【地域エネルギー最前線】 長野県 松本市
乗鞍高原が2030年度までにCO2排出実質ゼロを目指す「脱炭素先行地域」の第一弾に選ばれた。
行政、地域住民、企業、大学が一体となって、山岳観光地のリーディンモデル形成を目指す。
乗鞍岳山麓の静寂な自然環境に囲まれ、山岳観光地として親しまれてきた長野県・乗鞍高原。だが今、少子高齢化や居住人口減、新型コロナウイルス禍などによる観光客減、温暖化などで豊かな自然環境が失われることへの危機感など、さまざまな課題に直面する。
山岳観光地として持続的に発展し活力を取り戻したい―。そんな地域住民の思いから生まれたプロジェクトが、環境省による脱炭素先行地域の第1回公募で、長野県で唯一採択された。松本市が、乗鞍高原を擁する大野川区、信州大学と共同で提案した「のりくら高原『ゼロカーボンパーク』の具現化」だ。 “世界水準”の「ゼロカーボンパーク」実現に向け、地域を挙げた取り組みが本格化しようとしている。
豊かな自然に恵まれた乗鞍高原
きっかけは地元の将来構想 3つの柱で地域に好循環を
計画の柱は、①地域裨益型小水力発電所を建設し、エネルギーの自治を実現すること、②サステナブルツーリズムモデルを形成し、滞在意欲の高い来訪者を獲得すること、③地域活力の好循環を創出することにより、人口増を実現すること―の3本だ。
①については、乗鞍地域に流れる信濃川水系の小大野川に、674kWの小水力発電所を整備し、地区の住宅や宿泊施設などに設置した太陽光発電由来の電気と合わせて地域内に供給。住宅の断熱改修やLED導入を進め、2030年度の電力の脱炭素化に道筋を付ける。エネルギーの地産地消により生まれる収益の一部を地域の収入源として半永続的に入る仕組みを構築し、地域の課題解決に活用していくことも考えている。
②については、観光客向けに、ゼロカーボン拠点施設(現観光センター)をとする環境配慮型の二次交通を構築する。観光客の移動手段として、低速で走行し環境への負荷が小さいEVバス、E‐バイクなどを導入。地域の自然環境に配慮したサステナブルツーリズムを実現することで、インバウンド需要やワーケーション需要に訴求し、長期滞在型の旅行者やリピーターの獲得を狙う。
③は、地域内ビジネスとして「木の駅事業」を展開する。管理が行き届かず景観の支障となっている木々を伐採し、薪ストーブ・ボイラーの燃料として加工。各家庭や宿泊施設に、新たに薪ストーブやボイラーを導入しその燃料として利用する。
放牧が途絶えて森林化したシラカバなどを伐採し草原の景観を取り戻すと同時に、木質バイオマス熱として利用することで、電力由来以外の温室効果ガス排出削減につなげようというわけだ。脱炭素を起点に新たな地域ビジネスを立ち上げることになるため、新規雇用を創出し、若年人口を増やし地域活力の好循環を創出することも期待できる。
総事業費は26億円と試算。先行地域に採択されたことで、このうち17億円を国の交付金で賄うことができる。松本市環境エネルギー部環境・地域エネルギー課の丸山克彦課長補佐は、「小水力発電の整備や運用をどのように行うのか、まだまだ手探り状態だが、『山型』の脱炭素化のリーディングモデルを確立し、市内のほかの中山間地や自然公園にも水平展開していきたい」と語る。
実は、計画のベースには昨年3月に、乗鞍高原の地元関係者による「のりくら高原ミライズ構想協議会」が、同地域の将来構想として策定した「のりくら高原ミライズ」がある。丸山課長補佐によると、「地域が脱炭素先行地域の共同提案者となっている例はほかになく、住民発信型の取り組みとして唯一の案件ではないか」という。
ミライズでは、観光振興や人口減少に歯止めをかけ安心安全な暮らしを守ることのみならず、ゼロカーボンの実現など循環型社会の実現を目指すことにまで踏み込んでおり、大野川区が市内でも脱炭素化への機運が高い地域であることがうかがえる。
ゼロカーボンシティへ 市、事業者、市民が総力
松本市では、このほかにも、ゼロカーボンシティを実現するためさまざまな取り組みを進めている。建て替え計画がある市立病院が所在するアルピコ交通上高地線の波田駅周辺では、『街型』の脱炭素モデルづくりを進める計画があり、『山型』の乗鞍とともに市内全域に広げていく方針だ。
また、今年2月には、地域の脱炭素化を支援する産学官金連携の共同団体として「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」を設立した。地元の事業者や大学、金融機関、市などが連携し、定例フォーラムや課題別の部会などを通じて、地域の脱炭素事業の具現化や発展を図る。
さらに6月には、化石燃料から再エネへのシフト、省エネの徹底、ごみの減量やリサイクル、環境負荷の少ない交通手段への転換といった、ゼロカーボンの取り組みを「まちづくりの大原則」として位置付ける「松本市ゼロカーボン実現条例」を制定。ここでは、市、市内の事業者、市民が脱炭素化に向け、それぞれの責務を果たしていかなければならないことを明記している。エネルギーの地産地消の役割を担うため、市や地元企業が出資する形で、早ければ来年度にも地域エネルギー会社を設立する方向で検討を進めている。
脱炭素先行地域に選定されたことを受け、臥雲義尚市長が記者会見で語ったのは、「豊かさと幸せを実感できるまちづくりに向けた大きなチャンス。ゼロカーボンの先駆けとなるよう市民の皆さんと共に取り組んでいきたい」と、市民と一丸でゼロカーボンを目指すということ。
とはいえ、現段階では脱炭素の必要性を行政と市民が十分に共有できているわけではない。ゼロカーボンの取り組みは「未来への『投資』である」と、脱炭素の機運を醸成していくことが、これからの市の大きな役割となる。