【業界紙の目】濱田一智/化学工業日報 編集局行政グループ記者
「カーボンプライシング(CP)の賛否は?」との問いは、大ざっぱすぎて正確性を欠く。
政府内でCPの検討が進むが、どの手法に関する議論なのかを明確にしないと話がかみ合わない。
カーボンプライシング(CP)に関する議論がかまびすしい。CPを巡っては、やれ経済産業省が反対で環境省が賛成だとか、やれ経団連が前向きな姿勢を示し始めたとか、いささか雑に語られる傾向がある。だがCPは読んで字のごとく炭素価格付け政策の総称にすぎず、排出量取引や炭素税といった性格の異なるものが混在している。これらを区別しないと議論の解像度が低くなる。
さらに話をややこしくしているのが政府、とりわけ経産省が多用する「成長に資するCP」との表現だ。だがCPの中でも炭素税は明らかに税金であり、税金が「成長に資する」と言われても直感的には理解しにくい。どういうことだろうか。
CPの三つの手法 どれが「成長に資する」のか
始まりは1年半前にさかのぼる。翌年に控えたCOP26の開催も見据え、菅義偉前首相が2020年10月の所信表明演説で「50年カーボンニュートラル宣言」を行い、同年末、温暖化対策を経済成長につなげる「グリーン成長戦略」を政府が発表した。そこでは「CPなどの市場メカニズムを用いる経済的手法は、産業の競争力強化やイノベーション、投資促進につながるよう、成長に資するものについてちゅうちょなく取り組む」とした。
そして21年2月に経産省が立ち上げた「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等の在り方に関する研究会」が、端的に「成長に資するCP」と表現した。これ以降は「成長に資する」との枕詞を冠するのが通例になった。
さて、CPは冒頭に述べた通り、炭素価格付け政策全般を意味する。しばしば引き合いに出されるのが排出量取引、クレジット取引、炭素税だ。(他に企業が自主的に価格付けして投資家へのアピール材料に使うインターナルCPなどもあるが、とりあえず除外する)
排出量取引とクレジット取引の発想は近い。いずれも排出削減に金銭価値を付与して市場で取引させるというものだ。
排出量取引は、政府が企業ごとに炭素排出量の上限(キャップ)を決め、上限を超過してしまう企業と超過せず余裕がある企業との間で売買する「キャップ&トレード」に象徴される。
クレジット取引は、企業が削減策を講じない場合の排出量見通し(ベースライン)と、講じた場合の排出量の差を、クレジットと見なして売買する「ベースライン&クレジット」が典型だ。各国でクレジット取引の専門市場を設立する動きがあり、経産省もその流れに乗って「カーボン・クレジット市場」の創設を日本で進めている。
これらと比較すると炭素税は単純明快。炭素排出量に応じて税金を課すだけだ。日本では、石油石炭税の「上乗せ部分」に当たる温暖化対策税が炭素税としての性質を持つ。だが「本体部分」は排出量と比例しておらず、ここを改変して一層本格的な炭素税を導入すべしとの意見は強い。
炭素税で経済成長は強弁? 以前の議論と整合性取れるか
この三つをCPと総称するにしても、「成長に資する」という観点で見ると様相は異なる。排出量取引やクレジット取引は、なるほど成長に資する余地があるかもしれない。実際、経産省もカーボン・クレジット市場の狙いとして「世界のESG(環境・社会・統治)投資を誘導し、脱炭素時代の情報ハブを日本に引き込む」と気宇壮大な理念を掲げている。
翻って炭素税はどうか。実はCPについては経産省の研究会が発足する以前から、つまり「成長に資する」の枕詞が付く以前から、環境省の有識者会議が数年にわたり議論を重ねてきた。炭素税も当然議題に上ったが、あくまでも「外部不経済を内部化する」といったとらえ方で、経済成長に寄与するといったトーンは控えめだったはずだ。
従って「成長に資するCP」というときのCPが何を意味するかに注意を向ける必要がある。これが炭素税を指すとの解釈は、環境省の数年来の議論と、果たして整合性が取れるだろうか。
炭素税を肯定する論拠として、導入しないと気候変動対策に後ろ向きなメッセージになるとのレピュテーションリスクを挙げる論者もいるが、だからといって導入が「成長に資する」というのは強弁ではないだろうか。
反論はあり得る。「成長に資する」とは日本全体にとっての話であって、炭素税を課される企業にとっての話ではない、と。
確かに、いわゆる「二重の配当」論によれば、炭素税には環境改善効果(第一の配当)と、経済全体の活性化効果(第二の配当)が期待できるという。だが、大の虫を生かして小の虫を殺すには、それ相応の説得力が要る。「外部不経済の内部化」という理屈で押し通せるものだろうか。
環境省はCP議論を長年続けるが……
ここで改めて「成長に資するCP」の来歴を確かめておきたい。
まず20年末に政府のグリーン成長戦略がCPを「市場メカニズムを用いる経済的手法」と位置付け、「(CPで)成長戦略に資するものについてちゅうちょなく取り組む」と述べた。次いで21年2月に経産省が「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等の在り方に関する研究会」を立ち上げ、枕詞をつけて「成長に資するCP」と呼び始めた。通底するのが「経済的手法」という言葉だ。
そもそも温暖化対策には規制的手法(法律など)や情報的手法(省エネラベルなど)もある。これらと違って経済的インセンティブに働きかけるのが経済的手法で、その代表格がCPということになる。それを前提に、CPならよろず良しではなく「成長に資するCP」に限定した。
こうした沿革を踏まえれば、CPというぼんやりしたキャッチフレーズをあげつらうことが不毛だと分かる。排出量取引の話なのか炭素税の話なのか、それは成長に資するのか――。主張がかみ合わない空中戦を避けるためにも、論点をクリアにしなければならない。
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