経済活性化との両立を図る 「連携」による新ビジネス創出へ


静岡県では、大都市圏に近い立地環境などから多彩な産業が発達している。
こうしたことを背景に、エネルギー政策と経済活性化との両立が必須だ。
企業同士、または産学官の「連携」による新ビジネス創出への動きが始まっている。

大消費地に近く、東海道の主要幹線が東西に横断する恵まれた立地環境のもと、静岡県には多彩な産業が集積している。東部は首都圏からのアクセスの良さや地下水が豊富なことから製紙・化学工業が発達。一方、西部は自動車や二輪車などを中心とする工業地域を形成している。第二次産業の割合が44%と全国の27%に比べて高く、2018年の製造品出荷額は全国4位と上位に位置する。

県内にはエリアごとに多彩な工場地帯が形成されている

電動車100%への対応 事業転換が課題に

このように、製造業が盛んな土地柄のため、県はエネルギー政策と両輪で産業振興を進めている。17年に「ふじのくにエネルギー総合戦略」を策定し、①創エネ、②省エネとともに、③経済活性化を盛り込んだ3本柱を設定。豊かな自然環境を生かした再生可能エネルギーを中心に分散型エネルギーシステムの導入拡大とともに、地域企業によるエネルギー関連産業への参入促進を目指している。

「地域エネルギーの地産地消に重点を置き、かつ技術開発を進めることで地域経済の振興につなげていく狙いがあります」。経済産業部産業革新局エネルギー政策課の川田剛宏課長はこう話す。
静岡県は日照時間が長く、国内有数の山岳地帯を持つことから、太陽光発電や小水力、バイオマスはいずれも全国上位の導入量を誇る。中でも太陽光発電は、18年度末時点で導入容量が約193万kWに上り、東日本大震災の翌年、12年末時点の約28万kWから急増した。

これにより、地産エネルギー導入率やエネルギー自立化率は20年度までの目標値を前倒しで達成。さらに、②省エネでは、くらし・環境部との連携により、クールビズなどの行動様式の変革に取り組み、エネルギー消費効率でも前倒しでの目標達成を実現した。
こうしたことから、数値目標の見直し、また県の新ビジョンを盛り込んだ新たな総合計画の期間との整合性を図る上で、エネルギー総合戦略の期間を21年度に延長。上方修正した新たな目標達成に向けた施策を推進している。

喫緊の課題が、「脱炭素社会の実現」を視野に入れたエネルギー政策の展開だ。県内には軽自動車大手・スズキの工場が立地するほか、トヨタ自動車と取引のある部品メーカーが多い。製造品出荷額のうち、自動車関連が約26%を占め、都道府県別では、愛知県に次いで第2位となる主力産業だ。

こうした中、政府がとりまとめた「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、遅くとも30年代半ばまでに、乗用車の新車販売を電動車100%にする方針が示された。川田課長は「ここ数年、ガソリン車からハイブリッド車への移行に向けた産業の変化が課題でしたが、電動化はさらに早急な対応に迫られます」と危機感をあらわにする。

既存のエンジン技術とは異なり、電気自動車はモーター技術が必要になる。そのため、関連企業ではこうした新技術への対応に向けた事業の転換が求められる。
県では今後、次世代自動車関連の産業振興を進める方針だ。その一つ、次世代自動車センター浜松では関連企業の固有技術を活用した次世代自動車の部品製造により、新たなビジネス展開に向けた開発・設計から製造・販売まで、ワンストップでの支援を行っている。

連携を積極的に推進 革新的な技術開発へ

さらに、今後、従来のビジネスモデルからの転換や革新的な技術開発を急速に進めていく上で、企業同士、もしくは大学や自治体と連携を進める動きが始まっている。

県では、再エネや地産地消、小規模分散型エネといったテーマごとに企業や大学、金融など他業種が参加するグループを作っている。例えば、創エネ・蓄エネ技術開発推進協議会では144の企業・団体を集め、勉強会や講演会で情報共有を行うなど、技術開発に向けた企業間連携をコーディネートする形で支援する体制を整えている。

一方、静岡市は、内閣府に選定された「SDGs(持続可能な開発目標)未来都市」の取り組みの一環として、SDGs宣言事業を実施。SDGsに取り組む企業・団体から宣言書を集め、企業間連携につなげていく構えだ。参画企業・団体は20年11月末時点で207に上り、エネルギー関連では中部電力や静岡ガス、鈴与商事などが名を連ねる。

静岡市はSDGsの認知度向上を実現した

市ではこれまで関連イベントの開催や広報誌による特集記事の掲載などにより、まずはSDGsの認知度向上を図ってきた。この活動が奏功し、現在の認知度は50%を目標とする中、46・5%を達成。そこで、次なる展開として、SDGsに参画した事業者同士のマッチング支援を行い、新規事業の創出につなげていく。メリットは多種多様な業種が参画している点だ。市企画局企画課の稲葉博隆課長は「各社の強みを持ち寄り、弱みは補完する連携体制により、ビジネスが成り立つ取り組みにしていきたいです」と意気込む。

こうした自治体の取り組みがある中、県内ではさまざまなエネルギー事業が進んでいる。次ページ以降、各社の取り組みを紹介する。

【特集2】火力電源の脱炭素化へ政策支援 オールジャパン体制で挑む


インタビュー:小川要/資源エネルギー庁 電力基盤整備課長

本誌 菅義偉首相が「2050年脱炭素社会の実現」を目標に掲げる意向を表明しました。今後の火力発電の在り方にどのような影響を与えるでしょうか。

小川 化石燃料による火力発電は長い間、安定・安価な電力供給源として活躍してきました。変動型の再生可能エネルギーの導入量が拡大しつつある現在は、その出力の増減に応じて稼働し需給バランスを維持する調整力の役割を担っており、安定供給を支える欠かせない電源であることに変わりはありません。

一方でCO2を排出するので、脱炭素社会の実現に向けては、その在り方を抜本的に見直す必要があることも事実です。水素・アンモニア混焼に加え、CCSの実用化による実現が期待されています。

本誌 新技術の確立に向け、どのような政策的支援を講じていくことになるのでしょうか。

小川 これまでも実証事業への支援を行ってきましたが、今後はこれらをいかに実用化につなげるかというフェーズに移ります。既存の火力発電設備を改修することで、既存のアセットを有効活用しつつ非化石電力を供給することは可能です。一つには、省エネ法の枠組みの中で、バイオマス混焼と同様に発電効率を算出する上でアンモニアや水素燃料の混焼分を考慮することなどが考えられます。

また、燃料調達のサプライチェーンの構築も不可欠です。化石燃料から生成したアンモニアや水素では脱炭素とは言えません。CO2フリーの水素・アンモニアの大量調達は大きな課題となるでしょう。

昨年10月に「燃料アンモニア導入官民協議会」を立ち上げました。さまざまな関係する会社に参画していただき、オールジャパンの取り組みで課題を一つひとつ解決することが重要です。

【特集2】脱炭素化と安定供給を両立へ 革新的技術の早期実装目指す


日本の電力需要の大半は、今や火力発電によって賄われている。
脱炭素社会を目指しながらも、安定した電力供給は継続しなければならない。
その解決策と期待される「ゼロエミッション火力」実用化への取り組みが始まった。

菅義偉首相による「2050年カーボンニュートラル宣言」をきっかけに、化石燃料を使う火力発電はその対応に迫られている。言うまでもなく、火力発電所は日本の電力需要の根幹を担う存在だ。そのため、既存の火力発電所の運用を続けながらCO2削減対策を進めていくことは、安定供給と脱炭素化を両立させる上で必要不可欠となってくる。

そこで、注目されるのが、CO2排出を実質ゼロにする仕組みを取り入れた「ゼロエミッション火力」だ。
宣言が発表される約2週間前、JERAはいち早く、独自の戦略として「JERAゼロエミッション2050」を表明した。脱炭素技術の進展や経済合理性、政策との整合性を前提として、火力発電所においてアンモニアや水素の混焼を実施。また、その混焼率を徐々に引き上げていく方針だ。

電気事業連合会は「2050年カーボンニュートラル実現推進委員会」を発足させた。主な取り組みとして、火力発電の低・脱炭素化とともに、新たな技術開発・イノベーションなどを掲げ、各種領域の課題解決に向けた検討や議論を行っていく。


「ゼロエミ火力」実現に向け、さまざまなプロジェクトが動き始めた。その一つがCCS(CO2回収・貯留)。化石燃料由来のCO2を大気に放出せずに、地中や海底などに閉じ込め、CO2排出量の削減を図る方法だ。これまで研究施設レベルでの技術開発が進められてきたが、運用中の発電所を使った実証研究が始まっている。

関西電力の石炭火力・舞鶴発電所では、燃焼排ガスに含まれるCO2を分離・回収する試験を22年度からスタートさせる。発電所内にパイロットプラントを新設し、24年度まで実証研究を行う計画だ。同実証ではCO2を分離・回収する素材として多孔質材料を用いた固体吸収材を使用。従来より分離・回収時の使用エネルギーが少なく、低コスト化が期待される。

稼働中の発電所を使ったCO2回収の実証が行われる関電・舞鶴発電所


また、福岡県大牟田市にある東芝グループ・シグマパワー有明の三川発電所では、「ネガティブエミッション技術」、つまり過去に排出された大気中のCO2除去を目指す実証が行われている。同発電所はパームヤシ殻を主燃料とするバイオマス発電所であることからカーボンニュートラルを達成している。ここに、CCSを組み合わせることでBECCS(CCS付きバイオマス発電)の実用化を目指すというわけだ。

運用中の発電所で実証 30年ごろを視野に実用化

一方、もう一つの対策として、水素やアンモニアといった「グリーン燃料」を使用する方法が挙げられる。このうち水素については、LNGとの混焼、あるいは100%の燃料として専焼することで、既存の火力発電所を活用しながらCO2排出量を削減できる。

要となるのが、水素を燃焼するガスタービンの開発だ。独シーメンス・エナジーは大型から中型、小型まで、さまざまなタイプのガスタービンを展開する中、水素燃焼に向けた対応を進めている。技術面では、水素を燃焼させた際、燃焼器が安定的に稼働する制御などに注力。また、現行のLNG燃焼時と同様、負荷変動に対応できる運用の実現を目指している。

水素を発電に利用するには、大量調達が必要で、そのためのサプライチェーン構築が課題となる。将来、そうした体制が実現した際、需要家のニーズに応じて水素燃焼タイプの切り替えができるよう、30年までを目標に、現行の全機種において水素専焼を可能にする開発を進めているところだ。

前出のCO2分離・回収では30年ごろをめどに制度的仕組みの導入と併せて、1日3000t規模のCO2回収能力を有する大型設備に規模を拡大し、技術確立・普及を目指す。また、三川発電所では分離・回収後のCO2を貯留する適地の選定などを含めたプロセス全体の実証も行い、こちらも30年の本格的な社会実装を目指しているという。約10年後、さまざまな革新的技術が多方面で活用されていることが期待される。

HPによるCO2削減効果を試算 国際公約による目標達成に貢献


【ヒートポンプ・蓄熱センター】

2050年に温室効果ガスを実質ゼロにするとの政府目標が示され、日本は脱炭素に向けかじを切った。この脱炭素の鍵となるのが電化技術。とりわけ、ヒートポンプ(HP)が貢献しそうだ。

ヒートポンプ・蓄熱センターはこのほど、日本で今後ヒートポンプが普及拡大した想定で試算を行い、最終エネルギー消費量と温室効果ガスの削減効果の見通しを発表した。分析の対象には、ヒートポンプへの代替が可能な熱需要のある設備として給湯、空調、加温機器などを選定。家庭、業務、産業といった業種ごとに試算した。また、目標年度までのHPの普及率がおおむね90%の高位ケース、60%の中位ケース、40%の低位ケースで結果を示した。

分析の結果によると、中位ケースで18年度の数値と比較した場合、最終エネルギー消費量は30年度に914万㎘、50年度に3132万㎘の削減となることが判明。また、温室効果ガス排出量は30年度にCO2換算で3754万t、50年度に1億3699万tの削減効果となった。

産業用ラインナップが拡充 高温領域の開発が進行

今回の結果は、国際公約の目標達成に向けて大きな後押しとなりそうだ。温室効果ガスの削減効果の数値は、中位ケースで日本が提示した「約束草案」の30年26%減となる約3億800万tの約12%に相当する。また、「パリ協定の2℃目標」については、50年80%減となる約9億5000万tの約14%に匹敵する。ヒートポンプの優位性が改めて示された格好だ。

温室効果ガス排出量削減効果(2018年度排出量基準)

業種・用途別で削減効果を見ると、産業部門の加温工程における削減の余地が最も大きい。だが、工場や生産工程ごとに多種多様な熱の利用方法があり、一律でのHP導入が難しいといった課題がある。

その一方で、産業用HPのラインナップは広がりを見せている。例えば、高温の空気加熱ができる熱風HPや蒸気発生HPの登場で、乾燥工程や殺菌工程などへの活用が可能になった。また、メーカー各社や新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)が高温領域に対応できる製品の開発を進めており、HPを活用できる業種や用途・工程は徐々に増えている。

建物や機器・設備類はライフサイクルが長く、30年、50年までに改修・更新する機会は1度か2度しかない。今すぐにでもHP導入を盛り込んだ改修・更新計画が必要だ。コロナ禍からの経済復興と気候変動対策を組み合わせた「グリーンリカバリー」としてもHPのさらなる普及が求められる。

市場と政策の「神業」的両立カーボンニュートラルへの鍵


【論説室の窓】吉田博紀/朝日新聞論説委員

菅義偉政権が打ち出した「2050年脱炭素社会」に、正面から反対する人は少ないだろう。
しかし、市場を活用してきた従来の方針との両立には、神業に近い政策運営が必要になる。

過ぎしばかりの2020年は、激動という表現が大仰に感じられない年だった。予想もしていなかった新型コロナウイルスが世界経済を直撃し、エネルギー業界も需要の大きな喪失という逆風にさらされ続けた。

それでも、15年に始まった電力システム改革の歩みは止まらなかった。20年4月、送配電部門の法的分離が完了。大手電力が長らく握ってきた電力ネットワークが開放され、電力の世界に市場原理を行き渡らせる環境ができあがった。そして21年、需給調整市場の取り引きが始まれば、今回の改革で予定された新市場が出そろう。

効率化以外不得手の市場 人の手で補うのも難しい

「東日本大震災とこれに伴う原子力事故を契機に、電気料金の値上げや、需給ひっ迫下での需給調整、多様な電源の活用の必要性が増すとともに、従来の電力システムの抱える様々な限界が明らかになった」。

13年4月に閣議決定された「電力システムに関する改革方針」で、政府はこんな問題意識を示して改革の実行を宣言した。第一弾となる電力広域的運営推進機関が設置されたのはその2年後。翌16年には電力小売りへの参入が全面自由化された。20年の送配電分離は第三弾に当たる。

その背後にあるのは、市場原理を最大限活用することで電力システムの効率化を図りつつ、国民生活の欠かせない基盤である電力を低廉かつ安定的に供給する体制をも整える、という思想だ。

しかし、これは「言易行難」の典型でもある。市場は資源の効率配分には適しているが、効率化以外の価値実現は必ずしも得意と言えないからだ。例えば、市場原理に任せて効率化が行き過ぎれば、2000~01年に米カリフォルニア州で起きた価格急騰と計画停電のような電力危機を招くかもしれない。

そこで、政府は市場化に当たって、一物一価といった単純な仕組みではなく、供給力や調整力、環境価値など電力が持ち合わせる価値ごとに対応した市場を別々に作って組み合わせ、さまざまな政策目的を同時に追求する道を選んだ。

市場に実効性を持たせるには、多様な参加者を確保することが欠かせないが、それさえも簡単ではない。地域独占のもと、全国津々浦々まで設備網を張り巡らせた大手電力の存在感はまさに「ガリバー」。そんな強大な先行者に伍していく新規参入者は、市場に任せているだけでは育たないからだ。市場運営に当たっては、新旧勢力をともに生かす、絶妙なバランス感覚が求められる。

20年、初のオークションが行われた容量市場の結果は、市場を設計する難しさを如実に表すものだった。自由化のもとで必要な電源を確保するために設けられたのが容量市場だ。その目的を達成しようと計算された目標調達量と指標価格を元に需要曲線を設定するとともに、広域機関は多くの「工夫」をこらした。

その一例が、経過措置と逆数入札だ。
新たに容量拠出金を支払う小売事業者の経営環境の急変を避けるため、10年度までにできた電源の契約額に当初6年間、一定の控除率を設けたのが経過措置。同時に、経過措置で発電事業者側が必要額を確保できなくならないよう、逆数入札が認められた。

ふたを開けてみれば、初回の約定価格は指標価格の1・5倍である上限価格までわずか1円に迫った。高値の大きな要因は、逆数入札だったのではないか。新規参入した小売事業者から上がった声は、自らを後押ししてくれるはずの経過措置がゆえに逆に追い込まれたという「悲鳴」にも聞こえる。

18年から取り引きされている非化石価値取引市場でも、別の難しさが見え隠れする。先行したFIT非化石証書は、売り手が各発電事業者ではなく低炭素投資促進機構(GIO)に集約されている。価格面でも売却益を、FIT賦課金による国民負担の低減に使うとして最低価格が設けられている。

これまでのオークションでは平均価格が最低価格に張り付き、19年度の約定量はFITで買い取られた発電量の1%未満にとどまっており、市場が完全に機能しているとは言い難い状態が続く。

20年11月には非FIT非化石証書の取り引きも始まったが、FIT非化石証書に引っ張られて価格が高止まりしているとの指摘も出ている。
いずれも、特定の政策目的の達成を目指し、そこかしこに「人の見える手」を施した市場の限界の表れにも見える。課題が明らかになり次第、躊躇せず改善を重ね、完成度を高めていくしかない。

エネミックスの細部より 大切なポリシーミックス

20年秋、8年近く続いた安倍政権を引き継いで就任した菅義偉首相は、地球温暖化対策では一歩踏み出し、50年までに温室効果ガスの排出を差し引きゼロにする「カーボンニュートラル」を打ち出した。政策の力だけではとても達成できそうにない、あまりに野心的な目標だ。

依然として価格競争力に劣る再生可能エネルギーを増やすために、市場の力も借りて、今とは段違いのペースへと早期に引き上げなければならない。これまでの延長線上のやり方では、到底たどり着くことはできないだろう。

政策だけでは「脱炭素」は実現できない

そのためには、どのような政策を新たに打ち出すかが問われるのはもちろんのこと、生まれたばかりの新市場を最大限生かすための改善・育成の努力が不可欠になる。競争を通じた効率化は世界の流れであり、電力料金が自由化前の水準に戻りつつある現在の日本で、市場原理に即さない政策を再びとる道はあり得ない。

折りしも、次期エネルギー基本計画の検討が、総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会で進められている。通例なら、電源ごとの目標比率を示すエネルギーミックスの細部にメディアの関心は集まりがちだ。しかし今回は、政策による規制・誘導策と市場メカニズムをどう組み合わせ、50年カーボンニュートラル実現に向けた整合的なポリシーミックスを作り上げようとしているのか、その書きぶりにこそ注目したい。

既存ビルを含めた面的供給 コンパクトな分散型モデルに


【東京都江東区/豊洲スマートエネルギープロジェクト】

新たなビルの完成を機に、エリア一帯で電気と熱の供給体制を構築し、エネルギー面で既存ビルのリプレースを実現した地域がある。東京都江東区にある豊洲駅前だ。

東京メトロ・豊洲駅の地下通路に直結する形で「豊洲ベイサイドクロスタワー」が、2020年3月に完成した。地上36階建ての複合型ビルには、オフィスや商業施設、ホテルが入居する。

豊洲駅前に新たなランドマークが誕生した

三井不動産と東京ガスの共同出資会社である三井不動産TGスマートエナジー(MFTG)は同年4月、ビル内に設置した「豊洲エネルギーセンター」を拠点に電気と熱の供給を開始した。系統電力に加え、中圧ガス導管からの都市ガスを利用したエネルギー設備から電気と熱を供給することにより、非常時の防災性を確保するとともに、平常時の環境性向上を両立する仕組みとなっている。

最大の特長が、既存ビルにも同様のエネルギー供給を行っている点だ。晴海通りを挟んだ向かいにある「豊洲センタービル」(1992年完成)に対して、エネルギーセンターから地下を通る自営線と熱配管を敷設。これにより、新築ビルと同じく、既存のセンタービルでも非常時の供給維持と環境負荷低減が可能になった。

エネルギー設備には、3台のガスエンジンコージェネレーション(2650kW)をはじめ、廃熱ボイラ(1・3t/h)3台、ジェネリンク(1350RT)2台、ターボ冷凍機(1150RT)3台、蒸気ボイラはガス専焼式(3t/h)7台と、ガス・油切り替え式(2t/h)5台を採用した。いずれの機器も大型タイプではなく、小規模タイプを複数台で導入している。

地上階に設置されたガスエンジンコージェネレーション
同じく地上階に設置されたジェネリンク

MFTGの大野智之専務は「需要に応じて稼働台数を変えることで効率的な運用が可能になります。また、万が一、故障した際のリスクも最小限にできます」と説明する。また、プラントは浸水被害に備えて地上階に設置。オフィスや商業施設にプラントの稼働音による影響がないよう、壁や天井には防音対策を施した。

異なる需要構造が混在 最適制御でエネ効率を向上

平常時には、コージェネと系統による電力供給を行いながら、コージェネから発生した廃ガスは廃熱ボイラで蒸気と温水を作り、給湯や暖房に活用。さらに、その蒸気と温水はジェネリンクに投入され冷水が作られ、ターボ冷凍機や蓄熱槽の冷水と併用して冷房に使われる。

一方、非常時には、コージェネが供給の中核を担い、電力は需要の最も多い夏季ピーク時の約50%を賄う体制を整えている。テナント専有部のコンセントには、平常時と同程度の電気を供給し、パソコンや照明、空調などの使用が可能。共用部のエレベーターやトイレなども使えるようになる。

エリア内で需要構造が異なる施設が混在する点に配慮した最適制御もポイントとなる。例えば、電力需要は、オフィスでは平日昼間、商業施設は休日、ホテルは夕方から夜間にかけてピークが来る。そこで、中央監視室では、供給先の電力と熱の需要実績や翌日の天気予報などの情報から需要を予測。コージェネを中心とした機器の運転計画を立て、省エネに資する制御を行っている。

また、コージェネはオフィスの比率が高く、電力需要が多い状況を踏まえ、発電効率48%という高効率タイプを導入した。これにより、電気と熱を合わせたエネルギー効率76%を実現。CO2排出量は約20%削減となる見込みだ。

機器の最適制御を担う中央監視室

今回の豊洲の案件は、MFTGにとって日本橋スマートエネルギープロジェクトに続く第二弾。既存ビル約20棟を含む開発ならではの苦労も経験した。特に、電力設備に関しては、既存ビルが受電する電圧に合わせて供給する必要があり、日本橋では3パターンの電圧に対応している。

また、既存ビルではオフィスなどで使用しながら設備の工事を進めていかねばならない。この際、不動産開発や街づくりなどで需要家とのつながりの深い三井不動産が工事のスケジュール調整といった需要家との合意形成を担当した。

一方、東京ガスは、霞が関エリアにおいて霞が関ビルや特許庁への熱供給事業をはじめ、これまで29社の地域冷暖房会社に出資し、42地点での供給実績がある。こうしたノウハウを生かし、エネルギー供給に関する技術面を全面的に担当した。両社それぞれが長年培ってきた知見があったことで、今回の街づくりが実現した格好だ。

国土交通省は現在、人口減少や高齢化によって地域の活力が低下する状況を踏まえ、地方都市の駅前地域などに都市機能を集約させる「コンパクトシティ」の形成を進めている。地方の都市では、都心部のように大型ビルが複数棟あるケースは少なく、今回の豊洲のように数棟レベルでの比較的小規模な開発が想定される。

その点から豊洲の事例は「コンパクトシティの先鞭として、さまざまな地域に展開できるソリューションになっている」(大野専務)という。
MFTGは今後、他の地域においても各地の特性に合わせたスマートエネルギープロジェクトを展開していく方針だ。

住宅の歴史をつくった3社が集結 整備と再生に向けた今後の課題


各地に多く存在するストック住宅の整備や再生はこれからの大きな課題だ。
大規模団地や住設機器の開発、工業化住宅の導入などで造られてきた日本の住宅。
これらの歴史に深く関わってきた3社が一同に会し、今後の課題を話し合った。

          ※この座談会は11月下旬に開催され、撮影時以外はマスクを着用して行いました。

【座談会】(司会)中上英俊/住環境計画研究所 代表取締役会長

石川直明/東京ガス 暮らしサービスコミュニケーション部 都市生活研究所 所長、

尾神充倫/UR都市機構 本社 技術・コスト管理部 担当部長

塩 将一/積水化学工業 住宅カンパニー 広報・渉外部 技術渉外グループ シニアエキスパート

上段左から石川氏、中上氏
下段左から尾神氏、塩氏

中上 日本の住宅の歴史を振り返ると、UR(当時の日本住宅公団)の団地の普及で日本の生活様式や住まい方が体系的に確立され、そこに都市ガス会社が入って、さまざまな住宅設備が開発されました。また、工業化住宅の導入で家庭のエネルギー消費量が住宅の設備性能評価の指標として注目され、私が研究所を設立するきっかけとなりました。今日はこの歴史に関わってきた3社が勢ぞろいでストック住宅の対策をテーマに話し合われるのを楽しみにしています。

石川 当社は、エネルギー事業者として、家庭で安全かつ安心してエネルギーをお使いいただくことが第一の使命です。それを前提として、今回のテーマであるストック再生などに関連した取り組みとしては、住宅のスマート化や災害時へのレジリエンス化、高齢化社会などに対応したウェルネス化などを踏まえた既存住宅への対応を、住宅関連事業者さまと連携して検討しています。生活者のニーズを踏まえながら、都市ガス、電気、サービスといった多様な視点での検討を行っているところです。
 なお、私が所属する都市生活研究所は、お客さまへの豊かで便利な暮らしの提供に向けて、社会の変化や生活者の暮らし方などの研究を行っています。

尾神 URはこれまで、賃貸・分譲住宅を約150万戸建設し、現在所有する賃貸住宅は約72万戸になります。昭和30年代に建設されたものは建て替えを行い、昭和40年代以降のものはストック活用に取り組んでいます。現在の日本の家族構成の変化を見ると、65歳以上の高齢単身世帯の割合が増加傾向にあり、この状況は団地にも当てはまります。まさに、団地は日本社会の縮図といえるでしょう。
 そうした中、当社では「UR賃貸住宅ストック活用・再生ビジョン」を策定し、多様な世代が安心して住み続けられる環境の確保とともに、地域との関係性を保ちながら持続可能かつ活力がある地域づくりに取り組んでいるところです。以前の団地はファミリー世帯が入居して、多くの子どもたちの姿が見られて活気がありましたが、今は若い世代が減り、団地や地域の元気がありません。そこで、高齢者の方々への施策とともに、若いファミリー世帯を呼び込むため、多様な世代が生き生きと暮らし続けられる「ミクストコミュニティ」の実現などに取り組んでいます。

 積水化学工業が住宅事業に取り組み始めたのは1971年からです。当時、人口の増加や高度経済成長に伴う都市部集中の状況で住宅が不足する中、工業化住宅としてプレファブリケーション(プレハブ工法)が注目され、他業種からの参入で住宅メーカーが次々と誕生し始めた時代です。85年に新耐震基準が施行された頃は、地震や台風に強くて安全という観点が注目されていました。
 その後、地球温暖化でエネルギー問題が注目されるようになる中、94年頃から系統連系できる太陽光発電の住宅への搭載が始まり、住宅でエネルギーを作ることができる時代になりました。私は、98年から開発部門で太陽光発電の専任として、当社の渉外活動や太陽光発電協会の監事を担当しています。

高性能化してきた住宅設備 分散型でエネ供給を最適化

中上 都市ガス事業者は、お客さまとの接点が多いことから、メーカーとともにさまざまな住宅設備の開発をされてきました。

石川 省エネの推進ということで申し上げると、高効率給湯器である潜熱回収型のエコジョーズの普及拡大に取り組むとともに、さらに省エネ性を高めた家庭用燃料電池「エネファーム」を2009年から販売し、累計販売台数は13万台を突破するまでになりました。また、最近ニーズが高まっている災害時のレジリエンス対応については、17年度から停電時発電継続機能をエネファームに標準搭載しています。さらに貯湯槽のお湯を断水時に雑用水として使うことができるなど、一層のレジリエンス性向上に貢献できます。
 また、「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けた取り組みとして、今後はガスや電気の組み合わせによる再生可能エネルギーの有効利用が必要と考えています。まずは燃料電池であるエネファームに太陽光発電と蓄電池を組み合わせた「3電池連携」により省エネ性の一層の向上を図りつつ、カーボンニュートラル化に向けた検討を進める予定です。

 これから再エネが普及していく中で、時間帯ごとに電力の余剰や不足する「ダックカーブ現象」が発生し、特に夕方以降に電力供給が不足します。今後、「ダイナミックプライシング」が本格的に導入されて時間ごとに料金単価が変われば、機器の制御によるコストダウンといったメリットが出せるようになると期待しています。そうした中、都市ガスの供給は、電気ほど時間帯ごとの変動が少なく、常に一定量の供給が可能な点がメリットです。電気とガスをベストミックスすることで、変動しない部分を都市ガスがカバーしながら負荷平準化を図っていくことが必要になると思います。

石川 その点においては、経済産業省が現在進めているVPP(仮想発電所)の公募実証事業に当社も参画しています。系統全体で再エネを有効に利用できるよう、エネファームのような分散型電源が太陽光発電の変動分を吸収する役割を担うことができます。これにより、エネルギー供給の安定化はもちろんですが、自家消費も考慮した最適なエネルギーマネジメントが可能になります。

中上 ところで、URさんと都市ガス事業者のコラボで開発された機器として、セントラル給湯という優れたシステムが誕生して普及しました。ところが、セントラル暖房は、なかなか普及していきませんでした。

尾神 住居形式や生活様式の違いもあり、ヨーロッパなどの海外とは事情が異なり、日本では、居住者が自らエアコンを購入したことで、空調設備が戸別に普及した経緯もありますね。
塩 日本は夏に冷房が必要なことから、冷暖房が行えるエアコンが普及しました。ここに、もしセントラル暖房があると、空調設備を二重に保有することになってしまいます。

見直されるLPガスの優位性 災害・感染症対策に向けた役割


ここ数年、自然災害は激甚化する傾向にあり、さらにコロナ禍への対応も必要とされる。これまで、災害時のエネルギー供給の維持や早期復旧に貢献してきたLPガス。その特長や優位性を改めて見直し、昨今の状況下での新たな役割が求められている。

今年7月初旬、梅雨前線の停滞により、九州地方を中心に記録的な大雨に見舞われた。中でも熊本県は、南部を中心に甚大な被害を受けた。

県内のLPガス需要家の被害件数は10月31日現在、3705件で、このうち1823件の復旧が完了。残り1882件のうち、復旧可能な住宅1087件については、避難所や仮設住宅から需要家が家に帰還するタイミングで復旧作業を進め、順次ガスの供給を再開していく予定だ。

ボンベ収納庫では流れ込んだ土砂のかき出しが行われた

被災地の一つである人吉市では球磨川沿いの市街地が広範囲にわたり浸水。市内にある、15社のLPガス販売店と4カ所の充塡所のうち、販売店では5社が全壊し、3社が半壊した。また、充塡所は2カ所が浸水により使用できなくなった。

今回のような水害の場合、浸水したボンベは中に水や泥が入っている可能性があり、使用ができない。そこで、復旧作業の際、LPガス事業者は、需要家の家を一軒ずつ回り、ボンベやメーターなどの機器の確認をした上で、ガスの供給を再開する。安全性を確保する上でも、需要家に使用しないよう注意喚起を行うのも重要な役割だ。

だが、今回の水害では、社屋に浸水して顧客データや帳簿類が使えなくなるケースや、車両が水没して需要家の元に駆け付けられないケース、また球磨村では販売店の建物自体が水に流されるなど、事業者が被災者になり、対応できない事例が相次いだ。

「共助」の組織間連携 地域の防災力向上に

一方、熊本地震を教訓にした対策が水害に奏功した例もあった。「地震後に転倒防止の対策をしていた結果、今回の水害時にも容器の流出を防ぐ上で効果がありました」。熊本県LPガス協会の岡村英治専務理事はこう話す。

同協会では、地震の揺れによる容器の転倒を防ぐため、容器チェーンの二重掛けを行うとともに、転倒によるガスの噴出を防ぐため、ガス放出防止型高圧ホースの取り付けを進めてきた。「今後は、この転倒・流出防止対策を全世帯に広げるとともに、電話がつながらない際の通信手段を確保するため、LINEの活用を進めていく」(岡村専務)という。

また、過去の災害を教訓に組織された「共助」の仕組みも生かされた。同協会では九州北部豪雨をきっかけとして、2014年に県内の販売事業者で構成する緊急支援体制「チームLPG」を発足している。県内を16ブロックに分け、ブロックごとに7~27人で構成。災害発生時、被害の軽微なブロックから被災地に人員を派遣し、復旧活動を行う仕組みだ。

復旧支援を行う「チームLPG」

16年の熊本地震では甚大な被害を受けた益城町に出動し、復旧活動を行った。2回目となった今回は、流出したボンベを土砂から掘り起こすなど、多くの人員を必要とする作業に当たった。

このほか、全国47都道府県にあるLPガス協会では、地方自治体との防災協定締結を推進中だ。秋田県LPガス協会では、自治体や自衛隊との防災訓練を行う機会を増やしている。資源エネルギー庁石油流通課の橋爪優文企画官は「公的機関との交流の機会が増えることで、地域の防災能力を高められます」と話す。

非ネットワーク型の特性 集合住宅に導入の余地

LPガスはこれまでも「分散型」のメリットを生かし、災害時のエネルギー供給の維持や早期復旧に活躍してきた。とはいえ、ここ数年、災害が激甚化し、かつ被災地が日本各地に及ぶ。

エネルギー事業コンサルタントの角田憲司氏は「ネットワークが毀損した際の供給途絶が起こらない点が、分散型の大きなメリットです」と指摘する。非ネットワーク型かつ需要家の元にエネルギー供給源がある点に注目すれば、昨今の状況下にこそ、LPガスが貢献できる余地はあるという。

ポイントとなるのが避難所の在り方が変化したことだ。昨今の災害では、激甚化により早期の避難が求められ、復旧にも時間を要するようになった。それにより、避難所での滞在時間は長期化する傾向にあり、照明やスマートフォンの充電、炊き出しといった最低限の生活機能に加え、熱中症などの疾病防止に向けた空調、衣類の洗濯・乾燥機を含む、生活全般を支える機器や設備の整備が必要とされる。

また、コロナ禍により、避難所の三密回避のため、学校や公民館に加え、旅館・ホテルなどの宿泊施設やコインランドリー、親戚や友人宅、在宅避難による自宅など、避難先は多様化している。

こうした中、LPガスを供給源とする非常用発電機の導入先として、集合住宅が挙げられる。例えば、分譲マンションでは、LPガスと非常用発電機を導入して理事会で所有し、その設置コストと基本料金を共益費で賄うスキームが考えられる。これにより、停電時には非常用発電機からの電力を供給し、給水ポンプを稼働させることで飲料水やトイレの水が確保でき、在宅避難が可能になる。

また、停電により自宅の洗濯機が使えない時間が長くなる場合、衣類の洗濯・乾燥も問題だ。そこで、LPガスと発電機に併せ、共用部に洗濯乾燥機を設置することで、平常時には従来のコインランドリーと同様に課金して使用しながら、災害時にも利用できる。

集合住宅では新たな設備を導入する際、新築の設計に盛り込まなければならないケースが出てくる。だが、前出のLPガス設備は、場所や費用などが確保できれば既築にも設置が可能で、導入のポテンシャルは大きい。災害時を含め、LPガスの活躍の場はますます広がりそうだ。

LPガス式コインランドリーを避難所として活用


【ジーアイビー】

乾燥機の稼働にLPガスを使用するコインランドリー。備蓄燃料として使えば、停電時に電源を確保できる。

コインランドリーをフランチャイズで展開するジーアイビー(本社・名古屋市)は、災害対応型店舗の整備を進めている。

コインランドリーには、乾燥機の燃料にLPガスが使われており、店舗にはLPガスが備蓄された状態だ。そこで、ポータブル発電機やガスコンロ、ガス炊飯器を店舗に導入。災害時には、LPガスを発電機や調理器具の燃料に使うことで、電源の確保と被災者向けの炊き出しが可能になる。三密回避に向けた分散避難が必要となる中、コインランドリーを “臨時避難所”として活用できるというわけだ。

LPガスバルクを備えた名古屋守山店

昨年9月、台風により千葉県で大規模停電が発生。県内の2店舗は停電を免れたものの、停電が長引き、遠方からも多くの住民が洗濯に訪れた。この出来事が、災害対応型店舗の発案につながった。

同社の店舗はいずれもスーパーやホームセンターなどの敷地内に立地。洗濯・乾燥の待ち時間に買い物ができ、災害時には食料や日用品を確保しやすい。

同社は現在、全国117店舗中10店で災害対応型店舗を展開する。2025年までに500店舗に増やす中、新規店舗はできるだけ災害対応型として出店する方針だ。

近年、災害の多発化・激甚化により災害対応型店舗へのオーナーの関心も高まっているという。一方、大型寝具の乾燥のため、主婦層の利用が増え、LPガスの使用量も増加傾向だ。コインランドリー業界で、LPガスの活用が進んでいる。

定置式ガス検知センサーを新開発 海外の大型プラントに展開へ


【理研計器】

理研計器は、新たに開発した防爆型定置式ガス検知部「SD-3シリーズ」の販売を9月から開始した。同機器は大気中の可燃性ガスや毒性ガス、酸素を連続で監視し、ガスの漏洩時に設定値を上回る濃度を検知すると警報を出して知らせ、作業員やプラント運用の安全性を確保する役割を果たす。

今回の新シリーズは、海外の大規模プラントへの展開を視野に入れており、11月中旬ごろから出荷を開始する予定だ。海外の市場投入には、欧州や北米などの国際規格で定められた防爆検定や性能・パフォーマンスへの適合が必須となる。そこで、センサーをはじめ、機器本体の構造や材質などを抜本的に見直し、新たな製品として完成させた。

国際規格に適合する製品として開発した

まずセンサーについては、従来の定置式検知器センサーから一新した「Fセンサ」を開発した。従来は使用できる温度範囲がマイナス20℃~60℃だったが、Fセンサはマイナス40℃~70℃に対応。極寒の地や熱帯地域など、さまざまな気候帯での使用が可能になった。
また、検知対象ガス・濃度により5種類の検知原理をラインアップした。

例えば、赤外線式では毒性ガス、可燃性ガスに対応。ガス検知用と比較用の2種類のセンサーを搭載し、高精度で測定できる。センサー自体の劣化状態や寿命を診断できる機能も新たに搭載した。同センサーは、今後開発される定置式ガス検知器にも搭載していく予定だ。

2種類の構造を採用 毒性ガス検知が充実

次に、本体部分はステンレス鋼を使用し、センサーと同様、幅広い温度範囲での使用を可能にした。検知できる毒性ガスの種類が充実している点も特長だ。定置式検知器は通常、耐圧防爆構造で、ガスが検知部で着火しても火炎が外部に広がらない構造となっている。

ところが、同構造だとセンサーホルダに火花の広がりを防ぐ金属キャップがあり、吸着性の高い毒性ガスを検知部に引き込めない。同シリーズでは、センサーホルダに本質安全防爆構造(電気を制限して機器自体が点火源になり得ないようにした構造)のバリアを付ける併用タイプを用意。バリアの設置工事を行わなくても、さまざまな毒性ガスの検知が可能になった。

同社ではセンサーと本体部分の両方を自社で開発しており、ユーザーのニーズに応じて柔軟に対応できる機器の開発が可能だ。出力信号は、ユーザーへのヒアリング情報をもとに、相互通信やガス濃度以外の情報を伝達できるHART通信などをラインアップした。

海外の性能規格は、日本より厳しい要求事項が規定されている。こうした中、日本でも海外規格に適合した品質を求める動きが出ており、今年4月、可燃性ガス検知器のJIS(日本産業規格)が改訂され、国際規格を目指す方向性が示されている。海外規格に向けて開発された同シリーズは今後、日本のプラントでも活躍の場を広げていきそうだ。

地元密着で信頼される電力会社に 「地域貢献」に向けた事業を展開


【鳥取ガス】

鳥取ガスは、鳥取市との共同出資で「とっとり市民電力」を設立し、2015年から電力小売り事業を行っている。設立以降、経営状況は良好だ。5年連続の増収増益で、需要家数も年々伸びている。

設立当初は、市の所有する公共施設などへの高圧需要を中心に電力供給を開始。16年からは家庭用低圧電気サービス「とりガス電気(現エネトピアでんき)」をラインアップし、鳥取ガスやLPガス販売を行う鳥取ガス産業を取次店として、都市ガスやLPガスの供給エリアで営業活動を展開してきた。その結果、ガスの既存顧客を中心に、一般家庭の契約者も徐々に増えている。

料金メニューは、特別な付加サービスなどはなく、いたってシンプルなもの。だが、地域に根差した企業と自治体という地元密着型の電力会社という点において、需要家からは「安心感がある」などの信頼の声が寄せられている。

可搬式蓄電池を寄贈 「共助」体制の構築へ

自治体とのコラボならではの視点から、「地域貢献」につながる事業に特徴がある。その一つが、防災に向けた取り組みだ。

同社は今年8月、避難所などの停電対応用としてポータブルタイプの蓄電池(容量1kW時)50台を鳥取市に寄贈した。重さは約11㎏と、女性でも持ち運びが可能。1台で100台程度のスマートフォンの充電ができる。災害時には、避難所での照明やスマートフォンの充電などの電源として活用される予定だ。

定置式ではなく、あえてポータブルタイプを採用したのには理由がある。「被災していない地域の蓄電池を被災地の避難所に運んで集めれば、大型の定置式蓄電池に匹敵する使い方が可能です」。とっとり市民電力の大谷保雄部長はこう説明する。

鳥取市にポータブル式蓄電池を寄贈した

近年の災害は多発化、激甚化しており、行政による「公助」だけでは対応し切れないケースが出ている。そこで重要となるのが、地域のコミュニティーで相互に助け合う「共助」の取り組みだ。今回の蓄電池の導入は、可搬性という特徴を生かすことで、電源が必要な避難所に蓄電池を集積して使用できる。全50台の蓄電池を地域間で融通し合う「共助」体制を構築するというわけだ。

次に、電源開発では、エネルギーの地産地消を目指している。地域の再生可能エネルギーを最大限活用し地域内で消費することで、地域内経済循環や地方創生、雇用の確保といった地域貢献につなげるのが狙いだ。地域の発電事業者から調達するほか、「秋里下水処理場バイオマス発電所」(出力200kW)など、自社開発も行っている。

自社開発した「秋里下水処理場バイオマス発電所」

現在は、再エネ電源として太陽光、バイオマス、小水力を確保。需要家がこれらの電源をどのように使っているかを「見える化」するサービスも展開する。専用サイトを使い、電気の使用量において、再エネ電源種がそれぞれどの程度占めているのかをグラフで表示。グラフ上の電源をクリックすると、供給先の発電所を特定することもできる。

このシステム構築に向けては、鳥取市や鳥取大学、地元企業など5団体で産学官連携によるコンソーシアム「Re:visible(アールイー:ビジブル)」を結成。環境省や鳥取県の補助金を活用し、ブロックチェーン技術を利用した「電源トレーサビリティシステム」を開発し、地域内外への鳥取産再エネのPRなどにつなげていく。

今年度は、市内の小学校10校で同システムを活用し、「自分が使っている電気」をテーマにした出前授業を計画中だ。あいにく新型コロナウイルスの影響で中止となる学校もあったが、4校での授業を実施する。

小学校での出前授業の様子

オール電化も提案 需要開拓のチャンス拡大

一方、昨今のコロナ禍は、鳥取ガスのガス販売にも影響している。鳥取県の経済をけん引する観光業で、飲食店やホテルが休業や閉店に追い込まれるケースが相次いでいる。

経営企画グループの森田裕一部長によると、「家庭用の販売量は、いわゆる巣ごもりによる給湯・厨房需要の増加により数%程度増えているが、商業用では2、3割ほどの減少になっている」という。特に、飲食産業では需要期となる年末年始にかけてガス販売のさらなる落ち込みが予想される。

こうした中、鳥取ガスでは複数の物件を所有するオーナーなどへの営業、油からガスへの燃料転換といった機会を逃さず、販売量の確保を図っていく。

一方、電力事業への参入によって新たな需要開拓のチャンスが広がりを見せている。鳥取ガスの児嶋太一社長は、「ガスと電気を合わせてお客さまに最適な提案を心掛けており、必要であればオール電化もお薦めします。提案できるプランや商材が増え、ガスから電気への切り替えなどにも対応しています」と話す。

今年のガス展(ウェブ・電話受付で実施)ではIHやエコキュートも取り扱い、ガス、電気の枠にとらわれない総合的な提案を行う。

7月には鳥取ガス産業が島根県内で初となる松江市に営業所を開設。11月からは、鳥取ガスの電力サービス「エネトピアでんき」の新CMの放映や、地元への訴求力の高いケーブルテレビや市庁舎内のモニターでの放映を開始する。サービスエリアの拡大とともに、電力事業のさらなる認知度向上も図りながら、総合エネルギー企業として山陰地方での存在感を高めていく構えだ。

地方創生時代の新たな役割 求められる自治体との連携強化


人口減少や少子高齢化など、地方自治体の多くがさまざまな課題を抱えている。
地方創生や地域活性化が求められる中、地元密着型企業の果たす役割は大きい。
エネルギー自由化時代の今こそ、地方都市ガスは新たな事業展開を求められている。

全国に約200社を数える都市ガス事業者。地域密着型かつ顧客接点の多い事業形態を武器に、都市ガスの販売を中心に地域のエネルギー供給の一翼を担ってきた。

ここ数年、都市ガス事業を取り巻く環境は急速に変化している。世界では脱炭素化の流れが加速。例年のように全国各地で起こる自然災害は激甚化の様相だ。また、新型コロナウイルス感染症により、人々の暮らしや経済活動の在り方も変わりつつある。

そして何より大きな出来事が小売り全面自由化だ。家庭用などの小口需要はこれまで地方都市ガスの地域独占となっていたが、地域や業種を問わず、さまざまな事業者の参入が可能になった。

一方、2019年版中小企業白書によると、日本の人口は08年をピークに11年以降は減少が続く。将来的にもこの傾向は変わらない見込みであることから、今後のガス需要は、家庭用を中心に頭打ちになることが予想される。ガスの販売に加えて、将来にわたって持続可能なビジネスモデルへの転換が求められている。

事業転換への新たな挑戦 地域と連携した取り組み

こうした中、事業転換に向けた新たな挑戦が始まっている。その一つが地域と一体となった電力事業の取り組みだ。

小田原ガスは、地域電力会社「湘南電力」を設立。地元の再生可能エネルギーを電源として活用し、神奈川県内の需要家に電力を供給する。収益の一部をパートナー企業に還元することで地域内での資金循環の仕組みを確立している。また、一般家庭を対象に太陽光発電(PV)パネルを無償で設置し、10年後には無償譲渡する事業も展開する。

鳥取ガスは、鳥取市との共同出資により「とっとり市民電力」を設立し、全面自由化の前から電力事業に参入した。自治体の防災対策に役立てるため、可搬式蓄電池を導入。市内の避難所で融通して使う「共助」の仕組み作りに一役買っている。また、地域の再エネ電源を「見える化」するシステムを構築。電源開発による雇用創出などにつなげていくほか、地元の小学校での出前授業に活用するなど、自治体の業務を一部補完する役割を果たしている。

鳥取ガスの出前授業の様子

東日本大震災からの復興に向けた街づくりに関わる事業者もいる。釜石ガスは、釜石市が進める震災後のスマートコミュニティ計画に参画。公共施設や復興住宅向けに、PVや蓄電池、エネファームなどのレジリエンスに貢献する設備の導入やエネルギーの集中管理システムの運用を行っている。

国の研究会がスタート 地方ガス会社も焦点に

資源エネルギー庁はこのほど、50年以降を見据えた中長期的視点で、今後の都市ガス事業の論点と方策を多角的に検討する「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」(座長=山内弘隆・一橋大学大学院特任教授)を設置した。

主な検討課題は、①サステナブルな社会に向けた低炭素化・脱炭素化、②安心・安全な社会に向けたレジリエンス強化、③安定供給継続・事業継続に向けた経営基盤の強化―の3点。今後行われるエネルギー基本計画の見直しにも関わる重要なテーマだ。

エネ庁では10年に「低炭素社会におけるガス事業の在り方に関する検討会」を立ち上げ、天然ガスシフトなどの検討を行った経緯がある。

今回新たに加わった「レジリエンス強化」や「経営基盤の強化」は、地域や自治体との連携、人口減少化での対策といった地方こそが抱える問題として、中小も対応していかねばならない。そうした意味では、地方ガスの課題に焦点を当てた、エネ庁にとっても新たな挑戦となる研究会といえる。

最大の課題は、大手や先進的に取り組む中小だけではなく、全国の事業者に取り組みの裾野を広く展開していくことだ。だが、一社単独で取り組むには、資金力や人材などに余裕がなければ、新たな事業への一歩は踏み出せない。

ガス市場整備室の下堀友数室長は今後の地方ガス会社の取り組みについて、「企業同士が連携して対応していくことが必要になる」と話す。

先進事例では、東京ガスグループの東京ガスエンジニアリングソリューションズが西部ガスグループと連携。地元食品工場に新型コージェネレーションの導入とエネルギーマネジメントサービスを開始した。こうした流れを中小にも拡充し、新型機器の導入、あるいは保安業務を複数の事業者で行うことで、業務の効率化や人材不足の解決にもつなげられる。

かねて地域密着型で事業を行ってきた地方ガス会社にとって、需要家の信頼を得ている点は最大の強みとなる。需要家ニーズに沿ったサービス作り、自治体連携による防災による貢献は、地方ガス会社の新たな役割となっていく。

競争力向上への体制を整備 中計2021に新方策の導入も


緑川昭夫/大多喜ガス代表取締役社長

当社グループは、2025年における「ありたい姿・あるべき姿」を示す長期ビジョン「VISION 2025」を定め、現在はそのセカンドステージとなる3カ年中期経営計画「中計2021」(19~21年度)を実行中です。

エネルギー事業者間の競争が進む中、一昨年1月のLPガスを取り扱うグループ企業の吸収合併、同10月の業務用を中心とする高圧電力の小売り販売の開始や昨年4月の家庭用を含む低圧電力の小売り販売の開始など、数年をかけて準備をしてきた「ワンストップサービス化によるグループの総合エネルギー企業としての競争力の向上」のための体制が整いました。その体制をより本格的な軌道に乗せることが、本年の大きな課題でありました。

そのような中での新型コロナウイルスの感染拡大はガス販売量の減少となって現れました。また、お客さまを直接訪問する機会の喪失など、「中計2021」で定めた各種方策の一部の実施に影響を与えました。

このような影響などに対しては、現在のコロナ禍が「いずれは元に戻る」ということではなく、「この状態がしばらく継続する」という視点から、新たな方策などを取り入れ、それを確実に実施することで「中計2021」の達成に邁進したいと考えています。

再エネ熱の目標示す政策を 特性ごとの需要創出が必要に


【オピニオン】笹田政克/NPO法人地中熱利用促進協会理事長

エネルギー基本計画の改定に向けた取り組みが始まっている。今回はパリ協定を受けて2016年に策定された地球温暖化対策計画の見直しも行われている。再生可能エネルギーに注目が集まっているが、最近は再エネというと発電のみに目が向いており、効率のよい再エネの熱利用が忘れられてしまっているようだ。

現行のエネルギーミックスでは、30年の一次エネルギー供給における再エネの比率は13~14%となっており、その中には熱として供給される再エネも含まれている。資源エネルギー庁の資料では、一次エネルギーベースの再エネが6700万kl程度で、この中に再エネ熱、未利用熱などの熱利用で1341万kl程度を見込んでいる。再エネの中に占める熱利用の比率は20%となる。

しかし、この熱に関する数字は内部資料に留まっており、再エネ熱の政策展開は見られなかった。
エネ基の改定において前回も再エネ熱の議論はあった。17年8月の基本政策分科会で坂根正弘分科会長が自社工場での再エネ熱利用を例に挙げ、省エネの視点から効率の良さを強調されていたが、具体的な施策につながる議論にはならず、再エネ熱に関するエネ基の文面は、第4次をほぼ踏襲する形になっている。

欧州に目を転じると、再エネ熱で20年目標を立てていたEUでは、10年代に再エネ熱利用が大きく伸びた。EUのエネルギー消費量は、電力・熱・輸送の三つの部門において、17年の熱部門のエネルギー消費量は5600TW時(1TW時=10億kW時)となっており、この19.5%が再エネ熱である。原油換算すると1億300万klになる。日本の15年の再エネ熱の実績値(太陽熱・バイオマス熱など)294万klと比べ雲泥の差がある。

わが国でも10年代前半、再エネ熱利用は伸びていた。10年のエネ基で再エネ熱が取り上げられ、エネ庁から再エネ熱利用の促進策が出された時期である。しかし、10年代後半になると状況は一転して、太陽熱、地中熱、バイオマス熱ともども普及が停滞した状況になっている。これは新たな促進策が出されなかった期間に符合しているように見える。

再エネ熱のポテンシャルは、太陽光などと同様に大きい。環境省の再エネ情報提供システム(REPOS)によると、太陽熱と地中熱の導入ポテンシャルはそれぞれ490PJ、5048PJとなっている。合計しただけでも原油換算で1億4500万klとなる。このほかにバイオマスもある。膨大な量の国産の熱エネルギーがあるが、現在まだわずかしか使われていない。

再エネ熱は導入コストの課題を抱えているが、この間NEDOによる再エネ熱利用に向けた技術開発が進展して、少しずつ改善されつつあるように見える。再エネ熱にはそれぞれ特徴があり、バイオマスは高温~中温、太陽熱は中温~低温、地中熱は低温の熱需要に向いている。脱炭素社会の実現に向けて、再エネ熱の普及にはそれぞれの供給特性を踏まえた需要の創出が必要であり、国は導入目標を示し利用拡大に取り組んでほしい。

ささだ・まさかつ/東京教育大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。旧通産省地質調査所地殻熱部長、産総研深部地質環境研究センター長などを経て、2009年から現職。12年から産総研名誉リサーチャー。

「グリーン投資の視点が必要 経済復興と環境政策を両立へ


【論説室の窓】関口博之/NHK解説委員

新型コロナによる経済の落ち込みに対し、各国政府が財政支出を拡大している。
こうした中、「グリーンリカバリー」の発想が広がっている。日本は出遅れていないか。

「どのみち多額の財政出動が必要になるなら、この際、環境政策にも資するものにしよう」。グリーンリカバリーは、そういう考え方だと言える。コロナ禍からの経済復興と気候変動対策・エネルギー転換の戦略を結び付ける発想だ。

この議論を先導しているのはEUだ。7月に欧州委員会で合意された復興計画「ネクスト・ジェネレーションEU」では、7500億ユーロの基金の創設が盛り込まれた。通常予算とは別枠でEUを通じて分配し、加盟国を財政支援するもので、3900億ユーロが補助金、3600億ユーロが融資という二本立てとなっている。日本円にして94兆円規模のプログラムが用意されたことになる。

資金の使い道としては、もともとEUが掲げてきた成長戦略「欧州グリーンディール」が下敷きになるとされ、再生可能エネルギーや省エネ、水素技術などへの投資、運輸分野のクリーン化、建物・インフラの改修なども含むとされる。

資金の配分は加盟国がプランを出して要請する「手挙げ」方式になりそうだが、日本政策投資銀行の竹ケ原啓介執行役員・産業調査本部副本部長は「実際の事業選びには、EUタクソノミーが選定基準に使われるのではないか」と見ている。グリーン投資を促す分類基準としてEUが提唱してきたタクソノミーが実践される可能性とも絡んで注目される。

経済復興と気候変動対策 七つの投資優先項目

このグリーンリカバリーについて、翻って日本ではどうか。まだその視点は乏しいように見える。新型コロナ対策を盛り込んだ予算は、2次補正までで事業規模230兆円にのぼっていが、経済対策ではこれまでのところ、企業の事業継続支援、雇用の維持・確保、家計への直接支援などが、まず、緊急度の高い政策として盛り込まれた。

その次と位置付けられるのがGo Toトラベル、Go Toイートといった観光産業・外食産業への需要喚起策だ。初動の手順としては正しいが、ただ、その先の本格的な経済復興や成長戦略には、まだ十分手が回っていないように思われる。

目下のところ、政府および民間側からも今後の成長のカギとして挙げられているのがデジタル化であり、DX(デジタルトランスフォーメーション)だ。新型コロナ対策として、多くの企業がテレワークに取り組み出した途端、かえって日本のデジタル武装の遅れが浮き彫りになり、企業・政府双方でその加速が課題になっている。

このこと自体に異論はないし、重要な成長戦略ではあるが、その大合唱に比べると、グリーンリカバリーの議論は取り残されている感がある。ウィズコロナ、ポストコロナをにらみ、今後、さらなる追加補正で予算の争奪戦となった場合、グリーンリカバリーという明確な旗印も必要だろうと思われる。そうでなければ欧州などに遅れをとることになりかねない。

では、具体的にはどんな分野への投資が、経済復興と気候変動対策の両方に寄与することになるのだろうか。世界の大手エネルギー関連企業や非営利団体、研究機関などで作る「エネルギー・トランジション・コミッション」が七つの優先項目を挙げているのが参考になりそうだ。

そこには再生可能エネルギーへの大規模投資をはじめ、建物・インフラのグリーン化を通じた建設業の強化、よりクリーンな自動車づくりへの支援、低炭素化につながる技術革新への狙いを絞った支援、化石燃料に依存する産業の移行促進、政府の適切なインセンティブ政策などが挙げられている。

建て替えでエネ効率向上へ 予算措置すべき有効対策

ここで注目したいのは建設分野だ。公共施設などで老朽化し、使われなくなっている建物を、エネルギー効率の高いものに建て替えてはどうか、という。公共事業として景気への即効性もあり、同時に施設の省エネ化も進められる。

日本エネルギー経済研究所の豊田正和理事長も、こうしたエネルギー効率の向上を狙った建物の建て替えなど、「省エネの深掘り」は予算措置すべき有効な対策のひとつだとする。それに加えて豊田氏が重視するのが、化石燃料の脱炭素化技術の開発促進だ。

老朽化した建物の建て替えは有効な対策のひとつになる

例えば、石油・天然ガスを改質して水素を取り出す際に、CCUS(CO2の回収・利用・貯留)を使って実質的にゼロカーボンにする。こうした技術を「ブルー」技術と呼ぶとすれば、「日本にとっては、このグリーン・アンド・ブルーリカバリーが重要だ」と唱えている。

7月からは総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会が再開され、次のエネルギー基本計画の見直しに向けた議論も開始された。さらに9月には新型コロナの影響を踏まえた今後の気候変動対策について、環境省と経済産業省の審議会による合同会合が始まっている。こうした舞台でグリーンリカバリーをめぐる議論が高まることを期待したいと思う。

一方、コロナ禍の先行きも見通せない中、8月28日に突然、安倍晋三首相は持病の悪化を理由に辞意を表明した。7年8カ月続いた長期政権が幕を閉じることになり、「ポスト安倍」を決める自民党総裁選の行方が焦点になっている。菅義偉官房長官が本命視されていることから見ても、基本的には安倍政権の政策・路線が踏襲されることになりそうだ。

今後の日本の針路を定め、コロナ禍というマイナス地点からもう一度立て直す成長戦略という視点での政策論争が活発に繰り広げられているとは言えない状況だ。かろうじて聞こえてくるのは、やはりデジタル化の促進といったスローガンぐらいである。

振り返れば、安倍政権では原子力を含めたエネルギー政策も温暖化対策をはじめとする環境政策も、いずれも優先順位が高いとは言えない状況にあった。それが次期内閣でも変わりそうもないのは気がかりではある。本来なら新しいリーダーシップとして、こうした政権の通奏低音にもなる骨太な議論を聞きたかったところなのだが。