【多事争論】話題:ペロブスカイトの社会実装
政府の補助金制度がスタートし、ペロブスカイト導入拡大への機運が高まっている。
技術開発の活性化に向け、求められる支援体制の在り方は。
〈現状は萌芽期、長い目で開発を 「分散型」支援で人材育成へ〉
視点A:池上和志/桐蔭横浜大学大学院工学研究科長
ペロブスカイト太陽電池を巡る動きが加速している。昨年11月、経済産業省から2040年までに20GWのペロブスカイト太陽電池導入を目指す方針が発表された。この方針を受け、国内では日本政策投資銀行も出資した新会社の設立および製造拠点の設置が発表された。東京都や大阪府を中心として大規模な実証試験も進められ、実用化が近づいているかのように見える。
かつて日本国内では、大手電機メーカーが競い合い、太陽電池の製造・販売を行い、世界市場でのシェアを席巻していた。しかし、ペロブスカイト太陽電池の社会実装において、日本のメーカーが世界をリードするためには、最終的にシェアを奪われたシリコン太陽電池の轍を踏むことは避けたいところである。すでに中国では、ガラス型ペロブスカイト太陽電池の開発が進んでおり、日本への輸入も現実味を帯びてきている。この状況の中で、日本国内の材料メーカーが、国内製造を目指すのではなく、中国メーカーへの輸出を模索している動きがあることも否定できない。
ペロブスカイト太陽電池の導入拡大に向けた次世代型太陽電池および産業競争力強化を目指す官民協議会の開催は記憶に新しい。この協議会には多くの地方自治体が参加しており、各自治体が脱炭素戦略やカーボンニュートラル戦略の一環として、次世代型太陽電池をいち早く導入したいという意向がみて取れる。ペロブスカイト太陽電池の早期社会実装に向けては、そのポテンシャルを実証することが必要である。その一方で、早期社会実装への支援が設置場所の提供に偏っているという懸念も存在する。
曲がる太陽電池が進化 統合型の研究開発支援に見直しを
現状、ペロブスカイト太陽電池は依然として研究開発の段階にあり、製品としては未成熟である。ペロブスカイト太陽電池は複数の多層構造から成り、その組み合わせによっても出力特性が異なる。一概に「ペロブスカイト太陽電池」といっても、それは一種類の太陽電池を示すものではない。シリコン太陽電
池とペロブスカイト太陽電池の大きな違いは何だろうか。語弊を恐れずに述べるならば、シリコン太陽電池の製造は、その他の半導体産業に比べて生産時間が短く、単モジュール型の製造工程により、ターンキービジネスが成り立つ環境が整っている。一方で、ペロブスカイト太陽電池は、その構造から製造プロセスに至るまで、シリコン太陽電池とは大きく異なり、「進化する」太陽電池である。ペロブスカイト太陽電池の「ペロブスカイト」は光吸収層を担っているが、その製造には透明導電基板、電子輸送材料、正孔輸送材料、電極材料に至るまで、さまざまな材料の組み合わせが検討されている。そして、肝心のペロブスカイト材料においても、その組成や成膜方法には無数の組み合わせが存在する。
製品開発のS字カーブ理論に照らすならば、ペロブスカイト太陽電池の開発は依然として萌芽期にあると言える。政府などの大型支援は、技術の醸成期間を短縮し、ある意味でターンキーによって製品レベルを急速に高める支援に向かっているようにもみえる。しかし、果たしてペロブスカイト太陽電池においてそのモデルが当てはまるのだろうか。
日本国内では、ガラス型ペロブスカイト太陽電池製造で先行している中国からの技術導入により新規参入に関するプレスリリースもある。まさにペロブスカイト太陽電池のターンキーモデル化ともいえる。しかし、ペロブスカイト太陽電池は、使用する材料も、製造方法もまだまだ進化の余地を残す。ペロブスカイト太陽電池の特徴の一つは軽量フレキシブル化であるが、ここには、素材開発を得意とする日本の勝ち筋が隠れている。この素材開発を含む研究開発の裾野拡大が、ペロブスカイト太陽電池の今後の普及のカギとなる。
国においても、GX政策により再エネへの積極的な投資策が発表されている。これらの動きの中では、高い経済効果が見込まれる大型投資に注目が集まるが、ペロブスカイト太陽電池の長期的かつ持続的な成長に結びつくかどうかの懸念もぬぐえない。ペロブスカイト太陽電池の研究開発には、まだまだ掘り起こしの必要な技術が眠っている。その点では、各都道府県レベルでも進んでいる中小企業の研究開発支援にみられるように、研究開発人材の育成・サポート事業が、ペロブスカイト太陽電池のさらなる発展のカギになると思われる。ペロブスカイト太陽電池の社会実装を進めるためには、統合型の研究開発支援から、人材育成を重視した分散型の研究開発支援への拡充も必要なのではないだろうか。
