【Vol.8 大飯判決】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士
「大飯判決」では、原子力規制委員会が認めた再稼働の取り消しが妥当との初の司法判断を示した。
伊方最判の判断枠組みを踏襲するが、どのような論法で規制委の判断を否定するに至ったのか。
今回は、福井県などに居住する住民が大飯発電所3・4号機について、原子力規制委員会による2017年5月24日付け設置変更許可処分(本件処分)の取り消しを求めた事案に対し、20年12月4日に大阪地裁が同処分の取り消しを認めた判決(大飯判決)を扱う。判決骨子では、「関西電力は、大飯原発3号機及び4号機の設置変更許可申請において、各原子炉の耐震性判断に必要な地震を想定する際、地質調査結果等に基づき設定した震源断層面積を経験式に当てはめて計算した平均値としての地震規模をそのまま用いた。新規制基準は、経験式による想定を超える規模の地震が発生し得ることを考慮しなければならないとしていたから、新規制基準に基づき基準となる地震動を想定する際には、少なくとも経験式による想定を上乗せする要否を検討する必要があった。規制委員会は、そのような要否自体を検討することなく、上記申請を許可した。規制委員会の調査審議及び判断は、審査すべき点を審査していないので違法である」とした。東日本大震災後に、新規制基準に基づいた設置変更許可処分を、伊方最判の判断枠組み(本連載①~③参照)を用いて取り消した初の裁判例である。
地震動審査の是非が焦点 ガイドの扱いに疑問
本稿では、本件処分の取り消し理由とされた基準地震動および耐震設計方針に係る審査ガイド(地震動審査ガイド)のばらつき条項に関する判断を考察する。地震動審査ガイドで、震源モデルの長さや面積、あるいは1回の活動による変位量と地震規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定する場合、経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する。その際、経験式は平均値としての地震規模を示すものであり、経験式が有するばらつきも考慮される必要がある、と定めたものが「ばらつき条項」である。
本件処分の適否の判断枠組みは次の通りだ。①現在の科学技術水準に照らし、規制委の調査審議で用いられた具体的審査基準に不合理な点がある、あるいは、②当該原子炉の設置許可申請がこの具体的審査基準に適合するとした規制委の調査審議および判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認められる―。これらの場合には、規制委の判断に不合理な点があり、その判断に基づく原子炉設置許可処分は違法であると解するのが相当だとして、伊方最判の判断枠組みを踏襲した。
設置許可基準規則では、耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(基準地震動による地震力)に対して、安全機能が損なわれるおそれがないことを要求している(4条3項)。これに関して本判決では、①「地震動審査ガイドは基準地震動の策定に関する審査基準」であり、同ガイド中のばらつき条項は「震源特性パラメータの設定に関する基準の一つ」である、②経験式が有するばらつきの考慮とは「経験式によって算出される平均値に上乗せをする要否を検討すべきものである」―と解釈した。そして、規制委が基準地震動の策定に当たり、当該上乗せの要否を検討せず経験式により算出された地震規模の値をそのまま漫然と採用したことは、ばらつき条項の趣旨に反して先述の規則に適合しないものであり、「規制委の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤、欠落がある」と判示した。
判決では、地震動審査ガイドは基準地震動策定の審査基準だとして、同ガイドは規制委が調査審議に用いた具体的審査基準であることを前提とするが、なぜ同ガイドが審査基準に該当するかの理由は示していない。むしろ判決別紙2では同ガイドを、「規制委員会の内規(行政手続法上の命令等にあたらないもの)」に区分し、行政手続法上の審査基準ではないことを前提としている。
また、地震動審査ガイドは「発電量軽水型原子炉施設の設置許可段階の耐震設計方針に関わる審査において、審査官等が設置許可基準規則及びその解釈の趣旨を十分に踏まえ、基準地震動の妥当性を厳格に確認するために活用することを目的」としている。同ガイドが審査基準に該当すると解釈するには相応の理由が必要であろう。伊方最判との関係では、「規制委員会の調査審議において用いられた具体的審査基準」とは具体的にどこまでの審査基準をいうのかが問われるところである。
なお、行政手続法上の審査基準である設置許可基準規則およびその解釈には、地震動審査ガイド上の経験式が有するばらつきの考慮に相当する条項はない。同ガイドが〝具体的審査基準〟に該当しないとすれば、判断枠組みである「具体的審査基準に適合するとした規制委員会の調査審議及び判断の過程」への当てはめの前提を失うだろう。
大阪地裁が示した大飯判決は衝撃だった
規制委の専門技術的裁量 「ばらつきの考慮」も範囲内
大飯判決は、経験式が有するばらつきの考慮について、経験式によって算出される地震規模の平均値への上乗せの要否を検討すべきであると解釈した。しかしながら、伊方最判の判断枠組みを踏襲することは、規制委の専門技術的裁量を尊重しつつ現在の科学技術水準に照らして行政統制の方向性を検証することとなる。だが、現在実務上用いられている「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」にも、経験式により求められた地震規模の値に上乗せの検討を求めるような記載はない。
リスク測定の統計手法につきまとう変数の代入(データを当てはめること)方法の恣意性を排除して理論値の精度を高めるのではなく、自然科学の専門家が設計した経験式から算出される値の取り扱い方法について、裁判所が、実務上も用いられていない特定のバイアスをかける方向性を要請することは、行き過ぎた司法介入ではないかと思われる。
なお、玄海原子力発電所3・4号機に係る設置変更許可処分の取り消し訴訟でもばらつき条項が争点となったが、佐賀地判(21年3月12日)は原告らの請求を棄却した。また、地震動審査ガイドは22年6月8日、審査実績などを踏まえた改正がなされ、ばらつき条項は現在では削除されている。
・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/
・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/
・【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/
・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/
・【検証 原発訴訟 Vol.5】https://energy-forum.co.jp/online-content/9792/
・【検証 原発訴訟 Vol.6】https://energy-forum.co.jp/online-content/10115/
・【検証 原発訴訟 Vol.7】https://energy-forum.co.jp/online-content/10381/
もりかわ・ひさのり 2003年検事任官。東京地方検察庁などを経て15年4月TMI総合法律事務所入所。22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。