じ込められる。その結果、放射性物質が原子炉システムから大気中にベントされることはない。

これは3.11後に追加的に設置が義務付けられた「フィルター式ベント」のさらに先をいく安全対策である。つまりベントという概念そのものをなくしたのである。

また、万が一炉心溶融が起こり、溶融燃料が圧力容器底部を貫通して落下した場合には「コアキャッチャー」が受け止め、そこで冷やされる。格納容器内の下部に配置された十分な量の水を満々と蓄えた大型プール(サプレッションプール)の水が常々コアキャッチャー底部に流れ込んでいるので、溶融燃料は落下して時を置かずに冷却される。

このように静的あるいは受動的な安全対策が、従来よりも一層厚みを持ち、かつ多様で耐性の高いものとされている。その結果、事故発生後でも運転員の操作が不要で安全を確保できる期間(グレースピリオド)は7日間になったと評価されている。そして、万が一の重大事故時にも住民の緊急避難は不要で環境汚染を防止できるという。ここにiBRをインテリジェントとする一つ目の肝を見た。

格納容器は原子炉の安全確保の最後の砦といわれる。iBRは格納容器を二重円筒型にして衝撃を吸収しやすい構造で強靭化されている。既存の原子炉は一重である。さらに従来は航空機などの外部飛来物に対して脆弱であるとされた格納容器のドーム部(頭頂部の丸い部分)は鋼板コンクリート構造によって、外部飛来物の衝撃吸収能力を大幅に向上させている。

これらの結果、地震、津波などの甚大な自然現象への耐性を増しただけでなく、航空機などの飛来物の衝撃やテロ行為などへの強靭性を大幅に改善している。

3.11後に原子力発電所に設置が義務付けられた特重施設は、大型航空機の衝突やその他のテロリズムによって炉心損傷が発生する可能性に対して放射性物質の放出を抑制する施設である。実態はベールに包まれて不明であるが、一説によれば岩山をくり抜いて強大な冷却用プールを備えるなど、大げさな施設になっているという。そして、その費用は数千~5000億円にも達するとされる。

iBRの説明を聞いて、私は大ざっぱに見積もっても特重コストは現状の半分以下に合理化できるのではないかと思った。ここにiBRのもう一つのインテリジェントを見る思いがした。

2050年カーボンニュートラルを達成する上で、原子力はベースロード電源の役割を担う。しかし、現実は昼間の太陽光が大きな変動要因になって時に悪さをする。発電量が需要をオーバーしても大規模な停電が発生する。太陽光や風力は変動電源でしかなく、発電量を能動的に制御できない。

そこで求められるのが原子力発電の出力調整であろう。その点でもiBRは有利だという。BWRでは炉心への冷却材の流入は再循環ポンプによって制御している。それにより再循環流量の制御が容易であり、原子炉出力を大幅かつ短時間のうちに容易に調整できるという。iBRは再エネ変動電源が招く必要電力の超過分と不足分に対応できるフレキシビリティーが高いのである。

さまざまな角度から安全対策の厚みを持たせた設計

iBRという「翼」を得て 技術の東芝への期待

このように良いことずくめのiBRであるが、絵に描いた餅ではどうにもならない。ものづくりが実際に始まらないことには……。

私は東京工業大学で30余年、原子力の研究と教育に携わった。東工大のモットーは”工業”つまりviable(実行可能)なものづくりである。私は、工業は科学と技術の上にあると考えている。

ともすれば、やや朴訥で地味な東工大生に、研究と教育の現場を通じて、天性のものづくりへの情熱を見てきた。それはすなわち”愛”のなせる技だと思う。その東工大生がのぞむ就職先のトップクラスが東芝である。

さて今、原子力発電は再稼働が急がれ、運転延長に合理的な道筋が見えてきた。しかし、このままの調子では50年までにネットゼロを目指す目標は、比較的容易な電力部門さえ到底到達できない。

そのためにはiBRなどの大型炉の新設に今すぐ具体的に踏み出さなければならない。日本が頼りにできるのは原子力しかないのだから。それには、ファイナンスと原子力規制制度のハードルを越える必要がある。ファイナンスのためには、英国のRAB(規制資産ベース)モデルのような準総括原価方式が求められる。一方、原子力規制は推進・規制の間に真っ当な融和の道が開かなければ―。

私の実家には60年前の扇風機がある。東芝製である。まだ動く。かつて「サザエさん」は番組の冒頭で「明日をつくる技術の東芝がお送りします」と言っていた。東芝の原子力がiBRという翼を得て、ネットゼロの未来に向け胸を張って羽ばたくことに期待したい。

さわだ・てつお 1980年京都大学理学部物理学科卒。三菱総合研究所、ドイツ・カールスルーエ工学所客員研究員、東京工業大学助教などを経て2022年から現職。工学博士。専門は原子核工学。著書に『原子核工学入門』『やってはいけない原発ゼロ』など。

対馬市が「文献調査」か 地元商工会など請願提出


原発から出る高レベル放射性廃棄物(HLW)の最終処分場を巡り、新たな動きだ。長崎県の建設業協会対馬支部、対馬市商工会などが「文献調査」への応募を求める請願を市議会に提出し、6月下旬に予定される定例会での採択を目指すという。

文献調査は処分地選定プロセスの第一段階で、現在は北海道の寿都町、神恵内村の2町村で実施されている。果たして、対馬市が3市町村目となるのか―。その可能性は高そうだ。

対馬市では3年前の市長選で、最終処分場の誘致を訴えた落下傘候補が得票率10%超を獲得。応募への機運は高まっていた。最終的な判断は比田勝尚喜・対馬市長が下すことになり、現地では既に反対の署名活動が始まっているというが、地元の有力者は応募を確実視する。「市議のほとんどが賛成しているし、業界団体の声を無視したら来年の市長選に大きく影響する」

文献調査は5市町村程度での実施が望ましい(エネルギー専門家)とされ、調査地が増えることは処分地選定プロセスの着実な前進だ。進展を注視したい。

規制のための規制機関にならぬよう 西村経産相は積極的に物申すべし


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

私が所属する会派「有志の会」は経済産業委員会に委員ポストを持っていないものの、共に修正案を取りまとめた日本維新の会のご配慮で、4月26日の経済産業委員会でGX脱炭素電源法の質疑に立った。この法案は、地域と共生した再生可能エネルギーの導入のための環境整備と、原子力発電の運転期間延長のためのルール作りを大きな柱としている。後者について、一部の野党は強く反対して与野党の対決法案となった。

私が違和感を持ったのは、法案制定に当たって経済産業省が原子力規制委員会に接触したことを一部のメディアや野党が強く批判したことであった。国家行政組織法第三条に基づく独立規制機関の規制委員会は、原子炉等規制法などに基づく規制を中立的・科学的に行う組織であるが、与えられた役割は法律の執行機関である。

その根拠となる法律では、規制の枠組みや規制の実効体制などが定められているが、法律を作るのは日本国憲法上、言うまでもなく立法府の国会である。内閣は法律の案を作るのが役割であり、当然のことながら、それは環境省や、その外局の三条機関である規制委員会に限定されるわけではない。内閣の中には、エネルギーの安定供給のために原子力発電事業の適切な実施をつかさどる経産省も含まれるのだ。

そもそも、法律とは、規制する側、規制を受ける側、原子力事業を推進する側などさまざまな立場の対話と調整によって作られるべきものである。規制すること自体が目的の規制などありえず、事業を進める前提がなければ規制という存在そのものが成り立たない。

事業推進が大前提 「質」が安全を実現へ

2011年3月の福島第一原発事故以降、原子力については「世界一厳しい規制」ということを政府は売り物にしてきたが、「世界一厳しい規制」が安全を実現するわけではない。科学的に合理的な規制なのか、常に起き得る事象に適切に対応できているのかといった「規制の質」こそが、安全を実現する。そうした観点からは、規制する側と規制を受ける側の対話が常に必要なのである。それを批判するなど筋違いもいいところだ。

私は、こうした問題意識に立って、経産委員会の場で「西村大臣、原子力安全規制について、積極的に物を申すつもりはあるのか」と問い掛けた。しかし、西村大臣は「やはり、われわれ、福島第一原発の事故の反省、教訓の上に立って」と、残念ながら消極的な答弁に終始した。採決間近のやり取りだったので、ここで足元をすくわれたくないという〝安全運転〟だったのかもしれない。

しかし、規制委員会が「規制のための規制機関」とならないよう、経産省も原子力規制のあり方については言うべきことは言う、という姿勢を見せてほしいものだ。

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ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。

重要性増す生物多様性への配慮 ビジネスに組み込む動きが加速


【業界紙の目】濱田 一智/化学工業日報 編集局行政グループ記者

企業活動を行う上で、気候変動に続き生物多様性の保全に関する情報開示が求められつつある。

その評価手法や理論的根拠などを巡る議論が続いており、企業はその動向を注視すべきだ。

5月22日は「国際生物多様性の日」だが、生物多様性と聞いてピンと来る人は少ないだろう。「また〝意識高い系〟が好きそうなスローガンか」と冷笑する声すら漏れてきそうだ。ところが環境問題の専門家の間では最近、気候変動に次ぐ重要テーマとして、生物多様性が真剣に議論されている。

ビジネスとも無縁ではない。気候変動対策が企業活動に組み込まれてきたように、資本主義の内部に生物多様性の保全が位置付けられようとしている。場合によっては経営に有利に働くかもしれない。

生物多様性の保全とは大まかにいえば、森や海や生物を尊重すること。こうした企業活動を、倫理的のみならず経済的にも評価する動きが出始めている。一例が「自然版TCFD」と呼ばれるTNFDだ。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)という組織は、企業が気候変動によって被りそうな財政的影響を、投資家に対して開示するよう提言している。例えば財政的影響を「移行リスク」や「物理的リスク」に類型化し、気候変動が続いた場合の未来像を示す。あるいは温暖化ガス排出量をスコープ1~3という段階ごとに数値化する。あくまでも任意だが、賛同企業は日本でも増えつつある。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の問題意識はTCFDと共通だ。両組織とも、情報開示の方法論を模索している。ただしTCFDとTNFDがそれぞれ注目する財務情報は性質が異なる。最大の違いは、自然関連情報が個別的にならざるを得ない点だ。林業なら森、水産なら海、資源開発なら鉱山や油田に関わるが、関わり方はそれぞれ違う。温暖化ガスという統一指標が使える気候関連情報に比べてルールメイキングが難しいのだ。

北電が社長交代を発表 現場力武器に難局打破へ


北海道電力は4月28日、藤井裕社長が代表権のある会長に就き、斎藤晋取締役常務執行役員が社長に昇格する人事を発表した。6月の株主総会で決定する。

藤井社長はこの日の会見で、就任4年で社長交代する理由について「現在、料金審査、泊安全審査など継続案件もあるが、(重要な経営課題の解決に向けて)一定の道筋を付けることができた」「カーボンニュートラル時代を見据えた展開や新たな事業ポートフォリオを実現していくためには、新社長による新たな業務執行体制で、柔軟な発想を持ちつつ、挑戦していくことが必要と判断した」などと説明。一方で、「原発を再稼働できなかった責任は重いと感じている」とも述べた。

新社長に就く斎藤氏は火力部門の出身。2018年9月の北海道胆振東部地震の際に苫東厚真発電所の所長を務めており、国内初のブラックアウト(道内全域停電)を現場責任者として経験した。「現場に精通していて、現場を熟知している」(藤井氏)人物だ。

国内でも人口減少や過疎化が著しいエリアにあって、電力インフラの健全な維持は道経済の生命線だ。現場力を武器に難局に立ち向かう斎藤氏の手腕が試される。