【特集2】ICTを活用し安全運転に貢献 火力ボイラーの適切な定検を支援


【IHI】

ベースロード電源として重要な役割を果たしている石炭火力発電。安定した運転が求められる一方、購入などの理由により石炭の質が異なると燃焼が変わり、ボイラー伝熱管の寿命に大きく影響する。そこでIHIは、火力発電所の定期点検時に行う検査や更新の対象範囲を的確に判断できるよう、「ボイラー保守技術高度化システム」を開発した。

ボイラーを構成する伝熱管は1万本近くに及ぶ。総延長は東京~広島の距離に相当するほどだ。一般的にボイラーは30年以上運転可能だが、高温・高圧にさらされることにより強度が低下していき、噴破が起こる可能性がある。1本でも噴破すると運転を止めざるを得なくなるため、発電所では定期点検時の伝熱管交換を、広範囲で実施する安全策を取ってきた。運転年数が増えると対象となる範囲が拡大していくことになる。「見落としなく適切に判断するため細かく知りたい」との声を受け、IHIは2015年、北海道電力苫東厚真発電所の協力の下、システムの開発に乗り出した。

センサーを増やし分布で表示 苫東厚真4号機に導入

600℃近くになる加熱部の伝熱管のメタル温度は非加熱部で計測し、当該データと熱伝導解析から予測している。北海道電力は、センサー(熱電対)を従来の10倍程度に増やして計測範囲を細分化。点で取得していた温度を分布で把握できるよう、設備増強に踏み切った。

運転中に取得するデータは、ICT(情報通信技術)の活用で、高速に収束計算される。常に高温にさらされる管や異常値がリアルタイムに反映され、画面上で刻々と変わる温度分布によって直感的にも把握できるようになった。

非加熱部(青)から加熱部(赤)の温度を即時計算。分布は刻々と変化する

さらに伝熱管の寿命評価の精度を高めるため、IHIはボイラー運開時からの運転・更新履歴、使用した燃料炭に至るまでを電算システムに入力。センサー増設前の状態を過去にさかのぼってデータ化した。こうして安全運転の向上に貢献する保守支援システムが完成した。

北海道電力は19年、苫東厚真発電所4号機にこのシステムを導入。補修計画の最適化を図っている。この取り組みは20年、経済産業省の「第4回インフラメンテナンス大賞 技術開発部門」で優秀賞を受賞。現在は同発電所の2号機にも導入している。 

カーボンソリューションSBUの福島仁技師長は、石炭火力はバイオマスやアンモニアの混焼でCO2を削減し今後も活用できるとした上で、「混焼すると灰の粘着性が上がることがある。また、ボイラーの特性が変化して、設備を変える必要が出てくるかもしれない。だがそのままで使いたいというニーズにも応えたい。ボイラーを熟知しているIHIの強みを生かし、火力発電の適切な定期点検に貢献していく」と展望を語った。

【特集2】持続可能なメタネーションを開発 エネルギー循環のソリューション提供


IHIは合成メタン生成時に必要な、劣化に強い触媒の技術を開発した。メタネーション装置とCO2回収技術を合わせて提案する。

【IHI】

「工場などはCO2削減のための省エネに取り組んでいるが、それだけでは足りない。現在はCO2の回収と活用が課題だ」と話すのは、カーボンリサイクルグループの野々村敦グループ長。ガスユーザーがコストをかけずにカーボンニュートラル(CN)を実現するには、同じガス設備を使い続けられる合成メタンの利用が有効だと続ける。

合成メタンはCO2と水素からつくる。IHIはCO2を活用するカーボンリサイクル技術に取り組んでいる。CO2を回収し水素を反応させ、メタンやプラスチックの原料となるオレフィン、航空燃料などをつくる技術だ。IHIは比較的小規模な工場や事業所向けに、コンテナ型のオンサイトメタネーション装置を開発した。年内の商用化が実現する。オンサイトメタネーションでは、工業炉やボイラーの排ガスからCO2を回収。再エネ由来の電力などで水を電気分解して水素をつくる。これらを原料に製造した合成メタンは自家消費するほか、導管に供給することも可能だ。

メタネーション標準機。合成メタンの製造量は、12.5Nm3時

合成メタンの実用化へ コミュニティーバスに供給

IHIのメタネーション技術の大きな特長は触媒。メタネーションでは多量の反応熱が出るが、一般的な担持型触媒は熱や硫黄成分で劣化しやすい。触媒が長持ちすることが事業の持続性に重要だとし、熱と硫黄成分に強いコアシェル型触媒を独自開発した。さらにこの反応熱を、CO2の回収に利用する熱エネルギーマネジメントを提案する。排ガスからCO2回収の過程で化学物質アミンに吸着させる。CO2と結合したアミンに熱を加えると、CO2だけが濃度99%以上で分離される。その熱にメタネーションの反応熱を循環させる方法だ。外部から熱エネルギーの導入が不要で、ランニングコストが削減できる。

福島県相馬市の「そうまIHIグリーンエネルギーセンター」(SIGC)は、IHIと相馬市のスマートコミュニティー事業だ。約5万4000㎡の敷地には、出力1600kWの太陽光発電(PV)、水電解装置、合計5500kW時の大型蓄電池システム6台などが立ち並ぶ。敷地内の電力は PVで賄い、隣接する下水処理場にも自営線で送電。余った電力は水素に変えタンクに貯蔵し、非常時には発電にも使う。年内には、オンサイトメタネーション装置を設置する。製造した合成メタンは、相馬市のコミュニティーバス(CNGバス)に供給する予定だ。

SIGCでは水電解で発生する副生酸素を活用する実証も行っている。敷地内の陸上養殖水槽に供給し、ニジマスなどの成長を促す。水耕栽培を組み合わせ、魚の糞尿はグリーンリーフ栽培の肥料に活用する。

野々村グループ長は「メタネーション技術だけでなく、周辺を含めお客さまのニーズに応じたトータルソリューションとして提案できるのが強み」と自信を見せる。エネルギーを無駄にすることなく全て有効に使う。持続可能な社会のためにIHIの研究は続く。

【特集2】グリーン水素・CN都市ガスを導入 地域が主体の街づくりを支える


【西部ガス】

西部ガスグループはカーボンニュートラル(CN)の実現に向けて、「西部ガスグループ カーボンニュートラル2050」を2021年9月に策定。50年には、脱炭素化したガスや水素、再生可能エネルギーなどを適材適所に使い分けながらCNを実現すると宣言している。今年8月、西部ガスは福岡市と「地球温暖化対策に関する連携協定」を結んだ。続けて、同じ福岡県内の宗像市、北九州市とも協定を結び、地域の脱炭素化に向けた取り組みを進める。

福岡市でグリーン水素供給 宗像市では住民が主役のCN

西部ガスが自治体と地球温暖化対策に関する連携協定を結ぶのは、福岡市が初めてだ。福岡市は「2040年度温室効果ガス排出量実質ゼロ」を目指し、所有する施設の脱炭素化にいち早く取り組んでいる。新築のビルは全てZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)化。協定締結後は、既存のビルのZEB化を加速する。

注目すべきは、福岡市水素ステーション(ST)の運営だ。福岡市は「水素リーダー都市」を掲げ、14年度から、国土交通省が実施する「下水道革新的技術実証事業(B―DASHプロジェクト)」に産学官で取り組んできた。生活排水などの下水を処理する過程で発生するバイオガスから水素をつくり、FCV(燃料電池自動車)に供給する世界初の水素STを運営してきた。研究は21年度末に終了したが、引き続きCNの実現に向けた水素の普及促進を目指すため、今年8月、福岡市と西部ガスなどが共同体を設立。9月に水素STの運営を再開した。下水バイオガス由来のグリーン水素の商用供給が始まっている。充填(じゅうてん)可能なグリーン水素は、1日当たり約290㎏(FCV約60台分)。都市リビング開発部の田中諭マネジャーは、「水素の活用は中長期的な目標であるものの、グリーン水素に価値を見出すユーザーが増えている。水素STを運営することでグリーン水素製造の知見を得て、FCVへの充填のほか、容器で供給するなど今後の普及促進を検討したい」と話す。水素リーダー都市、福岡市を力強く支援する構えだ。

世界初の下水由来の水素を供給(福岡市水素ST)

宗像市とも、西部ガス、東邦レオの3者で「『ゼロカーボンシティ』の実現に向けた連携協定」を結ぶ。西部ガスは20年から東邦レオやハウスメーカーなどと、日の里地区の団地再生事業に取り組んでおり、そこに脱炭素の視点を加えた協定になった。目指すのは地域の人が主役となる持続可能な街づくり。都市リビング開発部の今長谷大助マネジャーは、「CNという言葉から始めるのではなく、楽しみながら参加していたらCNにつながったという姿を目指している」と語る。コンポストを設置して、日の里団地の管理棟で作る地ビールの廃棄麦芽や、カフェの残飯などを堆肥化。団地の裏にファームをつくり、地域の人と一緒に野菜の苗を育てる。野菜は自由に収穫できる代わりに、ファームに生えている雑草を1本抜いて帰るのがルール。育てた野菜は団地内のカフェメニューにも登場する。域内の廃棄物で野菜を育て、地域の人が主体的に関わり、域内で消費するサイクルを作る。

「自治会や街づくりのNPOなど、地域のために頑張りたいと思っている人たちをつなげるのが企業の役割。生活に近いところでCNに取り組めるよう、一つひとつ丁寧にコミュニケーションを取りながら進めていきたい」(今長谷マネジャー)。住民や自治体、他業種とのつながりで、これまで見えなかった新たな領域が見えてくるという。ゼロカーボンシティの可能性が広がっている。

北九州市でCN都市ガスを提案 メタネーションでも協力体制

北九州市との「カーボンニュートラル実現に向けた連携協定」は、産業都市である地域性が現れた内容だ。工業地帯が広がる北九州市は、古くから環境への取り組みに注力してきた。「脱炭素先行地域」にも選定され、脱炭素化を加速させている。工業用途には電化が難しい高熱利用の需要があるため、ガスの採掘から燃焼に至るまでの工程で発生する温室効果ガスをCO2クレジットで相殺したCN都市ガスの導入を提案する。設備を更新することなく脱炭素化を実現できるのがメリット。「CN都市ガスはまだ認知度が低く、北九州市と協定を結ぶことで広くPRしていただける」とカーボンニュートラル推進部の石井直也マネジャーは話す。

同市若松区にある西部ガスグループのひびきLNG基地では、水素とCO2から都市ガス原料の主成分であるメタンを合成するメタネーションの実証に向けた検討も行っている。このため、北九州市との連携は一層心強い。「自治体は地元企業とつながりがあるので、メタネーションの原料となるCO2排出量が多い事業者や、CN都市ガスの利用に興味のある地元企業などをご紹介いただける。脱炭素化をより具体的に推進できる」(石井マネジャー)

西部ガスグループは、これまでのガス事業で培ったさまざまな技術やノウハウを結集し、顧客や行政、学術機関などと積極的に連携を図りながら、50年のCN実現に向けて取り組みを進めている。

ひびきLNG基地ではメタネーション実証を検討

【特集2】各地域との包括連携協定を展開 ソリューション提案で課題解決へ


東京ガスは、近隣15の自治体や地域都市ガス事業者と包括連携協定を結んでいる。都市ガス事業者として何を目指し、何を提供していくのか。その狙いを聞いた。

【インタビュー】馬場 敏/東京ガス 広域エネルギー事業部長

―2021年11月に秦野市と「カーボンニュートラルのまちづくりに向けた包括連携協定」を結んだのを皮切りに、自治体や地域都市ガス事業者などとの協定締結を進めていますね。

馬場 今年4月に改正地球温暖化対策推進法が施行され、地方自治体には脱炭素社会の実現に向けて主導的に取り組むことが求められるようになりました。自治体が脱炭素の目標を達成するには、地元企業や住民を巻き込んだ街全体での取り組みが必要で、民間企業との連携がこれまで以上に重要になります。このような社会的ニーズに応えるため、当社は自治体と連携協定を結び、東京ガスグループがこれまで培ってきた環境やエネルギーに関するノウハウやサービスを提供したいと考えています。その際に、長年地元に根差し街の発展やライフラインを支えてきた地域都市ガス事業者さまとも連携して共働することで、きめ細かい対応ができるようになります。

―協定を提案するのは3者どちらからですか。

馬場 当社からです。地域都市ガス事業者さまとはガスの卸供給を通じて、長年ビジネスパートナーとして築き上げた信頼関係があります。地域都市ガス事業者さまは地元に密着し、街の発展やライフラインを支えてきています。それが評価されて信頼を得ているからこそ、自治体も包括連携協定を3者で締結し、長期的な視点で一緒に取り組もうとしてくれるのです。提案時には協定締結後の実行力を高めるために、打ち合わせを重ね、丁寧にコミュニケーションを取り、協定の目的を理解し共通認識を持つよう努めています。レジリエンス向上や地域共創といった視点でも課題を洗い出しています。

担当領域を超えて協力 EV充電マネジメントも提供

―自治体からはどのような要望が多いのでしょうか。

馬場 相談が多いのは、太陽光発電の導入や更新、電気自動車(EV)の導入といったハード面のニーズのほか、住民の行動変容につながる環境教育などのソフト面です。環境教育については、これまでの当社グループの知見を生かし、環境省の推奨もあるナッジを活用した効果定量型の脱炭素へ向けた環境教育や、省エネ、カーボンニュートラル(CN)に関する学校授業を提供しています。

―東京ガスのどのようなノウハウや技術力を生かすのですか。

馬場 これまでの事業で培った省エネ診断や各種設備の設置施工、メンテナンスなどの知見を活用します。そのほか、太陽光オンサイトPPA(電力購入契約)で獲得した知見や経験も活用します。EVについては、今年9月に秦野市、秦野ガス、日本カーソリューションズと4者でEV導入とEV充電マネジメントの共同検証に関する基本合意書を締結しました。当社にとって初となる公用車のEV化に向けた取り組みです。当社は以前から充電タイミングを制御するEV充電マネジメントの研究を行ってきました。協定締結を機に、積極的に社外に展開していきたいと考えています。グループ経営ビジョン「Compass2030」の下、各部署やカンパニーがそれぞれ取り組んできた技術を結び付け、各部の担当領域を超えて相互協力できるようになってきています。今後も再エネの開発やメタネーションを含めた水素カーボンマネジメントなど、開発する新たな技術や知見をタイムリーに活用していきます。

東京ガス・地方自治体・地域都市ガス事業者との包括連携協定(2022年10月末現在)

ニーズに合わせた提案 地域課題を解決する企業に

―相談が多い再エネ導入は、CNの街づくりに欠かせないですか。

馬場 CNの実現にはさまざまな手段がありますが、再エネの普及拡大は最も効果的な取り組みの一つでしょう。特に当社が包括連携協定を締結している自治体は、都市部に比べて再エネ導入のポテンシャルが高いエリアもあります。各自治体の状況や、地産地消などのニーズに合わせながら提案していくことになります。

―最初の包括連携協定を結んでから約1年。振り返ってどのように感じますか。

馬場 世界のエネルギー事情が大きく変動していることや、近年の気候変動の問題もあり、CNへの関心は高まっていると感じます。都市ガス会社が必要とされ続けるために、私たちは次のフェーズにつなげていく分岐点にいると思います。一緒に街をつくり、地域課題に共に取り組むソリューション提供ができる仲間になりたいと思います。Compass2030では「地域課題解決型ソリューション企業への変革」を掲げています。CNシティー推進の取り組みは、この全社方針を具現化するものです。エネルギートランジションの実現と都市ガス業界のさらなる発展に向け、地域都市ガス事業者さまと二人三脚で取り組んでいきます。こうした取り組みに注力することで、脱炭素社会における都市ガス会社の社会的位置付けの向上に寄与すると確信しています。

ばば・さとし 1992年東京工業大学修士課程を修了後、東京ガス入社。原料部、東京ガスオーストラリア社、産業エネルギー事業部、TGES営業副本部長、再生可能エネルギー事業部長などを歴任。2022年度から現職。

CO2と一次エネルギー消費量を大幅削減 CNに貢献するハイブリッド給湯システム


【パーパス】

電気とガスの「イイトコどり」でコストダウンも実現するパーパスの給湯システム。 脱炭素化へのトランジション期の今、メーカーができることに挑み顧客を支援する。

電力自由化が始まった2016年、パーパスはガスだけでなく電気も使う製品を作ろうと、ヒートポンプ(HP)とバックアップ給湯器(エコジョーズ)、貯湯ユニットから構成される給湯システムを開発した。

瞬間的に多くのお湯をつくれるガス給湯器のエコジョーズと、時間はかかるものの、空気中の熱を使うことでガスよりもはるかに高効率でお湯をつくれるHP。この両者の“イイトコどり”で、「給湯量は多く、ランニングコストは抑える」ハイブリッド給湯システムが誕生した。従来のエコジョーズのみの使用に比べ、一次エネルギーを約35%、年間のランニングコストを約47%削減する。全国に展開するレストランやファーストフード店、福祉施設などで導入が進んでいる。

業務用ハイブリッド給湯システム

鈴木孝之営業企画部長によると、最近は環境意識の高い、比較的小規模な店舗からの引き合いも増えているという。一次エネルギーの削減は、CO2の削減につながる点が注目されていると見る。

「カーボンニュートラル(CN)に対応するグリーンLPガスなどの実用化に向け、今は脱炭素化へのトランジション期。CO2排出量をできるだけ抑えた商品を提供していくことが、今のメーカーに課せられた任務だと思っています」

CO2排出量のさらなる削減率アップを目指し、開発を進める。

分散設置で敷地を有効利用 地域に貢献する製品目指す

ハイブリッド給湯システムは、三つのユニットを分散して設置し、敷地を有効に利用できる。最も大きな貯湯ユニットは容量90ℓとコンパクト。業務用エコキュートの約3分の1の大きさだが、給湯に不安はない。鍵は、最大沸き上げ温度90℃という高温仕様だ。50℃程度で使うのであれば、混ぜる水の量を増やして温度を調整する。お湯の使用量は少なくなり、タンクは小さくて済む。

発売当初、LPガスの使用量が減ることは「ガス屋さん泣かせ」と言われていた。だが今では、いかに顧客にメリットの高い商品を提案し、使ってもらえるかということを考える事業者が増えているそうだ。LPガスがCNを目指し、パーパスもそれに対応できる商品を開発することで、事業者と地域に貢献していきたいとしている。

省スペースで施工性も向上。評判も上々だ

【特集2】次世代GTで低炭素時代へ対応 12月運開で安定供給に貢献


【東北電力】

今年12月の営業運転開始を目指す、東北電力の上越火力発電所。 三菱重工業と共同開発したガスタービンを導入し、火力発電の低炭素化・脱炭素化に取り組む。

2019年5月から新潟県上越市で建設を進めてきた東北電力の「上越火力発電所1号機」では今年3月、ガスタービン(GT)の試運転が始まった。

5月からは排熱回収ボイラーと蒸気タービンを含めたコンバインドサイクル発電で試運転を行っている。今後はGT燃焼調整などの機器調整、性能確認試験などを経て、12月の営業運転開始を目指す。

上越火力発電所1号機(出力 57.2万kW)

燃料となる天然ガスは、隣接するJERAの上越火力発電所(出力 238万kW)が輸入するLNGを気化し、導管を通じて供給を受ける予定だ。

LNG火力のコンバインドサイクルは、1984年に東北電力が東新潟火力発電所の3号系列に三菱重工業製をいち早く導入。GTはこの30年の間に、開発技術の向上で熱効率が48%から63%へと引き上げられ、高性能タービンに進化した。

東北電力は自社の火力設備の経年化が進む状況や競争環境の進展を踏まえ、計画的に経年火力の代替を進めるとともに、コスト競争力のある最新鋭の火力電源を開発する一環として、上越火力1号機の新設を決めた。同社の火力発電所の中で最南端に位置し、9地点目となる。

燃料消費を抑えた低廉な電力 環境負荷の低減も実現

2050年カーボンニュートラル(CN)の実現に向けて再生可能エネルギーの導入が進む中、LNG火力は発電効率の向上だけでなく、再エネ導入に伴う需給の変化に対応できることや、柔軟な運転のための起動時間の短縮も求められるようになっている。

東北電力は時代のニーズに応えるべく、旧三菱日立パワーシステムズ(現三菱重工業)と共同で最先端の「強制空冷燃焼器システム採用次世代ガスタービン」を開発。

GT内部で高温の燃焼ガスにさらされる燃焼器に「強制空冷燃焼器システム」を採用し、タービン翼の冷却構造を最適化したことで、タービンの入り口温度は1650℃に到達。蒸気冷却燃焼器を使用した従来型のGTと比べ熱効率が2%向上した。

さらに従来の燃焼器冷却方式の課題であった起動時間を短縮し、NOX(窒素酸化物)低減も同時に達成することができた。

この次世代GTは19年、日本機械工業連合会主催の「平成30年度優秀省エネ機器・システム表彰」の最高位である「経済産業大臣賞」を受賞。火力発電設備の高効率化と運用性の向上、CO2やNOX排出量の低減が高く評価された。

上越火力はこの次世代GTの導入で、世界最高水準の熱効率63%以上を目指し、燃料消費量の抑制による低廉な電力の供給と、CO2などの排出量削減による環境負荷低減を両立する発電所として期待がかかる。

建設においては、工事を担う共同企業体(JV)においても工夫を凝らした。JERAの上越火力から500m延長する燃料ガス配管の基礎工事について、大林組JVでは一部を工場で製作するハーフプレキャスト工法を採用した。冬の厳しい環境下での工程が確保でき、全体工期の6カ月短縮に大きく寄与した。

12月の営業運転開始に向け、東北電力は安全確保を最優先に工事を進め、今冬を含めた電力の安定供給に万全を期す構えだ。

柔軟な燃料調達を確保 新たな燃料にも期待

21年3月、東北電力グループは「カーボンニュートラルチャレンジ2050」を策定した。50年カーボンゼロの実現に向けて、30年度のCO2排出量を13年度比で46%削減を目指している。「再エネと原子力の最大限活用」や「電化とスマート社会実現」とともに、「火力の脱炭素化」はその達成に向けた柱の一つだ。上越火力1号機の新設のほか、石炭火力へのバイオマス混焼拡大などにも取り組む。

一方、再エネ拡大などに伴う火力発電所の運用の変化を踏まえ、燃料を柔軟に確保できるようさまざまな取り組みを進めている。

同社は「LNGの調達では、仕向け地の変更が可能な契約で、調達弾力性の向上を図っている。石炭の調達においても、需給変動に対応可能な数量弾力性の確保に努めている」として、状況に合わせた柔軟な調達方法を探る。

水素やアンモニアといった新たな燃料についても、導入の検討を始めている。

新潟火力発電所では、水素やアンモニアの混焼を念頭に、脱炭素燃料の発電設備への適応性の確認や、プラントメーカーなどと実証に向けた検討を行うなど、事業性評価を進めている。「水素やアンモニアの供給元や貯蔵場所など燃料の調達方法については、評価を進める中で検討していく」

東北電力は、これまで「需要地の近くに火力発電所を設置する」との考えで開発を行ってきた。青森県の八戸火力、仙台市の仙台火力・新仙台火力、福島県の原町火力など、立地地域は分散化している。分散化によって、レジリエンス強化にも寄与できる。

新潟の上越火力1号機も分散化する高効率の火力発電所として、脱炭素社会を担っていく。

据え付けられたガスタービンや発電機

【特集2】多様化する通信環境を安全運用 制御系を守るSIMを開発


【NTTコム】

近年、ネットワークにつながるデバイスを狙ったサイバー攻撃が増加している。NTTコミュニケーションズはセキュリティー機能搭載のSIMを開発し制御系の安全を守る。

商用化が進む5G(第5世代移動通信システム)は4Gと比較して、「超高速」「超低遅延」「多数同時接続」という特長を持つ。

多様なニーズに応じられるよう、通信事業者によるサービスとは別に企業や自治体などが自営の5Gネットワークを構築できるローカル5G制度が整備された。これにより工場やプラントでもローカル5Gを構築し、ドローンによる遠隔警備や点検、巡視ロボットなどを導入してDXを加速させている。

SIMにセキュリティー内蔵 ITもOTもトータルで守る

5GはWi―Fiを使用した通信に比べ盗聴や改ざん、なりすましが難しいというメリットがある。だがSIM(加入者識別モジュール)を不正利用されたり機器が乗っ取られたりするリスクはある。

製造機器などのOT(制御系)デバイスは、機器の仕様によりセキュリティーソフトを導入できないことが多い。同社は、セキュリティー機能を搭載した「eSIM」をトレンドマイクロ社と共同開発した。あらかじめeSIMとOTデバイスの正しい組み合わせを登録しておけば、eSIMが別のデバイスで使用されるとサーバーから管理者に通知が届く。不正な通信を検出すれば遠隔で通信を遮断することもできる。セキュリティーソフトを組み込めなかった機器も安心してネットワークにつなげるようになる。

だが、気を付けなければならないのは、新しい通信やシステムの導入が進むと接続するデバイスが増え、ネットワークが多様化、複雑化していくことだ。ランサムウェアはこうしたネットワークの脆弱な部分を狙って侵入し、システムを乗っ取り高額な身代金を要求する。特定の企業を狙う標的型サイバー攻撃も国内外で増えている。

NTTコミュニケーションズ(NTTコム)はこうした攻撃に対し、IoT/OTデバイス、ネットワークのセキュリティーを強化。工場や重要インフラを支える制御システムをどう守るかについて、全体を統合したセキュリティーを提案する。

スマートファクトリー推進室の村上佳子担当課長は、まず現状を把握し評価するアセスメントを行い、次にリスクに対する対策を施し、さらに24時間365日の監視体制で攻撃に早期に対処できる仕組みを作ることが重要だと強調する。NTTコムはこれらサービスを一気通貫で提供している。

大手電力からは送配電設備も含めてどう守っていくかという相談も受けている。同社は複雑化する工場やプラント内のネットワークセキュリティーを底上げし、運用までをサポートしていく構えだ。

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産業用OTの導入によりつながる制御システム

【特集2】目指すは「ゼロカーボンシティ」 水素利活用の好循環モデル構築


【北九州市】

北九州市は、街中を走るパイプラインを使った水素利用の実証を行う。 低コスト・CO2フリーの水素をつくり、イノベーション創出に力を注ぐ。

官営八幡製鐵所の創業の地である北九州市東田地区は、近代産業発祥の地としての面影を残し、今も工業地帯の風景が広がる。環境問題に古くから積極的に取り組んでおり、現在は脱炭素社会に向け、環境と経済の好循環によって都市や企業の競争力を高め、国内外の脱炭素に貢献する成功モデルを構築するべく取り組んでいる。

産業都市の利点を生かし 水素利用に早期に取り組む

2009年、経済産業省の「水素利用社会システム構築実証事業」において水素タウンプロジェクトが発足した。岩谷産業やENEOS、東京ガスなどが名を連ねる「水素供給・利用技術研究組合(HySUT)」(当時)が主体となり、東田地区にコミュニティーレベルで水素を活用するエリア「北九州水素タウン」を構築。福岡水素エネルギー戦略会議などが協力をしながら、14年度まで水素パイプラインによる水素供給技術の実証を行った。

水素タウンエリアには、ホームセンターや水素ステーション(水素ST)、市営の博物館や居住可能な水素燃料電池実証住宅などが建つ。

実証では、東田地区が工業地帯であることが水素の調達面で奏功した。同地区にある日本製鉄が協力し、工場プロセスの中で利用している水素の一部を水素タウンまで1・2kmの長さのパイプラインで供給。水素タウンに設置した燃料電池14台を活用し、①水素パイプラインによる水素供給技術、②純水素型燃料電池などの多用途・複数台運転、③水素を燃料とするフォークリフトや燃料電池アシスト自転車、スクーターなどの走行―の実証を行った。

約4年間に及ぶ実証の後、設備は岩谷産業に譲渡。18年から引き続きパイプラインで水素を供給し、①普及型燃料電池の実証、②水素ガス不純物分析計の実証、③水素センサーによる漏洩監視システムの開発、④超音波式水素ガスメーターの実証、⑤高濃度低圧水素用ステンレス配管システムの開発―など、九つの技術実証を行っている。水素を供給し利用する実証から、社会実装に向けて水素関連の周辺機器の開発・技術実証に前進した格好だ。

一般消費者に対しても、移住希望者がお試しで入居できる水素燃料電池実証住宅に新型の燃料電池を設置。パイプラインで供給する水素を一部利用して生活してもらうなど、広く水素への関心を高めている。

響灘地区・東田地区の実証事業の概要

既存の再エネで水素をつくる 環境省の実証事業を開始

北九州市は、環境省の「既存の再エネを活用した水素供給低コスト化に向けたモデル構築・実証事業」に採択され、水素の製造・運搬・利用の実証にも取り組んでいる。20~22年度にかけて、響灘地区の太陽光発電や風力発電と、市内にあるごみ発電(バイオマス発電)といった複数の再エネの余剰電力を有効活用することで、CO2を発生させずに低コストの水素をつくり、県内各地の水素STなどに運んで利用する。

代表事業者は、北九州市が出資する地域新電力の北九州パワー。水素製造とエネルギーマネジメントシステムの開発をIHIが担当する。製造したCO2フリーの水素は福岡酸素とENEOSが東田地区の水素タウンや水素ST、久留米市や福岡市の水素STに運び利用している。北九州市と福岡県は実証フィールドの提供や関係機関の調整を担う。

一方で北九州市は、25年度までに、市内全ての公共施設約2000施設を、ごみ発電を中心とした市内の再エネ発電所の電力で100%賄うことを目指す。自家消費型太陽光発電やEV・蓄電池、省エネ機器を第三者所有方式で導入して再エネを普及する「再エネ100%北九州モデル」を推進し、全国自治体の再エネ導入のトップランナーとなることを目標に掲げている。

北九州市環境局グリーン成長推進部の玉井健司水素戦略係長は、「ゼロカーボンシティの実現に向け、北九州市のグリーン成長戦略を策定し、産業都市としての特徴を生かした、産業競争力の強化と脱炭素化を実現する好循環モデルをつくりたい」と、事業への意気込みを語る。脱炭素に向けて水素の利活用を検討している需要家側からの問い合わせに応じ、メーカーなどの参画企業をマッチングする役割も担う。技術開発のフィジビリティスタディーを支援し、イノベーション創出に向けた企業支援に力を注ぐ。

玉井係長は、「水素をつくるのは技術的に難しいことではないが、何にどう使うかが需要拡大の鍵だ」と強調する。それには水素が低コストであることが欠かせないとし、響灘地区の取り組みの重要性を説く。再エネ電力の調達コストを下げることも視野に入れ、「経済性の高い脱炭素エネルギーを市内に安定供給して、脱炭素電力の推進と、水素を利活用できる町を目指す」。それを支えるイノベーションの創出をパッケージ化して、成長を続けるアジアを中心とした海外マーケットへの展開も視野に入れている。

【特集2】再エネの余剰電力を最大限活用 国内初の水電解型EMS実証


【IHI】

低コスト、CO2フリーの水素が実現しようとしている。 北九州市響灘地区でのIHIの技術を結集した取り組みを紹介する。

産業都市であり水素の製造や需要のポテンシャルが高い北九州市では今、環境省の委託により「北九州市における地域の再エネを有効活用したCO2フリー水素製造・供給実証事業」が行われている。製造の中心となる技術は、「水電解活用型エネルギーマネジメントシステム」だ。開発を手掛けるのはIHI。ごみ発電(バイオマス)を含む、太陽光、風力といった複数の再生可能エネルギー由来の電力を制御して、水電解装置でCO2フリーの水素を製造するエネルギーマネジメントシステム(EMS)としては、国内初の取り組みとなる。

ごみ発電は電力量のコントロールが難しく、発電計画と異なるインバランスが発生するという課題がある。余剰電力を水素に変えて活用すれば、エネルギーの有効利用につながることに。また響灘地区には太陽光・風力発電の設備が多いことから、複数の再エネを同時に制御するEMSの効果が期待できる―。そんな発想が開発のきっかけになった。

実証では、ごみ発電の余剰電力を想定した消費電力指令値をベースとし、合計出力9kWのマルチレンズ風車、合計出力45 kWの追尾型太陽光発電からの電力を制御して、水電解装置によりCO2フリーの水素を製造する。太陽光や風力の電力は不安定なので、これをうまく活用するために出力50 kWの蓄電池を組み合わせる。

パイプラインで水素供給 EMSが最適制御

EMSでは、ごみ発電からの消費電力指令値の変動や太陽光・風力の変動電力に対し、水電解装置と蓄電池のどちらを割り当てるかを最適制御する。リアルタイムで蓄電池の充放電と水電解装置の消費電力の制御を行いながら、三つの再エネ電力を最大限に利用して水素を製造する仕組みだ。

実証運転では、水電解装置で10Nm3/時の水素を製造して、内容積37 m3の水素中間貯蔵タンクにためる。これを圧縮機で20MPaまで圧縮し、移動用の水素カードルに貯蔵する。1週間の実証運転で製造する水素はカードル1基分で、FCV2台のひと月分ほどに当たる。これを東田地区に運び、水素パイプラインを通じて水素タウンで活用するほか、東田地区や福岡市、久留米市の水素ステーションや物流施設のフォークリフトで利用する。

カーボンソリューションSBU基本設計部の谷秀久主査は「再エネが多い北九州市で、出力制御などの余剰分を水素に変えて活用することで、北九州市が目指す『ゼロカーボンシティ』を実現する一助にしていきたい。また、日本の脱炭素化に貢献したいと思っています」と意気込みを語った。

IHIの実証実験は2020~22年度まで

【特集2】POS内蔵水素充てん機でセルフ対応 独自開発のノズルで運営をサポート


【タツノ】

充てん機の設置場所に合わせた豊富な製品ラインアップを持つタツノ。アフターサービスにも力を入れ、手厚いサービスを提供する。

タツノのFCV用高圧水素ディスペンサー「HYDROGEN―NX」シリーズは、運営用途に合わせて最適なタイプを選べるよう豊富なラインナップを用意している。国内で多くの水素ステーション(ST)で採用されている「L」タイプをはじめ、複数箇所の水素STで充填運用が可能な移動式の「M」タイプなどがある。フォークリフト専用35Mpaの機種も取りそろえ、市場に合わせた製品展開を進める。国内の約160カ所の水素STでは、タツノ製ディスペンサーが過半数を占めるほど好評を博している。

タツノ製ディスペンサーの大きな特長は、POSを内蔵した非防爆モデルがあるという点だ。国内では限られたスペースに水素STを建設することが多く、POSを内蔵することで省スペース化になるうえ、1カ所で充填と精算ができれば利便性も高まる。

コスト削減の一環として遠隔監視型の無人セルフ水素STで運用する場合にも、このモデルの活用が見込まれる。

もう一つ、タツノ製だけの特長として充填ノズルが自社製という点が挙げられる。ノズルには、より早く安全に水素を充填するために通信を行う赤外線通信受光部(IR受光部)が組み込まれている。IR受光部とノズルの製造元が異なると、IR受光部の故障発生時にはノズルごと取り外し工場に持ち込んで修理を行うため、その間充填ができなくなり、営業に支障を来すことになる。タツノのノズルは自社製のIR受光部を内蔵しており、故障が発生した際に現地での交換が可能。運営者にとっては販売機会の損失が少なくなるメリットがあるわけだ。

POS内蔵の水素ディスペンサーはタツノ製だけだ

サービス面でも安心を提供 FCトラックの登場も視野

タツノは販売後のメンテナンスにも力を注ぐ。ガソリン計量機でも共通するポリシーとして「迅速なメンテナンス」を掲げる。これは国内外共に同様で、特に国内約80カ所のサービス拠点数は業界トップを誇る。水素事業部の小嶋務部長は「できる限りメンテナンスを理由に運営を止めずに済むよう、引き続きアフターサービスに力を注ぐ」と語る。

今後の課題は大量充填への対応だ。業界では、大型トラックに関してはFC化が有望だとされている。EV化ではバッテリーを大量に積む必要があり、荷物の積載量が少なくなってしまうからだ。水素技術開発部の木村潔次長は「FCトラックが登場すれば、大量の水素を短時間に充填することが求められるでしょう。その要望に応えられるディスペンサーの開発を進めたい」と言う。来るFCトラックの時代を見据えている。

【特集2】発想「大転換」の再エネ推進策 既存設備と連携し最適制御


既存のインフラを生かし、太陽光や風力を主力化する新発想が生まれている。 「分散型コージェネ」を使った再エネ共存策のアイデアもある。

東光電気工事のクロス発電 新発想「光×風」の真骨頂

「クロス発電」という耳慣れない言葉がある。クロス発電とは、太陽光発電と風力発電を効率よく制御して、一つの連系枠を有効に利用するシステムのことだ。こんなユニークな仕組みの再生可能エネルギー発電が動き出している。2020年9月から福島県飯舘村で「いいたてまでいな再エネ発電所」が国内初のクロス発電所として、運転を開始している。

いいたてまでいな再エネ発電所。「までい」は「物を大切に」「心を込めて」の福島の方言

始まりは太陽光発電所としての稼働だった。11年の東日本大震災後、全村避難となった飯舘村の遊休地を利用して太陽光発電所を建設する案が浮上。復興のシンボルとなるべく、東光電気工事と飯舘村が共同出資して「いいたてまでいな再エネ発電」を設立した。

牧草地だった約14 haの平地に太陽光パネル約4万5000枚を設置。パネル容量が1万1800kW、連系出力1万kWの太陽光発電所として、15年3月に運転を開始した。

東光電気工事は建設に取り組む中で、培った風力発電の知見からこの地が風力発電の適地であると予想。太陽光の運転開始後に風況観測を開始した。

太陽光発電は夜間や曇天では発電量がほぼゼロになる。契約容量は1万kWでも全体の設備利用率は14%程度だ。一方、夜間や天候が悪い日にも風は吹く。晴天時には風が弱く、風の強い日には天気が悪いという気象の特徴からも、太陽光と風力は補完し合える。設備未利用の約86%分を風力発電で補えば、発電量は増やせる。

こうして1990年代から風力発電の建設にかかわってきた同社のノウハウを生かし、敷地内に3200kWのGE社製風車2基の建設が実現した。

独自開発の制御システム 安定した再エネ電源を目指す

同社は、変動する二つの再エネが契約容量を超えないようコントロールする制御システムを開発した。実際の発電の変動に合わせて24時間365日、双方の設備を自動制御している。タイムラグも計算するリアルタイム制御だ。太陽光と風力のどちらを優先させるかも設定できる。

この再エネ発電所はクロス発電で、年間の太陽光発電量は約1200万kW時、風力発電量は約1100万kW時の実績となり、発電量は倍になった。太陽光発電を効率良く補う風力設備の導入で、出力制御が必要だったのは全体の1%程度と、ロスもほとんどなかった。

クロス発電の発電量推移

クロス発電は、契約容量はそのままで、二つの再エネを稼働できることがメリットとして挙げられる。同発電所は、契約容量が1万kWのところに風力を6400kW増設した上で、両方の出力をコントロールして1万kW以下で発電している。

初の取り組みを巡って、東北電力とは協議を重ねた。太陽光と風力の買い取り価格は異なるため、契約メーターの手前に個別にメーターを取り付け、それぞれの発電の割合で契約をしている。発電量は全量を東北電力に売電。収益の一部を村の復興に役立てる。

再エネ事業部の原隆之営業部長は「今ある容量の枠を無駄にせず、有効に活用するにはどうしたらいいか、というのがクロス発電の発想」と話す。国が目指す30年の再エネ電源構成比率24%を目標に、送電網を強化する取り組みの一方で、クロス発電を導入すれば設備更新を抑えつつ再エネ電源を増やしていくことができるのだ。

発電量推移のグラフを見ると、クロス発電を導入しても設備利用率は30%程度。契約容量にはまだ余裕がある。原部長によると、クロス発電で再エネをさらに増やす場合、安定的な水力やバイオマスなどをベース電源として組み合わせ、変動部分を太陽光と風力で補うことも可能だという。

「培ったノウハウでお手伝いし、連系枠を有効に活用してもらいたい。再エネを拡大させながら社会的コストの削減に貢献できると考えています」

現在は1サイトでの活用だが、連系協議が認められれば離れたサイトを一つの連系枠で接続するなど、活用の幅も広がる。復興のシンボル、いいたてまでいな再エネ発電所は、連系容量を有効に活用して効率良く再エネを供給する新しいモデルになりそうだ。

「再エネ×コージェネ」 二つの分散型の親和性

需要地で熱と電気を発生させるガスコージェネレーションシステム―。この分散型に、もう一つの分散型である再エネ電源を加えて共生を図ろうとするユニークな発想がある。

コージェネは優れた省エネ性と、ガス導管のレジリエンス性の高さを持つ。停電時も継続的・安定的に発電できる分散型エネルギーシステムとして、工場などの産業用、商業施設や病院などの業務用、家庭用などさまざまな分野で活用されてきた。11年の東日本大震災以降、災害対応への意識が高まったことなどから、さらに導入が進んでいる。そんなコージェネが、昨今の再エネ普及の社会情勢と相まって、新たな役割で注目されている。

変動型の再エネが拡大する中、「いつでもすぐに出力調整が可能」というコージェネの特長を生かし、その再エネの変動性を補う調整力・供給力としても期待が高まっているのだ。コージェネは再エネとの親和性が高く、「調整力」のほかにもいろいろと果たせる役割がある。簡潔にまとめると、①送電容量の確保、②自然条件や社会制約への対応、③系統の安定性維持、④コストの受容性―といった面での貢献が考えられる。

送電線を使わない電力 社会的コストの削減

この四つの視点を説明しよう。①の送電容量の確保は、再エネ由来の電力を送電するには大規模な設備投資を伴うことから、大きな課題になっている。その背景は、再エネポテンシャルが高い地域と需要地が離れていることにある。そこで、コージェネの出番だ。再エネ由来の電気から、「メタネーション」につなげていく。圧縮性が高く長期間にわたって、品質が劣化しない「合成メタン」を作ることで、ガス体エネルギーとして貯蔵するというアイデアだ。ガス導管に流してコージェネで利用することも可能だ。送電せずに需要地で発電できるため送電容量の確保につながる。

②でも同様、合成メタンの出番だ。日本は再エネの開発余地が少ないことから、海外の再エネ適地の安価な電力でグリーン水素を作る。CO2と合成し、合成メタンを製造。これを輸送することでコージェネの燃料としても使おうというグローバルな視点での発想だ。一方、国内事情に目を向けると、都市部では狭小ビルが多く、屋上に設置する太陽光発電には限りがある。場所を取らないコージェネを併設すれば、都市部でも地産地消の電源が実現できる。

③は、ようやく国内でも議論の俎上にあがってきた「慣性力」という極めて重要な技術的視点だ。突発的な事故の際にブラックアウトを避けるためには系統全体で慣性力の確保が必要。太陽光や風力発電は、周波数などに急激な変化があるとその電子機器を守るため発電を停止する。他方、コージェネはタービンなどの回転で発電しており、急激な変化に対して、同じ周期で回転を維持する慣性力が働く。火力、原子力、水力などのタービンを回転させる電源と同様に系統安定に貢献できるのだ。

系統安定化には慣性力のある電源が不可欠だ。(出展:20年11月17日資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」

④は、エネルギー・資源学会にて発表された三菱総合研究所の分析を例に紹介する。この分析によると、50年にCO2排出量80%減を実現するために必要な社会コストについて、電化中心のシナリオでは、系統増強費、発電所を調整電源として維持する運営費などに費用がかかる。他方、メタネーションを活用したシナリオでは、合成メタンにより既存インフラを利用してこれらの費用を抑制することができる。電力システムの合理化にもつながることが示唆されている。

全国のコージェネの設置容量は約1300万kW。再エネ拡大を、系統増強や調整力としての火力発電の維持、蓄電池など、電力系統だけで部分最適とするのではなく、コージェネやガス導管といった既存インフラを最大限活用することで、社会コストを低減し、レジリエンスの向上や地域内経済循環のメリットが見込める。

こうしたコージェネとの親和性について日本ガス協会は「再エネ導入を加速させる中で、コージェネの利点が生かせるような制度設計をしてほしい」と話している。

  *  *  *

クロス発電にしても、コージェネ利用にしても、大切なことは「既存のインフラを無駄なく使う」という視点だ。こうした取り組みは、結果的に、国民負担の低減につながっていくことになる。

【特集2】飲料業界では初めての採用 人も地球も健康な社会の実現へ


ヤクルト本社

今年3月、ヤクルト本社は「ヤクルトグループ環境ビジョン」を策定した。2050年のあるべき姿として、バリューチェーン全体でGHG(温室効果ガス)排出量ネットゼロを目指している。コーポレートスローガン「人も地球も健康に」の下、脱炭素社会の実現のためにグループが一体となってGHG排出量削減に挑む。

ヤクルト本社 中央研究所(東京都国立市)

ヤクルト本社中央研究所は06年以降、新棟建設や改修を進め、16年に全面リニューアルが完了。延べ床面積が2倍以上になり、エネルギー消費量も原油換算で10年実績の2倍以上にあたる6188klにまで増加した。

建設・改修と共に10年からは一段と積極的に省エネ対策に取り組んできた。中でも、研究所全体のエネルギー使用量の7割以上を占める空調の省エネに注目。既に新しい建物と設備で高効率機器は導入済みだったため、運用面での省エネに取り掛かった。熱源設備の運用や制御方法を変更するなど工夫を凝らすことで節電を図った。

電力でCO2を削減する場合、高効率機器を導入した後も運用を見直し、再エネ由来の電力を選択すれば一層のCO2削減につながるが、ガスについては高効率機器を導入した後の有効な手段が取りづらい側面がある。

ガス設備では既存の蒸気配管や熱交換器、蒸気ヘッダーの保温外装材の上から、通常の2倍以上の保温性がある断熱材を巻くなど、物理的に放熱ロスを削減した。また、蒸気配管系統にあるスチームトラップを、可動部分がなくドレン排出時のロスが少ない省エネタイプのものに更新し、蒸気ロスの低減を図った。

事務部施設管理課の光永浩也課長は「ガスを燃焼して蒸気を出す理論値は変わらないので、ガス設備でのCO2を減らすには二次的な方法に頼るしかなかった」と、当時の苦労を振り返る。こうした取り組みにより、20年のエネルギー消費量を16年比で16・7%減の5157klまで削減することができた。

保温カバーを付け放熱ロスを削減

CN都市ガスを採用 利用拡大も検討

ヤクルトではさらなる省エネの検討を進める中、東京ガスから「カーボンニュートラル(CN)都市ガス」の提案を受けた。「できることを最大限に積極的に進める」という研究所の方針のもと、導入を決定した。

今年4月から5年間の契約を結び、飲料業界初のCN都市ガスの全量導入が始まった。主に2・5t/時の蒸気ボイラー4台に供給。年間約1500tのCO2を削減し、国内のヤクルトグループ全体のCO2排出量で約2%減を見込む。

当初は東京ガスのみがCN都市ガスを供給していたため、利用できる事業所が限られていた。ヤクルトグループの環境活動を担うCSR推進室によると、今後供給されるエリアが広がれば、CO2削減への選択肢の一つとして他事業所での利用を検討するという。

一方、ガスは省エネ法や地球温暖化対策推進法の適用外だ。CN都市ガスを導入してもCO2削減効果が数字に表れないことが課題として見え始めている。

今年3月に発足した「カーボンニュートラルLNGバイヤーズアライアンス」には、CN都市ガスを調達・供給する東京ガスと、購入する企業や法人14社が参画してスタートした。CN都市ガスの普及拡大と利用価値向上の実現を目的に据える。参画企業が増え、国の制度における位置付けの確立に向けて取り組み、この課題解決の糸口が見えることが望まれる。

ヤクルトグループは50年の実質ゼロを目指し、30年にはCO2の30%削減を目標に掲げている。

「目標達成に向け、新しい技術や工夫を取り入れて、ガスの使用量の削減を図るとともに、エネルギー事業者と協力しながらCO2削減の取り組みを進めていきたい」。光永課長は自社による省エネ活動への意欲とCN都市ガスの普及・導入拡大への期待を語った。

【特集2】ガス事業からCNに取り組む 響灘エネルギー拠点の青写真


西部ガス

CNのトランジション期において目標達成に挑む西部ガス。LNG基地をはじめとするエネルギーの一大拠点はどうなるのか。

北九州市の響灘地区に、西部ガスのひびきLNG基地(18万kl×2基)や、グループ会社が運用するエネ・シードひびき太陽光発電所(2万2400kW)がある。基地の隣接地には九州電力との共同事業として、2020年代半ばの運転開始を目指すLNG火力発電所の建設が予定されている。響灘の約83万㎡に及ぶ一大エネルギー産業拠点だ。

九州地域の発電設備の低・脱炭素化を進める

西部ガスは50年のCN実現に向け、30年に次の目標を掲げる。①同社グループおよび需要家のCO2排出削減貢献量を150万tにする(現在の排出量は約300万t)、②再エネ電源の取り扱い量を20万kWにする(現在は約5万kW)、③供給するガス全体のCN化率を5%以上にする―。

LNG基地を中心とした響灘地区の取り組みは、この目標達成に大きく貢献している。

基地の特性を生かす事業展開 新技術を取り入れCN実現へ

国際海事機関(IMO)は50年までに船舶から排出されるGHG(温室効果ガス)排出量を08年比で半減させ、今世紀の早い段階でゼロにする目標を掲げており、今後LNGを燃料とする船舶の導入拡大が見込まれる。

ひびきLNG基地では、船舶燃料を重油からLNGに転換した船舶へのLNG供給事業に乗り出す。岸壁や洋上に停泊するLNG燃料船に横付けしてLNGを供給する、Ship to Ship方式のLNGバンカリングの拠点形成に参画する。LNG燃料供給船の建造や保有について、九州電力や日本郵船、伊藤忠エネクスと検討中だ。

基地では、さらにメタネーションにも取り組む。太陽光発電所などで発電した電気を使って水を電気分解。水素を発生させCO2と合成して、都市ガスの原料となるメタンを作る。CO2を再利用するため、燃焼時にCO2が発生しても相殺される“CNメタン”になる。既存のインフラを使い、都市ガスと同じように供給して社会コストを抑制する。

基地に隣接する太陽光発電所は敷地面積の合計が約27万6000㎡。約7500戸分の年間電力使用量に相当する発電量だ。

立地を生かし、メタネーションへの活用も検討している。

西部ガスグループ最大のインフラ基盤であるひびきLNG基地。経営企画部の齋藤章人マネジャーは、「ISOコンテナなどによる海外向けLNG再出荷事業を拡大しながら、CNの実現に向け、新たな基地利用の取り組みを検討していく。アジアに近い立地の優位性や拡張性がある同基地の特性を生かしたビジネスを展開したい」と話している。

【特集2】エコジョーズがCNの強い味方に ハイブリッドで一次エネルギーを大幅削減


【パーパス(エコジョーズ/業務用ハイブリッド給湯機)】

パーパスのエコジョーズはスマホと連携し、省エネをサポート。 業務用ヒートポンプと組み合わせ、コスト削減にも貢献する。

LPガスの特長に、燃料が劣化しない、備蓄ができる、災害時の復旧が早いという点がある。日常はもちろん、非常時にも力を発揮する。そのLPガスの機器が、2050年カーボンニュートラル(CN)に向けて進化を続けている。

省エネ高効率ガス給湯器「エコジョーズ」はお湯をつくる際に発生する排熱も利用する。ガスの使用量が減ってガス代が下がり、CO2も削減。CNをサポートする給湯器としても注目されている。

エコジョーズ「GX-H240ZW」

近年はIoT化が進み、パーパスのエコジョーズは「AXiSスマート(900シリーズリモコン)」とスマホを連携。「パーパスコネクト」アプリを使い、スマートフォンから給湯器の遠隔操作や使用エネルギーの見える化が行える。今年6月からは2世帯住宅など、給湯器が2台ある住宅でも一つのスマホで操作できるようになった。

環境意識の高まりに対応し、使用したガスや水などのエネルギー使用量もスマホで確認が可能。オプションの「マルチ計測ユニット」を組み合わせれば、家じゅうの電気の使用量も見える化し、省エネ生活をサポートする。同社のエコジョーズは電気をつくるエネファームにも接続可能で、省エネから創エネまで行いたいユーザーの希望を叶える商品だ。

組み合わせてイイトコ取り 補助金利用で導入を促進

パーパスの業務用ハイブリッド給湯システム「PG―HB90/PGM―HB90シリーズ」は、高効率のヒートポンプ(HP)給湯器と瞬発力のあるガス給湯器を組み合わせた、エネルギーの〝イイトコ取り〟の商品だ。業務用HPユニット、バックアップ給湯器(エコジョーズ)、貯湯ユニットから構成される。

コンパクトで分散設置が可能な業務用ハイブリッド給湯システム

通常はHPをベースとしてお湯をつくり、エコジョーズはバックアップ用として待機する。お湯の消費が一時的に増え貯湯タンクの残量が少なくなると、自動的にエコジョーズが稼働する仕組みだ。42℃のお湯を1日3000ℓ使用する場合、一般的なガス給湯器を単体で使用するより、年間約47%のランニングコストを削減する。ガスの使用量が減るので、一次エネルギーは35%の削減になる。洗い物などで大量のお湯を使う業務用厨房のある飲食店や福祉施設への導入が進んでいる。

システムは、①お湯の温度が安定、②高温殺菌機能を搭載、③フレキシブルな設置が可能、④スケジュール運転が可能―が特長だ。

①は、エコジョーズでつくったお湯を貯湯タンクを通して直接供給する独自の回路を採用。これにより、HPからエコジョーズに運転が切り替わってもお湯の出が悪くなる心配がなく、安定した温度のお湯を供給し続けられる。

②は、民生用の2~3倍の加熱能力を持つ6kWのHPを採用。80℃の高温水をつくることで貯湯タンク内の殺菌ができ、いつでもクリーンなお湯を提供して事業者の負担を軽減する。

③は、ユニットがそれぞれ独立しているため、分散設置ができる。給湯器は高低差5mまで設置可能なので、給湯器のみ2階の店舗に設置するといった使い方ができる。貯湯タンクも従来の業務用エコキュートの5分の1程度の大きさになり、設置面積も3分の1になった。店舗の軒下に設置するなど、都会の店舗での利用に便利だ。

④は、営業時間や定休日をリモコンで設定できる。営業時間に合わせ沸き上げを行うので、エネルギーの無駄がなくなる。HPを停止させる時間をつくり、電力のピークカットを行うデマンドコントロールにもなる。

全て1台のリモコンで操作でき、HPと給湯器の稼働状況もリモコンに表示されるので、どの一次エネルギーを使用しているのか一目で確認できる。

今年5月、経済産業省が公募する「産業・業務部門における高効率ヒートポンプ導入促進事業費補助金」の2次公募から、システムに含まれるHPユニットが補助対象になった。現在12月10日まで5次公募中だ。

パーパスがハイブリッド給湯システムに取り組んだのは、エネルギーの自由化が始まった16年頃。鈴木孝之営業企画部長は「自由化が始まり、ガスだけでなくエネルギーという広い視野で製品を提供し、エンドユーザーのコスト削減に貢献したかった」と話す。

CN達成のために電化やCO2削減につながる機器が注目される中、ガスの利点を生かしつつコスト削減とCO2削減を実現するパーパスのハイブリッド給湯システム。国の補助金の後押しを受け、エネルギー利用が偏ることなく、電気とガスのイイトコ取りで、ユーザー目線で提案できる商品になっている。

【特集2】製造工程や排水処理で活用 GHG排出量ネットゼロに躍進


【キリンビール】

キリンはビールの製造工程で20年以上前からヒートポンプを導入。培ったエンジニアリング技術を生かし、CSV先進企業を目指す。

キリンビール名古屋工場

キリングループは昨年発表した「キリングループ環境ビジョン2050」で、2050年にバリューチェーン全体の温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにすると宣言。その達成に向けた戦略として、「省エネ」「再エネ拡大」「エネルギー転換」を打ち出している。

「省エネ」では、ヒートポンプ(HP)を用いた未利用排熱の活用と電化を項目に挙げる。「再エネ拡大」では、太陽光発電設備の導入を推進しながら、必要な電力を100%再エネ由来に切り替えていく計画だ。この二つを組み合わせて成果を出し、最後は「エネルギー転換」で水素技術を活用しネットゼロを目指す。

キリンビール(キリン)のHP導入は、1990年代からビール製造工程で始まった。ビールの製造工程は大きく分けて、①原料の仕込み、②発酵・貯蔵、③ろ過、④充填(じゅうてん)・包装―の4段階があり、それぞれの工程で多くの熱を使う。同社はまず仕込み段階にHPを導入した。麦汁の煮沸工程では低温の水蒸気が発生する。これを圧縮・昇温し、再び熱源として煮沸プロセスに再利用する。現在は国内の全9工場に、この排蒸気回収システムを採用。一次エネルギーの使用量を約80%削減し、GHG排出量は1工場当たり、年間のCO2換算で約1400t削減を実現した。

同社は、④の工程でもHPを導入している。加熱した麦汁は発酵のために冷却が必要なので、冷凍システムを使用する。従来は冷凍機からの排熱は、冷却塔で大気へ放出していた。この排熱を活用し、充填後に缶の結露防止のため加温する工程に再利用して、燃料の使用量を削減している。

このように燃料を削減しながらも、各工場では1日に約1800tもの蒸気を使う。19年に同社が使ったエネルギーは、電気で1億2000万kW時、都市ガスで6000万Nm。GHG排出量は合計約19万tにも上る。ネットゼロ達成に向けて、未利用排熱をいかに活用するかが大きなポイントになる。

排水加温ヒートポンプ(滋賀工場)

排水処理にHPを導入 大幅なGHG削減を実現

19年から順次導入し、大きな効果を上げているのが排水処理でのHP活用。現在、効果が見込める全工場で導入済みだ。

前述のビール製造の各工程では、それぞれ排水が発生する。排水には麦の残りかすなどの栄養分が混じるため、微生物を使って分解処理を行う。この微生物の活性を維持するには排水を一定温度に保つ必要があり、水温が下がる冬季は排水を加温しなければならない。これまで都市ガスを燃料とするボイラーでつくった蒸気で加温していた工程に、HPを導入した。

排水は1時間に約150mが20℃前後で流れ込む。これを熱交換器で30℃程度に昇温し、微生物による分解処理をする。その後約25℃に降温した排水を別の熱交換器で15℃まで下げ、放流する。この時回収した熱はHPで圧縮し再び35℃に昇温。熱交換器を通して、流入する20℃前後の排水の加温に利用する仕組みだ。

この導入で、キリン全体のGHG排出量は約3400t削減、前年比2%減に貢献した。

排水処理工程でのHP導入後フロー

工程を熟知した設計が強み CSVの先進企業に

キリンは100年以上培ってきたエンジニアリング技術を誇り、HP導入などの設計は外部の協力も得ながら、自社とキリンエンジニアリング社が中心で行う。生産本部技術部の若松隆一氏はいかにHPの台数を少なく、高効率で稼働させるかが重要だと話す。「そのためには、生産プロセスを十分に理解し、熱がどう使われているかを知らないと設計できない」。自社だからこそ全ての熱の流れを解析し、最適化する高度な設計ができると強調する。

製品の品質を守るのはもちろんのこと、HP導入が製造工程に影響を与えず、既設の工場にどのようにレイアウトすれば熱を最も効果的に使えるか、工場ごとに設計する。「HPはさまざまな温度条件で使えること、十分な性能であること、標準機器であること、GWP(地球温暖化係数)が低い冷媒であることなどを確認しながら、工場のエンジニアと導入の設計をしています」CSV(社会と経済の共通価値の創造)を思い描き、社会的価値と経済的価値の両立を目指す。ほかの工程でも電化を進め、さらにGHG排出量を減らす計画だ。

「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業になる」が、キリンが27年に目指す姿。「HPを使いこなし、ほかの飲料にも展開して世界をリードする、社会によい影響を及ぼす技術開発をしていきたい」(若松氏)。

ネットゼロの達成に向けて、GHG排出量の少ない生産システムの実現を目指し、その目標達成をHPが後押ししている。

生産本部技術部の若松隆一氏