欧州では昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー情勢が激変している。これを受けて、家庭用市場も新たな動きが出てきた。国内でも参考となる事例を専門家が解説する。
2022年2月、ロシアによるウクライナへの侵攻で欧州のエネルギー情勢は激変しエネルギー危機をもたらした。ロシアへの制裁措置としての天然ガス調達削減は欧州全体にエネルギー価格高騰による経済的な影響を与えるだけでなく、エネルギー供給途絶に対する心理的不安も与えた。
その後、欧州委員会は同年5月に「省エネ」「エネルギー調達先の多様化」「再エネ移行の加速」の三つを主要施策とするREPowerEU計画を提案。27年に向けてロシア産ガスの依存をゼロにするとともに、50年までに温室効果ガス排出が実質ゼロとなる「クライメイト・ニュートラル」実現に向けコミットメントを強化している。
その結果、欧州のエネルギー市場においてはさまざまな動きが起きているが、今回家庭用市場にフォーカスし、新たな三つのトレンドと今後の日本市場への示唆について解説していく。
一つ目のトレンドは家庭用市場におけるヒートポンプ(HP)の普及拡大である。欧州の家庭用暖房システムはガスボイラーによる温水循環方式が一般的であり、温室効果ガス削減のためには、本領域における経済性の高い対策実施が重要となっている。従来ガスボイラーから温水循環型HPへの入れ替えは、初期投資およびランニングともにコスト上昇となり経済性が成立しなかった。しかしながら、天然ガス価格の高騰でランニングコスト差が相対的に減少したことにより、HP方式への転換による投資採算性が改善した。
その結果、21年の欧州におけるHPの販売台数は前年比30〜50%以上で急拡大している。今後のHP普及拡大に向けては初期投資コスト低減、工事施工作業者の育成、機器生産能力の確保など課題はあるが、REPowerEU計画においてロシアからのガス依存脱却に向けHPの普及は重要な施策と位置付けられているため、今後HPの普及はさらに拡大が予想される。
二つ目のトレンドはHEM(ホームエネルギーマネジメント)普及拡大だ。「クライメイト・ニュートラル」実現に向け家庭用市場においては、太陽光発電と蓄電池による自家消費比率の拡大、暖房・給湯領域の電化、EV充電設備の導入などが拡大しているが、これらの設備の導入に伴いHEMシステムの導入も拡大している。英国LCP Delta社の分析では、20年にはHEMシステムは欧州全体で年間22万件に導入されていたが、今後30年までに累計1000万件以上が導入されると予想している。
欧州でのHEMとは、家庭内でのエネルギーフロー全体のタイミング、使用量、組み合わせを自律的(自動的)に監視、制御、最適化する仕組みであり、快適性やCO2削減などの需要家の意向を最適化するだけでなく、外部からのエネルギー価格情報との連携により、需要家の経済メリット最大化を同時に実現するシステムである点が最大の特徴である。
また需要家の経済メリットでは、家庭内における自家消費の最大化、TOU(時間帯別料金)に基づく負荷シフトなどにより電力コストを最小化するだけでなく、電力システム(系統)側に需要家アセットを活用したDSF(デマンドサイドフレキシビリティ)を提供することで、TSO(送電管理・系統運用者)におけるアンシラリーサービス、小売り事業者やVPPにおけるインバランス抑制として活用し創出される金銭的価値の一部を需要家が共有することも含まれている点が重要なポイントだ。
ヒートポンプ需要拡大 HEMシステム導入進む
三つ目のトレンドは、需要家におけるリスク低減ニーズの拡大である。今回の欧州エネルギー危機の結果、欧州の家庭用需要家においては温室効果ガス排出量やコスト削減のニーズに加え、エネルギー価格高騰におけるリスク回避ニーズも拡大している。その結果、家庭用需要家の初期投資コストと運用コストの両方のリスクをサービス提供事業者が担保するEaaS(Energy as a Service)も新たに誕生している。例えば、オランダe-conic社などでは太陽光発電、HP、蓄電池、EV充電器などを初期投資不要で毎月定額で提供する家庭用向けのEaaSがスタートしている。これまで家庭用におけるEaaSの事例が少なかったが、今回のエネルギー危機で今後同様のモデルは拡大していくと予測されている。
欧州エネルギー危機による家庭用市場における新たな三つのトレンドについて紹介したが、国内市場においても同様なニーズが拡大すると想定される。
つまり家庭用エネルギー消費構造が太陽光発電や蓄電池、HP給湯機、EV充電の普及拡大に伴い電力消費比率が高くなる一方、今後も化石燃料の価格高騰リスクも継続すると想定されるため、欧州同様に家庭用需要家におけるエネルギーリスクへの不安は拡大すると想定される。
そのため、今後の国内家庭用市場でも欧州と同様に需要家宅内の快適性だけでなく、経済メリットを同時に最大化するHEMサービスや、初期投資コスト不要で太陽光発電や蓄電池、HP給湯機などを導入し月額定額で提供する家庭用EaaSビジネスのニーズは拡大すると予測される。
今後の市場環境の変化により、これ以外にもさまざまな新たなニーズが生まれるだろう。継続的な欧州市場の分析に基づく国内市場への事業検討は、今後さらに重要になっていくと見ている。