
1999年東京大学法学部卒。2008年熊本県政策調整参与を経て、12年熊本県副知事就任。20年都知事選出馬。
21年衆院初当選(比例東京ブロック)。
熊本県副知事から都知事選に挑戦し、昨年衆院初当選。文書費問題を追及し話題となった。
エネルギー政策、憲法9条改正にまい進する根幹に、自分の直感を信じぶれない行動力がある。
子どものころから伝記や歴史についての本が好きだった。「戦乱や平和は、政治家の決定に大きく左右される。リーダーの決断は非常に重い」。国を隆盛させ、時に滅亡に導くこともある政治の重さに興味を持ち、東京大学で政治学を学んだ。大学卒業後は民間会社に就職していたが、東大時代、ゼミに所属していた蒲島郁夫氏の熊本県知事選に協力。2008年に蒲島氏が当選を果たすと、自身も政策参与を務め、県政に携わることになった。
12年には副知事に就任。最年少の副知事(当時)として、熊本県ご当地ゆるキャラ「くまモン」の著作権フリー化、イラスト無料化実現などに尽力した。16年熊本地震といった災害対応も経験し、20年に任期満了直前に退職。「次に自分に何ができるかと考えたとき、東京都知事選の論戦が行われない現状を見て、(都知事選に)出ようと直感で決めた」。当時は小池百合子都知事が「一強」。盛り上がりに欠ける選挙戦へ「一石を投じたい」と出馬を決断した。最初は泡沫候補と言われたが、高校の同級生で、東京維新の会代表の柳ヶ瀬裕文参議院議員から「維新で応援するから一緒にやろう」と支援を受けた。結果、約61万票を獲得すると、21年の衆院選では、東京1区から日本維新の会公認候補として出馬し、比例復活で初当選を果たした。
当選直後、在任1日にもかかわらず国会議員に月額分の100万円が支給された「文書通信交通滞在費」について、自身のブログで指摘。この問題提起は大きな反響を呼び、政府は後に制度改正の方針を示した。「1年生議員が率直に思ったこと、おかしいと思っていることを提言できた。日本維新の会の『問題をオープンにして議論する』というスタンスを、議員になってすぐ体現できたのは良かった」。現在は7月の参院選に向けて、エネルギー政策のほか憲法9条改正、緊急事態条項の設置など、日本維新の会が掲げるマニフェストや条文案作成に取り組む日々だ。
エネルギー政策で政府と論戦 安定供給・安全保障の重要性指摘
国会議員としては、経済産業委員会の理事と憲法審査会の委員に名を連ねる。今年4月の衆議院本会議では「原子力発電所の特定重大事故等対処施設(特重)の設置期限」を巡り、萩生田光一経産相や更田豊志原子力規制委員長とエネルギー政策で論戦を重ねてきた。「ウクライナ侵攻問題を踏まえ、エネルギーの安定供給、安全保障の重要性が高まっている。エネルギー政策の基本はS(安全性)+3
E(安定供給性・経済性・環境性)だが、安全性は当然として、3Eの中でも安定供給・安全保障を前面に出すよう、国の政策見直しを求めたい」と訴える。原発再稼働については、日本維新の会の政策である「既設原発は市場原理の下で存続が難しいものについてはフェードアウトを目指す」方針を支持。一方で短期的、中期的には「稼働できる原発を生かし、エネルギーの安定供給を図る必要がある。再稼働をスムーズに進めるための施策は、政府が力を入れなければならない」と話す。
行き過ぎた再生可能エネルギーへの偏重にも「脱炭素のためにやるべきだが、一辺倒ではいけない。安定供給に資する形で再エネも行うべき」と警鐘を鳴らす。また、太陽光パネルにおける中国産製品の依存度の高さを指摘し「エネルギー供給の一部を海外に握られる仕組みは、必ず弊害が生じる。安全保障の担保ができなくなる」と戦略の見直しを訴えた。カーボンニュートラル実現では、蓄電池の国産化と積極的な活用を提言。さらにバイオディーゼル燃料(BDF)の利用促進についても、熊本県・阿蘇くまもと空港での実証実験を踏まえ、推進を呼び掛けている。
今後の目標は、日本維新の会が野党第一党となり、改革の実績を作っていくことだという。「大阪での維新は、首長によるリーダーシップもあり、改革が進んだと住民から支持を受けた。全国でも『維新が改革を進めてくれる』という状況にしたい」としている。「維新は一言でいうなら『ベンチャー政党』。改革マインドを持ち、古いしがらみにとらわれず、既得権益にメスを入れていく必要がある」。自身も参院選や統一地方選で尽力して、最終的には保守派の改革勢力を結集、政界再編の枠組みに携わりたいと話す。
好きな歴史上の人物は、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス。カエサルの後継として敵味方をまとめ上げ、後のローマ帝国の礎を築いた。「徳川家康もだが、当時の政治の骨格を作った人、持続的な仕組みを作った手腕を持つ人に憧れる」という。座右の銘は「しあわせは いつもじぶんのこころがきめる」(相田みつを)。熊本県知事選の応援も、都知事選の出馬も、国会議員になってからの文書費問題の指摘も、自分の心に従い、直感を大事に行動してきた。これからもぶれずに自分を信じ政治活動にまい進する。







