【コラム/1月7日】2025年経済を考える~ミレニアム四半世紀を振り返り、知力、気力、体力、原子力で経済健全化元年に


飯倉 穣/エコノミスト

1、経済政策の転換は

21世紀に入り、四半世紀を経た。経済運営は、経済政策で三度転換の試みがあった。いずれも経済健全化に至らず、三度の乱流に遭遇し挫折する。依然財政や雇用に不安があり、競争力の先細りを抱えながら漂流している。この流れを平時と考えるべきか。これまでと異なる経済運営で、もう少し安定感のある経済状況に到達できるのか。

現政権は、アベノミクスを曖昧に踏襲するも、先行きの展望が暗い。今後その政策変更は可能か。どのような経済運営を目指すべきか。四半世紀の政策を振り返りながら考える。


2、劇場「改革なくして成長なし」

小泉改革は、「新世紀維新、改革なくして成長なし、聖域なき構造改革」等の用語を駆使した。「民で出来ることは民(官から民へ)」で郵政民営化、公的金融縮小、社会福祉への競争原理導入、公務の市場化テスト等を行った。「地方で出来ることは地方(中央から地方へ)」で、国の干渉なき財源確保で地方行政・地方活性化を目指した。その間の経済は、改革と無縁だった。米国サブプライムバブル起因の輸出と国内ミニバブルで膨張した(実質経済成長率00~08年平均0.9%)。そしてリーマンショックで前年比08年△1.0%、09年△5.5%と落ち込む(00~09年平均0.3%)。小泉改革の各政策は、リーマンショックで剝げ落ち、経済健全化に効果がなかった。


3、殿ご乱心

民主党政権の取組(コンクリートから人へ)は、公共投資抑制、事業仕分けに象徴的だった。無駄遣いを止め、子育て・教育、年金・医療、地域主権、雇用・経済充実の約束をした。必要財源はなかった。また雇用対応で期待ばかりの介護雇用、グリーン、社会的企業スタートアップを掲げた。一見良さそうだったが、必要な短期政策と乖離した動きだった。そして緊急経済対策連発、円高対策に邁進する。経済の戻りの下で東日本大震災発生に遭遇した(予想経済低下1~2%程度)。恐怖を煽り政権維持で原子力発電を停止した。緊急時の対応不全で国民不安を倍加させた。経済は、震災ショックの落込みもあったが、リーマンショックからの回復過程だった。経済無策の批判以上に経済運営で隅々まで不安を染み込ませた。  


4、老経済学者と狂気に走る

アベノミクスは、キャッチフレーズが素晴らしかった。三本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長政策)である。経済論的に見れば、現実を無視し節度を喪失した。内容は、お粗末且つ疑問だった。大丈夫なの?という思いが募った。経済変動的には経済の回復過程であり、財政・金融駆使は特に必要なかった。そして2018年にピーク超えとなる。成長率は2012~2018年で1.2%(~2019年0.9%)。金融緩和の効果も財政出動の効果も薄かった。成長政策と企業は、知力・気力・体力不足だった。技術革新を担う研究開発の人材、推進力、経済力がそもそも橋本・小泉改革で混乱していた。

そして新型コロナ感染ショックで、経済縮小となる。感染防止の行動制限で△2%程度の水準低下が予想された。だがその対策は大仰だった。感染症の専門家の怪しげな見解に引きずられて、冷静な分析なく、機動的でなく膨大な財政出動となった。


5、初めに言葉ありき

新しい資本主義が登場した。言葉の内容が不明で後付けになった。人・技術・スタートアップへの投資実現が副題だった。爾後、賃上げ、資産運用立国、スタートアップ、ジョブ型人事、三位一体労働市場改革、GX等の言葉が印象的である。且つ賃上げ、消費活発化、企業収益上昇、企業投資増、労働生産性上昇、賃金上昇の言い回しで好循環を謳った。そして「コストカット型の経済」から「成長型の新たな経済ステージ」に移行と願望を述べた。経済論的には、とりわけ通常の成長論的に考えれば、賃上げの波及効果について首を傾げる。アベノミクスの亜流だった。
現在少数与党の下で、同じような経済路線を歩んでいる。

【視察②】印象に残った挑戦的取り組み わが国が学ぶべき点とは


【エネルギーフォーラム主催/海外視察・団長印象記】

山地憲治/地球環境産業技術研究機構〈RITE〉理事長

4日で8カ所訪問(キャンベラで3カ所、メルボルンで5カ所)という慌ただしい行程だったが、今回の豪州視察は大変充実した内容で学ぶところが多かった。

豪州では、日本の20倍の面積に約2500万人が住んでいる。天然ガスや石炭など化石燃料資源に恵まれているが、近年は太陽光や風力など再生可能エネルギー利用が急速に伸びている。州によって電源構成は異なるが、人口の多いニューサウスウェールズ(NSW)、ビクトリア(VIC)、クィーンズランド(QLD)の3州は、現状ではまだ石炭火力(ビクトリアは褐炭)が5割を超えている。ただし、この3州に続いて人口の多い西オーストラリア(WA)州では天然ガス火力、続く南オーストラリア(SA)州では風力・太陽光、それに続くタスマニア(TAS)州では水力が圧倒的な主力電源になっている。

山地団長(右)とテッド・オブライエン氏

主要3州でも太陽光や風力の導入は3割程度まで拡大している。面積の大きさに比して意外に感じたが、太陽光は屋根置きの小規模設備が多いのが豪州の特徴である。脱炭素目標はわが国とよく似ており、2030年までに05年比で温室効果ガス43%削減、50年にはネットゼロを掲げている。また、エネルギー起源のCO2が温室効果ガス排出の約85%を占めるところも似ている。ただし、22年の連邦選挙で保守連合から政権を奪った労働党は再エネを主力とした脱炭素実現を目指しており、電源構成では30年までに82%という野心的な目標を掲げている。


野党議員が原子力導入に意欲示すも 実現には険しい道のり

今回の視察先は、政策関連機関、電気事業組織、蓄電所、水素やバッテリーに関するスタートアップとバランス良く構成されていた。訪問順とは少し異なるが、この順番で視察概要と印象を取りまとめておきたい。まず、キャンベラでは連邦政府の気候変動・エネルギー・環境・水資源省(DCCEEW)と国会を訪問して政策に関する調査を行った。特に国会では、野党の有力議員にインタビューするという貴重な経験をした。

DCCEEWは、老朽化した石炭火力を再エネ+バッテリーで置き換え、水素を活用して脱炭素目標の達成を目指している。洋上風力の開発で雇用や投資の活性化を図り、太陽光発電設備やバッテリー開発でも自国生産による産業創出を目指している。水素戦略についても、需給両面や地域のメリット追求などで具体的目標を掲げ、航空機や大型トラック、農業などの分野での脱炭素化を進めている。水素プロジェクトの価格差支援については、現在の候補を1~3件に絞るとのことだった。原子力導入の可能性について質問したが、野党の政策のため官僚としてはコメントできないが、現状では法律で禁止されているのでハードルは高いとのことだった。

ヘイゼルウッド蓄電所の制御について耳を傾ける

国会では、野党・保守連合の有力国会議員テッド・オブライエン氏と意見交換をした。同氏は、50年カーボンニュートラル(CN)という目標については与野党一致しているが、与党・労働党の政策は風力・太陽光という再エネに依存し過ぎていると、明確で説得力のある主張を展開した。その中で、今後設計寿命で廃止する石炭火力の跡地に新型の原子力(SMRと大型軽水炉)の導入を目指していると明言した。同氏はCN実現には活用できる技術は総動員すべきであり、具体的に、CCS(CO2の回収・貯留)を使った石炭や天然ガス利用、タスマニアの水力資源を活用した水素戦略などにも言及した。また、石炭やガスの輸出は続けるべきであり、日本は重要なパートナーだと述べた。私からは同氏の主張は現実的でわが国の政策と共通していると申し上げた。

【視察①】豪州CN戦略の最前線を行く 再エネ8割目指す資源大国事情


【エネルギーフォーラム主催/海外視察】

カーボンニュートラル(CN)の加速とエネルギー安定供給が大きな課題となる中、小社は、急速な再エネ化に舵を切る資源大国・豪州の取り組みを調査するべく、「豪州カーボンニュートラル戦略視察団」を主催した。本誌記者のレポートと山地憲治・地球環境産業技術研究機構(RITE)理事長の団長記で、視察の模様を紹介する。

視察団には、電力、都市ガス、メーカー、通信、研究機関などから17人が参加。2024年11月17日から22日までの6日間で、豪首都・キャンベラとメルボルン2都市の政府機関やエネルギー事業者、スタートアップ企業などを訪問した。

日本政府は24年度中にも、国の中長期のエネルギー政策の指針として「第7次エネルギー基本計画」を策定する。20年の「カーボンニュートラル(CN)宣言」を境に、脱炭素化の潮流が急加速したが、ウクライナ紛争を契機とした安定供給への懸念、そして足元の物価高を受け、より現実的で受容可能な政策を描けるかが注目される。そういった意味で今回の視察は、非常に示唆に富んだものとなった。


与野党の政策に隔たり 注目の国民の選択

キャンベラに降り立った一団がまず向かった先は、連邦政府の気候変動・エネルギー・環境・水資源省(DCCEEW)。ここでは、CN戦略の担当官であるヘレン・ベネット氏らと意見を交わした。

DCCEEWのベネット氏らと意見交換した

豪州では、与党・労働党が政権を取った22年以降、30年までに温暖化ガス(GHG)を05年比43%削減し、50年までにネットゼロを達成するという目標を掲げ、強力なCN戦略が進められている。火力設備の老朽化に合わせ、再生可能エネルギーと蓄電池を主軸とした供給構造への転換を成し遂げようという現政権の覚悟は強い。電源構成に占める再エネ比率を30年までに82%に引き上げ、一方で石炭火力は40年までにほぼ廃止することになっている。

こうした、現政権の下でのCNへの非常に高い目標を国民はどう捉えているのだろうか。ベネット氏はアンケート結果を踏まえ、「7~8割がポジティブな意見を持っている」と強調した。とはいえ、既に昨今の燃料価格高騰などに起因するエネルギーコストの増大は、国民生活にマイナスの影響を与え始めている。シドニーとメルボルンに住む人に聞くと、24年4月に多くの電力会社が料金を3割ほど値上げした。22年比では倍増しているといい、少なからず不満があることがうかがえた。

国会議事堂では与野党が政策議論を戦わせている

再エネ一辺倒の現政権の政策ではさらに国民負担が増大しかねないと警鐘を鳴らし、それに待ったをかけようとしているのが、野党・保守連合だ。今回の視察では、国会議事堂において、次期総選挙に向けた公約で原子力発電所の導入を掲げるテッド・オブライエン下院議員と会談する機会を得た。

オブライエン氏は、小型モジュール炉(SMR)と新型軽水炉の導入を念頭に「現政権が掲げる再エネ主軸のCNに比べ、原発を含めたエネルギーミックスによるCNの方がコストは安くなる」とし、既存石炭火力を予定より早めて廃止しようという動きにも懐疑的なスタンスを取る。現在、原発ゼロの豪州において、新たに建設することへの風当たりは強い上に、商用利用については連邦法で禁じられていることもあり、原子力を活用するとなれば再エネ以上の困難が待ち受ける。果たして国民の選択は―。25年の総選挙に関心が高まる。

キャンベラでの最後の訪問先となったのは、米YES Enegyが郊外で建設中の蓄電所「Molonglo BESS」。訪問した際は第一段階として5MW(1MW=1000kW)/7・5MW時が稼働中だったが、24年末には約12‌MW/15‌MW時が稼働するという。説明に当たったリース・ダッティ氏によると、「これまでは、電力需給が厳しい時間帯に放電することで需給バランスの安定化に貢献する役割を担ってきたが、今後は周波数制御にも活用していく」とのことだった。

キャンベラ郊外の蓄電所「Molonglo BESS」

「暫定税率廃止」で3党合意 補助廃止から走行課税に波及か


〈いわゆる『ガソリンの暫定税率』は廃止する〉。自民党の森山裕幹事長、公明党の西田実仁幹事長、国民民主党の榛葉賀津也幹事長が12月11日に国会内で会談し、暫定税率を廃止することで合意した。ただ具体的な時期などへの言及はなく、引き続き協議を進めていく方向だ。

ガソリンを巡っては、本来の「揮発油税」1ℓ当たり28・7円に、「暫定税率」同25・1円が上乗せされている。これとは別に「石油石炭税」2・8円も適用。これらを含めた小売価格に対し、「消費税」10%が課せられ、二重課税となっていることもかねて問題視されているが、今回の合意では触れられていない。

暫定税率廃止などで合意した榛葉氏(左)、森山氏(中)、西田氏
提供:時事通信

政府は総合経済対策の中で、ガソリン補助金について2025年1月以降も規模を段階的に縮小しつつ継続することを打ち出している。現在はガソリン小売価格が175円になるように補助しており、24年12月から2カ月かけて185円程度に移行。その後は、状況を見定めながら補助を縮小するとしているが、「事実上の為替対策と化した現状では円高が進まない限り、完全廃止は難しい」と見る向きも。そうした中で暫定税率の廃止は、止め時を見失ったガソリン補助金を廃止する上での格好の取引材料となろう。 問題は、暫定税率廃止によって国税で1兆円、地方税で5千億円の税収が減ることだ。その代替策として、EVにも課税できる走行税の導入が浮上している。既導入国などを見ても課題は多いが、財務省側は「選択肢の一つ」と前向き。議論が盛り上がるのか、注目される。

諸外国と比較し低い国の関与 事業の信頼性向上へ公的支援強化を


【論点】マスタープランの見直し〈後編〉/長山浩章・京都大学大学院総合生存学館教授

海底直流送電整備事業という、一大プロジェクトが計画策定段階に移る。

諸外国制度との比較を踏まえ、現状の問題点と解決策を提示する。

本稿を執筆している2024年12月初旬現在、北海道本州間海底直流送電(HVDC)の整備は、SPC(特別目的会社)を組成し送電事業のライセンスを取得し、プロジェクトファイナンスで資金調達することを軸に検討されている。

しかしながら、11月20日の電力・ガス基本政策小委員会では、「特に一定規模以上の大規模投資については(中略)工期が長く、その費用回収に長期間を要することから、キャッシュ不足に陥ることを懸念し、その結果、必要な投資が停滞する可能性」とされた。また「プロジェクトファイナンスの場合は、金融機関も、費用増額時等の費用回収リスクを踏まえ、大規模な融資を躊躇する傾向」とされ、28日の再エネ大量導入小委員会でも、プロジェクトのリスクに応じた適正なリターンや資金確保の課題について、検討を続けることになった。

各国におけるビルディング・ブロック・モデル/出所:現地政府ヒアリングにより筆者作成

最大の問題点は、資金調達と報酬率である。概算工事費が1・5兆~1・8兆円とされ、資本市場からの調達、特にプロジェクトファイナンスによる調達が困難となっている。報酬率は、一般送配電事業に適用している託送料金を基準に2・25%(1・5%×150%)をベースに議論されているが、プロジェクトリスクを勘案し、期待リターンは、より高い水準に設定されるべきだ。


欧州には3種類の規制手段 際立つ日本の報酬率の低さ

欧州では、連系線整備には投資フレームワークおよび資金調達法で三つのタイプがある。その一つが、公営電力の送電オペレーター(TSO)による総括原価の規制事業だ。規制当局が決めた報酬率を与えるケース(ドイツ、オランダ)と、TSO事業の中で混雑レントとして規制当局が承認した投資(送電線拡大、再給電)に使われるケース(ノルウェーTSOのStatnettなど)がある。

二つ目は、事業者がリスクを負担するマーチャント・プロジェクトであり、収益がモチベーションとなる。英国とオランダを結ぶBrit Nedなどがある。三つ目は、これらの折衷案的な英国のCap&Floor制度である。この制度では、Floor(下限)を確保しながらも、事業者の工夫によりCap(上限)の範囲内で最大の利益を上げられる。例えば英独間のノイコネクトは、英国側では同制度により収入が、ドイツ側では連邦ネットワーク規制局(BNetzA)により報酬率が規制される。

これらはいずれも、事業報酬に運営経費、減価償却からなるビルディング・ブロック・モデルでリターンを積み上げる(図参照)。事業報酬率は、RAB(規制資産)に掛けられるものであるが、基本的にWACC(加重平均コスト)の式、もしくはその変形で決められる。ただし、WACCの計算において事業のリスクを評価するβ(ベータ)は英国が発電事業と同じリスクと見て1・25、ドイツは0・81、豪州は0・6を採る。これに対し、同HVDC事業ではβが0・42(22年9月7日料金制度専門会合事務局提出資料)と低く押さえられている。

各プロジェクトの事業報酬率は英国はCapが8・1%、Floorが1・22%、ドイツは4・43%(長山試算)、豪州は3・64%と5・46%となっている。いずれも、北海道本州間HVDCで現時点で想定される2・25%よりも高い。これだけではなく、諸外国の60%に比べ70%と高い負債比率の前提も、同HVDC事業の報酬率の水準を下げる要因となっている。

BNetzAは24年9月、電力会社・再生可能エネルギー電源線・独立連系線の全ての24年以降の新規資産について、21年に決定した24~28年の規制期間の自己資本利益率(ROE)を5・07%から7・1%を適用することを発表した。北海道本州間HVDCは、一般送配電事業者を含む事業者が交渉することになると予想される。だが、巨額の工事費に対する資金調達・回収リスクの議論が進まない中で、応募してから折衝で決めるのでは経営判断が難しい。

さらには、事業者による先行調査の費用についても、当該プロジェクトが広域系統整備計画によって認められる建設に進まない限り、回収する手段がない。


投資先として魅力生かし 海外からも資金呼び込め

わが国においても全体リスクを再検討した上で、報酬率改定の検討を行い、事業者や投資家目線で全体の事業設計を国が主導すべきであろう。この点、豪州のマリナスリンクは連邦政府49%、ヴィククトリア州政府33・3%、タスマニア州政府17%と、3者が出資し事業の信頼性を高めている。わが国も国による資本注入に加え、国策としての財政投融資などが求められる。さらには、工事費の増額など経営判断後に顕在化するリスク、託送料金査定などの規制リスクに一定の柔軟な対応が担保されなければ、事業者は事業への参加意思表明に慎重にならざるを得ない。

ファンドからは、国情の安定した日本のインフラ規制事業は魅力的と聞く。海外からの投資、融資も入るような透明性ある制度設計が望まれる。

ながやま・ひろあき 慶応大学経済学部卒後、三菱総合研究所入所。企業戦略構築のコンサルティングなどに従事。エール大学経営大学院修了(MBA取得)。京都大学大学院エネルギー科学研究科博士後期課程修了(博士)。2008年から京大国際交流センター教授。20年から現職。

違法解体増加する鉛蓄電池 盲点突く事業者が全国に


【業界紙の目】増田正則/産業新聞社 編集局非鉄部長

使用済み鉛蓄電池を不適切に解体・処理して鉛の陰極板を回収する違法行為が後を絶たない。

違法な輸出業者の摘発も相次いでおり、全国的な規制を求める声が挙がっている。

自動車用の蓄電池といえば最近の話題はもっぱらリチウムイオン電池(LiB)だ。電池正極材に使うリチウムやニッケル、コバルトなどを重要鉱物に指定する動きが相次ぎ、資源獲得競争が熱を帯びている。LiBに使われる天然資源は南米やアフリカ、赤道周辺国などに偏在する場合が多く、天然資源のほぼ全量を輸入する日本にとっては安定調達面に課題を抱える。目を内に転じて「リサイクルによる資源確保が日本の勝ち筋」と指摘する声もあるが、LiBリサイクルは開発途上の技術。品質向上はもとより、発火事故防止など安全性向上を図りながら社会実装されるまでには、10~20年の歳月を要するだろう。

対照的に現在も車載用電池の中心的存在である鉛蓄電池は、蓄電容量こそLiBに劣るが、現時点で安全性や信頼性の面でLiBをはるかに上回る。鉛と聞くと真っ先に有害物質を思い浮かべるかもしれない。実は金属の世界では加工性やリサイクル性に優れた優等生だ。鉛需要の約9割を占めるのが蓄電池で、電池以外には放射線の遮へい材料や太陽光発電パネルにも使われる。そして鉛蓄電池のリサイクル率はほぼ100%。鉛の有害性を否定するわけではないが、適切な管理下では完成された循環型サプライチェーンが整備された脱炭素製品と言っても過言ではない。もちろん日本の製錬所で100%適切にリサイクルできる。

使用済み鉛蓄電池の適切な処理が喫緊の課題


バーゼル法違反疑いが急増 水際対策強化も後絶たず

ところが最近、日本の鉛蓄電池のリサイクル現場で由々しき事態が進行している。「バーゼル法(特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律)で規制されている巣鉛が輸出されている」。こうした話題が非鉄金属業界でささやかれ始めたのは2022年の秋頃だ。

巣鉛は使用済み鉛蓄電池を切断・解体して取り出した鉛陰極板のスクラップ。巣鉛には電池に使われる電解液の硫酸が染み込んでいるため、厳重に管理された作業環境の中で解体処理をしなければならない。その過程で硫酸が漏れて土壌に浸出すると、鉛以上に毒性の強いヒ素などにも汚染され、周辺の水質に悪影響を及ぼす。従って鉛蓄電池のリサイクル現場には汚染物質が外部流出しない敷地の舗装や排水処理設備の設置など、万全の環境対策が求められる。

使用済み鉛蓄電池や巣鉛はバーゼル法で輸出が規制されている。かつては日本から使用済み鉛蓄電池が韓国に年間10万t規模で輸出され現地で再資源化されていた。ところが16年に韓国で鉛蓄電池由来のヒ素による環境問題が発覚したことをきっかけに、日本は18年に改正バーゼル法を施行。19年以降、使用済み鉛蓄電池関連の輸出がほぼ止まることとなった。

島根2号機が13年ぶりに再稼働 原子力政策全体への大きな意義


沸騰水型原子炉(BWR)が2基目の復活だ。2013年12月の新規制基準への審査申請から約11年、島根原子力発電所2号機が12月7日に再稼働した。25年1月10日に営業運転を開始する予定。中国電力は島根原発全体の安全対策工事に約9000億円を費やすが、年間約400億円の収支改善効果を見込んでいる。一足先に再稼働した女川2号機と共に、供給力としての期待がかかる。

緊張感が漂う原子炉起動時の中央制御室
提供:中国電力

約13年ぶりの再稼働となり、運転員は半数以上が運転未経験だ。ただ関西電力の原発への派遣やOBの協力などを得て運転技術を維持。「実際に運転してからでないと身につかないスキルもあるが、再稼働すればすぐに把握・理解できるだろう」(原子力関係者)

再稼働の意義は収益改善や供給力確保だけではない。中国電は同原発でプルサーマル発電を計画する。原子力規制委員会の審査や周辺自治体の理解が必要だが、実施となれば3・11後は高浜3・4、伊方3、玄海3号機に次ぐ5基目となる。余剰プルトニウムの削減、明確な消費サイクル確立のためにプルサーマルの意義は大きい。

原子力サプライチェーンの維持という点でも重要だ。再稼働の実績を積む加圧水型原子炉(PWR)を巡っては、関電などが三菱重工と革新軽水炉の共同開発に着手。一方、BWRでは柏崎刈羽の再稼働、大間の建設再開、その先に「今は夢のまた夢」(原発周辺機器メーカー幹部)という東電・東通の新設がうっすらと見えてくる。まずは25年、柏崎刈羽が再稼働の流れに乗りたいところだが……。

全国からの応援に感謝! 震災で強くなった能登の絆


【電力事業の現場力】北陸電力労働組合

能登半島地震では劣悪な環境の中、停電の早期復旧を成し遂げた。

震災を通じて高まった一体感を深めていくのが、今後の労組の役割だ。

2024年の元日夕刻、一家団らんの準備に取り掛かる頃だった。石川県能登地方を最大深度7の揺れが襲った。あれから1年─。能登は絶望に打ちひしがれながらも、復興に向けて歩み出した。

発災当時、北陸電力送配電エリアでは最大4万戸の停電が発生したが、北陸電力グループの総力を結集した復旧作業により約1カ月でおおむね解消。ただ作業は困難を極めた。極寒の中で降りしきる雪、断水で使えぬ水道、相次ぐ余震……。休息しようにも自宅が被災していて帰れない。仮設トイレが未整備で食事を控える組合員さえいた。

雪の中での高所作業が続いた

ある職場では「命の危険」を感じた組合員もいた。事務所が大きな被害を受けたからだ。元日で誰も出勤していなかったが、「平日だったらどうなっていたのか」と恐怖に襲われたという。だが強い精神的負荷が掛かりながらも、安定供給に向けた努力を続けるのが現場の使命だ。

狭い道でも懸命に作業

能登半島地震は北陸電力グループにとって、20年の送配電分離後初の大災害だった。そんな中で停電復旧の責務を果たせたのは、北陸電力と北陸電力送配電がしっかりと連携し、グループ会社や地元の協力会社、ほかの電力会社が一丸となったからだ。電力の安定供給は決して当たり前ではない。当たり前になるように、日々最大限に努力する人たちがいる。

電柱が倒壊し、あちこちで道路が寸断された

停電復旧は「電気を灯して終わり」ではない。地域に根差し、地域と共に成長してきた北陸電力グループとして、声掛けなど被災者の安心感につながる対応を意識した。差し入れをくれる被災者もおり、寒い中でも能登で暮らす人々の温もりを感じながらの作業となった。

応援部隊の高所作業車がズラリ

大きな力となったのは全国からの応援だ。発災後、各地の応援部隊はわれ先にと能登へ向かった。その数、延べ4000人以上。応援部隊だけでなく、ほかの電力労組からも応援メッセージや物資、カンパなどの支援を受け、「会社は違っても電力マンの強い使命感、高い誇りを感じた」(竹原康裕本部書記長)。


政治活動の重要性 底力と誇りを一層深める

北陸電労が加盟する電力総連は組織内議員として、国民民主党から参議院議員(浜野喜史氏、竹詰仁氏)を国会に送り込んでいる。震災ではこの重要性を再認識した。

1月4日には同党の災害対策本部会議に宮本篤本部執行委員長がオブザーバー出席。志賀原子力発電所を巡るフェイクニュースの拡散や現地の状況を報告し、現場の努力を伝えるとともに正確な情報発信を求めた。翌日には、玉木雄一郎代表が激震地の七尾市内や河北郡内灘町、電力関連の後方支援活動拠点などを視察。SNSでは発電所について、一次情報に基づいた情報や復旧作業の現状を発信した。玉木代表の発信力は大きく、「組織内議員の必要性を強く感じつつ、政治活動の大切さをかみ締める機会になった」(同)

宮本氏は今後について、「労働組合には、震災で培った北陸ならではの底力と誇りを一層深めていく役割がある。こうした一体感が、結果として組合員の経済的・社会的地位の向上やグループ企業価値の向上につながっていく」と意欲を燃やす。24年に70周年を迎えた北陸電労。25年度が最終年度となる「中期ビジョン」の実現へ、震災で強固になった絆でまい進する。

COP29で新資金目標に合意 トランプ復活で強まる画餅化懸念


地球温暖化防止国際会議・COP29で、途上国に対する気候資金の新数値目標(NCQG)として2035年までに少なくとも年間3000億ドルを掲げることが決まった。

24年11月11~24日にアゼルバイジャン・バクーで開かれたCOP29は、気候資金の新たな数値目標に合意できるかが最大の焦点だった。インフレ対策などで財政赤字が膨らむ先進国と、「1・5℃目標」達成を盾に取り少しでも多くの支援額を引き出したい途上国が激突。会期は2日間延長され、辛くも合意にこぎつけた。

途上国が当初求めたのは最低年間1・3兆ドルという途方もない水準だ。結局、NCQGに加え「全ての公的・民間の資金源から途上国向けの資金を35年までに年1・3兆ドル以上に拡大するための行動を求める」との決定もなされたが、途上国からは不満が噴出。合意後もインドなどが「3000億ドルでは話にならない」とぶちまけた。

それでも合意に至ったのは、会期中に決まったトランプ第2次政権誕生の影響が大きい。COP30に持ち越しても事態は好転しないと見た途上国が妥協したものと思われる。

会期2日間延長の末、COP29の成果文章を採択し拍手する関係者
提供:時事


真の勝者は中国 産業界は現実の壁を強調

現地入りした東京大学公共政策大学院の有馬純特任教授は「3000億ドルの看板ができても実際に積み上げられるかというと難しい。トランプ政権の間は米国からの拠出は一切期待できず、トランプ政権後もこの4年間が根雪となる。数年前から見えていた『1・5℃の死』がより明確になった。COP30では『野心が足りない』という先進国と、『資金援助が足りない』という途上国の不毛な対立が続くことになる」と解説する。

加えて有馬氏は「今回も真の勝者は中国。したたかに漁夫の利を得た」とも指摘する。ここ数年、中国は先進国にはグリーン製品を、途上国には石炭火力を輸出し、先進国がロシアへの制裁を強める中、中東・ロシアなどとの連携を強化。今COPでは、先進国から資金に貢献するよう求められても応じず、グローバルサウスに対しては二国間支援で影響力拡大を狙った。

他方、同じく現地に赴いた国際環境経済研究所主席研究員の手塚宏之氏は、「欧米中心に産業界関係者と意見交換する中で聞いたのは、トランジション期のさまざまな課題が持ち上がっているという不都合な事実への言及だ」と強調。例えば水素供給インフラ確立のめどが立たず、これをあてにした削減対策が進まない。あるいは、巨額コストを投じても十分な価格転嫁ができるほど、グリーン製品需要が成熟していない、といった悩みだ。「理想として掲げた脱炭素経済が、現実の壁に突き当たり始めた。こうした声は1年前よりも露骨だった」と続ける。

政府からも産業界からも「1・5℃フェーズアウト」の気配が見えたCOPと言えよう。

もの言う株主が東ガス株に照準 問われる脱炭素・成長投資の戦略


2024年は、エネルギー企業を巡るアクティビストの動きが注目された。

脱炭素投資を加速するために株主還元に距離を置いてきた東ガスも方向転換に踏み切った。

2024年11月19日、米ヘッジファンド、エリオット・インベストメント・マネジメントが、東京ガスの株式を5%超保有していることが明らかになったことをきっかけに、アクティビスト―「物言う株主」の存在がエネルギー業界で大きな話題を呼んでいる。

エリオットは、1977年に設立された世界有数の規模を誇るヘッジファンドだ。株式を大量に取得した企業に経営施策の変更、資産や事業の売却、株主還元の実施などを求め、その結果として株価を高めて利益を得ようとするアクティビストとして名を馳せている。

関係者によると、両者は11月末までに複数回のスモールミーティングを開催した。エリオットは、東ガスの75を超える資産・プロジェクトは非中核事業で売却が可能であり、その資産価値は最大1兆5千億円程度に上ると試算。経営陣対し、これらを売却・収益化することで資本効率を改善し、自社株の取得などで株主に還元するよう求めたもようだ。

不動産事業を象徴する新宿パークタワー


成長領域に据える不動産 「バブルの塔」の行方は

関係筋によれば、エリオットが東ガスに売却を迫っているのは、高級ホテル「パークハイアット東京」が入る「新宿パークタワー」のほか、田町や日本橋といった都内一等地に所有する土地などの不動産資産だという。

東ガスは、不動産事業を成長領域と位置付けているが、全ての事業が成果を上げているわけではない。売却候補として名前が挙がる新宿パークタワーも、一部からは「バブルの塔」と皮肉を込めて呼ばれているという。事業内容を精査し、資産・プロジェクトの一部を売却して資本効率の改善を図れば、収益力の向上、株主利益の拡大につながると考えられる。

11月28日の定例記者会見で笹山晋一社長は、具体的な案件に触れることはなかったが、「不動産に限らず資産効率の低いものについては見直しを行う」と述べ、必要であれば売却も視野に入れる意向を示していた。

昨今では、アクティビストによる株式の大量保有をきっかけに、株価が急上昇する銘柄が相次いでいる。企業価値の向上に向けた提案などにより、経営改革が進むとの期待からだ。東ガスも例外ではない。エリオットによる大量保有が明らかになった翌日の始値は、前日終値比15%高の4393円に急伸した。その後は4500円前後で推移。12月11日の株価(終値)4433円に基づく連結PBRは、約1・0倍、予想配当利回りは1・6%となった。

24年にアクティビストのターゲットになった都市ガス会社は同社だけではなかった。5月には、旧村上ファンド系のアクティビストが東邦ガス株を2%程度取得し、主要株主となっていた。「PBR(株価純資産倍率)が1倍を切ると、株価が割安だとみなされアクティビストに狙われやすくなる」と語るのは、大手エネルギー会社の幹部。 エリオットが、東ガスの株式取得を開始したと推定される9月頃の平均株価3500円程度に基づくPBRは0・7倍程度、予想配当利回りは2%程度であるため、業績が堅調に推移していることを考慮すると、確かにこの時点の株価には割安感があったのだろう。

【西部ガスホールディングス 加藤社長】経営合理性の追求とESG経営の徹底を両立 組織の価値観を変える


エネルギー業界が大きな転換点を迎える中、2024年4月に西部ガスホールディングス社長に就任した。

引き続きガスエネルギー事業を中核に据えつつ、ESG経営を徹底することで組織の価値観を変え、脱炭素社会で社員が誇りを持ち続けられる企業としての礎を築く。

【インタビュー:加藤卓二/西部ガスホールディングス社長】

かとう・たくじ 1985年西南学院大学法学部卒、西部ガス(現西部ガスホールディングス)入社。2010年エネルギー企画部部長、16年理事、18年執行役員、20年常務執行役員、21年取締役常務執行役員などを経て24年4月から現職。

志賀 社長就任を打診された際、即承諾したそうですね。

加藤 酒見俊夫会長(現相談役)からの打診に間髪入れず「頑張ります」と答えてしまい、その後に「私のような者で大丈夫でしょうか」と付け足すことになりました。道永幸典社長(現会長)からは、「漫画一コマの間もなく受けたね」とからかわれ、その後、北九州の取引先の間では即答することを「加藤の1秒」と言われていたようです。社長になればさらにいろいろなことにチャレンジできるのですから、私としては「よし来た」でしたね。

志賀 24年4月の就任からこれまでをどう振り返りますか。

加藤 正解が分からない中でのかじ取りだからこそワクワクする反面、経営資源を預かる職責の重みを感じています。同時に、当社グループで働く社員が「自信と誇り、プライドを持って業務に取り組むグループ経営」を実践したいという強い思いもあります。そのためには、経営層が大汗をかいて取り組んでいることを可能な限り感じてもらう必要がある。そこで、私の人となりを含め社長としての考えや方向性を正しく伝えようと、グループ報ウェブサイトに動画配信チャンネル「卓二の部屋」を開設しました。「形式百回は、ありのまま一回に如かず」という気持ちで、さまざまな動画を配信し、経営層とグループ社員の距離を縮めていきたいと考えています。今後は少し業務寄りの内容を増やそうと思案中です。


人的資本経営に注力 社員の誇りを高める

志賀 社長としての抱負は。

加藤 現在の事業環境は、前門の「ガス小売全面自由化」、後門の「脱炭素化」の様相です。そこにウクライナクライシス、電源調達価格の高騰、LNG産出国のトラブルなどが重なり、経験則の無力さを感じています。こうした状況下でも日々現場で働いているグループ社員、そしてその家族が、2050年においても西部ガスグループに勤めていて良かったと誇りを持てる礎を築くことが私の役割です。会社は株主のものですが、社員が幸せを感じながら生きるための源泉でなければなりません。

動画配信などを通じ、社員との距離を縮めている

ESG(環境・社会・ガバナンス)経営の徹底は、そのためのミッションの一つであり、「サステナビリティ経営」「資本コスト経営」「グループネットワーク経営」、そして「人的資本経営」にチャレンジしていきます。特に人的資本経営については、DX(デジタルトランスフォーメーション)化による労働環境の再整備・スマートワーク化やキャリア採用の拡大を進め、ダイバーシティと健康経営、女性活躍推進に取り組みます。文字通り、ワークフォースから西部ガスグループ社員ならではのヒューマンリソースへの転換です。これは、既存組織の価値観や既存制度の文化を変えることになり、一朝一夕に達成できるものではありません。しかし、このパラダイムシフトと脱炭素に向かう経営合理性の追求をパラレルに進めるという、現代ミッションとして挑んでいかなければなりません。何よりも、人材育成とPDCAの徹底、そして新規事業を創出できるマネジメント力を強化する必要があります。

【東北電力 樋󠄀口社長】電力の安定供給維持へ 自己資本を積み増し財務基盤を回復する


東日本大震災で被災した原子力発電所として初めて、女川原子力発電所2号機が再稼働を果たした。

東北地方の東日本大震災からの復興、そして電力の安定供給とカーボンニュートラルへの貢献に向け、大きな一歩を踏み出した。

【インタビュー:樋󠄀口 康二郎/東北電力社長】

ひぐち・こうじろう 1981年東北大学工学部卒、東北電力入社。2018年取締役常務執行役員発電・販売カンパニー長代理、原子力本部副本部長、19年取締役副社長 副社長執行役員CSR担当などを経て20年4月から現職。

志賀 女川原子力発電所2号機が2024年11月に再稼働しました。これまでを振り返ってどのようなお気持ちですか。

樋口 女川2号機は、10月29日に原子炉を起動し、11月15日に14年ぶりに再稼働しました。ここまでに至る経緯を振り返ると、非常に感慨深いものがあります。当社は、発電再開を単なる「再稼働」ではなく「再出発」と位置付けています。これは、「発電所をゼロから立ち上げた先人たちの姿に学び、地域との絆を強め、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を反映し新たに生まれ変わる」という決意を込めたものです。また、東北の震災からの復興につながるとともに、電力の安定供給やカーボンニュートラル(CN)への貢献の観点からも大きな意義があると認識しています。

これまで、審査申請に係る事前協議了解や発電所視察などを通じ、真摯に議論、確認をいただいた宮城県、女川町、石巻市ならびにUPZ(5~30㎞圏内)の自治体の関係者の皆さまをはじめ、監督官庁など国の関係当局の皆さま、立地地域の皆さま、安全対策工事に尽力していただいた皆さまに対し、心から感謝を申し上げます。

志賀 再稼働に向けて、現場の士気をどう高めたのでしょうか。

樋口 私自身、現場に頻繁に足を運び「女川2号機の再稼働は、東日本大震災で被災した沸騰水型軽水炉(BWR)で初の再稼働であり、日本中、世界中から注目されている、歴史に残る一大プロジェクト。しっかり頑張ろう」と鼓舞してきました。9月3日の燃料装荷時には「ようやくここまで来ることができた」と、こみ上げてくるものがありました。地震・津波といった自然現象や重大事故に備えた多種多様な安全対策の強化により、震災前と比較して安全性は確実に向上しました。

今後とも、「安全対策に終わりはない」という確固たる信念の下、原子力発電所のさらなる安全性の向上に向けた取り組みを進めていきます。そして、引き続き安全確保を最優先に安定運転に努めるとともに、当社の取り組みを分かりやすく丁寧にお伝えし、地域の皆さまから信頼され地域に貢献する発電所を目指していきます。

【中部電力 林社長】将来の情勢見据えた経営ビジョンを実現し 政策目標にも貢献へ


昨今の情勢変化を先取りした経営ビジョンの実現に全力投球する。

脱炭素ではグループで複数地点の洋上風力の開発に関わるほか、浜岡原子力発電所の審査過程も一つステップアップした。

電気事業以外では不動産をはじめ、中部エリア内外で強みを生かした事業展開を加速させている。

【インタビュー:林 欣吾/中部電力社長】

はやし・きんご 1984年京都大学法学部卒、中部電力入社。2015年執行役員、16年東京支社長、18年専務執行役員販売カンパニー社長などを経て20年4月から現職。

志賀 昨今、「内外無差別の徹底」がより厳格に求められるようになりました。JERAとの長期契約にはどう影響しますか。

 JERAは全ての小売電気事業者を対象に、2026年度以降の長期卸契約の公募を開始し、電力・ガス取引監視等委員会の求める「内外無差別な卸売」に取り組んでいると認識しています。同年度以降は、中部電力ミライズとJERAの長期卸契約も、この公募に基づく契約に置き換わっていくと捉えています。需給のバランスが維持されている状況下においては、内外無差別により電源の流動化が進むことで、幅広い事業者から調達できる環境につながるでしょう。また、中部エリア外からの電源調達が進むことは、エリア外での販売機会拡大にもつながる可能性があります。今後も安定供給を大前提として市場動向を注視し、臨機応変に調達ポートフォリオを組み替えていく方針です。


利益水準拡大に手応え 洋上風力の開発に全力

志賀 21年に「中部電力グループ経営ビジョン2・0」を策定しました。それから数年経過し、電力経営を取り巻く環境は大きく変わっています。ビジョンの進捗、そして見直しの必要性をどう考えますか。

 経営ビジョン2・0では、30年に連結経常利益2500億円以上を目標に、収益基盤の拡大と同時に、事業構造の変革をうたっています。2500億円以上の半分は国内のエネルギー事業で盤石なものとし、残りの半分はグローバル事業を含む新成長分野から生み出すことを目指します。他方、ビジョン2・0策定以降、電気に対する評価は大きく変化し、需要がシュリンクせず伸びていくマーケットと位置付けられるようになりました。海外情勢では地政学的リスクが顕在化。国内では電気料金のボラティリティが高まり、脱炭素要請も厳しさを増す一方です。しかし、これらの経営環境の変化により、優先順位やスピード感などの見直しはあっても、変わらぬ使命の完遂と、新たな価値の創出が必要だというビジョン2・0の根幹は変わりありません。変化を先取りした内容であると自負しています。

足元の進捗としては、グループを挙げて経営効率化・収支向上施策を実施しており、一時的な利益押し上げ要因を除いても2000億円程度の利益水準を維持する力がついてきたものと捉えています。

志賀 需要家の脱炭素電源へのニーズが拡大しています。先述のビジョンでは、30年頃に「保有・施工・保守を通じた再生可能エネルギーの320万kW以上の拡大に貢献」との目標を掲げています。

 24年度上期末時点の当社グループの持分である設備容量は約103万kWで、進捗率は約32%です。24年は1月に太陽光発電事業者3社を完全子会社化し、3月にウインドファーム豊富、6月に八代バイオマス発電所の営業運転開始や西村水力発電所の開発決定をするなど、着実に歩を進めています。

志賀 再エネの主力として期待される洋上風力では、中電グループは4カ所の計画に関わっています。他方、洋上風力は資材高騰や人材面など多くの問題があることも事実です。

 まず、電力需要が伸びていく中で、将来の安定供給の確保と脱炭素社会の実現を同時に達成するためには多様な電源を選択肢に入れておく必要があります。その中でも再エネは最大限導入するべき電源と認識しており、適地のポテンシャルを考えれば洋上風力の開発が重要です。ただテクノロジーや開発コストの上昇など課題が多くあります。ハードルが高くとも、コストダウンやイノベーションなどあらゆる方策で乗り越えられるよう努力していきます。

志賀 政府公募第一ラウンドで3地点を落札したコンソーシアムには、陸上風力で実績のあるグループ企業のシーテックが名を連ねています。

 コンソーシアムの代表企業は三菱商事ですが、発電事業の技術面、そして地元への説明の仕方などは、やはり電気事業の経験がなければ分からない感覚があるかと思います。これらの面でシーテックのノウハウを生かし、当グループが貢献していけるものと思います。

太平洋側の巨大地震と連動 わずか3mmの降灰で停電も


【今そこにある危機】関谷直也/東京大学大学院教授

2011年の東日本大震災以降、富士山噴火は絵空事ではなくなった。

エネルギー供給に支障をきたし、広範囲で甚大な被害が予測される。

富士山の噴火に関心が持たれた契機は3回ある。1983年、元気象庁職員の相楽正俊氏が9月10日前後に富士山が大爆発するという内容の『富士山大爆発』(徳間書店)を出版した。テレビのワイドショーに出演して話題となり、観光客も減った。それ以降、長い間、観光業者を中心に富士山噴火や防災訓練はタブー視されてきた。

次に2000年5月である。富士山近辺で低周波地震が続いた。同年は有珠山や三宅島が噴火した年であり、関心も高まった。それまでと対応も異なり、内閣府を中心としてハザードマップ作成や防災対策の推進がスタートする契機ともなった。この頃、私が富士山周辺でヒアリングやアンケート調査を始めたのだが、「まさか富士山が噴火するはずないだろう」とヒアリング先から白い目で見られたのを覚えている。

現実味を帯びる富士山噴火

そして11年の東日本大震災である。世界中でマグニチュード(M)9クラスの地震が起こった場合は火山活動が活発化する。火山はプレートの動きと深く関係しており、地震によりマグマの状態が不安定になったり、応力の解放によってマグマ上昇が促されたりなど大規模地震の影響を受ける。

過去の富士山噴火も大きな地震の前後で噴火している。江戸時代中期の1707年10月に宝永地震と呼ばれる南海トラフの巨大地震が発生し、12月に富士山が噴火した。平安時代の869年7月に東北地方太平洋沖で発生した貞観地震の前、864年に貞観大噴火が発生して青木ヶ原を形成した。その後887年には仁和地震が発生している。東北地方太平洋沖の地震、南海トラフ沖の地震、富士山噴火は、時期を相前後して起こるものであり、2011年の東日本大震災後は、富士山噴火も想定外とは言っていられなくなってきたのである。

現在は、静岡県と山梨県、地元自治体が富士山の防災対策に取り組むようになってきている。

政府でも18年から20年に内閣府「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」が開催され、富士山噴火対策が本格的に検討され始めた。また今年になり、同「首都圏における広域降灰対策検討会」でさらに検討が進んでいる。


偏西風で首都圏に降灰 交通機関はまひ

富士山が噴火した場合、過去の履歴から、偏西風の影響で火山灰は東側の南関東一帯に拡散し、首都圏で大規模な降灰被害が発生すると考えられている。

もちろん富士山周辺部分では溶岩流、火砕流、火山弾、土石流、融雪型火山泥流、河川への火山灰の流入による洪水など、即時に人命に影響を及ぼすような被害が発生する可能性があり、こちらの方が対策の優先順位が高い。とはいえ火山灰対策もそれなりに考える必要がある。

だが富士山噴火による大規模降灰は、どのくらいの期間、どのくらいの規模(量)で、降灰が継続するかが不明である。かつ風向きによって拡散する状況も変わる。現在は宝永噴火規模の噴火を前提にさまざまな風向きを考えてシミュレーションをしているものの、一想定に過ぎない。 

進化するガス検知器技術 供給設備の保守新時代へ


【技術革新の扉】レーザー式ガス検知技術/東京ガスエンジニアリングソリューションズ

都市ガス保安を一歩進めた画期的な技術「レーザーメタン検知」。

TGESはこの技術を応用し、他のガス検知技術の開発にも注力する。

ガス漏れの可能性がある空間に立ち入らなくても、離れた場所からレーザーを照射するだけで瞬時にガス漏れを検知できる―。

そんな従来になかった技術を実現させたのが、東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)が開発したレーザー式メタン検知器シリーズだ。現在の最新機種は「レーザーメタン・スマート」、「レーザーファルコン2(LF2)」。測定の安定性、信頼性に優れ、ガス配管の点検や定置式モニタリングなど、さまざまな分野で業務効率の改善に貢献している。エネルギー供給設備の保守を新時代に導き、進化し続けている。

最新モデル「レーザーファルコン2(LF2)」


困難だった場所も遠隔検知 業界自主基準にも記載

東京ガスは1980年代から遠隔でメタンを検知する技術を研究し、2003年に世界で初めてレーザー式メタン検知器の実用化を果たした。従来のガス検知器は、吸引式や拡散式が一般的だった。いずれも、ガスがセンサーに触れることで検知する。一方、レーザー式は触れずに遠隔で検知する。採気する必要がないため、高所や床下など立ち入り困難な場所や、ガラス越しでもガスを検知できる。

このレーザー式メタン検知器は、22年に日本ガス協会が発行するガス工作物の技術指針に適切な漏えい検査方法の一つとして掲載され、それ以降、TGESのレーザー式メタン検知器は、多くのガス事業者で保守・点検時に利用されている。

全世界に200社以上ある販売チャネルを通じ、海外でも幅広く普及し、ガス会社のほか、米国ニューヨークでは、消防隊員の装備品としても採用され、火災現場でも活用されている。シリーズの累計販売台数は約7000台。国内より海外の方が採用実績は多いという。

技術の要は、メタンが特定の赤外線を吸収する特性の活用だ。メタンには赤外線を吸収する波長がいくつか存在するが、その中から吸収が強く、他のガスの影響を受けない1・6㎛帯の赤外線を利用している。検知器から照射された赤外線は、配管や壁などで乱反射され、その一部が検知器に戻ってくる。戻ってきた赤外線をレンズで集め、メタンによる赤外線の吸収量を解析する。赤外線が通過した空間にメタンが存在していれば、赤外線は吸収されるため、メタンの存在を検知できる。

なお、赤外線は見えないため、緑色のレーザーガイド光を同じ場所に照射し、点検している箇所が分かる工夫が施されている。また、セルフ校正機能を備えており、電源投入ごとに健全に機器が働くか確認されるため安心して使用できる。

メタン以外のガスにも赤外線を吸収する波長は存在し、波長を変えれば、原理的にはメタン以外のガスも検知することができるため、TGESでは、LF2の開発と同時に他のガス開発用のプラットフォームも開発し、メタン以外のガスに対応した検知器の開発工数を大幅に削減できる環境を整えた。