再エネTFに「大義」はあるか 無理筋な制度見直しに多くの異論


【多事争論】話題:再エネ規制総点検タスクフォース

政府の再エネ規制総点検タスクフォース(TF)提言が、業界に波紋を呼んでいる。

その意義と本来あるべき規制改革の絵姿について、有識者に話を聞いた。

<TFが各省庁に問うている本質 実質ゼロに本気で取り組むのか?>

視点A:原 英史 株式会社政策工房 代表取締役社長

昨年11月から、政府の再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(TF)の委員を務めているが、この会議はどうやら、「極論を主張する過激派」と認識されているらしい。せっかくの機会なので私の考えを紹介したい。あくまで個人の考えであってTFの意見ではない。

私自身はこれまでも諸分野の規制改革に関わってきた。過去には内閣府の規制改革推進会議で、エネルギー分野も担当するワーキンググループの座長を務めたこともある(2017〜19年)。当時、実は再エネに関する規制改革はほとんど会議で扱わなかった。なぜかというと、再エネ主力電源化が政府方針として閣議決定され、「あとは各省庁に任せておいても進むだろう」と思っていたからだ。ところが今回TFに入って改めて事業者要望などを集めた結果、見立てが違うことに気付かされた。再エネ主力電源化というお題目に対し、現実の諸制度は乖離したままだ。

例えば、新たな再エネ電源を作ろうとしても、送電網は先着優先ルールが敷かれているため、新規参入者はなかなか使わせてもらえないし、莫大な負担金を求められることもある。また風力発電所の場合は環境影響評価法(環境アセス)に何年もかかる。農地や林野に作ろうとすると、やたら厳しい制約で阻まれる――いずれも長らく指摘されてきた問題で、とっくに片付いたかと思っていたが、未解決のままだった。なぜそんなことになっていたのか。端的にいえば、誰も本気でなかったからだ。資源エネルギー庁の本音はおそらく、「本当は原発再稼働にかじを切りたいが、そうもいかないので、当面は再エネを強調しておこう」という程度だったのではないか。そんな姿勢が関係業界や他省庁にも見透かされ、現状維持の慣性力が働いたのだと思う。

現状維持のままで構わないなら、それでもよい。しかし日本が止まっている間に世界は先に進む。グローバルに展開する企業を中心に、再エネ電力利用を調達基準などとする動きも拡大している。「再エネ拡大はいわゆるお題目」と言っていると、日本は世界のサプライチェーンから外れることにもなりかねない。そんな中で昨年10月、菅義偉首相は50年実質ゼロを宣言した。その実現のため、河野太郎規制改革担当相の下にTFが設けられ、送電網への接続ルール、環境アセス、農地、建築物の省エネなど、さまざまなテーマについて各省庁と議論した。

私からみれば、各省庁に問うてきたことは本質的には一つ。「50年実質ゼロに本気で取り組むのか?」という点だ。幸いにして、いくつかの省庁はこれまでとは違う「本気」度を見せ始めており、環境省は環境アセスの要件見直しの方針を固め、国土交通省も建築物の省エネ基準義務化を進める方向に転じた。

腰を据えない資源エネルギー庁 「ウィンウィン」の規制改革を

その一方、相変わらず腰が定まらないように見える省庁もある。その一つが、再エネ拡大の中核となるべきエネ庁だ。

昨年末来の電力市場価格高騰を巡っても、曖昧な姿勢が浮き彫りになった。今回の事態は、私の理解では数年に一度レベルの寒波と、LNG調達の混乱が原因だ。決して稀有な異常気象に襲われたわけではないにもかかわらず、平時の10倍以上の価格が数週間続くという異常事態が発生した。原因と結果を見比べれば、その間に市場の機能不全があったことは明らかで、「市場ではこんなことも起きる」といって済ませてよい話ではない。市場の不備解消に直ちに取り組むべきであり、これは再エネ拡大とも表裏一体の課題のはずだ。

ところが、これまでエネ庁は市場の不備に正面から向き合っているようには見えない。原因の一つに「太陽光の出力低下」と説明するなど、再エネ悪玉論に乗じて責任逃れをしている―ようにさえ見える。これでは市場の信頼も回復できないだろう。エネ庁は「電力自由化」や「再エネ拡大」に本気で取り組む気があるのか、そろそろ明確にすべきだ。

最後にもう一点、規制改革は、誰かを犠牲にして誰かが利益を得る取り組みではないこともお伝えしておきたい。例えば農地での再エネ利用の議論をすると、「農業を犠牲に再エネを拡大しようというのか」との批判がつく。しかし、適切な形での再エネ導入は農業経営の改善、耕作放棄地の再生にもつながる。現行の農地規制のように、「太陽光を入れると農業がないがしろにされる」との推定を前提に、過剰な制限を課していることで、むしろ農業強化の道を閉ざしているのではないか。再エネと農業はともに強化することが可能だ。TFではそういった社会全体にとってウィンウィンの規制改革をさらに模索したい。

はら・えいじ 通商産業省(当時)入省後、中小企業庁制度審議室長、規制改革・行政改革担当大臣補佐官などを経て退職。2009年に株式会社政策工房を設立。国家戦略特区ワーキンググループ座長代理、大阪府・市特別顧問、NPO法人万年野党理事なども務める。

株式市場は構造改革を評価 問われる既存事業の選択と集中


【羅針盤】荻野零児/三菱UFJモルガン・スタンレー証券 シニアアナリスト

石油元売りの経営統合などの構造改革を株式市場は歓迎し、業界のROEは改善した。

しかし、カーボンニュートラルを目指す中、今後は事業ポートフォリオの転換を余儀なくされそうだ。

過去10年間(2010年末~20年末)の石油セクターの株価指数のパフォーマンスは、良好ではなかった。図1と図2が示すように、同期間の石油セクター(主に石油元売り)の株価指数の上昇率は3%にとどまり、TOPIXの上昇率(101%上昇)を下回った。

図1 注1:2010年末から2020年末の10年間の株価パフォーマンス
注2:セクター分類は日経業種別

図2 注1:月末値、2010年12月末を100として指数化 注2:セクター分類は日経業種別

なお、同期間の鉱業セクター(主に原油ガスの上流会社)の株価指数は50%下落した。ドバイ原油価格は、10年末のバレル当たり91ドルから20年末には51ドルへと低下し、油ガス田事業の収益悪化が懸念されたと考える。

本稿では、過去10年間の石油業界の株価とファンダメンタルズを振り返り、今後の中長期的な経営課題を述べたい。

元売り経営統合が奏功 構造改革でROE改善

図2を見ると、17~20年の石油セクターの株価指数が、前半に大幅上昇し、後半に大幅下落したことが特徴的である。この前半期間(17年ごろから18年9月)に株価指数が上昇した主な要因は、石油業界の構造改革が進み、その成果としてROE(=純利益÷自己資本)が改善したためと考える。

石油業界の構造改革の例としては、JXホールディングスと東燃ゼネラル石油が経営統合し、JXTGホールディングス(現在のENEOSホールディングス)が発足したのは、17年4月だったことが挙げられる。また、同年5月に、出光興産と昭和シェル石油は、協働事業(ブライターエナジーアライアンス)の趣意書を締結した(経営統合は19年4月)。

そして17年度に、ROEは前年比で大幅に改善した。ROEは、会社が株主から預かっている資金(自己資本)を使って、どのくらい稼いでいるかを示す指標であり、株式市場で最も重要視されるKPI(重要業績評価指標)である。

例えばENEOSホールディングスの「統合レポート2020」によると、16〜19年度の同社のROE(国際会計基準に基づく)は、次のように推移した。

16年度9.6%→17年度15.2%→18年度12.3%→19年度マイナス7.5%

なお、16年度のROEは、JXホールディングスと東燃ゼネラル石油の合算である。

17年度にROEが改善した主な要因は、石油製品スプレッド(1ℓ当たりの粗利益)の改善や原油価格上昇による「在庫の影響」の差益拡大と考えられる。

石油製品スプレッド改善の主な要因は、製品の国内需要減少に対応した製油所の精製能力の削減や、経営統合などと考える。株式市場では、石油製品スプレッド改善が業界構造の改革の成果として、ポジティブに評価されたと推定する。

【LPガス】コロナと脱炭素 大転換期に突入へ


【業界スクランブル/LPガス】

昨年、新型コロナウイルス感染拡大により中止となったLPガス国際セミナーが、「多様性とウィズコロナの時代~LPガス市場の挑戦」をメインテーマに3月上旬にオンライン形式で開催された。産ガス国や需要国の関係者が将来動向などについてプレゼンした。

この1年でコロナ禍がエネルギー業界に及ぼしたインパクトは大きく、LPガス業界も同様だ。資源エネルギー庁は「2019年のLPガス国内需要は約1400万tだったが、20年は1200万tまで減少する」との見通しを示し、「コロナの収束が見通せない中、脱炭素社会への取り組みなどLPガス事業をいかに継続していくかはチャレンジングだ」と指摘する。

また、主催者のエルピーガス振興センターの岩井清祐理事長(ENEOSグローブ社長)は、脱炭素への動きが加速する中で電化や再エネの台頭を示唆。LPガスが社会に支持されるエネルギーとなるために、カーボンニュートラルへの対応なども含め、新たな挑戦が必要と強調した。

1929年に始まったLPガスの歴史は、それまで主な家庭用エネルギーであった木炭や練炭、豆炭から主役の座を奪い、事業者もそれに伴い柔軟に業態を変化させてきた。しかし、今回を大転換期と捉える事業者は多い。グリーンLPガスと呼ばれるプロパネーションやバイオLPガスなど新たなイノベーションについては課題が多いが、LPガスのレジリエンス性を含め地域を支える総合生活インフラ事業者として、個々の企業のビジョンを多様性をもって確立しておくことが重要になる。

世界LPガス協会のジェームズ・ロックオールCEOは、「今こそLPガスが効果的な燃料としていかに未来に貢献できるかを発信すべきだ。将来的には、バイオLPガスによりCO2排出が80%減るともいわれている」とした上で、「今年12月にドバイで開かれる世界LPGウィークで今後のLPガスの世界を披露する」と明言した。次世代に向けどのようなビジネスモデルが示されるのか、注目される。(F)

CO2排出ネットゼロを目指して 分散型主流時代に向け課題解決


【私の経営論(3)】比嘉直人/ネクステムズ社長

「ベンチャーの社長は資金調達に時間を取られ、技術開発に没頭できないよ」。信頼する方の言葉。すぐに痛感することになる。 

われわれの構想に活用できる補助事業があることを知り、理想的な普及モデルの証明のために総額3億円の補助事業への申請に躍起になっていた。手元資金は数百万円。早速銀行へ。

補助事業の申請や第三者所有と呼ばれる普及モデルで利用者建物に無料で太陽光発電などを設置して、利用料金で投資回収を図ることなどを説明したが、前例がほとんどない事業であるため銀行側は一向に納得しない。

一つの銀行では10回目の訪問で別の支店管轄になる宣言を受けた。一つの銀行ではベンチャーファンドのチラシを渡しただけだった。望みの綱の地元銀行を幾度も訪問し、融資の取り付けに成功した。この金融機関とのやりとりは大変骨が折れる作業だったが、資金調達に必要なさまざまな資料が出来上がる頃、私の知識もかなり潤沢になっていた。

メーカーへの受発注頓挫 脱補助金で普及モデルを

こうして2018年度は市営住宅40棟に太陽光発電とエコキュートを導入する事業を行った。翌年度は福祉施設や事業施設など加え、前年度の4倍程度に対象範囲を拡大して補助金申請を行った。他方、事業に新規性や魅力を感じていただけた商社や企業から出資の申し出があったので、第三者割当増資を実施することにした。巨額の資金調達のためにも企業与信を高めるためにも必要であった。

各社との協議で依頼される資料を、一つひとつ頭を抱えながら作成した。どうにか各社と出資条件が整った頃、補助金の採択結果が出たが不採択3件、条件付き1件というがくぜんとする内容だった。

後日、理由を確認したが、前年度の事業内容に類似しており先進性に欠けるとのこと。前年度とは異なる点が多数あったので食い下がったが覆すことはできなかった。

この衝撃で、3社が出資を辞退し、銀行融資も白紙に。出資意向をつないでくれた3社と協議して、融資無しで済む程度に採択された1件を仕立て直し、交付申請した。問題はメーカーなどへの受注準備をいったんキャンセルしなければならないことだった。交付決定までは発注不可だが、資機材が多量だったため、メーカー側も計画生産を必要としていた。それをキャンセルするのだから相手も尋常ではなかった。心苦しかった。

さらに、宮古島は当時異常なまでのホテル建設ラッシュがあり、現場職人の手配が難しい状況だったので補助事業を見越して人員や宿泊先も確保してもらうなどの準備を施工会社にしてもらっていたが、これも全て白紙に戻した。

当初計画の8分の1の規模で交付決定となったので、機器調達をメーカーと再度協議して資機材を購入したが、資金調達も十分でなかったので一時は口座に数百円しかない状況にまで追い込まれた。

この苦い経験で当初目標であった「補助金に頼らない事業」の実現を強く思い返した。補助金があれば事業収支は良くなるが、今回のように採択の有無で事業推進が大きく影響を受け、企業としての信用に関わり機器調達などが危ぶまれる。単年度事業であるため労力を過度に集中させる必要もある。

逆に、補助金に頼らなければ不安定性がなくなり、補助金に不慣れな事業者でも取り組むことができる真の普及モデルとなり得る。事業性を高めるためには自家消費量を引き上げる必要があった。太陽光とエコキュートでは沖縄地域の給湯需要が少ないこともあり、自家消費量は高くならない。建物に電力供給しても昼間需要のみでは大きく改善はしない。

【都市ガス】LNG不足は人災? 困難な在庫運用


【業界スクランブル/都市ガス】

今回の電力市場価格高騰の主な原因の一つであるLNG不足は「人災だ」との声を耳にする。確かにそうした側面があるのは否定できない。しかし、日本のエネルギー企業にとって、LNGの管理が極めて難しいこともまた事実である。

LNGは産ガス国で季節に関係なく生産されるため、買い手は需要期・非需要期の区分けなく一定数量を受け入れる義務がある。州際パイプラインの張り巡らされた欧米では、受け入れたLNGをどんどん気化して導管に流し込むことができる。しかし、州際パイプラインが発達していない日本では、受け入れたLNGを一定期間貯蔵しておく必要があるのだ。

マイナス163℃の超低温下でLNGを貯蔵するタンクの建設は巨額の投資を必要とするため、簡単に増設することはできない。そのため、限られた貯蔵能力の中で年間を通じてLNGの受け入れキャパシティーを維持することが、最も重要な作業の一つとなっている。仮にタンクがいっぱいの状態でLNGを物理的に受け入れられなくとも、テイク・オア・ペイ条項に従って産ガス国への支払いは発生するため、会社に大きなダメージを与えることになる。実際、LNGがだぶついた昨年の夏先には、そのリスクが顕在化した。

LNG調達量の8〜9割以上を占める長期契約では、1年前には受け入れ計画が決まってしまう。先の見えないエネルギー需要の変動に合わせて、タンク管理をしていくのだ。2018~19年度は暖冬続きでLNG在庫が計画より残ってしまう状況が続き、さらに20年度は春先からコロナ禍で想定外にエネルギー消費量が減少する状況が続いた。担当者は年間を通して受け入れに支障が出ないよう、契約の範囲内で受け入れ時期を先延ばししたり、量的調整役であるスポットLNGの購入を控えたり、契約上転売可能なものは転売先を探すなど、貯蔵量のスリム化を精一杯図った。そこへ、さまざまな要件が重なった上に、平年よりも一足早い寒波が来てしまい、LNG不足となったわけだ。さほどにLNGの在庫運用は難しいのである。(G)

【マーケット情報/4月16日】原油上昇、需要回復への期待高まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油市場はすべての指標が前週から上昇。中国経済の回復と原油需要が上昇するとの見通しが価格を持ち上げた。

中国は、今年1~3月の経済成長が昨年同期比18.3%高となり、少なくとも1992年以来の急成長だったと報告。これを背景に、同国の2021年原油消費量は、昨年を2.8%上回る1,518万バレルに達すると研究機関が発表した。

また、英国は12日、新型コロナウイルス感染拡大防止を目的とした経済活動の自粛を緩和。石油輸出国機構(OPEC)および国際エネルギー機関はワクチン接種の増加やそれに伴う経済活動の活性化を背景に、今年の原油需要予測を上方修正している。市場では、需要の高まりから価格が上昇すると予想する参加者が多かった。

米国原油在庫が大幅に減少したことも価格上昇の支えになっている。

【4月16日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=63.13ドル(前週比ドル3.81高)、ブレント先物(ICE)=66.77ドル(前週比3.82ドル高)、オマーン先物(DME)=65.26ドル(前週比4.19ドル高)、ドバイ現物(Argus)=65.19ドル(前週比4.19ドル高)

【コラム/4月19日】今こそ出番だ、進次郎君!


福島 伸享/元衆議院議員

 13日菅政権は、東京電力福島第1原発から出る放射性物質トリチウムを含む処理水を、海洋放出する方針を決定した。サイトを訪れた人間なら、敷地を埋め尽くす膨大な数のタンクの異様な風景に驚いたことであろう。いくつタンクを作っても、いずれはどこかへ何らかの方法で放出しなくてはならないものである。内外からの批判必至の中で、行政のトップとして責任をもって政治決断をした菅総理には、敬意を表したい。

 早速、漁業関係者のみならず、国内さらには中国や韓国などの近隣諸国からも批判の声が上がっている。野党第一党の立憲民主党は、枝野代表名で「国民の理解も全く得られず、風評被害対策も具体的に示すことなく」決定されたなどとして「断じて容認することはできない」としている。しかし、枝野代表は記者団の質問に答えて「放出自体が良い悪いではなく、原発事故の被災者をばかにするような措置であり、許されない」と発言していることからもうかがえるように、海洋放出自体に反対しているのではなく、これまでの政府のプロセスや姿勢を理由に反対のポジションをとっているだけだ。

 こうした状況の中、政府が漁業者などへの風評被害対策に全力を挙げ、早急にその方向性を明らかにすべきなのは当然のこととして、風評被害を出さないために必要なことは、あらゆる情報を的確に開示することである。放出する処理水が常時基準値を下回っているか、トリチウム以外の未処理の核種が含まれていないか、海洋中のトリチウムの濃度に変化はあるか、小さなことであってもトラブルは起きていないか、起きたトラブルはどのようなものでどのように対処したのか、汚染水の処理のための新たな有効な技術があるのか、などなど。元々政府や東京電力はあまり信用されていないという自覚の下、「もうこれでもか」というくらいすべての情報を開示する必要がある。

 こうしたパブリック・アクセプタンスに最適任な人物こそ、小泉進次郎環境相だ。かつては、NYで開かれた国連気候行動サミットで「気候変動問題に取り組むことはセクシー」と得意の英語で発言して世界中に勇名を轟かせ、最近はレジ袋のみならず使い捨てプラスチックスプーンの有料化までを提唱し、ラジオ番組では「プラスチックの原料って石油なんですよね。意外にこれ知られてない」と一般大衆にわかりやすく教示するなど、インフルエンサーとしての絶大な力を持っている。

 そもそも、環境省は設置法において「事故により放出された放射性物質による環境への汚染への対処に関すること」や「放射性物質に係る環境の状況の把握のための監視及び測定」、さらには、原子力規制委員会が行う「原子力に係る・・・廃棄の事業・・・その他これらに関する安全の確保に関すること」などについて所掌している。つまり、小泉進次郎環境相こそが、処理水の海洋放出に当たって一番の中核となる担当大臣、当事者そのものなのだ。

 東日本大震災後はしばしばカメラを引き連れて被災地を訪れていた小泉大臣も、最近は記者会見やメディアであまり被災地への思いを語ることはなくなってしまった。この処理水の海洋放出の問題についても、どこか他人事のようだ。環境大臣に就任した直後、除染廃棄物のあり方を問われて小泉大臣は、「私の中で30年後を考えた時に、30年後の自分は何歳かなと発災直後から考えていました。だからこそ私は健康でいられれば、30年後の約束を守れるかどうかという、そこの節目を見届けることが、私はできる可能性のある政治家だと思います(中略)だからこそ果たせる責任もあると思う」と発言している。私には、難解でよく理解できないところもある日本語だが、最年少大臣として未来に向けた責任を果たしたいという意欲を示した発言だったのだろう。

 そうであれば、カーボンニュートラルに向けて格好いい発言をするのと同様に、処理水の海洋放出についても、まさに「国民への約束」として被災地の皆さんや漁業者の皆さんなどに向けて、あるいは得意の英語で海外に対しても、あらゆる情報を自らの政治家としての責任としてわかりやすく発信してほしい。さあ、いよいよ小泉進次郎環境相の出番がやってきた。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。

P2Pで電力取引の概念を変える 脱炭素社会実現も後押し


【エネルギービジネスのリーダー達】妹尾賢俊/TRENDE社長

ソーシャルレンディングの「maneo」を創業し、金融取引に革命を起こした立役者。P2Pの実現により、電力取引の常識を覆すとともに脱炭素社会実現への貢献を目指す。

のお・ただとし 一橋大学経済学部卒業、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。ソーシャルレンディングの「maneo」、ブロックチェーン開発の「Orb」を創業。2018年8月から現職。

「〝脱炭素社会〟というキーワードがエネルギー業界の流れを大きく変えた。金融業界に大変革をもたらしたFinTech(フィンテック)の勃興期と同じような雰囲気になってきた」と語るのは、東京電力ホールディングス(HD)傘下のTRENDE(トレンディ)の妹尾賢俊社長だ。

マネオを創業 お金の流れを可視化

お金を投資したい人と借りたい人をインターネットで結びつけるソーシャルレンディング事業の日本における先駆け「maneo」(マネオ)の創業者として名をはせ、フィンテックの雄とも言われた妹尾社長が、電力業界に飛び込んだのは2017年のこと。東電HDの新成長タスクフォース事務局勤務を経て、18年8月の同社発足と同時に社長に就任した。

以来、新電力として電力小売りサービスを手掛ける一方で、ブロックチェーン技術を活用したP2P(ピア・トゥ・ピア)により、電力の個人間取引を実現するべく技術開発や実証事業に取り組んでいる。

大学卒業後は、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)でコーポレートファイナンスなどを担当。10年間勤務した後に退職し、海外で既にビジネス化されていたソーシャルレンディングを手掛けるマネオを創業した。金融機関が間に入ることで、見えづらくなっているお金の貸し手と借り手の結びつきを可視化できないか―。そんな思いが、業界の常識を覆すサービスを生んだ。

その後も、金融業界ではサービスと情報技術を融合した革新的な商品を扱う企業が次々と誕生し、盤石だった大手都市銀行の存在を脅かすような改革のうねりとなった。マネオの創業はその大きな起点となったと言え、「お金の流れを民主化できた」と自負する。

電力業界への転身は、マネオの共同創業者で、一足早く東電HDの新成長タスクフォースに参画していたジェフリー・チャー氏(現TRENDE会長)からの誘いがきっかけだ。17年2月、オーストリアのウィーンで開催された、欧州のブロックチェーン・ベンチャーが主催するイベント「Event Horizon」に参加し、そこでブロックチェーンによる電力取引の実現に向け、世界が動き出していることを目の当たりにし、日本での事業化を決意した。

今のところ、TRENDEの主力事業は、低料金を訴求した「あしたでんき」、屋根置きの太陽光パネルとセットで環境性と低料金を両立させる「ほっとでんき」の2ブランドを展開する新電力ビジネスだが、会社設立の当初の目的であるP2P取引の社会実装に向けた布石も着々と打っている。

P2Pとは、電力網につながる住宅や事業所、電動車間での電力取引を自律的に可能とする次世代電力取引システム。電力会社を介さずに取引するプラットフォームを整備することで、電力の売買をより効率化できる仕組みとして期待されている。

昨年は、東京大学やトヨタ自動車などと共同で、トヨタの東富士研究所(静岡県裾野市)と、その周辺エリアに住むトヨタ従業員の住宅20軒の間で電力を取引する実証実験を実施した。

実証内容は、家庭や事業所の電力消費と太陽光パネルの発電量予測に応じて、電力取引所に買い注文と売り注文を出し、取引所に集約された買いと売りの注文を一定のアルゴリズムでマッチングさせ、個人間の電力売買を成立させるというもの。

「取引のアルゴリズムを精緻化し、その精緻化されたアルゴリズムを活用した取引により、再生可能エネルギーの効率的な利用と、電気料金の低減を達成できるかがポイント。P2Pを導入しない場合よりも、全家庭で電気料金が下がるという結果を得られた」

実証のための実証事業で終わらせるつもりはなく、次の目標はP2P取引の社会実装だ。具体的な規模やエリアは未定だが、24年度をターゲットに見据えている。そのためには、さまざまな関係者との協力は欠かせない。今回実証事業を共同で行ったトヨタや、蓄電池で高いシェアを持つ伊藤忠商事といったパートナーと、いかに足並みをそろえて取り組んでいけるかがますます重要になる。

再エネ自家消費率を高め 脱炭素社会実現に貢献

P2P取引が可能になれば、家庭に太陽光パネルと蓄電池を備えることで、再エネの自家消費率を高めるとともに余剰電力をほかの家庭に販売でき、CO2排出量削減の一助となる。それは、政府が掲げる「実質ゼロ」を後押しすることにほかならない。

「脱炭素化を軸に、エネルギーの世界にも金融業界に起きたのと同じようなビッグバン(大改革)が起きる条件がそろいつつある」と語る妹尾社長。従来の概念にとらわれない新しい形の電力取引が、業界を変革するとともに新たなビジネスチャンスを生むと確信している。

【新電力】原発の再稼働 新電力にも恩恵


【業界スクランブル/新電力】

今冬、世界各国で寒波により電力需給がひっ迫し、卸電力市場価格が高騰した。特に日本で発生した需給ひっ迫は燃料不足によるkW時不足であり、レジリエンスの課題が価格に反映されたものといえる。時を同じくしてテキサス州でも寒波により電力市場価格が高騰し、電気信頼性協議会(ERCOT)は計画停電を実施、少なくとも2人が停電の影響により凍死した。

東日本大震災以降、原子力発電所の停止が続き、発電設備の余裕に欠いた状態で電力自由化が行われ、結果として新電力も含めた小売り電気事業者が大きな痛手を負うことになった。現在の電力市場は安定供給リスクが市場に反映されるため、結果的に小売り電気事業者が料金として負担する仕組みとなっている。需要者保護の観点から、過度な価格転嫁は避けるべきであり、Ofgem(英国ガス・電力市場規制庁)が導入している小売価格におけるプライスキャップ(価格上限)の導入の必要性を議論すべきではないかと考えられる。

今回の事態は、価格競争にさらされている小売り電気事業者も安定供給と無縁ではないことが証明された。小売り電気事業者の間では、相対取引を通じたリスクヘッジニーズが高まっているが、これは電源の固定費回収に資する動きであると言え、安定供給に寄与するものであると考えられる。

そもそも、電力自由化は総括原価時代に過剰に投資された設備の効率化を促し、電気料金を最大限抑える目的がある。他方で、総括原価時代に投資された原子力発電設備が稼働していない状況下でこれ以上自由化を推し進めるのは無理があるのではないだろうか。

原発再稼働が進まず、供給力不足の可能性を抱えながら競争を続けるのは無理があり、電源を持たない新電力はリスクを抱えながら自由化市場で競争を行っている。再稼働によって得られる便益は、旧一般電気事業者も新電力も同じ便益を享受することができると考えられる。今こそ、電源を持たない新電力は原子力規制委員会に原発再稼働を働きかけ、安定供給と自社のリスク低減を試みるべきではないだろうか。(M)

パンデミックから1年、CO2排出量は今


【ワールドワイド/コラム】

「二酸化窒素(NO2)の排出量が大幅に減少し大気汚染が改善した」「観光客が減りベネチアの運河がきれいになった」「デリーからヒマラヤ山脈が見えるようになった」―など、新型コロナウイルスの感染拡大により世界各地で経済活動が収縮したため、地球環境が大きく改善した2020年初頭。だが、コロナ禍由来の環境改善は、かりそめのものになる可能性がある。

国際エネルギー機関(IEA)は3月2日、20年のCO2排出量をまとめたレポートを公表した。レポートによると、20年4月に世界のCO2排出量が大幅に下落し、同年の排出量は19年から約20億t減少する史上最大の下落幅を記録。しかし、20年12月には前年同月比6000万t増を記録するなど、各国の経済活動が徐々に回復し始めエネルギー需要が増加したことで、21年のCO2排出量は19年の水準に戻る可能性があるという。

電力部門からのCO2排出量は、前年比4億5000万t減少しているが、IEAのビロル事務局長は「世界各国でクリーンエネルギーへの移行を加速しなければ、CO2排出量は過去の水準に戻る」と指摘。パリ協定で定められた2℃未満目標を達成するには、毎年約5億tの排出量削減が必要など、目標達成までの壁はまだまだ高い。

とはいえ、ビロル事務局長は「中国が野心的なカーボンニュートラル目標を設定し、米国の新政権はパリ協定に復帰して気候変動対策を政策の中心に掲げた。11月には国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)もあるなど、より強力な気候変動対策に向け世界中で勢いを増す」と展望を述べている。新型コロナ対策と気候変動対策の折り合いをどうつけるのか、各国首脳は難しい判断を迫られている。

【電力】モリカケ騒動再現 内閣府の再エネTF


【業界スクランブル/電力】

この冬の電力需給ひっ迫・市場価格高騰が内閣府再生可能エネルギー規制総点検タスクフォース(TF)会合で、2月末までに2回取り上げられた。その内容は、一言で言って「いただけない」。

この冬の需給ひっ迫が突き付けたLNGへの過剰な依存という安全保障の課題を受け止める姿勢は全くなく、ひたすら「大手電力による出し惜しみが原因」という願望に拘泥し、2回目の会合では予防線のつもりか、「売り惜しみがなかったとしても大手電力による寡占状態が悪い」とまで言ってきた。だが、寡占と市場価格上昇の因果関係は全く説明されていない。需給がひっ迫すれば、寡占だろうがなかろうが価格は上昇する。それは2月のテキサス州を見れば明らか。そもそも大手9社のシェアが8割の市場など珍しくもない。仮にこの寡占を解消したら国としての燃料購買力がどうなるかなど想像もしていなさそうだ。

この一連の流れに既視感がある。第2次安倍政権のモリカケ騒動だ。首相周辺の犯罪という願望にこじつける国会質疑と、何を言っても「疑惑は深まった」を繰り返した特定野党が一部の支持層を除いて国民の支持を失っていったのは記憶に新しい。そのせいか、菅政権の政権運用は決してスムーズとは言えないのに野党の支持率は全く上がらない。当時も、文部科学省が獣医学部新設の申請すら受け付けない異常な姿勢を長年貫いていた背景など本質的な問題はほかにあったであろう。しかしこれらについぞスポットが当たることはなく、ただただ国会と行政の貴重な時間が浪費されていった。今回も、貴重な時間を浪費させられている経済産業省の皆さんには気の毒というしかない。

TFは良い取り組みもしている。技術力が低い中小工務店に過度に忖度した護送船団方式で一向に進まない建物の高断熱化に切り込むところなどは良いと思う。その一方で、電力市場高騰に対する再発防止策が「支配的事業者に燃料確保と市場玉出しを義務付ける」という新たな護送船団方式では、ダブルスタンダードというものだろう。(T)

迫るバイデン気候サミット エネ基議論にも影響か


【ワールドワイド/環境】

バイデン大統領は大統領就任当日にパリ協定復帰の手続きを取り、2月19日に法的にパリ協定締約国に復帰した。ケリー気候変動特使率いる米国の気候変動外交の次の見どころは4月22日のアースデーに合わせて米国が主催する気候サミットである。

 この気候サミットはオバマ政権下で行われた主要国経済フォーラム(MEF)を復活したものと見なされている。MEFには先進7カ国(G7)に、EU、豪州、ロシア、メキシコ、韓国、中国、インド、ブラジル、南アフリカ、インドネシアの17カ国・地域が参加したが、今回どの国が招致されるかは不明。いずれにせよ会議の目的は国際的な温暖化防止努力への米国の復帰を誇示するとともに他国に国別目標の引き上げを迫り、リーダーシップを発揮することだ。

 そのためには米国自身も野心的な2030年目標を掲げる必要がある。オバマ政権下では25年までに05年比26~28%減という目標を掲げていたが、パリ協定を離脱したトランプ政権下で放棄されていた。今回は30年目標も提出する必要があり、各種情報によれば米国はサミットの主導権を取るため、05年比45~50%減という目標を出すとの話もある。とはいえ裏付けとなる国内規制や法制が4月までに整備されるとは思われず、共和党からの批判は確実だ。しかし根拠よりも数字の野心レベルが歓迎される昨今、国連や欧州はこれを歓迎するだろう。

 サミットでは日本も50年カーボンニュートラル目標を宣言したことで、政策の整合性を取るよう圧力があると予想される。日本は第6次エネルギー基本計画の策定途上にあり、4月のサミットで新たなエネルギーミックスや目標を発表できる状況にないが、6月には英国主催のG7、10月にはイタリア主催の主要20カ国・地域(G20)、11月には英国主催の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が控えている。目標改定は早晩することになるだろう。

 エネルギー需要の伸びは現行目標を下回る見込みであるが、原発再稼働は進展していない。原発に代わって安価なベースロード電源を提供した石炭火力の利用にはさらなる制約が掛かる。そうした中で洋上風力を中心に再エネ目標を大幅に積み上げて目標を上方修正すれば日本の電力料金は確実に上昇する。産業競争力、雇用への影響を見極めた対応が必要だ。

EV普及を後押しする米国 州にも広がる脱ガソリンの波


【ワールドワイド/経営】

2021年1月に誕生したバイデン政権は、50年までのカーボンニュートラル達成という意欲的な目標を掲げている。

 運輸部門は、国内の温室効果ガス排出量のうち部門別では最大となる28%を占めている。連邦政府は運輸部門の電化促進が有効な気候変動対策と考え、電気自動車(EV)購入時に最大7500ドルの補助金を拠出するなどの施策を実施している。

 バイデン大統領は1月27日に署名した気候変動対策に関する大統領令の中で、連邦政府機関の車両にEVを積極的に採用すると明記した。米国のEV販売台数(プラグインハイブリッド車を含む)は、15年の累計40万台から、20年には累計157万台と、約4倍に増加している。カリフォルニア州などでは、州内の自動車メーカーに一定割合のゼロエミッション車(EV、燃料電池自動車など)の販売が義務付けられており、EV販売台数は順調に増加している。

 EV充電インフラの整備も行われており、連邦政府が充電器設置費用の30%(上限3万ドル)の補助金を付与するほか、各州政府も補助金制度を実施している。2月現在、米国内には充電ステーション4万カ所以上、充電器9万8000基以上もある。30年までに50万カ所のEV充電設備を整備する計画もあり、充電インフラの大規模な拡充が予想される。

 また2月時点で連邦政府によるEV販売比率の義務付けや、ガソリン車の販売規制などは制定されていないが、民主党のジェフ・マークリー上院議員(オレゴン州選出)とマイク・レビン下院議員(カリフォルニア州選出)が20年10月に、ガソリン車の新車販売を35年までに終了させる「20年ゼロエミッション自動車法」法案を連邦議会に提出した。

 法案は、新車販売のうちゼロエミ車が占める割合を25年までに50%、以降毎年5%ずつ増加させ35年までに100%にすることを目標としている。同法案が前会期中に審議されることはなかったが、新政権の下で同様の法案が提出されるか注視が必要だ。

 州レベルでもガソリン車の段階的な廃止が進んでおり、オレゴン州のブラウン知事は19年7月、35年までに新車販売台数の90%をゼロエミッション車にすることを目指す法案に署名した。カリフォルニア州のニューサム知事は20年9月、35年までに新車販売の100%をゼロエミッション車とする知事令に署名した。

 これらEV促進政策がどう実現するか、動向が注目される。

政情不安が続いたリビア 原油生産回復へ外資と連携


【ワールドワイド/資源】

リビアでは2011年にカダフィ政権が崩壊して以来、情勢不安が10年近く続いていた。

 19年4月には同国東部の軍事勢力「リビア国民軍(LNA)」がリビア全土の支配を狙ってトリポリに侵攻し、以来、1年以上にわたり国民合意政府(GNA、国連の承認を受けた統一政府)との間で大規模な戦闘が行われた。

 20年1月からLNAが支配地域の油田や原油積出港の大部分を封鎖したため、同国の石油生産量は日量120万バレルから10万バレル弱まで激減した。しかし20年10月にGNAとLNAが停戦合意に署名し、原油生産は徐々に再開。原油積出港の操業も同月までに全て再開した。石油生産量・輸出量は、関係者間の予想を上回るペースで回復。21年3月時点の生産量は日量125万バレル程度とみられる。

 しかし現在の同国情勢は、完全に落ち着いているとは言い難い。20年11月にはトリポリにあるリビア国営石油会社(NOC)本部で民兵武装グループによる襲撃事件が発生、また21年1月にPFG(石油施設の保護を任務とする国家治安部隊)が東部の複数の原油積出港を封鎖した。いずれの事件も収拾したものの、同様の事件が再度発生する可能性は否めない。

 これらの背景もあり、OPEC(石油輸出国機構)プラスはリビアが協調減産に復帰できる状況にないと認識しているもようだ。同国自身も生産量が日量170万バレルで安定するまでは協調減産に参加しない意向を示した。NOCも21年末までに160万バレル、210万バレルを将来的な生産目標に掲げている。

 そのためにも既存坑井の改修や回収技術の改善、損傷タンクの補修などに取り組む構えだが、実行には知見・技術、資金ともに国際大手石油会社(IOC)に頼らざるを得ない。同国では複数の上流開発計画が予定されており、多くの外資企業が携わることになりそうだ。特に昨年夏ごろよりNOCとIOCの協力が活発化しており、将来の開発に向けて技術ワークショップやトレーニングの実施など、人的交流を中心に動き始めている。

 加えて、今年12月に予定されている大統領選挙・議会選挙の準備が進められている。IOCがいかなる規模や速度で開発・操業を本格化させるのか、また内戦によって損傷著しいインフラの復旧を進めて原油生産量を増加させられるかも、結局のところ政治や治安の安定が第一の鍵となる。このため、IOCは当面は今後の状況を注視しつつ、慎重に動く見込みだ。

コロナ感染拡大は都民のせい? メディアは首長責任を問わず


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

少し前、映画監督の石井裕也さんがラジオで高校時代の体験を語っていた。担任教師がホームルームで突如怒ったという。理由は期末試験でクラスの平均点が下がったことだが、生徒個人に言って何になるのか。教師は挙げ句に「お前ら普段の生活から考えて行動しろよ」とも言い放った。石井さんの回想通り、訳が分からない。

政府は3月5日、新型コロナウイルス対策で首都圏に発令した緊急事態宣言の2週間延長を決めた。小池百合子東京都知事も同日夕、記者会見した。ネットで見始めて石井さんの回想を思い出した。小池氏が冒頭、「現在、緊急事態宣言中であるということ、都民の皆さんは今も続いていることを認識されているのか」と笑みを浮かべながら言い放ったからだ。悪いのは都民なのか。笑みも含めて、訳が分からない。

菅義偉首相が口にすれば大騒ぎだろう。実際は、「小池知事『2週間の延長、重く受け止める』」(3月5日NHK)など、当たり障りない報道がほとんどだった。

そもそも感染症対策は一義的に都道府県が担う。小池氏は自らの責任をどう認識しているのか。

本音をあぶり出したのは6日読売「『小池劇場』今回は不発」だ。小池氏は2日から「森田健作千葉県知事や黒岩祐治神奈川県知事らと連絡を取り、『ワンボイス』で政府に2週間延長を突きつけるために動いていた」

「政府が要請をのめば、小池氏は存在感をアピールできる。はねつけられても、宣言解除で感染が再拡大した場合の批判は政府に向かう」「1月の宣言発令前にも近隣3県の知事をまとめ、政府を突き上げた『成功体験』がある」

今回は「不発」だった。

「小池氏は事前調整の際、森田氏には黒岩氏らが延長要請に乗り気で、黒岩氏には森田氏らが乗り気だと、それぞれ説明していた」が、「森田、黒岩両氏が連絡を取り合うと、小池氏の説明が事実と食い違っていることが露見した」。その結果、3日の会議で「黒岩氏が小池氏に不満を爆発させ、森田氏も同調した」

小池氏には、6日朝日社説「宣言再延長、確実に抑え込む期間に」は心強いだろう。「7日での解除を何度も口にしながら、約束を果たせなかった菅首相の政治責任は重い」と政府をなじる。

コロナは一気になくせない。生活や経済への悪影響を最小限に感染を抑える。求められるのはそうした科学的、合理的な対応だ。2月成立の改正新型インフルエンザ等対策特別措置法は、この観点から「蔓延防止等重点措置」を設けた。都道府県単位の緊急事態宣言と異なり、感染リスクの高い特定地域に限定して、知事が検査拡充などの対策を講じる。前掲6日読売記事にはこれを「1都3県側が断った」とある。理解に苦しむ。

こうした感情が左右する世論におもねる政治が10年前の東日本大震災以降、常態になった。メディアもあおる。国内に限らない。

新刊『クララとお日さま』を著したノーベル賞作家カズオ・イシグロさんが3日読売のインタビュー記事「科学と感情、対立に懸念」で警鐘を鳴らす。コロナ禍の下、「科学的裏づけを無視し感情のままに信じたいものを信じる態度が広がり、強い懸念を覚えます」。「小説を書くことで感情を共有する、共感を得ることが本当に正しいのか」と苦悩も語る。

新刊は、人の感情と人工知能が織りなす慈愛の物語だ。その著者からの重い言葉である。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。