【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表
検討ばかりの「検討使」(遣唐使)。そんな岸田文雄首相がまた検討かぁ、と考えていたら、このメディアの反応である。
8月24日、脱炭素社会を目指す政府のGX実行会議が開かれた。締めくくりで、首相は「原子力についても再稼働、運転期間の延長など既設原発の活用、次世代革新炉の開発・建設など、政治判断を必要とする項目が示された」「再エネや原子力は不可欠な脱炭素エネルギー。これらを将来にわたる選択肢として強化するための制度的な枠組、国民理解を深めるための尽力の在り方など、あらゆる方策について具体的な結論を出せるよう、与党や専門家の意見も踏まえ、検討の加速を」と述べた。
反原発メディアらしい。翌25日朝日は「原発回帰、前のめり」とたたく。「ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギーの安定供給が揺らいでいると政府は説明している。会議資料には『危機』という言葉が並んでいる」「『危機』ばかりを強調し、一気に原発回帰を進めるのであれば国民の理解を得るのは難しい」という。
検討指示なのに、「一気に原発回帰」の非難は理解に苦しむ。
対照的なのは日経だ。25日社説は「原発新増設は安全重視で着実に進めよ」、同日5面で「原発活用、瀬戸際の決断」「次世代炉、技術や人材維持狙う」などと前向きに取り上げた。
これに先立ち日経は、18日社説「原発新増設へ明確な方針打ち出せ」でも踏み込んだ。「英国やフランスは再エネの普及加速と、原発の利用拡大を車の両輪として推進する方針」と英仏の危機対応を例に挙げ、「英国は、50年までに原子炉を最大8基建設し発電量に占める原発比率を足元の15%から25%に増やす」「フランスも、50年までに6基を建設し、8基の追加を検討」と詳述して、「日本も見習うべきだ」と説く。
検討指示の先取りか、「原子炉は傷みやすい機器を交換して慎重に維持管理しており、運転期間を延ばすのに技術的課題は少ない。一方、事故で放射性物質が広がるリスクを減らした最新型を建設する方が、安全性が増すという考え方もある」とも解説する。
産業の存立にエネルギーの安定供給は欠かせない。そうした危機感の現れだろう。
朝日はズレてる。25日読売を見るとそれが際立つ。「読売・早大共同世論調査、原発再稼働、賛成58%」によれば、「規制基準を満たした原子力発電所の運転再開について、同じ質問を始めた2017年以降、計5回の調査で初めて賛否が逆転した」という。世論も危機を感じている。
ズレか、ボケか。心配なのは毎日27日コラム「土記、コロナも原発も」である。
「岸田首相がいきなりかじをきった。新型コロナ対策だけでなく、原発政策までも。そのやり方にがっかりした」で始まる。検討指示を政策決定のように曲解し、「政治は対策や政策のメリットとデメリットをよく知った上で、『なぜその政策を選ぼうとしているのか』を説明しなければならない」と注文を付ける。
その上で、「原発に依存するリスクの大きさを私たちは知っている」「原発依存により、再生可能エネルギーや省エネの促進が抑制されてしまう。それをどうてんびんにかけたのか。分からない」と首相をなじる。
冒頭の議事録くらい確認した方がいい。相手の発言を無視した非難はクレーマーと変わらない。
いかわ・ようじろう デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。