難しい運転と建設の両立 コロナ感染症対策を徹底


【発電所編/中国電力】

中国電力の三隅発電所(島根県浜田市)は同社最大の石炭火力発電所だ。国内トップクラスの電源競争力を目指し、1号機(100万kW)の安定運転とともに、2号機(100万kW)の確実な建設工事の推進を指針として掲げている。

三隅発電所の全景

発電所内の対策に万全期す 中央制御室の入室も制限

2号機の建設は2018年7月から敷地整備などの準備工事を開始し、同11月に本体工事を着工した。現在、ボイラー設備では、ボイラー耐圧部の組み立て工事、タービン建屋では脱気器や給水加熱器など補機の据え付けを実施するとともに、配管工事や発電機・蒸気タービンの搬入・据え付けに向けた準備工事を行っている。

バイオマス混焼にも積極的に取り組んでおり、新たに貯蔵設備を建設中だ。22年4月からの総合試運転を経て、22年11月の営業運転開始を目指す。

建設工事では、限られた敷地を効率的に運用することが工事を円滑に進捗する上で重要になることから、資機材のジャストインタイム搬入や、それを可能とするための配船調整に取り組んでいる。

1号機と2号機合わせて、出力は200万㎾になる

そのような状況の中、コロナ禍によって懸念されるのが、①資機材の納入遅延などによる建設工程への影響、②同社社員や工事請負会社作業員の感染症発生による建設工事の中断および長期化―などだ。

①では、海外からの資機材の調達遅れが懸念されたが、製品納入時期と現地における工事日程の調整、海外での設計業務を国内にシフトするなどの対策により、建設工事への影響は生じていない。
②では、構内の請負会社も含め、国が策定した業種別の感染拡大予防ガイドライン、中国電力の感染予防対策に加え、建設に関連する会社で定めた感染予防対策を踏まえた取り組みを実施中だ。新規入構者については、入構前2週間の健康状態を確認するほか、宿泊場所や通勤手段の把握なども徹底している。

河本修一所長兼建設所長は「三隅発電所では新型コロナウイルスの感染防止に全力を上げて取り組んでいます。勤務中のマスクの着用、発熱やせきなどの体調不良がないかの確認を徹底するなどの対策に加え、中央制御室など重要な箇所への入室は、真に必要な業務以外は禁止するとともに、入室時の手指消毒や運転員との離隔距離を対面2m確保するなどの対策を講じています。また、見学の受け入れも中止しました」と話す。

そのほかにも接触機会を低減するためにウェブ会議の活用、執務室への入室制限、食堂の時差利用などの対策を実施している。

産炭地の状況を把握 船舶受け入れも注意を払う

1号機の運用においては、前述のコロナ対策に加え、燃料調達への配慮も欠かせない。三隅発電所では、燃料とする石炭をオーストラリアから約4割、インドネシアから約3割、そのほかをロシア、米国、カナダ、南アフリカから調達している。「幸い、現在までにこれらの産炭地でコロナによる深刻な生産・出荷不調は発生していません。引き続き輸出国側の状況は注視していきます」(河本所長)

そうした中にあって、石炭船でのコロナ対策でも、船舶の受け入れ、揚荷役に際し、船員の体調確認、陸側からの訪船者(水先人、代理店、荷役作業員など)の検温および本船居住区への立ち入り制限、マスクの着用、船内のアルコール消毒の徹底、ソーシャルディスタンシングの確保などの対策を取っている。

また、コロナ禍において、石炭船だけでなく、全ての国際船舶で船員確保が課題となっている。国際労働機関(ILO)の海事労働条約や積地・揚地各国の規制にて、船員の連続乗船は最長1年程度とのルールがあるところ、国際線フライトの停止や各国の移動制限などにより、円滑な交代が困難な状況が続く。

「三隅発電所では、新たに交代乗船する船員は、日本国内へ入国する際のPCR検査結果や体調を確認の上、入管や検疫所の指示に基づき、陸側との接触を極力避けながら交代を行っています」と、河本所長は対策について説明する。

現在、1号機の安定運転も、2号機の建設も順調に進んでいる。河本所長は「1号機の安全・安定運転を継続しながら、2号機の建設工事を進めることは大変難しい作業です。これに加えて新型コロナウイルス感染症への対策が必要となりました。困難を極めますが、一人ひとりが三隅発電所を支えているという自負と全ての人が持ち場で輝けるよう、やりがい・達成感を持ちつつ、気を引き締めて作業を進め、22年の運転開始を迎えたい」構えだ。

運開への意欲を見せる河本所長

伊勢湾岸エリアで一体運用 基地間の連携で効率運用を実現


【ガス設備編/東邦ガス】

ものづくりの一大集積地を周辺に抱える伊勢湾の沿岸部には、エネルギー供給に欠かせない主要設備が立ち並ぶ。東邦ガスの知多緑浜工場もその一つ。2001年の運転開始以降、LNGタンクや気化器などの増設により、現在はLNG貯蔵容量62万㎘で年間ガス製造量は18億9000万㎥(19年度実績)に上る。実に、同社管内の供給量の約半分を賄う主力工場だ。

伊勢湾沿岸部に立地するほかの基地と一体運用を行っている点においても重要な拠点といえる。隣接地にはJERAと共同所有する知多LNG共同基地、対岸には四日市工場が立地する。同社は3カ所の基地を運用する中、海底の伊勢湾横断ガスパイプラインなどを使い、基地間で送ガスを相互にバックアップする体制を構築。また、知多地区と四日市地区間で送ガス量を調整し、LNGの在庫管理・調整が効率よく実施できている。

2カ所の桟橋により、LNGを効率的に受け入れられる

さらに、知多地区には受け入れ桟橋を2カ所に設置。知多LNG共同基地や知多エル・エヌ・ジーの知多LNG基地と共用することで、LNG船の同時着桟による2基地への同時受け入れといった効率的な運用を実現している。

このように、都市ガス供給の要であることから、コロナ禍にあってもガス製造に影響を与えないよう、さまざまな対策を講じて供給を継続している。運転員は、更衣室や食堂、トイレなどを日勤者と分けて使用し、動線を分離。中央監視室には、運転員以外の入室を禁止した。また、通勤時には公共交通機関は使わず、車での通勤を行っている。

一方、日勤者は勤務体制を2班に分け、執務室を分離して業務に当たるとともに、外部からの入構者に対してはマスク着用や入り口での検温、管理センターへの立ち入り制限などの対策を取っている。

デジタル化が奏功 非接触の引き継ぎを実現

同社が以前から進めてきた取り組みでコロナ対策に奏功したのがデジタル化だ。ペーパーレス化への取り組みの一環で、従来から運転員が勤務を交代する際に使ってきた引き継ぎ帳を廃止。代わりに大型のテレビモニターを導入し、業務内容を映しながらの引き継ぎを行っていた。

「この取り組みのおかげで、今回のコロナ対策として非接触でのリモート引き継ぎがスムーズに行えています」と、生産計画部生産計画第二グループの小澤康昭マネジャーはその効果を話す。運転員は24時間365日、2交替制で業務に当たっており、運用の継続には引き継ぎが欠かせない。接触を回避しながら引き継ぎができたことは、コロナ禍における感染拡大を防止し、供給維持に大きく貢献している。

そのほか、同工場では設備面においても供給維持の対策を取っている。主要設備には予備機を設置するとともに、配管や電源は2系統化し、ポンプや気化器、モーターといった機器類を分散して系統に接続することで、メンテナンス時にも送ガスを継続できる運用を行っている。

海岸部の立地上、自然災害への対策も重要だ。伊勢湾は志摩半島と渥美半島が天然の防波堤の役割を果たしており、南海トラフ地震による津波は、海抜基準で4m程度と想定されている。
小澤マネジャーは「工場の地盤は津波が想定される高さ以上にあるものの、越波による浸水などに備え、保安レベルを向上させる対策を実施しています」と話す。

重要設備を対象に、冠水防止対策として、電気設備の移設・かさ上げをはじめ、水密扉への取り換えやケーブルピット(ケーブルを敷設するための床下の溝)の止水を実施した。また、工場北東部にあるヨットハーバーからヨットが漂流して工場設備に衝突することを想定し、漂流物防止柵を設置。津波高さ検知装置を設置するとともに、カメラを増設し、監視機能も強化した。

同工場は来年、運転開始から20年の節目を迎える。コロナ禍や自然災害への対策とともに、各設備の劣化状況や他工場での実績などを加味した高経年化対策も推進しながら安定供給を続けていく。

長期戦で非常事態に挑む バックアップ体制強化で供給維持


【発電所編/JERA】

東京湾岸地域に立地するJERA・川崎火力発電所は、首都圏や京浜工業地帯にとって欠かせない存在だ。1961年に運転を開始して以降、時代ごとの最新技術を積極的に取り入れながら、需要家の元に安定した電気を供給し続けている。

17年にリプレース工事を終え、現在は燃焼温度1500℃級ガスタービンを備えたMACC発電設備(50万kW)4基と、同1600℃級のMACCⅡ(71万kW)の2基で構成され、総出力は342万kWにのぼる。発電効率はMACCが58%、MACCⅡが61%と世界最高水準の発電効率を有し、首都圏や工業地帯の電力供給の一翼を担っている。

世界最高クラスの発電設備が安定供給を支える

また、コンバインドサイクル発電により、ガスタービンから出た排ガスの余熱で作られた蒸気はタービン発電機に利用される。その一方で、近隣にある千鳥・夜光コンビナート地区の工場9社に蒸気供給も行っている。電気のみならず、熱供給の拠点としても同発電所の果たす役割は大きい。

そうした中、今年2月頃から日本で新型コロナウイルスの感染が広がり始める。「大変な状況だが、おそらく数カ月程度で落ち着くだろうと考えていました」。木村修一所長は当時をこう振り返る。

手順書で作業を共有 テレワーク率7割に

しかし、この認識は程なくして覆される。発電所を訪れた安全衛生委員会の専門医の見立てでは「この事態は年間レベルで続く」とのこと。この言葉を受け、同発電所では、「長期戦を覚悟」(木村所長)した対策に乗り出した。

最も重視したのが、安定供給の要ともいえる現場の当直員への対応だ。事務所内では、当直員と日勤者との動線を分け、お互いの接触を最少化。食事などの専用スペースの確保をはじめ、更衣室やトイレなども日勤者とは別の場所を用意した。

また、通勤にも配慮した。発電所は最寄りの川崎駅から離れており、バスでの通勤が基本だ。以前から実施している時差通勤やフレックスタイム制に加え、バスの車内混雑を避けるため、当直員は自家用車やタクシーを使って通勤している。

感染拡大後の事業継続に向けた対策も重要だ。当直員の勤務体制は4人で1班を構成し、4班が2交代勤務でプラントを運用している。この中で感染者、もしくは感染の疑いがある当直員が出た場合、その班のメンバーは全員在宅勤務に移行。代わりに、川崎火力の当直の経験がある日勤者で構成したバックアップ班を3班整えた。

プラントの運用には、当直員の現場経験が何よりも生かされる。そこで、今はほかの発電所に勤務する社員の中から、川崎火力での当直経験者を選抜し、バックアップ班を構成する体制も整備した。このように、発電所間でも連携し、二重三重でバックアップする体制を取っている。

感染症対策に取り組む中央操作室の様子

一方、業務の共有化も積極的に進めてきた。その一例が発注業務だ。火力発電所では、窒素酸化物を除去するため、排ガスにアンモニアを注入している。そのアンモニアの発注量を決める際、現場担当者がプラントの発電実績に基づいて発注量を決めている。

木村所長は、「これまでは個人単位で業務を行っていましたが、各作業の手順書を作成しました」と説明する。これにより、細かいノウハウを必要とする作業も、代理の担当者でも業務をスムーズに進められるようになった。

同様に、総務グループや広報グループといった事務系業務の所員にも業務の共有化を拡大。経験のない事態に「本当にできるのか」という不安の声も上がっていたが、徐々に所員にも共有化が定着していった。

その結果、所員70人のうち約半数の在宅勤務を実現。さらに、この効果は緊急事態宣言の発令直後に如実に表れ、現場作業が多い発電所という職場環境ながら、テレワーク実施率約70%という高水準を達成した。

需給構造の変化に対応 運用性をさらに向上へ

取材した9月上旬、発電所の稼働率は、昨年の同時期と比べて若干低下したものの、発電機を起動停止して出力を調整するまでには至らず、例年ベースでの運用が続いている。また、近隣の工場への蒸気供給量は各社の事業活動の縮小が影響し、1割程度低下している状況だ。

一方、コロナ対策以外にも、エネルギー業界全体を取り巻く環境の変化により、その対応にも迫られている。再生可能エネルギーの普及により需給構造が変わったことで、従来のベースロード運転から太陽光発電の発電量に応じて出力を抑制するケースが増えてきた。

つまり、プラントが保有する最高の出力や効率で発電所を運用する方式から、出力幅を広く取り、需給の変化に応じ、運用性をさらに向上させる方式へとかじを切る時期に来ている。

そうした中、木村所長は「経済面や環境面、安定供給において、電気を使っていただけるお客さまの役に立てることが第一にあります」と決意を新たにする。エネルギーを安全、安価で安定的にお届けする――。同社が掲げる思いは、非常事態にあっても揺らぐことはない。

コロナ禍の長期戦に挑む木村所長

サプライチェーンの中核施設 「見えない敵」から基地を守る


【ガス設備編/国際石油開発帝石】

国際石油開発帝石(インペックス)は、「グローバルガスバリューチェーンの構築」を中長期的な目標の一つとして掲げている。天然ガスの「生産」から「液化」「海上輸送」「気化」「供給」までを同社が一貫して行うことを目指すものだ。

インペックスは2012年、豪州ダーウィン沖でLNGプラントの建設を開始した。「イクシス」と名付けられたこのプロジェクトでは、同社が日本企業として初めて大型LNG生産プラントをオペレーターとして運営する。年間約890万tのLNGを生産。そのうち約7割を日本バイヤー向けに輸送する。

「天然ガス供給の誇りと責任があります」と田中所長

18年10月、イクシスで生産されたLNGを運ぶ初の輸送船が、直江津LNG基地に着岸。生産から供給まで、全てをインペックスが行うサプライチェーンが構築された。

直江津LNG基地は、同社初のLNG受入基地として13年12月に操業を開始。海上輸送されたLNGを気化する役割を担うが、ここはサプライチェーンを構成する要の施設でもある。
インペックスが権益を持つ海外プロジェクトなどで生産された天然ガスは、液化されて海上輸送で直江津LNG基地に集まる。
そして、ここで気化された製品ガスがパイプラインを通じて、関東甲信越一都八県の家庭や企業などに供給されていく。直江津LNG基地は、サプライチェーンに欠かせない中核施設なのである。

感染拡大で対策本部 オペレーターを離隔

その直江津LNG基地を、「見えない敵」が脅かすようになった。今年3月に入り、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大。政府は4月7日、緊急事態宣言を発令した。直江津LNG基地では、感染拡大への移行期に入った旨の政府発表を受け、既に2月下旬に対策本部を設置。作業員らの感染を防ぐ体制づくりを急いだ。

まず、田中敏博所長らが最も注力したのは、基地の全ての機器を監視・操作を行う中央操作室で作業するオペレーターを感染から守ることだ。オペレーターは交代要員を含め全14人。一直3人の4直体制で24時間、監視・操作に当たっている。もし3人のうち1人が感染すれば、その班は作業ができなくなる。さらにほかの班のオペレーターにも感染すれば、基地機能はまひすることになりかねない。

基本となる対応は新型インフルエンザ発生を想定した事業継続基本計画書を適用したが、経験値がない中での細かな対策は「基本的に皆で知恵を出し合い、より良いことを模索しながら進めるしかなかった」(田中所長)。

まず、オペレーターとほかの社員らとの接触を極力、避けるようにした。中央操作室での勤務を終えると、次の班と引き継ぎの話し合いを行う。今まではテーブルを囲んで行っていたが、オンラインでの会話にした。

また、オペレーター専用のトイレを指定し、ロッカーなども新たに専用品を設置。基地内でオペレーターが通る動線を決め、そのエリアはほかの作業員らが立ち入らないようにもした。
さらに、基地を離れてからの感染にも留意。社員寮や社宅に住んでいるオペレーターは、寮生や家族から感染することもあり得る。それを防ぐため、専用のウィークリーマンションを確保。そこに単身で入ってもらうことにした。

こういった対策が奏功し、直江津LNG基地の社員、協力会社の関係者などから感染者は出ていない。しかし、田中所長は「まだするべきことがあります」と言う。LNG船が着岸すると、陸側の荷役関係者らが乗船して船員と協働で作業を進めるが、ここでの感染も考えられる。乗船せずに電話や無線を使って、船員らと非接触で荷役ができないか検討し、現在非接触荷役を実践している。

また、災害など緊急時の対応も課題だ。「社員の多くが在宅勤務をしているが、基地は動いている。万一の緊急時も的確な対応を取らなければならず、訓練で対応のレベルを上げていく」(田中所長)

新型コロナは今後、冬に向けて再び感染拡大も考えられる。「われわれには、社会に欠かせない天然ガスを供給しているという誇りと責任があります。それを忘れずに、対策を講じながらコロナに負けないで基地を運営していきます」。田中所長はこう力を込めた。

新型コロナ対策から得た知見 製造所のBCPに反映


【ガス設備編/Daigasガスアンドパワーソリューション】

都市ガス会社にとって、コロナ禍の中にあっても、人々の生活や産業を支えるガスを安定供給する使命は変わらない。

大阪ガスの製造所運営を担うDaigasガスアンドパワーソリューションは、感染拡大の早期段階から安定供給の要となる製造所の対策を徹底å、安定操業を堅持してきた。コロナ禍の長期化を見据え、製造所全体で高い緊張感を持って業務に取り組んでいる。

製造所の安定操業堅守へ 感染事例を基に対策徹底

同社は、大阪ガスの製造所の維持、操業とメンテナンスを受託する会社として昨年10月に発足、今年4月に本格的に業務を開始した。泉北製造所の第一・第二工場と姫路製造所の3拠点があり、中央制御室で勤務する運転員は約100人。この中で感染者を出さないことが、これまでの対策の柱だ。

具体的な対策としてまず、中国での感染拡大が伝えられた今年1月末に、運転員が中央制御室に立ち入る際のマスク着用や手指の消毒、体温測定、共有する機器の消毒などを徹底するとともに、関係者以外の中央制御室への入室制限を始めた。
国内でも感染拡大が本格化した3月末には、対策項目をさらに追加。運転員全員に公共交通機関の利用を禁止し、自家用車やタクシーによる通勤を要請した。

運転員の引き継ぎはリモートで実施している

1組当たり5~7人の運転員が1日2交替勤務を行う中央制御室では、運転員の交替時の引き継ぎは、これまでは対面で行っていたが、ウェブ会議システムを活用する方法に切り替えることでほかの組に所属する運転員との接触機会をなくした。

また、運転員以外の所員にも自家用車による通勤を推奨。公共交通機関を利用する所員は別室で勤務するようにしたのに加え、運転員とほかの所員との接触を避けるために食堂の時差利用や動線を分けたり、執務室の座席の間にアクリル板を設けたりと、他社の事業所などにおけるさまざまな感染事例から得た知見を駆使した対策を重ねてきた。こうした対策が功を奏し、また、所員自身が私生活も含めて常時、高い罹患防止対策意識を持って過ごしていることもあって、今のところ運転員はもとより所員に感染者は出ていない。

引き継ぎをリモート方式に 緊急時対策が今後の課題

「ウェブ会議システムを活用しながら、いかに以前と変わらず密な相互連携を図るかに非常に苦慮しました」と語るのは、基地管理部操業管理チームの今田峰文マネジャーだ。

製造所の業務では、チーム間の連携をうまく取ることが安定供給と保安確保のために重視されている。三密を避けるためとはいえ、これまで一つの空間に大人数が集まって行っていた工事や操業の調整作業をリモートで実施することには当初、大きな不安もあった。しかし、以前から情報共有システムやウェブ会議システムを導入していたこともあり、リモートであっても従来と変わらない連携が維持できているという。

さらに喫緊に取り組まなければならないのが、大規模地震などの緊急時の際の対策だ。これまでの対策本部は大人数が一堂に会していたが、三密を回避するためにはメンバーが分散する必要がある。既にウェブ会議システムによる災害対策本部設置の訓練を実施しており、抽出された課題に対する改善策を模索している。

「これまでもBCP(事業継続計画)において感染症は想定していましたが、ここまで長期化し、対策が難しい感染症は想定していませんでした」と今田マネジャー。新型コロナが終息したとしても、コロナ禍から得た新たな知見を製造所のBCP対策に反映することで、安定供給と保安の維持につなげていく構えだ。

石炭火力休廃止に財政支援を 電源構成見据えた議論を深めよ


【論説室の窓】井伊重之/産経新聞論説委員

経済産業省が老朽石炭火力発電所の休廃止方針を示した。
地方電力の負担を軽減する支援に加え、全体の電源構成を見据えた議論が必要だ。

経済産業省が老朽化した石炭火力発電所を2030年までに休廃止する方針を打ち出した。欧州諸国を中心とした「脱石炭」の流れを受け、日本でもCO2の排出量が多い老朽石炭火力を厳しく選別せざるを得ないと判断した。

政府が2年前に閣議決定した第5次エネルギー基本計画でも「非効率な石炭火力はフェードアウトさせる」と明記されている。この方針に初めて「30年」との期限を設けた。一方で梶山弘志経産相は「USC(超々臨界圧)以上のものは効率的だ」とも指摘し、燃焼効率の高い新型石炭は今後も活用する考えを示している。

USC設備を有する磯子火力発電所

その意味で、今回の方針は「脱石炭」とは言えない。小泉進次郎環境相が求めていた「石炭火力の輸出禁止」についても、高効率なものに限定した形で輸出を支援する方針も示した。石炭火力に対する需要が根強い新興国に対する輸出の道を残した格好だ。欧州諸国が主導する脱石炭の流れに乗らなかったと受け止めたい。

しかし、こうしたエネルギー転換には、多額の費用が生じる。特に石炭比率が高い地方電力には重い負担だ。地域の電源特性にも配慮して公的な支援が不可欠であり、今後の検討作業で具体化を進める必要がある。

そして石炭火力だけでなく、電源全体で地球温暖化防止に向けた取り組みが重要だ。原発の活用を含め、新たな電源構成の在り方を早急に議論しなければならない。

今回の老朽化した石炭火力の削減方針は、来年に控えるエネルギー基本計画の改定作業に向けた環境整備とみられている。現行の基本計画では30年度に石炭火力を26%にすると設定しているが、現在の水準は32%に達している。原発の再稼働が遅れている中で石炭火力が代替電源として使われているほか、導入が進む太陽光など再生可能エネルギーの調整電源としての役割も強まっているからだ。

地域で異なる電源特性 電力業界内で温度差

しかし、石炭火力の削減を巡っては電力業界でも温度差がある。東京電力と中部電力の火力発電部門を統合したJERAと関西電力は、旧式の石炭火力の電源比率が低い。一方で北海道電力や沖縄電力、中国電力などは電源構成の中で旧式の石炭火力比率が相対的に高い。

原発を保有せず、電力需要が限定的な沖縄電力に対する配慮は当然だが、ほかの地方電力も原発再稼働が進まない中で石炭火力を早急に削減する事態になれば、電力の安定供給にも影響が出かねない。その地域ごとの電源特性をみながら老朽石炭火力の削減に取り組む必要がある。

老朽化した石炭火力を使い続けるのは、地球温暖化防止の観点から問題が多い。本来ならば燃料効率が低い旧式の石炭火力を廃止し、それに代えて燃料効率の高い石炭火力に建て替えるのが合理的だ。だが、石炭火力を巡っては、ESG(環境・社会・企業統治)投資の面で金融機関から新規の融資が受けにくくなっている。

首都圏などでは燃料効率が高い最新式の石炭火力の新設計画も相次いで白紙化されており、石炭火力の新設は極めて難しくなっているのが現実だ。

東京電力の福島第一原発事故後、全国の原発が相次いで稼働停止に追い込まれたのに伴い、それを補ってきたのが石炭火力とLNG火力である。
このため、19年度の電力調査統計によると、化石発電比率は80%を超える水準に達している。こうしたゆがんだ電源構成では地球温暖化の防止だけでなく、エネルギー安全保障の確立にも支障が生じかねない。

電力自由化時代を迎え、減価償却が終わっていない発電設備の休廃止を電力会社に求める場合、一定の公的な支援が必要になる。ところが、経産省では省エネ法の強化で石炭火力の燃焼効率に基準を設け、それ以下のタイプの稼働を認めない方向のようだ。
こうした環境規制の強化だけでは地方電力にとっては負担が増えるばかりだ。何らかの支援を検討すべきだ。

独が全面廃止で新法制定 財政支援と補償制度を創設

その際にはドイツの手法を参考にしたい。38年までに石炭火力の全廃方針を打ち出したドイツの電源比率(今年3月時点)は、風力などの再エネが31%なのに対し、石炭火力も26%を占める。

その石炭火力を全面的に廃止するに当たっては新法を制定し、電力会社などに多額の財政支援を講じることにした。その支援額は電力会社への補償金で43億5000万ユーロに加え、炭鉱や発電所で早期退職を迫られる労働者に対しても48年までに50億ユーロを支払うという。

このほかに、電気料金の上昇も予想されるため、鉄鋼や化学などエネルギー多消費型産業向けの補償金制度も創設する。総括原価方式を廃止し、電力自由化にかじを切った以上、日本も自由化にふさわしい「費用分担」を考える必要がある。

石炭火力の休廃止論議の中で気になるのが、原発を巡る議論が素通りされている点だ。温室効果ガスの排出削減に向けて老朽化した石炭火力を廃止するなら、同時に原発の活用も検討しなければならないはずだ。だが、政府は再エネの利用促進のために系統運用の改革は議論するが、原発についての議論は封じている印象が強い。これではバランスの取れた電源構成などエネルギー戦略を論じることができない。

発電コストが高く、発電量も天候などに左右される再エネは、石炭火力の代替電源にはなり得ない。石炭火力に代わるのは、同じベースロード電源として位置付けられている原発だけだ。その原発は今、テロ対策向けの特定重大事故等対処施設(特重施設)の完成遅れを理由に相次いで稼働停止に追い込まれている。

石炭火力を削減する一方、原発をどこまで活用するのかという視点がなければ、実効的な地球温暖化対策はできない。電力業界はもっと声をあげてほしい。

【特集2まとめ】ヒートポンプ蓄熱の新局面 再エネ調整力・VPPで活用へ


かつては原子力発電による深夜電力を使って蓄熱し、
昼間のピーク時の利用によって電力需要の負荷平準化に
貢献してきたヒートポンプ蓄熱システム。
この仕組みを再生可能エネルギーの調整力やVPP(仮想発電所)の
エネルギーリソースに活用する取り組みが始まっている。
新たな局面を迎えた中での役割と今後の可能性を探った。

掲載ページはこちら

【レポート】安定電源として再エネを活用 調整力で活躍するエコキュート

座談会】再エネ普及を支える電化の理想形 新事業モデルの挑戦と価値

【トピック】ビジネス見据えたVPP実証 多様な事業者と需要家が参画

【インタビュー/岩船由美子・東京大学特任教授】エコキュートに加わる新たな役割 自家消費と需要制御への可能性

エコキュートに加わる新たな役割 自家消費と需要制御への可能性


岩船 由美子/東京大学生産技術研究所特任教授

エコキュートの稼働時間を変えることによる、新たな活用方法が生まれている。
その有効性とともに、今後の運用に向けた課題について岩船由美子教授に話を聞いた。

いわふね・ゆみこ 東大大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了(工学博士)。三菱総合研究所、住環境計画研究所主任研究員を経て、2008年東大生産技術研究所講師、准教授、15年より現職。専門はエネルギーデマンド工学

―卒FITをきっかけに、エコキュートの新たな活用法が注目されています。

岩船 エコキュートの稼働を深夜から昼間にシフトすることで、昼間の需要が生まれ、太陽光発電(PV)の余剰電力を活用できる点が大きなメリットです。また、省エネ効果も期待できます。まず、気温の高い昼間の方が、深夜より効率よく稼働できます。さらに、給湯需要のある夕方・夜間までに貯湯しておく時間が短くなり、放熱ロスが減らせます。

 オール電化住宅357軒のシミュレーションでは、深夜の稼働と比較して、平均11%の省エネ効果が確認できました。また、ヒートポンプ・蓄熱センターや住環境計画研究所などとのシミュレーションでは、電気・ガス併用住宅と比較して23%の省エネ効果が出ています。

―自家消費のツールでは蓄電池や電気自動車(EV)が挙げられます。

岩船 家庭への「蓄電」の導入は時期尚早だと思っています。蓄電池はPVの自家消費でメリットが出るほど価格が安くなっていません。EVにためた電気を使うための「V2H」に必要なパワーコンディショナが高く、家庭の負担になります。その点、エコキュートは給湯器という主な用途を持ちつつ、追加の機能を活用できます。自家消費や省エネによる効果は、2〜4kW時の蓄電池に相当します。

制御なしで昼の稼働に固定化

―VPP(仮想発電所)実証事業では調整力としての活用が検討されています。

岩船 技術的には可能ですが、一つの電気容量が小さく、制御・通信コストに見合った経済性が得られにくいです。また、機器そのものの省エネ性が高い一方、現状ではストックの多くが早朝に湯を沸き上げる仕様に固定されているため、HEMS(家庭用エネルギー管理システム)による制御などが必要です。

将来的に、再エネが普及してPVなどの余剰電力が増えれば、調整力の価値が高まる可能性はあります。ですが、現状では「制御」と「省エネ」がトレードオフの状況です。

―経済的にペイする方法はありますか。

岩船 アメリカでは、電気温水器や空調に制御機器を後付けして、DR(デマンドレスポンス)によるピークカットで、ピーク時の不経済な発電所の稼働を抑制し、経済的にペイできています。一方で、あえて細かな制御を行わず、料金メニューの工夫により緩やかに昼間の需要を創出する方法も考えられます。

また、従来型のエコキュートでも、時計をずらせば昼間に沸き上げる運用に変えられます。PV電力が不足する日もありますが、エリア全体で見た時、PVのならし効果もあり、例えば九州でいうと、いつもどこか7、8割ほどが晴れているので、省エネになる昼運転の方が価値は高いと思います。

今は昼運転に対応した電気料金ではなく難しいですが、コストをかけて制御機器を付けなくても、比較的安価な再エネ主体の電気を活用し、消費者にも系統運用者にもWin-Winとなる運転が実現すると考えています。

―さらなる普及策は。

岩船 既築住宅におけるリプレイスが課題です。給湯器は壊れた時など、急を要する買い替えが多く、従来型やガス給湯器のままになりがちです。電化はCO2削減に向けた有効手段になるという認識を広く浸透させ、家庭が電化しやすい仕組みや制度作りが必要だと思います。

安定電源として再エネを活用 調整力で活躍するエコキュート


深夜に稼働して蓄熱し、電力負荷の平準化に貢献する――。
従来のエコキュートの在り方が今、大きく変わろうとしている。
「蓄熱」の仕組みが、さまざまな分野で調整力として活躍し始めた。

東洋一と称されるビーチリゾートなどが有名な沖縄県宮古島。観光地の一面とともに、エネルギー面において先進的な取り組みで注目されている。

目指すのはエネルギー自給率の向上だ。同島ではエネルギーの約97%を島外からの化石燃料に依存。かつ電力需要が小さく、発電所のスケールメリットを生かせずにコストがかかるといった島特有の課題を抱えていた。そこで、宮古島市では2018年に「エコアイランド宮古島宣言2・0」を策定。16年時点でわずか2・9%だった自給率を、30年に22・1%、50年に48・9%に向上させる計画だ。

島内にあるメガソーラー実証研究設備

同市は、沖縄県の受託で「島嶼型スマートコミュニティ実証事業」を11年から行い、家庭や事業所、農地にエネルギーマネジメントシステムの導入を進めてきた。さらに、次なるステップとして、18年度からフィールド実証がスタートする。実証のポイントは、需要側の調整力を活用し、再エネの大量導入とエネルギー自給率向上を図る点だ。

事業には沖縄県のベンチャー企業・ネクステムズと子会社の宮古島未来エネルギーが参画する。島の住民が実際に生活する市営住宅や戸建て住宅などに太陽光発電(PV)とエコキュートを無料で設置。宮古島未来エネルギーが「第三者所有(TPO)」として設備の所有や保守管理を担い、需要家には電気やお湯を従量料金で販売する。同社は、その販売収入と余剰電力を沖縄電力に売電して収益を得るというスキームだ。

宮古島の市営住宅の背後には、透き通った海が広がる

常時出力制限を実施 PVを安定した電源に

実証では、18年度に市営住宅40棟202戸にPV1217kW、エコキュート120台を導入した。PVの出力を安定させるため、日射による変動成分が多い高位出力帯をパワーコンディショナによる常時出力制限でカットして系統に送電する。出力制限をするものの年間発電量の約90%を確保できる。将来的にPVの設置規模が増えていけば、PVが安定した電源になり得ることが期待される。

また、PVの出力が高い時間帯にはエコキュートの稼働などに使用して、優先的に自家消費を行い、エリア内で有効活用する。それでも余剰となった電力は系統に送電する。この際、ネクステムズがエリアアグリゲーターとしてクラウド制御システムを使い、遠隔操作でエコキュートが稼働するタイミングを調整する。これにより、需要家の手をわずらわせることなく、再エネを最大限に活用しながら系統全体の最適化が実現する仕組みを構築している。

19年度、20年度と、徐々に設置規模を拡充して実証事業は継続中だ。FITに頼らず、自家消費をベースにした再エネ普及、また負荷調整による電力の低コスト化など、今後の成果が注目される。

PV余剰電力を系統に連系させる設備

累計出荷で700万台超 家庭用「蓄エネ」が普及

一方、昨年11月以降、FIT切れとなったPV、いわゆる卒FITに果たす役割も大きい。ヒートポンプ・蓄熱センターと住環境計画研究所、電力中央研究所が共同で行ったシミュレーションでは、PVの余剰電力で昼間に湯を沸かしながら需要家のエネルギーコストを最小化する制御を行ったケースにおいて、PV余剰電力を全量売電した場合と比較して15%の自家消費率向上を達成した。

自家消費率の向上は、PVの逆潮流が減ることで系統負荷の低減に貢献できる。卒FITユーザーにとっては、売電単価が買電単価よりも安価となる中、自家消費という有益な選択肢となる。
また、卒FITを契機に、PV電気を自家消費するニーズが高まり、蓄電設備として蓄電池や電気自動車(EV)が注目されている。

だが、定置用リチウムイオン蓄電池は、産業・業務・家庭用を含む累計出荷台数は約36万台(19年度日本電機工業会統計)。EVは国内保有台数で約11万台(18年度次世代自動車振興センター統計)と普及はまだこれからの段階だ。一方、エコキュートの累計出荷台数は、今年6月末時点で約703万台に到達している。つまり、「蓄エネ」設備がすでに多くの家庭に導入できているというわけだ。

今後、エコキュートを調整力として使っていくには、その制御が課題となる。というのも、現状ではストックの多くが深夜稼働に固定された仕様であるからだ。

こうした中、メーカー各社は新型機に制御可能なタイプを続々と投入している。パナソニックは、翌日のPV余剰電力が見込まれる場合は夜間に湯を沸かす量を減らし、その分を、昼間にPV余剰分で沸き上げる仕組みを導入。三菱電機は、HEMS(家庭用エネルギー管理システム)を活用しながら、天気予報と発電実績をもとに翌日分の沸き上げにPVを使うかどうか自動で判断して運転のタイミングを調整する機能を搭載した。

また、ストック機器であっても時計の設定をずらすことで昼間の稼働は可能だ。新電力のLooopは、この仕組みを活用した電力の買い取りサービスを展開する。卒FITとなるPVとエコキュートを所有する需要家を対象に、エコキュートの時間設定を9時間遅らせてもらうことで、昼間のPV電力をエコキュートの稼働で自家消費する。その上で、余った電気と供給した電気を相殺することで、実質、同社料金プランの従量料金単価相当で買い取るサービスを提供している。

再エネの大量導入時代を迎える中、系統負荷の低減に向けた自家消費や出力の安定化に向けた調整機能が欠かせない。「蓄熱」のさらなる活用が求められている。

BCPで「分散型」の強みを発揮 非常時に生きるスマートシティ


BCP強化の観点から、分散型エネルギーシステムが注目されている。
東京・港区と名古屋市にある2カ所のスマートシティを取材した。

年々激甚化する自然災害、そして昨今の新型コロナウイルスの感染拡大を受け、自立分散型エネルギーシステムの重要性が増している。「地域の再生可能エネルギー資源を活用して地産地消を図り、市庁舎や病院などに非常用発電機やコージェネレーションなどの分散型システムを設置しなければ、本格的な対応はできないだろう」。東京工業大学の柏木孝夫特命教授は、こう危機感を露わにする。

特に、今回のコロナウイルス感染症への対応には、非常時にもエネルギー供給を継続し、医療機関の機能を維持することが必須となる。柏木教授は「病院への分散型システム導入を義務化してもよい」と指摘する。

駅前プロジェクトが竣工 各街区にプラント設置

こうした対策に向けた手段の一つとして、エリア全体にエネルギーを一括供給するスマートシティが挙げられる。スマートシティの歴史を振り返ると、その始まりといえる地域熱供給は、約半世紀前、大気汚染対策として日本に初めて導入された。その後、省エネ、環境負荷低減など時代ごとに果たす役割が変わり、東日本大震災をきっかけにBCP対策としての期待が高まっている。

病院をはじめ、公共施設やオフィスビル、ホテル、商業施設などを建設した複合型再開発エリアに、「災害に強いまち」を実現したスマートシティがこのほど完成した。東京・港区のJR田町駅東口北地区。駅構内を抜けると、すぐ目の前に真新しい高層ビルがそびえたつ。「msb Tamachi(ムスブ田町)」と名付けられた街区は、オフィス、商業施設、ホテルなどから成る複合型のビジネス拠点だ。最後に建設中だったステーションタワーNが今年7月半ばに竣工。大規模プロジェクトは、無事に完成の日を迎えた。

2つの超高層ビルから成る「msb Tamachi」

同街区には、今回竣工した「民間街区」と、先に完成して運用が始まっている「公共街区」があり、各街区の地下に設置されたスマートエネルギーセンター(SEC)がエネルギー供給を担っている。ここに「災害時の強さ」を発揮する仕組みがある。
まず、「公共街区」の地下にあるSEC第一プラントは、2014年に供給を開始した。ガスエンジンコージェネレーション(370kW)が2台、燃料電池(105kW)、蒸気焚きジェネリンク(500RT)、蒸気吸収タイプのヒートポンプ(245RT)などを導入。このエリアに立地する愛育病院、港区の公共施設や保育園に対して、各施設の必要に応じて電気、温水・冷水、蒸気それぞれの供給を行っている。

続いて、「民間街区」の地下に作られたSEC第二プラントは、18年に運用を開始。ガスエンジンコージェネ(1000kW)が5台、蒸気吸収式冷凍機(1050RT)が2台、蒸気焚きジェネリンク(1400RT)が2台、インバータターボ冷凍機(1050RT)が2台―などと、第一プラントより規模が大きい。これは、オフィスやホテルなどで多くの需要が見込まれるためだ。

第二プラントの三菱重工製ガスエンジンコージェネ

街区間で熱融通 防災性がさらに向上

SECの運用は、東京ガスグループの東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)が担当する。各施設の需要情報や気象データなどを使い、エリア内の需給一括管理・制御するシステム「SENEMS(セネムス)(スマートエネルギーネットワーク・エネルギーマネジメントシステム)」でプラント運用を最適化。さらに、災害時には、需要家があらかじめ設定した、非常時に最低限必要なエネルギー負荷に対して100%の電気と熱を72時間以上、継続して供給できるシステムを構築している。

エリア内2カ所のプラントで需給最適制御を行っている

防災性の向上につながる機能として注目されるのが、ステーションタワーNの竣工とともに、第一プラントと第二プラントの熱融通配管が開通したことだ。東京ガスの野畑邦夫副社長は「熱の面的融通によって、二つのセンターを合わせて、全体での最適化が図れるようになりました」と説明する。これにより、片方のプラントにトラブルなどが発生した際、バックアップとして、もう一つのプラントからの供給が可能になった。

「熱融通で全体での最適化が図れる」と話す野畑副社長

また、第二プラントに運転員を配置し、第一プラントの無人化を実現。規模が大きく効率の高い第二プラントが中心となって供給するが、仮に第二プラントが停止した際には、第一プラント側の病院と公共施設を優先して供給する。非常時にも、重要施設の機能を維持する計画だ。

多方面から取り組みを実施 供給を維持する体制を構築へ


【伊藤忠エネクス】

伊藤忠エネクスは、過去の災害を教訓とする防災対策や、新型コロナウイルス感染症対策を考慮し、多方面にわたる取り組みによる供給維持の体制づくりを進めている。

まず、家庭へのLPガス供給を担うホームライフ部門が注力するのは、災害時でもガス切れを回避すべく安定的に需要家にLPガスを供給することだ。そのため、LPガスの充塡と配送の継続が最も重要になってくる。災害時には同作業に関わる安全と人員の確保、業務継続に必要な非常用発電機などの設備の充実が肝になる。充塡所が被災することを想定し、①運用できる別の充塡所からの応援体制の整備、②各自の対応能力を強化する人材教育の実施、③各事業所への非常用発電機の設置――の3点を検討している。

また、近年多い水害などに対して、家庭などに設置されたLPガスボンベに二重のボンベチェーンを取り付け、ボンベの流出を防止。さらに、災害時にボンベと接続している高圧ホース部分の損傷によるガス漏れが起きないよう、ガスの放出を防止する張力式高圧ホースへの取り換えも行っている。

二重のボンベチェーンを取り付けた


コロナ感染症においても、災害時同様に充塡と配送業務に関わる人員の安全対策が重要になる。手の消毒やマスクの着用といった予防の徹底とともに、複数の配送チームに分け、感染者が出たチームを別のチームで補完するなどの体制の整備を検討している。

停電時の供給継続体制 非常用発電機を整備へ

一方、燃料拠点の整備も欠かせない。同社グループで、大型トラック向け給油を中心とした店舗を展開するエネクスフリートでは、災害時でも給油できる態勢を早期に復旧する上で、全国約140カ所の直営店のうち、ほぼ全店において非常用発電機の設置を決定。71カ所への整備が完了した。

ステーションに設置された非常用発電機

特に、東日本大震災への復興支援として、宮城県利府町に建設した災害対応ステーション「絆ネットセンター」では、太陽光発電やリチウムイオン蓄電池、軽油を燃料とする自家発電設備を整え、停電時にも給油設備が運用できる。さらに、自治体とも連携しており、「大規模災害時に自治体が指定する施設への燃料供給を実施する体制をとっており、地域住民の利便性を確保しています」と、統括部統括課の真下貴之課長は説明する。

また、近年多発している大規模水害への対策が急務であるため、ステーションの発電機を水没から回避する対策も検討している。ソフト面の対策では、定期的な訓練を実施。災害時でも店舗運営をスムーズに行えるように備えている。

同社は、感染症対策をさらに強化していく方針だ。ホームライフ部門では、激甚災害に備え、充塡・配送体制の維持に向け、必要に応じて同業他社との協力体制も視野に入れて検討を行う。一方、カーライフ部門では、感染予防策を十分に講じ、系列のカーライフステーション(CS)が運営を継続できる体制構築に注力していく。

都市ガス部材をコロナ対策に活用 部署を超えた支援プロジェクト


【静岡ガス】

新型コロナ感染対策品の不足で、「手作り」は今や一種のトレンドとなっている。
都市ガス事業に欠かせない、ある部材を使った手作りの対策品が医療現場などで活躍中だ。

静岡ガスグループが、医療機関や教育施設などに寄贈したフェースシールドが評判だ。「フィット感がある」「フィルムの交換ができて長く使える」――。使用者からは喜びの声が寄せられている。評判は口コミやSNSなどで拡散。同社は寄せられた要望に応え続け、6月末で1700個余りを寄贈した。

静岡市には105個を贈呈した

実は、このフェースシールドは社員による手作りだ。材料にポリエチレン管(PE管)の端材を使用。そのほかの材料は100円ショップやホームセンターで調達した。
きっかけは、同社グループ・吉田ガスの社員の発案で10個を作り、近隣の病院に寄贈したことだ。この話を聞いた静岡ガスは、関係する部門長同士が相談し製作を決断。その日の午後には各部署から約20人の有志が集まり製作を開始した。「会議の時点で、『作る』という選択肢しかありませんでした」。マルチエネルギー事業本部都市エネルギー部の加藤力弥部長はこう振り返る。

折しも緊急事態宣言が全国に拡大され、営業担当先の医療現場の窮状を目の当たりにしつつも、業務の縮小で動けない。営業担当者にはジレンマがあった。「どこまでできるか分からないが、できる限りやろう」(加藤部長)。医療現場を助けたい一心だった。

社員自身で直接配達 ニーズを踏まえて製品を改良

フェースシールドの作り方はこうだ。まず、直径約20㎝のPE管を厚さ2㎝に輪切りし、さらに半分に切って半円状に。その内側にクッション材、外側にラミネートフィルムを取り付け、端同士をゴムバンドでつなげれば完成だ。

製作は効率重視で5人ほどの「チーム制」で行う。「三密」を避けるため、研修などの中止で空いていた研修センターを使い、パーツごとに担当を分担。間隔を空けて作業を進めた。難所となったのが、PE管の切断面をやすりで削る作業だ。力仕事のため、ガス管の扱いに慣れている導管ネットワーク事業部の男性社員が主に担当した。

また、効率を上げる工夫も行った。例えば、ゴムバンドは半分に切ると、適当な長さになることから、測る工程を省略。1日の製造個数は、開始当初の100個から、200個ほどに倍増した。
完成したフェースシールドの配達は、早く届けられるようにと、静岡県内は全て自社の「配達班」で行った。これが使用者のニーズを直接聞く機会となり、製品改良に結び付く。シールド部分となるラミネートフィルムは、取り換えが可能なタイプに変更。また、フィルムの取り付け方向を縦から横に変更して顔を覆う面積を拡大した。さらに、フィルムの圧着作業では、高温で圧着すると曇りが生じることを聞き、低温でゆっくり圧着する設定に変更した。

こうした医療現場の生の声は、製作する社員のやる気にもつながった。加藤部長は「社員が同じ思いのもと、部署を越えて作業したことで一体感が生まれました」と話す。同社グループの企業理念「地域社会の発展に寄与するため」が形となったフェースシールドは、今日もコロナと戦う医療現場で活躍している。

「三密」に気を付けながら作業を行った

電力と通信のノウハウを融合 自治体と連携した防災対策


【インタビュー】髙瀬憲児/TNクロス社長

「電力」と「通信」の融合による新規事業の展開を目指すTNクロス。
千葉市と協定を締結して取り組む災害対策について、髙瀬憲児社長に話を聞いた。

たかせ・けんじ 1990年東大大学院工学研究科修了、日本電信電話入社。97年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了。2014年NTTコミュニケーションズサービス基盤部企画部門長、19年TNクロス副社長などを経て、20年4月より現職。

TNクロスは、東京電力ホールディングスとNTTの共同出資により、2018年7月に設立された会社です。NTTグループでは、非常時の通信インフラを維持するため、蓄電池などの電源を自社設備で保有して運用してきました。近年、災害の激甚化で電力インフラが被災するケースが出ている中、こうした電源設備やノウハウをより幅広く活用する検討が行われてきました。一方、東京電力でも、電力供給の責務を果たしつつ、昨今の社会構造変化において再生可能エネルギーなどを含む分散型電源の活用に資するネットワークの構築を進めています。

そうした状況を踏まえ、当社ではICTやAIなどを活用して電力、通信の技術的融合による新規事業を企画し、その事業化に取り組んでいます。現在進めているのが、19年2月に千葉市と協定を締結した、「災害に強いモデル都市」実現に向けた取り組みです。8月に千葉市で行われた九都県市合同防災訓練では、電気自動車と可搬型パワーコンディショナをセットにして非常用電源として活用するデモンストレーションを実施しました。
訓練から間もなく、台風15号により千葉県内を中心に大規模停電が発生しました。その際、訓練時の設備が高齢者施設や児童養護施設などでうまく活用され、高齢者や小さい子どもが暑さで疲弊している中、扇風機や冷蔵庫などを使えるようにすることができました。災害時のための電源整備は非常に重要であると改めて確信しました。

PPAで最長20年契約 自家消費と非常用を両立

中長期の取り組みでは、22年度までに小中学校などの避難所182カ所に太陽光発電(PV)とリチウムイオン電池の整備を進めています。最長20年の電力購入契約(PPA)で、平常時には自家消費し、停電時には非常用電源として活用する計画です。今年4月には、第一号のモデルケースとして市内の中学校に約50 kWのPVと約26 kW時の蓄電池を導入し、運用を開始しました。

182カ所を整備した後は、ICT技術を活用し、各避難所の電力需要やPV発電量、蓄電池の充放電量などを遠隔管理し、連携制御を行う予定です。これにより、非常時の電力供給を維持し、平常時にはエネルギーの利用効率向上やVPP(仮想発電所)運用により、系統の調整電源としての活用も考えています。
昨年の台風の経験から人手や予算に上限がある中、自治体の「公助」だけでは対応できないケースが出ています。当社の技術や創意工夫によって、住民、地場の企業、行政の連携をサポートし、社会的コストを極力抑えていくことにも貢献できればと考えています。

東京電力、NTTともに、インフラ企業として大規模な投資をして長期間運用し、社会にサービスを提供しながら事業を継続させてきた実績が強みです。こうしたノウハウを生かし、コロナ禍で今まで以上に多様化するニーズに応じて、最適なサービスを提供できる事業展開を目指していきます。

エネルギー基本計画の見直し 近未来と理想の姿の調和目指せ


【論説室の窓】吉田博紀/朝日新聞論説委員

エネルギー基本計画を見直す作業が、来年夏までに始まる見込みだ。
現状から予想される近未来と、将来あるべき姿を結ぶ方策を練る大切な1年を迎える。

エネルギー基本計画は、2002年に制定されたエネルギー政策基本法に基づいて公表され、少なくとも3年ごとに、見直す必要があるかを検討することが義務づけられている。現行の第5次計画は18年7月につくられた。このため来夏に、見直しの検討開始の期限を迎えることになる。

それでは、現行の第5次計画はどんなものだったのだろうか。注目度が高い電源構成を中心におさらいしておきたい。
再生可能エネルギーについて初めて「主力電源化」を打ち出した一方、原子力や石炭は引き続き「ベースロード電源」に位置づけた。30年度時点の目標としては、15年にまとめた長期エネルギー需給見通し(エネルギーミックス)の「確実な実現を目指す」と書くことで、その数値を示した。具体的には、原子力が20〜22%、再エネが22〜24%、石炭・液化天然ガス(LNG)・石油を合わせた火力が56%となっている。
この内容を巡っては、エネルギーミックスを発表してから第5次計画がまとまった3年の間にも技術革新を続けた再エネを過小評価している、あるいは新増設を明確に推進しなければ原発の比率実現は絵に描いた餅だなどと、異なる立場から批判が寄せられた。
第6次計画でも、電源構成を巡る書きぶりが注目されるのは間違いない。

第5次計画以降、再稼働した原発はない

再稼働が進まない原発 20~22%の目標達成困難

原発の再稼働が進んでいない状況は、ほとんど変わっていない。第5次計画以降に再稼働した原発はなく、この間に原子力規制委員会が審査書案を決定して再稼働への道筋がついたのも2基にとどまる。一方、福島第二の4基を含め6基の廃炉が決まった。目標達成に必要とされる30基程度の稼働は、風前のともしびと言わざるを得ない状況だ。

再エネについては、その推進を求める国際世論も、より高まっている。地球温暖化防止の国際ルールである「パリ協定」に基づいて、各国が決めた温室効果ガスの削減目標がすべて達成されても、協定が目指す気温の上昇幅を超過してしまう。異常気象がもたらす大規模災害が世界中で頻発する現状は「気候危機」とまで表現される。国連のグテーレス事務総長は、温室効果ガスの削減目標を引き上げるよう各国に再三呼び掛けてきた。
ところが、日本政府が今春再提出したのは「30年度までに13年度に比べて26%削減する」という、5年前と同じ中身を据え置いた目標だった。失望の声は国内外から寄せられた。
そのような状況で、エネルギー基本計画の見直し作業を迎えることになる。そこで求められるのは、足元の現実から目を背けず、かつ現実にとらわれ過ぎて将来像をゆがめない、という二つの姿勢を両立させることだ。

原発について言えば、「即時ゼロ」の主張が非現実的なのと同じぐらい、今ある能力を目いっぱい使っても、届くかどうか見通せない数値目標を掲げるのは無責任ではないだろうか。手堅く見積もって10年後、20年後にどれだけの原発が運転できているのか。掛け値のない客観的な見通しを示すことこそ、基本計画をまとめる経済産業省には求められる。
第5次計画の策定中には、現行の原発を最大60年運転したとしても、電源構成に占める比率が50年度には7~9%に減るとした環境省の試算が、経産省の反発を受けて非公表に追い込まれたことが、朝日新聞の報道で明らかになっている。そのようなことが繰り返されるべきではない。

その上で、原発に期待していた電力はどうすれば埋められるのかを探るのが、物事を考える道筋だろう。これまでの進捗から期待できる再エネ技術の進歩を、太陽光、風力、地熱などカテゴリーごとにいくつかのパターンで想定し、組み合わせによっていくつかのシナリオを用意して、不確実さを増す将来に備えることも考えられる。
梶山弘志経済産業相が7月3日の会見で表明した低効率な旧式石炭火力発電所の削減も、その穴埋めを高効率への転換だけに限らず、柔軟に検討していい。

コロナ禍でCOP26延期 温暖化防止と両立の好機

英国で今年11月に予定されていた第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が、新型コロナウイルスの影響で1年延期されたことも、ここではプラスにとらえたい。
日本政府が温室効果ガスの削減目標を据え置いたのも、エネルギー基本計画の改定を前に、再エネの導入目標を先行して拡大することが難しかった事情が考えられる。COP26の延期により、温暖化防止に貢献できるレベルの再エネ導入と、基本計画の内容が整合的にまとめられるようになるからだ。
7月1日、総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会が約10カ月ぶりに開かれた。エネルギー基本計画について話し合ってきた会議体だ。直接の議題は、コロナ後の新しい経済社会を意識したエネルギー政策の方向性だが、そこでは翌年に検討開始を控える第6次計画を見据え、大きい視点から議論を重ねることで一致した。

発送電分離が実現し、容量市場や需給調整市場といったマーケット機能の採用も電力業界で進められる中、政府が筋道を細かく定めて計画をつくることの意義は、自由化前よりも薄れてきている。だからこそ、長期的にあるべき姿を描き、そこに向けてどんなインセンティブをいつごろまでに整えるのか、といった「大きな絵図」を示すことが、より現実的だ。そこでは、現在の技術水準に縛られて考える必要はないかもしれない。
加えて、電気に限らず石油やガス、熱、水素など、多岐にわたるエネルギー源を見渡した視点や、いっそうの省エネ努力の可能性といった需要側への目配りなども欠かせない。大災害に対処するためのインフラ増強も、取り上げるべきなのは言うまでもない。
30年、50年先のエネルギー政策の方向性を決定づける。今年の夏は、そんな大切な1年間の始まりになる。

自宅待機ができる状況作り 熱を含めたインフラ整備を


【オピニオン】村木美貴/千葉大学大学院工学研究院教授

中国を端に世界に蔓延したウイルスは、これまでの「当たり前」を変え、現在、新しい基準を作らなければならない状況にある。
都市づくりサイドで急ぎ検討していく必要性の高いものは、災害時の避難所のあり方である。近年夏に発生確率の高い集中豪雨や台風災害により、避難所のあり方、中期的にはハザードエリアの指定と建物立地や人口との関係を再検討する必要がある。

現段階では、避難所ではマスクの着用や密を避けることが問われるため、避難所ごとの収容人数の再設定が必要になるが、将来的には、浸水被害は別として自宅待機ができる状況を作ることが求められる。
北海道胆振東部地震の時にも感じたことであるが、自宅待機に大きく求められるものは電力である。災害時であっても自宅待機が可能な、停電リスクの低い住宅地を作れるかが重要になってくる。
近年、新築住宅のZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の割合は高まってきてはいるものの、地区での発電や蓄電池を介した電力共有など、逃げないで済む住宅地づくりを考えていく必要性があるだろう。

また、現在のように、世界が都市封鎖を行い流通市場がストップした際には、エネルギー源を海外に依存することは高いリスクを伴う。そのため、何らかの方法を検討していくことが求められる。日本同様に第一次オイルショック時に、ほとんどのエネルギーを輸入に頼っていたデンマークは、2025年には再生可能エネルギーの比率が100%になる見通しである。
都市部ではほぼ100%地域熱供給を行っている。ここで、低温の熱利用も行うことで、捨てる熱のないビジネスモデルを採用している。

きわめて興味深いのは、英国が廃棄物をデンマークに有料で輸出し、その廃棄物を用いて発電していることである。他国で処理できない廃棄物を有料で受けて、自国でエネルギー源として活用する方法は、二重のメリットがある。都市づくりとエネルギーについての長期スパンの計画を考え、時間をかけて実現してきたデンマークから学ぶものは大きい。
もう一つ必要なことは、エネルギーインフラの整備である。電力、ガス、通信と比較して、わが国で熱供給を活用するケースは限定的となっている。冷熱を含めて熱なしには暮らせないことからすると、熱の活用を積極的に行っていく必要がある。
かつて米国で、「熱を作るエネルギー源は何でもよい。熱を受け入れる需要家をいかに獲得し、そのネットワークにつなげるかだ」と言われたことは印象に残っている。
エネルギー無しにはわれわれは暮らせない。アフターコロナ、ウィズコロナの社会では、使えるエネルギーの利活用をより積極的に行い、安全な都市を創っていくことが求められる。

むらき・みき 1991年日本女子大大学院家政学研究科修了、同年三和総合研究所入所、96年横浜国大大学院工学研究科修了、同年東工大大学院社会理工学研究科社会工学専攻助手、2000年ポートランド州立大ポートランド都市圏研究所客員研究員、13年から現職。