【論説室の窓】宮崎 誠/読売新聞 論説委員
世界的なLNG争奪戦は、2022年以上に激化する可能性が高い。
日本はサハリン2からの調達懸念もあり、原発再稼働の拡大が不可欠だ。
2023年も欧州から波及したLNG争奪戦は収束しそうにない。
国際エネルギー機関(IEA)は、22年を歴史上初めて「真の世界エネルギー危機」が発生した年だと位置付けている。天然ガスの多くをロシアからの供給に長らく依存してきた欧州は激しく動揺し、日本も大きな影響を被った。
22年の市場の動向を振り返ってみよう。欧州の天然ガス価格指標となる「オランダTTF」の先物価格は22年8月に、1MW時=340ユーロ超まで高騰し、連動して日本勢が調達するLNGの市場価格も大きく上昇した。
これに急速な円安進行が重なり、財務省の貿易統計によると、22年7~9月期のLNGの平均輸入価格は、前年同期と比べて約2・5倍に値上がりした。
TTF価格は、22年秋以降に急減に下落し、一時、100ユーロを下回った。危機は薄れたように見えるが、欧州各国がガスの貯蔵を進めた結果、貯蔵施設がほぼ満杯になり、需要が一時的に落ちているにすぎない。
この冬の間に貯蔵したガスの消費が進めば、貯蔵能力が回復し、需要も再び高まる。欧州連合(EU)はロシアの戦費調達を阻むため、ロシアからのガス供給を22年より絞る方針で、欧州のガス需給は23年の方がはるかに深刻になるとの見方が強い。
不測の事態により、欧州へのガス供給が突然、途絶するリスクもくすぶっている。22年9月には、
ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」で大規模なガス漏れが発生した。これを捜査しているスウェーデンの治安当局は、何者かによる破壊工作と断定している。
TTF価格に上限を検討 EU各国の足並み揃わず
EUは危機への対応策として、TTF価格に上限を設けることを模索している。ただ、加盟国の足並みは揃っていない。
EUの政策執行機関である欧州委員会が上限を275ユーロに設定する案を提示したのに対し、イタリアやポーランドなどは160ユーロ前後に下げるように要求している。一方、経済力のあるドイツやオランダなどは上限を設けること自体に反対している。
そもそも、上限価格を巡る議論が決着しても、実効性が保てるのか、疑念が付きまとう。
欧州委の提案では、TTF価格が2週間にわたり275ユーロを超え、かつ10営業日連続で、LNGの世界基準価格より58ユーロ高い場合にのみ、上限価格が発動される。この条件は、TTF価格が高騰に見舞われた22年8月の時点でも満たしておらず、欧州委の提案に沿って上限を設定しても有名無実化しかねない。
かといって、イタリアなどが提案するように上限価格を下げ過ぎると、需要の過度な拡大を招き、かえって安定供給が困難になるとの指摘が出ている。
ロシアによるウクライナ侵攻は長期化が予想され、欧州はロシアからの天然ガスの供給減を補うために、世界からLNGを買い集める。こうした構図は23年も大きく変化しないだろう。

補助金は「痛み止め」 輸入価格の抑制策を
中国が「ゼロコロナ政策」を修正して景気が持ち直していけば、LNGの需要が膨らむ可能性もある。IEAは、世界各地で新たなLNG供給能力の開発が急がれているが、このうち23年に市場へ追加的に拠出される量は200億㎥にとどまる見通しで、需給は引き締まると予想している。
世界的なLNG争奪戦は、22年より一段と激化する可能性が高まっている。LNGの値下がりはとうてい望めない状況だ。
日本はどう対応するのか。抜本的な解決策は見当たらない。
政府は、23年1月から電気・ガス料金への補助制度を始める。月400kW時を使う家庭向けの電気料金の抑制額は、月2800円になるという。だが、政府の補助制度に対しては、市場メカニズムをゆがめ、望ましくないとの意見が根強い。政府の対策は、家計や企業の痛みを一時的に抑える「痛み止め」にすぎない。
現在、国民に要請している節電にも限界がある。また、LNGの輸入が滞る緊急時には政府自らが前面に出て、LNGの融通を図るといった対策を打ち出しているが、どれも決定力に欠ける。
さらにおぼつかないのが、潜在的なリスクへの備えだ。今のところ、ロシア極東の石油・天然ガス事業「サハリン2」からのLNG調達に支障は生じていない。
だが、日本の経済制裁に対するロシアからの報復措置という政治リスクは消えていない。サハリン2の中核を担っていた英国のシェルが離脱した後、ロシア企業が同じレベルのオペレーションを遂行できるのかとの懸念もある。欧米の経済制裁で、プラントの部品交換が難しくなり、生産に影響する可能性も指摘されている。
サハリン2からの輸入が滞れば、高値で市場からLNGを調達するしか選択肢はない。
高騰したLNGの輸入は、すでに日本から巨額の所得を流出させている。海外への所得流出は、国全体の経済の大きさを所得の面から計測した指標である「国内総所得(GDI)」を低下させ、企業や家計の負担増につながる。
日本経済の成長を考えれば、できるだけ輸入量を減らしていかなければならない。
短期的に実行可能な方策の一つは、原発の再稼働の拡大だろう。
西村経済産業相は22昨秋、「原発を1基動かすことは、(年間の)LNG使用量100万トンに相当し、その分を海外から買わなくてよくなる」と述べた。
これまで電力会社が原子力規制委員会に再稼働を申請した原発は25基で、このうち17基が安全審査を通過している。ただ、過去に一度でも再稼働した原発は10基にとどまる。安全審査をパスしている残り7基の再稼働が重要だ。
岸田文雄首相は22年夏に、この7基の再稼働について、「前面に立ってあらゆる対応を取っていく」と述べている。新しい年を迎え、その言葉の実行を求めたい。