【目安箱/12月1日】エネルギー業界、退社する若者の声を聞く


◆「また若者が辞めた」の背景を考える

ある30歳手前の、理系の高学歴で優秀な青年が、電力会社を退社した。「もったいない」と私は思ったが、話を聞いた。

話を要約すると、以下の不満が勤務した電力会社にあったという。

▼滅私奉公の社風:会社の飲み会、地域社会との交流、企業組合の活動が、事実上強制される。新型コロナウイルス感染症の流行で、社外との交流、会社の飲み会が減って、ほっとした。

▼無駄だらけの業務:行政や地域社会に配慮し、仕事で安全確認と紙の書類が多すぎる。無駄を指摘して改善を提案すると、上司や周囲が不思議がり、「生意気」とレッテルを張られた。改善や業務を効率化しようという意欲が少ない職場で、やる気を出しても、何も現状を変えられない。

▼人事評価の不透明さ:年功序列で、上司の好き嫌いが人事に反映される傾向がある。自分は平均という、あまり良い人事評価は得られなかったが、再チャレンジしようとしてもそれが反映される兆しがない。

▼やりがいが見つからない:「電力を供給し、利用者を幸せにする」仕事と、社内で繰り返される。利用者を幸せにするといっても、研修や仕事で顧客対応の姿を見たが、へりくだりすぎていて、逆に嫌になった。自分は客の召使ではない。仕事の意味が書類や雑務の中で見えない。原子力事故の影響が続き収益が悪化。それに関係しない自分のいた部門も巻き込まれた。

電力会社を若くして退職した人のブログをみると、どれも同じような状況のようだ。

電力会社だけではなく、エネルギー産業はどこもよく似ているのかもしれない。

ただし、話を聞くと、筆者はこの退職した青年の考えから「甘え」のようなものも感じられた。どの会社でも、上記のような問題はあるだろう。

筆者は指摘した。「やり遂げたという達成感も成果もなく、また身についたと自分で思っている技量もないようだ。少し我慢することを考えた方がよかった。次を考えずに会社を辞めて、失敗したと悔やむ人はこの世の中にあふれている」。

すると、その青年は、「指摘はその通りだが、頭でわかっていても、実際に経験し、それによって嫌な思いをすると耐えられなくなった。特にほかの業界で働く大学院同期と比べると、ビジネスの経験での差が大きくなりすぎて悲しく、焦った」という。その気持ちは理解できる。次の仕事はまだ決めていないそうだが、この青年の未来に幸多かれと祈った。

◆波風を立てない組織のままでいいのか?

同じような指摘を、社内外の多くの人がする以上、電力産業に、何か問題があるのかもしれない。

電力・エネルギー産業は、「巨大装置産業」「行政の規制の影響が強い」「インフラであり安全な運営と安定供給が必須」「顧客は供給全地域の住民全員」という特徴がある。その特徴は、上記の退職した人の不満に思った会社の姿と密接にかかわる。

人に危険が及び、多くの人に影響を与えかねないエネルギー産業で、安全・安定供給に注力することは当然だ。安全の確保のためには、前例踏襲(ただし安全に運営されていた場合のみ)が、組織として最良の活動方法だ。そして「誰がやっても同じ結果」が求められるわけで、多少の改善はあっても、劇的な変化は組織として期待されないし、するべきではない。そうすると、波乱を起こさない社員の行動が望まれる。東電の原発事故のような大災害は別にして、大失敗はどの部署でもめったに起きないが、大成功も起きにくい。こうした組織では、年功序列で減点主義の人事評価に傾きがちだ。

前述の辞めた青年の不満は正しいようでもあるが、仕方のない面もある。しかし、ストレスがたまりやすい職場であることは確かなようだ。

◆変わらないままの業界、新しい問題を解決できない

ただしこのままでいいのだろうか。青年の叫びには、正しいことも含まれているように思える。

安定供給というこれまでの仕事の延長では、既存の電力産業、既存各社の対応は素晴らしい。今年の冬も含め、福島原発事故という危機を乗り越え、電力の供給を途切れさせず行ってきた。これは評価されるべきことだ。

ところが新しい動きがエネルギー産業を取り巻いている。自由化、東京電力福島事故の後の原子力への信頼の再構築、原子力発電所の再稼働、高レベル放射性廃棄物の地層処分などだ。そうした問題への対応は適切に行われているだろうか。これらへの対応でも、前述した「前例踏襲」とか「波風立てない」、「没個性」という態度で、電力会社は向き合おうとしているように思える。そして、筆者は、それらの対応に「すばらしい」という感想を抱けない。

一例を示してみよう。高レベル放射性廃棄物の地層処分の用地選定で、NUMOは日本全国で市民との対話イベントを重ねてきた。一度これを見学したが、まじめにやっている担当者の方には申し訳ないが、あまり面白くなかった。事実を説明しているのみだった。広告代理店の動員というのをやめてしまったので、この会合には数人しか出席せず、その多数が反対派という滑稽な状況になっていた。なかなか言えないことはわかっているが、一般の人たちに話をするには、話し手の顔が見え、そしてこの処分は住人の経済的利益につながることを打ち出すことが、印象に残る手法であろう。それを全くせず、金の話を意図的にぼかしているようだった。

つまり、電力会社のこれまでの社風、「前例踏襲」「とりあえず実行する」「波乱を起こさない」という特徴の延長の上で、こういう放射性物質の処分という新しい問題にも対応しようとしていた。効果が出ないのは当然だろう。

電力会社の人々は、自分を取り巻く社会環境の変化の必要を理解していると思う。しかし、実際変化に振り回され、自分が変わる必要を感じないと、対応する真剣度は低下してしまう。電力会社の持つ現場が多様で広すぎるために、状況の深刻さに気付いていない社員が多いのかもしれない。

◆会社の進むべき道‐批判者の声の中にある正しさを見つける

ルールを作り、仕事をやりやすく、効果を継続することは必要だ。前例踏襲も、多くの場合に仕事をスムーズにする。しかし、既存のルールの前提になる社会状況そのものが変わる中で、ルールを守り続ける行動は危険だ。そのルールは中の人しかわからない。それを変えていかなければ、まじめに仕事をしても、社会からずれ続ける可能性があるのだ。

前述の退職した若者を会社の中の人も、私のような外の人も批判することはたやすいだろう。けれどもその批判の中には、ルールそのもののズレとか、会社のあるべき姿そのものへの本質的な問題が隠れているかもしれない。

そして働く人が幸せになる職場は、組織を永続させる。この若者の言うような疑問を、多くの人が電力・エネルギー業界で感じているようだ。その問題点を発見し、是正することは長い目で見ると、会社のためになるはずだ。もちろん、全部を聞いていたら組織が動かなくなるが、必要な批判に聞く耳を持つべきかもしれない。

ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」(1963年)に、19世紀半ばのシチリアの老貴族に、美男俳優のアラン・ドロン演じる若い甥がイタリア統一運動に身を投じて「変わらず生き残るために、変わらなければならない」と話す場面がある。老貴族は、変化の必要を知りながら、「シチリアは変化を望まない、眠りにつきたがっているのだ」と政治参加の要請を固辞し、時代に取り残される道を選ぶ。この2つのセリフはいろいろなところで今でも繰り返されるが、電力業界の未来はどちらだろうか。

新しい変化を促し、それを気づかせるのは次の世代だ。辞める若い人の苦悩の中から、電力会社・エネルギー産業の変わる方向のヒントが見つかるのではないか。

【記者通信/11月28日】合成メタン開発に温度差 大手ガス社長会見で浮き彫りに


CO2と水素を反応させてメタンガスを精製するメタネーション(合成メタン)技術は、都市ガス業界が「2050年カーボンニュートラル実現」への切り札として研究開発を推進している注目技術だ。業界団体の日本ガス協会では昨年6月に発表した行動計画の中で、「カーボンニュートラルメタンの都市ガス導管への注入1%以上」を2030年目標に掲げている。そうした中、東京、大阪の大手都市ガス2社がそれぞれ開いた社長会見(内田高史・東京ガス社長=11月26日、藤原正隆・大阪ガス社長=11月19日)で、メタネーションに対する両社のスタンスの違いが図らずも浮かび上がった。

まず藤原社長は、技術系出身で化学子会社の大阪ガスケミカル社長を務めた経験もあることから、メタネーション開発の推進には積極姿勢。19日の会見でも、メタネーションについて「水電解・サバティエ反応方式」と「共電解・革新的SOEC方式」の二種類の技術がある状況を解説しながら、「30年の段階で、大規模なSOECメタネーションから供給できるかは微妙だが、完成された技術のサバティエメタネーションを今後さらにスケールアップするとともに、新たな触媒を開発することで効率を上げ、日本ガス協会の30年目標1%に向けて取り組む。SOECメタネーションは非常に効率的なため、同時並行的に現在の基礎研究から開発応用研究に進んでいきたいと考えている」と述べた。

一方で、内田社長は26日の会見で「メタネーションはすでに実験室レベルでは出来ており、それをどこまでコストを下げて大規模化できるか。そのために、さまざまな実証試験に取り組んでいる」としながらも、30年の見通しについては「まだまだコストを下げ切れていない状況で、残念ながら社会実装という面ではほとんどないと思う。いろんな条件があえば可能性としてゼロとは言わないが、外に向かって、これだけ合成メタンを供給していますと言えるところまでは至っていないだろう。30年にはちょっと無理ではないかと考えている」と、慎重な姿勢を見せた。

その上で、ガス協会の30年1%目標について問われると、「合成メタンを持ってきて(導管に)入れるというのは、完全にゼロ、不可能とは言わないけれども、かなり難しい。どうしても、合成メタンが入れられなければ、カーボンニュートラルLNGで代替して入れていくことになるのかもしれない」との見方を示した。

メタネーションによるCN化のイメージ図(資源エネルギー庁資料より抜粋)

得意分野を生かすか、それとも一致団結か

両社の会見に出席した印象では、内田氏、藤原氏ともにメタネーションは50年に向けて都市ガスCN化の主力技術になるとの認識では一致しているものの、その開発に掛ける意気込みや「30年1%目標」の捉え方には少なからぬ温度差があるように感じた。「中期的な断面で見ると、東京ガスはメタネーションというよりも、カーボンニュートラルLNGの導入拡大に期待を掛けている。別々の会社なのだから違いがあるのは、むしろ当たり前。東京ガスがCNL、大阪ガスがメタネーションと、得意分野を生かした形で脱炭素化の取り組みを引っ張っていただきたい」。中堅都市ガス会社の幹部はこう話す。

とはいえ、かつての天然ガス導入・高カロリー化のための「IGF21」計画が業界一丸となっての一大プロジェクトだったことを知る世代からしてみれば、「リーディングカンパニーの大手には一致団結してメタネーションの研究開発に取り組み、少しでも早く商用化してもらえるとありがたい」(地方都市ガス会社トップ)との思いがあるのも事実だ。

藤原社長は会見で、「都市ガス事業者は200社ほどあるが、研究開発に要因や費用をそれなりに投下できるのは3~4社。今は同じメタネーションでもそれぞれが選択肢を広げて研究開発を行っているが、一定程度のタイミングで、どれが1番良いという判断になれば、業界全体でそれに集中することは十分にあり得る。ただ、これは私が考えているだけなので、ほかの会社の方がどう考えるかは分からない。ガス会社同士はライバルでもある。今はどれかに絞り込むところまで研究開発は進んでいない」と、心境を語った。

IGF21事業を根底で支えていた「地域独占・総括原価」時代は、すでに終わった。ガス業界全体が小売り全面自由化、導管部門分離、電力事業との相互乗り入れという新たな局面を迎えている中、メタネーション開発は当面の実証段階でどんな歩みを見せていくのか。今後の動きから目が離せない。

【記者通信/11月27日】「燃料制約発生の可能性低い」 JERA社長会見で強調


JERAの小野田聡社長は11月25日会見し、今冬について「燃料制約が発生する可能性は低い」との見通しを示した。LNG不足が懸念された昨冬の反省を生かし、既に200万tのLNGを追加調達したほか、自主的に在庫を厚めに確保する。さらに、電源の確保や、JEPX(日本卸電力取引所)への供給力拠出といった対応も進め、安定供給に万全を期す姿勢を強調した。他方で、電力の安定供給を確保するためには、自社努力だけでなく、政策面の支援も欠かせないと訴えた。

今春、東京エリアの2022年1月の供給予備率がマイナス0.2%、2月がマイナス0.3%との見通しが示され、電力需給ひっ迫が懸念されたが、10月末時点では1、2月ともに3%以上を確保できる見通しとなっている。

同社は今年12月~来年2月を冬季重負荷対策期間とし、kW、kW時の両面で対策を講じている。燃料確保策としては、エリアの電力需要を想定した上で、過去の実績や他社電源の稼働想定などを踏まえて自社の発電量見通しを独自に予測。これに基づいた安定的な燃料確保を進める。

JERA Global Markets(JERAGM)のネットワークを生かした柔軟な追加調達も図る。例えば需要が増えた際に、欧州向けの米国産LNGを日本に仕向け地変更するといった具合だ。さらに重負荷対策期間は、タンクの運用レベルが通常150万t程度のところを20万tほど引き上げ、在庫を厚くする。

こうした対策を講じた上で、政府に対しては「電力自由化と資源確保の両立、合理的な市場設計、供給責任とその費用負担などに関する制度面の早急な検討を要請している」(小野田氏)。LNG調達に関する官民連絡会議でも訴えた内容の必要性を、改めて強調した。

このほか、JERAはJEPXへの供給力拠出にも取り組む。市場で、燃料の需給状況を反映した価格シグナルが発せられるよう、供給力拠出の仕方を変更。東電エナジーパートナーとの契約を見直してJERAがスポット市場への入札主体となった上で、東京エリアの入札価格に反映する限界費用について、LNGのスポット調達など追加的な調達コストを考慮した価格に見直した。さらに、送配電事業者によるkW時公募の募集要綱を踏まえ、約13億kW時の市場への追加拠出についても検討する。

kW確保については、東京電力パワーグリッドの追加供給力公募で落札された、長期計画停止中の姉崎火力5号機の運転準備を進めている。さらに、需給ひっ迫に備えた発電所の増出力運転の検討や、発電設備のトラブル回避に向けた重点点検などを実施する方針だ。

ガソリン高騰対策は提示も LNG供給の課題解決策は不透明

政府は、ガソリン価格高騰に対しては矢継ぎ早に対策を講じている。小売り価格が1ℓ当たり170円を超えないよう、石油元売り会社に対して補助金を出す方針で、経済産業省は21年度補正予算案に800億円を計上。さらに、価格抑制効果には疑問符が付くものの、米国の要請を受け、石油の国家備蓄の一部を放出するという初の試みも繰り出している。

しかし今のところ、石油価格高騰以外の燃料の安定供給対策について、迅速に対応しているとは言い難い。

JERAは会見内で、カタールとのLNG長期契約のうち、今年で契約が終了する分については延長しないことを明らかにした。世界的な市場の変化や、自由化に伴うLNGの位置づけの変化などを背景にした、従来型の長契を継続することの難しさからだ。

政府には、こうしたエネルギーの安定供給を巡る構造的な課題にも本腰を入れることが求められている。

【記者通信/11月24日】電力危機を回避できるか⁉ 燃料調達とJEPXの価格乖離を解消へ


11月に入ってからも暖かい日が続いていたが、24日は西日本の広い範囲で雨や雪の荒れ模様、晴天だった太平洋側でも寒気が流れ込んで12月初旬並みの寒い一日となった。予報によれば、これを境に今後は寒さが増していくという。本格的な暖房シーズン到来を前に気がかりなのが、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場価格の動向だ。

今秋、JEPXのスポット価格は高値推移を続けている。10月以降、時間帯によっては1kW時当たり50円を超え、11月17日に一時65円の高値を付けると、22日には東日本エリアの多くの時間帯で80円に達し、西日本エリアでも78.8円を付ける時間帯があった。80円は、予備率3%が確保されている場合のインバランス料金の上限であり、卸電力価格の実質上の上限となる。

今秋は低負荷期にもかかわらずスポット価格が高値を続けてきた要因の一つが、アジアのLNGスポット指標「JKM」の高騰だ。100万BTU(英国熱量単位)当たり40ドル近くで高止まりし、発電単価約30円/kW時に相当する。一方で卸電力価格は、高騰する時間帯があるとはいえ24時間平均では20円を下回る。「市場への売り札を増やすということは、100億円の収入しか見込めないのにLNG船1隻分の燃料を150億円で買い発電するということ」(市場関係者)にほかならず、損失を最小限にしようと、大手電力会社は稼働ユニットを絞ったり逆に卸価格の安い時間帯には買い札を入れたりしながら、燃料の消費抑制に努めていると見られる。特に22日に多くの時間帯で高値に張り付いたのは、これに悪天候による太陽光発電の出力減が重なったからだ。

このまま燃料調達価格と卸電力価格が乖離した状態で厳冬を迎えれば、機動的に燃料を調達できずに昨年度冬と同様、燃料不足による需給ひっ迫危機に陥りかねない。そうなれば、卸電力価格は80円どころか200円に張り付くことになる。

JEPXへの供出価格を国際燃料市場と連動へ

大手電力会社は昨冬のような燃料政策・需給ひっ迫を回避する施策の一つとして、JEPXスポット市場への入札(卸電力の供出)に当たり、従来の燃料長期契約とスポット調達の加重平均価格から、追加的な燃料調達を考慮した価格(国際燃料市場ベースの価格)への変更に乗り出している。これにより、電力各社では「卸電力市場に対し適切な価格シグナルが発せられるため、燃料制約や需給ひっ迫の回避・低減に効果がある」とみている。

西日本から順次変更が始まり、22日には東北電力、24日にはJERAが対応を発表した。ただ時期について、東北は「24日以降、準備ができ次第」、東京は「電力・ガス取引監視等委員会の確認が取れ次第」としている。国際燃料市場ベースへの変更によって卸電力価格に燃料指標が反映されると、現状では多くの時間帯で価格が底上げされる可能性が高い。業界関係者の一人は、「22日の卸電力価格が思いのほか上昇し、電力・ガス取引監視等委員会から待ったが掛かったのか」と勘ぐるが、真相は果たして。

環境と経済のトレードオフを超えて クリーンテックがビジネス機会を創出


【羅針盤】巽 直樹(KPMGコンサルティングプリンシパル)

デジタルならぬ「グリーントランスフォーメーション」という言葉が業界に聞こえ始めた。グリーン技術がもたらす社会変革とはどのようなものか。大手コンサル会社の専門家が解説する。

 政府が宣言した2050年カーボンニュートラルの実現に向け、各企業でも既にさまざまな取り組みが始まっている。一方、本稿執筆時点では、波乱含みのCOP26の行方はまだ見えていない。

しかし、この旅の最終目的地が変わる可能性は現時点では低いため、脱炭素化(グリーン化)に向けた対策が求められている状況も、本質的には変わっていない。

人々の生活を豊かにする「GX」とは何か

デジタルトランスフォーメーション(DX)がビジネスのバズワードとなって久しい。この言葉と同様に、トランスフォーメーション(変革)との掛け合わせで、グリーン化に向けた企業の取り組みやコンセプトを「グリーントランスフォーメーション(GX)」と呼ぶ場面に遭遇することが増えてきた。DXと同様に、社会や組織におけるグリーン変革を一言で表している点で分かりやすい。

DXという言葉を最初に用いたのは、スウェーデン・ウメオ大学の研究者たちであるといわれている。その論考によると、「デジタル技術が人々の生活を豊かにする」との意味でDXが用いられている。無批判にデジタル技術を受け入れるのではなく、それらの発達が社会に及ぼす影響を踏まえた上で、人類の進歩にいかに役立てるのかを考えることに一定の示唆を与えている。よってDX推進ができなければ、社会や組織の存亡が危ぶまれるといった類いの脅し文句が書かれているわけではない。

それにもかかわらず、この論考を引用し、DX推進が絶対に必要という「手段の目的化」が甚だしい意見を耳にすることがある。おそらく原典を自分自身で読まないまま、思い込みで意見されているのではないかと考えられる。

一方、GXはカーボンニュートラルへの対応が一義的な目的となる。しかし、DXの文脈でGXを考えた場合、「クリーンテックにより人々の生活を豊かにする」ことができなければ、GXの取り組み意義も薄れそうだ。そして、GXという言葉の記載はないが、この場合の「読まれない」原典に当たるものにIPCCの報告書を筆者は頭に思い浮かべてしまう。

一部には黙示録でも出現するかのように伝えていた第6次報告書のドラフトが8月に公表された。これに対する報道において、報告書における強いトーンの言葉だけを切り取ることや、国連事務総長が「人類への赤信号」だと発言したことなどが、ことさらに強調された論調が目についた。

しかし実際には予測の精度が上がったため、より「油断は禁物」になったが、最悪シナリオの可能性低下も同時に報告されている。DXの場合と同様、原典を正確に読まずに、あるいは自身のストーリーに都合のいい情報の選択というバイアスをもとに、いろいろな喧伝がなされている印象を受ける。 脱炭素化にかかる膨大なコストが問題視され、世界中でさまざまな議論がなされている。わずかな気温を下げるためのコストと捉えると、直接民主主義スイスのように、費用対効果が合わないことを理由に国民投票で対策案が否決される。人類滅亡の回避コストと捉えると、無限にコストをかけても構わないとの考え方も出てくる。このように効果についての意見の一致が見られない問題を抱えたまま、中途半端な地球温暖化対策が世界全体で進むことが懸念される。

環境と経済はトレードオフか コストではなくビジネス機会

企業の場合、コストを上回る売り上げ、投資を上回るリターンがなければ、そもそもゴーイングコンサーン(継続企業の前提)がおぼつかない。温暖化対策がコストでしかない状態が続くと持続可能性が脅かされることになる。

GXの要諦があるとするならば、一般には「環境保全と経済成長にはトレードオフがある」とされる問題を超えなければならないということだ。地球温暖化や脱炭素化などへの対策をコストと考えるのではなく、新たなビジネスチャンスと捉えるべきだとする意見も最近は増えているが、多くは精神論に近い。普通に考えれば対策コスト競争になり、供給者が適正数になるまで生存競争が続き、そのプロセスが終われば最終的に消費者にコストが転嫁されるだけだ。

かつて経営学者のマイケル・ポーター氏は「ポーター仮説」で、厳しい環境規制を先んじて導入した国の企業は、他国の企業よりも競争優位を獲得するとした。この仮説には多くの経済学者から反証がなされてきたが、例えばクリーンテックにおける技術革新を誘発させれば、新たな付加価値を生み出し、環境保全と経済成長の両立が可能となる場合もある。

図にGX戦略の基本的なコンセプトを示した。規制やルールなどを考慮しつつ、新たな技術や製品を開発し、資本市場も適切に利用する。そしてレッドオーシャンの領域を抑えつつ、ブルーオーシャンを発見し、これからの30年をどこで泳ぎ、どのように成長していくのかをイメージしたものだ。

もちろん、これだけでは「絵に描いた餅」だが、頭の整理の第一歩と考えていただきたい。これまでは中期経営計画などで、せいぜい5年ほど先までの将来を描けば十分だった。しかし50年を視野に入れると、いわゆるシナリオ分析が必要となろう。あらゆるシナリオと自社が取り得るオプションを想定し、30年までの短中期戦略と50年までの長期戦略を、地球温暖化対策をベースに組み立てるべき時ではないか。

言うまでもないが、それは自社を破滅させてまで取り組むことではなく、どこまで付き合えるのかの見極めにも必要であるからだ。

たつみ・なおき 博士(経営学)、国際公共経済学会理事。近著に『まるわかり電力デジタル革命EvolutionPro』(日本電気協会新聞部)、『カーボンニュートラル もうひとつの″新しい日常〟への挑戦』(日本経済新聞出版)。

【記者通信/11月12日】どうする!?熱分野のCN化 「定義付け」に高い壁


政府が掲げる2050年カーボンニュートラル(CN)社会の実現は、ある意味不可逆的な流れとして社会全体に大きな転換を促そうとしている。

日本の最終エネルギー消費のうち直接的な電力として利用されるのは約3割で、残りは化石燃料を用いた熱利用が占めている。目標を達成できるかは、電源の非化石化に加え、この熱利用分野のカーボンニュートラル化をいかに進めるかにかかっていると言っていいだろう。ところが、注目されるのは再生可能エネルギー比率や原子力の最大限活用の是非といった電力部門の脱炭素化ばかり。非電力分野に言及される機会はほとんどなく、電力のように長期的な政策や展望もないのが実情だ。

こうした中、日本学術会議が「カーボンニュートラルに向けた熱エネルギー利用の可能性と課題」をテーマに11月6日開催したシンポジウムを聴講する機会があった。行政や研究機関、民間企業で熱エネルギーに係る専門家らが登壇し、それぞれの立場から熱エネルギー利用の進展に向けた課題認識や提案がなされた。一致していたのは、日本は産業用の熱需要が多く、電化以外を認めないとなれば製造業が衰退し雇用が維持できなくなるという危機感だ。水素やメタネーション、CCUSといった熱源の脱炭素化に資する技術を確立すると同時に、社会実装に向けた具体的な政策が示されることが求められる。

ただ、問題はこうした技術が確立したとしても、今のところこれらをCNとして定義付ける制度が国内にも国際的にも存在していないことだ。特に欧州では、再エネのヒエラルキーが高く、化石燃料を活用し続ける仕組みには否定的。いかに世界に協力国を作り、熱分野のカーボンニュートラルの国際基準づくりを主導していくのか。つまり政府がCOPやG20といったハイレベルな交渉の中でいかに発信力を高めることができるか――。高い壁が立ちふさがっている。

【記者通信/11月5日】日本のLNG調達価格がアジア最安に 長期契約主体が奏功


日本の大手エネルギー会社が産ガス国と結んでいる長期契約がLNG調達価格の低廉化に大きく寄与している実態が、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の月次レポートから浮かび上がった。

それによると、今年9月の日本平均LNG輸入価格は100万BTU当たり10.75ドルと、北東アジア地域で最も安くなった。調達先(地域)の内訳を安い順に見てみると、中東産10.45ドル、ASEAN産10.81ドル、米国産11.19ドル、ロシア産11.38ドル。これら輸入量の大部分を、原油価格リンクの長期契約が占めているのだ。

LNGのスポット価格は9月から10月にかけ、世界的な乱高下に直面した。米国のスポットガス価格(HH)は、9月下旬に5.8ドルに達し、10月下旬に6.3ドル台まで上昇した後、月末にかけて5ドル前後で推移。昨年同時期の2倍近い水準だ。欧州のガススポット価格(TTF)は、10月上旬に一時38ドル(瞬間値で54ドル)まで上昇し、月末は30ドル前後で推移している。

日本平均価格は10.75ドル JKMは35ドル前後

こうした中、北東アジアのスポットLNG価格(JKM)の値動きを見ると、9月末に30ドル台で推移していたのが、TTFが高騰した10月上旬に一時56ドルまで急騰。その後は一転35ドル台に急落し、月末にかけては35ドルを下回る水準で推移している。レポートは、「冬季に向けて北東アジア地域や欧州地域など世界的に天然ガス・LNG需要が高まっていることに加えて、欧州の再生可能エネルギー由来の電力不足やロシアガスパイプライン懸念なども重なり、欧州ガス価格が押し上げられたことがJKM高騰の要因」と分析している。

スポット比率が比較的高い中国の9月平均輸入価格は11.61ドル。ちなみに台湾は11.38ドルで、韓国は11.00ドルだ。日本の10.75ドルの安さが際立っていることが分かる。しかも欧州各国がLNG調達を長期契約からスポット中心に移行したことで、現在の価格高騰にあえいでいる状況と比べれば、雲泥の差だ。

「長期契約が主流の日本では、価格、量ともに安定しているため、スポット市場の動向に一喜一憂しないで済むことは大きなメリットだ。昨年は大手電力会社がLNGの在庫を絞っていたところに、突然の大寒波が到来したことで需給がひっ迫したが、今年はその反省に加えて、経産省による在庫監視もあることから、よほどのことがない限り、国内でLNGの需給がひっ迫するような事態にはならないだろう」(大手都市ガス関係者)

そんな日本でも、過去を振り返れば、スポットが割安な時期に長期契約の弊害が指摘され、一部の学識者を中心に「スポット比率を増やして、調達の柔軟性を高めるべきだ」との議論が巻き起こったこともある。いずれスポット市場が沈静化し長期契約分と価格が逆転すれば、そうした論調が再燃しないとも限らない。電源構成同様、LNG調達においても「ベストミックス」が大切なのだ。

【記者通信/11月5日】COP26で醸成される「脱石炭」機運 移行期の議論抜け落ちに懸念


1年越しの開催となった温暖化防止国際会議・COP26。序盤から、議長国の英国が求めていた「石炭火力の廃止」について、46カ国・地域が合意するといった動きがあった。ただ、日本、米国、中国などはこれに加わらず、一線を画している。世界的な化石燃料価格高騰に伴う欧州や中国でのエネルギー危機に直面しながらも、COPでは引き続き「気候危機」回避に向けた崇高な目標を掲げるだけの議論に終始してしまうのか。

COP26は英国グラスゴーで10月31日に開幕し、11月12日まで開催される予定。今回は、会議全体の機運を醸成する狙いで開幕直後の1~2日に首脳級会合を開き、就任後初の外遊となった岸田文雄首相も出席した。ただ、最大排出国である中国の習近平国家主席は参加しなかった。

岸田首相はスピーチで、アジア地域のクリーンエネルギー転換を支援する方針を強調。再生可能エネルギーは最大限導入しながらも、「アジアにおける再エネ導入は、太陽光が主体となることが多く、周波数の安定管理のため、既存の火力発電をゼロエミッション化し、活用することも必要だ」と主張。日ASEANビジネスウィークで設立を発表した「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ」を通じ、アンモニアや水素などを活用したゼロエミッション火力に転換するための先導的な事業を展開することや、アジアの脱炭素化支援のために、新たに5年間で最大100億ドルの追加支援を行うと表明した。

石炭廃止に新たに23カ国がコミット 日米中豪印は加わらず 

英国は、首脳級会合以降、「エネルギーデー」や「運輸デー」など分野ごとの日程を設定し、それぞれで高いビジョンにコミットする「有志国連合」を作り、さらに機運を高めていきたい考え。また、こうした動きを最終的にCOP全体の決定に反映させ、気候変動対策の前進を図る意向だ。

そして4日の「エネルギーデー」に発表されたのが、46カ国・地域の「石炭火力廃止宣言」だった。先進国は30年代、途上国は40年代までに、石炭火力の建設や新規投資を停止するという内容。これに、既に石炭火力全廃を宣言している英国やフランスなどに加え、ポーランドやベトナム、チリ、スペイン、韓国など23カ国が新たにコミットした。COP26のシャルマ議長は「この会議は石炭を過去の遺物とするものだ。石炭火力の終わりは目前に迫っている」などと強調した。

ただ、欧州で脱石炭が進んでいるのは、気候変動対策ではなく、あくまで経済性に起因した現象。採炭条件の悪化で発電用燃料を国内炭から輸入炭に切り替えたものの、内陸部にある発電所への輸送費がかさんだり、発電所が老朽化したり、といった事情を抱えた結果の判断だった。

一方、日本や米国、中国、オーストラリア、インドなどは、この宣言に加わらなかった。中国、インド、豪州の不参加は当然としても、バイデン政権下で気候変動問題のリーダーシップを取り戻そうとし、国内では天然ガスの競争力に押されて石炭産業が衰退している米国が参加しなかったことは、注目すべきだろう。

欧州や中国が直面する 現実的な移行の難しさ

日本としても、岸田首相が主張した通り、アジア全体のエネルギー転換には調整力としての火力の活用が不可欠で、石炭火力というオプションの放棄も決断できない。国内においても、昨冬のLNG不足に伴う電力需給ひっ迫危機を経験した以上、やはりエネルギーのベストミックスなしに万全な安定供給体制の確立は難しい現実が改めて突き付けられた。

欧州や中国などもエネルギー危機を経験し、現実的なトランジションの難しさに直面している。ガス価格の歴史的な高騰を記録した欧州では、COP直前に開かれたEU首脳会議で、急進的な脱炭素政策に対して「ユートピア的幻想がわれわれを死に至らしめる」(ハンガリーのオルバン首相)などの批判が噴出していた。

日本は今回のCOPで、イノベーションやトランジションの重要性を引き続き発信する方針だが、「気候危機」を声高に主張する国々に、こうした現実論がどこまで受け入れられるのだろうか。

【記者通信/11月2日】原子力立て直しなるか!? 「クリーンエネ戦略」議論開始へ


「2050年カーボンニュートラル(CN)の実現に向け、温暖化対策を成長につなげる『クリーンエネルギー戦略』を策定し、強力に推進します」

岸田文雄首相が10月8日の国会所信表明で言及した「クリーンエネルギー戦略」の策定に向けた議論が、いよいよ動き出す。関係者によれば、「第六次エネルギー基本計画」を踏まえ、現実的なCN社会の実現に向けた政策の展開、とりわけ再生可能エネルギーの大量導入などによって上昇するエネルギーコストへの対応策が検討の柱になるとみられる。

本誌が独自に入手した論点の資料を見ると、第六次エネ基の「再エネ最優先・最大限の導入」とは一線を画す検討課題が列挙されている。中でも注目は、供給サイドの取り組みとして、「ユーザーサイドのニーズに対応するためのエネルギーを安定的かつ安価に供給するための具体的な対応策を示す必要」を課題提起している点だ。

既存原発の徹底活用策を検討

その上で、処方箋として、①安定供給の確保、②次世代エネルギーの現実的な導入策、③移行期における化石燃料確保――を挙げた。興味深いのは①で、具体的な対策として「電力自由化と脱炭素化が進む中で、安定的な電力を確保するために必要な措置」「原子力は既存設備の徹底活用の方策(長期運転問題、再稼働の徹底推進)」「再エネはPPAの導入拡大を推進。一方で、安い再エネの量拡大の限界を示し、今後の量的拡大に向けての方策(蓄電池の国産化など)」を例示している。

「グリーンエネルギーではなく、クリーンエネルギーとしているのが隠れたポイントだ。政府はこの戦略の中で、東日本大震災から10年近く停滞してきた原子力政策を抜本的に立て直すことを狙っている。年内に論点を洗い出した上で、議論を深掘りし、来年夏までに報告書を取りまとめる方向だ。おそらく政府は、今次エネ基見直しで出来なかったことを、このクリーン戦略でやるつもりだろう」(エネルギー政策事情通)

衆院選が終わり、自公連立による安定的な政権運営が約束された中で、脱炭素化と安定供給確保の要請に応える原子力政策を再構築することができるのか。第二次岸田政権の手腕が試される。

【目安箱/11月2日】「おいしい北海道のコメ」だけではない、温暖化のプラス面


◆麻生氏の失言、正しい面もある

自民党の麻生太郎副総裁が、また失言をした。麻生氏は10月25日の衆議院議員選挙の北海道小樽市での応援演説で、「北海道のコメは温暖化でおいしくなった」と発言。さっそく野党が批判し、岸田文雄首相・自民党総裁が、それを謝罪する騒ぎになった。

ところが調べてみると、この発言は、すべてを説明するわけではないが、間違ってはいない。北海道産米の評判は以前より向上し、人気が出ている。1980年代後半から北海度の販売奨励品種「きらら397」の栽培が増え、近年は「ななつぼし」「ゆめぴりか」等の、味の面で評価の高い新品種のコメが流通している。味の改善は品種改良の影響が大きい。

ただし、こうした新品種は、北海道の気温の上昇に適合したものだ。そして温暖化によってコメの味が向上することが見込まれると解説する専門家もいる。(北海道立総合研究機構「地球温暖化は北海道の農作物にどう影響するか」)

麻生氏は、温暖化・気候変動のマイナス面も言うべきだし、北海道の農家の努力にも言及してほしかった。さらに選挙中に批判を受ける行為をするのは、愚かな行為だろう。しかし実際には、気候変動は、麻生氏の指摘通り人間社会にプラス面を含めたさまざまな影響を与えている。この失言騒動をきっかけにして、農業や生活、生態系をめぐる気候変動・温暖化の影響を確認してみよう。

その1・温暖化は植物の活動を促進させる

温暖化は植物の生育を促進する。気温の上昇、植物の光合成をもたらす二酸化炭素の増加によるものだ。欧米の気候変動をめぐる議論では、「Global Greening」(世界の緑化)という言葉がある。

2017年の米カリフォルニア大の研究では、産業革命前より今の方が、世界の植物の合計で、光合成により31%も二酸化炭素を吸収して有機物に変換した量が増えているという推計が出ている。これは植林による森林の増加に加えて、前述の理由によるものだ。

ただし、この研究チームのエリオット・キャンベル同大教授は、温暖化懐疑論者・批判論者に自分の研究が使われていることを懸念している。光合成の量が増えたからと言って、温暖化が生態系の維持や食物増産に役立つわけではないと強調している。(ニューヨークタイムス2018年7月30日記事「Global Greening’ Sounds Good. In the Long Run, It’s Terrible」「素晴らしく聞こえる世界の緑化」「長い目で見ると怖い話」)

その2・農業生産では悪影響だけではない地域もある

世界の農業生産は気候変動によって総じて悪影響を受ける。特に熱帯地域は、過剰な気温上昇、水資源の減少によって悪影響が多い地域が目立つ。一方で、温帯地域では気温上昇で、農作物は増産し、影響は限定的とみられる地域もある。

以下はOECDの2016年発表のリポートの図だ。赤い部分が2050年までに温暖化で農業生産の減る地域、青い部分が増える地域だ。日本は農業生産が0~15%増える地域である。

この日本が穀物・食物を輸入する、北米、南米、アジアの多くで食料生産に悪影響を与えるところは多い。それによる悪影響は警戒しなければならない。しかし温暖化の影響は、マイナスばかりではなく、さまざまな形で進むことを示す地図であろう。

その3・寒さによる健康への悪影響は減る

健康では温暖化がプラスになる場合もある。英医学誌ランセットは、気候変動と健康をめぐる国際共同研究を2021年に公開した。(記事)

この研究では、世界で2000~2019年の地球の平均気温と超過死亡の関連を調査した。このうち寒さによる超過の死者は459万人、暑さによる死者は49万人で、調査地点での平均気温は10年ごとに0.26度上昇した。「地球温暖化が、気温に関係する死者をわずかに、減少させる可能性がある」としている。

4・地域によって温暖化の被害は違う

P C C(気候変動に関する政府間パネル)は、毎回の報告で気候変動の被害は温帯、亜寒帯にある国よりも、熱帯付近の国に集中し、温帯の影響は限られると、第3次評価報告書(2001年)の政策決定者向け報告で指摘していた。第4次(2007年)、第5次報告(2014年)では消えている。これは国際世論に配慮して、政治的な論争を避けるために外した可能性がある。

報道ベースだが、確かに温暖化をめぐる日本の影響は、他国に比べて小さいように感じる。筆者の気候をめぐる印象だが、体感温度は上がり、周囲の生態系は10年前、20年前などと比べ、夏が暑くなったり、冬の訪れが遅れたりするなど、微妙に変化しているように見えるが、それで人生が大きく変わったほどでもない。これは多くの日本に住む人に共通する感想だろう。

◆「ガラパゴス」日本ゆえのメリットを活かす

こうした情報を整理すると、植物の育成や人間の健康などの面で、気候変動は総じて悪影響が多いものの、「地球が滅びる」かのような過激な未来は起こらなさそうだ。気温上昇は生活にプラスになることもあり、気候変動はさまざまな影響を与えながら進行している。

しかし恐怖をあおる情報ばかりが、気候変動問題は拡散している。特に、西欧、北欧のメディア、政治家・政治活動家、有識者の発信する情報が過激になっている印象だ。例えば、スウェーデンの環境活動家の少女グレタ・トゥーンベリさんの過激なパフォーマンスと、地球が滅びるかのような主張が、これら地域の一部の人々にもてはやされている。

日本は、良くも悪くも、欧米の政治・社会議論のトピックから遅れている、もしくは隔離され流行しないという「ガラパゴス」の面がある。気候変動をめぐる欧州の奇妙な熱狂は日本にはない。有識者とメディアの勉強不足と世論の関心の低さから伝わっていない。グレタさんの姿も、違和感を述べる意見が目立つ。これは今の状況では逆にメリットではないだろうか。

筆者は気候変動で、いわゆる陰謀論、懐疑論を唱えるつもりはない。人為的な温室効果ガスの排出増大の影響で、世界の気温は上昇すると思う。しかし、そこから発生するデメリット、メリットを考え、その対策のお金や手間のコストを同時に考え、それぞれを比較して、社会と個人の利益を最大限にするべきと思う。

麻生氏は深く考えて、失言をしたのではないだろう。しかし、その議論をきっかけに、気候変動・温暖化問題、いやそれ以外の社会問題でも、「世界は滅びる」式の過激な議論を信じるのではなく、本当のところはどうなのかと確認する習慣が広がればいいと考えている。今は過激な議論に引っ張られる可能性が出ているためだ。

物理学者のマリー・キューリー(1867—1934)の言葉を思い出す。

「人生において怖れることは何もない。ただ理解すべきことがあるだけだ」。

恐怖や感情の影響で、物事の真実をゆがんで受け止めることは危険ということを、キューリーは言いたかったのかもしれない。それは気候変動問題でもあてはまる。

【特集1】エネルギー政策通がそろった岸田政権 原子力の長期低迷を打破できるか


10月4日に発足した岸田政権では、甘利明幹事長を筆頭に党内きってのエネルギー政策通が顔をそろえた。
「経産内閣復活」の呼び声も高い中、震災以来の長期低迷が続く原子力政策を立て直すことができるのか。

「今こそわが国も、新しい資本主義を発動し、実現していこうではありませんか」

岸田文雄首相は10月8日に開かれた国会の所信表明演説で、9月の総裁選から訴え続けてきた「新資本主義」を目指す経済政策を声高らかにぶち上げた。この「キシダノミクス」の中核をなすのが「成長と分配の好循環」だ。

実はこの目玉政策、経済産業省の産業構造審議会でいち早く議論されていたものだ。経産省事務局が6月4日会合で提示した二つの資料がある。一つは『経済産業政策の新機軸』。コロナ禍の欧米や中国で大規模な財政支出を伴う新産業政策が台頭している状況を紹介しながら、日本での「産業政策の新機軸」を提唱。8月23日公表のアップデート版には「コロナを経た新たな資本主義の追求の動き」という文言が盛り込まれた。また『今後に向けた大きな方向性(案)』では、①経済×環境の好循環、②経済×安保の同時実現、③経済×分配=包摂的成長、④デジタル前提の経済・社会運営―を明記。これは、経産省の来年度予算要求の土台になっている。

「菅政権時代、河野太郎(前規制改革相)、小泉進次郎(環境相)の両氏に煮え湯を飲まされてきた経産省の幹部は、先の総裁選で一致団結して岸田氏を応援した。その甲斐あってか、岸田政権下では経産官僚が再び台頭する格好になった。新たな資本主義、成長と分配といったキシダノミクスのキーワードはその象徴といえる」(大手エネルギー会社幹部)

新政権で注目の官邸人事 幹部議員は原子力政策通

注目は官邸サイドの人事だ。安倍政権時代の首相秘書官だった今井尚哉氏が前政権に引き続き内閣官房参与で留任したほか、首相秘書官には今井氏と同期で元経産事務次官の嶋田隆氏と、菅前首相の信頼が厚い前商務情報政策局長の荒井勝喜氏の二人が就いた。

その上で岸田政権の陣容に目を向けると、経産官僚と太いパイプを持つ有力議員が顔をそろえる。筆頭格は経産相や経済再生相を歴任した甘利明幹事長だ。また高市早苗政調会長、山際大志郎経済財政相は経産副大臣を経験。この3氏はエネルギー、とりわけ原子力政策に造詣が深いことで知られる。

「(2030年度温暖化ガス削減目標は)安全が確認された原発30基の再稼働が前提。今は9基しか動いていないのでこれをどうするかだ」「全電源が途絶えても自分で冷却できる仕組みのSMR(小型モジュール原子炉)に入れ替えていく必要がある」――。

10月17日、NHK「日曜討論」に出演した甘利氏は、脱炭素化の観点から原子力政策の重要性を訴えた。エネルギー基本計画のベースとなっている「エネルギー政策基本法」制定に携わるなど、党を代表するエネ政策通だけに、業界からの期待も高い。

高市氏のスタンスも同様だ。先の総裁選では、討論会や記者会見でエネルギー政策が話題に上るたび、「SMRの地下立地」や「国産技術による核融合炉開発」の必要性を強調。原子力推進の旗幟を鮮明にしている。

麻生派で甘利氏に近い山際氏も原子力推進派だ。党の総合エネルギー戦略調査会事務局長として、今般のエネ基見直しに尽力。当初は「原発の新増設・リプレース」を計画に盛り込むべく奔走したものの、公明党や河野―小泉ラインの反発により断念。代わりに「必要な規模の持続的活用」を入れ込んだ立役者である。

次はクリーンエネ戦略 原子力低迷の打破なるか

所管省庁の萩生田光一経産相は、どうか。通商政策の手腕は未知数な半面、文部科学相を務めた経験から、使用済み核燃料問題や高速炉など原子力技術開発に知見を持つ。就任後初の会見では原発再稼働に加え、核燃料サイクル・再処理路線の必要性に言及した。

COP26(温暖化防止国際会議)開催を控えた10月22日、第六次エネ基が閣議決定された。書きぶりを巡って紆余曲折があったものの、おおむね原案通りの内容だ。これにより次なる政策課題は、岸田首相が所信表明で言及した「クリーンエネルギー戦略」に移る。関係者によれば、原子力政策の長期低迷を打破し脱炭素電源として前進させることが大きな狙いの一つ。その意味で、日曜討論での甘利発言は実に示唆的といえる。

しかし依然として原子力の前途は多難だ。立法府では多くの政党が相変わらずの脱原発路線。衆院選公約を見ても、最大野党の立憲民主党が「50年自然エネ100%」を打ち出したほか、共産党や社民党、れいわ新選組が「即時」か「速やかな」原発ゼロを掲げた。与党の公明党でさえ「原発ゼロ社会を目指す」構えだ。一方で国民民主党が「既存原発の活用」、日本維新の会が「次世代炉の研究」を挙げている点は要注目だ。

果たして有権者の審判を経た岸田政権は、原子力政策の立て直しに向け、どんな一手を打ってくるのか。司令塔の甘利氏が過去の金銭授受問題を巡る逆風にさらされる中で、今後の政策動向にエネルギー業界の視線が集まる。

【目安箱/10月14日】選挙で忘れられた、原子力立地地域の苦悩を知ろう


2021年に衆議院選挙が行われる。原子力は論点の一つだが、それをめぐる議論で忘れられがちな問題がある。原子力施設の立地地域の問題だ。この地域の人々は国と事業者による原子力政策に協力してきたのに、原子力発電所の長期停止で経済的な利益が失われ、原子力の先行きが不透明になっているために地域の未来が見通せない状況にある。

筆者は首都圏に住むエネルギーの関係者で、立地地域の声を伝える事がふさわしい立場なのかの思いはあるが、誰もその声を伝えないのでこのコラムで紹介してみたい。

◆届かない原子力立地地域70万人の声

「原子力立地地域に住む人は全人口の0.6%、70万人。その声は社会になかなか届かない」。ある立地する町の町議会議長が語っていた。全国原子力発電所所在市町村協議会の24市町村と準会員6市町村(近接地域も含む)の自治体の人口だ。

日本全体から見ると少ないかもしれないが、70万人というのは大変な数の人だと思う。社会的に人気のない原子力施設と、それらの人々が共存して暮らし、日本の電力を支えてきた。これは、その他の地域に住む99%の日本国民が重く受け止めるべき事実だ。

原子力施設の今ある場所では、主に1970年代から始まる長い地域内での議論の末に原子力施設を受け入れた。そうした場所を報じるメディアで登場する人は、なぜか原子力の反対派ばかりだが、それは少数派だ。多くの場所では、地域の人々は合意の上に原子力を受け入れ、共存している。当然、官民による教育や、施設が身近にあることで肌感覚もあり、住民は原子力の知識があり、落ち着いてそれに向き合っている。こうした地域では2011年の東京電力の原発事故以降に、日本各地でみられた原子力への事実に反する風評の流布も、パニックもなかった。

こうした場所の多くは、原子力発電所と経済的に密接に結びついている。原発は、巨大な電気を作る工場で、そこで何千人もの人が関連企業を含めて働く。地元には雇用の恩恵があるし、発電所に関係した経済活動が行われる。東電の事故以降、そういう経済活動を「利権」とレッテルを張り、糾弾する政治活動家がいた。しかし筆者は不快に思った。部外者がそのような営みを批判できる資格はないはずだ。

原子力を巡って、おかしなお金の動きはあったかもしれない。2018年に発覚した福井県高浜町の元助役が関西電力幹部に金をばらまいていた事例はその一例だ。しかし地元住民はそうしたおかしな動きとは縁がない。原子力施設が地元にある意味を真剣に考え、地域のために、自分の利益のためにと思って、その誘致を受け入れた。原子力を巡る賛否を言うのは自由だが、その発言をする場合には立地地域の人々のことを真剣に考えるべきだ。

残念ながら、原子力全廃を唱える人からは、原子力立地地域の経済活動への配慮で、適切な政策を聞いたことはない。

◆地元の声を聞かない反原発運動

立地地域の人々も、他所からの無責任な発言に冷ややかだ。かつて筆者は、茨城県の原子力施設の近くの旅館経営者が、今から40年ほど前のその地元での反原発運動を次のように語っていた。「原子力反対を叫ぶ人が、勝手に東京から来て、勝手に騒ぎ、勝手に帰っていった。私たちの意見を聞き、話をすることもなかった」。こんな調子の自分勝手な反原発運動は、立地地域の人の心をとらえることはなかった。

今回の自民党総裁選では、河野太郎氏が脱原発と、核燃料サイクルを止めることを強く訴えていた。「核燃料サイクルが止まるということは、使用済核燃料が原子力発電所内にとどまること。私たちとしてはリスクがそのままになるということ。軽々しく言ってほしくない」と福井県の立地町の地方議会議長が、9月に行われたシンポジウムで話していた。そして河野さんの脱原発の主張を、「不安に思っている。私たちの未来はどうなるのか」と述べていた。当然の心配だ。

原発の立地は商業用原発で13道県になる。この前の自民党総裁選では、そこから出ている国会議員票と地元県連票はほぼ河野太郎氏に投票しなかった。原子力立地地域への対応策を出さなかった以上、河野氏のこの選挙での敗北は当然だったかもしれない。

◆原子力立地地域のことを忘れたままでいいのか?

2021年秋に衆議院選挙が行われる。自民党は菅政権における河野・小泉の過激な環境政策を、岸田新政権では採用しない。岸田政権も多くの議論も、エネルギー・環境ではなく「分配」「新型コロナ」を選挙の論点にしようとしているらしい。

そして立憲民主党の原子力への議論は、過激なものではなくなった。同党は五月雨式に政策を打ち出したが、エネルギーの発表は第7番目。明らかに熱意がない。そして表題を「自然エネルギー立国の実現」とし、「原子力発電所のない社会」を目指すとしているが、即座の原発停止は訴えなかった。支援団体で企業労働組合の入る連合に配慮したのだろう。

2011年の東電の原発事故以来、年々関心の低下した原子力問題が、ようやく選挙で表に出てこない状況が生じた。世論や感情に振り回されたエネルギー、特に電力問題が落ち着いて議論ができる状況が生まれた。それは好ましいことだ。(筆者の記事【目安箱/8月18日】選挙に振り回されるエネルギー政策は問題だらけ

しかし原子力をめぐる状況は、東電の事故以来、混乱し壊れたまま、放置されている。そして世間の大半と国政政党から原子力は忘れられようとしている。それで取り残されるのは原子力立地地域の人たちだ。原子力を国策として進めた政府、原子力の賛否について熱く語った、そして今関心を失った日本の多くの人は、原子力施設の立地地域のことを、それをどう考えるのだろう。無責任すぎる。

もちろん各地域にある問題を国のみが解決できるわけではない。地方自治体、そして住民、地元企業の共同作業が必要だ。しかし原子力は、「国策民営」として、建設、運用の過程で国が大きな影響をしてきた事業だ。その国の政策変更で原発が止まり、原子力の未来が不透明になった。原子力災害に直面した福島県は復興という別の問題に取り組まなければならないが、その他の原子力立地地域を国が放置することはおかしい。

原子力発電所の運転停止や廃炉をめぐる支援の形、そして原子力の未来像は国しか示せない。もちろん原子力をめぐり、すぐに万人が納得できる答えが出るとは思えないが、原子力立地地域のことを多くの人が考えない状況は変わってほしい。

【記者通信/10月6日】資源暴騰の影響回避へ 「原発緊急再稼働」の政治判断を問う


世界的なエネルギー危機に発展していくのか。米ニューヨーク市場でエネルギー資源の先物価格が暴騰している。10月6日夕現在の取引価格をみると、原油が1バレル当たり78.9ドル、天然ガスが100万BTU当たり6.27ドル、石炭が1t当たり269.5ドルとなっている。特筆すべきは石炭だ。昨年の同時期は50ドル台で推移していたことを踏まえると、1年間で何と5倍近くも値上がっている状況だ。もちろん過去最高水準である。

脱炭素化を目指す世界的潮流から、本来なら石炭の需要が落ち込み価格も下落傾向にあっていいはずなのだが、現実は真逆。この背景には、コロナ禍の収束に伴う経済回復が想定を超えるスピードで進み、欧米、中国、インドなどでエネルギー需要が急拡大していることがある。

そうした状況下にもかかわらず、脱炭素化による資源開発投資の停滞などから供給不足が発生。また太陽光や風力など再生可能エネルギーへの依存度が高まる中で、「無風無光」という天候不順などから再エネ発電がうまく機能せず、火力発電への回帰現象が見られることも、価格暴騰に拍車を掛けていると見られる。需要期の冬場に向けては、さらなる需給ひっ迫・価格上昇も予想されることから、「天候次第では、わが国が今年の冬を上回る電力危機に見舞われる可能性も否定できない」(中堅新電力幹部)。

こうしたエネルギー緊急事態ともいえる情勢の中で、エネルギー関係者の一部から聞こえ始めているのが、「原子力発電所の緊急再稼働」という奥手の政治判断の発動だ。「原子力規制委員会の適合性審査にすでに合格しながらも、地元同意など手続き上の問題からまだ稼働していない原発。足元の有事に対応するため、政治判断による特例措置として緊急的に動かすべきではないか」。某エネルギー会社の幹部はこう指摘する。

有力候補は女川2号か 問われる岸田政権の英断

現在、審査に合格し未稼働の原発は、東北電力女川2号機、東京電力柏崎刈羽6号機・7号機、日本原子力発電東海第二、関西電力高浜1号機・2号機、中国電力島根2号機がある。このうち、まだ原発が1基も動いていない50Hz地域にあって、訴訟やテロ対策などの大きな問題を抱えていない女川2号が、まずは緊急再稼働の対象として考えられそうだ。

「今から取り急ぎ準備に入れば、最需要期の来年1~2月には間に合うのではないか」(前出幹部)。もちろん女川以外でも、動かせる原発は順次稼働させていくことが求められる。2012年4月、当時の野田佳彦政権は夏場の需給ひっ迫に対応するため、定期検査で停止中だった関電大飯3号機・4号機を政治判断で再稼働させた実績がある。当時と比べ再エネ依存度が飛躍的に高まっている現在、電力需給面の不安定さは9年前どころではないだろう。それは、英国や中国など世界各地で起きている異常事態を見れば明らかだ。

「ベースロード電源に厚みを持たせることが、不安定な再エネ電源リスクを回避するための有力な手段になる。石炭火力が燃料調達面で問題を抱えているのであれば、もはや頼りになるのは原子力しかない」(前出の新電力関係者)

岸田新政権は、国益を守るための政治判断に踏み切れるのか。「国民の声を聞く内閣」の手腕が問われる。

【記者通信/10月6日】小泉路線踏襲の山口環境相 「再エネ最優先」重ねて強調


小泉進次郎・前環境相が主張していた「再生可能エネルギーの最優先、最大限導入の原則」を継承する――。山口壮環境相は10月5日に行われた初の閣議後会見で、環境エネルギー政策について、こう繰り返し強調した。主な発言内容をざっと紹介する。

「行政にとって一番大事なことは継続だ。特に小泉前環境大臣は頑張ってやってこられたわけだから、その路線は踏襲する。2050年カーボンニュートラルとか、あるいは2030年度46%削減とか、(政府・与党において)きっちりした話が積み重なっているので、それを大事にしていきたい」

「原子力についても、党あるいは政府で相当きちっとした議論がなされている。(原発を)できるだけ低減させていくという一番のゴールはあるが、他方で、日本全体の声をよく聞いていきたい。小泉さんがやってきたことは原則引き継ぎながら、(産業界などの)いろんな声をよく聞いていきたい」

「(原発派)明日すぐになくせるわけではないし、廃炉にするにしても何十年もかかる。それに必要な体制も整備しておかなくてはならない。また小型炉など新しい原子力の形も出てきているようだから、科学的にどんな安全性が確保されているのかも含めて、いろいろ考えていく必要がある。(いずれにしても)原子力については長期的にできるだけ低減させていく中で、再エネの最大限導入を踏まえながら(政策を)考えていくのが正しいと思う」

「原発については、安全を最優先して、再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する、ここに尽きる」

「再エネ最優先、最大限の導入を促して、結果として、石炭火力の依存度をできるだけ引き下げていくと、そんなふうに捉えている。だからこそ再エネ最優先、最大限導入を一生懸命やれば、そういう話になっていくのでは。結局、再エネ最優先、最大限の導入を徹底的にやっていくことに尽きる」

環境省優勢だったパワーバランスは逆転か

1時間弱に及んだ会見で、山口氏が訴えたのは「再エネの最優先・最大限の導入」「小泉氏が敷いた路線の継承」だ。萩生田光一・経済産業相が初会見で、エネルギー政策について「S+3E」の原則の重要性や核燃料サイクルの推進を強調したのとは、一線を画す内容といえよう。菅義偉・前政権下で鮮明化した環境省と経産省の対立構造は、岸田政権下ではややトーンダウンしながらも継続する公算が大きい。

とはいえ、環境省優勢だった両省間のパワーバランスは逆転する可能性が濃厚だ。「小泉氏は父・純一郎元首相の血を受け継ぎ、情報発信力の面で優れた手腕を発揮していたのに対し、山口氏は率直に言って地味。また小泉氏が頼りにしていた急進的再エネ推進派の河野太郎氏も、規制改革相から外れて閣外に去った。しかも岸田政権では、経産省とつながりの深い甘利明幹事長や高市早苗政調会長らが要職に就いている。今度は、経産省のプレゼンスが確実に高まるだろう」(永田町関係者)

いずれにしても、国家・国民の利益追求の観点から言えば、原子力、再エネにこだわらず、安価でクリーンなエネルギーが安定的に供給されることが何よりも重要。そのためには、両省がエネルギー政策での連携を強化することで、縦割り行政の弊害を可能な限りなくしていくことが不可欠だ。やはり「エネルギー省」の創設を考えるべき時が来たのかもしれない。

【記者通信/10月5日】萩生田経産相が原子力で持論展開 エネ基は月内閣議決定へ


萩生田光一経済産業相は10月5日、就任後初の閣議後会見を行い、経済産業政策における緊急重要課題として①コロナ禍で傷んだ日本経済の再興、②「S+3E」を大前提としたエネルギー政策の推進、③福島第1原発から出る処理水の海洋放出をはじめとした福島の復興――の3点を挙げるとともに、月内に第六次エネルギー基本計画の閣議決定を目指す考えを明らかにした。

萩生田氏は会見の冒頭、着任にあたって岸田文雄首相から「処理水の海洋放出に向けた万全の風評防止対策など、福島第1原発の廃炉、汚染水、処理水対策や、福島再生に全力を挙げて取り組むこと、(中略)エネルギーの安定供給に万全を期すとともに、2050年カーボンニュートラルを実現し、世界の脱炭素を主導するため、再エネの最大限の導入促進、省エネの推進、安全性が確認された原発の再稼働、新たなクリーンエネルギーへの投資支援に取り組むこと」などについて指示があったことを明かした。

その上で、まず福島復興について、「経産省の最重要課題。福島第1原発の廃炉は復興の大前提であり、中長期ロードマップに基づいて、東電任せにしないで、国が前面に立って安全かつ着実に進めていきたい」「処理水の処分では本年4月、厳格な安全性確保と風評対策の徹底を前提に海洋放出するとの基本方針を決定した。8月には、風評を生じさせないための当面の対策を取りまとめたところで、政府を挙げて理解醸成に取り組んでいく」「帰還困難区域に関しては、特定復興再生拠点区域の整備を行うとともに、拠点区域外についても、政府方針に基づき、帰還意向のある住民の方々全員が帰還できるように着実に進めていく」などと述べた。

またエネルギー政策については、「S+3Eを追求することが最重要課題だと考えている。その大前提のもと、2050年カーボンニュートラルや、2030年度の新たな削減目標の実現に向けて、日本の総力を挙げて取り組むことが必要だ。徹底した省エネ、再エネの最大限の導入、安全最優先での原発再稼働などを進めていく」と強調した。

使用済み核燃料の再処理路線を堅持

萩生田氏は、文部科学相や文部科学政務官を務めた経験から、使用済み核燃料の再処理や高レベル廃棄物の最終処分などの核燃料サイクル政策、高速炉などの原子力技術開発に関して、豊富な知見を持つ。会見では、わが国の原子力政策について次のような持論を展開した。

「立地地域の方々や国民の理解を得ながら、安全性を最優先として原子力発電所の再稼働を進める」「高レベル放射性廃棄物の減容化、有害度の低減、資源の有効利用の観点から、使用済み燃料を再処理し、回収されるプルトニウムなどを有効利用することが政府の基本方針」「政府としては、利用目的のないプルトニウムは持たないとの原則を堅持する方針。昨年12月には電気事業連合会がさらなるプルサーマルの推進を目指す方針を明らかにした。こうした方針に基づいて、プルサーマルを一層推進することで、プルトニウムの利用拡大が進むと考えている」「高速炉については、核燃料サイクルのメリットをより大きくすると認識しているので、わが国での研究開発、人材育成の取り組みが途絶えないよう、『常陽』の運転再開などに政府として取り組み、さらに米国やフランスなどの国際協力の下、高速炉の運転開始に向けた研究開発を着実に進めていくことが重要だと考えている」――。

先の総裁選では、立候補した河野太郎・前規制改革相が、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の中止などを理由に核燃料サイクル政策の見直しを提起したことで、電力業界に衝撃が走ったが、萩生田氏は「核燃料サイクルの推進」が政府の方針であり、自身としても「再処理路線」を堅持していく姿勢を改めて強調した格好だ。

萩生田氏は、第六次エネルギー基本計画の見通しにも言及。「政府内での協議を終え、与党の皆さんにもご理解を、ご了解をいただいた上で、ちょうど昨日までパブリックコメントを実施した。今後、意見の取り扱いを検討した上で、10月末から始まるCOP26(温暖化防止国際会議グラスゴー会合)に間に合うよう、閣議決定を目指していきたい。2030年度まで10年を切っている。早期に計画に実行できるように努力をしていきたい」との考えを示した。