電力システム改革後、価格高騰など紆余曲折を経ながらも700を超える新電力が参入し活況を呈す小売り市場。
その裏では新規電源投資の停滞が続く。短期の卸電力市場のテコ入れとともに、中長期の市場形成が不可欠だ。
資源エネルギー庁は1月、電力・ガス基本政策小委員会(委員長=山内弘隆・武蔵野大学経営学部特任教授)において、約1年をかけて進めてきた電力システム改革の検証結果と、それを踏まえた「今後の方向性」の案を示した。
その評価は、「広域融通の仕組みの構築や小売全面自由化によるメニューの多様化、事業機会の創出といった点については一定の進捗があり目指していた方向性に沿った成果が確認できるものの、供給力の維持・確保や国際燃料価格の急騰への対応等については課題が残った」というものだ。
成果とともに、顕在化した問題にも触れ是正の必要性に言及している。とはいえ、電力業界の実務者の中には「エネ庁が主導した電力システム改革という壮大な〝社会実験〟は失敗した」―と言ってはばからない人も多く、その間にかなりの温度差があることは否めない。
社会実験とは、大手電力会社中心の地域独占と総括原価方式に基づく安定供給体制にメスを入れ、競争の促進や安定供給の確保、料金の抑制を達成するために市場機能を活用する方向へと大きく舵を切ったことを指す。その結果どうなったか。
原子力発電所の再稼働が想定通りに進まず、供給の主力を担ってきた火力は、再生可能エネルギーの導入拡大による稼働率低下や老朽化に伴い休廃止が加速。これが2020年以降、災害や厳気象による需給ひっ迫が断続的に起きるなど供給の不安定化につながった。さらに、国際情勢や紛争などによって燃料価格が高騰すると、それが電力価格にダイレクトに影響するように。需要家が低廉、かつ安定的に電力の供給を受けられる保証は、もはやなくなったのだ。
自由化と規制のはざまで 短期市場偏重の罠
こうした事態に陥った要因は、電力取引が短期市場である卸電力市場に極度に集中してしまったことにある。大手電力会社による市場支配力の行使を懸念するあまりに、「競争的であるならば限界費用で入れるはずだ」との理屈で限界費用による市場への供出を実質的に強制。FIT(固定価格買い取り)制度に支援された再エネが入ってきたことで価格が一層低迷し、大型電源は市場での固定費回収が困難になった。
自社電源を持たずとも安く電気を調達できる「官製市場」の存在は、「調達先未定」―つまり、本来電源投資を支えるはずの長期の相対契約を結ばずに小売事業を営む新電力を大量に生み出した。短期市場がいくら流動化したところで、電源投資の予見性は下がるのみ。それが、新規投資の停滞と休廃止に拍車をかけた。
学識者の一人は、「市場価格は生き物。価格が上がることが問題なのではなく、その要因が何であるかを知る能力を高めることで、業界内の変調が見えてくる。その機能を失わせてしまった」と、限界費用を強いることの不合理を指摘する。
その上、自由化の名の下に、本来の趣旨とは逆行するようなさまざまな非対称規制が措置された。その最たるものが20年度以降も継続している料金の経過措置規制であり、卸取引の内外無差別の徹底だ。
電源アクセスへの公平性の担保は新電力側からの強い要請であったことは事実。しかし、それにより誰が買っても同じ標準商品化したことは、デマンド・レスポンス(DR)や分散型機器の導入を阻害し、新電力の創意工夫の余地すら奪うことになった。
「マーケットで長期の電源が建つ、という理論がそもそも幻想だった」「重要なのは電源そのものよりも、自由自在に調達できる燃料が手元にあること。それがなければ自由化も価格シグナルもない。そもそも燃料の全てを輸入に依存する日本でうまくいくわけがなかった」エネルギー業界関係者はこう口をそろえるが、覆水盆に返らずだ。
