【コラム/8月23日】菅政権に目立つ左派アジェンダ推進派 心ある議員は脱炭素政策に造反すべき


杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

菅政権の下での温暖化対策の暴走が止まらない。ついに日本のエネルギー政策の根幹を定めるはずのエネルギー基本計画の案にまで無謀なCO2削減目標が書き込まれた。過大な再生可能エネルギーと省エネが見込まれており、このまま突き進めば日本経済は壊滅する。

日本国民は莫大な経済負担について未だに知らされないままだ。だが早晩、経済負担が明らかになり、異論が噴出するようになるだろう。

英国では今まさにその状態になっている。

家庭のガス暖房、ガソリン車禁止 英国政権の対策案に与党内からも批判 

英国政府は、家庭の暖房において主流であるガスを禁止して電気式のみにする、さらにはガソリン自動車を禁止して電気自動車のみにする、といった政策を、年末に主催する気候変動国際会議(COP26)に間に合うよう検討していた。

だが、その費用が世帯当たりで数百万円に上るという試算が白日の下に晒されると、ジョンソン政権のお膝元の保守党議員、ベーカー元ブレグジット担当閣外相が公然と反旗を翻した。

同氏は大衆紙サンに「脱炭素-ガス使用禁止で貧しい人が寒さに震える」と題した記事を書いた。

「これまで国民は脱炭素のコストを知らされていなかった。ボリス・ジョンソン党首が、高価で効きの悪い暖房を国民に強制し、さらには自動車の保有を諦めさせたりしたら、保守党は有権者から手痛い報いを受けることになるだろう。脱炭素のコストは、人頭税よりも大きな政治危機をもたらすのではないか。」

最後に言及している人頭税とは、文字通り人に対して課する税で、サッチャー政権時の1989年に強引に導入されたが、強い反対に遭った。保守党内でも異論が続出し、1990年のサッチャー退陣後、廃止された。

英国では、ブレクジット論争の時に、多くの大衆が左派的なEUの政策を嫌い労働党支持から保守党支持に回った。今その大衆が、左派エリートの贅沢な趣味であるCO2削減策を押し付けられ、経済負担を負わされつつある。ベーカーら英国保守党員は、このままでは大衆の支持を失い、保守党が政権を失うと恐れている。

脱炭素政策への造反議員は約30人ほどに達しているとみられ、夏休み明けにはグループを結成して活動を始める予定だという。この中には、比較的貧しいイギリス北部の工業・農業地域である「赤い壁」選出の議員が多く入っている。

「赤い壁」とは、かつて英国労働党の岩盤支持選挙区であったのでそう呼ばれていた。だがブレクジット論争の時に、保守党は大衆の支持を得て、それを切り崩していくつかの選挙区を奪った。このせっかくの勝利が、ガスボイラー禁止といった経済負担の大きい政策によって台無しになり、議席を失う結果となることを、保守党議員は恐れている。

英国では、本来はもちろん「保守」であるはずの英国保守党のボリス・ジョンソン政権が、リベラルのアジェンダである「脱炭素」にまい進してきた。

これまでは威勢の良い(無謀な)数値目標を言っていただけなのでさしたる反発も無かったが、具体的な政策の検討が始まったとたん、お膝元の与党議員が公然と反旗を翻した訳だ。今、政権は、ガスボイラーの禁止は止めて、補助金などの他の政策で置き換える方向で検討中だという。

日本の46%減目標の費用水準は毎年20兆円 消費税倍増に匹敵か

では日本はどうか。これまでの再エネの実績では、2.5%のCO2削減のために2.5兆円の賦課金が徴収されている。つまりCO2の1%削減には1兆円かかる勘定だ。

さて現行のエネルギー基本計画案ではCO2目標を26%から46%まで20ポイントも深堀りしている。1%あたり1兆円のペースだとすると、この費用は毎年20兆円となる。これは奇しくも現在の消費税と同じ額だ。

つまり現行のエネルギー基本計画案は消費税倍増に匹敵する経済負担になるのだ。

このまま突き進めば、日本でも規制や税があらゆる部門に導入され、その経済負担は消費税率の20%への倍増に匹敵するものになる。消費税の2%増税でも大騒ぎになるのに、消費税率の実質倍増であれば、政治危機が訪れるのは間違いない。

日本の菅政権では、左派のアジェンダを推進する人々が目立ってきた。そこには個々の議員が何をやっても与党の岩盤支持層は絶対に投票してくれるという驕りが垣間見られる。だが国民の経済と安全をもっと真剣に考えないと、遠からず厳しい審判が下るのではないか。与党支持者であっても、その議員への投票を拒否するかもしれない。

これまで日本のエネルギー政策形成では、製造業の団体が間接的に消費者の利益を代弁する形で政府と交渉してきた。しかしもはやこの歯止めは壊れてしまった。かくなる上は、エネルギー消費者である企業や国民にその経済負担について良く知ってもらい、政治家に圧力をかけて貰うしかない。エネルギー業界関係者は、そのような説明の労を惜しまず取らねばならない。それにより政治バランスを変え、政策を少しでも正常化してゆかないと、状況はますます取返しが着かなくなる。

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。

運転員の不注意で大事故に TMI事故はこう起きた


【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.5】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

1979年3月、米TMI(スリーマイルアイランド)発電所で炉心が溶融する事故が起きた。

炉心溶融は原子炉の圧力上昇に気付き、注水した途端に発生している。

前号の溶融炉心図に続いて、今回はTMI事故の説明に入る。

事故は1979年3月28日午前4時に起きた。発端はトラブル発生による原子炉の停止後に、開いた安全弁が閉じなかった故障に始まる。それに気付いた運転員が弁の元栓を閉じたのが約2時間後だ。蒸気の流失は止まったが、その時点で原子炉の水位は半減していたが、運転員はそれに気付かなかった。このぼんやりが、トラブルを大事故に拡大させた。

元栓が閉じたので、行き場のなくなった崩壊熱は、原子炉の温度・圧力を上昇させる。圧力上昇に気付いた運転員は圧力を下げようとして、停止していた一次冷却ポンプを動かして水を入れた。この途端に、炉心溶融が起きた。トラブルから3時間後のことだ。

原子炉圧力は下がるどころか急上昇した。それも2分間に5・5Mpという、無茶苦茶な上昇だ。運転員は慌てて安全弁の元栓を開いて減圧を試みたが、圧力は下がらない。なぜなら、炉心熔融が起きるような巨大な発熱が炉内で誕生していたからだ。

同時に、一次冷却配管の放射線指示が急上昇している。燃料破損が起きた事は明かだ。発電所に緊急事態宣言が発令された。

午後3時間15分、ポンプを止めたところ原子炉圧力は少し低下した。だがその間に、安全弁からの蒸気を水に戻すレットダウン・タンクが、2度にわたり破壊した。10時間後には、格納容器の内部で水素爆発が起きた。

注水で圧力が急上昇 前代未聞の不可解な事故

以上がTMI事故の概要だ。圧力を低下させるために原子炉に水を入れたら、圧力が急上昇して燃料棒が溶け、発電所の放射線が上昇した。前代未聞の不可解な事故だ。

原子炉内部の損傷は、前報のスケッチ図の通りだ。炉心は熔融し、その上に燃料デブリが堆積している。だが、炉心の外周にある燃料棒や制御棒案内管は、炉心溶融などどこ吹く風とばかりに元の状態で残っている。以上がわれわれの知る、世界で最初の炉心溶融の実体だ。

ところが、原子炉の外は大荒れで、大嵐の跡のさながら全面的な破壊だ。2度にわたるレットダウン・タンクの破壊、10時間後の格納容器内部での水素爆発、記録にはないがその他にもいろいろあったろう。

タンクの破壊には諸説あるが、最初の破裂は水素の大量流入による過圧破壊、二度目の破壊は水素爆発と、僕は考えている。

水素の大量発生は、原子炉の場合、高温のジルカロイと水の酸化反応しか考えられない。蒸気発生器の二次側にたまっていた復水が、冷却材ポンプの作動によって一挙に原子炉に送られ、高温のジルカロイと反応して大量の水素ガスを発生させたのが、原子炉圧力急上昇の原因だ。

さらに考えれば、ジルカロイ・水反応は大きな発熱反応であるから、この熱で炉心溶融が起きたとの説が出るのも当然だ。

レットダウン・タンクが破壊すると、原子炉で発生した水素ガスは、安全弁を通って格納容器へ直行し、中の空気と混じって爆発性ガスと化す。このガスが10時間後に、何らかの衝撃によって爆発した。TMIで見た格納容器内部の写真では、エレベータ付近に破壊が集中していたという。爆発は一度だけだったらしい。制御室の運転員は、この爆発音をダンパーの閉じる音と聞き違えている。運転員の証言は信頼がおけないのだ。

その後のTMIの経過は、原子炉冷却水に混入した水素ガスを約1月かけて除去し、4月末に事故終結宣言の発布に至った。NRCデントン部長の采配である

TMIの格納容器への入構は、今日なお特別許可が必要という。炉心熔融を起こした水素ガスは放射能を伴っているため、格納容器内部の汚染が非常に高いからだ。

話を廃炉に移す。事故後約15年たった90年代中頃、TMIは遠隔操作機械を使って熔融炉心の約98%を取り出した。これで廃炉が始まるかと思ったのだが、邪魔が入った。溶融燃料の運搬先で反対運動が起きたからだ。

予定の運搬先は、ニューメキシコ州の南、メキシコ国境近くにあるWIPP(Waste Isolation Pilot Plant)という名の核廃棄物の隔離埋設試験施設だ。原爆の開発・製造でできた放射性廃棄物を処分する目的で作った、地下約600m深さにある岩塩層の施設だ。

反対運動は、同じニューメキシ州の北部にある有名別荘地、サンタフェで起きた。WIPPから300㎞も北に離れているが、反対運動は成功し、運搬は休止となった。取り出された溶融炉心は、今、アイダホ州にある国立研究場(旧NRTS)の仮置き場で保管中という。


発端は原子炉の停止後に開いた安全弁が閉じなかった故障だった

依然高い放射能線量 進まない廃炉工事

その後、TMIの廃炉工事は進んでいない。残余の溶融炉心と格納容器内部に付着した放射能の線量が高く作業に適さないとの理由だが、その通りであろう。

熔融炉心が出す放射能による汚染には毒性の強いプルトニウムが混入しているので、除染工事の方法や、工事費用の見積りが難しいのであろう。

その先輩が再処理工場だ。使用済みの燃料からウランやプルトニウムを回収した後の廃棄物には、天然には存在しなかった放射性物質が含まれる。これらの体内への取り込みを防ぐために工場は各種の防護設備を備えているが、廃棄物がこぼれたりするとその除染作業は大変だ。

炉心溶融が起きた炉の廃炉工事は、再処理工場に似ている。汚染全体にプルトニウムそのほかの放射能の付着があり、除染費用のめどが付かないのだ。

お金の話が出たついでに、事故炉の廃炉費用について述べる。TMIの溶融炉心取り出し費用はざっと1000億円だった。チェルノブイリで新設した石棺全体を覆う建造物の費用が1700億円だ。

福島第一発電所の廃炉予算は、事故直後に東京電力が計上したのは約2兆円だったが、16年12月に経済産業省が発表した原子力損害賠償・廃炉等支援機構の試算は8兆円に跳ね上がっている。その理由は不明確だが、額は諸外国と較べて数倍高い。

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いしかわ・みちお  東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2 https://energy-forum.co.jp/online-content/4999/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.3 https://energy-forum.co.jp/online-content/5381/

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.4 https://energy-forum.co.jp/online-content/5693/

【火力】「不労所得」発言 前提は正しいか


【業界スクランブル/火力】

 今冬の供給力不足への対応については、梶山弘志経済産業相から5月に出された対策指示に基づき電力・ガス基本政策小委員会などで検討が鋭意進められ、何とか必要な供給力を確保できるめどが付いた。だが今回も、事の本質である供給責任の在り方を定めたルールの適正化について、議論が深まることはなかった。

今回の検討では、再調整をしてもなお不足となる見込みの東京エリアの来年1月2月について、約50万kWを送配電事業者が調整力公募の形で募集することになった。しかし、必要な供給力は、本来供給力確保義務を負う小売り事業者が確保すべきものである。

問題点は、小売りがスポット市場からの調達を念頭に調達先未定とすることが認められているルールに不備があると考えるのが自然だと思うが、供給力が不足するのは、市場を厚くしない旧一の発電事業者の対応が悪いとする問題点のすり替え、あるいは責任転嫁ともとれる意見が委員の中からも聞かれた。

しかし、発電サイドから見れば、ベースロード市場やグロスビディングなどにより適正価格での玉出しと内外無差別の方策が徹底されており、必要となる利益が見込めないのに市場を厚くしろと言われても無理な相談というものだ。実際、今の発電事業では十分な利益が見込めないため、新規参入者は自ら電源を持つリスクを回避し、市場からの調達に走ったのではないか。

また、複数の委員から休止火力の再開により発電事業者が不労所得を得るのではないかという発言があったのは大変残念だ。発電所の休止は、S+3Eに気を配りながら長距離マラソンを走り切り、ようやくゴールにたどり着いたようなものだ。今回のように、無事ゴールして安堵した途端に「トラックもう一周!」と言われた場合の負担感の大きさを察してもらえないものか。このようにルールに関する不具合が生じた場合、実は前提が間違っていたのが原因というのは、往々にしてあることだ。ルールを作った方々は、発電所の維持に相応のコストがかかり続けるという単純な理屈を正しく理解できていなかったと思われる。(S)

関心高まるSMRは原子力を救うか 国内での新設実現は困難の指摘も


【多事争論】話題:SMRの実現可能性

受動的安全性などの特性でSMR(小型モジュール炉)に関心が高まっている。

しかし、低廉・安定的な電力供給で実績のある軽水炉を優先すべきとの声も多い。

〈まず再稼働と運転制限の見直しが優先 新型炉開発は海外とのアライアンスで

視点A:田中隆則(日本原子力学会フェロー)

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、原子力をどのように位置付けるのかが検討課題となっている。世界においてはSMR(Small Modular Reactor)を中心とした新型炉の開発導入が進もうとしているが、日本では、どうであろうか。

SMRの特徴の一つは、安全性の向上が分かりやすい形で実現されることにある。これは、出力規模を下げることにより、動的な安全系を採用しなくてもフルパッシブ系で安全性能を達成できる点にある。しかし、スケールメリットに反するとして、日本においては開発の主流とはならなかった。

これまで日本ではスケールメリットによるコスト低減と、成熟技術の活用の観点から出力規模を上げる方向で発電用原子炉の開発導入が進められてきた。筆者が開発を担当していた次世代軽水炉(APWR、ABWRを安全面、コスト面で発展させたもの)もそのような路線に沿ったプロジェクトであった。

しかし、大型炉は、欧米での最新の経験から、建設期間の長期化やその間の電気事業や原子力安全規制の見直しなどによる投資リスクが極めて大きいことが認識されるようになってきた。そのことから、小さな投資で早期に回収が図れるSMRが注目されるようになった。コスト面についても、パッシブ系の採用による設備の簡素化を進めるとともに、原子炉格納容器内に圧力容器など主要な原子炉系機器を収めたモジュール化を最大限推し進めることにより原子炉システム全体を工場生産型としてコストと工期を抑え、大型炉に対する競争力を持つ可能性が見えてきた。

また、地球温暖化対策として、再生可能エネルギーの大幅な導入が目指される中、同じくゼロエミッション電源であり安定電源でもある原子力を組み合わせて活用するとの考えから、安全性が高く柔軟な運用に適したSMRを電源のみならず熱源としても利用し、再エネの出力変動に対応させるとの構想も生まれている。

極めて難しいSMR新設の実現 最大の課題は福島事故後の安全規制

このように注目されているSMRであるが、残念ながら、日本においてその新設を実現するのは、極めて難しい。

まず、最大の点は、規制の問題である。既設炉の再稼働でさえ、福島第一原子力発電所事故から10年以上を経過しても、PWR10基にとどまっており、BWRにおいては1基も実現していない。ましてや、これまでの原子炉と構造が大きく異なるSMRの審査に要する期間を見通すことは困難である。米国においては、審査の予見性を高めるため、DC(設計承認)制度や正式な審査の前に規制上の課題を見出すためのPre-Application Reviewといった制度が設けられた。英国は、DGA(一般設計評価)により、正式な審査とは別に設計段階で規制上の課題を特定するような制度を設けている。

また、カナダは、特にSMRを想定し、許認可と別にベンダーへのサービスとして、Pre-Licensing Vender Design Reviewを行っている。このように、海外の規制機関では、SMRのような新型炉の申請者のリスクを低減するとともに、審査側の対応力を上げるための取り組みがなされている。だが、日本において、このような取り組みを期待することは難しい。

また、プラントメーカーの開発は既に海外から大きく後れを取っている。これは、従来、新型炉の開発は、発注者である電気事業者の意向を受け、自らリスクを取ることなく進めてきたことに起因するものかもしれない。ベンチャー的な挑戦姿勢への本気度が問われている。

次に政府の役割であるが、SMRを国内において導入するのは、前述のような理由で現実的でない。そのため、国内のエネルギー政策と切り離さざるを得ない。その開発を支援するのであれば、必然的に海外のプロジェクトに参画し、海外で事業を進めることが現実的な路線となる。しかし、英国のホライゾン・プロジェクトを逃し、海外での事業実績が皆無の原子力産業が国際展開を実現するのは容易ではない。日本がメインプレイヤーの一角を占めるには、国際的なアライアンスづくりに向けた具体的な戦略が求められる。 政府がまず取り組むべきは、既設炉の再稼働と建設中の発電炉の早期完成の支援、さらには40年運転制限制の見直し(運転休止期間の除外、60年超運転も可能に)である。なお、技術開発においては新型炉だけではなく、日本のものづくりの力を生かし、3Dプリンターによる原子炉機器の製造技術や、シミュレーター技術を生かしたデジタルツインなどのイノベーションへの取り組みも求められる。

たなか・たかのり 1979年京大大学院原子核工学研究科修士課程修了、通商産業省(現経済産業省)入省。2017年から21年6月まで原子力環境整備促進・資金管理センター専務理事。

【原子力】出力でなく仕事量 再エネ過信で亡国も


【業界スクランブル/原子力】

 カーボンニュートラルが果たして本当に実現できるか―。掛け声だけでなく、相当真剣になって取り組まないと実現できないし、道を誤れば国家滅亡の愚を招く。

世界の製鉄の53%は中国で行われており、日本には減少の余地がない。炭素排出の塊のセメントも同様にカーボンニュートラルに変更できるかといえば無理だ。水素製造も水を電気分解するなら大量の電力が必要だ。電力も原発なしではうまく行くはずはない。小泉進次郎環境相は再生可能エネルギーだけで何とかなる、うまくいくという。そうしたうそをテレビなどで声高に発信する人も多い。

EVなどで電化が進めば、現状1兆kW時程度の電力需要が2兆kW時くらいに増大する。太陽光や風力は出力(kW)では意味がなく、仕事量(kW時)での評価が不可欠。CO2カーボン排出の多いもの・少ないものをいっしょくたにして石炭火力をまとめてつぶすのでは、電力の安定供給はできない。また、再エネ一本足打法では、再エネ賦課金の負担が大きくなるばかりでわが国の国民負担や産業競争力の問題が大きくなるばかりだ。

既存の原発27~30基はどうにかして動かしていかないといけないが、現状はやっと9基プラス40年超の美浜3号機の1基の計10基しか再稼働していない。ところが中国は、原発を40基くらい建設しようとしており、そこで作った電力でいろいろなことができ、いろいろな商売ができる。経済産業省も産業界も、カーボンニュートラルの国民負担増の懸念を述べることをやめ、国家予算をぶんどることばかりに熱を上げている。

こうした我田引水的な掛け声を簡単に信用してはいけない。カーボンニュートラルで日本の雇用が失われることがないようにする留意が大切だ。既に日本の現状にはGDP、技術力、生産性などの点で懸念は少なくないが、このまま日本が三流国家に陥り、裸の王様にならないようにすることが急務だ。(S)

電気自動車は普及していくか 切り替えが進む国の背景に迫る


【羅針盤】大場紀章/エネルギーアナリスト

今年に入って、大手自動車会社がエンジン搭載車の販売を打ち切ると相次いで発表した。

ただ、EVへの切り替えが進むのは欧州の一部と中国のみ。果たして加速的に普及していくのだろうか。

 ドイツの大手自動車会社フォルクスワーゲン(VW)は今年6月、2033年から35年までの間にエンジンを搭載した車の欧州での新車販売を打ち切ると発表した。アウディとMINI(BMWブランド)は26年までに、ボルボとフィアットは30年までに全ての新車販売をEV(電気自動車)にすると発表。国内では、ホンダが4月、40年までに新車販売をEVあるいはFCV(燃料電池車)にすると発表した。このように、各国の大手自動車会社による「脱エンジン」の発表が相次いでいる。

自動車会社による「脱エンジン」につながるトレンドは以前からあった。4年前の17年7月、イギリスとフランスが相次いでガソリン・ディーゼル車販売を40年までに禁止すると発表し、その後各国政府が競うように同様の目標を策定した。ただ、この時と現在の動きとで異なる点が三つある。一つ目は、発表しているのが政府ではなく自動車会社であること。二つ目は、明確にハイブリッド車とプラグインハイブリッド車を排除していること。三つ目は、目標年次が前倒しされていることである。

この4年間で何が大きく変わったかといえば、パリ協定以降で加速した、いわゆる「50年脱炭素」という世界的潮流である。19年6月、イギリスはG7で初めて50年までの脱炭素を法制化した。その後、同様の目標に日本を含む世界132カ国以上がコミットした。

産業界が政府より先手打つ 金融業界はエンジン車を冷遇

世界の気候変動政策が急激に変わることになったのは、意思決定の向きが変容してきたことが大きい。従来の気候変動政策は、政府が国内の産業界にお伺いを立てながら、国際交渉で公約した目標に従って国内に規制をかけるというものだった。しかし、最近では逆に産業界が政策より行動で先行しており、むしろ政府に対し目標の前倒しを要求するようになっている。こうしたことが、各国の急激な政策変更を後押ししたと考えられる。

この背景にあるのは、欧州を中心とする金融業界の変化だ。環境や持続可能性に配慮した経営を求める「ESG投資」、気候変動関連の財務情報を開示する「TCFD」、環境にプラスの影響をもたらす金融商品「グリーンボンド」の流行などである。

最近では、今年4月、環境や持続可能性の観点から妥当な経済活動を分類する「EUタクソノミー」の技術スクリーニング基準草案が発表され、「サステナブル投資」からエンジン搭載車が全て除外されることとなった。今や、50年脱炭素にコミットしない事業者は投資や融資を受けることが難しくなっている。

50年に完全な脱炭素を行うとすれば、自動車の平均的寿命が10年以上あることから、ガソリンを使用する車(ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車を含む)は遅くとも35年ごろに新車販売をやめなければ、ストックの入れ替えに間に合わない。イギリスはこのような逆算から、40年としていたガソリン車販売禁止の年次を、昨年11月に30年と10年前倒しした。

そのような中、昨年はコロナ禍の「グリーンリカバリー」という財政出動によるEV補助金の積み増しと、欧州メーカーによる比較的安価なEVの発売、罰金が発生するEUの自動車排ガス規制が20年から厳しくなったことが重なり、20年後半から欧州でのEV販売が一気に伸びた(図左)。欧州の主要な自動車市場であるドイツで6.0%、フランス5.2%、イギリス5.5%となり、欧州全体では5.6%のEV販売シェアとなった(図右)。これは前年の2.0%の3倍近くになる。

確かにEVの販売台数は急激に伸びたが、成長しているのは手厚い補助金がある世界でも限られた地域である。まず、世界のEV販売のうち、中・欧・米の三つの地域で全体の95‌%が占められている(図左)。この三つの地域の20年EV販売シェアは平均3.5%だったが、それ以外の地域では0.4%と(図右)、およそ9倍の違いがある。日本は0.3%とその他の中でも低い。

欧州のEV販売台数はドイツ、フランス、イギリス、ノルウェー、オランダの上位5カ国で75%を占めており、一方で補助金のない数カ国ではほとんど販売されておらず、欧州内での地域格差は大きい。また、米国のEV販売のうちおよそ45%はカリフォルニア州によるもので、非常に偏っている。

EV普及国は補助金頼み 先行き見えない電池コスト

つまり、現在のEV販売の伸びは、ごく一部の国の補助金頼みというのが実態である。しかも売れ筋はテスラなどの高級車か、セカンドカー用の短い航続距離の安価モデルで、まだ庶民の主な足としてはハードルが高い。実際に欧米でEV販売が多いのは所得の高い地域である。現状では世界の自動車市場をEVが席巻するというにはほど遠い。

欧州では今年も依然として、昨年後半並みのEV販売シェアを維持しているが、さらに伸びているということはない。今後10年足らずで消費者の負担なくEV販売シェアを100%にするには、補助金を拡大するか、数年以内にEVのコストパフォーマンスがエンジン搭載車を上回る必要がある。しかし、EVの価格を決定付けるバッテリーのコストは、この10年で大幅に下落したものの、価格の7割を材料コストが占めており、技術開発で下げることは難しい。むしろ、EV需要が急激に高まれば、レアメタルなどの希少材料の需給がひっ迫し、逆に高コスト化する懸念もある。

気候変動やエネルギー安全保障の観点からEVにシフトする重要性は理解できるものの、高い目標を出し合うイメージ競争になりがちな金融主導の変革は、一部の投資家を利するだけで現実から乖離している。未来の気候を守るため、犠牲になるのは現代の弱者なのかも知れない。

おおば・のりあき 2002年に京都大学理学部を卒業、08年同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。技術系シンクタンクを経て現職。

【都市ガス】大手の料金規制解除 原調にもろ刃の剣か


【業界スクランブル/都市ガス】

 2021年10月から、大手都市ガス会社に課せられていた経過措置料金規制が電力に先んじて解除される。17年4月に都市ガスの小売りは全面自由化されたが、大手ガス会社には料金規制が残された。これは、大手ガス会社が不当な値上げを家庭用需要家などに強制した場合、需要家が新規参入者に変更しようにも、新規参入者に十分な供給余力がなければ変更することができず、競争が阻害されると考えられたからだ。

しかし、これは杞憂に終わった。大手ガス会社よりもLNG輸入量の多い電力会社が、都市ガス分野に新規参入するとともに、ほかの新規参入者への卸供給を積極的に行ったため、適正な競争が実現したと考えられるからだ。

これで、晴れて料金を自由に設定することができるようになる。料金値上げに際して、資源エネルギー庁との交渉・公聴会・パブリックコメントなど、多くのステップが必要なくなる。ここに長年相当の経営資源を割いてきたことを考えれば、歓迎すべきことだ。さらに、今まで規制によって実現不可能だった料金メニューを自由に設計できる。例えば、LPガス事業者に散々悩まされてきた「無償配管」ですら、今後は都市ガス事業者も選択することができるとみられるのだ。

また、料金規制の絶対的なルールであった原料費調整制度も、料金算定で設定する必要がなくなる。しかし、これはもろ刃の剣だ。なぜなら、石油価格と為替の変動は都市ガス事業者の努力範囲外として需要家にパススルーすることが、この制度によって公然と認められてきたからだ。

変動リスクを負っている他業界からは「この制度は電力・ガスに対するえこひいきだ」として批判されてきた。もちろん、都市ガス事業者はこの制度を今後も残すことは自由だが、新規参入者がこの制度を外した競争力のある新料金メニューを設定してきたときに、どのように対応するのか。今まで完全に欠落していた石油価格と為替のヘッジ機能の構築を本格的に開始する時期が到来したのではないだろうか。(N)

【LPガス】電化や水素に注力 実質ゼロ構想続々


【業界スクランブル/LPガス】

 大きく変わろうとする事業環境を踏まえ、LPガス関連各社が中期経営計画や経営ビジョンを発表している。昨年10月の「2050年カーボンニュートラル宣言」、さらには30年に向けた温室効果ガスの削減目標「13年度比46%削減」をにらんだものだ。

多くの企業は、LPガス顧客宅のCO2削減、高効率ガス機器の普及拡大、住宅への太陽光設置、デジタル化など、これまでの取り組みを強化する方針。その中で日本ガスは電気とガスのハイブリッド機器に注力するとともに、ガス+電気+EVのセット販売など電化を意識した戦略を描く。その先にはニチガス版スマートシティ構想を見据えるという。

また、1958年から究極のエネルギーは「水素」として長年研究開発に取り組んできた岩谷産業は、水素事業に大きく投資する。これは時代がようやく追い付いてきたということだろうか。さらに水素事業に加えアンモニア燃料のサプライチェーン構築に向けた動きを加速させる企業もあるなど多様だが、目指す姿は総合エネルギー企業ということだろう。

一方、大手ガス機器メーカーは、「燃焼機器が全てなくなることはない」としながらも、化石一辺倒からの脱却を示唆し、「水素燃焼に対応した機器開発を進める」とするなど方向性を模索中だ。6月に改正された政府のグリーン成長戦略では、LPガスは50年時点においても約6割の需要を維持するとした上で、「グリーンLPガスの合成に係る技術開発・実証を今後10年で集中的に行うことで、30年までに合成技術を確立し、商用化を実現。50年に需要の全量をグリーンLPガスに代替することを目指す」と明記された。

しかし、今後も国民生活を支える必要不可欠なエネルギーであり、頻発する自然災害における“最後のとりで”であることに変わりはない。50年の世界ははっきりと見通せないが、30年までLPガス事業者ができることは、グリーン化技術の開発と並行して、徹底的な省エネ・省CO2や燃料転換などにより貢献していくことだろうか。(F)

創業者からのバトンタッチ 行動指針に基づく事業活動


【私の経営論】川村憲一/トラストバンク代表取締役

 当社は創業者である須永珠代の考えで作られてきた。社員が50人規模までは文鎮型の組織で、社員全員が須永の発言や行動を感じながら仕事を行ってきた。2016年ごろに100人規模の組織となり、ピラミッド型の組織に変わった。この規模であれば、トップと現場間の相互の情報伝達も迅速に行われ、事業の環境変化にも即座に対応することが可能だった。

私は19年4月に執行役員として入社し、同年10月に取締役に就任した。この頃から、さらに業容が拡大し、各々の仕事観を持った中途社員を採用していたこともあり、トラストバンクが大切にしている考え方や行動が徐々に薄まってきたように感じていた。

行動指針の創出 社員行動の軸を作る

そんなことを考え、組織開発に手を掛けようとしていたタイミングの20年1月に須永からバトンを受けた。須永はカリスマ的な経営者で、その発するビジョンに引かれて多くの社員が入社した。私もその一人である。須永が発する言葉は、行動の指針となっていた。それにより一気呵成にサービスを作ってきた。一方で、ふるさと納税の同業者が多数参入してきた時期でもあり、劇的な環境変化のスピードに対応できる組織作りが急務となっていた。トップからの意思決定を待つのではなく、現場で起きる変化に直接向き合っている社員一人ひとりが応え、お互いに支え合う組織に変わっていく必要が出てきたのだ。

一人ひとりがボトムアップで主体的に動いていくためには、共通の価値観が大事になってくる。ミッションやビジョンはもとより、行動レベルまで認識が統一できると判断がしやすくなる。そのために行動指針を明確にすることが必要と考えた。19年末から、自治体職員や事業者・生産者から現在のような信頼を得られた背景を考え続けていた。

「トラストバンクらしい行動」とは何か―。トラストバンクは自立した持続可能な地域を作るというビジョンの実現に向けて、「共創」という考えを大切にしており、自社だけで全てを成し遂げるのではないと考えている。そこで改めて、須永が取り組んできたことや、社内で成果を上げている社員の行動をひもとき、経営陣や社員、自治体職員など、多くの人たちとの会話で感じたものをアウトプットした。

それが当社の行動指針「TB Value」である。①全ての事柄は自分事として捉える「主体性」、②諦めずにやり切る「誠実さ」、③思考し、取り組み、改善する「圧倒的スピード」の三つで、日々の行動がこれらに沿っているかを確認しながら、意識して行動できるようになり、成果につながることで、結果的に指針が自分たちの物になっていくものと考えた。

これらの浸透を推進するため、毎朝全社員向けに送っているメッセージでTB Valueに基づく内容を共有したり、日々の業務に取り組む中で繰り返し伝えていくことを始めた。社内報でTB Valueの策定背景を記事化したり、創業者とのトップ対談で発信したり、新入社員には、入社オリエンテーションで直接伝えている。部門長のミーティング議事録のヘッダーにも記載したり、あらゆる場面でTB Valueを目にする機会を作った。

また、社内でTB Valueを自分事にするためのワークショップも開催した。これを通じて、日々の具体的な業務や姿勢がTB Valueに沿っているか、沿っていないかの事例一覧も作った。ここまでやってもなかなか浸透しない。

TB Valueを発表して1カ月が経過したところで、組織にどこまで根付いているかの確認をした。まずはマネージメント層が集まる部長会で確認した。しかし、十数名いる中でかろうじて一人が自信なさげに発言するレベルだった。

1年が経過し、部門長からもTB Valueのおかげで、「日々の業務が行動指針に基づいている行動なのかという一つの軸ができた」という声が出始めてきた。

今では、自主的に部門内でTB Valueに基づく行動をしているかを振り返り、それを定点で追いかけているチームも出てきているのは大変頼もしい限りだ。

須永ファウンダー兼会長と川村社長

OKRの概念取り入れる 目標達成と会社らしさ

さらに組織強化として、社内の最大部署「ふるさとチョイス」事業部では、目標管理にOKRの概念を取り入れるチャレンジを始めた。OKRとは、Objectives and Key Resultsの略で、日本語では「達成すべき目標と、目標達成のための主要な成果」と表す。過去、KGI(重要目標達成指標)、KPI(重要業績評価指標)を設定してきたが、単独部署や個人で達成できるものが少なく、個人の成果として実感が湧きにくかった。また、KPIを部署に持たすことで、自部門の成果を達成すればよいという思考に陥りやすく、閉ざしたコミュニケーションになっていた。部長という肩書きは、部のトップとして部のことに集中しがちになっていた。本来は目標を達成するために部を越えて、相互に支え合う関係になるべきところだが、程遠い状態になっていた。

そんな状況を打開するためにOKRの概念を取り入れ、さらに部長の肩書きも廃止し、ユニットリーダー=推進する人という役割名に変更した。結果的に事業ターゲットであるKPI、KGI達成に向けた取り組みが当社らしさにもつながるとチャレンジしている。

手前みそではあるが、当社には熱い想いを持った社員がたくさん集まっている。その想いをしっかり紡ぎ形にすることがビジョン実現につながると考えている。そのためにチーム作りが重要なのである。今後も行動指針の浸透と組織の在り方を考え続け、「個々が主体的に動き、かつお互いを支え合うチーム」を作っていく。

かわむら・けんいち 食品専門商社を経て、コンサルティング会社で中小企業の新規ビジネスの立ち上げなどに従事。大手EC企業を経て、コンサルティング会社設立。2016年3月トラストバンク参画。ふるさとチョイス事業統括やアライアンス事業統括を経て、20年1月から現職。

【新電力】供給信頼度確保へ 制度再設計が急務


【業界スクランブル/新電力】

 今年の冬は日本だけでなく、中国、米中西部、メキシコ、欧州も寒波による電力需給ひっ迫に直面した。6月には米テキサス州・カリフォルニア州で節電要請が出され、電力供給の信頼性強化を求める声が高まっている。

テキサス州のアボット知事は7月6日、州公益事業委員会に提出した書簡の中で電力市場再設計の必要性について述べ、天然ガス・石炭・原子力など信頼性の高い電源開発を促進するインセンティブを付与するべく、市場を再設計する必要があると述べている。また風力・太陽光発電など、出力の変動する電源には信頼性費用を割り当てるとした。これまでEnergy only Marketを前提とした独自の自由化市場を築いてきた同州が、大きな政策変更に踏み切るものとみられる。

限界費用が安価な電源が大量に導入された場合、限界費用の高い電源は市場から退出し、電力供給の信頼性が損なわれる。予備力不足に直面した電力取引市場の位置付けは大変難しい。筆者は、電力取引市場の位置付けはもっぱら広域メリットオーダーの実現と、需給バランスを価格シグナルとして発することにあると考える。電力取引市場を維持する観点から、信頼性維持に必要な電源の固定費回収の手段は別枠で用意するべきではないだろうか。本来その役割は容量市場が担うべきであるものの、容量市場では電源の新設投資に結びつかず、もっぱら老朽火力の維持に活用されてしまうとの批判を浴びている。

これまで電力市場は、①メリットオーダーによる最経済運用が実現されているか、②必要容量は確保できているか、③安価な電源に投資が実現されているか――の観点で設計されてきた。ところが、2050年カーボンニュートラル実現に当たっては、供給信頼度確保が両立するよう制度の再設計が必要になる。新電力は安定供給が確保された環境の下、電力システムの効率化を促す役割を担っている。供給信頼度の低下に直面した今、電力システムの担い手として安定供給の実現に向けて声を上げるべき時に来ている。(M)

地域の企業が連携 持続可能な街づくりを推進


【エネルギービジネスのリーダー達】原 正樹/小田原ガス・湘南電力社長

小田原市では、地域の企業が連携し持続可能な街づくりを目指す取り組みが進む。

その中心的な役割を担っているのが、小田原ガス、湘南電力の社長を務める原正樹氏だ。

はら・まさき 電子部品メーカーの日本端子に10年勤務した後、2004年小田原ガス入社。営業企画部、社長室長などを経て14年に社長就任。17年から湘南電力代表取締役を兼務。

 1913年の創業から100年以上にわたり、城下町小田原市で都市ガス事業を営んでいる小田原ガス。東日本大震災を契機に、地元企業が連携して電気の地産地消による地域循環型経済を目指すようになると、そのプラットフォームとしての役割も担うようになった。エネルギー供給を通じ、持続可能な街づくりに貢献しようと意欲的に取り組んでいるのが、同社の原正樹社長だ。

震災を機に地域連携 電気の地産地消目指す

電子部品メーカー勤務を経て、2004年に祖父、父が社長を務めてきた小田原ガスに入社した。入社当時は、LPガスやオール電化といった他エネルギーとの競争にさらされつつも、熱量変更後の都市ガスの旺盛な需要に後押しされ事業は順風満帆。それでも、やがて来るであろう人口減少時代を見据え、市場が拡大し続けることを前提にしたビジネスには限界があるとの強い危機感を常に持ち続けていたという。

そして11年3月に東日本大震災が発生した。遠く離れた東北で起きた自然災害とそれに伴う大規模発電所の停止、さらには福島第一原発事故によって、小田原市は計画停電を余儀なくされただけではなく、風評被害によって食文化や観光事業で成り立ってきた地域経済が大打撃を受けたのだ。

中央集権型の電力供給システムへの疑問がやがて、「地域で使う電気は地域で作ろう」と地元企業が連携し、地域発電会社を立ち上げる原動力につながっていく。この年、小田原市が環境省の「地域主導型再生可能エネルギー事業化検討業務」に採択されたこともあり、市が事務局となり民間企業を集めた検討会を立ち上げ「エネルギーの地産地消」実現に向けた動きが具体化していった。

この時中心的な役割を果たしていたのはほかの企業だったが、「地域の企業が手を携え、持続可能な街づくりを進めていかなければ都市が疲弊しかねない。この地域連携に参画することに何のためらいもなかった」という。

検討を重ね12年12月に設立したのが、再エネ発電会社「ほうとくエネルギー」だ。市民ファンドを組成して資金を募り、メガソーラーを建設、まずは地産地消のうち「地産」が形となった。残るは、「地消」をどう実現するかだ。

新電力立ち上げを模索していた時、地元のプロサッカーチーム「湘南ベルマーレ」を通じて、「湘南電力」との接点が生まれた。共にほうとくエネルギーの経営に携わるLPガス会社「古川」の古川剛士社長が、チームを支援していたことが縁だ。もともとはエナリスが、ベルマーレのスポンサーを引き受ける際に設立した地域新電力で、電力事業の利益の一部を還元することで活動を支えていた。

理想とする地産地消のビジネスモデルに近かったことが決め手となり、17年にほうとくエネルギーに出資する37社のうち、主にインフラ系の企業で株式の8割を取得する形で湘南電力を譲り受け、原社長自らが社長に就任することになった。そしてこれにより、電気の地産地消の取り組みを本格化させる体制が整ったことになる。

シュタットベルケも視野に 〝オール小田原〟の挑戦

ほうとくエネルギーと湘南電力の本社機能を小田原ガスの本社内に移し、出資企業からの出向者が席を置くようになったことで社内の雰囲は大きく変わった。何しろ前出の古川は、震災前はLPだけでなくオール電化営業でも大きな実績を上げており、まさに熾烈な競争を繰り広げていた仲。かつてのライバルと同じオフィス空間で仕事をすることに、社員の戸惑いは大きかった。

それでも、市内のエネルギーインフラを担う両社のどちらが欠けても、地域連携は不完全なものになってしまう。そこで、「地域のみんなで街づくりを進めるための母体となっているのが小田原ガスなのだ」というメッセージを伝え、社員の意識改革も促してきた。

持続可能な街づくりに向け、分散型のリソースはまだまだ不足している。湘南電力が、神奈川県内で初期費用ゼロ円で住宅に太陽光設備を設置する「0円ソーラー」を手掛けているが、それに加え今後は、蓄電池や家庭用燃料電池「エネファーム」も活用することでリソースを増やしていく考えだ。

今年4月には、湘南電力が京セラ、REXEVなどと小田原市における地域マイクログリッドを活用したエネルギーマネジメント事業に関する協定を結んだ。自営線による地産地消型マイクログリッドの構築は採算的に難しかったが、来年度導入が予定されている配電ライセンス制度を活用すれば、その実現性ががぜん高まる。地域に根差した自律分散型の電力システムに向けた大きな一歩だ。

さらに将来は、水道や交通を含む公共インフラを運営するドイツの「シュタットベルケ」のような存在になることも視野に入れており、地方創生に向けた「オール小田原」の挑戦はこれからも続く。

資源価格上昇は「スーパー」サイクルか


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

 銅は7割高、原油は2倍とこの1年の商品価格の急騰に対し、JPモーガンのアナリストが「スーパーサイクル到来」と言って話題になっている。社会の構造変化を背景に10年単位で価格の上昇が続くこの事象は、20世紀初頭から4回、直近は中国の国際市場参入により2000年代初頭に発生した。

ただ、現在の価格上昇はコロナ流行に対する金融・財政両面の出動を背景に、いわゆる“巣ごもり需要”由来の工業生産急増によるものであり、ワクチン普及で外出制限が緩和されて消費がサービスに移行したり、政府の金融緩和などが一服したりすれば市場は落ち着いていくとの見方も根強い。

今回の上昇サイクルが「スーパー」か否かは別にして、気になる点はいくつかある。「数年来の価格低迷による資源投資の停滞」「脱炭素投資の拡大」、そして「脱炭素過渡期の資源需給のミスマッチ」である。三つ目の「ミスマッチ」であるが、化石燃料資源は増産投資が困難な中、需要はしばらく増え続けるであろうし、一方、銅やコバルトなどはEVや蓄電池に欠かせないが、従来とは異次元の消費量に対して経済的な増産が果たして可能なのか。こういうときにはアナリストなどからさまざまな予想が出てくるが、これをうのみにしてはいけない。彼らの使命は当てることより、納得させることにあるからだ。アジア通貨危機を背景に、原油が1バレル10ドルに低迷した1998年には、多くのプロが「掘削法の進歩で原油はもう上がらない」と唱えたが、その10年後の08年に150ドルに迫ると、今度は「中国が市場に入ってきたのでもう下がらない」と言い放ったものだ。聴くべきは予想ではなくその前提だ。市場の勢いに流されず、さまざまな前提の変化を自らの目と耳で一つ一つ押さえていきたいと思う。

【電力】ワクチン政策の失敗 原子力も同じ道か


【業界スクランブル/電力】

 新型コロナウイルスのワクチン接種が急ピッチで進んでいる。その一方で、デルタ株の感染も拡大している。ワクチン接種が進展した海外でも感染が増えているが、感染者の大半はワクチン未接種のようだ。東京オリンピックに向けて、きわどいスピード勝負になっている感がある。

異例のスピードでワクチンは開発された。その中でファイザーとモデルナのmRNAワクチンは特に優秀で、この技術がこの時期に実用化されたのは本当に幸運であったと思う。優秀さは海外の数億回に及ぶ接種データで証明されているし、デルタ株の感染力にはワクチン接種以外に有効な対策は当面なさそうである。アマゾンで有名な反ワクチン医師の著作が感染症のジャンルでトップに来ているなど、反ワクチン論にはまる人も一定数いるが、世論調査ではワクチン接種に積極的な割合が増えているようだ。

その一方で、かつて世界の最先端を走っていた国内のワクチン産業の影が薄い。今回は外交努力により輸入ワクチンを確保できているが、今後も輸入依存でよいのか。子宮頸がんワクチンのケースで見られたように、国内ではメリットとの冷静な比較がされずに副反応ばかりが強調され、民間企業にはワクチン開発はリスクが大きい。厚生労働省が「安全性に対する国民からの期待を背景に規制が厳格化されている。開発したワクチンが将来にわたって投資に見合った収益を生み出し得るかなどが不確実性となり、開発着手を躊躇させる」と分析する通りである。パンデミックは今後も起こり得る。感染症対策は国家安全保障問題だ。ワクチン産業の復活は喫緊の課題だろう。

さて、新しいエネルギー基本計画に原子力をどう位置付けるか。産官学各方面から新設・リプレースを求める少なからぬ声があるのに、官邸が衆院選を気にして消極的と聞く。再エネ拡大に有利な広い国土に恵まれている米国も中国もインドも原子力を使い続ける。日本が原子力産業をワクチン産業のようにしてしまってもよいのだろうか。(T)

米中新冷戦と太陽光パネル コスト増で日本にも影響


【ワールドワイド/環境】

 6月24日、バイデン政権は中国の新疆ウイグル自治区における強制労働に関わったとして太陽光パネルを生産するホシャインなどの中国企業5社をサプライチェーンから排除する制裁措置を発表した。この措置により、米国企業との取引ができなくなり、港湾を監督する税関・国境警備局が5社の製品の輸入の監視・取り締まりを行う。中国製の太陽光パネルは圧倒的な価格競争力を誇っており、製造に必要なポリシリコンの世界シェアの半分はウイグル産であるといわれている。同自治区での強制労働絡みの輸入禁止措置は綿製品、トマトに続く措置となる。個別企業に対する措置だけでなく、米中新冷戦の状況下、米国上院外交委員会は24日に中国に対する包括的な制裁を定めたウイグル人強制労働防止法案を可決した。

新疆ウイグル自治区における人権抑圧については、G7サミットでも取り上げられており、同様の措置がほかのG7諸国に波及する可能性も否定できない。中国はこうした動きに猛反発しており、6月に「反外国制裁法」を成立させ、報復措置の可能性もにおわせている。

皮肉なことに、こうした動きは世界の温暖化防止努力には逆風となる。安価な中国製パネルは世界市場を席巻し、日米においても8割前後の市場シェアを占める。それが再エネ導入コストの抑制につながっていたが、中国を排除すれば導入コストは上昇する。検討中の第6次エネルギー基本計画で太陽光の大幅上積みを検討している日本にも影響が大きいだろう。

欧米諸国との対立が激化すれば、中国が2030年ピークアウト目標、60年カーボンニュートラル目標の前倒しや石炭火力融資の停止などに応ずる可能性は大きく低下する。国際協調を伴わない温暖化防止努力は頓挫する可能性が高い。

7月7日、米国の40の環境団体がバイデン大統領に対して「気候変動は世界的な危機であり、協力を必要とする。われわれはバイデン政権と議会に対し、米中関係の敵対的なアプローチを避け、存在に関わる問題である気候危機に対処するため中国との協力を求める」との書簡を発出した。世界最大の排出国、石炭火力輸出国である中国に対して、元来非常に融和的であった環境団体の体質が露呈した。中国はこうした米国内の動きを自らに有利な方向に最大限利用しようとするだろう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院教授)

【マーケット情報/8月13日】原油混迷、方向感を欠く値動き


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、強弱材料が混在し、各地で方向性を欠く値動きとなった。需給緩和の懸念を要因に、北海原油の指標となるブレント先物、および中東原油を代表するドバイ現物の価格が下落。他方、米国原油の指標となるWTI先物は、前週から小幅に上昇した。

OPECは、2021年度の産油量予測を上方修正。OPEC+の協調減産縮小が背景にある。また、米国の石油サービス会社ベーカー・ヒューズが発表した国内石油ガス掘削リグの稼働数は、前週比で増加。合計で500基となり、2020年4月以来の最高を記録した。

加えて、新型コロナウイルス変異株の感染拡大、それにともなう石油需要後退への懸念が根強い。特に、世界最大の石油輸入国である中国での移動規制強化により、需給緩和の見方がさらに広がった。

一方、インドの7月ガソリン消費は、コロナ前の2019年7月を上回った。ロックダウン緩和で、車での移動が増加している。また、米国の週間在庫は、輸出増加と製油所の高稼働で小幅減少し、過去5年の平均を6%程度下回った。ガソリン在庫も、前週から減少しており、WTI先物の支えとなった。

【8月13日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=68.44ドル(前週比0.16ドル高)、ブレント先物(ICE)=70.59ドル(前週比0.11ドル安)、オマーン先物(DME)=70.09ドル(前週比0.71ドル安)、ドバイ現物(Argus)=69.90ドル(前週比0.50ドル安)