【コラム/8月16日】気候変動、日銀の資金供給を考える~金融への思い込みは要注意


飯倉 穣/エコノミスト

1,2050年カーボンニュートラルを目指したエネルギー基本計画素案が提示された。その実現に必要なファイナンスを考える上で、興味深い金融記事があった。

「東芝、買収合戦の様相 CVC、ベインと連合 KKRも検討」日経2021年4月15日

「東京4度目緊急事態 政府決定 違反の店「厳しく対応」、休業要請「金融機関も働きかけを」」朝日夕同7月9日

「気候変動対策 動き出す日銀 環境融資 金利ゼロで資金貸付 金融機関を長期支援 緩和維持 みえぬ出口」朝日同17日

金融機関(投資ファンド)の行動、金融圧力利用の政府発想を見つめ、金融仲介機能に着目した日銀の取組を考える。

2,2030年温暖化ガス46%削減目標の「エネルギー基本計画(素案)」の審議があった(7月21日)。大胆な省エネを前提に、1次エネ供給構成で再エネ20%、原子力10%、化石エネ70%を目指す。電源は、再エネ36~38%、原子力20~22%、化石41%(うちガス20%、石炭19%)を掲げる。中身と可能性のチェックは今後だが、その実現に向けてエネルギー開発・転換、省エネ等で膨大な投資資金需要が見込まれる。

第一次オイルショック後と同様、そのファイナンスに関心が集まる。市場の失敗等も予見されるので、短期は政策、長期は市場任せとしても、民間金融の行動が鍵である。

3,金融は、資金保有者から不足者への資金の流れである。その担い手は、金融仲介業であり、金融機関、証券会社が典型である。加えてファンド等の運用機関もある。

近年成長鈍化に伴う投資機会の縮小や緩和的金融政策を背景に「お金でお金を儲ける強欲資本主義(資金の効率的運用)」の動きが顕著である。通貨は、交換・計算・保存機能手段と見れば無機質だが、富や稼ぎの象徴となると「欲望」その物で厄介な面がある。

日本版ビッグバン(金融自由化)以降、金融業は、Predatory(略奪者)の性格を強め、高利貸しの本性を露わにしてきた。金融の見る企業統治・事業統治、資産構成・資本構成の最適化、企業再編、プライベートエクイテイ、産業金融等々は、収益確保の投資機会である。働く者にとって、企業・事業の最適化となるか未知である。

その例は、2000年代以降のファンドの活劇(ステイールとサッポロビール、TCIと電発等)に見られ、最近の東芝である。東芝関連「エフィッシモ・キャピタル・マネジメント」等の動きは注目に値する。目指すところは、投資利潤の最大化である。企業を支配し事業分割・売却や合理化で企業価値を向上させ、投資額に対し数年で年率20%超の回収を目指す。金融収益の低迷に悩む銀行等金融機関の行動も大同小異である。

金融機関に地球温暖化防止のための事業者金融を推奨し、それを中央銀行が支援する。首を傾げてしまう。

4,コロナ対策で、金融機関の積極的関与を求めた某大臣の発言に対する反発はすさまじかった。そこに金融機関の姿がある。「晴れの日に傘を貸して雨の日に取り上げる」は、金融の常道である。金融の論理と事業者の思いは異なる。利用者で、金融機関にシンパシー(親近感)を感じる人はいないだろう。故に金融機関は、裏方に徹する。またそのような立場である。近時金融力のアピールを見かけるが、極めて危うい。公的規制で、化石燃料投資を排除することは十分納得的であるが、金融の力で行うことに疑問が残る。

5,そのことも考慮してか時流に乗ってか、日銀が「気候変動対応を支援するための資金供給の骨子」(7月16日)を決定した。金融機関の気候変動名目の投融資を対象に金利ゼロ%、期間1年(借換可能)、30年度まで貸付を実施する。

日銀は、10年以降経済活性化を求める政治の要請に呼応して、政策金融類似の金融措置を実施してきた。成長基盤強化を支援するための資金供給(10年9月開始)、貸出増加を支援するための資金供給(13年開始)、アベノミクスの大胆な金融緩和政策(13年開始)である。成長基盤強化支援や貸出増加支援の資金供給が民間金融機関の貸し出し増を招来したか不明である。

また金融政策の効果は、実質経済成長率(12~19年度年平均0.8%)や財政改善面(公債残高12年度末705兆円、19年度末887兆円)で現れていない。ただ日銀のバランスシートの際限なき拡大を招来している(13年3月164兆円⇒20年3月604兆円) 。日銀の動きは、むしろ経済不安定を助長している。

6,今回の気候変動対応貸付は、バックファイナンスであり、金融機関支援と理解できても、気候変動対応への量的・質的効果は要領を得ない。現状の金融政策の行き詰まりで、金融機関の窮状を見かねた救済策に見える。政治的な弁明効果はあろうが、金融的な効果は未知数である。趣旨と効果も不明なまま見切り発車である。果たして適切なことであろうか。

金融政策を担う日銀に求めたいことは、物価安定が基本で、経済変動や経済ショックに伴う経済・金融環境の激変に対応した金融政策である。日銀は、まず量的緩和と称するマイナス金利の是正、国債の事実上の引き受けやETF購入などの資産市場への介入を縮小し、日本経済の実情に合った正常な金融政策への回帰を目指すべきである。実物経済への介入方法は、伝統的な金融調節に徹するべきであろう。

中央銀行は、脱炭素融資を支援する前に、まず経済均衡を取り戻す経済運営・金融政策に務めることが肝要ではなかろうか。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

インドの配電民営化の動き 司法を巻き込んで混乱も


【ワールドワイド/経営】

 インドでは2020年以降、一部の連邦直轄領や州で公営配電事業者(配電と小売り供給を実施)の民営化を進める動きが活発化している。同国では1990年代から電力改革が開始され、多くの州で発電部門への競争導入や旧州電力局の発送配電分離が進められた。目的は経営の健全化であったが、成功したのは首都デリーのみであった。インドの配電事業者は、高い総合損失率や規制された低料金により財務状態が劣悪で、州営事業者の負債総額は、18年度末時点で約4.8兆ルピー(約6.9兆円)に上る。巨額の負債によって資金調達コストが上昇し、経営改善のための投資ができず悪循環に陥っている。

この状況を打開すべく、「自立したインド」を志向する同国政府は20年5月、連邦直轄領の配電部門を民営化する方針を発表した。これには内外の事業者の期待が集まり、12月に始まった北部のチャンディガール直轄領の入札には20社が関心を示した。また、21年2月に行われたダドラ・ナガルハベリおよびダマン・ディウ直轄領での競争入札には高値での応札がなされた。ただ、これら2直轄領では、民営化に反対する労組の申し立てを受けて高裁が中止命令を出し、それを最高裁が覆す、司法を巻き込んだ混乱が生じた。

ほかの直轄領も難航が予想される。北部のジャンム・カシミールとラダックは中国やパキスタンと国境を接する係争地であるため、地元紙は競争入札は早期には行われないと予想する。ベンガル湾のアンダマン・ニコバル諸島は、原住民の保護のため外国人の立ち入りが制限されており、南部のポンディシェリ直轄領では、地元議会が全会一致で民営化に反対した。

一方、州レベルでは、東部のオディシャ州で、20年6月に2回目となる配電民営化が行われ、競争入札で選定された民間大手電力のタタ・パワーが事業を始めている。同州では90年代に世銀主導の民営化が実施されたが、赤字体質を解消できず失敗した。しかし、北部ウッタルプラデシュ州で6月、州政府による配電民営化提案を労組が撤回に追い込み、民営化は難航する。

インドの電気事業は、モディ首相の宣言した「30年までに再エネ導入4・5億kW」の達成や、再エネ導入拡大に伴う蓄電技術の導入、州間送電線の拡充など、今後も投資を必要としている。こうした中、配電事業者の財務健全化に向けて迅速かつ確実な改革が求められており、今回の民営化案の帰趨に注目が集まっている。

(栗林桂子/海外電力調査会調査第二部)

使いやすくデザインを一新 新型水素ディスペンサーを発表


【トキコシステムソリューションズ】

 ガソリン、天然ガス(CNG)、LPガスなど各種ディスペンサーを製造・販売するトキコシステムソリューションズは、水素燃料電池車(FCV)向けディスペンサー「NEORISE(ネオライズ)」のコンセプトモデルを発表した。

デザインを新たにした「NEORISE」

コンセプトモデルが従来モデルから大きく進化した点は大きく二つ。将来の水素ステーションのセルフ化を意識した大きなタッチパネルの導入と、筐体デザインを一新した点だ。

タッチパネルでは充填スタートから、支払い方法の選択やICカードタッチなどの料金支払い関係の操作も画面上で完結する提案を行った。自動車への充填状況から脱圧、ノズルを外すタイミングなど一連の工程をユーザーも分かりやすく見られるように画面を構成したのが大きな特長だ。同社営業本部インフラ・エンジニアリング営業部の中井寛・水素事業担当部長は「視認性を高くするために画面のコントラストにも注意を払った。ガソリン給油と比べると水素充填の仕組みの認知度はまだまだ低い。ディスペンサーがどういう動きになっているのかをユーザーに理解してもらえるよう、画面構成をわかりやすく提案いたしました」と説明する。

柔らかいデザインに一新 設計見直しでサイズダウン

筐体デザインも角ばった武骨なフォルムから、ユーザーに柔らかいイメージを持ってもらうことに加え、使いやすいデザインは何かを追求した結果、外観を一新。同様の設計思想で好評を得ている同社ガソリン計量器「NEOYELL(ネオイエル)」のデザインとの共通化も一部図られている。

さらに使いやすさに配慮して、女性でも操作しやすいようにタッチパネルの高さ位置を適切に設計。また内部構造の見直しを図り、本体のサイズをコンパクトにすることに成功した。各種改良を行ったコンセプトモデルは、展示会に出品した際に行ったアンケートで「従来モデル以上に使いやすく、デザインもよい」との高評価が多数寄せられたという。今秋には本モデルのデザインモチーフを一部採用した2021年モデルの出荷開始を予定している。

街中でもFCVや燃料電池バスを見かける機会は増えつつあり、水素ステーションの数も年々増加している。また自動車メーカーも燃料電池トラックの実証実験に相次いで乗り出すなど、水素が活躍する場は着実に広がっている。

今後の展望について中井水素事業担当部長は「新聞やテレビでカーボンニュートラルの話を聞かない日はない。水素の需要拡大の追い風に乗って事業を展開していきたい」と語る。使い勝手のよい水素ディスペンサーは水素社会実現に大きく貢献しそうだ。

アゼルバイジャンの天然ガス 欧州への供給に三つの課題


【ワールドワイド/資源】

 アゼルバイジャンのカスピ海大ガス田Shah Denizからパイプラインでヨーロッパに天然ガスを輸送する「南ガス回廊」が昨年末に開通した。

南ガス回廊は連続する三つのパイプラインからなり、欧州のエネルギー調達多角化が期待される。最終区間であるアドリア海横断パイプライン(TAP)のガス輸送容量年間100億㎥はブルガリア、ギリシア、イタリアに引き取られ、将来さらに容量を2倍に拡張する計画もある。

追加のガスはバルカン半島、アドリア海沿岸の諸国に供給され、脱炭素化を目指す中、石炭依存、ガスのロシア依存からの脱却を後押しする役割も構想される。しかし、アゼルバイジャンのガスには三つの課題がある。

一つ目は追加のガス田開発だ。南ガス回廊のガスソースは今のところShah Denizのみであり、ほかに開発が進んでいる有望なガスプロジェクトが乏しい。カスピ海で進行中の中規模ガス田開発が複数あるが、いずれも生産開始時期が見通せず、規模もShah Denizに及ばない。

同国が南ガス回廊の安定的なガス供給源であり続けるには追加のガス田開発が必要である。

二つ目の課題は、欧州までの距離だ。オックスフォードエネルギー研究所(OIES)の試算によると、TAPでイタリアに入るアゼルバイジャン産ガスの価格は、ロシア産、アルジェリア産ガスよりも高く、競争力に劣る。カスピ海の生産コストと、アゼルバイジャンからイタリアまでの三つのパイプラインの輸送コストが高いためだ。 近場で販売できれば競争力は高まり、ジョージアやトルコで販売を増やすことが有効だが、ジョージア市場の需要拡大はそれほど見込めず、トルコ市場にも今以上のガス量を有利な条件で売る余地はあまりない。

トルコは近年、LNGを含めガス調達先を拡充し、自国内でのガス生産も計画しているので、アゼルバイジャンのガスも相応の価格でなければ引き取らなくなりつつある。

最後の課題は脱炭素社会に向けた動きだ。アゼルバイジャンのガスはバルカン、アドリア海沿岸への進出を狙う。しかし、欧州を中心に脱炭素の動きが広がる中で、契約の拡張が必要になるほどのガスの需要が生まれるのかは疑問が残る。南ガス回廊で欧州ガス市場へのアクセスを手に入れたアゼルバイジャンだが、今後も安定的にガス販売収入を得るにはまだ課題が残っている。

(四津 啓/石油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部)

太陽光発電依存の潜在リスク NHK・毎日が情報切り取り


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

 情報切り取りはメディアの本質だ。取材内容をダラダラ伝えても読んでもらえないし、見てもらえない。問題は、重要な情報が切り捨てられるリスクだ。印象操作にもつながる。

静岡県熱海市で7月3日に起きた大規模土石流の現場映像の切り取りに、首を捻った。

発生直後から、土石流があった傾斜地の上方にある太陽光発電設備との関連性がネットで指摘され始めた。木々を伐採し、表土を削ってソーラーパネルを設置すれば、保水力は下がる。土砂災害が起きやすくなる。元環境相の細野豪志氏も自身のツィッターで、「関連がなかったか、調査を求めて動く」と発信した。

静岡県は4日午後、土石流の起点となった崩落現場のドローン映像をメディアに提供した。同日夕のNHK電子版「【動画】ドローン映像、土石流の上流付近、静岡県が撮影」は、映像とともに「斜面は深くえぐられて内部の土砂が露出し、水が流れ出している」と伝えた。毎日電子版「熱海土石流、静岡県が『起点』のドローン撮影動画を公開」も同様だ。

だが、どちらも、太陽光発電設備は画面にない。崩落現場とその右に住宅地が見えるだけだ。ネット民の早とちりか、と思った。

同日夜のNHK電子版「静岡・熱海の土石流、上流側の開発現場、 盛り土含む斜面が崩落」も関連性に否定的だった。県の調査で「開発のために土が盛られていた一帯を含む斜面が大きく崩れていた」とし、「崩落現場の南西には大規模な太陽光の発電設備」はあるが、「この周辺では斜面の崩落は確認されなかった」と伝えた。

その後、時事通信が配信した映像に驚いた。同社映像センターが4日、ユーチューブに流した静岡県提供の映像だ。冒頭部分に太陽光発電設備が写っていた。崩落現場のすぐ脇だ。尾根を削り、黒光りするソーラーパネルを敷き詰めた発電所が迫ってくる。ここをNHKと毎日は切り捨てた。

土石流との関連性は調査してみないと分からない。それでも、状況把握に欠かせない部分ではなかったか。削った山肌は雨水が浸透しやすくなる。浸透した水は深部に向かい、地盤を軟弱にする。

毎日は6月28日「再考エネルギー、太陽光発電が『公害』」で、紙面を大きく割いて、この問題に警鐘を鳴らしたばかりだ。

 「景観や自然破壊などの問題が各地で深刻化」とし、「47都道府県を取材したところ、8割がトラブルを抱えている」と数字を挙げた。例えば岡山県では「パネルの設置斜面から土砂が崩落」「土砂で田んぼが埋まった」などの被害があったという。

 「事業の差し止めなどを求めて起こされた訴訟は20件以上」「条例で規制する自治体も増え、件数は昨年度には134件まで増加」と、迷惑施設扱いだ。

太陽光依存のリスクが顕在化したということだろう。ブルームバーグ2日「太陽光パネルが国土を覆う日、脱炭素達成に向けた厳しい道のり」は、日本の突出ぶりをこう紹介する。

 「2012年に始まった再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度により、特に太陽光発電が急拡大した。太陽光発電能力は20年時点で中国と米国に続き世界3位。国土面積1k㎡当たりの導入量で比べた場合には、日本は主要国の中で最大だ」

これでいいか。考えるには、災害リスクを含めて、客観的な情報が不可欠なのだ。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

ステークホルダーとの対話ツール トランジション・ファイナンスの活用を


【オピニオン】又吉由香/みずほ証券 サステナビリティ推進部ディレクター

 2050年までの実質カーボンニュートラルの実現に向けては、再生可能エネルギー・次世代エネルギー供給網といったインフラ整備や、水素利用などに係るイノベーションの開発・社会実装を支える莫大な資金が必要となる。こうした資金ニーズを長期的に充足するには、公的資金の出動のみならず民間資金の喚起が不可欠となる。資本市場においても、環境・社会・ガバナンスを重視するESG投資など、脱炭素化社会への移行に資する取り組みに、より多くの資金を流入させる動きが広がりつつある。

日本におけるESG投資は、脱炭素化に資するアクティビティーとしての適格性が担保された資産などにひも付けされた金融商品に流入する傾向が強かったように思われる。このため温室効果ガス排出量が多い多排出産業による移行(トランジション)の取り組みや、「グリーンか、グリーンでないか」での二元論的なアプローチでは捉えきれない事業モデル変革といったダイナミズムに、拡大基調にあるESG投資の資金フローをいかに取り込むかが課題であったとも考える。

20年半ば以降、こうした課題に対応した動きが顕在化している。20年9月、経済産業省は、「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」を発表した。その中で、幅広い産業の脱炭素社会への円滑な移行を支援するトランジション・ファイナンスの活用が提言された。21年5月には、経産省・環境省・金融庁が協働し、国際資本市場協会が発行する「トランジション・ファイナンスに関する国際原則」を踏まえて、日本の「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定した。同指針を基に、一足飛びでの脱炭素化実現が困難な産業向けの分野別トランジション・ロードマップを策定するとともに、基本指針との整合性や先行モデル性を有すると評価される事例について、外部機関による評価費用の負担軽減や成果連動型の利子補給などの支援策が講じられる見通しとなる。6月にモデル事例の応募受付が開始され、7月には第一号案件として海運企業が選定されている。

エネルギー業界においても、気候変動に伴うリスクと機会を見極め、「トランジション」を見据えたアクションプランを、自社の長期経営計画に組み込む動きが出つつある。50年に向けた各企業の温室効果ガス排出量の削減経路は常に同一傾斜の線形であるとは限らず、非線形ともなり得る。また脱炭素化に向けては、社会実装の可能性が未確定なイノベーションに依存するところも大きく、その線系も複線的にならざるを得ない。不確実性の高い事業環境下において、エネルギー企業は、複雑かつ複線的なシナリオに対応した企業戦略を広義のステークホルダー(従業員、地域社会、投資家など)に適切に理解してもらうことがより重要となろう。トランジション・ファイナンスが、資金調達の多様化施策としてのみならず、ステークホルダーとの対話ツールとして活用されることを期待したい。

またよし・ゆか 1994年学習院大学法学部卒。モルガン・スタンレー証券などを経てみずほ証券入社。エネルギー関連規制・技術などのセミマクロ調査に従事。

【マーケット情報/8月9日】原油下落、需給緩和の観測強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

8月2日から9日までの原油価格は、主要指標が軒並み下落。新型コロナウイルス変異株の感染拡大で、石油需要後退への懸念が強まるなか、供給増加の予測が台頭し、売りが優勢となった。

中国では、各地の感染者数急増を背景に、感染リスクが高いとされる地域間の移動を規制。複数の国際便も一時停止となった。世界最大の石油輸入国である中国での移動、および経済活動制限の強化により、石油需要低迷の見通しが一段と強まった。

また、日本でも変異株の感染拡大を受け、2日から、東京周辺や大阪で緊急事態宣言を再度実施。加えて、一部地域でまん延防止等重点措置を再導入。燃料消費がさらに減少するとの見方が広がった。豪州では、カンタス航空の国内便稼働率が、5月の100%から、7月には40%まで低下。シドニーなど複数の都市におけるロックダウンが背景にある。

他方、供給増加の予測も、価格に対する下方圧力として働いた。OPEC+は計画通り、8月から日量40万バレルの増産を予定。また、7月の産油量は、サウジアラビアの自主的減産終了により、前月から日量68万バレル増加した。加えて、米国の石油サービス会社ベーカー・ヒューズが先週発表した国内石油ガス掘削リグの稼働数は、前週から3基増加して491基となり、需給緩和観を強めた。

【8月9日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=66.48ドル(前週比4.78ドル安)、ブレント先物(ICE)=69.04ドル(前週比3.85ドル安)、オマーン先物(DME)=67.33ドル(前週比5.89ドル安)、ドバイ現物(Argus)=70.40ドル(前週比2.70ドル安)

*8月9日はシンガポールが祝日だったため、ドバイ現物は6日との比較。

国土破壊に「待った!」 再エネ問題連絡会が発足


メガソーラーや大規模風力発電設置工事に伴う環境破壊に反対する全国ネットワーク「全国再エネ問題連絡会」が、7月18日発足した。同会の共同代表で、「函南町のメガソーラーを考える会」代表の山口雅之氏は「森林法に基づく林地開発許可制度や、市町の再エネ条例など法制度に不備がある。全国の皆さまとつながり、土砂災害など、被害の現状を踏まえ関係法令の改正などを具体的に提言したい」と意気込んだ。

同連絡会には、全国で反対運動を行う26都道府県の30団体、約2万8000人が参加。弁護士や電気管理技術者などの専門家も支援を行う。事業者の中には、住民への説明が不十分なまま工事を強行する者や、FIT法が保証する20年だけを想定し、ずさんな工事を行う悪質な業者も多い。

共通する問題は①行政の事なかれ主義、②住民の意識の差―だ。自治体によっては、悪質な事業者を規制する条例の適用に及び腰なケースもある。また「テレビで報道されないから」と、反対運動に対して懐疑的な住民も存在し、問題に対する認識の違いもあるという。全国各地で反対運動が本格化する中、専門的な知見を互いに深め合うことが求められる。

【コラム/8月10日】賃借人向け太陽光発電供給


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

内外で、再生可能エネルギー(再エネ)電源の促進策として、固定価格買取制度(Feed-in Tariff: FIT)やフィードインプレミアム制度(Feed-in Premium: FIP)などが導入されているが、これら支援制度による恩恵を、再エネ電源を設置する戸建て住宅所有者は受けることができるが、賃貸住宅住人は受けることはできない。しかし、再エネ賦課金は、全世帯にkWh当たり一律に課金されるため、後者から前者への所得再分配効果があるとの問題指摘が、再エネ電源支援策の導入当初からあった。さらに、最近では、環境意識の高まりから、再エネ電源からの電力を選好する電力需要家は戸建て住宅所有者のみにとどまらない。このような問題を解決するために、「賃借人電力」という制度をドイツでは導入している。本コラムでは、この制度について解説してみたい。

 ドイツでは、「賃借人電力」の導入以前でも、建物の所有者が太陽光パネルを設置して、発電した電力を賃借人に売ることは可能であった。しかし、同一建物の住人に売電する場合は、送配電料金、電気税、公道使用料の支払いは免除されるというメリットがあるものの、運転、計量、決済、電源開示義務の履行などにかなりの追加的なコストがかかり、建物所有者にとっては、発電した電力を固定価格買取制度のスキームの下で、電力会社に売るほうが、利益が大きかった。このため、2017年の再生可能エネルギー法の改正( Erneurbare- Energien-Gestz-2017: EEG 2017)で、賃借人向け電力にkWh当たり一定の補助金を付与し、その促進を図っていくことにした。

補助金は、EEG2017制定時には、出力10kWまでについては、3.7ct/kWhと設定され、その後低減し、2021年には終了するはずであったが、2021年1月に施行されたEEG2021で2021年1月から、3.79ct/kWhと設定された。現在、「賃借人電力」の供給を受ける住人は5万戸にとどまっており、補助金のレベルが低いことが、その拡大を妨げていると考えられたためである。ドイツでは、「賃借人電力」の対象となる戸数は、380万と見積もられており、その拡大ポテンシャルは大きい。

賃借人向けの再エネ電源は、建物当たり100kW以下の太陽光電源に限定されており、供給される電力には、再生可能エネルギー賦課金が課せられる。余剰電力は、電力会社に固定買取価格で売ることができる。またEEG2021では、近隣の建物(クオーター)にも「賃借人電力」を供給することが可能となった(現在のところ、クオーターの法的定義は存在していない)。さらに、EEG 2021により賃借人向け太陽光発電供給には営業税が免除されることになった。多くの場合、「賃借人電力」のシステムの建設や運営は、シュタットヴェルケなどの専門組織に委託されている。 わが国では、現在、「エネルギー基本計画」の改定に向けての議論の中で、政府は、2030年度の新たな電源構成について、再生可能エネルギー電源の割合を36~38%とする方向である。現在の目標は、総発電電力量に占める割合は、22~24%にするもので、大幅な引き上げとなり、2019年度の実績の約18%と比べると倍増となる。その際、再エネ拡大に伴う所得再分配効果の問題を解決し、多くの国民に再エネ電力を選択可能とするために、ドイツで採用されている「賃借人電力」のような新たな制度を検討してみたらどうだろうか。また、「賃借人電力」は、電力会社にとっても新たなビジネスチャンスを提供することになるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

動き出したEV充電ビジネス 脱炭素を足掛かりに事業化加速


EVの普及とともに、整備が進んでいるのが充電設備だ。その数は全国で3万5000台以上に及ぶ。

充電設備は設置するだけでなく、使用電気を再エネにしたり、特長を生かすことが求められている。

EV普及とともにこうした充電風景が広まりそうだ

 電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)の普及に伴い、充電インフラの整備が進んでいる。富士経済によると、国内では普通充電器が2万7600台、急速充電器が7835台設置されており、合計3万5000台超に上る。拠点数で換算すると約2万カ所に及ぶ。ガソリンスタンド(SS)が2019年に3万カ所を切るなど減少の一途をたどっているのに対し、インフラが徐々に整備されつつある。世界的な脱炭素化の流れもあり、自動車のEVシフトは急速に進むものとみられる。

EV充電サービスが拡充 合わせて新ビジネス始まる

そうした中、EVやその充電を巡る新ビジネスの動きが活発だ。コスモ石油マーケティングは、e-Mobility Powerと協業し、系列SSに急速充電器を設置。EVカーシェアリングとともに、充電スタンドを運営する。電気は、自社サービスの「コスモでんきビジネスグリーン」を使用。グループ会社のコスモエコパワーの風力由来のCO2実質フリー電力により、EVを走らせることができる。

伊藤忠エネクスは、自社レンタカーサービスにEVを加え、EVカーシェアリングサービスを開始する。さらに、家庭向けに電力とセットでV2H(ビークルtoホーム)システムを電力とセットで販売するほか、小型EVのサブスクサービスも計画する。

デルタ電子は独自の次世代型EVステーション「Delta EV Charging Station(Yokohama)」をオープンした。同店舗は自社のEV関連設備を導入し、ショールームのような役割を果たす。充電用決済システムも独自に立ち上げ、プラットフォーム提供に注力する。

現在、EVシフトが活発なのは欧州や中国だ。今後、日本も車種のラインアップが増えてくると、この流れはさらに進んでいくだろう。その時、多くのEVや充電を巡る新ビジネスが生まれてくるとみられる。

【INTERVIEW】/四ツ柳尚子 e-Mobility Power社長

先行投資でインフラ整備進める 白地解消とキャパ増強へ

充電インフラの整備を担うe-Mobility Power。初代の社長に就任した四ツ柳さんに話を聞いた。

―会社のコンセプトとビジネスモデルを教えてください。

四ツ柳 充電インフラの整備・拡充と充電サービスを行う会社です。インフラ事業としての性格が強く、事業モデルとしては、先行投資モデルになります。現在は、先行投資のフェーズで、充電器の拡充を進めています。売上は、個人・法人含めたプラグインハイブリッドやEVユーザーの会員からの月額料金になります。最大の販売チャネルは自動車ディーラーであり、料金プランは各社さまざまですが、当社の直営会員向けには「急速充電」「普通充電」「併用」の三つのプランを用意し、月会費と使用に応じた従量費をいただいています。また、非会員向けにビジターメニューも用意しています。

―インフラの整備状況は。

四ツ柳 急速充電は全国に7000台程度、普通充電は1万8000台程度が当社の充電ネットワークに接続されています。代表的な設置場所は自動車ディーラー、高速道路、コンビニ、ショッピングモールなどです。

―充電時におけるガソリンとの違いは。

四ツ柳 危険物の取り扱い対象ではないのでセルフ充電が基本です。

―充電渋滞が発生するケースがあります。時間帯別メニューの値差によって渋滞は回避できますか。

四ツ柳 ダイナミックプライシングによって多少の緩和は可能かもしれません。しかし、高速道路が混雑する日に充電器も混みますので、充電インフラ拡充の方が効果的だと考えています。年末年始の高速道路が混み合うように、人間の行動が伴う以上、行動変容での対処は限界があります。充電のためだけに生活様式を変える人は少ないのではないでしょうか。

適材適所の整備が肝要 規制緩和で普及に期待

―充電器拡充の具体策は。

四ツ柳 ユーザー利便性の向上に向け、大きく二つの考え方があります。一つは全国津々浦々、面的にカバーし、白地を解消すること。もう一つは需要密度に応じて充電設備のキャパシティーを増強すること。前者は、これまでの政府補助金の後押しもあり、現時点で世界屈指のカバー水準にありますが、残る一部の白地エリアを着実に埋めていきます。他方、渋滞の発生エリアでは、充電口数を増やすなどの対応が必要です。1スポットに6口配置し、複数の自動車に最適給電できる新しい充電器の設置も進めています。

 また、EV普及には適材適所での整備が肝要です。大型のショッピングモールやゴルフ場は滞在時間が長く、時間をかけて充電する普通充電の方が適切です。急速充電の場合、充電後、次のユーザーに充電場所を譲らないといけません。

―急速充電が増えすぎてしまうと、既存の電力系統に大きな影響を与えることになりませんか。

四ツ柳 現状の電気自動車の普及台数は30万台程度。仮に10倍普及しても、いまの日本の電力系統網なら、問題はないでしょう。

―今後の課題は。

四ツ柳 規制上、充電器設置が困難なケースがあります。電気事業法上、「一需要場所には一電気引き込み線」という規制がありましたが、自動車向けの給電設備を整備する際に、その規制が緩和されたことで、設置しやすくなった事例があります。電気に限らず、土地活用などの規制緩和は、マンション向けの設置や土地制限のある都心部での整備における課題解決につながることが期待できます。

 昨今は技術発展が目覚ましく、今後、自動運転が普及すれば、就寝中の夜間に車が勝手に動き出してステーションで充電する。そんな世界を夢想したりします。

自家発の再エネ転換が鍵 紙パの「カーボンゼロ」産業化


【業界紙の目】本田敦彦/紙業タイムス社 取締役・編集部長

紙パルプは鉄鋼や化学ほどではないが、エネルギー多消費型産業と言われている。

その紙パが「2050年のCO2排出ゼロ」という野心的な目標を掲げた。成算はあるのだろうか。

 国立環境研究所によると、産業部門のCO2排出比率(2019年度速報)は鉄鋼が断トツの40%で、以下化学の14.4%、機械の12.8%、窯業土石の7.7%と来て、紙パは5番目の5.5%。エネルギーを多く使うということは、少なくとも現状では(原子力などに依存するのでない限り)、それだけCO2の排出量が多いことを意味する。

だから今年1月、日本製紙連合会が「50年までにCO2の排出量を実質ゼロとする」という長期ビジョンを発表した時には、業界内からも驚きの声が上がった。意欲的な目標だが、ハードルが高すぎると危惧する向きもあった。

内需先細りの中挑戦 2100万t削減へ

というのもデジタル化の進展に伴い「紙離れ」が目立つようになり、紙の国内需要は2000年の3200万tをピークに減少を続け、昨年は2240万tにとどまった。需要が右肩上がりならば生産設備の増強と合わせて環境対策にも十分な投資を行えるが、今はそんな状況ではない。

紙には大きく分けて、商業印刷や新聞・出版などに使う「洋紙」と、段ボールや紙箱に使われる「板紙」の2種類がある。衰退が著しいのは洋紙で、前記のような構造的要因から過去20年間に需要が4割超も減少。対して板紙は、物流や宅配サービスに欠かせない包装材料を提供しているので需要は底堅く、20年は00年比12%程度の減少にとどまる。紙は重量取引なので12%のマイナスは大きいようにみえるが、実際は技術の進歩などで単位面積当たりの軽量化が進み、実質的には横ばいといえる。ただ、いずれにせよ量的に多くの成長は望めない。

洋紙と板紙を原料面からみると、主として前者には新規のパルプ、後者には古紙が使われる。パルプは木材からセルロースを取り出して紙の原料とするものだが、製造工程ではリグニンなど紙の原料とならないものも抽出される。パルプ工場では、この非セルロース部分も燃料として活用。「黒液」と呼ばれるこの燃料は、新たなCO2が発生しないカーボンニューラルのバイオマスエネルギーだ。

パルプ設備を併設する洋紙工場(紙パルプ一貫工場。大手製紙会社の大半の工場はこのタイプ)は、パルプの生産が増えるほど黒液をたくさん使えるので、CO2の排出原単位が改善され、同時にエネルギーコストも抑えられるという理屈になる。だが、この排出削減の切り札ともいうべきパルプの生産が、洋紙需要の衰退につれて減少傾向をたどり、同じく00年比で昨年のパルプ生産量は36%減の720万tと落ち込んでいる。

製紙産業はこうした困難な条件下で50年排出ゼロを宣言したのであり、業界内から達成を危ぶむ声が上がったのも無理はない。

では、どのようにして目標を達成するのか。まず削減量の目安だが、製紙産業は13年度から「低炭素社会実行計画」に取り組んでおり、この年に生産活動と廃棄物からの排出を合わせ約2100万tのCO2を排出。この2100万tの削減をもって実質ゼロを達成するとした。

この内訳について製造工程では、分野ごとに次のような削減の目安を立てている。①最新の省エネルギー設備・技術の積極的導入などによる省エネの推進で、13年度排出量の20%(420万t)程度削減、②自家発電設備における再生可能エネルギーの利用比率拡大で、同40%(840万t)削減、③製紙関連の革新的技術の実用化への挑戦で、同10%(210万t)削減、④エネルギー関連の革新的技術の積極的採用で同30%(630万t)削減――。

こう書くといかにもすっきりしているが、これは削減可能な数量を地道に積み上げたというより、2100万tを各分野で案配よく割り振った印象も否めない。そもそも製紙連自身、「本ビジョンにおける50年までの道筋は必ずしも明確なものではなく、掲げた内訳の数値も『目安』」 と断り書きを入れている。

それでも本格的な議論を巻き起こすには十分なたたき台だし、何より自らの縛りにもなる公約を内外に宣言したという点で意義深いものがある。

バイオマスボイラーは削減効果が高い

アウトラインは提示 具体策に落とし込めるか

ここで個々の課題の詳細に触れる紙数はないが、①では最新の省エネ設備・技術の導入、製造工程の見直し、エネルギー管理の徹底などを挙げるほか、「新規または老朽化設備の更新に当たって、従来型の石炭ボイラー導入は行わない」とした。

②では、全体の4割に当たる最大の削減量を見込んでいる。紙パの自家発電比率は、もともと産業界の中でも図抜けて高いが、20年は過去最高の81%を記録。黒液のほか、紙の原料にはなりにくい木くず、RPF(廃プラスチック固形燃料)などの再エネ比率を高めることは、確かに削減効果が高い。

③は専門的な領域だが、紙づくりの中で最もエネルギーを消費するのが大量の水分を含んだシート状の紙を乾燥させる工程(ドライパート)であり、ここで革新的な省エネ技術の導入が期待される。

最後に④では、他産業において検証が進んでいるCCS(CO2回収・貯留技術)の導入や、水素、メタンガスおよびプラスチック廃棄物のエネルギー利用などが課題に上っている。

製造工程以外の領域では、環境対応素材の開発を通じたライフサイクルにおけるCO2の排出削減を追求し、2100万tに上乗せする形で420万tの削減を見込んでいる。具体的には、最近話題のセルロースナノファイバー(CNF)の社会実装を通じた省エネへの貢献、化石由来のプラスチック包材に代わる紙素材の利用拡大などを想定している。

以上、おおよそのアウトラインは出来上がったが、本格的なロードマップづくりはまだ緒に就いたばかりである。50年まであと30年足らず。紙の内需が先細る中、時間とも闘いながら産業としての存在感をどれだけ社会に示せるか、真価が問われている。

〈紙業タイムス〉○1949年創刊○発行部数:1万2000部○読者層:製紙、紙流通、紙加工、外資系商社、民間シンクタンク、官公庁など

ガス2社の料金規制解除 公取委調査の電力は困難か


東京、大阪の大手都市ガス2社に課されている経過措置料金規制が、10月1日付で解除されることになった。2017年の全面自由化を機に、多くの都市ガス会社に自由な料金設定が認められたが、両社を含む12社が需要家保護を目的に経過措置規制の対象となっていた。電力・ガスを通じて、大手既存事業者の料金規制が解除されるのは初めてのことだ。

規制解除は、市場競争が十分に進展していることや、新規事業者側に十分な供給余力があり解除基準を満たしているとの判断を受け決定したもの。ただし、両社とも10月以降の料金戦略について「一般料金と選択約款料金という体系は変わらない。今後も柔軟な料金メニューで顧客ニーズに対応していく」としており、需要家への影響は軽微と見られる。

今後注目されるのは、全既存事業者に規制が残る電気料金への波及だが、今回、公正取引委員会の立ち入り検査を理由に東邦ガスの解除が見送られている。電力業界では、関西、中部、中国、九州の4社に検査が入っており、規制解除に向けた議論が進むことは当面難しいかもしれない。

鉄鋼業界が直面するハードル ゼロカーボン・スチールは可能か


【論説室の窓】関口博之/NHK解説委員

カーボンニュートラルが宣言され、鉄鋼各社はCO2を排出しない製鉄法に取り組んでいる。

しかし、まだ存在しない技術への挑戦であり、実現には高いハードルが横たわっている。

 「Make Our Earth Green」このキーフレーズと、緑色の“0”をかたどったロゴマークまで作ったという。日本製鉄は今年3月「カーボンニュートラルビジョン2050~ゼロカーボン・スチールへの挑戦」という目標を経営の最重要課題として打ち出した。先日、その説明を受ける機会を得たが、恥ずかしながら認識を新たにする内容ばかりだった。

脱炭素のカギになるのが「水素還元製鉄」であることは知っていたつもりだった。だが、それも石炭を蒸し焼きにしたコークスの代わりに水素を使えば鉄鉱石から銑鉄ができる、という程度の認識だった。ところが、その実現がいかに長く険しい道のりかを思い知らされた。

現在、高炉各社が業界を挙げて取り組んでいるのが、試験高炉に一部コークスの代わりに水素(製鉄所内の副生水素を使う)を吹き込み、鉄鉱石から酸素を取り除く還元を行うもの。「COURSE50」プロジェクトとして国の支援を受け進めている。試験高炉が作られたのは日本製鉄東日本製鉄所君津地区だ。水素を加えることによってCO2の排出を10%削減、あわせて同じサイトでCO2の分離回収の技術開発も行っていて、こちらで20%減、あわせて30%の二酸化炭素の削減を目指している。

ただ水素による還元は「吸熱反応」、反応が起こると温度が低下するそうで、反応を継続させるには加熱した水素を使わなければならないという。このあたりで既に、文系人間としてはついて行きづらくなる。スケールアップも課題で、試験高炉は日量30tの生産規模だが、これを1000tに増やさなければ実機にならないという。

今はあくまで過渡的技術 最終的には100%水素利用

ただ、ゼロカーボンを目指すうえではこれはあくまで過渡的技術だ。最終的には100%水素による「直接還元」が目指すべきものになる。これならCO2の排出はなくなるが、一方でここでも先ほどの「吸熱反応」が難題になる。還元された鉄は固体、しかも気泡があいたようなスカスカの鉄ができるそうだ。なので、これを改めて高炉や電炉に入れて溶かし、不純物の除去や成形を行わないといけないというのだ。このいわば後工程では若干だがCO2が発生するため、その分はCCUS(CO2の回収・貯留・利用)に頼らざるをえない。こうした複雑なプロセスによって水素還元製鉄が成り立つということを初めて知った。

それならば、いっそ鉄鋼供給を全面的に電炉に移行すればいいのではないかという疑問もわく。鉄スクラップが原料の電炉なら、還元反応が要らずCO2の排出もわずかだ。

ただ、この再生産を成り立たせるには、世界の鉄鋼蓄積量が十分にないといけない。蓄積量とはビルや橋、工場、船や自動車、家電製品などの形で社会にいまある鉄鋼のことだ。足元で約300億tあるが、今後の世界の人口増加や新興国の経済成長を見込むと、50年には約700億t、今の倍以上の鉄鋼蓄積量が必要になると試算されているという。人類は“いま既にある鉄”だけでやり繰りすることはできず、やはり鉄鉱石から鉄を作るという方法を続けざるを得ないらしい。

夢の製鉄方法、水素還元製鉄の開発には各国メーカーも血眼だ。特に欧州は気候変動問題に関心が高く、再生可能エネルギーによる水素が比較的入手しやすいこともあって、こうした開発も盛んだろうとイメージしがちだが、それは“欧州のPRが巧み”なのだそうだ。アルセロール・ミタルはドイツで今の天然ガスによる還元法のプラントを、水素還元製鉄に転用すべく研究中だが、実情はまだパイロットプラントを作った程度。技術開発としては08年に始まった日本のCOURSE50の方が先行しているという。

むしろこれからのライバルとして挙げたのは、中国の宝武鋼鉄だった。国営企業として国からの潤沢な資金が見込めるだけに侮れないのだという。日本にそれに対抗する国家戦略と覚悟があるのかも問われそうだ。

「COURSE50」プロジェクの試験高炉

コスト面で大きな課題 大量の水素が必要に

ゼロカーボン・スチールを実現するには、技術面だけでなく経済面での課題も多い。そもそもCO2の排出なしで水素還元製鉄を成り立たせるには、再エネなどから作ったカーボンフリーの水素が、それも大量に要る。また同じくカーボンフリーの電力も不可欠。それをいかに低コストで調達できるかが決定的に重要だ。日本製鉄の試算によれば、コークスによる還元に見合う水素のコスト水準はNm³当たり8円だという。

国の水素基本戦略が目指す水準が50年に同20円だから大きな開きがある。また今の国内銑鉄生産量を維持するために必要な水素量は700万tと推計され、これは水素基本戦略の50年シナリオの2000万tの3分の1以上を鉄鋼業界が占めてしまうことを意味する。

さらに企業にのしかかるのは多額の研究開発費。当然、国が用意する脱炭素2兆円基金を使った支援も必要になろう。さらに会社側ではゼロカーボン・スチールの生産に必要な設備投資は4~5兆円規模にのぼると見込んでいる。一方で、既存の高炉などの設備は「座礁資産化」し、数千億円規模での特別損失も計上することになると見ている。これをどう賄うのか。製品価格に転嫁して、脱炭素化という社会課題解決に必要なコストとして広く負担してもらうのか。それとも何らかの国の助成や減税などの支援を仰ぐのか。われわれの懐にも関わる問題として考える必要がある。

鉄鋼業界がいま取り組んでいることは、理論的には可能だが、いまだ地球上に存在しない技術への挑戦だという人もいる。日本製鉄の役員が「エネルギー業界にとってのエネルギー転換は、もちろん不透明さもあるが、それでも再エネ・原子力など使える既存技術はある。しかし鉄鋼業界にはそれがまだないのだ」と語っていたのが強く印象に残った。

大型砕氷船の就航で通年航行へ 北極海航路で日ロ関係者が対話


【ロスアトム】

欧州から東アジアに至る北極海航路について、ロスアトム社主催のセミナーが6月に都内で開催された。

さまざまな可能性を持つこの、日ロの関係者がその将来性や利用の見通しなどを話し合った。

 北極海航路――。欧州からロシアの北極海沿岸を通って東アジアに至る輸送ルートで、スエズ運河を通過する南回りルートに対して、航行時間が16~36%短縮される。ロシア側は大型原子力砕氷船団を発展させ、年間を通じて利用できるようインフラの整備に取り組んでいる。

ロシア連邦政府は、国営原子力企業「ロスアトム」を航路開発を担当する機関として任命している。6月24日にオンライン、オフラインの2形式で開かれたセミナーは、ロスアトムが策定した「2035年までの北極海航路インフラ開発計画」について同社幹部らが内容を説明。航路の発展性、効率性、安全性、また日本企業による利用の見通しなどについて、日ロ双方の関係者が協議を行った。

セミナーには、ロスアトム・モスクワ本社から同社副社長・北極海航路局長のヴャチェスラフ・ルクシャ氏、同北極開発特別代表のウラジミール・パノフ氏をはじめ、航路開発に関わる幹部らが参加。日本側からは国土交通省の幹部などの関係者約200人が参加している。

モスクワ本社から参加したロスアトム幹部

ロシア連邦政府は19年、35年までの北極海航路インフラ開発計画を認可した。計画は三つのステージ(①24年まで、②30年まで、③35年まで)に分かれている。各計画には、北極圏への大規模投資のためのインフラ開発と、積替輸送のための環境の整備が盛り込まれている。

インフラ整備に注力 原子力砕氷船を拡充

計画の実現に向けて、ロスアトムはさまざまなインフラ整備に注力している。まず、原子力砕氷船の拡充。砕氷船は氷で覆われる海域を航行する船の前方を進んで氷を砕き、航行の支援を行う。現在、最新の22220型である「The Arctic」をはじめ、5隻の原子力砕氷船を運用。ロシア側は22220型を4隻建造中であり、さらに砕氷力を増した10510型の「Lider」の建設を進めている。

北極海航路でのロスアトムの原子力砕氷船

ロスアトムは、原子力砕氷船を多用途救助船として利用することも重視している。特別な医療設備を備えており、急病人を収容し手当を行う。またヘリコプター発着場を備え、海難事故現場に向かい船舶の救助に当たる。

航路の安全な利用にも力を注ぐ。可能な限りの方法で病人の搬送や海難事故などへの対応に当たる。航海中の船舶で急病人などが出た場合、インマルサット(Inmarsat:通信衛星による移動体通信)、あるいは沿岸の無線局を通じて、海事救援調整センターが連絡を受け、その指令で近くの船舶かヘリコプターが病人を救助し、近くの救助船に搬送する。

海難事故が起きた場合も同様だ。国際コスパス・サーサット・プログラム(International Cospas-Sarsat Programme:衛星を利用して捜索救援活動を率先する政府間組織)などを使用し、速やかに救難を行う体制を整えている。

増加する貨物輸送 LNG輸送で倍増

北極海航路を利用する貨物輸送量は、ここ数年で大きく増えている。14年は年間約400万tだったが、ノバテク社のロシア北部ヤマル基地からのLNG輸送などにより、18年に約2000万tと前年から倍増。20年は約3300万tに増加した。輸送の増加に伴い、船舶の載貨重量も増えている。

現在、LNG輸送は欧州向けが圧倒的に多い。中国・日本・台湾・韓国向けは主に夏から秋に限られ、20年は最大で月約90万tにとどまっている。ロスアトムは、貨物輸送量は24年までに8000万tに増加するとみている。日本を含むアジア向けLNGなどの輸送が増えることへの期待も大きい。

ルクシャ氏はセミナーで日本企業の関係者に対して、「北極圏にはLNG、原油、石炭など鉱物資源が豊富にあり、(北極海航路という)新しい海上輸送の動脈は、われわれにさまざまな可能性を与えてくれるだろう」と話し掛けた。

また、「追加的な機会が生じており、われわれは一緒にそれらを利用できる。強力な砕氷船団を就航させることで、年間を通して北極海航路を安全に航海する機会を提供することができる」と述べた。

一方、国交省総合政策局海洋政策課の久保麻紀子課長は、「北極圏の資源に対する関心は高い。北極海航路を利用するには、安全性と経済的メリットが大切。いまは冬季は通れないが、定期的なコンテナ船の運航ができるかが重要な点になる。課題を一つ一つ解決していくことが、一番の近道になる」と話している。

安全な運航が可能で、経済的にも利点があれば、北極海航路で日本とロシアはウィンウィンの関係になる。今後どう進展していくか、注目する日本側関係者は多い。

【覆面ホンネ座談会】難局のエネ政策のかじ取りは? 経産・環境省人事を裏読み


テーマ:経産省と環境省の人事

エネルギー基本計画、温暖化ガス46%減対応、カーボンプライシングなど、問題山積のエネルギー政策。これらの動向に、今夏の経済産業省、環境省の人事がどう作用するのか。霞が関界隈に詳しい関係者の見解を聞いた。

〈出席者〉A霞が関事情通  Bコンサル  Cマスコミ  D元官僚

――まずは経産省人事のポイントから。脱炭素重視の布陣と捉えたが、どう見ている?

A 多田明弘・前大臣官房長が次官、平井裕秀・前商務情報政策局長が経済産業政策局長、飯田祐二・前資源エネルギー庁次長が大臣官房長と、極めて順当。安藤久佳・前次官の「置き土産人事」だ。キーワードは「継続」で、グリーン成長に加え、デジタル、レジリエンス(強靱化)といったコロナ禍の重要テーマを、政策面でも人事面でも継続することを重視している。山下隆一・前産業技術環境局長がエネ庁次長に、その後任に奈須野太・前中小企業庁次長が就任。一方、原子力を担当する小澤典明・首席エネルギー・地域政策統括調整官は留任となった。エネルギー政策では原子力とカーボンニュートラル(実質ゼロ)を軸とする方針を継続するということだ。

B 今回は本当にサプライズなし。本省の次官も局長級も極めて穏当で、次、その次の次官候補が主要ポストに残っている。あえて言うなら、新原浩朗・前経産局長が内閣官房成長戦略会議事務局長代理、そして前田泰宏・前中企庁長官が2025年日本国際博覧会協会理事・副事務総長というポジションで残ったことには驚いた。それぞれ電通絡みの疑惑が報じられ、民間への天下りが難しくなったのだろうかと受け止めた。

C 新原氏、前田氏が大阪万博に絡むこととなり、特に関西経済界は大阪に赴任する前田氏の動向を気にしている。万博予算は当初の1200億円が1.5倍となり、経済界は3分の1を負担するが、協会の要職に電通とのつながりが深い前田氏が来ると、さらにお金がかかるのでは……なんて声も聞こえてくる。

 経産省人事を対環境省という視点で見ると、奈須野産技局長に注目している。奈須野氏はかつてカーボンプライシング(CP)議論を産技局環境政策課長として取りまとめた。環境省内では、CP慎重派の奈須野氏を反撃の旗手として、「中井徳太郎・環境次官の間は炭素税をやらせないということか」といった見方もある。

D 安藤前次官の行動原理を想像するに、安倍政権時代の今井尚哉補佐官・新原氏体制でかき回された官邸主導人事を正常に戻すための道筋を付けようとしたのだろう。前田氏について付け加えるなら、かつて接待問題で苦境にあった安藤氏のピンチを救ったことへのお返しという見方も。学生時代に「浪速お達者くらぶ」というサークルを立ち上げたコテコテの前田氏は水を得た魚になるだろう。

A 若手からは、新原氏が産政局長を退いたのに、内閣官房で成長戦略を仕切られることに落胆する声も出ているようだ。

D 新原氏については政局絡み。多田次官は二階俊博幹事長が経産相時代の秘書官なので、今後、二階氏と3A(安倍晋三氏、麻生太郎氏、甘利明氏)の対峙が激しくなり、二階氏が権力闘争に敗れたときに、経産省が政権の主導権から外されないための保険をかけたとも考えられる。小泉進次郎環境相にやられっぱなしの経産省が、菅政権が倒れたときのプランBを実行するための布陣を今から考えておくことが重要になる。

経産省幹部で目立つバランス型 CP導入のため環境省は財務省シフト

――多田次官についての評価を聞きたい。

C 多田氏はガス事業課の総括班長や電力・ガス事業部長などを歴任。自由化派、規制派といった思想があまり見えず、色がついていないバランス型の人。経産省が決めた方向へ実務を遂行するという面で実行力を発揮するタイプだ。

A 新幹部の中でも特に実直な人で、電力に寄り過ぎず、ガスにも思い入れがある。面白味にはやや欠けるかもしれないが……。

B 皆さんの言う通り、剛腕な安藤氏とは全く違うキャラクター。与えられた課題を期間内に、波風立てずにまとめることにおいて手腕を発揮する。現在の政策課題を強引に解決しようとしたら、結局何もできなくなる。多田氏のような人物は、まさに今求められている次官かもしれない。

D 昭和60年代入省組以降は、旧通商産業省っぽいアクのない人が増えている。バブル時代に野心を持つような人材は役所に来なかったからね。安藤氏が骨太な通産官僚の最後で、今後10年は通産省らしさがなくなっていくのでは。