【マーケット情報/1月20日】原油上昇、中国需要回復へ期待


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。中国の経済、および石油需要回復に楽観が広がっており、価格の支えとなった。

中国政府は、新型コロナウイルス感染再拡大のピークは過ぎたと発表。引き続き、経済活動を再開していく姿勢を示した。また、同国最大の石油会社シノペックは、1~3月着の原油購入を10~12月比で15%増やした。国内における石油製品の需要の強まりを見込んでいる。

米国では、12月の消費者物価指数が、前月比で下落。インフレ減速で、連邦準備理事会の金利引き上げペースが鈍化する可能性が出てきた。これにより、経済および石油需要の回復が予測された。

供給面では、ノルウェー、ヨハン・スベルドラップ油田での一部生産が、11日から、停電および設備不具合で計画外停止。1月下旬まで再稼働しないとの見通しが、油価の上方圧力となった。

【1月20日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=81.31ドル(前週比1.45ドル高)、ブレント先物(ICE)=87.63ドル(前週比2.35ドル高)、オマーン先物(DME)=84.25ドル(前週3.16ドル高)、ドバイ現物(Argus)=83.96ドル(前週比3.17ドル高)

大手電力が規制料金値上げを申請 注目される査定のポイントは


【多事争論】話題:電気料金値上げ改定

大手電力各社が経過措置規制料金の値上げ申請に踏み切った。

電力・ガス取引監視等委員会による査定の行方に、業界関係者の関心が高まっている。

〈  価格上昇前提の安易な原価を許さず まずデフレ下での改定の「反省」を 〉

視点A:松村敏弘 東京大学社会科学研究所教授

化石燃料価格などの高騰を背景に、大手電力5社から電力規制料金(経過措置料金)の値上げ申請が出された。家庭用を中心とした低圧市場で、規制無き独占を回避するため、値上げには審査を伴う規制料金を残した。自由料金が規制料金より消費者に不利なら、多くの消費者は規制料金を選ぶので、規制料金は自由料金に対する「上限価格規制」に近い役割を果たす。従って、規制料金改定は新電力の顧客を含む低圧需要家全般に影響を与え得る。競争が十分進展しているとはいえない現状では、料金審査の重要性は依然として大きい。

燃料費の高騰は、期ずれの問題はあるものの、通常は燃料費調整制度(燃調)によって消費者に自動転嫁される。しかし燃調での転嫁には上限がある。5社はこの上限により、価格転嫁ができない状況にある。上限があるのは、それほどの大きな価格変動がある場合には、原価全体を見直し、効率化によって燃料価格高騰の影響を軽減することが期待されているからである。この観点からは、現行料金と申請料金の差ではなく、燃調の上限がなかった場合の料金と申請料金の差に注目すべきだ。

さらに北陸・中国電力は、震災後に値上げした他事業者と原発比率に差があるとしても、原発停止で費用が増加した点は同じで、にもかかわらず値上げしなかった事業者だ。この分、今回の両社の値上げ率が大きくなることはやむを得ず、値上げ率だけで効率化努力が足りないと判断すべきでない。

世界的な燃料価格の高騰は電力会社の責任ではなく、この転嫁が認められなければ、電力供給が維持できなくなる。この影響による値上げはやむを得ず、消費者の理解を得るべく、電力会社だけでなく政府も努力すべきだ。一方、燃調では自社の調達費用ではなく全日本平均輸入価格の変動が適用される。つまり、自社の調達戦略の失敗のつけを転嫁できない制度で、効率化の誘因を備えている。値上げ申請ではこの基準価格も自社の調達価格を反映して変わる。自社の非効率的な調達を原価に織り込む結果にならないよう、厳しく査定されることになる。

価格高騰をどう査定するか 国策「便乗」の原価かさ上げは認めない

燃料費以外にも賃金や資材価格の高騰もあり、これをどう査定するのかも大きな論点だ。賃金については既に算定方法が整理されている。参照する他産業の賃金水準の上昇に伴う賃金費用の増加は原価として当然認められるべきだし、参照賃金が上昇することは政府の方針にも合う望ましいことともいえる。しかし政府が賃金上昇を促している事実を逆手にとり、足下上昇した賃金水準を超えて、将来の賃金上昇を勝手に原価に織り込めば、大きな議論になる。また電力会社が織り込むのはあくまで原価で、収益改善をさらに進めた差益で原価を超える賃金とするのは規制されない。実際原価を超える役員報酬や賃金を支払う会社もあった。国策を口実に安易に原価を上げるべきでない。

料金原価は将来発生すると想定される費用を織り込むことになるが、将来の予測は難しく、従来は過去実績を使って将来の費用の予測値として利用してきた。足元費用が高騰しているものは直近の値を使い、そうでないものは長い期間を使って推計するなどの策を弄して原価を上げていないかも精査が必要だ。インフレ下で足元の高価格、さらには将来の予想される価格上昇も原価に織り込むのは当然との見方もあり得る。しかし、デフレ下でも同じ考え方で原価を算定していたかが問われる。デフレ下で、将来の価格低下を原価に織り込まなかった、あるいは単なる価格低下を効率化と整理した事業者が、インフレになったら価格調整が当然、これは効率性の悪化ではないから原価に織り込むべきと主張するのは身勝手だ。

震災前にデフレ下でも適切にデフレを反映した価格改定を怠り、原価算定期間を超えて料金を維持してきた事業者が、インフレ下で非対称な料金設定をするのを安易に許すべきではない。同様に、デフレ下で将来の参照賃金の低下を見込まなかった業界が、インフレの局面だけ将来の参照賃金の増加を見込んで原価算定することが公正とはいえない。

燃調は、円高・資源価格安の局面で、費用低下を適時に反映する目的で導入され、受け入れられた。もし業界が円高の局面で燃調を拒み、円安になった途端燃調の必要性を訴えたとしても、説得力は無かっただろう。同様に、インフレ下でエスカレーションなどの措置の必要性を声高に主張する前に、業界は過去の態度を反省すべきではないか。

まつむら・としひろ 1995年生まれ。88年東京大学経済学部卒。博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所助手、東京工業大学社会理工学研究科助教授を経て現職。専門は産業組織、公共経済。

【火力】石炭火力の底力 IGCCと水素の可能性


【業界スクランブル/火力】

COP27では、化石燃料とりわけ石炭利用について厳しい目が向けられたが、足下では世界的なエネルギー需給のひっ迫から石炭を含む化石燃料の使用量が増加している。この傾向は一時的なものとの見方もあるが、確かなのは、北半球の寒い冬を乗り切るためにはエネルギーが必須であり、今すぐに脱炭素社会の実現は不可能だということだ。

このように、主に欧州では声高に脱炭素を喧伝しながらも実際には化石燃料の消費が増える状況となっているが、これはまるで拙いダイエットを見せられているかのようだ。「明日から絶対ダイエットするぞ」と言いながら「今夜はケーキを食べちゃおう」というのはよく聞く話ではないか。さらにいえば、脱石炭というのはいわば身体を壊しがちな絶食ダイエットのようなもので、ダイエットも脱炭素も無理をするのは失敗の素だとそろそろ気付くべきであろう。

CO2の排出源として評判の芳しくない石炭だが、瀬戸内に立地する大崎クールジェンで行われている酸素吹きIGCCの研究開発では着々と成果が上がっている。コアとなる酸素吹きガス化炉は、水蒸気改質を加えて水素を製造できる上に、排ガス中のCO2分圧が高いため効率的なCO2分離回収が可能であり、優秀なブルー水素製造装置にもなり得る。また、水素リッチな生成ガスを後段の発電設備で利用するため、水素専焼向けのGT燃焼器開発にも貢献しているのである。

やめるという選択肢は簡単で分かりやすいが、それは将来のイノベーションの芽を摘んでしまうことにもなる。商用化にはまだまだハードルはあるものの、高効率=低コストのカーボンフリー電源として、今こそIGCCの持つ可能性に向き合うべきではないだろうか。(N)

【原子力】六ヶ所工場の完成遅延 規制側の問題は


【業界スクランブル/原子力】

ウクライナ戦争が長期化し、石油や天然ガスが市場経済の中で自由に取引されるコモディティから一転して戦略物資と化した。エネルギー政策の要諦は安全保障で、化石燃料の安定供給と原発を軽視することはもはや許されない。また原発はカーボンニュートラルを達成するためにも不可欠である。

欧州では仏・英を中心に原発の新増設計画が具体化している。米国でもSMR(小型モジュール炉)の建設計画が進んでおり、原発の閉鎖防止のCNCプログラムがバイデン政権の下で進められている。

日本は原発の再稼働が進まず、石油火力の休廃止が大きく進んだ結果、構造的な電力不足に陥っている。これは非合理な原子力規制と、環境原理主義、新自由主義に踊らされた電力行政の失敗に他ならない。特に、供給力を一切持たないため、2割もが経営破綻した新電力に大きな期待を寄せた政府の制度設計の機能不全は眼を覆うようだ。

原子力規制の機能不全も深刻だ。①不確実性の高い自然現象である活断層問題を決定論的な二元論で扱い、IAEA(国際原子力機関)基準からかけ離れた科学的合理性を欠いた恣意的過剰規制が横行、②事業者を指導できる人材が規制側に不足している、③規制側の体制が事業者との意思疎通と予見可能性を欠いている、④規制側が明確な審査基準を提示していない、規制側の要求があいまいである―などが挙げられる。

結果として、原発の再稼働は大幅に遅延しており、原子力を持続的エネルギー源とするために欠かせない六ヶ所再処理工場は審査が長期化し、竣工予定の延期を余儀なくされている。規制側は日本原燃の力不足ばかりを指摘するが、むしろ規制側の進め方に問題があるとみるべきである。(S)

高温ガス炉技術を世界実装へ 原子力のイノベーションに挑む


【エネルギービジネスのリーダー達】濱本真平/ブロッサムエナジー代表取締役CEO

2022年4月、日本原子力研究開発機構を退職しブロッサムエナジーを創業した。

高温ガス炉による安心安全な原子力システムを実現し、国内外での社会実装を目指す。

はまもと・しんぺい 神戸商船大学(現神戸大学)大学院修士課程修了。2016年筑波大学大学院で高温ガス炉の研究で博士号修得。02年から約20年に渡り日本原子力研究開発機構において研究炉の運転・保守・研究開発に従事。22年4月から株式会社Blossom Energyの代表取締役CEOとして活動開始。

 脱炭素社会の実現に向け、再生可能エネルギーと並んで原子力発電が再評価されはじめている。とはいえ、原子力を持続的に活用していくためには、安全性を向上するのみならず、水素製造や熱エネルギーの利用といった新たなニーズに対応するための技術的なイノベーションは欠かせない。

高温ガス炉の社会実装へ 日本固有の技術を活用

2022年4月、「全ての人に、安価で安定し持続可能なエネルギーを届ける」ことをビジョンに掲げ、日本初の高温ガス炉型開発のスタートアップが誕生した。20年間に渡って、日本原子力研究開発機構(JAEA)で新型原子炉の研究に携わってきた濱本真平氏が最高経営責任者(CEO)を務める「ブロッサムエナジー」だ。

水戸市を拠点とし、まずは収益基盤となる知的財産の獲得・保護に着手するとともに、JAEAでの知見を活用し、重電メーカーなどパートナーとの協力体制の構築を模索中。早ければ、35年の商用炉第1号機の運転開始を目指している。

神戸商船大学(現神戸大学)大学院修士課程修了後、02年にJAEAに就職。1998年に初臨界に達した茨城県大洗町の高温工学試験研究炉(HTTR)は、出力上昇試験を行っているところで、まさに「高温ガス炉は、一番ホットな研究領域だった」(濱本氏)。

当時は、軽水炉と高速増殖炉が研究のメインストリームだったが、高速増殖炉が必ず成功するという確信があるわけではない。「高温ガス炉技術が次のプランとなり得るよう育成しようと思いながら研究に従事してきた」と、これまでの研究生活を振り返る。

ベンチャー起業による技術開発を意識し始めたのは10年ほど前。当時、アメリカでは既に50~60社の原子力ベンチャーが立ち上がり、国際会議でも基調講演に立つのはニュースケールなどのそうした面々。日本にはない勢いを感じ「日本でも原子力ベンチャーによる技術革新の活性化が必要なのではないか」と思うようになった。

HTTRは世界的にも先端的な高温ガス炉研究開発拠点だ。とはいえ、営利活動を目的としない国の研究機関では商用化の推進は難しい。21年に福島第一原発事故後、停止していたHTTRが再稼働したことも後押しとなり、22年3月にJAEAを退職し起業することを決断した。

ともに創業した18歳年下のCOO(最高執行責任者)近岡旭氏と知り合ったのは、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)上で声をかけたのがきっかけ。息の長いビジネスなので、若い人材が必要だと感じていた一方、東大大学院で原子核物理の研究に携わっていた近岡氏も、就職先としてスタートアップを意識し、特に原子力を活用したビジネスに興味を持っていたといい、二人の思惑が一致したのだ。

社名の「ブロッサム(桜)」は、日本における原子力への印象がなかなかポジティブにならない中で、日本人に受け入れられやすい可愛さを意識するとともに、原子炉のクラスタを真上から見ると花のように見えることから、日本を象徴する花である桜を意味する名前を付けた。

最も安い発電システムを実現 国内外への実装目指す

2人が商用化を目指す高温ガス炉は、技術としてはほぼ確立している上に、過酷な事故を心配する必要がない原子力システムにより、社会に安心と安全をもたらすことができることが大きなメリットだ。

高温ガス炉は核分裂反応を利用するが、その反応を調整する減速材として黒鉛、冷却材としてヘリウムガスを採用している。核燃料は耐熱温度1600度を超えるセラミックで覆い、炉内構造物も同2500度以上の黒鉛を用いる。耐熱性に優れるために事故が起こっても熱による炉心の損傷が起こらないとされているほか、冷却材のヘリウムガスは化学反応が起きにくく、軽水炉で起きる可能性がある水素の爆発、水蒸気の爆発が発生しづらい。

高温ガス炉の課題である経済性については、炉心を並列(クラスタ)化し出力を増強することで解決を図る。8基の炉心で最大出力約80万kW程度の原子炉システムを構築することを想定しており、発電単価は1kW時当たり7円程度。米ニュースケールが計画しているSMR(小型原子炉)の9円を下回ると試算している。

国内の既存の原子力発電所は、30年以降、徐々に廃止されていく公算が高い。次のエネルギー源を選択する際に、技術的な課題を解消した原子力システムを実装可能な製品として提示するには、残された時間はそれほど多くない。

昨今の電力需要のひっ迫や料金の高騰などを背景に、次世代原子力技術への期待の高まりを感じているという濱本氏。「高温ガス炉は社会にとって有用な技術だ。日本の強みとなるチームを作り、これを世界に実装していく一つの起点となっていきたい」と意気込む。

【石油】産油国の減産維持 「様子見」の見方が大勢


【業界スクランブル/石油】

OPECとロシアなど主要産油国(10カ国)からなるOPECプラスは2022年12月4日、オンラインの閣僚協議で、11月の大幅な減産水準を維持することで合意した。ただ、必要があればただちに追加措置を講ずるとして、原油価格軟化の場合の追加減産の可能性を示唆した。先進国の積極的利上げ継続と、中国のゼロコロナ政策による世界的な景気後退観測や、ロシア産原油に対する上限価格設定の影響など、石油需給の不確定要素が多い中で、当面「様子見」を決めたとする見方が大勢である。

しかし、コロナ・ウクライナ対応で最近は月1回だった閣僚協議の次回開催を23年6月4日に設定した点には注目すべきである。従来の年2回の協議という平時モードへの復帰を目指しているようだ。様子見ならば、月1回の協議を続けるのではないか。

既に22年11月21日、サウジのアブドラアジズ・エネルギー相は、現行生産水準は23年一杯維持されるとも発言している。こうした状況の中でも、サウジには、原油価格安定にある程度の自信があるのかもしれない。また、ロシアのノバク副首相は、原油の上限価格適用国には輸出しないと発言している。ロシアとサウジは閣僚協議の共同議長、どのような説明があったのか、興味のあるところだ。

ただ、引き続き、OPECプラスが原油高価格を目指すのであれば、今回、生産枠拡大を要求したといわれるイラクやUEAを含む参加各国の生産枠順守の継続、さらに、需給変動時のサウジによる迅速な生産調整(スイング)が最低限の必要条件になるように思われる。協議終了後の原油市場は続落、WTI先物は75ドルを割り、1年前の水準に戻った。当面、不透明な原価格動向は続く。(H)

【検証 原発訴訟】避難計画未整備で安全確保できず? 深層防護の考え方をミスリード


【Vol.10 東海第二判決】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士

今回は、避難計画の未整備を理由に水戸地裁が東海第二発電所の運転差止めを認めた判決を扱う。

運転差し止めを認める枠組みとして使用した「深層防護の防護レベル」についての判断を考察する。

 日本原子力発電の東海第二発電所は、首都圏にある唯一の商業炉で半径30‌km圏内に全国最多の94万人が住む。2021年3月18日に水戸地裁が同発電所の運転差し止めを認めた判決(「東海第二判決」)では、「国際原子力機関(IAEA)は第1から第5までの防護レベルによる深層防護の考え方を採用し……原子力規制委員会は、IAEAの上記深層防護の考え方を踏まえ……原子力規制委員会規則において、第1から第4の防護レベルに相当する安全対策を規定」「避難計画等の第5の防護レベルの安全対策は、災害対策基本法及び原子力災害対策特別措置法によって措置がされることにより、発電用原子炉施設の安全が図られるとしており、我が国においても、発電用原子炉施設の安全性は、深層防護の各防護レベルをそれぞれ確保することにより図るものとされている」ことから、「深層防護の第1から第5の防護レベルのいずれかが欠落し又は不十分な場合には、発電用原子炉施設が安全であるということはできず、周辺住民の生命、身体が侵害される具体的危険があるというべきである」とした。

第5の防護レベルを別扱い 特徴的な判断枠組みを採用

さらに「深層防護の第5の防護レベルについても、大規模地震、大津波、火山の噴火等の自然現象による原子力災害を想定した上で、実現可能な避難計画が策定され、これを実行し得る防災体制が整っていなければ、PAZ(原子力施設から概ね半径5㎞以内)及びUPZ(原子力施設から概ね半径30㎞以内)の住民との関係において、深層防護の第5の防護レベルが達成されているということはできない」「本件発電所のPAZ及びUPZにおいて、原子力災害対策指針の定める段階的避難等の防護措置が実現可能な避難計画及びこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態であり……深層防護の第5の防護レベルには欠けるところがあると認められ、人格権侵害の具体的危険性がある」と、避難計画の問題を理由に運転の差し止めを認めた。

この判決の特徴は、深層防護の第1から第5の防護レベルを判断枠組みに取り入れ、第1から第4と、第5の防護レベルとの判断枠組みを異にした点である。

UPZに94万人を抱える地域の避難計画策定は簡単ではない

深層防護とは一般に、安全に対する脅威から人を守ることを目的に、「ある目標を持ったいくつかの障壁(防護レベル)を用意して、あるレベルの防護に失敗しても次のレベルで防護する」という概念だ。判決は、「深層防護の第1から第4の防護レベルに相当する事項については、規制委による原子炉施設の設置(変更)許可がされている場合には、具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは上記具体的審査基準に適合するとした規制委の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認められない限り、当該原子炉施設について安全性が備わっているものと認めるのが相当である」としたが、「第5の防護レベルについては、規制委による許認可の際に審査を受けないため事情を異にする」と指摘する。

加えて判決では、深層防護の防護レベルのいずれかが欠落するような場合、原子炉施設の安全性が担保されず、深層防護の各防護レベルで固有の安全性が確保されなければならないことを前提とした。根拠として、「深層防護の考え方において、ある防護レベルの安全対策を講ずるに当たって、その前に存在する防護レベルの対策を前提としないこと(前段否定)が求められるものであるから、深層防護の第1から第4までの防護レベルが達成されているからと言って、避難計画等の深層防護の第5の防護レベルが不十分であっても、発電用原子炉施設が安全であるということはできない」ことを挙げた。

しかし、日本原子力学会標準委員会による「原子力安全の基本的考え方について」第Ⅰ編別冊の「深層防護の考え方」(IAEAやNRC(米原子力規制委)などの文献をまとめ、深層防護の適用に際した論点を検討)では、深層防護は、「人と環境を守るという原子力の安全確保の目的を達成するための方策を構築する考え方を定める基本概念」であり、「一つの対策では防げないという不確かさを考慮して、放射線リスクから人と環境を護るための防護策全体の実効性(成功確率)を高めるために適用されるもの」であるとされる。

前段否定は安全性直結せず 具体的危険性の検討不十分

また、各防護レベルの独立性については、「複数の防護レベルが全て機能しなかったときに、人或いは環境に対する有害な影響が引き起こされる」ところ、「深層防護の考え方で不可欠な要素は、異なる防護レベルが、各々独立して有効に機能することである。そのため、ある防護レベルにおける設計、機能、対策等が、他の防護レベルのそれらにとって障害とならないようにしなければならない。ある防護レベルが他の防護レベルの機能失敗によって従属的に機能失敗することがないことを含め、各防護レベルが独立な効果を発揮するように設計を行うことが必要である」と説明している。

要するに、基本概念である深層防護の考え方から直接的に原子炉施設が安全か否かを導くことはできないし、前段否定の考え方から、各防護レベルで固有の安全性が求められるものでもない。むしろ深層防護の考え方は、具体的な設計や運用の総体として安全性を求めていくものである。この点で判決は、複層的な防護システムを現実的に機能させようとする深層防護の考え方をミスリードし、形式論理の操作により各防護レベルを個別に扱い過ぎたと思われる。このミスリードの結果、規制委が設置(変更)許可する意味、すなわち「災害の防止上支障がない」と専門技術的裁量を有する規制機関が判断することの重み、ひいては重大な事故の発生の蓋然性と人格権侵害の具体的危険性との関係性の検討が不十分となったものと思われる。

・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/

・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/

・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/

・【検証 原発訴訟 Vol.5】https://energy-forum.co.jp/online-content/9792/

・【検証 原発訴訟 Vol.6】https://energy-forum.co.jp/online-content/10115/

・【検証 原発訴訟 Vol.7】https://energy-forum.co.jp/online-content/10381/

・【検証 原発訴訟 Vol.8】https://energy-forum.co.jp/online-content/10786/

・【検証 原発訴訟 Vol.9】https://energy-forum.co.jp/online-content/11164/

もりかわ・ひさのり 2003年検事任官。東京地方検察庁などを経て15年4月TMI総合法律事務所入所。22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。

【コラム/1月20日】電力価格高騰のドイツ電気事業への影響


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

ロシアのウクライナ侵攻を契機に、天然ガスをはじめ化石燃料の価格が大きく上昇する中で、EUの電力価格も高騰している。このことが、電気事業にどのような影響を与えているかについて、ドイツの事例で紹介したい。

昨年10月19日のコラムで触れたように、EUは、2022年9月30日のエネルギー閣僚理事会で採択した規制(「エネルギー価格の高騰に対処するための緊急介入に関する規制」)で、需要削減、電力市場におけるインフラマージンの消費者への再分配など、電気料金高騰への対応策を講じることを加盟国に求めた。これを踏まえ、ドイツでは、2022年11月25日に、エネルギー価格を抑制する法案が閣議決定された。電気料金については、2023年3月1日から2024年4月30日まで、上限が課せられる。2023年3月には、1月、2月の救済額も遡及して適用される。家庭需要家と中小企業の需要家(年間電力使用量3万kWhまで)の電気料金は、租税公課、送配電料金などをすべて含んだグロスで40セント/kWhを上限とする。年間の予測消費量の80%の需要に適用される。産業需要家の電気料金については、13セント/kWhに租税公課を加えた金額を上限とし、使用量実績の70%まで適用される。財源は、経済安定化基金(WSF)および電力市場におけるインフラマージンである。EUは、2022年9月30日にエネルギー閣僚理事会で採択された規制でインフラマージンの上限を18 セント/kWhに設定することを求めている(2022年12月1日から2023年6月30まで適用。期間を見直し延長することも可能である)。

ドイツでも、電気料金にこのように暫定的な上限が課せられることになり、需要家保護策が講じられることになったが、電気事業の経営にはどのような影響が出ているであろうか。電気事業の下流に特化するe.onの企業全体の利益(EBITDA)は、2022年は、前年並みと予想されている。小売りは、料金転嫁を進めることから前年並みの利益が確保できる予想である。また、上流に位置するRWEの利益は大幅に増大すると予想される。再生可能エネルギー、原子力、褐炭を用いる発電プラントには、巨額なインフラマージンが発生しているためである。

これら2大電力会社に対して、ロシアからの天然ガス供給が停止したことから、スポットで調達をしなくてはならなくなった発電事業者uniperは、経営難に陥り、破綻を避けるため、ドイツ政府により国有化される(2022年9月21日発表、政府の持ち株比率99%前後)。また、EnBWが74%を保有するライプチヒに本社を置く天然ガス輸入業者VNGも国家による救済措置を申請している(2022年9月9日)。さらに、発電の多くを取引所から調達する公営ユーティリティ会社であるシュタットヴェルケは、電力価格の高騰で、財政難に陥っている。先物で電力を調達してもエネルギー価格の急騰に伴い、追加保証金が大幅に増えているためである。業界団体BDEWの調査では、エネルギー供給に従事するシュタットヴェルケの50%が、今後5年間に標準料金を提供する基本供給事業者の倒産が増加すると予想している。このままでは、エネルギーのみならず、交通、電気通信、街路清掃、上下水道、廃棄物処理などの公的サービスの提供に支障をきたすことが懸念されるため、シュタットヴェルケの全国的組織VKUは、州政府と連邦政府に財政支援や救済措置を求めている。

それでは、このような経験を踏まえ、電気事業の経営戦略は将来どのように変化していくであろうか。まず言えることは、市場リスクマネジメントとしては、価格が大きく高騰する状況では、従来のリスクマネジメントである先物では十分ではなく、PPA(Power Purchase Agreement)のような、より長期で安定的なコストで調達可能な契約の重要性が増すと考えられることである。とくに、グリーンPPAは、市場リスクを大幅に低減できるものとして、これまで以上にエネルギー供給事業者によって選好されるであろう。同時に、卸価格連動の料金制の採用も増えていくだろう。さらに、卸価格の高騰と電気料金の大幅上昇で、需要家は、省エネ、自家発・蓄電池の設置によるエネルギー自給自足により関心をもつと考えられることから、エネルギー供給事業者にとってエネルギー関連サービスのような新規事業のチャンスが増すであろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

アクチノイドが作業の障害に 廃炉ロードマップは再考を


【インタビュー】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授。日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

福島第一原発の廃炉は、放射能が強く半減期が長いアクチノイド元素が作業の障害になる。

長く廃炉に携わった石川迪夫氏は、半減期を考慮した長期間の保管が現実的な方策だと訴える。

 ―日本原子力研究所(当時)の動力試験炉JPDRの廃炉を行い、TMI(スリーマイル島)2号機やチェルノブイリ4号機など事故炉の調査に携われた経験から見て、福島第一1~3号機の廃炉についてどう考えていますか。

石川 率直に言って、廃炉作業に携わったことのない人たちが、頭の中だけで練った計画を進めている印象があります。原賠機構(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)、東京電力の進め方は現実的・合理的なものとは思えません。このままでは費用ばかり増えて、国民に大きな負担を負わせることにならないかと心配しています。

―具体的にどういった点が現実的、合理的でないのですか。

石川 格納容器内の放射線レベルが非常に高く作業が困難である事から、40年で廃炉終了という現行計画が現実的でなくなっていることです。廃炉作業とは、事故の有無を問わず、壁や床にこびりついた放射性物質を完全に取り除く仕事です。最後は人手による除染作業は「ぞうきんがけ」をしてすませて、それを確認します。

 事故炉では、溶融炉心を取り出しても、熔融炉心から出てきたアメリシウム241などのアクチノイド元素が、格納容器の床や壁を強く汚染している。アクチノイド元素は原子炉の運転でできるもので、自然界には存在しません。人間に対する毒性が分かっておらず、放射線安全上厳しく規制されています。格納容器に立ち入っての作業は、現在の線量では廃炉の実施は無理ですし、人体への影響も不明です。それらを考えると、「廃止措置に向けた中長期ロードマップ」に示されている事故発生時から30~40年後の廃炉終了は現実的とはいえません。

事故炉の解体撤去達成は1基のみ 外部への放射能拡散の心配なし

―TMI、チェルノブイリも解体撤去は行っていません。

石川 過去大きな炉心溶融を起こした原子炉は、世界で7基あります。古い順に、①英国のウィンズケール原子炉、②米国のSL―1運転訓練炉、③TMI2号機、④チェルノブイリ4号機、⑤福島第一の1~3号機です。

 このうち廃炉が完了したのは、放射能が微量だったSL―1だけです。ウインズケール炉は、施設の周辺を除染しただけの状態といいます。TMI2号機は、溶融炉心の98%を解体し取り出しましたが、廃炉工事は中断しています。チェルノブイリ4号機は、石棺とは名ばかりの雨風が吹き込む状態で20年間を耐えましたが、EUの援助により石棺を覆う外壁構造物を建設し、ロシアの侵攻が始まるまでは安全隔離の状態にありました。いずれも解体作業を行うのに相応しい状態ではないと判断しているためですが、内部状態は全て安定しています。外部に放射能を放散させる恐れはありません。

―福島第一1~3号機の廃炉はTMI、チェルノブイリよりも困難になりますか。

石川 福島第一1~3号機の格納容器内部の放射能線量を聞くと、1号機6・5グレイ、2号機7グレイ、3号機10グレイ以上といいます。この線量は1時間足らずで致死量になります。さらにこの数値は、TMI、チェルノブイリと比べて1~2桁ほど高い。理由として、TMIでは溶融炉心から出た放射性ガスが加圧器格納容器の水で除染されて格納容器に放散されたため、チェルノブイリの場合は、長時間の黒鉛火災と炉心溶融により燃料棒内の放射能の多くが気化蒸発して外界に放出されたためと推測できます。放射能の低い両炉ですら、廃炉の解体撤去工事にはまだ手を付けていないのです。

まず格納容器内部の調査を 500年の安全隔離が必要に

―すると福島に対しては、どういった対応が望ましいですか。

石川 1~3号機は、壊れ方がそれぞれ違い、放射能の汚染状況も異なっています。まず、それぞれの格納容器の中をしっかりと調べて、内部の破壊状態や放射能の汚染状態を国民に分かりやすく知らせる必要があります。そして廃炉経験者や関心を持つ学識者などから広く意見を求め、ロードマップを再考すべきです。

―解体撤去を始めるまで、どれくらいの期間を見るべきですか。

石川 一般原子炉の廃炉と同じ程度の被ばく線量で作業には、残存する主要核種の半減期を考慮すればいい。セシウム137の半減期は約30年だから、放射線量を三桁下げるには約300年が必要です。一方、放射線の専門家によると、核変換でたまるアメリシウム241(半減期430年)の蓄積・減衰を考慮すれば500年かかるという。福島1~3号機の廃炉は、約500年間の安全隔離を行った後、という事になります。

―原賠機構、東電は事故から30~40年後に廃炉を完了する目標を変更していません。

石川 ALPS(多核種除去設備)処理水の海洋放出が終了すれば、廃炉のプログラムに移ります。これまで述べたように、現行計画は実施不可能ですから、変更しなければいけません。

原子力の知識がある識者ならば現計画を進めることが誤りであることは分かるはずです。政府は決意してその声を国民に伝え「現状の方策では膨大な費用がかかる。長期間、密閉管理して保管したい」と語りかけるべきです。この実行は早いほどよいでしょう。

―地元へはどう説明しますか。

石川 福島第一1~3号機は、放射線の研究者にとっては、非常に貴重な実験所になります。放射線の生物への影響には、まだまだ分からない点が多くある。現行計画の見直しで得られる資金で国際的な研究所をつくり、そこに世界中から研究者を呼び寄せれば、放射線研究の一大拠点になります。もう既に、サイトの90%は平服で出入りができるほど整備されています。研究所をつくる特別な対策は特に必要ないでしょう。4号機は廃炉にすればよく、サイトを公園にすれば、各国の研究者と地元の人たちが交流できる国際都市ができると思っています。

聞き手:佐野 鋭

【ガス】来冬も高騰続くか 欧州で在庫不足の懸念


【業界スクランブル/ガス】

2020年9月に発生したマレーシアでの天然ガスパイプライン損傷事故を受け、売主ペトロナスは災害発生などで供給義務を免れる「不可抗力条項」を宣言した。これにより、一部長期契約者はスポットLNGを購入せざるを得ない状況に陥った。北東アジアのスポット価格指標(JKM)が高騰する中、長期契約価格を大きく上回るスポットでの調達は購入者の収支を直撃する形となった。

ロシア産ガスに4割弱依存してきた欧州は、22年9月以降供給量を1割に減らされ、このままでは冬場の需要期に安定供給を維持できない状況にある。不足を減らすために、多数の北東アジア向けスポットLNGが欧州へ向けられている。高騰する欧州市場価格(TTF)でこのスポットLNGは取引されるため、JKMが引っ張られている形で高騰しているのだ。

欧州の状況を見ると、ロシアがガス供給を大幅に削減する以前から、欧州各地で枯渇ガス田などへの地下貯蔵が進められ、 22年11月中旬には充填率が約1

00%となった。今冬の欧州長期予報は暖冬であり、予報に反して厳冬にならない限り、今冬の欧州ガス不足は深刻化しない見通しだ。

しかし、安心は禁物。今冬は乗り越えられても、来冬はガス不足の危機に陥る可能性が高いからだ。ロシア産ガスの供給が見込めない中、今冬に使い切ってしまう地下貯蔵ガスを補填するすべが残されていない。そうなると、需給はひっ迫してTTFは跳ね上がり、JKMも影響を受けて高騰することになる。日本の都市ガス事業者がスポットLNGを必要とした時、経営状況を一気に悪化させるような高価なスポット購入を迫られる状況は今後も続くのだ。欧州のガス不足は決して対岸の火事ではない。(G)

【新電力】入札による卸販売 内外無差別なのか


【業界スクランブル/新電力】

2023年度向けの卸電力に関して、旧一般電気事業者(大手電力)各社は入札による販売を実施している。方法は各社各様であるが、入札によって「内外無差別」な卸取引が実現するというわけである。内外無差別の徹底は、大手電力会社と新電力間の「電源アクセスの不平等」を解消するためのものであるはずだが、入札はそれを実現すると言えるだろうか。

一部の大手電力会社は、傘下の小売り事業者が入札を行っている。ライバルである事業者が仕入れた電力が入札にかけられており、少なくとも無差別な電源アクセスとは言い難い。

では、発電部門が入札を実施していればそれが実現するかというと、そうとも言い切れない。大手電力会社の入札の多くは「自社エリア内限定」での入札を実施しており、自社小売りも入札参加することとしているが、エリア内需要における地域大手電力会社の小売り部門のシェアは非常に高く、買い手に市場支配力が存在する。卸販売される量の大半を買うのだから、彼らはいくらで札を入れても落札でき、それ以外の事業者はそれより高い札を入れれば落札、低い札であれば失札となる可能性が高い。新電力各社が落札するためには高めの札を入れざるを得ず、その結果、大手電力会社の小売り部門より高い価格で落札することになる(安ければ失札)。いずれにしても、大手電力会社の小売り部門の行動次第で新電力の卸調達可否・価格が決まる状況は平等とは言えない。

もちろん、入札自体が内外無差別への答えとして誤っているわけではない。新電力が自ら電源確保を模索すること、それが可能となる環境整備を実施していくことが必要なのであり、23年度はその過渡期として卸入札が行われているものと捉えるべきではないだろうか。(K)

語り継がれる「ドーハの悲劇2022」


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

今回は2022年サッカーW杯で日本に敗れ、二大会連続で一次リーグ敗退という屈辱を味わった、あの「強豪国」の話だ。と言ってもサッカー以上に「悲劇」として長く記憶されそうなのは、22年11月に公表されたカタールとのLNG長期契約の方だ。

ウクライナでの戦争勃発以来、ドイツ政府は、なりふり構わずロシアに代わるガス供給者を求めてきた。これに応じたのがカタールだ。27年までに年間約5千万tもの増産を計画する同国にとっては、ドイツは格好の「カモネギ」であったに違いない。

30年までに温室効果ガス65%削減をうたい、脱化石燃料を急ぐドイツが切実に欲しいのは足元の供給だが、契約では最大200万tの供給が26年にようやく始まり、15年以上も続く。ショルツ首相らが「ガス乞い」して成立した取引ゆえ、価格も含め契約条件が芳しいはずがない。地政学リスクも抱えたこの中東の首長国とは、さらに2本の長期契約が交渉中とされる。ドイツのエネルギー安保は「ロシア頼み」から「カタール頼み」に代わるだけである。

一方、日本の大口需要家は、21年末に同国との長期契約を終了した。これに対し、「ドイツに遅れるな」が得意な大手メディアは概ね批判的だ。しかし、カタールが求める超長期の契約期間や転売禁止は、電力自由化や脱炭素とは相容れない。中国などアジア勢や欧州の台頭で、日本がLNG市場で圧倒的な購入量を背に安定供給を求める時代は終わった。日本の需要家は、政治的に安定し、契約の柔軟性がある供給先を適切に分散しながら選択することで安定確保を図っているのだ。その上で政府に期待したいのは、上流における権益の確保、備蓄能力の拡充、そしてLNG依存を軽減する電源のベストミックス再構築への支援。「悲劇」への追随ではない。

【コラム/1月18日】2023年に着目すべき政策・制度


加藤 真一/エネルギーアンドシステムプランニング副社長

2022年が駆け抜けるように過ぎ、新たな年が幕開けした。昨年は秋以降、年末までGXやエネルギーに関する政策・制度設計の議論が慌ただしく開かれ、GX推進の基本方針(案)をはじめ、その他多くの取りまとめや中間整理が矢継ぎ早に出された。取りまとめは方向性の整理に過ぎず、本当に大切なのは、仏に魂を入れるがごとく、しっかりとした詳細設計をし、着実に実施に移すことである。今回は2023年に着目すべき政策や制度についてみていきたい。

昨年末までを振り返り

毎年、年末や年度末には、振り返りとして各政策・制度設計の進捗をチェックしているが、昨年末にも状況を整理してみた(表1)。政策や制度は、PDCAを回しながら設計・運用されると認識しているが、こうして見てみると依然として数多くの論点があることが分かる。全部を紹介すると長くなってしまうので、主だったところを紹介する。

1.資源燃料・発電分野

燃料関連では、特にLNG調達確保に向けた方策を国も介入して講じ始め、供給力確保では、夏冬の高需要期のたびに付け焼き刃的に行っているkW・kW時公募に頼るのでなく、休止電源を制度的に確保する予備電源や、今後必要となる脱炭素電源の新設・リプレイスの投資を促進するための長期脱炭素電源オークションの詳細設計に入っている。既に制度化されている容量市場は、これまでに3回のメインオークションが開催され、いよいよ来年4月には契約が発効するため、その準備が佳境に入っている。脱炭素電源の普及拡大では、原子力発電の方向性が取りまとめられたほか、水素・アンモニアについては商用サプライチェーン構築に向けた支援策について取りまとめが出された。もう一つ忘れてはいけない再エネについては、FIP制度が始まったものの、FIT制度開始時のような勢いは見られず、補助金を活用した非FITのオフサイトコーポレートPPAやオンサイトコーポレートPPAの方が活性化している状況である。一方で、地域との共生が上手くいかずにトラブル等も起きていることもあり、地域共生に向けた事業規律の強化も取り纏められている。「規制と緩和一体」とはよく言ったもので、再エネはまさにその象徴かもしれない。

2.送配電分野

再エネ導入拡大やレジリエンス向上等に向けた系統増強は広域機関がマスタープランの策定を行っているところで、長期展望シナリオ(案)が出された。既存系統を最大限活用する日本版コネクト&マネージでは、ノンファーム型接続が試行から本格運用に移行し、基幹系統電圧では全国で受付が開始、昨年9月末時点で約4400万kWの接続申込、約500万kWの契約申込がなされている状況である。送配電網の維持・運用に必要なコストを賄う託送料金については、新たにレベニューキャップ制度が導入され、今後5年間の事業計画と必要なコスト見積りの審査が約5カ月にわたり行われ、12月に「収入見通し」が承認、各社、託送等供給約款の認可申請が行われた。当初申請時より「収入見通し」は全国合計で約35%圧縮されたが、現行の原価と比べて約4.5%の増額となっている。託送料金で言えば、これまで小売電気事業者が負担をしていたが、2024年度からは発電事業者にも一部負担をかける発電側課金の方向性も出された。既認定FIT・FIPは調達期間中、免除となり、各方面で賛否の意見が聞かれた。

3.小売、需要分野

昨年は市場環境の悪化で新電力の撤退が多くみられ、報道等でも取り上げられる機会が増えたが、一方で、旧一電(みなし小売電気事業者)においても厳しい年であった。燃料価格や卸電力市場価格の高騰もあり、特に高圧以上の新規や更新受付ができなくなる事態が発生し、その結果、最終保障供給契約への移行が一気に増え、足元(12月15日時点)では約4.1万件の契約が依然として残っている。ようやく各社は高圧以上の標準メニューの料金見直しに着手したが、大半の切替は4月となることから、3月までは今の状況が続くだろう。また、低圧の経過措置料金についても、東北、北陸、中国、四国、沖縄の5社が値上げ認可申請を提出、今後、北海道、東京でも申請予定で、こちらは現在、電取委での審査中となっている。旧一電で言えば、相対卸取引の内外無差別も話題となり、昨秋以降、東電HD、東電RP、中電、中電ミライズを除く10社で入札やブローカー取引、一斉受付・個別協議といった方式で受付を始め、一部では結果も出始めている。電源調達では、他にベースロード市場で約定価格が高騰、石炭価格の反映方法の見直しについて議論が始まっているほか、内外無差別後の常時バックアップ電力の在り方等の審議が進められている。小売電気事業については、リスク管理・需要家保護を徹底するための制度的な措置がまとめられ、今後、ガイドライン等の改定が行われる予定となっている。今までのように簡単に登録し、事業が始まってからは事業者次第というスタンスが変わることとなる。その他、非化石価値取引については、FIT非化石証書のトラッキングにおける手数料化、電源証明化の検討、最低価格の引上げ(0.3円/kW時⇒0.4円/kW時)が、非FIT非化石証書では、高度化法第2フェーズの設計が行われているところである。

2023年度以降の着目すべきポイント

2022年も上述のとおり、多くの制度が議論・審議され、取りまとめ・実施されてきているが、今年、2023年も多くのことが議論・設計・開始する予定となっている。

ここでは、着目すべき制度等を紹介していく。

1.資源燃料・発電分野

容量市場は27年度分のメインオークションが通例通りであれば開催されることになるが、来年契約が発効される分の追加オークションの開催要否が4月に判断される。既に要綱はパブコメ済みであり、参加する事業者は準備を行う必要がある。応札は5月に行われる予定となっている。容量市場については、来年の契約発効に伴い、費用の大半を負担する小売電気事業者にとっては、夏季・冬季のピーク需要をいかにシフト・低減できるかが関心事となっている。各エリアのH3需要のシェアをいかに引き下げるかで費用負担も変わってくるが、これは容量市場が毎年続く限り、毎年対応することとなり、恒常的な仕組みにできるかが課題となっている。イーレックスがインフォメティスとDRシステムの仕組みを使い、この点を対応しようとしているが、その動向には注視したい。

容量市場関連では、いよいよ長期脱炭素電源オークションが23年度に初回オークションが開催される予定となっている。新設・リプレイスとは言え、条件も多く、最低入札容量が大きなことから、大手発電事業者や大規模系統蓄電池の計画がある事業者、そしてLNG火力の新設予定がある事業者がまずは手を挙げることになるだろう。制度の詳細設計はまだ完了してなく、その後の募集要綱や入札体制を整備するとなると、入札実施時期は、年度内でも先になるかもしれない。

また、予備電源についても、昨年までに全て整理しきれず、論点が多く残っていることから、まずは論点を解消し、次の夏までには制度設計、準備を済ませたいところだろう。休止電源を保有する発電事業者にとっては、制度設計如何で、再稼働の対応が決まるが、まずはスタンバイといったところであろう。特に夏冬のkW公募で多くの落札実績があるJERAにとっては、燃料調達、電源の脱炭素化、再エネ開発・投資といった多くの取組が進められる中で、予備電源への対応も必要となる。

電源だけでなく、新たな脱炭素燃料として技術開発・実証が進められる水素・アンモニア、合成燃料については、まず関連する法整備と次期通常国会への法案提出が優先されることになるだろう。それを踏まえ、支援策をより具体化していくこととなる。グリーンイノベーション基金を活用した技術開発・実証は、より加速化が必要で、成果が少しでも形になって見えてくるとよいだろう。

原子力については昨年末のGX実行会議での整理でも方向性(案)が提示されたが、2023年はまず、追加の7基、とりわけ東日本エリアの原子力発電の再稼働の動向が着目されるだろう。年末の整理では、具体的に何をいつ動かすかまではもちろん書かれていないが、本当に再稼働を進めるのであれば、早急に具体的なアクションプランに落とし込む必要がある。原子力については他にも再稼働、運転期間延長、次世代革新炉開発、バックエンドの実施が掲げられているが、人材育成・確保、部品調達のサプライチェーンが機能しなくなれば、そのどれもが対応できなくなるため、サプライチェーン機能の維持・強化を急ぎ対応しなければならない。

そして、再エネ。導入拡大のための予算は継続されており、オンサイト・オフサイトPPAを提供する事業者にとっては、いまが使い時の機会でもある。一方で、FIT・FIPについては、昨年末に整理された制度的な措置への対応が必要となる。新規認定時だけでなく、運用時、終了時まで含めた規律強化が行われることから、そうした管理や対応が面倒になった事業者は発電所の売却をさらに進める可能性もあり、事業譲渡案件が増えることが想定される。非FITについても、補助金適用時のルール強化が予定されており、さらに小規模発電設備の保安上の義務(技術基準適合、使用前自己確認、基礎情報届出)が3月20日以降に追加となることから、単に儲けるためだけに事業を行う事業者は必然的に排除されることになるだろう。

2.送配電分野

まずは3月末までに策定・公表される系統増強マスタープランの最終形がどうなるかが着目される。既に出された長期展望シナリオ(案)で姿形がみえているので、あまり驚きはないと思われるが、次のステップとして、プランを具体的なアクションに落とし込むことが重要となる。既に、北本、東北東京間、東京中部間は27年度末までの運開を目指して広域系統整備計画を進めており、これに北海道から本州への海底直流送電の新設、関門、中地域の増強も計画策定プロセスに入っており、まずはこの6本が中心に進められることになるだろう。費用負担は基本、連系線の運開後、設備の法定耐用年数かけて全国調整スキームを活用することとなっているが、現在、前倒し適用の議論を進めており、早ければ着工から一部費用の負担が始まることとなる。

系統運用については、ノンファーム型接続のローカル系統への接続申込とN-1電制の本格化が4月より始まる。より一層、接続協議が増えることが想定されるが、その分、系統混雑の発生頻度も高くなるだろう。昨年12月より調整電源を活用した再給電方式が始まっているが、次の12月にはノンファーム型接続した電源を含む一定の順序方式に移行が予定されている。系統蓄電池やその他の分散型エネルギーリソースも活用して、特に配電系統の混雑を緩和していく必要がある。現在、このあたりはエネ庁の検討会で議論されているが、その審議の状況はチェックしておきたい。

そして今年4月からは新たな託送料金制度が始まる。既に昨年末に託送等供給約款が申請されており審査ののち認可される。今回の料金の特徴は、全体的に基本料金単価が引き上げられている点にある。従来、託送原価の回収は従量収入に依存していたが、節電や省エネ、人口減少による需要減となれば固定費の回収に影響がでることから、基本料金の引き上げにより固定費回収を着実に図ることとなる。小売電気事業者は、託送基本料金がいままで低く抑えられていたことから、小売基本料金を大幅に引き下げていたが、今後は、そうした小売り料金施策を見直す必要がある。また、再エネを最大限有効活用する目的から、ピークシフト割引と自家発補給電力の特例措置の拡充が盛り込まれている。これにより余剰再エネ発生時の上げDRを一層促すことができるため、小売り電気事業者には、DRメニューの新設が期待されるところである。なお、託送料金の値上げ分を小売り料金に反映することが見込まれるため、需要家にとっては、電気料金負担が増えることとなるが、送配電網の適切な維持・管理には必要な費用となるため、制度導入初期には相応の許容が必要だろう。

託送料金関連では発電側課金が2024年度導入で検討が進められている。大きな方向性は提示しているので、2023年は詳細設計を行い、実施に向けた準備を迅速に進めることが求められる。

その他、電力データの活用や配電事業ライセンス、特定計量制度については、昨年4月に制度が施行されたものの、他の制度と比べて活発化している雰囲気がないが、今後、分散型エネルギーリソースの活用を進める中で効力を発揮し得る制度のため、すぐに焦らず、今年は頭の体操をする期間に充ててもよいかもしれない。

3.小売・需要分野

小売電気事業については新たにリスク管理や資金状況の管理、需要家保護のための対応が求められることから、中小の事業者にはより一層負荷がかかることとなる。営業力がある事業者は、取り次ぎや代理にシフトするところも増えるかもしれない。

みなし小売り電気事業者の料金値上げについては、順当にいけば高圧以上の標準メニュー、経過措置料金ともに4月実施となるが、経過措置料金については、現在、国民の声の聴取を行っているところで、その後、2月中旬ほどまでかけて公聴会が開催されるなど、非常にタイトな日程となっているため、4月開始が実現するかは微妙なところである。

新電力については、みなし小売り電気事業者の料金見直しに、託送料金の値上げ、容量市場対策等、対応すべきことが多い。料金見直しはエリアにより色が異なり、全国展開している新電力にとっては、エリア戦略もあらためて見直す必要があるかもしれない。

電源調達については、内外無差別の判断が今年半ばには出ることから、2024年度以降の調達環境が変化(例えば、常時バックアップ電力の廃止など)することも想定される。ベースロード市場も商品見直しが進められているが、複雑になりつつある電源調達については、今一度、必要性や統合も含めて整理する時期にきているだろう。

需要家にとっては、4月から省エネ法が改正され、新たに非化石エネルギーの導入目標設定や、需要最適化として上げ・下げDRを進めていくことが求められる。省エネ法で特定事業者等になっている企業は大手が多いが、それでも新たな取組は負荷となるため、エネルギー事業者がサポートしていく場面も多くなるだろう。エネルギー事業者にとっては新たなビジネスが創出できるか、機会をうかがうこととなる。 また、RE100参加企業にとっては、2024年1月以降に調達する再エネの要件が見直されたことにより、自家消費や、PPAモデル等の長期契約、新設電源へのシフトをしていく必要がある。2023年はその仕込みが忙しくなるだろう。

最後に

まだ他にも多くの政策・制度があるが、今後、詳細設計や具体的なアクションに移る段階で、このコラムの中で紹介していきたい。

引き続き、複雑怪奇で多くの検討が同時並行となる傾向が変わる雰囲気はしないが、個別最適でなく、全体最適な制度設計・実行・見直しが行われることを期待したい。

【プロフィール】1999年東京電力入社。オンサイト発電サービス会社に出向、事業立ち上げ期から撤退まで経験。出向後は同社事業開発部にて新事業会社や投資先管理、新規事業開発支援等に従事。その後、丸紅でメガソーラーの開発・運営、風力発電のための送配電網整備実証を、ソフトバンクで電力小売事業における電源調達・卸売や制度調査等を行い、2019年1月より現職。現在は、企業の脱炭素化・エネルギー利用に関するコンサルティングや新電力向けの制度情報配信サービス(制度Tracker)、動画配信(エネinチャンネル)を手掛けている。

【電力】支持率低下の裏で 原子力政策着々と


【業界スクランブル/電力】

マスコミ報道によると、岸田政権は支持率が低下し、そう長くはもたないそうだ。とはいえ、30%台は高くはないにしろ、危機的に低いわけでもない。物価高騰で国民生活に大きな影響が出ている割には支持されているように思えるし、自分には低空飛行ながら数字以上に安泰に見える。安倍氏などと違って、岸田首相は失言をまずしないところも大きかろう。

首相が元気がないとか、孤立しているとか言った報道も時々見るが、実在するかどうか検証しようがない「関係者が言った」程度の記事は、マスコミの願望がにじみ出ているだけだろう。

統一地方選の結果次第で自民党内で岸田おろしが始まる的な報道も見るが、言われている後継候補がより「まし」とも思えず、野党が政権の受け皿にならないことは明白なので、自民党にはどっしり構えてほしい。

さて、今臨時国会は、ロシアの戦後国際秩序に挑戦する蛮行や、それに伴って不穏さを増す台湾海峡情勢、資源エネルギーの高騰といった問題山積の中でも、旧統一教会と一部閣僚へのあげつらいに明け暮れた。内心の自由や財産権の侵害が濃厚なマインドコントロール関連条項が織り込まれなかったのはせめてもの救いだが、旧統一教会被害者救済法が成立し、閣僚3人が辞任、マスコミの異様なあおりの成功体験になってしまったのは胸糞悪い。

とはいえ、このあおりの陰で、防衛費の増額や原子力政策の前向きな転換といった政策がイデオロギー的な水掛け論に巻き込まれずに進展したのは良かったのかもしれない。岸田政権に旧統一教会問題や閣僚の進退でマスコミに迎合したような動きがあったのは不満だが、圧倒的な現実の前に本当に必要な政策は、ぶれずに進めてもらいたいと願うころだ。(U)

ロス&ダメージ基金を設立 途上国側の「大金星」か


【ワールドワイド/環境】

2022年11月20日に閉幕したCOP27は、全体決定「シャルム・エル・シェイク実施計画」、30年までの緩和野心と実施を向上するための「緩和作業計画」を採択し、ロス&ダメージ支援のための資金面の措置および基金の設置も決定された。基金の設置が合意されたことは途上国にとって大金星である。途上国はロスダメをあらゆる気候被害の損害賠償を先進国に求償するツールとみなしている。先進国からすれば、新たな資金メカニズムを作ることはレッドラインであった。

緩和に関しては、欧米諸国は緩和作業計画を通じて、特に新興国の目標引き上げを促すことに加え、25年地球全体での排出量ピークアウト、排出削減対策を講じていない石炭火力をはじめとする全化石燃料火力のフェーズアウトなどを提案していた。合意された緩和作業計画は26年まで(延長の可否はその時点で決定)には「新たな目標設定を課するものではない」との点が明記された。25年ピークアウト、化石燃料火力のフェーズアウトも盛り込まれなかった。

このため、クロージングプレナリーでは多くの途上国が「歴史的COP」と称賛する一方、先進国からは不満の声が聞かれた。COP26議長であった英国のシャルマ大臣は「いくつかの締約国はグラスゴーからの後退を試みていた。われわれは25年ピークアウト、化石燃料フェーズアウトを提案したが、いずれも盛り込まれなかった」と悔しさをにじませた。

今回の結果は、議長国エジプトが途上国(特にアフリカ)の利害を重視したことが大きい。先進国の中には「悪い合意ならばないほうが良い」という声もあったが、ロスダメ基金を最後まで拒否してCOPを決裂させれば、先進国に非難が集中する恐れがあるし、ウクライナ戦争下において温暖化防止の実質的なモメンタム低下が懸念している中、COPを決裂させられない事情もあった。

ロスダメ基金設立が決まったとはいえ、詳細はこれからである。現在の1000億ドルの目標すらいまだに達成できていない一方、気候資金(緩和・適応)のニーズは30年までに5・8~5・9兆ドルに上る。ここにはロスダメから回復するための資金ニーズは含まれていない。結局、「お財布」はできてもお金が十分入らない可能性も高く、早晩、途上国の高揚感が失望に変わるのではないか。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)